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町を市とする処分 (昭和27年総理府告示第133号)
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{{Header
|title=町を市とする処分
|year=1952
|notes=
* 昭和27年総理府告示第133号
* 告示日:昭和27年5月14日
* 効力発生日:昭和27年2月10日
* 底本:昭和27年5月4日付官報第7602号
{{デフォルトソート:まちをしとするしよふん}}
[[Category:阿久根市]]
[[Category:昭和27年の総理府告示]]
}}
;◎総理府告示第百三十三号
:町を市とする処分
[[地方自治法]]第八絛第三項の規定により、昭和二十七年四月一日から、鹿児島県出水郡阿久根町を阿久根市とする旨、鹿児島県知事から届出があつた。
::昭和二十七年五月十四日
{{Right|内閣総理大臣 [[:w:吉田茂|吉田 茂]]|1em}}
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利用者:村田ラジオ
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村田ラジオ
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text/x-wiki
{{resize|120%|この利用者が投稿したもの}}(入力中を含む)
===1. 聖イサク===
[[Wikisource:宗教]]<
* [[シリヤの聖イサアク全書]]
* [[ニネベのイサアク神秘論文集]](A. J. ヴェンシンク)
{|
|valign=top|
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第1論文|第1論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第2論文|第2論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第3論文|第3論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第4論文|第4論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第7論文|第7論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第8論文|第8論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第9論文|第9論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第10論文|第10論文]]
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:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第13論文|第13論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第14論文|第14論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第15論文|第15論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第16論文|第16論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第17論文|第17論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第30論文|第30論文]] 罪の力と邪悪な働き
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第31論文|第31論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第32論文|第32論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第33論文|第33論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第34論文|第34論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第35論文|第35論文]] 絶え間ない行動とあらゆる種類の道徳を考慮した問答形式の論文
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第36論文a|第36論文a]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第37論文|第37論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第38論文|第38論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第39論文|第39論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第40論文|第40論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第43論文|第43論文]] 霊的な知恵に満ちた有益な言葉
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第44論文|第44論文]] 知識の程度と信仰の程度について
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第45論文|第45論文]] 有益な助言
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第46論文|第46論文]] その他の考慮事項
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第47論文|第47論文]] 霊的な事柄における魂の教育という神の摂理に
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第48論文|第48論文]] 魂が常にさらされる光と闇の様々な状態
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第50論文|第50論文]] 様々な考察をまとめた短い教訓集
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第51論文|第51論文]] 知識の3つの段階とその奉仕と衝動との区別、魂の信仰とその中に隠された神秘の宝について
::(a) 知識の第一段階
::(b) 知識の第二段階
::(c) 知識の第三段階。つまり完全な段階
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第53論文|第53論文]] 祈りと、絶えず思い出すことが必然的に求められ、人が区別して唱え、保持することが非常に有益であるその他の事柄について
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第54論文|第54論文]] マゲナヌータに関するその他の説明
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第55論文|第55論文]] 魂の中に隠された警戒心を
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第56論文|第56論文]] 人の生命に関する美しい考察
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:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第57論文|第57論文]] 神の愛のための忍耐がどのようにして神の助けを得るのか
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第58論文|第58論文]] 神の近くに住み、認識の生活の中で日々を過ごす人々について
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第59論文|第59論文]] 有益な談話
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第60論文|第60論文]] 必然性がなければ、何らかのしるしを望んだり求めたりしてはならないこと
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第61論文|第61論文]] 神は何のために神を愛する人たちへの誘惑を許すのか
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第62論文|第62論文]] 人の中に湧き起こる思考によって、自分がどの段階に属し、どのような思考が続くかを知ることができるということ
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第63論文|第63論文]] 認識の心理状態にある人々は、なぜ肉体の粗雑さに応じて霊的なことを考えるのか
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第64論文|第64論文]] 心中に起こる、祈りによって浄化されるさまざまな状態について
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第65論文|第65論文]] 心の警戒に関する指示
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第66論文|第66論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第67論文|第67論文]] 理解可能なものの区別に関して例をあげ、それぞれの使い方を示しての説明
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第68論文|第68論文]] 短いセクション
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第69論文|第69論文]] 思慮ある者はどのように黙想を務めるべきか
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第70論文|第70論文]] 初期知識の微妙な順序
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第71論文|第71論文]] 恩寵から生じる影響について
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第72論文|第72論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第73論文|第73論文]] これまでに述べられた内容の説明
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第74論文|第74論文]] 聖人の中に神に似たものを創造している霊的目的について
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第75論文|第75論文]] 隠された状態と、そこに存在する力と影響力
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第76論文|第76論文]] 短い言葉
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第77論文|第77論文]] この章は生命力に満ちている
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第78論文|第78論文]] 世俗からの逃避によって得られる…
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第79論文|第79論文]]
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第80論文|第80論文]] 徹夜祷とその間の様々な種類の労働について
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第81論文|第81論文]] なぜ独居修行者たちはそれ以上に孤独を重んじるのか
:* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第82論文|第82論文]] 謙虚さはどれほどの名誉を持ち、その地位は
|}
===2. マカリオス===
* [[エジプトのマカリオス50の霊的説教]] (擬マカリオス)(完)
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教1|説教1]] 預言者エゼキエルに記された幻の寓話的解釈。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教2|説教2]] 暗黒の王国、すなわち罪の王国について、そして神だけが私たちから罪を取り除き、邪悪な君主の束縛から私たちを救い出すことができるということについて。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教3|説教3]] 兄弟たちは互いに誠実、単純、愛、平和のうちに生きるべきであり、心の中では競争と戦いを続けるべきである。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教4|説教4]] キリスト教徒は、神と天使たちから天の賞賛を得るために、この世での競争を注意深く慎重に成し遂げるべきである。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教5|説教5]] キリスト教徒とこの世の人々の間には大きな違いがある。この世の精神を持つ人々は心と精神において地上の束縛に縛られているが、他の人々は天の父の愛を切望し、ただ目の前に父を待ち望んでいる。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教6|説教6]] 神を喜ばせたいと願う者は、平穏と静寂、優しさと知恵をもって祈りを捧げるべきであり、大声で叫んで他人に迷惑をかけるべきではない。説教には、王座と冠が実際に創造されたものであるかどうか、そしてイスラエルの12の王座についてという2つの質問も含まれている。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教7|説教7]] キリストの人間に対する慈愛について。説教にはいくつかの質問と答えも含まれている。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教8|説教8]] 祈りの中でキリスト教徒に起こること、そして完全さの尺度について、キリスト教徒が完全な尺度に達することは可能かどうか。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教9|説教9]] 神の約束と預言は、さまざまな試練と誘惑を通して成就し、神のみに従う者は悪魔の誘惑から救われる。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教10|説教10]] 謙虚な心と真摯さによって神の恵みの賜物は保存されるが、傲慢さと怠惰によってそれらは破壊される。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教11|説教11]] 聖霊の力は人の心の中で火のようであること、心に湧き上がる考えを見分けるために何が必要か、そしてモーセが柱のてっぺんに立てた死んだ蛇がキリストの象徴であることなど。説教には二つの対話があり、一つはキリストと悪魔、サタンとの対話、もう一つは罪人と同じ罪人との対話である。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教12|説教12]] アダムが神の戒めを破る前、そして自分の姿と天の姿の両方を失った後のアダムの状態について。説教には、非常に有益な質問がいくつか含まれている。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教13|説教13]] 神がキリスト信徒に期待する成果。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教14|説教14]] 神に思いと心を捧げる人々は、心の目が開かれ、神が彼らに最も神聖で純粋な神秘を与え、神が恵みを授けてくれることを望みながらそうするのである。天国の善いものを手に入れたいと願う私たちがすべきこと。そして使徒と預言者は窓から差し込む太陽の光にたとえられる。説教ではまた、サタンの「地」と天使の「地」とは何か、そしてどちらも無形で目に見えないものであることを教えている。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教15|説教15]] この説教は、世界の救い主であるキリスト・イエスの配偶者に対して、魂がいかに聖潔と貞潔と純潔をもってふるまうべきかを広く教えている。また、復活のときにすべての部分がよみがえるかどうか、悪、恩寵、自由意志、人間の尊厳など、多くの重要な教えに満ちた議論も含まれている。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教16|説教16]] 霊的な人は最初の罪から生じる誘惑や逆境にさらされる。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教17|説教17]] キリスト教徒の霊的塗油とその栄光について、そしてキリストなしには救われることも永遠の命にあずかることも不可能であることについて。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教18|説教18]] キリスト教徒の宝であるキリストと聖霊について、キリストと聖霊はそれを様々な方法で実践して完成に至る。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教19|説教19]] 進歩し成長したいと願うキリスト教徒は、内在する罪から解放され、聖霊に満たされるために、あらゆる善いことに自らを駆り立てるべきである。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教20|説教20]] 内なる人の真の医者であるキリストだけが、魂を癒し、恵みの衣でそれを飾ることができるのである。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教21|説教21]] キリスト教徒には、内なる戦いと外なる戦いという二つの戦いが待ち受けている。後者は、地上の煩いから身を引くためのものであり、前者は、心の中で、邪悪な霊の誘惑に対抗するためのものである。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教22|説教22]] この世を去る人々の二通りの状態について。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教23|説教23]] 王家の血統から生まれた者だけが高価な王家の真珠を身につけることができるように、神の子だけが天国の真珠を身につけることが許されている。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教24|説教24]] キリスト教徒の状態は、商品やパン種のようなものである。商人が地上の利益を蓄えるように、キリスト教徒は世界中に散らばった思いを集める。パン種が塊全体をパン種に変えるように、罪のパン種はアダムの種族全体に浸透する。しかしキリストは、忠実な魂には天の善のパン種を入れる。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教25|説教25]] この説教は、キリストによって強められなければ、誰も悪魔の妨害を克服することはできないこと、そして神の栄光を望む者がしなければならないことを教えている。また、アダムの不従順によって私たちは肉欲の束縛に陥ったが、十字架の神秘によってそこから解放されたことも教えている。さらに、涙と神の火の力は偉大であることを教えてくれる。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教26|説教26]] 不滅の魂の価値と大切さ、力と効力、そしてそれがいかにしてサタンに誘惑され、誘惑から解放されるかについて。また、非常に素晴らしい教えに満ちたいくつかの質問も含まれている。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教27|説教27]] この説教は、前述の説教と同様に、キリスト教徒の尊厳と地位について長々と説明している。そして、神の知恵に満ちたいくつかの質問を織り交ぜながら、自由意志に関する多くの有益なことを教えている。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教28|説教28]] この説教は、罪のせいで主が魂の中に住まわれないという魂の災難を描写し嘆き、また、洗礼者ヨハネに関して、女から生まれた者の中で彼より偉大な者はいないと述べている。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教29|説教29]] 神は人類に恵みの分配を二通りの方法で行い、公正な裁きによってその成果を要求することを意図している。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教30|説教30]] 人の魂が神の王国に入るには聖霊によって生まれなければならない。そして、それがどのように実現されるかについて。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教31|説教31]] 信者は心を変え、すべての思いを神に集めるべきである。なぜなら、神への奉仕はすべてこれにかかっているからである。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教32|説教32]] キリスト教徒の栄光は今も彼らの魂の中に留まり、復活の時に現れ、彼らの敬虔さに応じて彼らの体を栄光に輝かせるであろう。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教33|説教33]] 私たちは神に絶えず注意深く祈るべきである。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教34|説教34]] キリスト教徒の栄光については、復活の時に彼らの体に与えられ、彼らは魂と共に啓蒙されるであろう。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教35|説教35]] 古い安息日と新しい安息日について。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教36|説教36]] 魂と肉体の二重の復活と復活した者の様々な栄光について。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教37|説教37]] 楽園と霊的法則について。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教38|説教38]] 真のキリスト教徒を見分けるには、またそれが誰であるかを見分けるには、非常に正確な判断力と知性が求められる。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教39|説教39]] 聖書が神から私たちに与えられた理由。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教40|説教40]] すべての美徳とすべての悪徳は互いに結びついており、鎖のように互いにつながっている。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教41|説教41]] 魂の秘密の部屋は非常に深く、それは恩恵や邪悪さの成長に比例して成長する。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教42|説教42]] 外的なものではなく、内的なものが人間を前進させたり傷つけたりする。つまり、恵みの霊か邪悪の霊かである。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教43|説教43]] キリスト教徒の進歩については、その力の全てが心次第であり、ここでは様々な方法で説明されている。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教44|説教44]] 魂の苦しみと病を{{r|癒|いや}}したキリストによって、キリスト教徒の内にどのような変化と再生がもたらされるであろうか。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教45|説教45]] この世のいかなる芸術も富でもなく、ただキリストの出現だけが人間を癒すことができる。この説教は人間と神との偉大な親族関係を説いている。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教46|説教46]] 神の言葉とこの世の言葉、そして神の子らとこの世の子らの違いについて。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教47|説教47]] 律法のもとで行われた事柄の寓話的解釈。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教48|説教48]] 神への完全な信仰について。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教49|説教49]] この世の快楽を捨て去ったとしても、あの世の祝福を得なければ十分ではない。
:*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教50|説教50]] 神は聖徒たちを通して奇跡を起こす。
===3. クリソストモス===
[[Wikisource:宗教]]<
* [[マタイ福音書に関する説教]] 目録(クリソストムス)
{|
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:* [[マタイ福音書に関する説教/説教13|説教13]]
:* [[マタイ福音書に関する説教/説教14|説教14]]
:* [[マタイ福音書に関する説教/説教15|説教15]]
:* [[マタイ福音書に関する説教/説教15-2|説教15-2]]
:* [[マタイ福音書に関する説教/説教16|説教16]]
:* [[マタイ福音書に関する説教/説教16-2|説教16-2]]
:* [[マタイ福音書に関する説教/説教17|説教17]]
:* [[マタイ福音書に関する説教/説教17-2|説教17-2]]
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:* [[マタイ福音書に関する説教/説教23-2|説教23-2]]
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:* [[マタイ福音書に関する説教/説教33|説教33]]
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:* [[マタイ福音書に関する説教/説教73|説教73]]
:* [[マタイ福音書に関する説教/説教74|説教74]]
|}
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第14巻/ヨハネ福音書注解|ヨハネ福音書注解]](クリソストモス) (未完)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第11巻/使徒行伝の注解|使徒行伝の注解]] (クリソストモス) (未完)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第11巻/ローマ人への手紙注解|ローマ人への手紙注解]](完)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第12巻/コリント人への手紙第一の注解|コリント人への手紙第一の注解]](未完)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ガラテヤとエペソについて/ガラテヤ人への手紙注解|ガラテヤ人への手紙注解]] (完)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ガラテヤとエペソについて/エペソ人への手紙注解|エペソ人への手紙注解]] (完)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ピリピ、コロサイ、テサロニケについて/ピリピ人への手紙注解|ピリピ人への手紙注解]](未完)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ピリピ、コロサイ、テサロニケについて/コロサイ人への手紙注解|コロサイ人への手紙注解]](完)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ピリピ、コロサイ、テサロニケについて/テサロニケ人への第一の手紙注解|テサロニケ人への第一の手紙注解]](完)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第9巻/マタイ26章39節についての説教|マタイ26章39節についての説教]](完)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第9巻/屋根を突き破って降ろされた中風の患者についての説教|屋根を突き破って降ろされた中風の患者についての説教]](完)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第9巻/オリンピアスへの手紙|オリンピアスへの手紙]]
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第9巻/アンティオキアの人々への彫像に関する説教|アンティオキアの人々への彫像に関する説教]](未完)
===4. オリゲネス===
* [[諸原理について]](オリゲネス)
:* [[諸原理について/序説]]
:* [[諸原理について/I|I]]
{|
|valign=top|
:* [[諸原理について/I/第1章|I/第1章]]
:* [[諸原理について/I/第2章|I/第2章]]
:* [[諸原理について/I/第3章|I/第3章]]
:* [[諸原理について/I/第4章|I/第4章]]
:* [[諸原理について/I/第5章|I/第5章]]
|valign=top|
:* [[諸原理について/I/第6章|I/第6章]]
:* [[諸原理について/I/第7章|I/第7章]]
:* [[諸原理について/I/第8章|I/第8章]]
:* [[諸原理について/I/第9章|I/第9章]]
:* [[諸原理について/I/第10章|I/第10章]]
|}
:* [[諸原理について/II|II]]
{|
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:* [[諸原理について/II/第1章|II/第1章]]
:* [[諸原理について/II/第2章|II/第2章]]
:* [[諸原理について/II/第3章|II/第3章]]
:* [[諸原理について/II/第4章|II/第4章]]
:* [[諸原理について/II/第5章|II/第5章]]
:* [[諸原理について/II/第6章|II/第6章]]
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:* [[諸原理について/II/第7章|II/第7章]]
:* [[諸原理について/II/第8章|II/第8章]]
:* [[諸原理について/II/第9章|II/第9章]]
:* [[諸原理について/II/第10章|II/第10章]]
:* [[諸原理について/II/第11章|II/第11章]]
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:* [[諸原理について/III/第6章|III/第6章]]
:* [[諸原理について/III/第7章|III/第7章]]
:* [[諸原理について/III/第8章|III/第8章]]
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:* [[諸原理について/IV|IV]]
:* [[諸原理について/IV/第1章|IV/第1章]]
:* [[諸原理について/IV/第2章|IV/第2章]]
:* [[諸原理について/解説|解説]]
===5. ニカイア教父シリーズ===
*[[ニカイア以前の教父たち]]
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I]]
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II]]
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻|第1巻]] – エウセビオス: 紀元1年から324年までの教会史、コンスタンティヌス大帝の生涯、コンスタンティヌスを讃える演説
***[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史|第1巻/エウセビオスの教会史]] 入力中
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第2巻|第2巻]] – ソクラテス: 西暦305年から438年までの教会史、ソゾメノス ([[w:en:Sozomen|en]]): 西暦323年から425年までの教会史
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻|第3巻]] – テオドレトス、ヒエロニムスとゲンナディウス、ルフィヌス ([[w:en:Tyrannius Rufinus|en]])とヒエロニムス
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第4巻|第4巻]] – アタナシオス: 選集と手紙
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第5巻|第5巻]] – ニュッサのグレゴリオス: 教義論文、選集および書簡
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第6巻|第6巻]] – ヒエロニムス: 手紙と選集
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第7巻|第7巻]] – エルサレムのキュリロス、ナジアンゾスのグレゴリオス
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第8巻|第8巻]] – バシレイオス: 手紙と選集
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻|第9巻]] – ポワティエのヒラリウス、ダマスコのヨアンネス
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第10巻|第10巻]] – アンブロシウス: 選集と手紙
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第11巻|第11巻]] – スルピティウス・セウェルス、レランスのウィンケンティウス、ヨハネス・カッシアヌス
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第12巻|第12巻]] – レオ1世、グレゴリウス1世
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第13巻|第13巻]] – グレゴリウス1世 (パート2)、シリアのエフレム、アフラハト
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第14巻|第14巻]] – 七つの全地公会議
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻|第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻]]
{|
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:*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第1章|第1巻/第1章]]
:*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第2章|第1巻/第2章]]
:*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第3章|第1巻/第3章]]
:*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第4章|第1巻/第4章]]
:*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第5章|第1巻/第5章]]
:*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第6章|第1巻/第6章]]
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:*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第7章|第1巻/第7章]]
:*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第8章|第1巻/第8章]]
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:*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第12章|第1巻/第12章]]
|}
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について|第3巻/高名な人々について]](著名人列伝)
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス|ヒエロニムス]](135人)
**[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ゲンナディウス|ゲンナディウス]](99人)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/ルフィヌス/使徒信条の解説|第3巻/ルフィヌス/使徒信条の解説]](ルフィヌス)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第7巻/ナジアンゾスのグレゴリオス演説|第7巻/ナジアンゾスのグレゴリオス演説]]
*[[原ニカイア信条]](325年)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第14巻/第二回公会議/聖なる信条|第14巻/第二回公会議/聖なる信条]](374 - 381年)
*[[ニカイア以前の教父たち/第2巻/ヘルマスの牧者]] (完)
===6. ユスティノス===
*[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/殉教者ユスティノス/トリュフォンとの対話|トリュフォンとの対話]]
===7. エイレナイオス 他===
*[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第1巻|異端反駁:第1巻]](エイレナイオス)(完)
*[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第2巻|異端反駁:第2巻]](エイレナイオス)(完)
