Wikisource jawikisource https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8 MediaWiki 1.47.0-wmf.9 first-letter メディア 特別 トーク 利用者 利用者・トーク Wikisource Wikisource・トーク ファイル ファイル・トーク MediaWiki MediaWiki・トーク テンプレート テンプレート・トーク ヘルプ ヘルプ・トーク カテゴリ カテゴリ・トーク 作者 作者・トーク Page Page talk Index Index talk TimedText TimedText talk モジュール モジュール・トーク Event Event talk カテゴリ:漢詩 14 6228 244111 210529 2026-07-07T02:16:36Z Fish bowl 11761 [[Category:漢文]] 244111 wikitext text/x-wiki {{Plain sister|wikipedia=カテゴリ:{{PAGENAME}}}} {{-}} {{カテゴリ検索}} {{DEFAULTSORT:かんし}} [[Category:詩]] [[Category:中国の詩]] [[Category:漢文]] [[zh:Category:中国古代诗歌]] 9wvozz5a58avzgfcdebas7h9gxwnwl3 テンプレート:Underline 10 17369 244107 83026 2026-07-07T02:04:34Z Fish bowl 11761 縦横対応 244107 wikitext text/x-wiki <includeonly><span style="border-bottom: 1px solid; border-block-end: 1px solid; border-inline-end: 0;">{{{1}}}</span></includeonly><noinclude> == 使用方法 == 使用例 * <code><nowiki>{{underline|'''下線部'''}}</nowiki></code> 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{{header |title=埃及マカリイ全書 |section=エジプトマカリオスの大書簡 (現代語訳) |previous=[[埃及マカリイ全書/第五十講話|第五十講話]] |next= |year= |author= |override_author = |override_translator = 堀江 {{r|復|ふく}} ( -1914) |notes= <!--{{Textquality|25%}}--> *ウィキソースによる現代語訳 }} ==エジプトマカリオスの大書簡== {{Quotation|完全にして聖にせられたる人の為に{{r|要用|ようよう}}なるはたゞ{{r|自|みづ}}から{{r|神|かみ}}に{{r|居|を}}らんことのみならず、神も彼に{{r|居|を}}らんことなるは、{{r|汝|なんぢ}}が善智の{{r|明|あきらか}}に知る所なるべし、主のいひ給ふごとし、{{r|曰|いは}}く『我に{{r|居|を}}り、我も彼に{{r|居|を}}る』〔<u>イオアン</u>十五の五〕。されば神の人は神聖なる{{r|幕屋|まくや}}に居り、此の幕屋を至浄なる神性の聖なる山に建てざるべからず、これ暗黒なる{{r|情慾|じょうよく}}の{{r|力|ちから}}の占領するをゆるさゞる者の光栄を{{r|暁|さと}}るのみならず、{{r|其|その}}{{r|擁|よう}}する所とならんためなり。