*[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第3巻|異端反駁:第3巻]](エイレナイオス)(完)
*[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第4巻|異端反駁:第4巻]](エイレナイオス)(完)
*[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第5巻|異端反駁:第5巻]](エイレナイオス)(完)
*[[ニカイア以前の教父たち/第3巻/護教的論文/偶像崇拝について|偶像崇拝について]](テルトゥリアヌス)(完)
*[[ニカイア以前の教父たち/第5巻/キプリアヌス/キプリアヌスの論文/主の祈りについて|主の祈りについて]] (キプリアヌス) (完)
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第7巻/エルサレムのキュリロス/教理講義|教理講義]] (キュリロス) (完)
**[[教理講義4]] 《教義の10の要点について》
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第7巻/エルサレムのキュリロス/序説|エルサレムのキュリロス/序説]]
*[[神の言葉の誕生について]](ガイウス・マリウス・ウィクトリヌス) (完)
:::[[利用者:村田ラジオ#1. 聖イサク|トップに戻る]]
===8. ヒラリウス===
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ポワティエのヒラリウス/三位一体論|三位一体論]] (ヒラリウス) (未完)
* [[詩篇の論考]]
** [[詩篇の論考/序文|序文]]
** [[詩篇の論考/詩篇第1篇|詩篇第1篇]]
** [[詩篇の論考/詩篇2篇|詩篇2篇]]
** [[詩篇の論考/詩篇9篇|詩篇9篇]]
** [[詩篇の論考/詩篇13篇|詩篇13篇]]
** [[詩篇の論考/詩篇14篇|詩篇14篇]]
** [[詩篇の論考/詩篇51篇|詩篇51篇]]
** [[詩篇の論考/詩篇61篇|詩篇61篇]]
** [[詩篇の論考/詩篇62篇|詩篇62篇]]
** [[詩篇の論考/詩篇67篇|詩篇67篇]]
===9. アンブロシウス===
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第10巻/著作/キリスト教信仰の解説|ニカイア後教父: シリーズ II/信仰について]](アンブロシウス)入力中
* [[信仰について (アンブロシウス)]](完)
* [[ルカ福音書の解説 (アンブロシウス)]](完)
* [[ヘクサエメロン (アンブロシウス)]](第5巻のみが未完)
* [[楽園について (アンブロシウス)]](完)
* [[カインとアベルについて (アンブロシウス)]](完)
* [[ノアと箱舟について (アンブロシウス)]](完)
* [[アブラハムについて (アンブロシウス)]](完)
* [[イサクと魂について]](完)
* [[死の善について]](完)
* [[世界からの逃避について]](完)
* [[ヤコブと祝福された人生について]](未完)
* [[族長ヨセフについて]](未完)
* [[ダビデの詩篇十二篇の解説]](完)
* [[ダビデの詩篇118篇の解説]](未完)
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/プロローグ|プロローグ]]
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/1番目の言葉|1番目の言葉]] アレフ
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/2番目の言葉|2番目の言葉]] ベト
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/3番目の言葉|3番目の言葉]] ギメル
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/4番目の言葉|4番目の言葉]] ダレト
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/5番目の言葉|5番目の言葉]] ヘー
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/6番目の言葉|6番目の言葉]] ワウ
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/7番目の言葉|7番目の言葉]] ザイン
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/8番目の言葉|8番目の言葉]] ヘト
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/9番目の言葉|9番目の言葉]] テト
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/10番目の言葉|10番目の言葉]] ヨド
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/11番目の言葉|11番目の言葉]] カフ
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/12番目の言葉|12番目の言葉]] ラメド
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/13番目の言葉|13番目の言葉]] メム
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/14番目の言葉|14番目の言葉]] ヌン
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/15番目の言葉|15番目の言葉]] サメク
** [[ダビデの詩篇118篇の解説/16番目の言葉|16番目の言葉]] アイン
* [[ローマ人への手紙注解 (アンブロシアステル)]](完)
* [[コリント人への第一の手紙注解 (アンブロシアステル)]](完)
* [[コリント人への第二の手紙注解 (アンブロシアステル)]](完)
===10. アウグスティヌス===
* [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第7巻/ヨハネ福音書論考|ヨハネ福音書論考]] 入力中
* [[三位一体論 (アウグスティヌス)]] 入力中
===11. レオ1世===
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第12巻/レオ1世/説教|第12巻/レオ1世/説教]](レオ1世)入力中
===12. ダマスコのヨハネ===
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻|正教信仰の正確な解説/第1巻]](ヨハネ・ダマスキン)入力中
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:*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第1章|第1章]]
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*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻|正教信仰の正確な解説/第2巻]]
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|}
*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第4巻|正教信仰の正確な解説/第4巻]]
:::[[利用者:村田ラジオ#1. 聖イサク|トップに戻る]]
===13. フィロカリア===
*[[ドブロトリュビエ]] (Philokalia)
*[[ドブロトリュビエ/第1巻|第1巻]]
**[[ドブロトリュビエ/第1巻/大アントニオスの言葉と彼に関する伝説|大アントニオスの言葉と彼に関する伝説]]
**[[ドブロトリュビエ/第1巻/大アントニオスの名言の解説|大アントニオスの名言の解説]]
**[[ドブロトリュビエ/第1巻/アバ・イザヤが弟子たちに語った言葉|アバ・イザヤが弟子たちに語った言葉]](アバ・イザヤ)
**[[ドブロトリュビエ/第1巻/新米修道士へのルールとアドバイス|新米修道士へのルールとアドバイス]](アバ・イザヤ)
**[[ドブロトリュビエ/第1巻/アバ・イザヤの言葉|アバ・イザヤの言葉]](アバ・イザヤ)
**[[ドブロトリュビエ/第1巻/心を守ることについて27章|心を守ることについて27章]](アバ・イザヤ)
**[[ドブロトリュビエ/第1巻/修道士ニコラスへのメッセージ|修道士ニコラスへのメッセージ]](修行者マルコ)
**[[ドブロトリュビエ/第1巻/修行者マルコの著作に対するニコラス修道士の反応|修行者マルコの著作に対するニコラス修道士の反応]]
**[[ドブロトリュビエ/第1巻/霊的法則に関する200章|霊的法則に関する200章]](修行者マルコ)
**[[ドブロトリュビエ/第1巻/行いによって義とされると考える人々について|行いによって義とされると考える人々について]](修行者マルコ)
*[[ドブロトリュビエ/第2巻|第2巻]]
**[[ドブロトリュビエ/第2巻/霊的生活の完成度について|霊的生活の完成度について]](ヨハネス・カッシアヌス)
**[[ドブロトリュビエ/第2巻/悔い改めの働きの終了について|悔い改めの働きの終了について]](ヨハネス・カッシアヌス)
**[[ドブロトリュビエ/第2巻/テオドロスへ 覚醒と祈りについて|テオドロスへ 覚醒と祈りについて]](ヘシュキオス長老)
**[[ドブロトリュビエ/第2巻/祈りに関する153章|祈りに関する153章]](シナイのニール)
**[[ドブロトリュビエ/第2巻/悪の八魂について|悪の八魂について]](シナイのニール)
**[[ドブロトリュビエ/第2巻/悔い改めについて|悔い改めについて]](ヨハネ・クリマクス)
**[[ドブロトリュビエ/第2巻/美徳と情熱について–また情熱との戦いについて|美徳と情熱について–また情熱との戦いについて]](ヨハネ・クリマクス)
**[[ドブロトリュビエ/第2巻/8つの主要な情熱との戦いについて|8つの主要な情熱との戦いについて]](ヨハネ・クリマクス)
**[[ドブロトリュビエ/第2巻/平静さについて|平静さについて]](ヨハネ・クリマクス)
**[[ドブロトリュビエ/第2巻/バルサヌフィオスの禁欲的教え|バルサヌフィオスの禁欲的教え]](大バルサヌフィオス)
**[[ドブロトリュビエ/第2巻/アバ・ドロテオスの禁欲的教え|アバ・ドロテオスの禁欲的教え]](アバ・ドロテオス)
**[[ドブロトリュビエ/第2巻/シリアの聖イサクの禁欲的教え|シリアの聖イサクの禁欲的教え]](シリアのイサク)
*[[ドブロトリュビエ/第3巻|第3巻]]
**[[ドブロトリュビエ/第3巻/霊的知識と識別についての100章|霊的知識と識別についての100章]](フォティケのディアドコス)
**[[ドブロトリュビエ/第3巻/愛についての400章|愛についての400章]](告白者マクシモス)
**[[ドブロトリュビエ/第3巻/愛・禁欲・霊的生活について400章|愛・禁欲・霊的生活について400章]](アバ・タラシオス)
**[[ドブロトリュビエ/第3巻/最も魂をたすける100の章|最も魂をたすける100の章]](エデッサのテオドロス)
**[[ドブロトリュビエ/第3巻/覚醒についての40章|覚醒についての40章]](シナイのフィロテオス)
*[[ドブロトリュビエ/第4巻|第4巻]]
**[[ドブロトリュビエ/第4巻/修道士への禁欲的な指導|修道士への禁欲的な指導]](ストゥディオスのテオドロス)
*[[ドブロトリュビエ/第5巻|第5巻]]
:::新神学者シメオン
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/新神学者シメオンの略歴|新神学者シメオンの略歴]]
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/実践的および神学的な章|実践的および神学的な章]](新神学者シメオン)
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/敬虔なる長老シメオンの禁欲的な説教|敬虔なる長老シメオンの禁欲的な説教]](彼の師、敬虔者シメオン)
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/信仰について、そしてこの世に生きる人間が完璧を達成するのは不可能だと言う人々へ|信仰について、そしてこの世に生きる人間が完璧を達成するのは不可能だと言う人々へ]]
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/三つの注意と祈りについて|三つの注意と祈りについて]]
:::ニケタス・ステタトス
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/ニケタス・ステタトスの略歴|ニケタス・ステタトスの略歴]]
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/最初の100の実践的な章|最初の100の実践的な章]]
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/次の100の自然心理学的章 – 精神の浄化について|次の100の自然心理学的章 – 精神の浄化について]]
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/最後の100の思索的な章 – 愛と人生の完成について|最後の100の思索的な章 – 愛と人生の完成について
]]
:::シナイのグレゴリオス
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/戒めと教義・警告と約束についての137章|戒めと教義・警告と約束についての137章]](シナイのグレゴリオス)
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/沈黙行者たちへの指示|沈黙行者たちへの指示]](シナイのグレゴリオス)
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/静寂と祈りについての15章|静寂と祈りについての15章]](シナイのグレゴリオス)
:::修道士ニケフォロス
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/覚醒と心を守ることについて|覚醒と心を守ることについて]](修道士ニケフォロス)
:::グレゴリオス・パラマス
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/名誉ある修道女クセニアに|名誉ある修道女クセニアに]](グレゴリオス・パラマス)
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/キリスト教法に基づく十戒|キリスト教法に基づく十戒]](グレゴリオス・パラマス)
:::ダマスコのペトロ
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/ダマスコのペトロ序文|ダマスコのペトロ序文]]
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/ダマスコのペトロの第1巻|ダマスコのペトロの第1巻]]
:*[[ドブロトリュビエ/第5巻/ダマスコのペトロの第2巻|ダマスコのペトロの第2巻]]
————————————
===14. 神学的著作===
*[[主の祈り、洗礼、聖体に関する注釈]](モプスエスティアのテオドロス) (完)
* [[口語訳旧約聖書 目次]]{{ext scan link|1=http://jco.ibibles.net/index.htm#%C2%A0%3E%C2%A0}}
* [[口語訳新約聖書 目次]]{{ext scan link|1=http://jco.ibibles.net/index.htm#%C2%A0%3E%C2%A0}}
* [[KJV 旧約聖書続編 目録]] (King James Bible, 1769)
* [[フィラレートのカテキズム]](モスクワの聖フィラレート、1913)(完)
** [[フィラレートのカテキズム 2]]
* [[英国国教会の39箇条についての教理問答]](ジェームズ・ビーヴン、1853)(未完)
* [[短い信条]](ガザーリー、1903英訳ダンカン・B・マクドナルド)(完)
* [[アル・ガザーリーの宗教的・道徳的教え]](ガザーリー、1921英訳サイード・ナワーブ・アリ)
* [[鳩の書]](''Book of the Dove'' [[w:ja:バル・ヘブラエウス|バル・ヘブラエウス]]、1919英訳 A.J. ヴェンシンク)(入力中)
* [[蜂の書]](''The Book of the Bee'' アフラトのソロモン、英訳 [[w:ja:ウォーリス・バッジ|ウォーリス・バッジ]])(入力中)
* [[ディオニュシオス・アレオパギテスの著作]](ジョン・パーカー、1897)(目録)
** [[ディオニュシオス・アレオパギテスの著作/神名論|神名論]]
** [[ディオニュシオス・アレオパギテスの著作/神秘神学|神秘神学]]
* [[修道院の制度について]] "De coenobiorum institutis"(ヨハネス・カッシアヌス)
* [[コラティオネス]](ヨハネス・カッシアヌス)
* [[信仰について (アンブロシウス)]](完)
* [[マルコ福音書注解 (アンセルムス・ラウドゥン)]](グロッサ・オルディナリア)
* [[聖バルラームと聖ヨサファトの生涯]](ダマスコのヨハネ)
* [[神の言葉の誕生について]](ガイウス・マリウス・ウィクトリヌス)(完)
* [[ホモウシオスの受容について]](ガイウス・マリウス・ウィクトリヌス)(完)
* [[砂漠を讃えて]](リヨンのエウケリウス)(完)
* [[聖書霊的解釈の定式]](リヨンのエウケリウス)(入力中)
* [[神の統治について]](マルセイユのサルヴィアヌス)(完)
* [[論考 (ヴェローナのゼノ)]](入力中)
* [[観想生活について]](ユリアヌス・ポメリウス)
:::[[利用者:村田ラジオ#1. 聖イサク|トップに戻る]]
————————————
* [[イェルサリム大主教聖キリール教訓]](エルサレムのキュリロス)
* [[聖金口イオアン教訓下]](ヨハネ・クリュソストモス)
* [[シリヤの聖エフレム教訓]]
* [[正教要理問答]]
* [[通俗正教教話]](府主教フィラレート)
* [[聖詠講話上編]](ヨハネ・クリュソストモス)
* [[聖詠講話中編]]
* [[新約聖書譬喩略解]]
* [[祈祷惺々集]] {{註|祈りと清醒の教訓集。隠修者フェオファン編集。}}
*#[[祈祷惺々集/我等が聖神父階梯著者イオアンの教訓(1)]]
*#[[祈祷惺々集/イェルサリムの司祭イシヒイ フェオドルに與ふる書(1)]]
*#[[祈祷惺々集/克肖なる我等が神父シリヤのフィロフェイの説教(1)]]
*#[[祈祷惺々集/シリヤの聖イサアクの教訓(1)]]
*#[[祈祷惺々集/聖なる大老ワルソノフィイ及びイオアンの教訓(1)]]
:(ヨハネ・クリマクス、シナイのヘシュキオス、シナイのフィロテオス、シリアのイサアク、ガザのバルサヌフィオス)
* [[埃及マカリイ全書]](著者は擬マカリオス)
* [[ニケア信経]](ニケア・コンスタンチノープル信経)
* [[使徒信経(天主公教会1911年)]]
* [[使徒信経(日本聖公会1941年)]]
* [[アタナシオ信経]]
* [[信経問答]]
* [[十誡問答]]
* [[吉利支丹文学抄/吉利支丹文学概説及び原本の解題]]
* [[さんぺいとろの御作業 (新漢字)]]
* [[さんふらんしすこの御作業 (新漢字)]]
* [[さんゑうすたきよの御作業]]
* [[こんてむつすむんぢ抄 (新漢字)]](『キリストに倣いて』)
* [[でうすの御性体と御善徳の事 (新漢字)]](『ぎや・ど・ぺかどる』)
* [[御扶けの御恩の事 (新漢字)]]( 同 ){{註|ぎやどぺかどるは興味深い。}}
* [[善人達のよきこんしゑんしやの悦びの事 (新漢字)]]( 同 )
* [[世界と悪の執着に引るゝ人の迷ひを導く事 (新漢字)]]( 同 )
* [[瞋恚に対する了簡の事 (新漢字)]]( 同 )
* [[ほるたれざといふ強き心の事 (新漢字)]]( 同 )
* [[けれいど並びにひいですのあるちごの事 (新漢字)]](『どちりな・きりしたん』)
* [[でうすの御掟十のまだめんとすの事 (新漢字)]]( 同 )
* [[詩四篇・三十一篇・九十一篇(日本聖公会訳)]](+詩百三十四)
* [[詩九十二篇・九十五篇・九十八篇・百篇(日本聖公会訳)]]
* [[詩七十一篇・百十六篇(日本聖公会訳)]](+詩百二十七、詩百三十)
* [[詩二十三篇・三十九篇・九十篇(日本聖公会訳)]]
* [[詩五十一篇]](詩篇第五十一、第五十聖詠)
* [[人類の忘恩に対する償の祈祷]]
:::[[利用者:村田ラジオ#1. 聖イサク|トップに戻る]]
===15. 典礼・奉神礼===
* [[ミサ通常文・キリエ・グロリア]](カトリック)
::(+クレド・サンクトゥス・ベネディクトゥス・アニュスデイ)
* [[神聖なる聖体礼儀の歌章の次第]](正教会)
* [[大齋の晩課及び先備聖体礼儀の「主よ爾に籲ぶ」]](正教会)
* [[八調の品第詞(ステペンナ)]](正教会){{註|聖詠119~133を題材にした祈祷文}}
* [[大斎第一週間奉事式略]](おおものいみだいいっしゅうかんほうじしき)
**[[大斎第一週間奉事式略 2]](火曜日)
**[[大斎第一週間奉事式略 3]](水曜日)
**[[大斎第一週間奉事式略 4]](木曜日)
* [[聖パスハの奉事]]
* [[信経]](正教会)
* [[聖詠経]] ([[w:日本ハリストス正教会|日本正教会]]翻訳)
* [[マトフェイ伝06]]
* [[マトフェイ伝07]]
————————————
===16. 仏教===
* [[正信念仏偈 (意訳聖典)]]
* [[歎異抄 (意訳聖典)]]
** [[歎異抄 (意訳聖典 新漢字)]]
* [[蓮如上人御文章 (意訳聖典)]]
* [[七箇條の起請文 (浄土宗全書)]](別名:念仏行者訓條)
* [[横川法語]]{{註|恵心僧都、源信}}
* [[十二問答]]
* [[十二箇條問答]]{{註|法然上人の人柄が優しい。}}
* [[黒田の聖人へつかはす御文]](別名:一紙小消息)
* [[或女房に示されける法語]]
* [[常に仰られける御詞 (法然上人全集)]]
* [[平重衡に示す御詞 (法然上人全集)]]
* [[甘糟太郎忠綱に示す御詞 (法然上人全集)]]
* [[元强盜の張本なりし教阿に示す御詞 (法然上人全集)]]
* [[御臨終の時門弟等に示されける御詞 (法然上人全集)]]
* [[消息法語 (一遍上人語録)]]
* [[門人伝説 (一遍上人語録)]]{{註|興味深い。}}
* [[仏説阿弥陀経 (昭和新纂経典部)]]
===17. イスラム教===
* [[短い信条]](ガザーリー、1903英訳ダンカン・B・マクドナルド)(完)
* [[アル・ガザーリーの宗教的・道徳的教え]](ガザーリー、1921英訳サイード・ナワーブ・アリ)
===18. ギリシャ・ローマ哲学===
* [[トゥスクルム荘対談集]](キケロ)
* [[新プラトン主義哲学者断片集/サッカス (ブイエ訳)]](アンモニオス・サッカス)
==加筆項目==
{{resize|120%|この利用者が加筆したもの}}
* [[聖詠経]](ふりがなを付加)
** [[第一「カフィズマ」]]
** [[第二「カフィズマ」]]
** [[第三「カフィズマ」]]
** [[第四「カフィズマ」]]
** [[第五「カフィズマ」]]
** [[第六「カフィズマ」]]
** [[第十七「カフィズマ」]]
** [[第十八「カフィズマ」]]
** [[第十九「カフィズマ」]]
** [[第二十「カフィズマ」他]]
* [[コンチリサンの略]]{{註|Contrição/Contrition:悔い改め、懺悔という意味}}
* [[白骨の御文]]
* [[主の祈り]]
==リダイレクト==
* [[ディダケー (Riddle translation)]] → [[ニカイア以前の教父たち/第7巻/十二使徒の教訓/十二使徒の教訓]]
{{resize|120%|サブページ}}
* [[利用者:村田ラジオ/sandbox]] ウェブスター改訂聖書
* [[利用者:村田ラジオ/sandbox2]] マカリオス 大書簡
* [[利用者:村田ラジオ/sandbox3]] ばるらあんと聖じょさはつの御作業 <strike>信仰について 第5巻、ルカ福音書の解説 第8巻</strike>
* [[利用者:村田ラジオ/sandbox4]] トゥスクルム荘対談集 <strike>聖バルラームと聖ヨサファトの生涯</strike>
* [[利用者:村田ラジオ/common.js]]
:::[[利用者:村田ラジオ#1. 聖イサク|トップに戻る]]
-----
===19. 忘備録===
{|
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻
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*底本: Philip Schaff, James Donaldson, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Theodoret/Ecclesiastical History/Book I|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Theodoret/Ecclesiastical History/Book I]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:キリスト教]]
[[Category:キリスト教の歴史]]
[[Category:教父]]
[[Category:テオドレトス]]
[[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]]
}}
==教会史==
===第1巻===
*[[/プロローグ|プロローグ]]
*[[/第1章|第1章]] アリウス派異端の起源
*[[/第2章|第2章]] 主要司教一覧
*[[/第3章|第3章]] アレクサンドリア司教アレクサンドロスからコンスタンティノープル司教アレクサンドロスへの手紙
*[[/第4章|第4章]] ニコメディア司教エウセビオスへのアリウスの手紙
*[[/第5章|第5章]] ニコメディアの司教エウセビオスからティルスの司教パウリヌスへの手紙
*[[/第6章|第6章]] ニカイア公会議
*[[/第7章|第7章]] エウスタティオスとアタナシオスの著作から導き出されたアリウス派の反駁
*[[/第8章|第8章]] エジプト人メレティウスに関する事実。彼から今日まで続くメレティウス分裂が始まった
*[[/第9章|第9章]] 公会議で処理された事項に関するコンスタンティヌス皇帝の書簡
*[[/第10章|第10章]] 皇帝によって賄われた教会の日常的な必要物資と、皇帝のその他の美徳に関する記述
*[[/第11章|第11章]] ここで、カエサレア司教エウセビオスが書いた信仰に関する手紙を引用する
*[[/第12章|第12章]] カエサレア司教エウセビオスの著作による、現代のアリウス派の冒涜の反駁
*[[/第13章|第13章]] アリウスの死に関するアタナシオスの手紙からの抜粋
*[[/第14章|第14章]] 教会の建設に関してコンスタンティヌス帝が書いた手紙
*[[/第15章|第15章]] 聖書の写本の準備に関するコンスタンティヌス帝の手紙
*[[/第16章|第16章]] 聖なる教会の建設に関する、エルサレムの司教マカリウスへの皇帝からの手紙
*[[/第17章|第17章]] コンスタンティヌス帝の母ヘレナ、聖なる教会の建設に対する彼女の熱意
*[[/第18章|第18章]] ニコメディアの司教エウセビオスの違法な翻訳
*[[/第19章|第19章]] コンスタンティヌス帝からエウセビオスとテオグニスへの、ニコメディア人への手紙
*[[/第20章|第20章]] アンティオキア司教聖エウスタティオスに対するエウセビオスとその追随者による巧妙な策略
*[[/第21章|第21章]] エウスタティオスの追放後にアンティオキアで任命された異端の意見の司教たち
*[[/第22章|第22章]] インド人の改宗
*[[/第23章|第23章]] イベリア人の改宗
*[[/第24章|第24章]] コンスタンティヌス帝がペルシャ王サポールにキリスト教徒に関して書いた手紙
*[[/第25章|第25章]] アタナシオスに対する陰謀の記述
*[[/第26章|第26章]] アタナシオスに対するもう一つの陰謀
*[[/第27章|第27章]] コンスタンティヌス帝のティルス会議への手紙
*[[/第28章|第28章]] ティルス会議
*[[/第29章|第29章]] エルサレム教会の奉献、アタナシオスの追放
*[[/第30章|第30章]] 祝福された皇帝コンスタンティヌスの遺言
*[[/第31章|第31章]] コンスタンティヌスに対する弁明
*[[/第32章|第32章]] 神聖皇帝コンスタンティヌスの終焉
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Philip Schaff, "Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Theodoret/Ecclesiastical History/Book I" を翻訳
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス
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| title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について
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| previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/導入|導入]]
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| year = 1885
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| override_author = [[s:en:Author:Jerome (c. 345-c. 420)|ヒエロニムス (c. 345-c. 420)]]
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| noauthor =
| notes =
*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:キリスト教]]
[[Category:キリスト教の歴史]]
[[Category:教父]]
[[Category:ヒエロニムス]]
[[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]]
}}
==内容==
*[[/序文|序文]]
*[[/人物一覧|人物一覧]]
#[[/第1章 シモン・ペテロ|第1章 シモン・ペテロ]]
#[[/第2章 主の兄弟ヤコブ|第2章 主の兄弟ヤコブ]]
#[[/第3章 マタイ、姓はレビ|第3章 マタイ、姓はレビ]]
#[[/第4章 ヤコブの兄弟ユダ|第4章 ヤコブの兄弟ユダ]]
#[[/第5章 パウロ、以前はサウロと呼ばれていた|第5章 パウロ、以前はサウロと呼ばれていた]]
#[[/第6章 バルナバ、姓はヨセフ|第6章 バルナバ、姓はヨセフ]]
#[[/第7章 福音伝道者ルカ|第7章 福音伝道者ルカ]]
#[[/第8章 福音伝道者マルコ|第8章 福音伝道者マルコ]]
#[[/第9章 使徒であり伝道者でもあるヨハネ|第9章 使徒であり伝道者でもあるヨハネ]]
#[[/第10章 ヘルマス|第10章 ヘルマス]]
#[[/第11章 ユダヤ人のフィロン|第11章 ユダヤ人のフィロン]]
#[[/第12章 ルキウス・アンナエウス・セネカ|第12章 ルキウス・アンナエウス・セネカ]]
#[[/第13章 マティアスの息子ヨセフス|第13章 マティアスの息子ヨセフス]]
#[[/第14章 ティベリアのユストゥス|第14章 ティベリアのユストゥス]]
#[[/第15章 司教クレメンス|第15章 司教クレメンス]] {{註|第4代ローマ司教}}
#[[/第16章 司教イグナティオス|第16章 司教イグナティオス]] {{註|アンティオキア}}
#[[/第17章 司教ポリュカルポス|第17章 司教ポリュカルポス]] {{註|スミルナ}}
#[[/第18章 司教パピアス|第18章 司教パピアス]] {{註|ヒエラポリス}}
#[[/第19章 司教クアドラトゥス|第19章 司教クアドラトゥス]] {{註|アテネ}}
#[[/第20章 哲学者アリスティデス|第20章 哲学者アリスティデス]] {{註|アテネ}}
#[[/第21章 アグリッパ・カストル|第21章 アグリッパ・カストル]]
#[[/第22章 歴史家ヘゲシッポス|第22章 歴史家ヘゲシッポス]]
#[[/第23章 哲学者ユスティノス|第23章 哲学者ユスティノス]]
#[[/第24章 司教メリトン|第24章 司教メリトン]] {{註|サルディス}}
#[[/第25章 司教テオフィロス|第25章 司教テオフィロス]] {{註|アンティオキア}}
#[[/第26章 司教アポリナリオス|第26章 司教アポリナリオス]] {{註|ヒエラポリス}}
#[[/第27章 司教ディオニュシオス|第27章 司教ディオニュシオス]] {{註|コリントス}}
#[[/第28章 司教ピニュトス|第28章 司教ピニュトス]] {{註|クレタ島グノソス}}
#[[/第29章 異端の指導者タティアノス|第29章 異端の指導者タティアノス]]
#[[/第30章 司教フィリッポ|第30章 司教フィリッポ]] {{註|クレタ島ゴルティナ}}
#[[/第31章 ムサヌス|第31章 ムサヌス]]
#[[/第32章 モデストス|第32章 モデストス]]
#[[/第33章 異端の指導者バルダイサン|第33章 異端の指導者バルダイサン]]
#[[/第34章 司教ウィクトル|第34章 司教ウィクトル]] {{註|ローマの第13代司教}}
#[[/第35章 司教エイレナイオス|第35章 司教エイレナイオス]] {{註|リヨン}}
#[[/第36章 哲学者パンタイノス|第36章 哲学者パンタイノス]]
#[[/第37章 ロドン、タティアノスの弟子|第37章 ロドン、タティアノスの弟子]]
#[[/第38章 長老クレメンス|第38章 長老クレメンス]] {{註|アレクサンドリア}}
#[[/第39章 ミルティアデス|第39章 ミルティアデス]]
#[[/第40章 アポロニウス|第40章 アポロニウス]]
#[[/第41章 司教セラピオン|第41章 司教セラピオン]] {{註|アンティオキア}}
#[[/第42章 元老院議員アポロニウス|第42章 元老院議員アポロニウス]]
#[[/第43章 もう一人の司教テオフィロス|第43章 もう一人の司教テオフィロス]] {{註|パレスチナのカエサレア}}
#[[/第44章 司教バキュロス|第44章 司教バキュロス]]
#[[/第45章 司教ポリュクラテス|第45章 司教ポリュクラテス]] {{註|エフェソス}}
#[[/第46章 ヘラクレイトス|第46章 ヘラクレイトス]]
#[[/第47章 マクシモス|第47章 マクシモス]]
#[[/第48章 カンディドゥス|第48章 カンディドゥス]]
#[[/第49章 アピオン|第49章 アピオン]]
#[[/第50章 セクストス|第50章 セクストス]]
#[[/第51章 アラビアヌス|第51章 アラビアヌス]]
#[[/第52章 ユダ|第52章 ユダ]]
#[[/第53章 長老テルトゥリアヌス|第53章 長老テルトゥリアヌス]] {{註|カルタゴ}}
#[[/第54章 オリゲネス、姓アダマンティウス|第54章 オリゲネス、姓アダマンティウス]]
#[[/第55章 アンモニオス|第55章 アンモニオス]]
#[[/第56章 助祭アンブロシオス|第56章 助祭アンブロシオス]]
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==内容==
*[[/序文|序文]]
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#[[/第1章 シモン・ペテロ|第1章 シモン・ペテロ]]
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#[[/第3章 マタイ、姓はレビ|第3章 マタイ、姓はレビ]]
#[[/第4章 ヤコブの兄弟ユダ|第4章 ヤコブの兄弟ユダ]]
#[[/第5章 パウロ、以前はサウロと呼ばれていた|第5章 パウロ、以前はサウロと呼ばれていた]]
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#[[/第10章 ヘルマス|第10章 ヘルマス]]
#[[/第11章 ユダヤ人のフィロン|第11章 ユダヤ人のフィロン]]
#[[/第12章 ルキウス・アンナエウス・セネカ|第12章 ルキウス・アンナエウス・セネカ]]
#[[/第13章 マティアスの息子ヨセフス|第13章 マティアスの息子ヨセフス]]
#[[/第14章 ティベリアのユストゥス|第14章 ティベリアのユストゥス]]
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#[[/第20章 哲学者アリスティデス|第20章 哲学者アリスティデス]] {{註|アテネ}}
#[[/第21章 アグリッパ・カストル|第21章 アグリッパ・カストル]]
#[[/第22章 歴史家ヘゲシッポス|第22章 歴史家ヘゲシッポス]]
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#[[/第33章 異端の指導者バルダイサン|第33章 異端の指導者バルダイサン]]
#[[/第34章 司教ウィクトル|第34章 司教ウィクトル]] {{註|ローマの第13代司教}}
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}}
==内容==
*ゲンナディウスが追加した著者のリスト
#[[/第1章 賢者と呼ばれるヤコブ|第1章 賢者と呼ばれるヤコブ]]{{註|ニシビスのヤコブ}}
#[[/第2章 ローマ司教ユリウス|第2章 ローマ司教ユリウス]]
#[[/第3章 長老パウロナス|第3章 長老パウロナス]]
#[[/第4章 アフリカのヴィテリウス|第4章 アフリカのヴィテリウス]]
#[[/第5章 司祭マクロビウス|第5章 司祭マクロビウス]]
#[[/第6章 司祭ヘリオドロス|第6章 司祭ヘリオドロス]]
#[[/第7章 長老修道士パコミオス|第7章 長老修道士パコミオス]]
#[[/第8章 テオドロス、彼の後継者|第8章 テオドロス、彼の後継者]]
#[[/第9章 修道士オレシエシス|第9章 修道士オレシエシス]]
#[[/第10章 修道士マカリオス|第10章 修道士マカリオス]]{{註|エジプトのマカリオス}}
#[[/第11章 修道士エヴァグリオス|第11章 修道士エヴァグリオス]]{{註|エヴァグリオス・ポンティコス}}
#[[/第12章 司祭テオドロス|第12章 司祭テオドロス]]{{註|モプスエスティアのテオドロス(?)}}
#[[/第13章 プルデンティウス|第13章 プルデンティウス]]
#[[/第14章 司教アウデンティウス|第14章 司教アウデンティウス]]
#[[/第15章 コンモディアヌス|第15章 コンモディアヌス]]
#[[/第16章 司祭ファウスティヌス|第16章 司祭ファウスティヌス]]
#[[/第17章 司祭ルフィヌス|第17章 司祭ルフィヌス]] {{註|アクイレイアのルフィヌス}}
#[[/第18章 アフリカのティコニウス|第18章 アフリカのティコニウス]]
#[[/第19章 司祭セウェルス|第19章 司祭セウェルス]] {{註|スルピキウス・セウェルス}}
#[[/第20章 司教アンティオコス|第20章 司教アンティオコス]]
#[[/第21章 司教セヴェリアヌス|第21章 司教セヴェリアヌス]]
#[[/第22章 司教ニケタス|第22章 司教ニケタス]] {{註|レメシアナのニケタス}}
#[[/第23章 司教オリンピウス|第23章 司教オリンピウス]]
#[[/第24章 バキアリウス|第24章 バキアリウス]]
#[[/第25章 司教サバティウス|第25章 司教サバティウス]]
#[[/第26章 イサアク|第26章 イサアク]]
#[[/第27章 ウルシヌス|第27章 ウルシヌス]]