けだし適当なる者には{{r|其|その}}{{r|成聖|せいせい}}とその彼等に属する{{r|無|む}}{{r|慾|よく}}との為に救世主は住み給ふ、これ主の{{r|自|みづ}}から{{r|無|む}}{{r|慾|よく}}なる如く主をうけたる{{r|者|もの}}{{r|等|ら}}をも無慾なる者となして如何なる風にも{{r|最早|もはや}}{{r|動乱|どうらん}}{{r|漂漾|ひょうよう}}せられざる者となさん為なり。 しかれども{{r|或者|あるもの}}は{{r|自|みづ}}から<u>ハリストス</u>の{{r|機|き}}{{r|密|みつ}}に遠ざかるのみならず、『{{r|濁|にご}}れる{{r|敗壊|はいかい}}を以て{{r|其|その}}{{r|親友|しんゆう}}を{{r|誘|いざな}}ひ』〔[http://ibibles.net/quote.php?jco-hab/2:8-17 <u>アバクム</u>二の十五]〕『神を{{r|識|し}}るべきものゝ彼等に{{r|明|あきらか}}にあらはるる』にも{{r|拘|かか}}はらず、神の真理を不義の{{r|中|うち}}に隠さんとす。けだし『{{r|其|その}}{{r|思念|おもひ}}は{{r|虚|むな}}しくなり』{{r|其|その}}{{r|無智|むち}}の心は{{r|昧|くら}}みしにより〔{{二重線|ロマ}}一の十八至二十一〕。彼等は説を{{r|為|な}}していへり、{{r|恥|は}}づべき{{r|情慾|じょうよく}}は天性自然にして神より我等に付与せられたるものなりと、{{r|是|こ}}れ{{r|即|すなはち}}{{r|敗壊|はいかい}}の{{r|楽|たのし}}み、不正なる{{r|忿怒|いきどほり}}、神の為に発するに{{r|非|あら}}ざる不適当なる{{r|怒|いかり}}、及び{{r|凡|およ}}そ{{r|此|これ}}に類するものをいふなり。|[p.425]}} 《現代語訳》 [p.425] 完全で聖なる人となるためには、彼自身が神の内にいるだけでなく、神が彼の内にいることも必要であることを知りなさい。主はこう言われる。「彼が私の内にいれば、私も彼の内にいる」(ヨハネ15章5節)。神の人間は、神の幕屋に住み、この幕屋を最も純粋な神性の聖なる山に建てなければなりません。それは、情欲の暗い力が彼を支配することを許さない方の栄光を受け入れるだけでなく、その栄光に抱かれるためです。救い主は、ふさわしい人々の中に、聖性と生来の無執着のために住まわれるからです。それは、救い主がご自身が無執着であるように、彼を受け入れた人々をも無執着にし、もはや嵐に巻き込まれず、どんな風にも吹き飛ばされない者とするためです。 また、ある人々はキリストの奥義から遠く離れているだけでなく、「わざわいなるかな、その隣り人に怒りの杯を飲ませて、これを酔わせ、 彼らの隠し所を見ようとする者よ。」(ハバクク書 2章15節)、神の真理を偽りの中に含み、「彼らの中には、神の知恵が明らかに示されている」と言われています。なぜなら、「思いがむなしく」なり、愚かな心によって暗くなった(ローマ 1章18–21節)ため、彼らは、腐敗の快楽、不当な短気、神によらない下品な怒りなど、恥ずべき情欲が神によって私たちに生まれつき備わっているものだと言うからです。 {{Quotation|ゆゑに彼等と{{r|其|そ}}の{{r|言|い}}ふ所とは真理に{{r|違|たが}}ふものとしてこれを{{r|棄|す}}て、我等を造りし者を以て我等にあたへられたる自由自主の主権を{{r|承認|うけみと}}めん、善きことに進むも{{r|悪|あし}}きことを{{r|止|や}}むるも我等に{{r|係|かか}}らんためなり。けだし真実なる審判者は、もし{{r|自|みづ}}から情慾の造物主ならば、これに占領せらるゝ我等を{{r|罰|ばつ}}せざるべし。祈る{{r|此|この}}{{r|教|をしへ}}に離れ遠ざかりて、これを{{r|思|おもひ}}にも{{r|生|しょう}}ぜしめざらんことを。けだし{{r|此|こ}}の{{r|蒙昧|もうまい}}にして{{r|愚|おろか}}なる意見は、{{r|凡|およそ}}の敬虔なる{{r|裁|さい}}{{r|智|ち}}の為に{{r|忌|い}}み{{r|嫌|きら}}ふべきものとす。神は清くして{{r|最|いと}}{{r|美|うつく}}しき天地万物の造成者なることは、世界創造の際に{{r|聖神|せいしん}}の{{r|告|つ}}げ{{r|給|たま}}ひし如し、けだしいへり、『神は{{r|其|その}}造りたる{{r|諸|もろもろ}}の物を見たまへるに{{r|甚|はなは}}だ{{r|善|よ}}かりき』〔創世記一の三十一〕。されば<u>イエレミヤ</u>は{{r|恥|は}}づべき情慾のために{{r|哀|かなし}}み、かつ{{r|惑|まど}}ふていへり、『主の命じ給ふにあらずば、誰か事を述べんに、その事すなはち成らんや、{{r|禍|わざわい}}も{{r|福|さいわい}}も{{r|至|し}}{{r|高者|こうしゃ}}の口より{{r|出|い}}づるにあらずや』〔<u>イエレミヤ</u>哀歌三の三十六‐三十八〕。故に{{r|福音|ふくいん}}{{r|経|きょう}}に聡明なる天軍は主に{{r|問|と}}ふていへり、『主よ{{r|爾|なんぢ}}は{{r|美|よき}}{{r|種|たね}}を{{r|爾|なんぢ}}の{{r|田|た}}に{{r|撒|ま}}きたるに{{r|非|あら}}ずや、{{r|然|しか}}らば何に由りて{{傍点|style=open circle|此の}}{{r|稗|ひえ}}あるか』〔<u>マトフェイ</u>十三の二十七〕。[p.427]また他の所に救世主は{{r|自|みづ}}から彼等の事をいへり、『{{r|凡|およ}}そ我が天の父の{{r|植|うゑ}}ざりし植物は{{r|其|その}}{{r|根|ね}}{{r|絶|たや}}されん』と〔<u>マトフェイ</u>十五の十三〕。しかれどもすべて神の{{r|植|う}}ゑしものゝ{{r|美|び}}なることは、<u>ハリストス</u>これをいひ、<u>パウェル</u>もこれを{{r|証|しょう}}せり、曰く『{{r|蓋|けだし}}神の{{r|悉|ことごと}}くの造物は善なり』〔<u>テモフェイ</u>前四の四〕。故に知るべし我等の{{r|中|うち}}にかくるゝ情慾は本来我等に属するに非ずして、他に属するものなるを。けだし{{r|言|い}}ふあり、『我が{{r|隠|ひそか}}なる{{r|咎|とが}}より我を{{r|浄|きよ}}め{{r|給|たま}}へ、{{r|故|こ}}{{r|犯|はん}}より{{r|爾|なんぢ}}の{{r|僕|ぼく}}を{{r|止|とゞ}}めよ』〔[[第三「カフィズマ」#18:13|聖詠十八の十三、十四]]〕、またいふあり、『外人は{{r|起|た}}ちて我を{{r|攻|せ}}め、強き者は我が{{r|霊|たましい}}を{{r|覓|もと}}む』〔[[第七「カフィズマ」#53:5|同上五十三の五]]〕。またいふあり、『主よ我と{{r|争|あらそ}}ふ者と{{r|争|あらそ}}ひ、我と{{r|戦|たゝか}}ふ者と{{r|戦|たゝか}}ひ給へ』〔[[第五「カフィズマ」#34:1|同上三十四の一]]〕。それ此の{{傍点|style=open circle|{{r|隠|ひそか}}なるもの}}{{r|或|あるい}}は此の{{傍点|style=open circle|争ふ者}}{{r|或|あるい}}は{{傍点|style=open circle|戦ふ者}}{{r|或|あるい}}は此の{{傍点|style=open circle|故犯}}とはこれ<u>ハリストス</u>の徳行に{{r|逆|さから}}ふ凶悪なる{{r|諸神|しょしん}}を示すにあらずして何ぞや。|[p.426]}} [p.426] したがって、彼らや彼らの言葉を真理から逸脱したものとして捨て去り、私たちを創造した方が私たちに与えてくださった自由の専制を認め、最善を目指し、最悪を避けるのは私たち次第であることを認めましょう。真の審判者ご自身が創造主であるならば、情欲にとりつかれた私たちを罰するはずがありません。