#[[/第28章 もう一人のマカリオス|第28章 もう一人のマカリオス]]
#[[/第29章 司祭ヘリオドロス|第29章 司祭ヘリオドロス]]
#[[/第30章 コンスタンティノープル司教ヨハネ|第30章 コンスタンティノープル司教ヨハネ]]{{註|ヨハネ・クリュソストモス}}
#[[/第31章 もう一人の司教、ヨハネ|第31章 もう一人の司教、ヨハネ]]
#[[/第32章 司教パウロス|第32章 司教パウロス]]
#[[/第33章 ヘルヴィディウス|第33章 ヘルヴィディウス]]
#[[/第34章 司教テオフィロス|第34章 司教テオフィロス]]
#[[/第35章 司教エウセビオス|第35章 司教エウセビオス]] {{註|ミラノ}}
#[[/第36章 司祭ヴィギランティウス|第36章 司祭ヴィギランティウス]]
#[[/第37章 司教シンプリキアヌス|第37章 司教シンプリキアヌス]]
#[[/第38章 司教ヴィギリウス|第38章 司教ヴィギリウス]]
#[[/第39章 司教アウグスティヌス|第39章 司教アウグスティヌス]]
#[[/第40章 司祭オロシウス|第40章 司祭オロシウス]]
#[[/第41章 司教マクシモス|第41章 司教マクシモス]]
#[[/第42章 司教ペトロニウス|第42章 司教ペトロニウス]]
#[[/第43章 異端の指導者ペラギウス|第43章 異端の指導者ペラギウス]]
#[[/第44章 司教インノケンティウス|第44章 司教インノケンティウス]]
#[[/第45章 カエレスティウス、ペラギウスの信奉者|第45章 カエレスティウス、ペラギウスの信奉者]]
#[[/第46章 司教ユリアヌス|第46章 司教ユリアヌス]]{{註|エクラヌムのユリアヌス}}
#[[/第47章 司祭ルキアノス|第47章 司祭ルキアノス]]
#[[/第48章 司祭アヴィトゥス|第48章 司祭アヴィトゥス]]{{註|ブラガのアヴィトゥス}}
#[[/第49章 司教パウリヌス|第49章 司教パウリヌス]] {{註|ノラのパウリヌス}}
#[[/第50章 司祭エウトロピウス|第50章 司祭エウトロピウス]]
#[[/第51章 もう一人のエヴァグリウス|第51章 もう一人のエヴァグリウス]]{{註|修道士エヴァグリウス}}
#[[/第52章 助祭ヴィギリウス|第52章 助祭ヴィギリウス]]
#[[/第53章 聖なる司教アッティコス|第53章 聖なる司教アッティコス]]{{註|コンスタンティノープル大主教}}
#[[/第54章 異端のネストリオス|第54章 異端のネストリオス]]
#[[/第55章 司教カエレスティヌス|第55章 司教カエレスティヌス]]
#[[/第56章 司教テオドトス|第56章 司教テオドトス]]
#[[/第57章 司教ファスティディウス|第57章 司教ファスティディウス]]
#[[/第58章 司教キュリロス|第58章 司教キュリロス]] {{註|アレクサンドリアのキュリロス}}
#[[/第59章 司教ティモテウス|第59章 司教ティモテウス]]
#[[/第60章 司祭レポリウス|第60章 司祭レポリウス]]
#[[/第61章 弁論学者ヴィクトリウス|第61章 弁論学者ヴィクトリウス]]{{註|クラウディウス・マリウス・ヴィクトリウス(マルセイユ)}}
#[[/第62章 助祭カッシアヌス|第62章 助祭カッシアヌス]]{{註|ヨハネス・カッシアヌス}}
#[[/第63章 司祭フィリップス|第63章 司祭フィリップス]]
#[[/第64章 司教エウケリウス|第64章 司教エウケリウス]]{{註|リヨンのエウケリウス}}
#[[/第65章 ガリア人のウィンケンティウス|第65章 ガリア人のウィンケンティウス]]{{註|レランスのウィンケンティウス}}
#[[/第66章 シアグリウス|第66章 シアグリウス]]
#[[/第67章 長老イサアク|第67章 長老イサアク]]
#[[/第68章 司祭サルヴィアヌス|第68章 司祭サルヴィアヌス]] {{註|マルセイユ}}
#[[/第69章 司教パウリヌス|第69章 司教パウリヌス]] {{註|もう一人の司教パウリヌス}}
#[[/第70章 司教ヒラリウス|第70章 司教ヒラリウス]] {{註|アルルのヒラリウス}}
#[[/第71章 司教レオ|第71章 司教レオ]] {{註|ローマ教皇レオ}}
#[[/第72章 司祭モキムス|第72章 司祭モキムス]]
#[[/第73章 司教ティモテオス|第73章 司教ティモテオス]]
#[[/第74章 司教アスクレピオス|第74章 司教アスクレピオス]]
#[[/第75章 長老ペトロ|第75章 長老ペトロ]]
#[[/第76章 長老パウロ|第76章 長老パウロ]]
#[[/第77章 司教パストル|第77章 司教パストル]]
#[[/第78章 司教ヴィクトル|第78章 司教ヴィクトル]] {{註|モーリタニアのカルテンナの司教ヴィクトル}}
#[[/第79章 司教ヴォコニウス|第79章 司教ヴォコニウス]] {{註|モーリタニアのカステランの司教ヴォコニウス}}
#[[/第80章 司祭ムサエウス|第80章 司祭ムサエウス]]
#[[/第81章 司祭ヴィンケンティウス|第81章 司祭ヴィンケンティウス]]
#[[/第82章 修道士キュロス|第82章 修道士キュロス]]
#[[/第83章 司祭サムエル|第83章 司祭サムエル]] {{註|エデッサ教会の長老サムエル}}
#[[/第84章 司祭クラウディアヌス|第84章 司祭クラウディアヌス]]
#[[/第85章 プロスペル|第85章 プロスペル]]
#[[/第86章 司教ファウストゥス|第86章 司教ファウストゥス]] {{註|リエのファウストゥス}}
#[[/第87章 司教セルヴス・デイ|第87章 司教セルヴス・デイ]]
#[[/第88章 ヴィクトリウス|第88章 ヴィクトリウス]] {{註|アキテーヌのヴィクトリウス}}
#[[/第89章 司教テオドリトス|第89章 司教テオドリトス]]
#[[/第90章 司教ゲンナディウス|第90章 司教ゲンナディウス]]
#[[/第91章 司祭テオドロス|第91章 司祭テオドロス]]
#[[/第92章 司教シドニウス|第92章 司教シドニウス]]
#[[/第93章 司祭ヨハネ|第93章 司祭ヨハネ]]
#[[/第94章 司教ゲラシウス|第94章 司教ゲラシウス]]
#[[/第95章 司教ホノラトス|第95章 司教ホノラトス]] {{註|ホノラトス・アントニヌス(アフリカ)}}
#[[/第96章 司教ケレアリス|第96章 司教ケレアリス]]
#[[/第97章 司教エウゲニウス|第97章 司教エウゲニウス]]
#[[/第98章 司教ポメリウス|第98章 司教ポメリウス]] {{註|司祭ユリアヌス・ポメリウス}}
#[[/第99章 ゲンナディウス|第99章 ゲンナディウス]] {{註|マルセイユの長老ゲンナディウス}}
:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ゲンナディウス#内容|トップに戻る]]
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Philip Schaff, "Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Gennadius" を翻訳
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オウム真理教事件・麻原彰晃に対する判決文/chapter twentyfour
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|title = XIII 地下鉄サリン事件について
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[ⅩⅢ 地下鉄サリン事件について]
〔弁護人の主張〕
1 地下鉄サリン事件において散布された物質がサリンであることについては重大な疑問がある。すなわち,現場遺留品とされる新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋内等の液体についてサリンを含有するとの鑑定結果があるが,その現場遺留品と鑑定資料との同一性について証明がされていないし,その鑑定方法も鑑定資料からサリンが検出されたと結論づけるには十分なものとはいえない。
2 サリンに被ばくしたとされる被害者らが,実際にサリンに被ばくし,その結果サリン中毒により死傷したことについては証明がされていない。
3 地下鉄サリン事件は,教団に対する強制捜査が迫ったことに危機感を抱いたA6及びA28が,被告人を差し置いて,相談し企画立案した上で,指揮を執り,実行役をして実行させたものであり,被告人が,A6,A28及びA19らに対し,地下鉄電車内にサリンを散布するよう指示をした事実はなく,被告人が同席していたリムジン車内においても地下鉄サリン事件の実行について何ら決定されていなかったものであるから,被告人には地下鉄サリン事件に係る殺人の共謀は存しない。
〔当裁判所の判断〕
第1 弁護人の主張1(現場遺留品がサリンを含有するか否か)に対する判断
1 関係証拠によれば,次の事実が認められる(なお,特に年月日を記載していない時刻は平成7年3月20日のものであり,営団地下鉄の駅名については駅名のみ記載した。)。
(1) A53は,日比谷線A720S電車の第3車両に持ち込みその床上に落とした新聞紙で包まれたサリン入りビニール袋3袋(以下「新聞包み①」という。)を傘で突き刺した後,直ちに秋葉原駅で降車した。同電車は,午前8時ころ,同駅を出発し,午前8時2分ころ,小伝馬町駅に到着したが,その間,新聞包み①からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散して刺激臭を発するなどしたため,同車両内の乗客が,異臭を感じ,また,息苦しくなってきたことから,同駅で,新聞包み①をホーム上に押し出した。同電車は,午前8時3分ころ,同駅を出発し,人形町駅,茅場町駅,八丁堀駅に順次停車した後,午前8時10分ころ,築地駅に到着し,同駅で運転が中止された。
警察官が,小伝馬町駅ホームで新聞包み①を発見し,午前10時35分ころ,応援に駆け付けた警察官にこれをビニール袋,布袋,大型ビニール袋に重ねて入れさせて回収した。同回収物は,午後3時5分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けされた結果,新聞包み①を収納していたビニール袋内に黒褐色の油様の液体が若干量あり,その新聞紙は同液体で湿っていたことや,新聞包み①の中には,約20㎝四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋と,同様の形のビニール袋1袋を更に約25㎝四方の大型のビニール袋に密封したもの1袋があることが判明した。
同液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員C29らにより鑑定がされ,同液体がサリンを含有する旨の結果が得られた。
[A53,C30,C31,C32,C33,C34,C35,C29,A甲65,11675,11676,11678ないし11680,11683,11768等]
(2) A25は,日比谷線B711T電車の第1車両に持ち込みその床上に置いた新聞紙で包まれたサリン入りビニール袋2袋(以下「新聞包み②」という。)を傘で突き刺した後,直ちに恵比寿駅で降車した。同電車は,午前8時2分ころ,同駅を出発し,広尾駅,六本木駅に順次停車し,午前8時11分ころ,神谷町駅に到着したが,その間,新聞包み②からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたことから,せき込んだり,けいれんを起こしたりする乗客が出るなどしたため,同駅で同車両内の乗客はすべて降車し,同車両を空にした状態で,同電車は,午前8時18分ころ同駅を出発し,午前8時20分ころ霞ヶ関駅に到着し,同駅で運転が中止された。
警察官が,午前9時25分ころ,日比谷線霞ヶ関駅に停車していた同電車の第1車両内の床上にぬれた新聞包み②を発見し,機動隊処理班に指示し,その周辺の床上に流出した液体を脱脂綿に付け,それをビニール袋に入れて領置し,警視庁科捜研係員に渡すとともに,新聞包み②もビニール袋に入れて領置した。後者の領置物は,午後6時50分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けがされた結果,新聞包み②の中に,約20㎝四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋があることが判明した。
上記脱脂綿に付着させた液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員C29らにより鑑定がされ,同液体からサリンが検出された旨の結果が得られた。
[A25,C30,B38,B39,C36,C37,C38,C34,C35,C29,A甲11695,11696,11698ないし11700,11769]
(3) A23は,丸ノ内線A777電車の第3車両に持ち込みその床上に落としたサリン入りビニール袋2袋(以下「ビニール袋③」という。)を傘で突き刺した後,直ちに御茶ノ水駅で降車した。同電車は,午前7時59分ころ,同駅を出発し,淡路町駅,大手町駅等の各駅を経て,午前8時25分ころ,中野坂上駅に到着したが,その間,ビニール袋③からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたことから,倒れたり,目の前が暗く感じたり,せき込んだりする乗客が出るなどし,同駅におい
て,異常に気付いた同駅の駅員が,倒れた乗客を運び出すとともに,同車両内のドア付近の床上にあったビニール袋③を新聞紙に乗せてホーム中央に置き,さらにそれをビニール袋に入れて同駅事務室に運んだ。警察官は,午前9時30分ころ,駅員から同ビニール袋について任意提出を受けてこれを領置した。なお,同電車は,午前8時30分ころ,同駅を出発し,その後新高円寺駅等に停車した後,午前8時40分ころ,終点の荻窪駅に到着した。
上記の領置物は,平成7年3月24日午後4時34分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けがされた結果,ビニール袋③の中に,約20㎝四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋があり,そのうち1袋に無色及び薄茶色の2層をなす液体が在中していることが判明した。
同液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員C1らにより鑑定がされ,同液体がサリンを含有する旨の結果が得られた。
[A23,C30,B42,B41,C39,C40,C35,C13,C41,C29,C1,A甲11708,11710,11712,11715,11770]
(4) A33は,千代田線A725K電車の第1車両に持ち込みその床上に落とした新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋2袋(以下「新聞包み④」という。)を傘で突き刺した後,直ちに新御茶ノ水駅で降車した。同電車は,午前8時4分ころ,同駅を出発し,大手町駅,二重橋前駅,日比谷駅に停車した後,午前8時12分ころ,霞ヶ関駅に到着したが,その間,新聞包み④からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたことから,座席に倒れ込んだり,せき込んだりする乗客が出るなどした。同駅においては,B33助役やB34助役らが,同車両内から新聞包み④をホーム上に出し,同車両内に流れ出ていた液体を新聞紙でふき,ふいた新聞紙や新聞包み④をビニール袋に入れて千代田線駅事務室に運んだ。警察官は,午前11時27分ころ,駅員から同ビニール袋の任意提出を受け,機動隊処理班に回収させてこれを領置した。なお,同電車は,同駅を午前8時14分ころ出発し,午前8時16分ころ国会議事堂前駅に到着し,運転を中止した。
上記の領置物は,同月24日午後1時50分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けがされた結果,新聞包み④の中に,約20㎝四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋があり,そのうち1袋に無色及び薄茶色の2層をなす液体が在中していることが判明した。
同液体や上記領置物中の湿った新聞紙の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員C29らにより鑑定がされ,同液体は約615ミリリットル(以下,この液体を「霞ヶ関駅物件」という。)であり,サリンを含有し,新聞紙からサリンが検出された旨の結果が得られた。
[A33,C30,B44,C42,C43,C35,C13,C44,C45,C29,C1,A甲11729,11
730,11733,11734,11738,11740,11743ないし11745,11771]
(5) A26は,6両編成の丸ノ内線B701電車の第5車両に持ち込みその床上に移動した新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋2袋(以下「新聞包み⑤」という。)を傘で突き刺
した後,直ちに四ッ谷駅で降車した。同電車は,午前8時2分ころ,同駅を出発し,赤坂見附駅,国会議事堂前駅等の各駅を経て,午前8時30分ころ,終点の池袋駅に到着し,折り返し新宿行きのA801電車として午前8時32分に池袋駅を出発し,午前8時42分に本郷三丁目駅に到着したが,その間,新聞包み⑤からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたことから,せき込んだり,視界が暗く感じたりする乗客が出るなどした。同駅で,駅員が,同電車の第2車両(B701電車の第5車両に相当する。)から新聞包み⑤をちりとりに掃き入れ,そのころ,警察官がその任意提出を受けて領置し,ゴミ用ビニール袋に入れた。
上記の領置物は,同月25日午前9時40分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けがされた結果,新聞包み⑤の中に,約20㎝四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋があり,いずれにも無色及び薄茶色の2層をなす液体が在中し,液量は一方が少なく他方が多いことが判明した。
同液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員C29らにより鑑定がされ,同液体は一方は約50ミリリットル,他方は約630ミリリットル(以下,後者の液体を「本郷三丁目駅物件」という。)であり,いずれもサリンを含有する旨の結果が得られた。
[A20,C30,B45,B46,B47,B48,C46,C47,C35,C29,C1,A甲11757,117
60,11761,11764,11767,11773,11774]
2 上記認定によれば,地下鉄サリン事件の実行担当者が地下鉄車両内に持ち込み傘で突き刺した新聞包み①②④⑤内の各ビニール袋及びビニール袋③の中にあった液体又はそのビニール袋から流れ出た液体について警視庁科捜研において鑑定がされ,いずれもサリンを含有する又はサリンが検出されたとの鑑定結果が得られた事実を優に認めることができる。そのことは,地下鉄サリン事件の実行に使用されたビニール袋を製作したA14が,公判において,鑑定資料の一部であるビニール袋の写真を見て自分が作った袋である旨認めていることや,鑑定結果の内容も,サリンの生成にかかわったA19,A14及びA24の認識とも格別異なるものではないことからも明らかである。
したがって,現場遺留物と鑑定資料の同一性が証明されていない旨の弁護人の主張は採用することができない。
3 次に,警視庁科捜研における上記鑑定の経過ないし方法についてみると,関係証拠(主として1の鑑定関係の証拠等)によれば,(1) 警視庁科捜研研究員において,①全
鑑定資料について,GC/MS(EI法)による分析を行い,信頼性の置けるニストのライブラリーにあるサリンのスペクトルや他のサリンのデータとも照合した上で,サリンと同定したこと,②霞ヶ関駅物件及び本郷三丁目駅物件について,CI法による分析を行い,サリンの分子量と一致するスペクトルを得たこと,③霞ヶ関駅物件に関し,水素とリン31について核磁気共鳴法(NMR)を実施し,同物件がメチルホスホン酸タイプのリン化合物でリンとフッ素が結合している旨の結果を得たこと,④霞ヶ関駅物件について水酸化カリウム水溶液により加水分解したところ,メチルホスホン酸モノイソプロピルエステルを確認することができ,また,同物件を,エタノールに金属ナトリウムを溶かした物に加えたところ,メチルホスホン酸エチルイソプロピルエステルを確認することができるなど,同物件がサリンであることの裏付けを得たこと,⑤全鑑定資料について,サリンのほかに,サリンの副生成物であるメチルホスホン酸ジイソプロピルエステル及びジフロからサリンを生成する際に発生するフッ化水素をトラップすると同時に反応促進剤の役割を果たすNNジエチルアニリンを検出したこと,⑥数個の鑑定資料から,工業用ノルマルヘキサンの成分であるノルマルヘキサン,2-メチルペンタン,3-メチルペンタン及びメチルシクロペンタンを検出したこと,⑦霞ヶ関駅物件についてNMRにより分析した結果,同物件中にサリンが約35%の割合で含まれている旨の結果を得たこと,(2) 科警研においては,GC/MSによる分析がされ,霞ヶ関駅物件中にサリンが約30%含まれている旨の鑑定結果が得られたことなどが認められる。
上記認定に係る鑑定の経過ないし方法に照らすと,上記鑑定資料である液体にサリンが含有されている,又は,同液体からサリンを検出した旨の鑑定結果は十分に首肯するに足りるものというべきである。さらに,その鑑定結果は,教団において,そのサリンが,ヘキサンを溶媒としNNジエチルアニリンを反応促進剤として使い,ジフロにイソプロピルアルコールを滴下させて生成されたものであること,サリン生成後に,A24がGC/MSなどにより,生成した液体にサリンが約30%含有されていることを確認したこと,後記のとおりサリンに被ばくした被害者のうち数人の血液中からサリンの第1次加水分解物であるメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出されたことともよく整合している。
これらの点に照らすと,地下鉄サリン事件の実行担当者が地下鉄車両内に流出させた液体はサリンを含有するものであったことは明らかである。
以上のとおりであるから,弁護人の主張1は採用することができない。
第2 弁護人の主張2(死傷被害者らがサリンに被ばくしたか否か)に対する判断
1 B23について
(1) B23は,普段自宅から茅場町駅が最寄り駅である会社に通勤するため,東武伊勢崎線で北千住駅まで行き同駅で同駅始発の日比谷線電車に乗り換え茅場町駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日も午前7時15分ころ,会社に出勤するため自宅を出て,東武伊勢崎線を利用して北千住駅に午前7時45分前後ころ到着し,同駅で日比谷線電車(午前7時46分発のA720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,小伝馬町駅に到着した際,降車を余儀なくされた。同人は,午前8時30分ころ,既に死亡した状態で,小伝馬町駅の地上出入口であるSビル口付近で他の傷病者と共に自動車に乗せられ,E28病院に搬送された。
C48医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたB23の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は41IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リットル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0U/ミリリットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.4U/ミリリットル(同正常値は4.1~8.5U/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエステラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・循環障害を引き起こしたことによるものとし,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことから,死因はコリンエステラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
なお,科警研C20技官らの鑑定において,B23の解剖時に採取された血液中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.58U/ミリリットルであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.15U/ミリリットルであり,正常値(同技官らの計測による正常人8名の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットルであり,同赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットルである。)と比較して低い値とされた。
[A甲73,11935,11950,C49,C48,C20]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B23は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
(3) なお,弁護人は,A甲11935(C48ら作成の鑑定書)について,経口による毒薬物の摂取を調べるための胃内容物の検査を怠っており,コリンエステラーゼ値の低下が致死の程度にあったとの証明もなく,他の死因も否定し切れず,死因の鑑定として不十分である旨主張する。
しかしながら,C48医師は,コリンエステラーゼ活性を阻害するものとしては有機リン系ガスのほかに有機リン系農薬やカーバメイト剤があるが,致死量の有機リン系農薬やカーバメイト剤を飲んでいれば強いにおいがするはずであるのにそれを疑う所見がなかったことから,胃内容物の詳しい検査をしなかったものであり[C48],関係証拠に照らしても,同医師の鑑定手法や上記の判断過程に誤りがあるとはいえず,この点に関する弁護人の主張は採用することができない(このことは,同医師ら作成の他の鑑定書であるA甲11937,11939,11943,11945についても同様である。)。
(4) 弁護人は,A甲11950(C20ら作成の鑑定書)について,①鑑定資料である血液は,遺体解剖をした医師が解剖に際し採取して捜査機関に任意提出し捜査機関から科警研に鑑定嘱託されたものであるが,他の機関に鑑定させるならば別個の令状により血液の採取をさせるべきであって,死体解剖のための鑑定処分許可状をもってこれに代えることは許されないから,鑑定資料の収集過程に令状主義に反する重大な違法があり,同鑑定書には証拠能力がない,②鑑定資料や比較対象である正常人血液についてのコリンエステラーゼ活性値の測定の正確性や,両数値を比較する作業における手法の正確性,客観性に問題がある旨主張する。
しかしながら,前記(松本サリン事件における当裁判所の判断第1)のとおり,死亡者の死因等について鑑定を受託した鑑定人は,鑑定について必要がある場合には,鑑定処分許可状に基づき死体を解剖することができるとされているが,死因等を鑑定するために解剖の際血液の一部を採取して保管し,自らの鑑定を補助させるために他の機関に毒物含有の有無等の検査を依頼する意図でこれを捜査機関に任意提出することもまた,格別遺族の権利ないし利益を新たに侵害することがないことから,許されるものと解するのが相当であり,C48医師らは,上記の趣旨で解剖の際採取した血液の一部を捜査機関に任意提出したものであるから,その行為に違法があるとは認められない。もとより,関係証拠から認められる遺族感情等に照らすと,当該血液の処分について遺族の推定的承諾がないものとは考えられず,いずれにしても,上記の鑑定書の証拠能力が否定されるいわれはないというべきである(このことは,同技官ら作成の他の鑑定書であるA甲11955,11960,11965,11970,11975,11980,11985,11990,11995,12000についても同様である。)。
また,関係証拠に照らしても,C20技官らによるコリンエステラーゼ活性値の測定の正確性に疑いを抱かせる事情は見出し難いし,同活性値の正常値を求める過程において検体を8人とした点も不合理とはいえず(このことは,同技官ら作成の上記他の鑑定書についても同様である。),さらに,B23の血液の同活性値が正常値と比較して低い値であったとする点も何ら疑問はないというべきである。
以上のとおりであるから,A甲11950に関する弁護人の上記主張は採用することができない。
2 B24について
(1) B24は,普段自宅から霞ヶ関駅が最寄り駅である会社に通勤するため,自宅から歩いて5分くらいのところにある日比谷線北千住駅で電車に乗り同線霞ヶ関駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日も会社に出勤するため午前7時33分ないし39分ころ自宅を出て,日比谷線北千住駅で電車(午前7時46分発のA720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,小伝馬町駅に到着した際,降車を余儀なくされた。同人は,午前8時過ぎころ,同駅構内で大声で奇声を発し足をばたつかせ鼻水やよだれが出ている状態で救護され,午前9時8分ころ,縮瞳し既に心肺機能が停止している状態で判示E23クリニックに搬入され,午前10時2分ころ,同クリニックで死亡した。同クリニックで行われたB24の血液化学検査では,血しょう中コリンエステラーゼ活性値は0.03(同クリニックでの正常値は0.70~1.20)であった。
C50医師らの鑑定によれば,同月21日の解剖時に採取されたB24の脳組織(前頭葉皮質部分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は26.6mU/g(同医師らの計測による正常値は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチルコリンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出された。また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。
同医師らは,解剖所見は急死の所見が認められるのみで内因死を考えなければならない所見は認められないことや,上記の検査成績や検出結果等を総合した上で,B24の死因は急性サリン中毒死である旨の鑑定をした。
なお,科警研C20技官らの鑑定において,B24の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.58U/ミリリットルであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.15U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットル)と比較して低い値であるとされ,また,同人の心臓血がサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピルを含有するとされた。
[A甲74,11955,12003,C20,C51,C50]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B24は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
(3)ア これに対し,弁護人は,①A甲12003(C50ら作成の鑑定書)について,C50医師ら自身が鑑定をしていない疑いがある上,その鑑定の手法及び推論の過程に重大な疑問がある旨,②同鑑定書及び第54回公判調書中の同医師の供述部分(速記録24丁~38丁)について,同医師は,鑑定終了後も,死体解剖保存法に違反して,遺族の承諾等のないまま死体の一部である脳の一部を保管し続け,その一部を消費して検査行為等を行ったものであり,そのような違法な行為によって収集した検査結果を証言することによりその不備を補完した同鑑定書並びに同検査過程及び結果について証言した同医師の供述部分は違法収集証拠に基づくものとして証拠から排除されるべきである旨,③鑑定資料である心臓血がメチルホスホン酸モノイソプロピルを含有するとしたA甲11955(C20ら作成の鑑定書)について,保持指標から計算したサリンの保持時間が他の鑑定書と5秒異なる上,本来一つであるべき標品の保持時間が2種類あるなど,GC/MSによる検査の正確性等について著しい疑問がある旨を主張する。
イ しかしながら,関係証拠によれば,(ア) C50医師は,解剖には少なくとも補助者として立ち会い,鑑定作業の中で補助者を使用している部分もあるが,鑑定書の内容については相鑑定人と討論するなどしてすべてチェックしており,(イ) 参考にしたカルテ等が鑑定書に添付されていないものの,そのことから直ちに検査成績等の鑑定への引用に信用性が欠けるわけではなく,(ウ) カーバメイト製剤についても,これを溶かしている有機溶剤の異臭が遺体に認められないことを確認するなど検討がされており,(エ) メチルホスホン酸やメチルホスホン酸モノイソプロピルの検出からサリンに被ばくしたことを推定しても不合理とはいえず,(オ) 脳組織のアセチルコリンエステラーゼ活性値の測定経過や赤血球アセチルコリンエステラーゼ結合性リン酸化合物の検出経過は合理的であり鑑定手法としてこれを否定するいわれはないなどC50医師の鑑定手法ないし鑑定経過やその判断において,格別疑問を差し挟むような事情はうかがわれない(このことは,同医師ら作成の他の鑑定書であるA甲12005,12007[なお,同医師自ら解剖したものである。],12009についても同様である。)。
なお,C50医師は,上記鑑定において,鑑定資料の全血におけるアセチルコリンエステラーゼの活性値と正常人の血清中のブチリルコリンエステラーゼ活性値とを比較可能な条件で測定しているか証拠上判然としないが,C20技官らによる鑑定によれば,鑑定資料に係るアセチルコリンエステラーゼ活性値及びブチリルコリンエステラーゼ活性値はいずれも正常値と比較して明らかに低い値であると認められるのであるから,結局,上記の不明確さが上記鑑定の結果を左右するものとはいえない。
これらの事情等に照らすと,弁護人の上記①の主張は採用することができない。
ウ 次に,C50医師は,A甲12003に係る鑑定終了後も,遺族の明示の承諾のないまま遺体の一部である脳の一部を保管し続け,その一部を消費して検査行為等をしていたものである。脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出を試み,脳組織からメチルホスホン酸を検出し,その検出経過及び結果も公判で証人として供述したものである[C50]。
ところで,死体解剖保存法は,大学医学部の法医学の教授が解剖する場合や刑事訴訟法225条1項の規定により解剖する場合などに死体の解剖をすることができる者は,医学の教育又は研究のため特に必要があるときは,遺族から引渡しの要求がない限り,解剖をした後その死体の一部を標本として保存することができる旨を規定している(18条)が,サリンに被ばくした者の脳組織については医学の教育又は研究のため特にこれを保存する必要があるものと言い得る上,いったん鑑定は終了したとして鑑定書を提出していても当該事件の公判審理が終了するまでは一定の限度で鑑定の補充ないし追加や再試の必要性が生じることも考えられるから,そのために鑑定資料を返還することなく保存することにも理由が全くないわけではなく,実際に,C50医師は,鑑定受託事項に関する鑑定の補充ないし追加として,上記認定のとおり,脳組織からサリン分解物の検出を試みてメチルホスホン酸を検出し,公判において,証人としてその検出経過及び結果について供述したものである。また,遺族から引渡し要求があったと認めるに足りる事情もうかがわれない。したがって,このような事実関係の下では,遺族の承諾等がないとしても,上記鑑定書(A甲12003)提出後の鑑定の補充ないし追加に関する公判供述がその証拠能力を否定されるほどの重大な違法を帯びているとはいえないし,もとより,上記鑑定書(A甲12003)までが違法に収集された証拠になるものではない。したがって,弁護人の上記②の主張は採用することができない。なお,C50医師は,脳組織のアセチルコリンエステラーゼ活性値の正常値を得るために,遺族の承諾を得ずに集めていた別件の脳組織を使用しているが,上記の趣旨に準じて考慮すると,鑑定書の証拠能力に影響するような重大な違法があるとはいえないというべきである。また,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物であるメチルホスホン酸を検出した手法,経過及び判断内容それ自体にも不合理な点はうかがわれない(以上の点は,C50医師ら作成の他の鑑定書であるA甲12005,12007,12009やそれらの鑑定内容に関する同医師の公判供述においても同様である。)。
エ A甲11955についてみると,関係証拠によれば,サリンの保持時間の記載に2種類あるのは単なる誤記であり,メチルホスホン酸モノイソプロピルの保持時間の記載に2種類あるのは誤差を考慮したものであって,いずれも鑑定結果を左右するものではなく,その他の点においてもC20技官らが鑑定資料からGC/MSによりメチルホスホン酸モノイソプロピルを検出した手法,経過及び結果について格別不合理な点はうかがわれず,その正確性に疑問を差し挟む事情は見当たらない。弁護人の上記③の主張は採用することができない(このことは,C20技官ら作成のA甲11960についても同様である。)。
3 B25について
(1) B25は,普段,東西線を利用して茅場町駅まで行き同駅で日比谷線に乗り換え同線を利用して目黒区x2にある会社に通勤していた。同人は,平成7年3月20日朝も,通
勤途中,日比谷線茅場町駅で電車(A720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,次の八丁堀駅に到着した際,降車を余儀なくされ,同駅のホームに保険証を入れたかばんや紙袋を遺留したまま,同駅から救急車でE24病院まで搬送され,午前10時30分ころ,同病院で死亡した。
C48医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたB25の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は50IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リットル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1以下U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0U/ミリリットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.7U/ミリリットル(同正常値は4.1~8.5U/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環不全が生じていたとした上,上記の重症のコリンエステラーゼ障害や後記の科警研における心臓血からメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出された旨の鑑定結果をも踏まえ,上記の主要臓器のうっ血はサリン中毒による呼吸不全が生じた
ため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能障害を含む循環障害を引き起こしたことによるものとし,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことから,死因はサリン中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
なお,科警研C20技官らの鑑定において,B25の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.63U/ミリリットルであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.00U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。
[A甲72,75,11937,11960,C48,C20]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B25は,茅場町駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は八丁堀駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
4 B26について