お願いですから、この教えは捨て去り、頭に浮かばないようにしてください。この不合理で愚かな考えは、すべての敬虔な理解力にとって不快です。神は、創造の時に聖霊が告げたように、純粋で最も美しい自然の創造主です。「見よ、すべてが非常に良い」(創世記 1章31節)と神は言っています。エレミヤは、恥ずべき情欲について嘆き、困惑しながらこう言います。「主が命じられたのでなければ、 だれが命じて、その事の成ったことがあるか。主が言われたとき、それは実現したのだ。災もさいわいも、いと高き者の口から出るではないか」(エレミヤ哀歌3章36-38節)」。それゆえ、福音書の中で、知性ある者たちは主にこう問いかけます。「主よ、あなたは畑に良い種を蒔かれたではありませんか。では、これらの毒麦はどこから来たのでしょうか」(マタイ13章27節)。別の箇所では、救い主ご自身がそれらについてこう言っています。「天の父が植えなかった庭は、みな根こそぎにされるであろう」(マタイ15章13節)。そして、神の植えたものはすべて美しいと、パウロはキリストが「神の造られたものはすべて良いものである」(テモテ第一4章4節)と言っているように、パウロもそのことを証言しています。ですから、私たちの中に秘められた情熱は私たち自身のものではなく、私たちとは無関係のものであることを知ってください。「わたしの隠れた罪を清め、あなたのしもべを異邦人の罪からお守りください」(詩篇19篇13-14節)、「異邦人がわたしに立ち向かい、力ある者たちがわたしの命を狙っています」(詩篇54篇5節)、「主よ、わたしを害する者を裁き、わたしと戦う者と戦ってください」(詩篇35篇1節)と書いてあるからです。では、この「隠れた」とは、あるいは「罪を犯す者」や「戦う者」、あるいは「異邦人」とは、キリストの徳に敵対する悪霊ではないとしたら、何を意味するのか。 {{Quotation|律法も内部の人の{{r|潔浄|けつじょう}}のことを公然と呼ぶを精密に吟味せよ。いふあり、『汝の主、神の名を{{r|妄|みだり}}に口にあぐべからず、けだし主は己の名を{{r|妄|みだ}}りに口にあぐる者の心を清めざるべし』〔[http://ibibles.net/quote.php?jco-deu/5:1-11 {{r|復傳|ふくでん}}{{r|律令|りつれい}}五の十一]〕。ゆゑに使徒も勧めて{{r|明|あきら}}かにいへり、『{{r|己|おのれ}}を{{r|凡|およそ}}の{{r|肉|にく}}と{{r|神|しん}}との{{r|汚|けがれ}}より{{r|潔|きよ}}くせよ』〔[http://ibibles.net/quote.php?jco-2cor/7:1-5 {{二重線|コリンフ}}後七の一]〕。また他の処にもいふ『心は{{r|灑|そゝ}}がれて悪しき意念を去れ』〔[http://ibibles.net/quote.php?jco-heb/10:16-22 {{二重線|エウレイ}}十の二十二]〕、又いふ『汝等の{{r|神|しん}}と{{r|霊|れい}}と{{r|体|たい}}とは{{r|全|まつと}}うし{{r|護|まも}}られて{{r|疵|きず}}なからん』〔[http://ibibles.net/quote.php?jco-1th/5:16-23 {{二重線|ソルン}}前五の二十三]〕、[p.428]又いふ『{{r|疵|きず}}なき神の子とならん為なり』〔{{二重線|フィリッピ}}二の十五〕。ゆゑに{{r|凡|すべ}}て子たる{{r|位地|いち}}を{{r|賜|たま}}はらんことを願ふ者は{{r|疵|きず}}なき{{r|体|からだ}}を有するのみならず、{{r|疵|きず}}なき{{r|霊|たましい}}をも有すること、{{r|左|さ}}の如くならざるべからず『{{r|願|ねがは}}くは我が心{{r|爾|なんぢ}}の{{r|律|おきて}}に{{r|玷|きず}}なからん、我が{{r|羞|はぢ}}を{{r|得|え}}ざらん為なり』〔[[第十七「カフィズマ」#118:80|聖詠百十八の八十]]〕。