(1) B26は,普段,自宅から六本木駅が最寄り駅である会社に通勤するため,東西線を利用して茅場町駅まで行き同駅で日比谷線に乗り換え六本木駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日朝も,通勤途中,日比谷線茅場町駅で電車(A720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,築地駅から救急車でE25病院まで搬送され,午前10時30分ころ,同病院で死亡した。
C48医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたB26の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は63IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リットル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0U/ミリリットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.9U/ミリリットル(同正常値は4.1~8.5U/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエステラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・循環障害を引き起こしたことによるものとし,なお,血清中のトリグリセライド,リン脂質,遊離脂肪酸,総コレステロール及び遊離コレステロールが高値を示しているのは高脂血症又は食後の脂質値上昇によるもので直ちに死因となり得る異常とはいえず,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことから,死因はコリンエステラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
なお,科警研C20技官らの鑑定において,B26の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.80U/ミリリットルであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.43U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。
[A甲72,76,11939,11965,C48,C20]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B26は,茅場町駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
5 B27について
(1) B27は,普段自宅から神谷町駅が最寄り駅である会社に通うため,東武伊勢崎線を利用し北千住駅から日比谷線に入り神谷町駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日朝も,会社に行くため北千住駅に午前7時46分前ころ到着するような時刻に自宅を出て,電車に乗り日比谷線北千住駅を経由して(北千住駅始発の午前7時46分発のA720S電車に乗り換えた可能性が高い。)築地駅に到着した後,救急車でE26病院まで搬送された。その時点においては,同人の血液中のコリンエステラーゼ活性の低下が観察され,著名な縮瞳が認められた。同人は,同病院でパムの投与などの治療を受け,血液中のコリンエステラーゼ活性値はほぼ正常値に回復したものの,同月22日午前7時10分ころ,同病院で死亡した。
C50医師らの鑑定によれば,同日の解剖時に採取されたB27の脳組織(前頭葉皮質部分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は33.8mU/g(同医師らの計測による正常値は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチルコリンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出された。また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。なお,脳神経細胞と血管との間には障壁すなわち血液脳関門があり,治療薬であるパムはこれを通って脳神経細胞に達することができないため,パムの投与により血液中のコリンエステラーゼ活性値が正常値に回復したにもかかわらず脳組織のコリンエステラーゼ活性値が著しく低下したままであることに矛盾はない(この点は,B34についても同様である。)。
同医師らは,解剖所見では急死の所見が認められるのみであること,肝硬変の所見が認められたが中等度のものであるなど経過及び解剖所見より考えて死因となり得る程度のものではないことや,上記の検査成績や検出結果等を総合した上で,B27の死因はサリン中毒死である旨の鑑定をした。
[A甲72,77,12005,C50]
(2) 上記の事実関係に加え,判示第1の1の認定事実をも併せ考えると,B27は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
6 B28について
(1) B28は,普段,自宅から最寄り駅が人形町駅である会社に通勤するため,JR線を使って上野駅まで行き,同駅で日比谷線に乗り換え人形町駅で下車していた。同人は,平
成7年3月20日朝も,通勤途中,上野駅から日比谷線の電車(A720S電車に乗った可能性が高い。)に乗車したが,小伝馬町駅に到着した際,降車を余儀なくされ,同駅ホーム上に押し出された新聞包み①から約4.5m離れたホーム上で全身をけいれんさせて仰向けに倒れていたところ,午前8時35分ころ,乗降客に一時介抱してもらい,午前9時ころ,縮瞳,心肺停止の状態でE27病院に搬送され,蘇生術が施行され,心拍は回復したが,意識は戻らなかった。血液中のコリンエステラーゼ値は,同日に17単位/リットル(同病院での計測による正常値は186~490単位/リットル)であり,4日目に151単位とやや回復したが正常範囲には至らなかった。B28は,3日目の脳波検査では脳波平坦で,8日目の聴性脳幹反射検査でも誘発電位が得られず,脳死状態であり,以後,心臓機能が低下し,呼吸器感染,腎不全が続発し,同年4月1日に同病院で意識の回復しないまま死亡した。
C52医師は,B28の解剖所見及び臨床経過症状等を総合し,①解剖所見では,異常所見として,脳が全体として硬度を失い,泥状に近い状態であったが,これは脳の機能がほぼ失われた後,長期間人工呼吸器により延命されていた状況で脳死の所見を呈している,②同人の心臓は肥大しているが,心筋梗塞や冠状動脈狭窄などの直ちに死因となる所見はない,③左右肺には急性肺炎の像が認められたが,これは脳死状態から心停止に至る過程で随伴的に発現したものであるなどとした上で,B28は,有機リン系の有毒ガスを吸引して心臓及び呼吸機能が停止したため脳機能が障害され,心拍は回復したが,脳死状態となって13日間その状態が続き,諸臓器の機能が低下し,最後は肺炎が起こって呼吸が障害され,心臓停止に至ったものであり,死因は有機リン中毒である旨の鑑定判断をした。
なお,科警研C20技官らの鑑定において,B28の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.87U/ミリリットルであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は1.30U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。[A甲17,79,11975,12019,C53,C52,C20]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B28は,上野駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
(3) 弁護人は,B28は心停止,呼吸停止の状態で病院に収容されたものの,蘇生術と人工呼吸装置により呼吸循環機能を回復し維持することができたが,肺炎を発症し,これに抗生物質を投薬して重篤な副作用を生じさせ,その結果,敗血症,引き続いて腎不全を発症させ,ついには医師の手によって人工呼吸装置が外され,窒息死に至ったものであり,A甲17(C52医師作成の鑑定書)は明らかに誤りである旨主張する。
しかしながら,同医師は,公判で,この点に関し,「すべての臓器に障害が来ているが,呼吸できる状態でないという意味では肺炎が最も直接的に心臓に障害を与えたものである。そして,その肺炎を起こしたのは脳死の状態にあったことによるものであり,その原因は有機リン中毒である。」旨供述しているところであり,関係証拠に照らしても,その供述内容や鑑定結果に格別不合理な点を見出すことはできないのであって,同医師の鑑定結果に明らかな誤りがある旨の弁護人の上記主張は採用することができないというべきである。
7 B29について
(1) B29は,普段,自宅から最寄り駅が茅場町駅である会社に通勤するため,北千住駅まで東武伊勢崎線を,同駅から茅場町駅までは日比谷線をそれぞれ利用していた。同人は,平成7年3月20日朝も,午前8時30分の勤務開始時刻に間に合うように自宅を出て,電車に乗った(北千住駅から日比谷線A720S電車に乗った可能性が高い。)が,小伝馬町駅,人形町駅又は茅場町駅のいずれかの駅からE28病院に搬送された。同人は病院搬入時には心肺停止状態にあり,その後蘇生術等が施され,呼吸循環機能は一応回復したが,脳死状態となり,意識の戻らないまま,同年4月16日,死亡した。なお,同人の血液中のコリンエステラーゼ活性値は,同年3月20日午前11時に6(同病院での計測による正常値はおよそ50~150),正午に10であったが,パム等の投与の効果が出て,午後3時30分には100になり,正常値に回復した。
C54医師は,B29の解剖所見及び臨床経過症状等を総合し,①B29は脳死状態において全身感染症を引き起こして死亡した,②臨床的には,抗アセチルコリンエステラーゼ物質による中毒作用の急性中毒期(コリン作動性発作期。コリン作動性の末梢細胞における中毒作用の発現期で,縮瞳,筋肉のけいれん,呼吸循環不全,意識障害等が発現する時期である。)に見られる発作の発生が捕捉されており,パム等の効果があったことから,有機リン中毒の存在があった可能性を十分に肯定できる,③病理組織学的には,大脳の脳死状態,脊髄及び末梢神経系の軸索変性を中心とした病巣,骨格筋や心筋の変性が認められ,特に,脊髄や末梢神経系に認められたOPIDN(有機リンによる遅発性神経症候群期。有機リンに被ばくして2ないし4週間後になって四肢の麻痺が生じる型で,病理組織学的には末梢神経が侵襲を受け,また,脊髄の神経経路にも重篤な侵襲が生じる。)の存在が特徴的である,④有機リン系化学物質の中で,ホスホン酸化合物であるサリンはOPIDNを引き起こし得ると推定されており,サリンに被ばくしたというのであれば,脊髄及び末梢神経線維に認められた病変はサリンによって生じたということは十分考えられるなどとして,上記脳死状態は重篤な有機リン中毒によって引き起こされた可能性が強く,死因は重篤な有機リン系の化学物質(リン酸又はホスホン酸系統の有機リン化合物)による中毒である可能性が高い旨の鑑定判断をした。
なお,科警研C20技官らの鑑定において,B29の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.87U/ミリリットルであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は2.06U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。[A甲80,11941,11980,C54,C20]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B29は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅,人形町駅又は茅場町駅のいずれかの駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
(3) これに対し,弁護人は,A甲11941(C54医師作成の鑑定書)及びC54医師の公判供述について,同医師は,軸索,髄鞘の変性について判断する能力に欠けており病理組織学上の所見は信用できない,個々の所見について他の原因を十分検討することなく,有機リン,特にサリンに結び付けて結論を導こうとしており公正中立さに欠ける,OPIDNについての所見もこれまでの症例とは明らかに異なるなど,同医師の鑑定内容は信用できるものではない旨主張する。
しかしながら,関係証拠に照らすと,弁護人は病理組織学上の所見につき,添付写真等をもとに種々論難しているが,鑑定書の記載内容で補充訂正すべき部分は公判供述により補充訂正されている上,C54医師の個別の所見を誤りとしなければならないような事情があるとは認められないし,同医師の個別の所見がサリンに被ばくしたとの予断に影響されて歪められていることを疑わせる事情もうかがわれない。また,OPIDNについてのC54医師の所見がこれまでの症例とは明らかに異なるとはいえないことも同医師の公判供述から明らかである。この点に関する弁護人の上記主張は採用することができない。
8 B30について
(1) B30は,普段埼玉県内の自宅から東京都港区y2にある職場まで通う経路の一部として日比谷線を利用していた。同人は,平成7年3月20日朝も,職場に向かうため,日比谷線電車(A720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,築地駅に到着した後,同駅から救急車でE37病院に搬送された。同人は,同病院搬入時には,意識を喪失して心肺停止状態にあり,直ちに蘇生術が開始された。また,同人には,同日,縮瞳や唾液・喀痰分泌の亢進が見られ,血清中のコリンエステラーゼの活性値が極端に低下し,22IU/リットル(同病院での計測による正常値は540~1300IU/リットル)であり,同年5月9日時点でも同活性値は373IU/リットルであった。同人は,1年2か月以上にわたり医療行為を施されたが,意識の戻らないまま,平成8年6月11日に死亡した。
C50医師らは,治療を担当した医師のカルテ及び解剖所見を総合し,①平成7年3月20日の時点の状態からB30は有機リン系毒物の中毒で心肺停止と意識障害を来し,その後,医師が何度かレスピレーターからの離脱を図ろうとしたができなかったものである,②このような遷延的に継続する意識障害に対しては,気管切開,中心静脈栄養,尿道内カテーテル挿入等の生存に不可欠な医療行為を施す必要があり,実際にB30に対して最大限の医療行為が施されている,③このような医療行為が長期にわたって施されると,不可避的に肺炎や尿路感染,静脈注射部位からの細菌感染,褥瘡からの細菌感染などを合併し敗血症で死亡することが多いが,B30の解剖所見として,心内膜炎,腎臓及び心筋内の微小膿瘍並びに脾炎の存在が認められ,これらは医療行為に不可避的に合併して死亡の数箇月以内に形成されたものであり,同人は敗血症により死亡したものである,④末梢神経において,座骨神経では有髄線維は比較的よく保たれているのに対し,腓腹神経では有髄線維,無髄線維とも変性脱落し,特に大径有髄線維がより強く脱落しているが,これらの所見は,逆行性死滅型の軸索末梢神経障害に一致し,有機リン剤による神経炎の所見としても矛盾しない,⑤1か月以上たってもコリンエステラーゼ活性値が回復していない状況では当該毒物はカーバメイト製剤ではあり得ないなどと判断した上で,B30は,平成7年3月20日の時点で有機リン系毒物中毒の状態となって意識障害,呼吸停止,低酸素脳症を来し,それに対する1年以上にわたる生存に不可欠な医療行為が施された結果,その医療行為に不可避的な合併症として細菌感染から細菌性心内膜炎を起こし,最終的には敗血症で死亡したものである旨の鑑定判断をした。
[A甲72,90,12015,12032,D16,C50]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B30は,日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒に起因する敗血症によって死亡したものと認められる。
(3)ア これに対し,弁護人は,A甲12032(C50ら作成の鑑定書)について,①C50医師ら自身が鑑定をしていない疑いがある,②カルテ等の写しが添付されておらず鑑定の客観性が担保されていない,③B30はE29病院に転院直後の平成8年2月4日に心停止の状態が生じ,これが死亡につながる直接の契機となったものであるから,これにより因果関係が中断されている,④所見が軸索末梢神経障害に一致すると言えるのか疑問であるなどとして同鑑定書の内容は信用することができない旨主張する。
イ しかしながら,関係証拠によれば,①鑑定の中には神経内科の知見に委ねた部分もあるが,鑑定内容の信用性を左右するものではなく,②カルテ等の写しは添付されていないが,その内容は弁護人のカルテに基づく反対尋問により公判供述に詳細に現れている上C50医師のカルテ等の検討結果に誤りがあるとは言えず,③B30の転院後の心停止が死亡に影響を与えた可能性は否定し切れないが,だからといって因果関係の中断があるとは言えず,④所見が軸索末梢神経障害に一致する旨の同医師の判断に疑問があるとは言えないのであって,C50医師らの上記の鑑定手法,判断過程及び判断内容に格別の不合理ないし誤った点があるとは認められない。この点に関する弁護人の上記主張は採用することができない。
9 B31について
(1) B31は,普段,z2で仕事をするために自宅の最寄り駅である恵比寿駅から日比谷線を利用していた。同人は,平成7年3月20日朝も,仕事に行くため日比谷線恵比寿駅で電車(B711T電車の可能性が高い。)に乗車したが,神谷町駅で降車を余儀なくされ,午前8時43分ころ,既に死亡した状態で,救急隊員らにより同駅の地上出入口に運ばれ,同所から救急車でE25病院に搬送された。
C48医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたB31の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は29IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リットル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1以下U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0U/ミリリットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.3U/ミリリットル(同正常値は4.1~8.5U/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエステラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・循環障害を引き起こしたことによるものとし,冠動脈の一部に70%の内腔狭窄を伴う動脈硬化症が見られるなど加齢に伴う全身動脈硬化症が認められるが,急激な呼吸循環障害を起こす直接の原因としては冠動脈硬化症などより重症のコリンエステラーゼ障害のほうが寄与度が大きいこと,アルブミンが低値であるがこれは主として加齢性変化による肝機能低下によるものと推察され,直ちに死因となり得る所見ではないこと,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことなどから,死因はコリンエステラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
[A甲72,81,11943,C55,C48]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B31は,恵比寿駅から日比谷線B711T電車に乗車し,同電車内又は神谷町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
10 B32について
(1) B32は,普段,自宅の最寄り駅から総武線快速を利用し東京駅で丸ノ内線に乗り換えて新宿三丁目駅まで行き,同駅で都営新宿線に乗り換えるなどして職場のあるa3まで通っていた。同人は,平成7年3月20日朝も,職場に向かうため東京駅で丸ノ内線A777電車に乗車したが,新宿三丁目駅で降車することなく,午前8時25分ころ中野坂上駅に到着後,救助され,同駅から救急車でE22病院に搬送されたが,同月21日午前6時35分ころ,同病院で死亡した。
C48医師らの鑑定によれば,同日に採取されたB32の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は142IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リットル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.3U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0U/ミリリットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は3.2U/ミリリットル(同正常値は4.1~8.5U/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器において全体に強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエステラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・循環障害を引き起こしたことによるものとし,なお,総蛋白等の低値は過去の胃切除による消化管からの栄養摂取障害によるものと考えられること,癌胎児抗原の高値については,癌などの悪性腫瘍が増殖している形跡は認められず死因となり得る異常が生じていたとは考えられないこと,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことなどから,死因はコリンエステラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
[A甲72,82,83,11945,B42,C48]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B32は,東京駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内又は中野坂上駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
11 B33について
(1) B33は,千代田線霞ヶ関駅の駅務助役を務めていたが,平成7年3月20日午前8時12分ころ同駅に到着した千代田線A725K電車の第1車両内にあった新聞包み④をホーム上に出し同車両内に流れ出ていたサリン混合液を新聞紙でふき,これらを片付けるなどして意識を失い,E30病院に搬送された。その時点において,同人には著名な縮瞳が認められた。同人は,午前9時23分ころ,同病院で死亡した。
C50医師らの鑑定によれば,同月21日の解剖時に採取されたB33の脳組織(前頭葉皮質部分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は20.3mU/g(同医師らの計測による正常値は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチルコリンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出された。また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。
同医師らは,解剖所見では急死の所見が認められるのみであり,冠動脈硬化症及び心筋内における軽度の陳旧性心筋梗塞像が認められるがこれらは死因となり得る程度のものではなく,他に内因死を考えなければならない所見も認められないことや,上記の検査成績や検出結果等を総合した上で,B33の死因はサリン中毒死である旨の鑑定をした。
なお,科警研C20技官らの鑑定において,B33の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.94U/ミリリットルであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.11U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。
[A甲85,11995,12007,C42,B44,D17,C20,C50]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B33は,千代田線霞ヶ関駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
12 B34について
(1) B34は,千代田線霞ヶ関駅の乗務助役を務めていたが,平成7年3月20日午前8時12分ころ同駅に到着した千代田線A725K電車の第1車両内に流れ出ていたサリン溶液をふき取った新聞紙や新聞包み④等を片付けるなどして意識を失い,救急車でE26病院に搬送された。その時点において,同人の血液中のコリンエステラーゼ活性の低下と著名な縮瞳が認められた。同人は,同病院でパムの投与などの治療を受け,血液中のコリンエステラーゼ活性値は正常値に回復したものの,同月21日午前4時46分ころ,同病院で死亡した。
C50医師らの鑑定によれば,同日の解剖時に採取されたB34の脳組織(前頭葉皮質部分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は17.2mU/g(C50医師らの計測による正常値は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチルコリンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出された。また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。
同医師らは,解剖所見では急死の所見が認められるのみであり,極めて軽度の陳旧性心筋梗塞巣及び脂肪肝が認められるがこれらはいずれも死因となり得る程度のものではなく,他に内因死を考えなければならない所見も認められないことや,上記の検査成績や検出結果等を総合した上で,B34の死因はサリン中毒死である旨の鑑定をした。
[A甲72,86,12009,C42,B44,D18,C50]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B34は,千代田線霞ヶ関駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
13 B35について
(1) B35は,普段自宅から神谷町駅が最寄り駅である会社に通勤するため,JR総武線等で秋葉原駅まで行き,同駅で日比谷線に乗り換え神谷町駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日朝も,会社に出勤途中,秋葉原駅で日比谷線の電車(A720S電車に乗った可能性が高い。)に乗車したが,築地駅で倒れていたところを救護され,午前9時5分ころ,救急車でE38病院に搬送された。同病院搬入時においては,同人は昏睡状態で,全身を強直させるようなけいれんをし,瞳孔は1.5㎜と縮瞳し,分泌物が非常に多い状態であった。午後には同人の血液中のコリンエステラーゼ値が0.06(同病院での計測による正常値は0.6~1.1)と異常に低い値であることが確認されたが,同人に硫酸アトロピンやパムが投与された結果,その数値は正常値に近いところまで回復した。
同人の治療をしたC56医師は,臨床症状等から,B35は,有機リン系の毒物による中毒症である旨の診断をした。
[A甲94,12023,C56]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B35は,秋葉原駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
14 B36について
(1) 関係証拠(A甲12034,12059,12060,12075,C30,D19等)によれば,次の事実が認められる。
ア B36は,平成7年3月20日当時,東京都足立区b3に居住し,同所から川崎市c3にある会社まで通勤していた。そのような通勤の場合,東武伊勢崎線の自宅最寄り駅から電車に乗り,北千住駅から日比谷線を利用して中目黒駅まで行き,同駅で東急東横線に乗り換えて勤務先会社の最寄り駅である武蔵小杉駅まで行くという経路ないし方法を選択するのが最も合理的であり,同人は,同日もその経路ないし方法により会社に出勤しようとした可能性が高い。
イ D19は,乗車していた日比谷線電車が午前8時12分ころ小伝馬町駅に到着して運転中止となり,大勢の客が座り込んだり倒れ込んだりしていた同駅ホームで15分くらい待っていたが,運転再開の見込みがない旨の構内放送を聞いて地上に出ると,駅ホームと同様に座り込んだり倒れ込んだりしている人が多数いたが,自分も目が痛く,また,暗く感じ,のども痛み,せき込む状態で体の具合が悪かったので,近くの喫茶店で休むこととし,同駅から歩いて5分くらいのところにある喫茶店に入った。
ウ B36は,同日朝通勤途中,体の具合が悪くなったため,D19よりも前に,同喫茶店に入り休んでいたが,同店内で,腕がしびれて動かない,目が見えないなどと訴え,救急車を呼んでくれるよう助けを求めた。
D19は,これを聞いて,周囲の状況から救急車を呼んでもこないだろうからタクシーでB36を病院に連れて行こうと考え,B36の席に行き,B36が自力で立ち上がれない状態だったので肩を貸して店を出,タクシーを拾ってE39病院までB36を乗せていき,同病院で車いすを借りてB36を乗せ診察室まで連れていった。なお,D19は,タクシーに乗り込む際に,他の者からも具合が悪いので病院に連れていってくれと頼まれその者も乗せた。
エ D19は,同病院で,B36から,同人の勤務先の電話番号等の記載された名刺を渡され,会社に連絡してほしい旨頼まれたことから,同人の勤務先に電話を掛け,B36が小伝馬町駅の近くで具合が悪くなったのでE39病院に連れていった旨を連絡した。
その後,D19は,同病院の医師に,B36と同じ症状が出ているので診察を受けるよう言われて診察を受け,1日入院した。
オ B36は,同病院で診察を受け,点状の縮瞳が認められたため,精査加療を目的として午後1時ころ緊急入院した。B36は,入院時,縮瞳(径1㎜)しており,労作時の息切れ,軽度の頭痛,上肢のしびれや暗黒感などがあった。また,同人の血液中のコリンエステラーゼ値は47U/リットル(同病院での計測による正常値は181~440U/リットル)と低値であったが,パムの投与などにより,翌日には151U/リットル,同年4月5日には197U/リットルまで回復した。
B36の病状については,医師により,サリン中毒と診断された。
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B36は,小伝馬町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
15 B37について
(1) B37は,平成7年3月20日,通勤途中,北千住駅から日比谷線A720S電車の第3車両に乗車した。同人は,同車両内では,新聞包み①から流れ出た液体の近くに立っていたが,秋葉原駅に着いたときにその刺激臭を感じて息苦しくなり,人形町駅で下車してからは周囲が薄暗く見えるようになった。
同人は,会社に出勤した後,E39病院で診察を受け,ピンポイントの著名な縮瞳が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値が108U/リットル(同病院での計測による正常値は181~440U/リットル)と低下していたことから,サリン中毒と診断され,緊急入院した。同人は,入院後,硫酸アトロピンとパムの投与を受け,同月23日には,コリンエステラーゼ値が236U/リットルとなり,瞳孔も両眼共径2㎜と散瞳傾向が見られたため,退院した。
[A甲12036,12060,C30,B37]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B37は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
16 B38について
(1) B38は,平成7年3月20日,仕事の現場に向かう途中,中目黒駅から日比谷線B711T電車の第1車両に乗車した。同人は,同車両内では,新聞包み②の付近に立っており,そのにおいをかいだりしたが,神谷町の駅のホームに出たころ,目の前が暗くなるなどし,さらにその後頭がふらつくなどしたので,仕事の現場に到着した後,E40病院に行き診察を受け,ピンポイントの著名な縮瞳が見られたので入院した。血清中のコリンエステラーゼ値は880U/L(同病院での計測による正常値は1800~4000U/L)と低下していたが,硫酸アトロピンの投与を受けるなどして,退院した同月22日には同値は1160U/Lであった。同人は,医師からはサリン中毒である旨の診断を受けた。
[A甲12038,12061,C30,B38]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B38は,中目黒駅から日比谷線B711T電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
17 B39について
(1) B39は,平成7年3月20日,通勤途中,中目黒駅から日比谷線B711T電車の第1車両に乗車した。同人は,同車両内では,新聞包み②を左斜め前方に見る,同包みの向かい側の座席に座り,そのにおいを感じるなどしたが,神谷町の駅のホームに出たころ,視野が狭窄したようになり,頭痛がするなどし,さらに全身が震えてくるようになり,救急車でE41病院に搬送され,入院した。同人は,病院搬送時には,ピンポイントの著名な縮瞳,呼吸困難,徐脈が見られ,また,コリンエステラーゼ値は120と同病院での計測による正常値に比し著しく低下していた。同人は,硫酸アトロピンやパムの投与を受け,コリンエステラーゼ値は同月21日には401,同月24日には429と著しく改善し,同月28日退院した。なお,同人は,医師により,急性揮発性ガス中毒と診断された。
[A甲72,12040,12062,C30,B39]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B39は,中目黒駅から日比谷線B711T電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
18 B40について
(1) B40は,平成7年3月20日,最寄り駅が丸ノ内線新高円寺駅である会議の開かれる場所に行くため午前7時20分ころJR金町駅に到着し同駅から千代田線に入る電車に乗り,同線霞ヶ関駅で丸ノ内線電車(A777電車に乗った可能性が高い。)に乗り換えたが,途中の中野坂上駅で降車を余儀なくされ,意識がなく,呼吸や脈もないなどの状態で救護され,午前9時15分ころ,同駅から救急車で心肺蘇生法を施されながら昏睡状態でE35病院に搬送された。同人は,病院搬入時において,縮瞳(径1㎜)し,呼吸は弱く,脈拍もかろうじてふれる程度であった。また,血清中のコリンエステラーゼ値は0.14(同病院での計測による正常値は0.56~1.31),赤血球内のコリンエステラーゼ値は0.1未満(同病院での正常値は1.2~2.0)と異常に低い値であり,パムや硫酸アトロピンが投与され,循環動態は安定してきたが,意識状態の回復はなかった。血清中のコリ
ンエステラーゼ値は同月24日には1.12に,赤血球内のコリンエステラーゼ値はその後同年5月23日になって1.2になりそれぞれ回復したものの,意識障害を伴った脳障害等が残っている。B40の病状については,C57医師により,サリン中毒及び意識障害を伴った脳障害と診断された。
[A甲72,2998,2999,12021,12024,C57]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B40は,霞ヶ関駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内又は中野坂上駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
19 B41について
(1) B41は,平成7年3月20日,最寄り駅が新宿御苑駅である会社に出勤する途中,東京駅から丸ノ内線A777電車の第3車両に乗車したが,急に目の前が暗くなって新聞が読めなくなり,頭痛,めまい,吐き気,鼻水が出てきたため新宿御苑駅で降りて何とか会社にたどり着いた後,E22病院の救命科により同病院に搬送され,診察を受けたが,その際,ピンポイントの著名な縮瞳,歩行障害,運動障害が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値は0.56(同病院での計測による正常値は0.6~1.2)と低く,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,一時意識レベルが低下したが,縮瞳が改善するなどし,同月23日にはコリンエステラーゼ値は0.81に回復した。同人の病状については,医師により,サリン中毒と診断された。
[A甲12042,12063,C30,B41]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B41は,東京駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
20 B42について
(1) B42は,平成7年3月20日,同人の妻及びB32と共に,東京駅から丸ノ内線A777電車の第3車両に乗車し,妻と一緒に銀座駅で降車したが,周囲が異常に暗く見え,くしゃみや鼻水が出てきた。B42は,会社に到着したが,その後,目の痛みや頭痛も重なり,同日,眼科を受診した際,医師から縮瞳していると言われた。同人は,同月22日の時点でも,目の痛み,くしゃみ,鼻水,頭痛があり,体に力が入らない状態であったため,E42医院で診察を受け,医師に,サリン中毒と診断された。
[A甲12044,12046,12064,12065,B42]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B42は,東京駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
21 B43について
(1) B43は,平成7年3月20日,千代田線A725K電車の第1車両に乗車したが,国会議事堂前駅に到着した際,座席に倒れ込んでいるところを救助され,パトカーに乗せられ,B44と共にE43病院に搬送された。
B43は,同病院搬送時には,縮瞳(径1㎜)が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値も163(同病院での計測による正常値は300~700)と低値であったが,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,午後3時には367と正常値に回復した。
同人の病状は,医師により,急性薬物中毒(サリン)と診断された。
[A甲12048,12066,12076,B44]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B43は,千代田線A725K電車に乗車し,国会議事堂前駅に至る間の同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
22 B44について
(1) B44は,平成7年3月20日,大手町駅から千代田線A725K電車の第1車両に乗車したが,せきが出て止まらず視界がセピア色になり,流れ出たサリン混合液でぬれた床を踏んで座席のところに行き座り込んだ。同人は国会議事堂前駅に到着した後,ホームに出たが,せきや鼻水が激しくなっていたのでホームに座り込むなどした後,駅員に地上まで連れていってもらい,パトカーに乗り,B43と共にE43病院に搬送された。
B44は,同病院搬送時には,縮瞳(径1㎜)が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値も190(同病院での計測による正常値は300~700)と低値であったが,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,同月22日には308と正常値に回復した。
同人の病状は,医師により,急性薬物中毒(サリン)と診断された。
[A甲12050,12067,B44]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B44は,大手町駅から千代田線A725K電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
23 B45について
(1) B45は,平成7年3月20日,池袋駅から丸ノ内線のB701電車の折り返し電車であるA801電車の第2車両に乗車したが,本郷三丁目駅で駅員が新聞包み⑤を取り出すなどした際に,その異臭をかぎ,その後目の前が暗くなり,頭痛や吐き気がしてきたが,職場まで行った。
B45は,その後,E44病院で診察を受け,その際,縮瞳(径1.5㎜)が見られ,血しょう中のコリンエステラーゼ値も159(同病院での計測による正常値は230~470)と低値であったが,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,翌日には196まで回復した。
同人の病状は,医師により,急性薬物中毒(サリン)と診断された。
[A甲12052,12068,C30,B45]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B45は,池袋駅から丸ノ内線A801電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
24 B46について
(1) B46は,平成7年3月20日,池袋駅から丸ノ内線のB701電車の折り返し電車であるA801電車の第2車両に乗車したが,目がしょぼしょぼしたり,鼻水が出たりするようになり,本郷三丁目駅で駅員が新聞包み⑤を取り出すなどしたり,御茶ノ水駅で駅員が新聞包み⑤のあった辺りの液体でぬれた床をモップでふいたりするのを見ていたところ,次第にその症状が悪化し,さらに目の周りが暗く感じるようになるなどしたが,何とか職場までたどり着いた。
B46は,その後,E45病院で受診したが,その際,ピンホールの著名な縮瞳や低酸素血症が認められ,硫酸アトロピンの投与を受けるなどした。また,同人は,入院後翌日くらいまで,目の裏辺りから頭全般に強い痛みを感じた。同人の病状は,医師により,サリン中毒と診断された。
[A甲12054,12070,C30,B46]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B46は,池袋駅から丸ノ内線A801電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
25 B47について
(1) B47は,平成7年3月20日,池袋駅から丸ノ内線のB701電車の折り返し電車であるA801電車の第2車両に乗車し,新聞包み⑤の近くに立っていたが,異臭を感じた後,新聞の字が見づらくなり,その後目の前が暗くなった。同人は,会社に着き,同僚の見送りなどした後,会社の診療所で診察を受けたところ,縮瞳が認められ,酸素吸入を受け,その後E25病院に搬送され,硫酸アトロピンの投与等の治療を受けた。血清中のコリン
エステラーゼ値は,同月20日に84(同病院での計測による正常値は220~470),同月21日に99など低値を示した。
B47の病状は,医師により,サリン中毒と診断された。
[A甲12056,12071,C30,B47]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B47は,池袋駅から丸ノ内線A801電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
26 B48について
(1) B48は,平成7年3月20日,東京駅から丸ノ内線のB701電車の第5車両に乗車し,新聞包み⑤の近くの座席に座っていたが,鼻水が止まらずせき込むようになり,新大塚駅で下車した後は視界が暗くなり,頭が痛くなった。
同人は,会社に着いた後,E46病院に行って診察を受け,その際,縮瞳(径1㎜くらい)が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値も35ないし41(同病院での計測による正常値は100~240)と低値であったが,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,徐々に回復していった。
同人の病状は,C58医師により,急性サリン中毒と診断された。
[A甲12058,12072,C30,B48,C58]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B48は,東京駅から丸ノ内線B701電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
27 以上のとおり,上記の死亡被害者12人及び負傷被害者14人が実際にサリンに被ばくし,その結果サリン中毒(B30についてはサリン中毒に起因する敗血症)により死傷したことは明らかであるから,弁護人の主張2は採用することができない。
なお,弁護人は,地下鉄サリン事件の実行行為が殺人の実行行為であるといえるためには,大気中のサリンの量が人を殺すに足りる一定濃度以上存在し,あるいは,人が一定時間以上その場に留まっていることが必要であるが,その点の証明がなく,地下鉄サリン事件の実行行為が殺人の実行行為であることには疑問があるという趣旨の主張をしている。
しかしながら,前記認定のとおり,サリン中毒により死亡した被害者12人はサリンが流出し気化した電車内又は地下鉄駅構内においてサリンガスを吸入してサリン中毒により又はサリン中毒に起因する敗血症により死亡し,サリン中毒症の傷害を負った被害者14人も同様にサリンが流出し気化した電車内又は地下鉄駅構内においてサリンガスを吸入して縮瞳,コリンエステラーゼ値の低下をはじめ重いサリン中毒症の傷害を負ったものであり,本件サリン散布の各実行行為が,死亡被害者12人に対する関係はもとより負傷被害者14人に対する関係においても,人の死という結果発生の危険性のある行為として殺人の実行行為性を有することは明らかである。この点に関する弁護人の上記主張は採用することができない。
第3 弁護人の主張3(被告人の指示ないし共謀の有無)に対する判断
1 関係証拠によれば,判示犯行に至る経緯(ただし,2(1)のうち被告人が強制捜査を避けるためA28らに指示してアタッシュケース事件を起こしたこと,3(1)のうち被告人が食事会で教団施設に対する強制捜査を話題としたこと,3(2),3(3)のうち被告人の自作自演事件の実行指示が地下鉄サリン事件の実行計画を前提としていること,3(4),6(2),8,9,13(2),13(3)のうち被告人が地下鉄サリン事件で実行されたサリン散布方法を採用し,A6のA14に対する指示がその意を受けたものであること,14(2)のうち被告人が実行役にサリン散布の練習をさせることが必要と考え,A6にその旨指示したこと,14(3)(4)を除く。)及び判示罪となるべき事実(ただし,被告人の共謀を除く。)のほか,次の事実を認めることができる。
(1) A6は,地下鉄サリン事件の犯行後,A23,A25及びA26の3人がe1村の教団施設に帰ってきたので,平成7年3月20日午後5時ころ,その3名と共に第6サティアン1階の被告人の部屋に報告に行くと,被告人は,「科学技術省の者にやらせると結果が出るな。」「ポアは成功した。シヴァ大神,すべての真理勝者方も喜んでいる。」と言った。
A25が,「姿を見られてしまいました。」と言うと,被告人は,「変装していたんだろう。大丈夫だよ。見た人はいってるよ。」と答えた。A25は,「見た人はいってるよ。」という言葉について,A25のことを見た人がサリンにより死んでいるので心配することはないという意味だと思った。続いて,A23が「女子中学生に気付かれそうになって車両を換えました。サリンの袋はむき出しのまま置きました。」と報告すると,被告人は,「わしは,みんなのアストラル(潜在意識)をずっと見ていたんだよ。X2(A23)のアストラルが暗かったのでどうしたんだろうと思ったが,そういうことだったのか。」と言った。また,A23は,被告人から「X2が一番修行が進んだな。」と言われ,被告人がA23のことを悪いカルマを積むのを恐れていてマハーヤーナの救済にこだわっているようなことを以前言っていたので,そのような者がヴァジラヤーナの実践をしたのでほめてくれたのだと思った。
そして,被告人は,3名に対し,「偉大なるグル,シヴァ大神,すべての真理勝者方にポアしてもらってよかったね。」というマントラを1万回唱えるように言った。
(2) A7,A53及びA20は,地下鉄サリン事件の犯行後,e1村の教団施設に帰り,第6サティアン1階の被告人の部屋に報告に行き,各自ホーリーネームを名乗ると,被告人は,「今回はご苦労だったな。」と答えた。A7が,「ニュースで,死者が出ています。」と言うと,被告人は,「そうか。」と言って,大きく深くうなずいた。被告人は,「帰りがずいぶん遅かったじゃないか。」と言うので,A20が「今回使った衣類などを焼却していて遅くなりました。A28も焼却に加わっていたんですけれども,八王子で別れて,A28は東京に戻りました。」と報告した。
被告人は,「これはポアだからな,分かるな。」と言い,続いて「これから君たちは瞑想しなければいけない。『グルとシヴァ大神とすべての真理勝者方の祝福によって,ポアされてよかったね。』のマントラを1万回唱えなさい。これによって君たちの功徳になるから。」と言った。
(3) A33は,同日午後9時ころ,e1村の教団施設に戻り,同日午後10時ころないし午後11時ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,被告人に対し,名前を名乗って「今戻りました。やってきました。」と報告すると,被告人は,「そうか。」と言ってうなずき,続いて,A6の指示に従って治療棟の地下にフッ化ナトリウム等を隠すよう指示し,さらに,「シヴァ大神とすべての真理勝者方にポアされてよかったね。」とのマントラを1000回唱えるように言った。
2(1) ところで,判示犯行に至る経緯に係る事実のうち,①犯行に至る経緯2(1)のうち被告人の指示によりA28が地下鉄霞ヶ関駅構内にボツリヌストキシン様の液体を噴霧したこと,②犯行に至る経緯3(1)のうち被告人が食事会の際教団施設に対する強制捜査について話していた内容,③犯行に至る経緯3(2)のリムジン内における地下鉄サリン事件に関する被告人らの会話の内容,④犯行に至る経緯9のA6及びA28が運転手役の人選や実行役との組合せについて被告人に指示を仰ぎにいった際の被告人とA6及びA28の話の内容,⑤犯行に至る経緯14(3)(4)のA28が平成7年3月20日午前2時ころe1村の教団施設に戻った際の被告人とA6及びA28の話の内容や,被告人がサリンを修法した際の状況について,A28が,公判において,判示認定に沿う供述(以下「本件A28証言」という。)をしているほか,⑥犯行に至る経緯3(2)のうちリムジン内での被告人とA19の会話の内容,⑦犯行に至る経緯6(2)の同月18日午後11時ころ被告人がA19に話した内容,⑧犯行に至る経緯8の同月19日正午前ころ被告人やA6がA19に話した内容,⑨犯行に至る経緯13(2)の同日午後10時30分ころの被告人とA19との会話の内容について,A19が,公判において,判示認定に沿う供述(以下「本件A19証言」という。)をしているが,本件A28証言及び本件A19証言の信用性は優にこれを認めることができる。その理由は次のとおりである。
(2) これまでみてきたとおり,被告人は,国家権力を倒しオウム国家を建設して自らその王となり日本を支配するという野望を抱き,多数の自動小銃の製造や首都を壊滅するために散布するサリンを大量に生成するサリンプラントの早期完成を企てるなど教団の武装化を推進してきたものであるが,このような被告人が最も恐れるのは,教団の武装化が完成する前に,教団施設に対する強制捜査が行われることであり,平成7年に入り,e1村の土壌からサリンの残留物が検出された旨の新聞報道がされ,さらに,被告人がA28らに実行させたB22事件がその事件直後から教団の犯行と疑われ,同事件に使用された車両から事件関係者のものとみられる指紋も検出された旨の新聞報道がされるに至っては,現実味を増した教団施設に対する大規模な強制捜査を阻止することが教団を存続発展させ,被告人の野望を果たす上で最重要かつ緊急の課題であったことは容易に推認されるのであって,阪神大震災が発生したため間近と思われた教団施設に対する強制捜査が立ち消えになった旨認識し,かつ,東京にサリン70tを散布することまでも考えこれまでも松本サリン事件等の実行を指示してきた被告人が,阪神大震災に匹敵する大惨事を人為的に引き起こすことをもくろむことなく,教団に対する世間の同情を引くためだけの自作自演事件だけをA28らに指示するということは考え難い。また,教団施設でサリンの生成に取り掛かった後に強制捜査があった場合,あるいは,地下鉄サリン事件が失敗しそれが教団による犯行であることが発覚した場合には教団は多大な打撃を受けるに至るのであり,そのような教団の存続にかかわる重大な事柄について,被告人の弟子であるA6やA28らが,グルである被告人に無断で事を進めることもまた考えられない。
その意味で,本件A28証言及び本件A19証言は,このような当時の被告人を取り巻く教団における内部事情をよく説明し得ている上,前記1の認定に係る犯行に至る経緯に係る事実ともよく整合し,のみならず,相互に符合し,互いにその信用性を補強し合っている。
(3) また,本件A28証言及び本件A19証言は,前記1(1)ないし(3)で認定した,地下鉄サリン事件の犯行後,実行役5名及び運転手役2名が被告人に同犯行について報告した際の,被告人と実行役及び運転手役との会話の内容ともよく整合している。
弁護人は,この点について,弟子たちが勝手に行ったとはいえ,生じた被害に驚いている弟子たちもいたことから,教祖として慰めの言葉を掛けたにすぎず,そのこと自体が被告人の共謀及び殺意を認定する根拠とはならない旨主張する。
しかしながら,「科学技術省の者にやらせると結果が出るな。」「これはポアだからな,分かるな。」などをはじめ,前記認定に係る,被告人が実行役らにした話の内容は,到底弟子たちが被告人に無断で地下鉄サリン事件の犯行に及んだ際のものとはいえないというべきであり,弁護人の上記主張は採用することができない。
(4)ア A28は,平成7年5月から同年6月にかけての捜査段階では,被告人とはグルと弟子の関係にあり9年間くらい被告人を信仰していたことから,被告人が出てくる場面については一切供述せず,それ以外の差し障りのないことについては供述していたが,同年10月ころ,被告人のB18事件に関する供述調書で弟子が勝手にやった趣旨の供述がされている旨の新聞報道に接し,被告人への信仰が揺らぎ始め,検察官に対し,リムジン車内での話の概要だけ供述し,その後,気持ちの整理をした上で,被告人の面前で本件A28証言をし,しかも,被告人の不規則発言にもその供述内容は動揺しなかったものであり,このような事情等に照らすと,A28が,地下鉄サリン事件について被告人の指示がないのに被告人から種々の指示が出された旨のうその供述をあえてしたものとは認め難い。
イ ところで,関係証拠に照らすと,A28は,地下鉄サリン事件の犯行において東京における現場指揮者というA6に次ぐ重要な立場にあったにもかかわらず,公判では,地下鉄サリン事件の実行については,A6が総指揮を執り,A28は自動車を手配したり,実行役と運転手役の組合せをQに伝えたりするなどの手伝いをしたにすぎず,むしろ,自分は自作自演事件を主に担当していたという趣旨の供述をするなど,自己の刑事責任を軽減させるために既に死亡しているA6や逃亡中であったA53に一部責任を転嫁し,自己の役割をわい小化する不自然不合理な供述をしている。しかしながら,自己の刑責を軽減させるために死亡した者や逃亡中の者に一部責任を転嫁する供述がみられることから直ちに,長い間グルとして信仰してきた被告人の面前で供述した,地下鉄サリン事件に被告人が関与している旨の本件A28証言の信用性が左右されるものではなく,その信用性が高いことはこれまで説示してきた理由から明らかというべきである。
ウ なお,弁護人は,A28の公判供述の信用性が認められない理由として,地下鉄サリン事件で使用されたサリンの生成原料となったジフロについて,A28は,公判で,平成7年1月初めころ,A14から隠しておいてくれと言われてVXを預かり,その際A14からサリンの材料を一部どこかに隠したことを聞いたが,そのとき,ジフロは預かっていない旨供述するところ,その供述は,A6が発見したジフロをA6の提案でA28に預けたというA14のジフロに関する公判供述に照らし,信用することができないことを挙げる。
しかしながら,A14は,捜査段階で検察官に対し,A28の上記公判供述に符合し,判示犯行に至る経緯1(2)のA14がジフロを隠匿保管した事実に沿う供述をしており,その検察官調書における信用性が高いことはB6サリン事件等における当裁判所の判断の中で説示したとおりであること,A14は,公判で,地下鉄サリン事件について,捜査段階の供述と異なり,A6から地下鉄内でサリンを使うという話は聞いていない,サリンを生成するのはすぐに使うためではなく保存しておくためであると思ったなどと自己の刑事責任を軽減させるための不自然不合理な供述をしていること,A19が,公判で,「A14から今回のサリン生成の原料となったジフロの由来について,A14がX1棟にあったジフロを1本持ち出して取っておいた旨を聞いた。その話の内容からして,ジフロを隠したことにはA6がかかわっていない。」旨供述していること,A28がジフロを保管していたならば,A6がジフロをA28から預かりA14に渡してA19のもとに届けさせるのは迂遠であり,むしろ,A6がA14をしてA19のもとにジフロを届けさせたのは,A14がジフロを隠匿保管していた証左であるといえることなどに照らすと,A14のジフロに関する公判供述は信用することはできず,A28のジフロに関する公判供述の信用性は高いというべきであるから,弁護人の上記主張は採用することができない。
(5) 次に,関係証拠に照らすと,A19も,A28と同様に,公判で,自己の刑事責任を軽減させるために,サリンの生成に関しその責任の一部をA14やA24に転嫁することになるうその供述をし,あるいは,サリン生成について被告人の指示した内容の理解等について不自然不合理な供述をしている。
しかしながら,本件A19証言の信用性が高いことはこれまで説示してきたとおりである上,A19は,公判で,A14がジフロを隠匿保管していたことについて被告人はある時期までは知らなかったはずであるなどと被告人に有利な事情についても供述しており,グルであった被告人の面前で,被告人がサリン生成にかかわる指示をしていないにもかかわらず,そのような指示があったといううその供述をしたことをうかがわせる事情は見出すことができない。したがって,A19が上記のとおりサリン生成に関し自己の刑責を軽減させるために一部うその供述をしているからといって,直ちに,サリン生成に関する被告人の指示等に関して供述した本件A19証言の信用性が左右されるわけではないというべきである。
3(1) 上記のとおり信用性の高い本件A28証言及び本件A19証言その他関係証拠を総合すると,判示犯行に至る経緯3(2)ないし(4)のとおり,被告人は,e1村の教団施設に向かうリムジン車内において,A6,A19及びA28との間で,地下鉄電車内にサリンを散布する無差別殺りくについてその共謀を遂げ,その後,A6又はA19を介して,地下鉄電車内に散布するサリンの生成に関する被告人の指示がA14及びA24に伝えられ,また,A6又はA28を介して地下鉄電車内にサリンを散布する旨の被告人の指示が実行役5名及び運転手役5名に伝えられ,これら12名との間でも地下鉄電車内にサリンを散布する無差別殺りくについて共謀が成立したことは明らかである。
(2) なお,弁護人は,リムジン車内では地下鉄電車内にサリンを散布することはまだ決定していなかった旨のA28の公判供述を根拠として,被告人が同席していたリムジン車内においては,地下鉄サリン事件の実行については何ら決定されていないから,同車内において地下鉄サリン事件の共謀は成立していない旨主張する。
しかしながら,リムジン車内においては,教団施設に対する強制捜査を阻止するという犯行の目的,地下鉄電車内にサリンを散布するという犯行の方法,犯行の指揮はA6及びA28が,サリンの生成はA19が,サリン散布の実行はA53,A25,A23,A33及びA26がそれぞれ務めるという犯行の役割分担など犯行の重要部分が決定されているほか,このリムジン謀議の後地下鉄サリン事件の実行に至るまでの被告人のA6,A28及びA19に対する種々の指示内容や,実際にリムジン車内で決められたとおりに犯行の準備がされ実行されたことなどに照らすと,リムジン車内において,被告人とA6,A28及びA19の間で,地下鉄電車内にサリンを散布する無差別殺くについて共謀が成立していたことは明らかである。
したがって,A28の上記供述は信用することができず,弁護人の上記主張は採用することができない。
1 以上のとおりであるから,被告人には地下鉄サリン事件に係る殺人の共謀が存しない旨の弁護人の主張3は採用することができない。
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[ⅩⅢ 地下鉄サリン事件について]
〔弁護人の主張〕
1 地下鉄サリン事件において散布された物質がサリンであることについては重大な疑問がある。すなわち,現場遺留品とされる新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋内等の液体についてサリンを含有するとの鑑定結果があるが,その現場遺留品と鑑定資料との同一性について証明がされていないし,その鑑定方法も鑑定資料からサリンが検出されたと結論づけるには十分なものとはいえない。
2 サリンに被ばくしたとされる被害者らが,実際にサリンに被ばくし,その結果サリン中毒により死傷したことについては証明がされていない。
3 地下鉄サリン事件は,教団に対する強制捜査が迫ったことに危機感を抱いたA6及びA28が,被告人を差し置いて,相談し企画立案した上で,指揮を執り,実行役をして実行させたものであり,被告人が,A6,A28及びA19らに対し,地下鉄電車内にサリンを散布するよう指示をした事実はなく,被告人が同席していたリムジン車内においても地下鉄サリン事件の実行について何ら決定されていなかったものであるから,被告人には地下鉄サリン事件に係る殺人の共謀は存しない。
〔当裁判所の判断〕
第1 弁護人の主張1(現場遺留品がサリンを含有するか否か)に対する判断
1 関係証拠によれば,次の事実が認められる(なお,特に年月日を記載していない時刻は平成7年3月20日のものであり,営団地下鉄の駅名については駅名のみ記載した。)。
(1) A53は,日比谷線A720S電車の第3車両に持ち込みその床上に落とした新聞紙で包まれたサリン入りビニール袋3袋(以下「新聞包み①」という。)を傘で突き刺した後,直ちに秋葉原駅で降車した。同電車は,午前8時ころ,同駅を出発し,午前8時2分ころ,小伝馬町駅に到着したが,その間,新聞包み①からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散して刺激臭を発するなどしたため,同車両内の乗客が,異臭を感じ,また,息苦しくなってきたことから,同駅で,新聞包み①をホーム上に押し出した。同電車は,午前8時3分ころ,同駅を出発し,人形町駅,茅場町駅,八丁堀駅に順次停車した後,午前8時10分ころ,築地駅に到着し,同駅で運転が中止された。
警察官が,小伝馬町駅ホームで新聞包み①を発見し,午前10時35分ころ,応援に駆け付けた警察官にこれをビニール袋,布袋,大型ビニール袋に重ねて入れさせて回収した。同回収物は,午後3時5分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けされた結果,新聞包み①を収納していたビニール袋内に黒褐色の油様の液体が若干量あり,その新聞紙は同液体で湿っていたことや,新聞包み①の中には,約20㎝四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋と,同様の形のビニール袋1袋を更に約25㎝四方の大型のビニール袋に密封したもの1袋があることが判明した。
同液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員C29らにより鑑定がされ,同液体がサリンを含有する旨の結果が得られた。
[A53,C30,C31,C32,C33,C34,C35,C29,A甲65,11675,11676,11678ないし11680,11683,11768等]
(2) A25は,日比谷線B711T電車の第1車両に持ち込みその床上に置いた新聞紙で包まれたサリン入りビニール袋2袋(以下「新聞包み②」という。)を傘で突き刺した後,直ちに恵比寿駅で降車した。同電車は,午前8時2分ころ,同駅を出発し,広尾駅,六本木駅に順次停車し,午前8時11分ころ,神谷町駅に到着したが,その間,新聞包み②からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたことから,せき込んだり,けいれんを起こしたりする乗客が出るなどしたため,同駅で同車両内の乗客はすべて降車し,同車両を空にした状態で,同電車は,午前8時18分ころ同駅を出発し,午前8時20分ころ霞ヶ関駅に到着し,同駅で運転が中止された。
警察官が,午前9時25分ころ,日比谷線霞ヶ関駅に停車していた同電車の第1車両内の床上にぬれた新聞包み②を発見し,機動隊処理班に指示し,その周辺の床上に流出した液体を脱脂綿に付け,それをビニール袋に入れて領置し,警視庁科捜研係員に渡すとともに,新聞包み②もビニール袋に入れて領置した。後者の領置物は,午後6時50分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けがされた結果,新聞包み②の中に,約20㎝四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋があることが判明した。
上記脱脂綿に付着させた液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員C29らにより鑑定がされ,同液体からサリンが検出された旨の結果が得られた。
[A25,C30,B38,B39,C36,C37,C38,C34,C35,C29,A甲11695,11696,11698ないし11700,11769]
(3) A23は,丸ノ内線A777電車の第3車両に持ち込みその床上に落としたサリン入りビニール袋2袋(以下「ビニール袋③」という。)を傘で突き刺した後,直ちに御茶ノ水駅で降車した。同電車は,午前7時59分ころ,同駅を出発し,淡路町駅,大手町駅等の各駅を経て,午前8時25分ころ,中野坂上駅に到着したが,その間,ビニール袋③からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたことから,倒れたり,目の前が暗く感じたり,せき込んだりする乗客が出るなどし,同駅におい
て,異常に気付いた同駅の駅員が,倒れた乗客を運び出すとともに,同車両内のドア付近の床上にあったビニール袋③を新聞紙に乗せてホーム中央に置き,さらにそれをビニール袋に入れて同駅事務室に運んだ。警察官は,午前9時30分ころ,駅員から同ビニール袋について任意提出を受けてこれを領置した。なお,同電車は,午前8時30分ころ,同駅を出発し,その後新高円寺駅等に停車した後,午前8時40分ころ,終点の荻窪駅に到着した。
上記の領置物は,平成7年3月24日午後4時34分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けがされた結果,ビニール袋③の中に,約20㎝四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋があり,そのうち1袋に無色及び薄茶色の2層をなす液体が在中していることが判明した。
同液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員C1らにより鑑定がされ,同液体がサリンを含有する旨の結果が得られた。
[A23,C30,B42,B41,C39,C40,C35,C13,C41,C29,C1,A甲11708,11710,11712,11715,11770]
(4) A33は,千代田線A725K電車の第1車両に持ち込みその床上に落とした新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋2袋(以下「新聞包み④」という。)を傘で突き刺した後,直ちに新御茶ノ水駅で降車した。同電車は,午前8時4分ころ,同駅を出発し,大手町駅,二重橋前駅,日比谷駅に停車した後,午前8時12分ころ,霞ヶ関駅に到着したが,その間,新聞包み④からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたことから,座席に倒れ込んだり,せき込んだりする乗客が出るなどした。同駅においては,B33助役やB34助役らが,同車両内から新聞包み④をホーム上に出し,同車両内に流れ出ていた液体を新聞紙でふき,ふいた新聞紙や新聞包み④をビニール袋に入れて千代田線駅事務室に運んだ。警察官は,午前11時27分ころ,駅員から同ビニール袋の任意提出を受け,機動隊処理班に回収させてこれを領置した。なお,同電車は,同駅を午前8時14分ころ出発し,午前8時16分ころ国会議事堂前駅に到着し,運転を中止した。
上記の領置物は,同月24日午後1時50分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けがされた結果,新聞包み④の中に,約20㎝四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋があり,そのうち1袋に無色及び薄茶色の2層をなす液体が在中していることが判明した。
同液体や上記領置物中の湿った新聞紙の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員C29らにより鑑定がされ,同液体は約615ミリリットル(以下,この液体を「霞ヶ関駅物件」という。)であり,サリンを含有し,新聞紙からサリンが検出された旨の結果が得られた。
[A33,C30,B44,C42,C43,C35,C13,C44,C45,C29,C1,A甲11729,11
730,11733,11734,11738,11740,11743ないし11745,11771]
(5) A26は,6両編成の丸ノ内線B701電車の第5車両に持ち込みその床上に移動した新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋2袋(以下「新聞包み⑤」という。)を傘で突き刺
した後,直ちに四ッ谷駅で降車した。同電車は,午前8時2分ころ,同駅を出発し,赤坂見附駅,国会議事堂前駅等の各駅を経て,午前8時30分ころ,終点の池袋駅に到着し,折り返し新宿行きのA801電車として午前8時32分に池袋駅を出発し,午前8時42分に本郷三丁目駅に到着したが,その間,新聞包み⑤からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたことから,せき込んだり,視界が暗く感じたりする乗客が出るなどした。同駅で,駅員が,同電車の第2車両(B701電車の第5車両に相当する。)から新聞包み⑤をちりとりに掃き入れ,そのころ,警察官がその任意提出を受けて領置し,ゴミ用ビニール袋に入れた。
上記の領置物は,同月25日午前9時40分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けがされた結果,新聞包み⑤の中に,約20㎝四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋があり,いずれにも無色及び薄茶色の2層をなす液体が在中し,液量は一方が少なく他方が多いことが判明した。
同液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員C29らにより鑑定がされ,同液体は一方は約50ミリリットル,他方は約630ミリリットル(以下,後者の液体を「本郷三丁目駅物件」という。)であり,いずれもサリンを含有する旨の結果が得られた。
[A20,C30,B45,B46,B47,B48,C46,C47,C35,C29,C1,A甲11757,117
60,11761,11764,11767,11773,11774]
2 上記認定によれば,地下鉄サリン事件の実行担当者が地下鉄車両内に持ち込み傘で突き刺した新聞包み①②④⑤内の各ビニール袋及びビニール袋③の中にあった液体又はそのビニール袋から流れ出た液体について警視庁科捜研において鑑定がされ,いずれもサリンを含有する又はサリンが検出されたとの鑑定結果が得られた事実を優に認めることができる。そのことは,地下鉄サリン事件の実行に使用されたビニール袋を製作したA14が,公判において,鑑定資料の一部であるビニール袋の写真を見て自分が作った袋である旨認めていることや,鑑定結果の内容も,サリンの生成にかかわったA19,A14及びA24の認識とも格別異なるものではないことからも明らかである。
したがって,現場遺留物と鑑定資料の同一性が証明されていない旨の弁護人の主張は採用することができない。
3 次に,警視庁科捜研における上記鑑定の経過ないし方法についてみると,関係証拠(主として1の鑑定関係の証拠等)によれば,(1) 警視庁科捜研研究員において,①全
鑑定資料について,GC/MS(EI法)による分析を行い,信頼性の置けるニストのライブラリーにあるサリンのスペクトルや他のサリンのデータとも照合した上で,サリンと同定したこと,②霞ヶ関駅物件及び本郷三丁目駅物件について,CI法による分析を行い,サリンの分子量と一致するスペクトルを得たこと,③霞ヶ関駅物件に関し,水素とリン31について核磁気共鳴法(NMR)を実施し,同物件がメチルホスホン酸タイプのリン化合物でリンとフッ素が結合している旨の結果を得たこと,④霞ヶ関駅物件について水酸化カリウム水溶液により加水分解したところ,メチルホスホン酸モノイソプロピルエステルを確認することができ,また,同物件を,エタノールに金属ナトリウムを溶かした物に加えたところ,メチルホスホン酸エチルイソプロピルエステルを確認することができるなど,同物件がサリンであることの裏付けを得たこと,⑤全鑑定資料について,サリンのほかに,サリンの副生成物であるメチルホスホン酸ジイソプロピルエステル及びジフロからサリンを生成する際に発生するフッ化水素をトラップすると同時に反応促進剤の役割を果たすNNジエチルアニリンを検出したこと,⑥数個の鑑定資料から,工業用ノルマルヘキサンの成分であるノルマルヘキサン,2-メチルペンタン,3-メチルペンタン及びメチルシクロペンタンを検出したこと,⑦霞ヶ関駅物件についてNMRにより分析した結果,同物件中にサリンが約35%の割合で含まれている旨の結果を得たこと,(2) 科警研においては,GC/MSによる分析がされ,霞ヶ関駅物件中にサリンが約30%含まれている旨の鑑定結果が得られたことなどが認められる。
上記認定に係る鑑定の経過ないし方法に照らすと,上記鑑定資料である液体にサリンが含有されている,又は,同液体からサリンを検出した旨の鑑定結果は十分に首肯するに足りるものというべきである。さらに,その鑑定結果は,教団において,そのサリンが,ヘキサンを溶媒としNNジエチルアニリンを反応促進剤として使い,ジフロにイソプロピルアルコールを滴下させて生成されたものであること,サリン生成後に,A24がGC/MSなどにより,生成した液体にサリンが約30%含有されていることを確認したこと,後記のとおりサリンに被ばくした被害者のうち数人の血液中からサリンの第1次加水分解物であるメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出されたことともよく整合している。
これらの点に照らすと,地下鉄サリン事件の実行担当者が地下鉄車両内に流出させた液体はサリンを含有するものであったことは明らかである。
以上のとおりであるから,弁護人の主張1は採用することができない。
第2 弁護人の主張2(死傷被害者らがサリンに被ばくしたか否か)に対する判断
1 B23について
(1) B23は,普段自宅から茅場町駅が最寄り駅である会社に通勤するため,東武伊勢崎線で北千住駅まで行き同駅で同駅始発の日比谷線電車に乗り換え茅場町駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日も午前7時15分ころ,会社に出勤するため自宅を出て,東武伊勢崎線を利用して北千住駅に午前7時45分前後ころ到着し,同駅で日比谷線電車(午前7時46分発のA720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,小伝馬町駅に到着した際,降車を余儀なくされた。同人は,午前8時30分ころ,既に死亡した状態で,小伝馬町駅の地上出入口であるSビル口付近で他の傷病者と共に自動車に乗せられ,E28病院に搬送された。
C48医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたB23の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は41IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リットル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0U/ミリリットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.4U/ミリリットル(同正常値は4.1~8.5U/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエステラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・循環障害を引き起こしたことによるものとし,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことから,死因はコリンエステラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
なお,科警研C20技官らの鑑定において,B23の解剖時に採取された血液中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.58U/ミリリットルであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.15U/ミリリットルであり,正常値(同技官らの計測による正常人8名の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットルであり,同赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットルである。)と比較して低い値とされた。
[A甲73,11935,11950,C49,C48,C20]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B23は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
(3) なお,弁護人は,A甲11935(C48ら作成の鑑定書)について,経口による毒薬物の摂取を調べるための胃内容物の検査を怠っており,コリンエステラーゼ値の低下が致死の程度にあったとの証明もなく,他の死因も否定し切れず,死因の鑑定として不十分である旨主張する。
しかしながら,C48医師は,コリンエステラーゼ活性を阻害するものとしては有機リン系ガスのほかに有機リン系農薬やカーバメイト剤があるが,致死量の有機リン系農薬やカーバメイト剤を飲んでいれば強いにおいがするはずであるのにそれを疑う所見がなかったことから,胃内容物の詳しい検査をしなかったものであり[C48],関係証拠に照らしても,同医師の鑑定手法や上記の判断過程に誤りがあるとはいえず,この点に関する弁護人の主張は採用することができない(このことは,同医師ら作成の他の鑑定書であるA甲11937,11939,11943,11945についても同様である。)。
(4) 弁護人は,A甲11950(C20ら作成の鑑定書)について,①鑑定資料である血液は,遺体解剖をした医師が解剖に際し採取して捜査機関に任意提出し捜査機関から科警研に鑑定嘱託されたものであるが,他の機関に鑑定させるならば別個の令状により血液の採取をさせるべきであって,死体解剖のための鑑定処分許可状をもってこれに代えることは許されないから,鑑定資料の収集過程に令状主義に反する重大な違法があり,同鑑定書には証拠能力がない,②鑑定資料や比較対象である正常人血液についてのコリンエステラーゼ活性値の測定の正確性や,両数値を比較する作業における手法の正確性,客観性に問題がある旨主張する。
しかしながら,前記(松本サリン事件における当裁判所の判断第1)のとおり,死亡者の死因等について鑑定を受託した鑑定人は,鑑定について必要がある場合には,鑑定処分許可状に基づき死体を解剖することができるとされているが,死因等を鑑定するために解剖の際血液の一部を採取して保管し,自らの鑑定を補助させるために他の機関に毒物含有の有無等の検査を依頼する意図でこれを捜査機関に任意提出することもまた,格別遺族の権利ないし利益を新たに侵害することがないことから,許されるものと解するのが相当であり,C48医師らは,上記の趣旨で解剖の際採取した血液の一部を捜査機関に任意提出したものであるから,その行為に違法があるとは認められない。もとより,関係証拠から認められる遺族感情等に照らすと,当該血液の処分について遺族の推定的承諾がないものとは考えられず,いずれにしても,上記の鑑定書の証拠能力が否定されるいわれはないというべきである(このことは,同技官ら作成の他の鑑定書であるA甲11955,11960,11965,11970,11975,11980,11985,11990,11995,12000についても同様である。)。
また,関係証拠に照らしても,C20技官らによるコリンエステラーゼ活性値の測定の正確性に疑いを抱かせる事情は見出し難いし,同活性値の正常値を求める過程において検体を8人とした点も不合理とはいえず(このことは,同技官ら作成の上記他の鑑定書についても同様である。),さらに,B23の血液の同活性値が正常値と比較して低い値であったとする点も何ら疑問はないというべきである。
以上のとおりであるから,A甲11950に関する弁護人の上記主張は採用することができない。
2 B24について
(1) B24は,普段自宅から霞ヶ関駅が最寄り駅である会社に通勤するため,自宅から歩いて5分くらいのところにある日比谷線北千住駅で電車に乗り同線霞ヶ関駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日も会社に出勤するため午前7時33分ないし39分ころ自宅を出て,日比谷線北千住駅で電車(午前7時46分発のA720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,小伝馬町駅に到着した際,降車を余儀なくされた。同人は,午前8時過ぎころ,同駅構内で大声で奇声を発し足をばたつかせ鼻水やよだれが出ている状態で救護され,午前9時8分ころ,縮瞳し既に心肺機能が停止している状態で判示E23クリニックに搬入され,午前10時2分ころ,同クリニックで死亡した。同クリニックで行われたB24の血液化学検査では,血しょう中コリンエステラーゼ活性値は0.03(同クリニックでの正常値は0.70~1.20)であった。
C50医師らの鑑定によれば,同月21日の解剖時に採取されたB24の脳組織(前頭葉皮質部分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は26.6mU/g(同医師らの計測による正常値は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチルコリンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出された。また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。
同医師らは,解剖所見は急死の所見が認められるのみで内因死を考えなければならない所見は認められないことや,上記の検査成績や検出結果等を総合した上で,B24の死因は急性サリン中毒死である旨の鑑定をした。
なお,科警研C20技官らの鑑定において,B24の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.58U/ミリリットルであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.15U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットル)と比較して低い値であるとされ,また,同人の心臓血がサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピルを含有するとされた。
[A甲74,11955,12003,C20,C51,C50]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B24は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
(3)ア これに対し,弁護人は,①A甲12003(C50ら作成の鑑定書)について,C50医師ら自身が鑑定をしていない疑いがある上,その鑑定の手法及び推論の過程に重大な疑問がある旨,②同鑑定書及び第54回公判調書中の同医師の供述部分(速記録24丁~38丁)について,同医師は,鑑定終了後も,死体解剖保存法に違反して,遺族の承諾等のないまま死体の一部である脳の一部を保管し続け,その一部を消費して検査行為等を行ったものであり,そのような違法な行為によって収集した検査結果を証言することによりその不備を補完した同鑑定書並びに同検査過程及び結果について証言した同医師の供述部分は違法収集証拠に基づくものとして証拠から排除されるべきである旨,③鑑定資料である心臓血がメチルホスホン酸モノイソプロピルを含有するとしたA甲11955(C20ら作成の鑑定書)について,保持指標から計算したサリンの保持時間が他の鑑定書と5秒異なる上,本来一つであるべき標品の保持時間が2種類あるなど,GC/MSによる検査の正確性等について著しい疑問がある旨を主張する。
イ しかしながら,関係証拠によれば,(ア) C50医師は,解剖には少なくとも補助者として立ち会い,鑑定作業の中で補助者を使用している部分もあるが,鑑定書の内容については相鑑定人と討論するなどしてすべてチェックしており,(イ) 参考にしたカルテ等が鑑定書に添付されていないものの,そのことから直ちに検査成績等の鑑定への引用に信用性が欠けるわけではなく,(ウ) カーバメイト製剤についても,これを溶かしている有機溶剤の異臭が遺体に認められないことを確認するなど検討がされており,(エ) メチルホスホン酸やメチルホスホン酸モノイソプロピルの検出からサリンに被ばくしたことを推定しても不合理とはいえず,(オ) 脳組織のアセチルコリンエステラーゼ活性値の測定経過や赤血球アセチルコリンエステラーゼ結合性リン酸化合物の検出経過は合理的であり鑑定手法としてこれを否定するいわれはないなどC50医師の鑑定手法ないし鑑定経過やその判断において,格別疑問を差し挟むような事情はうかがわれない(このことは,同医師ら作成の他の鑑定書であるA甲12005,12007[なお,同医師自ら解剖したものである。],12009についても同様である。)。
なお,C50医師は,上記鑑定において,鑑定資料の全血におけるアセチルコリンエステラーゼの活性値と正常人の血清中のブチリルコリンエステラーゼ活性値とを比較可能な条件で測定しているか証拠上判然としないが,C20技官らによる鑑定によれば,鑑定資料に係るアセチルコリンエステラーゼ活性値及びブチリルコリンエステラーゼ活性値はいずれも正常値と比較して明らかに低い値であると認められるのであるから,結局,上記の不明確さが上記鑑定の結果を左右するものとはいえない。
これらの事情等に照らすと,弁護人の上記①の主張は採用することができない。
ウ 次に,C50医師は,A甲12003に係る鑑定終了後も,遺族の明示の承諾のないまま遺体の一部である脳の一部を保管し続け,その一部を消費して検査行為等をしていたものである。脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出を試み,脳組織からメチルホスホン酸を検出し,その検出経過及び結果も公判で証人として供述したものである[C50]。
ところで,死体解剖保存法は,大学医学部の法医学の教授が解剖する場合や刑事訴訟法225条1項の規定により解剖する場合などに死体の解剖をすることができる者は,医学の教育又は研究のため特に必要があるときは,遺族から引渡しの要求がない限り,解剖をした後その死体の一部を標本として保存することができる旨を規定している(18条)が,サリンに被ばくした者の脳組織については医学の教育又は研究のため特にこれを保存する必要があるものと言い得る上,いったん鑑定は終了したとして鑑定書を提出していても当該事件の公判審理が終了するまでは一定の限度で鑑定の補充ないし追加や再試の必要性が生じることも考えられるから,そのために鑑定資料を返還することなく保存することにも理由が全くないわけではなく,実際に,C50医師は,鑑定受託事項に関する鑑定の補充ないし追加として,上記認定のとおり,脳組織からサリン分解物の検出を試みてメチルホスホン酸を検出し,公判において,証人としてその検出経過及び結果について供述したものである。また,遺族から引渡し要求があったと認めるに足りる事情もうかがわれない。したがって,このような事実関係の下では,遺族の承諾等がないとしても,上記鑑定書(A甲12003)提出後の鑑定の補充ないし追加に関する公判供述がその証拠能力を否定されるほどの重大な違法を帯びているとはいえないし,もとより,上記鑑定書(A甲12003)までが違法に収集された証拠になるものではない。したがって,弁護人の上記②の主張は採用することができない。なお,C50医師は,脳組織のアセチルコリンエステラーゼ活性値の正常値を得るために,遺族の承諾を得ずに集めていた別件の脳組織を使用しているが,上記の趣旨に準じて考慮すると,鑑定書の証拠能力に影響するような重大な違法があるとはいえないというべきである。また,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物であるメチルホスホン酸を検出した手法,経過及び判断内容それ自体にも不合理な点はうかがわれない(以上の点は,C50医師ら作成の他の鑑定書であるA甲12005,12007,12009やそれらの鑑定内容に関する同医師の公判供述においても同様である。)。
エ A甲11955についてみると,関係証拠によれば,サリンの保持時間の記載に2種類あるのは単なる誤記であり,メチルホスホン酸モノイソプロピルの保持時間の記載に2種類あるのは誤差を考慮したものであって,いずれも鑑定結果を左右するものではなく,その他の点においてもC20技官らが鑑定資料からGC/MSによりメチルホスホン酸モノイソプロピルを検出した手法,経過及び結果について格別不合理な点はうかがわれず,その正確性に疑問を差し挟む事情は見当たらない。弁護人の上記③の主張は採用することができない(このことは,C20技官ら作成のA甲11960についても同様である。)。
3 B25について
(1) B25は,普段,東西線を利用して茅場町駅まで行き同駅で日比谷線に乗り換え同線を利用して目黒区x2にある会社に通勤していた。同人は,平成7年3月20日朝も,通勤途中,日比谷線茅場町駅で電車(A720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,次の八丁堀駅に到着した際,降車を余儀なくされ,同駅のホームに保険証を入れたかばんや紙袋を遺留したまま,同駅から救急車でE24病院まで搬送され,午前10時30分ころ,同病院で死亡した。
C48医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたB25の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は50IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リットル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1以下U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0U/ミリリットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.7U/ミリリットル(同正常値は4.1~8.5U/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環不全が生じていたとした上,上記の重症のコリンエステラーゼ障害や後記の科警研における心臓血からメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出された旨の鑑定結果をも踏まえ,上記の主要臓器のうっ血はサリン中毒による呼吸不全が生じた
ため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能障害を含む循環障害を引き起こしたことによるものとし,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことから,死因はサリン中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
なお,科警研C20技官らの鑑定において,B25の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.63U/ミリリットルであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.00U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。
[A甲72,75,11937,11960,C48,C20]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B25は,茅場町駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は八丁堀駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
4 B26について
(1) B26は,普段,自宅から六本木駅が最寄り駅である会社に通勤するため,東西線を利用して茅場町駅まで行き同駅で日比谷線に乗り換え六本木駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日朝も,通勤途中,日比谷線茅場町駅で電車(A720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,築地駅から救急車でE25病院まで搬送され,午前10時30分ころ,同病院で死亡した。
C48医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたB26の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は63IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リットル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0U/ミリリットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.9U/ミリリットル(同正常値は4.1~8.5U/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエステラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・循環障害を引き起こしたことによるものとし,なお,血清中のトリグリセライド,リン脂質,遊離脂肪酸,総コレステロール及び遊離コレステロールが高値を示しているのは高脂血症又は食後の脂質値上昇によるもので直ちに死因となり得る異常とはいえず,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことから,死因はコリンエステラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
なお,科警研C20技官らの鑑定において,B26の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.80U/ミリリットルであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.43U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。
[A甲72,76,11939,11965,C48,C20]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B26は,茅場町駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
5 B27について
(1) B27は,普段自宅から神谷町駅が最寄り駅である会社に通うため,東武伊勢崎線を利用し北千住駅から日比谷線に入り神谷町駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日朝も,会社に行くため北千住駅に午前7時46分前ころ到着するような時刻に自宅を出て,電車に乗り日比谷線北千住駅を経由して(北千住駅始発の午前7時46分発のA720S電車に乗り換えた可能性が高い。)築地駅に到着した後,救急車でE26病院まで搬送された。その時点においては,同人の血液中のコリンエステラーゼ活性の低下が観察され,著名な縮瞳が認められた。同人は,同病院でパムの投与などの治療を受け,血液中のコリンエステラーゼ活性値はほぼ正常値に回復したものの,同月22日午前7時10分ころ,同病院で死亡した。
C50医師らの鑑定によれば,同日の解剖時に採取されたB27の脳組織(前頭葉皮質部分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は33.8mU/g(同医師らの計測による正常値は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチルコリンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出された。また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。なお,脳神経細胞と血管との間には障壁すなわち血液脳関門があり,治療薬であるパムはこれを通って脳神経細胞に達することができないため,パムの投与により血液中のコリンエステラーゼ活性値が正常値に回復したにもかかわらず脳組織のコリンエステラーゼ活性値が著しく低下したままであることに矛盾はない(この点は,B34についても同様である。)。
同医師らは,解剖所見では急死の所見が認められるのみであること,肝硬変の所見が認められたが中等度のものであるなど経過及び解剖所見より考えて死因となり得る程度のものではないことや,上記の検査成績や検出結果等を総合した上で,B27の死因はサリン中毒死である旨の鑑定をした。
[A甲72,77,12005,C50]
(2) 上記の事実関係に加え,判示第1の1の認定事実をも併せ考えると,B27は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
6 B28について
(1) B28は,普段,自宅から最寄り駅が人形町駅である会社に通勤するため,JR線を使って上野駅まで行き,同駅で日比谷線に乗り換え人形町駅で下車していた。同人は,平
成7年3月20日朝も,通勤途中,上野駅から日比谷線の電車(A720S電車に乗った可能性が高い。)に乗車したが,小伝馬町駅に到着した際,降車を余儀なくされ,同駅ホーム上に押し出された新聞包み①から約4.5m離れたホーム上で全身をけいれんさせて仰向けに倒れていたところ,午前8時35分ころ,乗降客に一時介抱してもらい,午前9時ころ,縮瞳,心肺停止の状態でE27病院に搬送され,蘇生術が施行され,心拍は回復したが,意識は戻らなかった。血液中のコリンエステラーゼ値は,同日に17単位/リットル(同病院での計測による正常値は186~490単位/リットル)であり,4日目に151単位とやや回復したが正常範囲には至らなかった。B28は,3日目の脳波検査では脳波平坦で,8日目の聴性脳幹反射検査でも誘発電位が得られず,脳死状態であり,以後,心臓機能が低下し,呼吸器感染,腎不全が続発し,同年4月1日に同病院で意識の回復しないまま死亡した。
C52医師は,B28の解剖所見及び臨床経過症状等を総合し,①解剖所見では,異常所見として,脳が全体として硬度を失い,泥状に近い状態であったが,これは脳の機能がほぼ失われた後,長期間人工呼吸器により延命されていた状況で脳死の所見を呈している,②同人の心臓は肥大しているが,心筋梗塞や冠状動脈狭窄などの直ちに死因となる所見はない,③左右肺には急性肺炎の像が認められたが,これは脳死状態から心停止に至る過程で随伴的に発現したものであるなどとした上で,B28は,有機リン系の有毒ガスを吸引して心臓及び呼吸機能が停止したため脳機能が障害され,心拍は回復したが,脳死状態となって13日間その状態が続き,諸臓器の機能が低下し,最後は肺炎が起こって呼吸が障害され,心臓停止に至ったものであり,死因は有機リン中毒である旨の鑑定判断をした。
なお,科警研C20技官らの鑑定において,B28の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.87U/ミリリットルであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は1.30U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。[A甲17,79,11975,12019,C53,C52,C20]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B28は,上野駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
(3) 弁護人は,B28は心停止,呼吸停止の状態で病院に収容されたものの,蘇生術と人工呼吸装置により呼吸循環機能を回復し維持することができたが,肺炎を発症し,これに抗生物質を投薬して重篤な副作用を生じさせ,その結果,敗血症,引き続いて腎不全を発症させ,ついには医師の手によって人工呼吸装置が外され,窒息死に至ったものであり,A甲17(C52医師作成の鑑定書)は明らかに誤りである旨主張する。
しかしながら,同医師は,公判で,この点に関し,「すべての臓器に障害が来ているが,呼吸できる状態でないという意味では肺炎が最も直接的に心臓に障害を与えたものである。そして,その肺炎を起こしたのは脳死の状態にあったことによるものであり,その原因は有機リン中毒である。」旨供述しているところであり,関係証拠に照らしても,その供述内容や鑑定結果に格別不合理な点を見出すことはできないのであって,同医師の鑑定結果に明らかな誤りがある旨の弁護人の上記主張は採用することができないというべきである。
7 B29について
(1) B29は,普段,自宅から最寄り駅が茅場町駅である会社に通勤するため,北千住駅まで東武伊勢崎線を,同駅から茅場町駅までは日比谷線をそれぞれ利用していた。同人は,平成7年3月20日朝も,午前8時30分の勤務開始時刻に間に合うように自宅を出て,電車に乗った(北千住駅から日比谷線A720S電車に乗った可能性が高い。)が,小伝馬町駅,人形町駅又は茅場町駅のいずれかの駅からE28病院に搬送された。同人は病院搬入時には心肺停止状態にあり,その後蘇生術等が施され,呼吸循環機能は一応回復したが,脳死状態となり,意識の戻らないまま,同年4月16日,死亡した。なお,同人の血液中のコリンエステラーゼ活性値は,同年3月20日午前11時に6(同病院での計測による正常値はおよそ50~150),正午に10であったが,パム等の投与の効果が出て,午後3時30分には100になり,正常値に回復した。
C54医師は,B29の解剖所見及び臨床経過症状等を総合し,①B29は脳死状態において全身感染症を引き起こして死亡した,②臨床的には,抗アセチルコリンエステラーゼ物質による中毒作用の急性中毒期(コリン作動性発作期。コリン作動性の末梢細胞における中毒作用の発現期で,縮瞳,筋肉のけいれん,呼吸循環不全,意識障害等が発現する時期である。)に見られる発作の発生が捕捉されており,パム等の効果があったことから,有機リン中毒の存在があった可能性を十分に肯定できる,③病理組織学的には,大脳の脳死状態,脊髄及び末梢神経系の軸索変性を中心とした病巣,骨格筋や心筋の変性が認められ,特に,脊髄や末梢神経系に認められたOPIDN(有機リンによる遅発性神経症候群期。有機リンに被ばくして2ないし4週間後になって四肢の麻痺が生じる型で,病理組織学的には末梢神経が侵襲を受け,また,脊髄の神経経路にも重篤な侵襲が生じる。)の存在が特徴的である,④有機リン系化学物質の中で,ホスホン酸化合物であるサリンはOPIDNを引き起こし得ると推定されており,サリンに被ばくしたというのであれば,脊髄及び末梢神経線維に認められた病変はサリンによって生じたということは十分考えられるなどとして,上記脳死状態は重篤な有機リン中毒によって引き起こされた可能性が強く,死因は重篤な有機リン系の化学物質(リン酸又はホスホン酸系統の有機リン化合物)による中毒である可能性が高い旨の鑑定判断をした。
なお,科警研C20技官らの鑑定において,B29の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.87U/ミリリットルであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は2.06U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。[A甲80,11941,11980,C54,C20]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B29は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅,人形町駅又は茅場町駅のいずれかの駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
(3) これに対し,弁護人は,A甲11941(C54医師作成の鑑定書)及びC54医師の公判供述について,同医師は,軸索,髄鞘の変性について判断する能力に欠けており病理組織学上の所見は信用できない,個々の所見について他の原因を十分検討することなく,有機リン,特にサリンに結び付けて結論を導こうとしており公正中立さに欠ける,OPIDNについての所見もこれまでの症例とは明らかに異なるなど,同医師の鑑定内容は信用できるものではない旨主張する。
しかしながら,関係証拠に照らすと,弁護人は病理組織学上の所見につき,添付写真等をもとに種々論難しているが,鑑定書の記載内容で補充訂正すべき部分は公判供述により補充訂正されている上,C54医師の個別の所見を誤りとしなければならないような事情があるとは認められないし,同医師の個別の所見がサリンに被ばくしたとの予断に影響されて歪められていることを疑わせる事情もうかがわれない。また,OPIDNについてのC54医師の所見がこれまでの症例とは明らかに異なるとはいえないことも同医師の公判供述から明らかである。この点に関する弁護人の上記主張は採用することができない。
8 B30について
(1) B30は,普段埼玉県内の自宅から東京都港区y2にある職場まで通う経路の一部として日比谷線を利用していた。同人は,平成7年3月20日朝も,職場に向かうため,日比谷線電車(A720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,築地駅に到着した後,同駅から救急車でE37病院に搬送された。同人は,同病院搬入時には,意識を喪失して心肺停止状態にあり,直ちに蘇生術が開始された。また,同人には,同日,縮瞳や唾液・喀痰分泌の亢進が見られ,血清中のコリンエステラーゼの活性値が極端に低下し,22IU/リットル(同病院での計測による正常値は540~1300IU/リットル)であり,同年5月9日時点でも同活性値は373IU/リットルであった。同人は,1年2か月以上にわたり医療行為を施されたが,意識の戻らないまま,平成8年6月11日に死亡した。
C50医師らは,治療を担当した医師のカルテ及び解剖所見を総合し,①平成7年3月20日の時点の状態からB30は有機リン系毒物の中毒で心肺停止と意識障害を来し,その後,医師が何度かレスピレーターからの離脱を図ろうとしたができなかったものである,②このような遷延的に継続する意識障害に対しては,気管切開,中心静脈栄養,尿道内カテーテル挿入等の生存に不可欠な医療行為を施す必要があり,実際にB30に対して最大限の医療行為が施されている,③このような医療行為が長期にわたって施されると,不可避的に肺炎や尿路感染,静脈注射部位からの細菌感染,褥瘡からの細菌感染などを合併し敗血症で死亡することが多いが,B30の解剖所見として,心内膜炎,腎臓及び心筋内の微小膿瘍並びに脾炎の存在が認められ,これらは医療行為に不可避的に合併して死亡の数箇月以内に形成されたものであり,同人は敗血症により死亡したものである,④末梢神経において,座骨神経では有髄線維は比較的よく保たれているのに対し,腓腹神経では有髄線維,無髄線維とも変性脱落し,特に大径有髄線維がより強く脱落しているが,これらの所見は,逆行性死滅型の軸索末梢神経障害に一致し,有機リン剤による神経炎の所見としても矛盾しない,⑤1か月以上たってもコリンエステラーゼ活性値が回復していない状況では当該毒物はカーバメイト製剤ではあり得ないなどと判断した上で,B30は,平成7年3月20日の時点で有機リン系毒物中毒の状態となって意識障害,呼吸停止,低酸素脳症を来し,それに対する1年以上にわたる生存に不可欠な医療行為が施された結果,その医療行為に不可避的な合併症として細菌感染から細菌性心内膜炎を起こし,最終的には敗血症で死亡したものである旨の鑑定判断をした。
[A甲72,90,12015,12032,D16,C50]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B30は,日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒に起因する敗血症によって死亡したものと認められる。
(3)ア これに対し,弁護人は,A甲12032(C50ら作成の鑑定書)について,①C50医師ら自身が鑑定をしていない疑いがある,②カルテ等の写しが添付されておらず鑑定の客観性が担保されていない,③B30はE29病院に転院直後の平成8年2月4日に心停止の状態が生じ,これが死亡につながる直接の契機となったものであるから,これにより因果関係が中断されている,④所見が軸索末梢神経障害に一致すると言えるのか疑問であるなどとして同鑑定書の内容は信用することができない旨主張する。
イ しかしながら,関係証拠によれば,①鑑定の中には神経内科の知見に委ねた部分もあるが,鑑定内容の信用性を左右するものではなく,②カルテ等の写しは添付されていないが,その内容は弁護人のカルテに基づく反対尋問により公判供述に詳細に現れている上C50医師のカルテ等の検討結果に誤りがあるとは言えず,③B30の転院後の心停止が死亡に影響を与えた可能性は否定し切れないが,だからといって因果関係の中断があるとは言えず,④所見が軸索末梢神経障害に一致する旨の同医師の判断に疑問があるとは言えないのであって,C50医師らの上記の鑑定手法,判断過程及び判断内容に格別の不合理ないし誤った点があるとは認められない。この点に関する弁護人の上記主張は採用することができない。
9 B31について
(1) B31は,普段,z2で仕事をするために自宅の最寄り駅である恵比寿駅から日比谷線を利用していた。同人は,平成7年3月20日朝も,仕事に行くため日比谷線恵比寿駅で電車(B711T電車の可能性が高い。)に乗車したが,神谷町駅で降車を余儀なくされ,午前8時43分ころ,既に死亡した状態で,救急隊員らにより同駅の地上出入口に運ばれ,同所から救急車でE25病院に搬送された。
C48医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたB31の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は29IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リットル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1以下U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0U/ミリリットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.3U/ミリリットル(同正常値は4.1~8.5U/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエステラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・循環障害を引き起こしたことによるものとし,冠動脈の一部に70%の内腔狭窄を伴う動脈硬化症が見られるなど加齢に伴う全身動脈硬化症が認められるが,急激な呼吸循環障害を起こす直接の原因としては冠動脈硬化症などより重症のコリンエステラーゼ障害のほうが寄与度が大きいこと,アルブミンが低値であるがこれは主として加齢性変化による肝機能低下によるものと推察され,直ちに死因となり得る所見ではないこと,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことなどから,死因はコリンエステラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
[A甲72,81,11943,C55,C48]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B31は,恵比寿駅から日比谷線B711T電車に乗車し,同電車内又は神谷町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
10 B32について
(1) B32は,普段,自宅の最寄り駅から総武線快速を利用し東京駅で丸ノ内線に乗り換えて新宿三丁目駅まで行き,同駅で都営新宿線に乗り換えるなどして職場のあるa3まで通っていた。同人は,平成7年3月20日朝も,職場に向かうため東京駅で丸ノ内線A777電車に乗車したが,新宿三丁目駅で降車することなく,午前8時25分ころ中野坂上駅に到着後,救助され,同駅から救急車でE22病院に搬送されたが,同月21日午前6時35分ころ,同病院で死亡した。
C48医師らの鑑定によれば,同日に採取されたB32の心臓内血液中の血清コリンエステラーゼ値は142IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リットル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.3U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0U/ミリリットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は3.2U/ミリリットル(同正常値は4.1~8.5U/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
同医師らは,遺体の主要臓器において全体に強いうっ血が見られたことから,死亡の直前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエステラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・循環障害を引き起こしたことによるものとし,なお,総蛋白等の低値は過去の胃切除による消化管からの栄養摂取障害によるものと考えられること,癌胎児抗原の高値については,癌などの悪性腫瘍が増殖している形跡は認められず死因となり得る異常が生じていたとは考えられないこと,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことなどから,死因はコリンエステラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
[A甲72,82,83,11945,B42,C48]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B32は,東京駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内又は中野坂上駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
11 B33について
(1) B33は,千代田線霞ヶ関駅の駅務助役を務めていたが,平成7年3月20日午前8時12分ころ同駅に到着した千代田線A725K電車の第1車両内にあった新聞包み④をホーム上に出し同車両内に流れ出ていたサリン混合液を新聞紙でふき,これらを片付けるなどして意識を失い,E30病院に搬送された。その時点において,同人には著名な縮瞳が認められた。同人は,午前9時23分ころ,同病院で死亡した。
C50医師らの鑑定によれば,同月21日の解剖時に採取されたB33の脳組織(前頭葉皮質部分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は20.3mU/g(同医師らの計測による正常値は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチルコリンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出された。また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。
同医師らは,解剖所見では急死の所見が認められるのみであり,冠動脈硬化症及び心筋内における軽度の陳旧性心筋梗塞像が認められるがこれらは死因となり得る程度のものではなく,他に内因死を考えなければならない所見も認められないことや,上記の検査成績や検出結果等を総合した上で,B33の死因はサリン中毒死である旨の鑑定をした。
なお,科警研C20技官らの鑑定において,B33の解剖時に採取された心臓血中の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.94U/ミリリットルであり,赤血球に係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.11U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。
[A甲85,11995,12007,C42,B44,D17,C20,C50]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B33は,千代田線霞ヶ関駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
12 B34について
(1) B34は,千代田線霞ヶ関駅の乗務助役を務めていたが,平成7年3月20日午前8時12分ころ同駅に到着した千代田線A725K電車の第1車両内に流れ出ていたサリン溶液をふき取った新聞紙や新聞包み④等を片付けるなどして意識を失い,救急車でE26病院に搬送された。その時点において,同人の血液中のコリンエステラーゼ活性の低下と著名な縮瞳が認められた。同人は,同病院でパムの投与などの治療を受け,血液中のコリンエステラーゼ活性値は正常値に回復したものの,同月21日午前4時46分ころ,同病院で死亡した。
C50医師らの鑑定によれば,同日の解剖時に採取されたB34の脳組織(前頭葉皮質部分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は17.2mU/g(C50医師らの計測による正常値は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチルコリンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出された。また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。
同医師らは,解剖所見では急死の所見が認められるのみであり,極めて軽度の陳旧性心筋梗塞巣及び脂肪肝が認められるがこれらはいずれも死因となり得る程度のものではなく,他に内因死を考えなければならない所見も認められないことや,上記の検査成績や検出結果等を総合した上で,B34の死因はサリン中毒死である旨の鑑定をした。
[A甲72,86,12009,C42,B44,D18,C50]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B34は,千代田線霞ヶ関駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
13 B35について
(1) B35は,普段自宅から神谷町駅が最寄り駅である会社に通勤するため,JR総武線等で秋葉原駅まで行き,同駅で日比谷線に乗り換え神谷町駅で下車していた。同人は,平成7年3月20日朝も,会社に出勤途中,秋葉原駅で日比谷線の電車(A720S電車に乗った可能性が高い。)に乗車したが,築地駅で倒れていたところを救護され,午前9時5分ころ,救急車でE38病院に搬送された。同病院搬入時においては,同人は昏睡状態で,全身を強直させるようなけいれんをし,瞳孔は1.5㎜と縮瞳し,分泌物が非常に多い状態であった。午後には同人の血液中のコリンエステラーゼ値が0.06(同病院での計測による正常値は0.6~1.1)と異常に低い値であることが確認されたが,同人に硫酸アトロピンやパムが投与された結果,その数値は正常値に近いところまで回復した。
同人の治療をしたC56医師は,臨床症状等から,B35は,有機リン系の毒物による中毒症である旨の診断をした。
[A甲94,12023,C56]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B35は,秋葉原駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
14 B36について
(1) 関係証拠(A甲12034,12059,12060,12075,C30,D19等)によれば,次の事実が認められる。
ア B36は,平成7年3月20日当時,東京都足立区b3に居住し,同所から川崎市c3にある会社まで通勤していた。そのような通勤の場合,東武伊勢崎線の自宅最寄り駅から電車に乗り,北千住駅から日比谷線を利用して中目黒駅まで行き,同駅で東急東横線に乗り換えて勤務先会社の最寄り駅である武蔵小杉駅まで行くという経路ないし方法を選択するのが最も合理的であり,同人は,同日もその経路ないし方法により会社に出勤しようとした可能性が高い。
イ D19は,乗車していた日比谷線電車が午前8時12分ころ小伝馬町駅に到着して運転中止となり,大勢の客が座り込んだり倒れ込んだりしていた同駅ホームで15分くらい待っていたが,運転再開の見込みがない旨の構内放送を聞いて地上に出ると,駅ホームと同様に座り込んだり倒れ込んだりしている人が多数いたが,自分も目が痛く,また,暗く感じ,のども痛み,せき込む状態で体の具合が悪かったので,近くの喫茶店で休むこととし,同駅から歩いて5分くらいのところにある喫茶店に入った。
ウ B36は,同日朝通勤途中,体の具合が悪くなったため,D19よりも前に,同喫茶店に入り休んでいたが,同店内で,腕がしびれて動かない,目が見えないなどと訴え,救急車を呼んでくれるよう助けを求めた。
D19は,これを聞いて,周囲の状況から救急車を呼んでもこないだろうからタクシーでB36を病院に連れて行こうと考え,B36の席に行き,B36が自力で立ち上がれない状態だったので肩を貸して店を出,タクシーを拾ってE39病院までB36を乗せていき,同病院で車いすを借りてB36を乗せ診察室まで連れていった。なお,D19は,タクシーに乗り込む際に,他の者からも具合が悪いので病院に連れていってくれと頼まれその者も乗せた。
エ D19は,同病院で,B36から,同人の勤務先の電話番号等の記載された名刺を渡され,会社に連絡してほしい旨頼まれたことから,同人の勤務先に電話を掛け,B36が小伝馬町駅の近くで具合が悪くなったのでE39病院に連れていった旨を連絡した。
その後,D19は,同病院の医師に,B36と同じ症状が出ているので診察を受けるよう言われて診察を受け,1日入院した。
オ B36は,同病院で診察を受け,点状の縮瞳が認められたため,精査加療を目的として午後1時ころ緊急入院した。B36は,入院時,縮瞳(径1㎜)しており,労作時の息切れ,軽度の頭痛,上肢のしびれや暗黒感などがあった。また,同人の血液中のコリンエステラーゼ値は47U/リットル(同病院での計測による正常値は181~440U/リットル)と低値であったが,パムの投与などにより,翌日には151U/リットル,同年4月5日には197U/リットルまで回復した。
B36の病状については,医師により,サリン中毒と診断された。
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B36は,小伝馬町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
15 B37について
(1) B37は,平成7年3月20日,通勤途中,北千住駅から日比谷線A720S電車の第3車両に乗車した。同人は,同車両内では,新聞包み①から流れ出た液体の近くに立っていたが,秋葉原駅に着いたときにその刺激臭を感じて息苦しくなり,人形町駅で下車してからは周囲が薄暗く見えるようになった。
同人は,会社に出勤した後,E39病院で診察を受け,ピンポイントの著名な縮瞳が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値が108U/リットル(同病院での計測による正常値は181~440U/リットル)と低下していたことから,サリン中毒と診断され,緊急入院した。同人は,入院後,硫酸アトロピンとパムの投与を受け,同月23日には,コリンエステラーゼ値が236U/リットルとなり,瞳孔も両眼共径2㎜と散瞳傾向が見られたため,退院した。
[A甲12036,12060,C30,B37]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B37は,北千住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
16 B38について
(1) B38は,平成7年3月20日,仕事の現場に向かう途中,中目黒駅から日比谷線B711T電車の第1車両に乗車した。同人は,同車両内では,新聞包み②の付近に立っており,そのにおいをかいだりしたが,神谷町の駅のホームに出たころ,目の前が暗くなるなどし,さらにその後頭がふらつくなどしたので,仕事の現場に到着した後,E40病院に行き診察を受け,ピンポイントの著名な縮瞳が見られたので入院した。血清中のコリンエステラーゼ値は880U/L(同病院での計測による正常値は1800~4000U/L)と低下していたが,硫酸アトロピンの投与を受けるなどして,退院した同月22日には同値は1160U/Lであった。同人は,医師からはサリン中毒である旨の診断を受けた。
[A甲12038,12061,C30,B38]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B38は,中目黒駅から日比谷線B711T電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
17 B39について
(1) B39は,平成7年3月20日,通勤途中,中目黒駅から日比谷線B711T電車の第1車両に乗車した。同人は,同車両内では,新聞包み②を左斜め前方に見る,同包みの向かい側の座席に座り,そのにおいを感じるなどしたが,神谷町の駅のホームに出たころ,視野が狭窄したようになり,頭痛がするなどし,さらに全身が震えてくるようになり,救急車でE41病院に搬送され,入院した。同人は,病院搬送時には,ピンポイントの著名な縮瞳,呼吸困難,徐脈が見られ,また,コリンエステラーゼ値は120と同病院での計測による正常値に比し著しく低下していた。同人は,硫酸アトロピンやパムの投与を受け,コリンエステラーゼ値は同月21日には401,同月24日には429と著しく改善し,同月28日退院した。なお,同人は,医師により,急性揮発性ガス中毒と診断された。
[A甲72,12040,12062,C30,B39]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B39は,中目黒駅から日比谷線B711T電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
18 B40について
(1) B40は,平成7年3月20日,最寄り駅が丸ノ内線新高円寺駅である会議の開かれる場所に行くため午前7時20分ころJR金町駅に到着し同駅から千代田線に入る電車に乗り,同線霞ヶ関駅で丸ノ内線電車(A777電車に乗った可能性が高い。)に乗り換えたが,途中の中野坂上駅で降車を余儀なくされ,意識がなく,呼吸や脈もないなどの状態で救護され,午前9時15分ころ,同駅から救急車で心肺蘇生法を施されながら昏睡状態でE35病院に搬送された。同人は,病院搬入時において,縮瞳(径1㎜)し,呼吸は弱く,脈拍もかろうじてふれる程度であった。また,血清中のコリンエステラーゼ値は0.14(同病院での計測による正常値は0.56~1.31),赤血球内のコリンエステラーゼ値は0.1未満(同病院での正常値は1.2~2.0)と異常に低い値であり,パムや硫酸アトロピンが投与され,循環動態は安定してきたが,意識状態の回復はなかった。血清中のコリ
ンエステラーゼ値は同月24日には1.12に,赤血球内のコリンエステラーゼ値はその後同年5月23日になって1.2になりそれぞれ回復したものの,意識障害を伴った脳障害等が残っている。B40の病状については,C57医師により,サリン中毒及び意識障害を伴った脳障害と診断された。
[A甲72,2998,2999,12021,12024,C57]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B40は,霞ヶ関駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内又は中野坂上駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
19 B41について
(1) B41は,平成7年3月20日,最寄り駅が新宿御苑駅である会社に出勤する途中,東京駅から丸ノ内線A777電車の第3車両に乗車したが,急に目の前が暗くなって新聞が読めなくなり,頭痛,めまい,吐き気,鼻水が出てきたため新宿御苑駅で降りて何とか会社にたどり着いた後,E22病院の救命科により同病院に搬送され,診察を受けたが,その際,ピンポイントの著名な縮瞳,歩行障害,運動障害が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値は0.56(同病院での計測による正常値は0.6~1.2)と低く,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,一時意識レベルが低下したが,縮瞳が改善するなどし,同月23日にはコリンエステラーゼ値は0.81に回復した。同人の病状については,医師により,サリン中毒と診断された。
[A甲12042,12063,C30,B41]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B41は,東京駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
20 B42について
(1) B42は,平成7年3月20日,同人の妻及びB32と共に,東京駅から丸ノ内線A777電車の第3車両に乗車し,妻と一緒に銀座駅で降車したが,周囲が異常に暗く見え,くしゃみや鼻水が出てきた。B42は,会社に到着したが,その後,目の痛みや頭痛も重なり,同日,眼科を受診した際,医師から縮瞳していると言われた。同人は,同月22日の時点でも,目の痛み,くしゃみ,鼻水,頭痛があり,体に力が入らない状態であったため,E42医院で診察を受け,医師に,サリン中毒と診断された。
[A甲12044,12046,12064,12065,B42]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B42は,東京駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
21 B43について
(1) B43は,平成7年3月20日,千代田線A725K電車の第1車両に乗車したが,国会議事堂前駅に到着した際,座席に倒れ込んでいるところを救助され,パトカーに乗せられ,B44と共にE43病院に搬送された。
B43は,同病院搬送時には,縮瞳(径1㎜)が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値も163(同病院での計測による正常値は300~700)と低値であったが,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,午後3時には367と正常値に回復した。
同人の病状は,医師により,急性薬物中毒(サリン)と診断された。
[A甲12048,12066,12076,B44]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B43は,千代田線A725K電車に乗車し,国会議事堂前駅に至る間の同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
22 B44について
(1) B44は,平成7年3月20日,大手町駅から千代田線A725K電車の第1車両に乗車したが,せきが出て止まらず視界がセピア色になり,流れ出たサリン混合液でぬれた床を踏んで座席のところに行き座り込んだ。同人は国会議事堂前駅に到着した後,ホームに出たが,せきや鼻水が激しくなっていたのでホームに座り込むなどした後,駅員に地上まで連れていってもらい,パトカーに乗り,B43と共にE43病院に搬送された。
B44は,同病院搬送時には,縮瞳(径1㎜)が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値も190(同病院での計測による正常値は300~700)と低値であったが,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,同月22日には308と正常値に回復した。
同人の病状は,医師により,急性薬物中毒(サリン)と診断された。
[A甲12050,12067,B44]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B44は,大手町駅から千代田線A725K電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
23 B45について
(1) B45は,平成7年3月20日,池袋駅から丸ノ内線のB701電車の折り返し電車であるA801電車の第2車両に乗車したが,本郷三丁目駅で駅員が新聞包み⑤を取り出すなどした際に,その異臭をかぎ,その後目の前が暗くなり,頭痛や吐き気がしてきたが,職場まで行った。
B45は,その後,E44病院で診察を受け,その際,縮瞳(径1.5㎜)が見られ,血しょう中のコリンエステラーゼ値も159(同病院での計測による正常値は230~470)と低値であったが,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,翌日には196まで回復した。
同人の病状は,医師により,急性薬物中毒(サリン)と診断された。
[A甲12052,12068,C30,B45]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B45は,池袋駅から丸ノ内線A801電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
24 B46について
(1) B46は,平成7年3月20日,池袋駅から丸ノ内線のB701電車の折り返し電車であるA801電車の第2車両に乗車したが,目がしょぼしょぼしたり,鼻水が出たりするようになり,本郷三丁目駅で駅員が新聞包み⑤を取り出すなどしたり,御茶ノ水駅で駅員が新聞包み⑤のあった辺りの液体でぬれた床をモップでふいたりするのを見ていたところ,次第にその症状が悪化し,さらに目の周りが暗く感じるようになるなどしたが,何とか職場までたどり着いた。
B46は,その後,E45病院で受診したが,その際,ピンホールの著名な縮瞳や低酸素血症が認められ,硫酸アトロピンの投与を受けるなどした。また,同人は,入院後翌日くらいまで,目の裏辺りから頭全般に強い痛みを感じた。同人の病状は,医師により,サリン中毒と診断された。
[A甲12054,12070,C30,B46]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B46は,池袋駅から丸ノ内線A801電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
25 B47について
(1) B47は,平成7年3月20日,池袋駅から丸ノ内線のB701電車の折り返し電車であるA801電車の第2車両に乗車し,新聞包み⑤の近くに立っていたが,異臭を感じた後,新聞の字が見づらくなり,その後目の前が暗くなった。同人は,会社に着き,同僚の見送りなどした後,会社の診療所で診察を受けたところ,縮瞳が認められ,酸素吸入を受け,その後E25病院に搬送され,硫酸アトロピンの投与等の治療を受けた。血清中のコリン
エステラーゼ値は,同月20日に84(同病院での計測による正常値は220~470),同月21日に99など低値を示した。
B47の病状は,医師により,サリン中毒と診断された。
[A甲12056,12071,C30,B47]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B47は,池袋駅から丸ノ内線A801電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
26 B48について
(1) B48は,平成7年3月20日,東京駅から丸ノ内線のB701電車の第5車両に乗車し,新聞包み⑤の近くの座席に座っていたが,鼻水が止まらずせき込むようになり,新大塚駅で下車した後は視界が暗くなり,頭が痛くなった。
同人は,会社に着いた後,E46病院に行って診察を受け,その際,縮瞳(径1㎜くらい)が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値も35ないし41(同病院での計測による正常値は100~240)と低値であったが,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,徐々に回復していった。
同人の病状は,C58医師により,急性サリン中毒と診断された。
[A甲12058,12072,C30,B48,C58]
(2) 上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B48は,東京駅から丸ノ内線B701電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
27 以上のとおり,上記の死亡被害者12人及び負傷被害者14人が実際にサリンに被ばくし,その結果サリン中毒(B30についてはサリン中毒に起因する敗血症)により死傷したことは明らかであるから,弁護人の主張2は採用することができない。
なお,弁護人は,地下鉄サリン事件の実行行為が殺人の実行行為であるといえるためには,大気中のサリンの量が人を殺すに足りる一定濃度以上存在し,あるいは,人が一定時間以上その場に留まっていることが必要であるが,その点の証明がなく,地下鉄サリン事件の実行行為が殺人の実行行為であることには疑問があるという趣旨の主張をしている。
しかしながら,前記認定のとおり,サリン中毒により死亡した被害者12人はサリンが流出し気化した電車内又は地下鉄駅構内においてサリンガスを吸入してサリン中毒により又はサリン中毒に起因する敗血症により死亡し,サリン中毒症の傷害を負った被害者14人も同様にサリンが流出し気化した電車内又は地下鉄駅構内においてサリンガスを吸入して縮瞳,コリンエステラーゼ値の低下をはじめ重いサリン中毒症の傷害を負ったものであり,本件サリン散布の各実行行為が,死亡被害者12人に対する関係はもとより負傷被害者14人に対する関係においても,人の死という結果発生の危険性のある行為として殺人の実行行為性を有することは明らかである。この点に関する弁護人の上記主張は採用することができない。
第3 弁護人の主張3(被告人の指示ないし共謀の有無)に対する判断
1 関係証拠によれば,判示犯行に至る経緯(ただし,2(1)のうち被告人が強制捜査を避けるためA28らに指示してアタッシュケース事件を起こしたこと,3(1)のうち被告人が食事会で教団施設に対する強制捜査を話題としたこと,3(2),3(3)のうち被告人の自作自演事件の実行指示が地下鉄サリン事件の実行計画を前提としていること,3(4),6(2),8,9,13(2),13(3)のうち被告人が地下鉄サリン事件で実行されたサリン散布方法を採用し,A6のA14に対する指示がその意を受けたものであること,14(2)のうち被告人が実行役にサリン散布の練習をさせることが必要と考え,A6にその旨指示したこと,14(3)(4)を除く。)及び判示罪となるべき事実(ただし,被告人の共謀を除く。)のほか,次の事実を認めることができる。
(1) A6は,地下鉄サリン事件の犯行後,A23,A25及びA26の3人がe1村の教団施設に帰ってきたので,平成7年3月20日午後5時ころ,その3名と共に第6サティアン1階の被告人の部屋に報告に行くと,被告人は,「科学技術省の者にやらせると結果が出るな。」「ポアは成功した。シヴァ大神,すべての真理勝者方も喜んでいる。」と言った。
A25が,「姿を見られてしまいました。」と言うと,被告人は,「変装していたんだろう。大丈夫だよ。見た人はいってるよ。」と答えた。A25は,「見た人はいってるよ。」という言葉について,A25のことを見た人がサリンにより死んでいるので心配することはないという意味だと思った。続いて,A23が「女子中学生に気付かれそうになって車両を換えました。サリンの袋はむき出しのまま置きました。」と報告すると,被告人は,「わしは,みんなのアストラル(潜在意識)をずっと見ていたんだよ。X2(A23)のアストラルが暗かったのでどうしたんだろうと思ったが,そういうことだったのか。」と言った。また,A23は,被告人から「X2が一番修行が進んだな。」と言われ,被告人がA23のことを悪いカルマを積むのを恐れていてマハーヤーナの救済にこだわっているようなことを以前言っていたので,そのような者がヴァジラヤーナの実践をしたのでほめてくれたのだと思った。
そして,被告人は,3名に対し,「偉大なるグル,シヴァ大神,すべての真理勝者方にポアしてもらってよかったね。」というマントラを1万回唱えるように言った。
(2) A7,A53及びA20は,地下鉄サリン事件の犯行後,e1村の教団施設に帰り,第6サティアン1階の被告人の部屋に報告に行き,各自ホーリーネームを名乗ると,被告人は,「今回はご苦労だったな。」と答えた。A7が,「ニュースで,死者が出ています。」と言うと,被告人は,「そうか。」と言って,大きく深くうなずいた。被告人は,「帰りがずいぶん遅かったじゃないか。」と言うので,A20が「今回使った衣類などを焼却していて遅くなりました。A28も焼却に加わっていたんですけれども,八王子で別れて,A28は東京に戻りました。」と報告した。
被告人は,「これはポアだからな,分かるな。」と言い,続いて「これから君たちは瞑想しなければいけない。『グルとシヴァ大神とすべての真理勝者方の祝福によって,ポアされてよかったね。』のマントラを1万回唱えなさい。これによって君たちの功徳になるから。」と言った。
(3) A33は,同日午後9時ころ,e1村の教団施設に戻り,同日午後10時ころないし午後11時ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,被告人に対し,名前を名乗って「今戻りました。やってきました。」と報告すると,被告人は,「そうか。」と言ってうなずき,続いて,A6の指示に従って治療棟の地下にフッ化ナトリウム等を隠すよう指示し,さらに,「シヴァ大神とすべての真理勝者方にポアされてよかったね。」とのマントラを1000回唱えるように言った。
2(1) ところで,判示犯行に至る経緯に係る事実のうち,①犯行に至る経緯2(1)のうち被告人の指示によりA28が地下鉄霞ヶ関駅構内にボツリヌストキシン様の液体を噴霧したこと,②犯行に至る経緯3(1)のうち被告人が食事会の際教団施設に対する強制捜査について話していた内容,③犯行に至る経緯3(2)のリムジン内における地下鉄サリン事件に関する被告人らの会話の内容,④犯行に至る経緯9のA6及びA28が運転手役の人選や実行役との組合せについて被告人に指示を仰ぎにいった際の被告人とA6及びA28の話の内容,⑤犯行に至る経緯14(3)(4)のA28が平成7年3月20日午前2時ころe1村の教団施設に戻った際の被告人とA6及びA28の話の内容や,被告人がサリンを修法した際の状況について,A28が,公判において,判示認定に沿う供述(以下「本件A28証言」という。)をしているほか,⑥犯行に至る経緯3(2)のうちリムジン内での被告人とA19の会話の内容,⑦犯行に至る経緯6(2)の同月18日午後11時ころ被告人がA19に話した内容,⑧犯行に至る経緯8の同月19日正午前ころ被告人やA6がA19に話した内容,⑨犯行に至る経緯13(2)の同日午後10時30分ころの被告人とA19との会話の内容について,A19が,公判において,判示認定に沿う供述(以下「本件A19証言」という。)をしているが,本件A28証言及び本件A19証言の信用性は優にこれを認めることができる。その理由は次のとおりである。
(2) これまでみてきたとおり,被告人は,国家権力を倒しオウム国家を建設して自らその王となり日本を支配するという野望を抱き,多数の自動小銃の製造や首都を壊滅するために散布するサリンを大量に生成するサリンプラントの早期完成を企てるなど教団の武装化を推進してきたものであるが,このような被告人が最も恐れるのは,教団の武装化が完成する前に,教団施設に対する強制捜査が行われることであり,平成7年に入り,e1村の土壌からサリンの残留物が検出された旨の新聞報道がされ,さらに,被告人がA28らに実行させたB22事件がその事件直後から教団の犯行と疑われ,同事件に使用された車両から事件関係者のものとみられる指紋も検出された旨の新聞報道がされるに至っては,現実味を増した教団施設に対する大規模な強制捜査を阻止することが教団を存続発展させ,被告人の野望を果たす上で最重要かつ緊急の課題であったことは容易に推認されるのであって,阪神大震災が発生したため間近と思われた教団施設に対する強制捜査が立ち消えになった旨認識し,かつ,東京にサリン70tを散布することまでも考えこれまでも松本サリン事件等の実行を指示してきた被告人が,阪神大震災に匹敵する大惨事を人為的に引き起こすことをもくろむことなく,教団に対する世間の同情を引くためだけの自作自演事件だけをA28らに指示するということは考え難い。また,教団施設でサリンの生成に取り掛かった後に強制捜査があった場合,あるいは,地下鉄サリン事件が失敗しそれが教団による犯行であることが発覚した場合には教団は多大な打撃を受けるに至るのであり,そのような教団の存続にかかわる重大な事柄について,被告人の弟子であるA6やA28らが,グルである被告人に無断で事を進めることもまた考えられない。
その意味で,本件A28証言及び本件A19証言は,このような当時の被告人を取り巻く教団における内部事情をよく説明し得ている上,前記1の認定に係る犯行に至る経緯に係る事実ともよく整合し,のみならず,相互に符合し,互いにその信用性を補強し合っている。
(3) また,本件A28証言及び本件A19証言は,前記1(1)ないし(3)で認定した,地下鉄サリン事件の犯行後,実行役5名及び運転手役2名が被告人に同犯行について報告した際の,被告人と実行役及び運転手役との会話の内容ともよく整合している。
弁護人は,この点について,弟子たちが勝手に行ったとはいえ,生じた被害に驚いている弟子たちもいたことから,教祖として慰めの言葉を掛けたにすぎず,そのこと自体が被告人の共謀及び殺意を認定する根拠とはならない旨主張する。
しかしながら,「科学技術省の者にやらせると結果が出るな。」「これはポアだからな,分かるな。」などをはじめ,前記認定に係る,被告人が実行役らにした話の内容は,到底弟子たちが被告人に無断で地下鉄サリン事件の犯行に及んだ際のものとはいえないというべきであり,弁護人の上記主張は採用することができない。
(4)ア A28は,平成7年5月から同年6月にかけての捜査段階では,被告人とはグルと弟子の関係にあり9年間くらい被告人を信仰していたことから,被告人が出てくる場面については一切供述せず,それ以外の差し障りのないことについては供述していたが,同年10月ころ,被告人のB18事件に関する供述調書で弟子が勝手にやった趣旨の供述がされている旨の新聞報道に接し,被告人への信仰が揺らぎ始め,検察官に対し,リムジン車内での話の概要だけ供述し,その後,気持ちの整理をした上で,被告人の面前で本件A28証言をし,しかも,被告人の不規則発言にもその供述内容は動揺しなかったものであり,このような事情等に照らすと,A28が,地下鉄サリン事件について被告人の指示がないのに被告人から種々の指示が出された旨のうその供述をあえてしたものとは認め難い。
イ ところで,関係証拠に照らすと,A28は,地下鉄サリン事件の犯行において東京における現場指揮者というA6に次ぐ重要な立場にあったにもかかわらず,公判では,地下鉄サリン事件の実行については,A6が総指揮を執り,A28は自動車を手配したり,実行役と運転手役の組合せをQに伝えたりするなどの手伝いをしたにすぎず,むしろ,自分は自作自演事件を主に担当していたという趣旨の供述をするなど,自己の刑事責任を軽減させるために既に死亡しているA6や逃亡中であったA53に一部責任を転嫁し,自己の役割をわい小化する不自然不合理な供述をしている。しかしながら,自己の刑責を軽減させるために死亡した者や逃亡中の者に一部責任を転嫁する供述がみられることから直ちに,長い間グルとして信仰してきた被告人の面前で供述した,地下鉄サリン事件に被告人が関与している旨の本件A28証言の信用性が左右されるものではなく,その信用性が高いことはこれまで説示してきた理由から明らかというべきである。
ウ なお,弁護人は,A28の公判供述の信用性が認められない理由として,地下鉄サリン事件で使用されたサリンの生成原料となったジフロについて,A28は,公判で,平成7年1月初めころ,A14から隠しておいてくれと言われてVXを預かり,その際A14からサリンの材料を一部どこかに隠したことを聞いたが,そのとき,ジフロは預かっていない旨供述するところ,その供述は,A6が発見したジフロをA6の提案でA28に預けたというA14のジフロに関する公判供述に照らし,信用することができないことを挙げる。
しかしながら,A14は,捜査段階で検察官に対し,A28の上記公判供述に符合し,判示犯行に至る経緯1(2)のA14がジフロを隠匿保管した事実に沿う供述をしており,その検察官調書における信用性が高いことはB6サリン事件等における当裁判所の判断の中で説示したとおりであること,A14は,公判で,地下鉄サリン事件について,捜査段階の供述と異なり,A6から地下鉄内でサリンを使うという話は聞いていない,サリンを生成するのはすぐに使うためではなく保存しておくためであると思ったなどと自己の刑事責任を軽減させるための不自然不合理な供述をしていること,A19が,公判で,「A14から今回のサリン生成の原料となったジフロの由来について,A14がX1棟にあったジフロを1本持ち出して取っておいた旨を聞いた。その話の内容からして,ジフロを隠したことにはA6がかかわっていない。」旨供述していること,A28がジフロを保管していたならば,A6がジフロをA28から預かりA14に渡してA19のもとに届けさせるのは迂遠であり,むしろ,A6がA14をしてA19のもとにジフロを届けさせたのは,A14がジフロを隠匿保管していた証左であるといえることなどに照らすと,A14のジフロに関する公判供述は信用することはできず,A28のジフロに関する公判供述の信用性は高いというべきであるから,弁護人の上記主張は採用することができない。
(5) 次に,関係証拠に照らすと,A19も,A28と同様に,公判で,自己の刑事責任を軽減させるために,サリンの生成に関しその責任の一部をA14やA24に転嫁することになるうその供述をし,あるいは,サリン生成について被告人の指示した内容の理解等について不自然不合理な供述をしている。
しかしながら,本件A19証言の信用性が高いことはこれまで説示してきたとおりである上,A19は,公判で,A14がジフロを隠匿保管していたことについて被告人はある時期までは知らなかったはずであるなどと被告人に有利な事情についても供述しており,グルであった被告人の面前で,被告人がサリン生成にかかわる指示をしていないにもかかわらず,そのような指示があったといううその供述をしたことをうかがわせる事情は見出すことができない。したがって,A19が上記のとおりサリン生成に関し自己の刑責を軽減させるために一部うその供述をしているからといって,直ちに,サリン生成に関する被告人の指示等に関して供述した本件A19証言の信用性が左右されるわけではないというべきである。
3(1) 上記のとおり信用性の高い本件A28証言及び本件A19証言その他関係証拠を総合すると,判示犯行に至る経緯3(2)ないし(4)のとおり,被告人は,e1村の教団施設に向かうリムジン車内において,A6,A19及びA28との間で,地下鉄電車内にサリンを散布する無差別殺りくについてその共謀を遂げ,その後,A6又はA19を介して,地下鉄電車内に散布するサリンの生成に関する被告人の指示がA14及びA24に伝えられ,また,A6又はA28を介して地下鉄電車内にサリンを散布する旨の被告人の指示が実行役5名及び運転手役5名に伝えられ,これら12名との間でも地下鉄電車内にサリンを散布する無差別殺りくについて共謀が成立したことは明らかである。
(2) なお,弁護人は,リムジン車内では地下鉄電車内にサリンを散布することはまだ決定していなかった旨のA28の公判供述を根拠として,被告人が同席していたリムジン車内においては,地下鉄サリン事件の実行については何ら決定されていないから,同車内において地下鉄サリン事件の共謀は成立していない旨主張する。
しかしながら,リムジン車内においては,教団施設に対する強制捜査を阻止するという犯行の目的,地下鉄電車内にサリンを散布するという犯行の方法,犯行の指揮はA6及びA28が,サリンの生成はA19が,サリン散布の実行はA53,A25,A23,A33及びA26がそれぞれ務めるという犯行の役割分担など犯行の重要部分が決定されているほか,このリムジン謀議の後地下鉄サリン事件の実行に至るまでの被告人のA6,A28及びA19に対する種々の指示内容や,実際にリムジン車内で決められたとおりに犯行の準備がされ実行されたことなどに照らすと,リムジン車内において,被告人とA6,A28及びA19の間で,地下鉄電車内にサリンを散布する無差別殺くについて共謀が成立していたことは明らかである。
したがって,A28の上記供述は信用することができず,弁護人の上記主張は採用することができない。
1 以上のとおりであるから,被告人には地下鉄サリン事件に係る殺人の共謀が存しない旨の弁護人の主張3は採用することができない。
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利用者:AntiquatedMan2025/夏目漱石
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<span class="rubric">詠隊</span> 「アミン」
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<p class="rubric">次ギテ高聲ニシテ曰ク、</p>
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<span class="rubric">詠隊</span> 「アミン」
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第89章 司教バシレイオス
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*ウィキソースによる日本語訳
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2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第89章==
<< 司教バシレイオス >>
アンキュラの司教バシレイオス<ref>アンキュラの司教 336–344年、353–60年、361–3年。</ref>は医師<ref>医師の つまり T? といくつかの版。ほとんどの写本では(gnarus)が省略されているが、翻訳ではそれを補う必要がある。</ref>であり、『マルケロス駁論』や処女性(貞潔)およびその他の事柄に関する書物を著し、コンスタンティウス帝の治世にはセバステのエウスタティオスと共にマケドニオス派の指導者を務めた。
==脚注==
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:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第89章 司教バシレイオス#第89章|先頭に戻る]]
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Theodorus the bishop|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Theodorus the bishop]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第90章==
<< 司教テオドロス >>
トラキアのヘラクレアの司教テオドロス<ref>司教就任335年、没年355年?</ref>は、コンスタンティウス帝の治世に『マタイの福音書』と『ヨハネの福音書』、『書簡』、『詩篇』の注釈書を出版した。これらは洗練された明快な文体で書かれており、優れた歴史的感覚を示している。
==脚注==
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:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第90章 司教テオドロス#第90章|先頭に戻る]]
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Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Theodorus the bishop]] を翻訳
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第92章 司教トリフィリウス
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Triphylius the bishop|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Triphylius the bishop]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:キリスト教の歴史]]
[[Category:教父]]
[[Category:ヒエロニムス]]
[[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]]
}}
2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第92章==
<< 司教トリフィリウス >>
キプロスのレドラまたはレウコテオン<ref>Leucotheon = Leuteon.</ref>の司教であったトリフィリウス<ref>司教 344年、370年頃死去。</ref>は、同時代で最も雄弁な人物であり、コンスタンティウス帝の治世中に名を馳せた。私は彼の『雅歌』の注釈を読んだことがある。彼は他にも多くの著作を残したと言われているが、いずれも現存していない。
==脚注==
{{Reflist}}
:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第92章 司教トリフィリウス#第92章|先頭に戻る]]
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Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Triphylius the bishop]] を翻訳
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Page:NDL1172327 国訳大蔵経 - 昭和新纂 宗典部 第8巻 part2.pdf/36
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2026-04-27T22:44:42Z
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text/x-wiki
<noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>觀音勢至、五五の菩薩<br/>
無數の聖衆、六方の恒沙<br/>
證誠の諸佛、晝夜六時に<br/>
相續して間なく、影の形に隨ふが如く<br/>
暫も離るる時無く、慈悲護念したまはん<br/>
心をして亂れざらしめば、橫病を受けず<br/>
橫死に遇はず、身に苦痛なし<br/>
心錯亂せず、身心安樂にして<br/>
禪定に入るが如し、命を斷てば須臾にして<br/>
聖衆來迎す、佛の願力に乘じて<br/>
極樂に往生せん<br/>
<br/>
時衆制誡<br/>
<br/>
專ら神明の威を仰ぎて、本地の德を輕ずること莫れ。<br/>
專ら佛法僧を念じて、感應の力を忘ずること莫れ。<br/>
專ら稱名の行を修して、餘の雜行を勤むること莫れ。<br/>
專ら所愛の法を信じて、他人の法を破すること莫れ。<br/>
專ら平等の心を起して、差別の思を作すこと莫れ。<br/>
專ら慈悲の心を發して、他人の愁を忘ずること莫れ。<br/>
專ら柔和の面を備へて、瞋恚の相を現ずること莫れ。<br/>
專ら卑下の觀に住して、驕慢の心を發すこと莫れ。<br/>
專ら不淨の源を觀じて、愛執の心を起すこと莫れ。<br/>
專ら無常の理を觀じて、貪欲の心を發すこと莫れ。<br/>
專ら自身の過を制して、他人の非を謗ずること莫れ。<br/>
專ら化他の門に遊んで、自利の行を怠こと莫れ。<br/>
專ら三惡道を恐れて、犯罪の業を恣にすること莫れ。<br/>
專ら安養の樂を願じて、三途の苦を忘ずること莫れ。<br/>
專ら往生の想に住して、稱名の行を怠ること莫れ。<br/>
專ら西方を持念して、心を九域に分つこと莫れ。<br/>
專ら菩提の行を修して、遊戲の友に交はこと莫れ。<br/>
專ら知識の教を守りて、我意を恣任すること莫れ。<br/>
我が遺弟等末代に至りて、須く此旨を守るべし。努力て怠こと勿れ、三業の行體なり。<br/>
南無阿彌陀佛 一遍<br/>
<br/><noinclude></noinclude>
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第113章 司教エウゾイオス
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村田ラジオ
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Euzoius the bishop|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Euzoius the bishop]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:キリスト教の歴史]]
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[[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]]
}}
2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第113章==
<< 司教エウゾイオス >>
エウゾイオス<ref>379年頃に告発された。</ref>は、若い頃、ナジアンザンの司教グレゴリウスと共に、カイサリアで修辞学者テスペシウスに師事し、後に同市の司教となった際には、オリゲネスとパンフィロスが収集した、すでに被害を受けていた図書館の復元に多大な努力を払った。最終的に、テオドシウス帝の治世に、彼は教会から追放された。彼の著作は数多く流通しており、容易に目にすることができる。
==脚注==
{{Reflist}}
:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第113章 司教エウゾイオス#第113章|先頭に戻る]]
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第114章 司教エピファニオス
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村田ラジオ
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Epiphanius the bishop|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Epiphanius the bishop]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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}}
2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第114章==
<< 司教エピファニオス >>
キプロスのサラミス(Salamina) の司教エピファニオス<ref>310年頃生まれ、368~369年頃に司教となり、403年に死去。</ref>は、『あらゆる異端に対する反駁』をはじめとする多くの著作を著し、その内容の素晴らしさから学識ある人々に、また平易な言葉遣いから一般の人々にも熱心に読まれている。彼は今も存命で、極めて高齢でありながらも様々な短い著作を執筆している。
==脚注==
{{Reflist}}
:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第114章 司教エピファニオス#第114章|先頭に戻る]]
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第115章 輔祭エフレム
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2026-04-27T16:03:43Z
村田ラジオ
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*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]]
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2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第115章==
<< 輔祭エフレム >>
エフレム<ref>ニシビスのエフレム = エフレム・シルス、378年死去。</ref>はエデッサの教会の輔祭であり、シリア語で多くの著作を残し、その名声は高く、聖書朗読後に彼の著作が{{r|公|おおやけ}}に朗読される教会もあるほどである。
私はかつて、誰かがシリア語からギリシャ語に翻訳した彼の著書『聖霊について』を読んだことがあるが、翻訳版であっても、その卓越した才能の鋭い洞察力を感じ取ることができた。彼はヴァレンス帝の治世に亡くなった。。
==脚注==
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:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第115章 輔祭エフレム#第115章|先頭に戻る]]
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Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Ephrem the deacon]] を翻訳
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村田ラジオ
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校正
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Ephrem the deacon|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Ephrem the deacon]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:教父]]
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[[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]]
}}
2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第115章==
<< 輔祭エフレム >>
エフレム<ref>ニシビスのエフレム = エフレム・シルス、378年死去。</ref>はエデッサの教会の輔祭であり、シリア語で多くの著作を残し、その名声は高く、聖書朗読後に彼の著作が{{r|公|おおやけ}}に朗読される教会もあるほどである。
私はかつて、誰かがシリア語からギリシャ語に翻訳した彼の著書『聖霊について』を読んだことがあるが、翻訳版であっても、その卓越した才能の鋭い洞察力を感じ取ることができた。彼はヴァレンス帝の治世に亡くなった。
==脚注==
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:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第115章 輔祭エフレム#第115章|先頭に戻る]]
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第116章 バシレイオス、もう一人の司教
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村田ラジオ
14210
Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Basil another bishop]] を翻訳
241810
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Basil another bishop|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Basil another bishop]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:キリスト教]]
[[Category:キリスト教の歴史]]
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[[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]]
}}
2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第116章==
<< バシレイオス、もう一人の司教 >>
カッパドキアのカイサリア(かつてマザカと呼ばれていた都市)の司教バシレイオス<ref>大バシレイオス、329年生まれ、370年司教、379年没。</ref>は、『エウノミオス駁論』、『聖霊論』、天地創造の六日間に関する9つの説教、禁欲主義に関する著作、および様々な主題に関する短い論文など、見事に丁寧に書かれた書物を著した。彼はグラティアヌス帝の治世に亡くなった。
==脚注==
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:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第116章 バシレイオス、もう一人の司教#第116章|先頭に戻る]]
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第117章 グレゴリオス、もう一人の司教
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村田ラジオ
14210
Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Gregory another bishop]] を翻訳
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| title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Gregory another bishop|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Gregory another bishop]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:キリスト教の歴史]]
[[Category:教父]]
[[Category:ヒエロニムス]]
[[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]]
}}
2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第117章==
<< グレゴリオス、もう一人の司教 >>
ナジアンゾスの司教グレゴリオス<ref>グレゴリオス・ナジアンゼンは325年頃生まれ、373年に司教となり、389年に亡くなりました。</ref>は、非常に雄弁な人物であり、私の聖書の師でもあり、全3万行に及ぶ著作を著しました。その中には、『兄カエサリウスの死について』、『慈善について』、『マカバイ記の賛美』、『キプリアヌスの賛美』、『アタナシオスの賛美』、流刑から帰還した哲学者『マクシモスの賛美』などがあります。ただし、この『マクシモスの賛美』については、グレゴリオスによる別の著作で同じマクシモスを非難しているものもあるため、ヘロナという偽名で上書きする人もいます。これは、状況に応じて同じ人物を称賛したり非難したりしてはいけないという考え方です。彼の他の著作には、処女と結婚についての議論を収録した六歩格の書、エウノミオスに対する2巻の書、聖霊についての1冊の書、ユリアヌス帝に対する1巻の書があります。彼は話し方においてポレモンの追随者でした。彼は生前に後継者を司教に叙任した後、田舎に隠棲し、修道士としての生活を送り、3年以上前にテオドシウス帝の治世中に亡くなった。
==脚注==
{{Reflist}}
:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第117章 グレゴリオス、もう一人の司教#第117章|先頭に戻る]]
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Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Gregory another bishop]] を翻訳
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第118章 司教ルキウス
0
56266
241812
2026-04-27T17:19:36Z
村田ラジオ
14210
Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Lucius the bishop]] を翻訳
241812
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text/x-wiki
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| title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス
| section = 第118章 司教ルキウス
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Lucius the bishop|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Lucius the bishop]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:キリスト教]]
[[Category:キリスト教の歴史]]
[[Category:教父]]
[[Category:ヒエロニムス]]
[[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]]
}}
2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第118章==
<< 司教ルキウス >>
アタナシオスの後継者であるアリウス派の司教ルキウス<ref>ルキウスはサモサタの司教で、373年にアレクサンドリアに赴任したが、378年に罷免された。</ref>は、皇帝テオドシウスの時代までアレクサンドリア教会の司教職を務めたが、皇帝によって罷免された。彼の祝祭書簡、過越祭に関する書簡、および雑多な命題に関する短い著作がいくつか現存している。
==脚注==
{{Reflist}}
:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第118章 司教ルキウス#第118章|先頭に戻る]]
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Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Lucius the bishop]] を翻訳
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第91章 エウセビオス、もう一人の司教
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村田ラジオ
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ラテン語版 [[la:De viris illustribus (Hieronymus)]] の第91章を翻訳
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| section = 第91章 エウセビオス、もう一人の司教
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| next = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第92章 司教トリフィリウス|第92章 司教トリフィリウス]]
| year = 1885
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| notes =
*底本: Hieronymus, "[https://la.wikisource.org/wiki/De_viris_illustribus_(Hieronymus) la.wikisource.org/wiki/De_viris_illustribus_(Hieronymus)]". Caput XCI. (第91章は英文テキストが欠落しているためラテン語版から翻訳した。)
*ウィキソースによる日本語訳
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2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第91章==
<< エウセビオス、もう一人の司教 >>
エメサの司教エウセビオスは、優雅で修辞的な才能に恵まれ、数多くの著作を残した。これらの著作は民衆に広く親しまれ、歴史に関するものが多く、解釈を求める人々によって熱心に読まれている。中でも重要な著作は、『ユダヤ人と異邦人に対する反駁』、『ノヴァティアヌス派への反駁』、そしてガラテヤ人への10巻、さらに福音書に関する短いながらも多数の説教である。彼はコンスタンティウス帝の時代に活躍し、その治世下で亡くなり、アンティオキアに埋葬された。
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ラテン語版 [[la:De viris illustribus (Hieronymus)]] の第91章を翻訳
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第102章 司教ティトゥス
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村田ラジオ
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Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Titus the bishop]] を翻訳
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| title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス
| section = 第102章 司教ティトゥス
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Titus the bishop|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Titus the bishop]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第102章==
<< 司教ティトゥス >>
ボストラの司教ティトゥス<ref>361年に叙階され、371年に死去した。</ref>は、皇帝ユリアヌスとヨウィニアヌスの治世にマニ教徒に対する力強い著作やその他の著作を著した。彼はヴァレンスの治世に亡くなった。
==脚注==
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:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第102章 司教ティトゥス#第102章|トップに戻る]]
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Page:NDL1172327 国訳大蔵経 - 昭和新纂 宗典部 第8巻 part2.pdf/37
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2026-04-27T22:43:40Z
AntiquatedMan2025
44229
/* 未校正 */ ページの作成:「 道具祕釋<br/> <br/> 南無阿彌陀佛。一遍の弟子當に十二の道具を用ふるの意を信ずべし。<br/> 一 引入<br/> 南無阿彌陀佛。無量の生命名號の法器たるを信ずる心是れ即ち無量光佛の德なり。<br/> 一 箸筒<br/> 南無阿彌陀佛。無邊の功德衆生の心に入るを信ずる心是れ即ち無邊光佛の德なり。<br/> 一 阿彌衣<br/> 南無阿彌陀佛。善惡同じく攝…」
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text/x-wiki
<noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude> 道具祕釋<br/>
<br/>
南無阿彌陀佛。一遍の弟子當に十二の道具を用ふるの意を信ずべし。<br/>
一 引入<br/>
南無阿彌陀佛。無量の生命名號の法器たるを信ずる心是れ即ち無量光佛の德なり。<br/>
一 箸筒<br/>
南無阿彌陀佛。無邊の功德衆生の心に入るを信ずる心是れ即ち無邊光佛の德なり。<br/>
一 阿彌衣<br/>
南無阿彌陀佛。善惡同じく攝して彌陀の本願を信ずる心是れ即ち無礙光佛の德なり。<br/>
一 袈裟<br/>
南無阿彌陀佛。除苦惱法無對名號を信ずる心是れ即ち無對光佛の德なり。<br/>
一 帷<br/>
南無阿彌陀佛。火變じて風と成り化佛來迎を信ずる心是れ即ち炎王光佛の德なり。<br/>
一 手巾<br/>
南無阿彌陀佛。一念の彌陀は即ち多罪を滅すと信ずる心是れ即ち淸淨光佛の德なり。<br/>
一 帶<br/>
南無阿彌陀佛。廻光圍繞して行者の身を照すと信ずる心是れ即ち歡喜光佛の德なり。<br/>
一 紙衣<br/>
南無阿彌陀佛。行住坐臥念念臨終を信ずる心是れ即ち智慧光佛の德なり。<br/>
一 念珠<br/>
南無阿彌陀佛。畢命を期と爲し念念稱名を信ずる心是れ即ち不斷光佛の德なり。<br/>
一 衣<br/>
南無阿彌陀佛。此人人中の芬陀利華なるを信ずる心是れ即ち難思光佛の德なり。<br/>
一 足駄<br/>
南無阿彌陀佛。最下の凡夫最上の願に乘ずと信ずる心是れ即ち無稱光佛の德なり。<br/>
一 頭巾<br/>
南無阿彌陀佛。諸佛の密意諸教最頂を信ずる心是れ即ち超日月光佛の德なり。<br/>
本願名號の中、衆生信德有らば<br/>
衆生の信心の上に、十二光の德を顯る<br/>
他力不思議にして、凡夫は思量し難し。<br/>
仰いで彌陀の名を唱へて、十二光の益を蒙る<br/>
南無阿彌陀佛 一切衆生極樂に往生せん<br/>
弘安十年三月朔日 一遍<br/>
<br/><noinclude></noinclude>
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第103章 司教ダマスス
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2026-04-28T01:53:01Z
村田ラジオ
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Damasus the bishop|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Damasus the bishop]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第103章==
<< 司教ダマスス >>
ローマ司教ダマスス<ref>ダマスス教皇、380年没。</ref>は詩作の才能に恵まれ、英雄韻律による短い作品を数多く発表した。彼はテオドシウス帝の治世中に80歳近くで亡くなった。
==脚注==
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:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第103章 司教ダマスス#第103章|トップに戻る]]
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村田ラジオ
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Damasus the bishop|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Damasus the bishop]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:キリスト教の歴史]]
[[Category:教父]]
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[[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]]
}}
2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第103章==
<< 司教ダマスス >>
ローマ司教ダマスス<ref>ダマスス教皇、380年没。</ref>は詩作の才能に恵まれ、英雄韻律による短い作品を数多く発表した。彼はテオドシウス帝の治世中に80歳近くで亡くなった。
==脚注==
{{Reflist}}
:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第103章 司教ダマスス#第103章|トップに戻る]]
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第104章 司教アポリナリオス
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2026-04-28T02:26:15Z
村田ラジオ
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Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Apollinarius the bishop]] を翻訳
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Apollinarius the bishop|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Apollinarius the bishop]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第104章==
<< 司教アポリナリオス >>
シリアのラオディキアの司教アポリナリオス<ref>362年に司教となった小アポリナリオスは、390年頃に亡くなった。</ref>は、長老の息子で、若い頃から文法を熱心に研究し、その後、聖書に関する無数の著作を著し、テオドシウス帝の治世に亡くなった。彼の著作のうち、『ポルフィリオス駁論』は30巻現存しており、一般的に彼の最高傑作の一つとされている<ref>ブノワ・マトゥーグ (Benoit Matougues) の「一般的に真正と認められている」作品。</ref>。
==脚注==
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:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第104章 司教アポリナリオス#第104章|トップに戻る]]
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|巻号=第8卷 (文學論・文學評論)
|著者=夏目, 漱石, 1867-1916
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梅園簡易郵便局廃止 (昭和27年郵政省告示第88号)
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ページの作成:「{{Header |title=郵便局設置 |year=1952 |notes= * 昭和27年郵政省告示第88号 * 告示日:昭和27年4月2日 * 底本:{{NDLJP|2964122/1/7}} {{デフォルトソート:うめそのかんいゆうひんきよくはいし}} [[Category:昭和27年の郵政省告示]] }} ;◎郵政省告示第八十八号 [[簡易郵便局規則]](昭和二十四年郵政省令第七号)第六條の規定に基き、昭和二十七年三月二十二日限り次の…」
241831
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|title=郵便局設置
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* 昭和27年郵政省告示第88号
* 告示日:昭和27年4月2日
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[[Category:昭和27年の郵政省告示]]
}}
;◎郵政省告示第八十八号
[[簡易郵便局規則]](昭和二十四年郵政省令第七号)第六條の規定に基き、昭和二十七年三月二十二日限り次の簡易郵便局を廃止した。但し、その局で取り扱つた事務は下記郵便局が引きついだ。
::昭和二十七年四月二日
{{Right|郵政大臣 [[:w:佐藤栄作|佐藤 栄作]]|1em}}
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|- style="text-align:center;"
|名称
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|-
|梅園簡易郵便局
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|越生郵便局
|}
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第105章 司教グレゴリウス
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村田ラジオ
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Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Gregory the bishop]] を翻訳
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Gregory the bishop|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Gregory the bishop]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:キリスト教]]
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[[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]]
}}
2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第105章==
<< 司教グレゴリウス >>
バエティカのエルヴィラ<ref>Elvira, Eliberi または Grenada.</ref>の司教グレゴリウス<ref>グレゴリウス・バエティクス、エルビラの司教、359年~392年。</ref>は、極めて高齢になっても執筆活動を続け、平凡な言葉で様々な論文を著し、また『信仰について』という優雅な著作も残した。彼は今も生きていると言われている。
==脚注==
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:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第105章 司教グレゴリウス#第105章|トップに戻る]]
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第106章 司教パキアヌス
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村田ラジオ
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*ウィキソースによる日本語訳
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2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第106章==
<< 司教パキアヌス >>
ピレネー山脈のバルセロナの司教パキアヌス<ref>司教には360年頃に在位し、390年頃に死去した。</ref>は、清らかな雄弁家であり、その生涯と弁舌の両方で名を馳せ、さまざまな短編作品を執筆し、その中には『鹿』<ref>『鹿』、このタイトルは多くの憶測を生んできました。ファブリキウスの、1月1日に行われる特定の競技を指すという推測はヴァラルシによって疑問視されていますが、2つの写本に「1月1日の鹿[Cervulus]と他の異教の競技」と書かれていることから、実際には鋭い推測だったようです。</ref>や『ノヴァティアヌス派への反駁』などがあり、テオドシウス帝の治世に極めて高齢で亡くなった。
==脚注==
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:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第106章 司教パキアヌス#第106章|トップに戻る]]
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第107章 異端の指導者フォティノス
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*ウィキソースによる日本語訳
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2. ヒエロニムス
高名な人々について
————————————
==第107章==
<< 異端の指導者フォティノス >>
ガログラエキア出身のフォティノス<ref>347年頃に司教となり、351年に罷免され、376年頃に死去した。</ref>は、マルケロスの弟子であり、シルミウムの司教に叙任されたが、エビオン派の異端を導入しようと試み、その後、皇帝ヴァレンティニアヌスによって教会から追放された。彼は多くの著作を残し、その中でも最も有名なのは『諸国民に対する論駁』と『ヴァレンティニアヌスへの書簡』である。
==脚注==
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:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第107章 異端の指導者フォティノス#第107章|トップに戻る]]
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町村の廃置分合 (昭和27年総理府告示第54号)
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村の廃置分合 (昭和27年総理府告示第55号)
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市村の廃置分合 (昭和27年総理府告示第57号)
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[[地方自治法]]第七條第一項の規定により、昭和二十六年四月一日から、大分県大野郡野津町及び田野村を廃し、その区域をもつて野津町を置く旨、大分県知事から届出があつた。
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町村の廃置分合
[[地方自治法]]第七條第一項の規定により、昭和二十六年四月一日から、大分県速見郡中山香町、東山香町及び上村を廃し、その区域をもつて山香町を置く旨、大分県知事から届出があつた。
昭和二十七年三月七日
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内閣総理大臣 [[w:吉田茂|吉田 茂]]
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[[Category:昭和27年の総理府告示]]
[[カテゴリ:大分県]]
[[Category:市町村の廃置分合]]
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利用者:AntiquatedMan2025/日本歌學全書
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|著者=佐々木, 弘綱, 1828-1891 佐佐木, 信綱, 1872-1963
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/* 未校正 */ ページの作成:「古今和歌集 佐々木弘綱 男 信綱 標註 序文 やまと歌は人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世中にある人事わざしげき物なれば、心に思ふ事を、見る物きく物につけていひ出せるなり。花になく鶯、水にすむ蛙の聲をきけば、いきとしいけるもの、いづれか歌をよまざりける。力をもいれずして天地を動かし、目に見…」
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やまと歌は人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世中にある人事わざしげき物なれば、心に思ふ事を、見る物きく物につけていひ出せるなり。花になく鶯、水にすむ蛙の聲をきけば、いきとしいけるもの、いづれか歌をよまざりける。力をもいれずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の中をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは歌也。「この歌天地の聞けはじまりたる時より出きにけり。しかはあれども世に傳はる事は、久方のあめにしては、下照姫に始まり、<noinclude></noinclude>
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やまと歌は人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世中にある人事わざしげき物なれば、心に思ふ事を、見る物きく物につけていひ出せるなり。花になく鶯、水にすむ蛙の聲をきけば、いきとしいけるもの、いづれか歌をよまざりける。力をもいれずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の中をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは歌也。「この歌天地の聞けはじまりたる時より出きにけり。しかはあれども世に傳はる事は、久方のあめにしては、下照姫に始まり、<noinclude></noinclude>
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やまと歌は人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世中にある人事わざしげき物なれば、心に思ふ事を、見る物きく物につけていひ出せるなり。花になく鶯、水にすむ蛙の聲をきけば、いきとしいけるもの、いづれか歌をよまざりける。力をもいれずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の中をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは歌也。「この歌天地の聞けはじまりたる時より出きにけり。しかはあれども世に傳はる事は、久方のあめにしては、下照姫に始まり、<noinclude></noinclude>
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