けだし律法の{{r|下|もと}}に居る者は、たゞ肉体の{{r|稱|しょう}}{{r|義|ぎ}}を遂げて、外部の{{r|潔浄|けつじょう}}を守れども、{{r|恩寵|おんちょう}}の{{r|下|もと}}に{{r|居|を}}る者は、{{r|成聖|せいせい}}により内部の平安を願ふて、{{r|左|さ}}の如くいひし者にしたがふなり、曰く、『もし汝等の義は学士お呼び<u>ファリセイ</u>等の義に{{r|勝|まさ}}らずば{{r|爾|なんぢ}}{{r|等|ら}}天国に入るを得ず』〔<u>マトフェイ</u>五の二十〕、何となれば<u>ファリセイ</u>等は智を{{r|盲|くら}}まして、{{傍点|style=open circle|杯と皿の外}}を{{r|潔|きよ}}むればなり〔<u>マトフェイ</u>二十三の二十五〕。今も彼等に似たる新<u>ファリセイ</u>は、未熟なる才智を以て外部の人を粉飾し、{{r|自|みづ}}から己を義とせんとす、しかれども{{r|聖神|せいしん}}は彼等の{{r|神|しん}}と共に彼等が神の子たるを{{r|証|しょう}}すること、使徒と共に{{r|証|しょう}}する如くせざるべし、言ふあり、『此の{{r|神|しん}}{{r|自|みづ}}から我等の{{r|神|しん}}と共に我等が神の子たるを{{r|証|しょう}}す』〔{{二重線|ロマ}}八の十六〕。彼等は内部の人の{{r|聖徳|せいとく}}に成長するを自己にあらはさんことを{{r|欲|ほつ}}せずして、たゞ肉体上の功労に信任し、『{{r|王|おう}}の{{r|女|ぢょ}}の光栄は皆内部にある』〔[[第六「カフィズマ」#44:14|聖詠四十四の十四]]〕を知らざるなり。我等各人は{{r|恰|あたか}}も心中の{{r|無花果|いちじく}}の如し、主の{{r|尋|たづ}}ぬるは内部の{{r|果|か}}にありて、{{r|枝|し}}{{r|葉|よう}}の{{r|飾|かざり}}にあるにあらざるなり〔<u>マトフェイ</u>二十一の十九〕。|[p.427-p.428]}} [p.427-p.428] 律法もまた、内なる人の清さをはっきりと求めていることを、より深く考えてみましょう。「主なるあなたの神の名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える心をきよめられないからである」(申命記 5章11節)とあります。それゆえ、使徒パウロもまた、はっきりとこう勧めています。「肉の汚れだけでなく、霊の汚れからも、あらゆる汚れから自分をきよめましょう」(コリント人への手紙二 7章1節 )。また別の箇所では、「心の中の汚れた良心を清めて」(ヘブライ人への手紙 10章22節 )と言い、さらに「体と霊と魂を、完全に清く保ちなさい」(テサロニケ人への手紙一 5章23節)と言い、「あなたがたが、責められるところのない神の子となるためです」(ピリピ人への手紙 2章15節)とも言っています。したがって、養子縁組にふさわしくありたいと願う者は皆、非の打ちどころのない体だけでなく、非の打ちどころのない魂を持たなければなりません。それは、「あなたの戒めの中で、私の心が清くあって、私が恥じることのないようにしてください」(詩篇 119篇80節)と言われた方のようなものです。律法の下に生き、肉の義認だけを満たす人は外面的な清さを保ちますが、恵みの下に生きる人は、{{r|聖|きよ}}さにおける内面的な平和も望み、「あなたがたの義がパリサイ人や律法学者よりもまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入れません」(マタイ 5章20節)と言われた方に従います。パリサイ人は心が盲目であるため、「鏡の外側」をきよめるからです(マタイ 23章25節)。現代の新しいパリサイ人たちも、彼らと同様、未熟な心で外面を飾り、自らを正当化しますが、聖霊は、彼らが神の子であるという彼らの霊に従おうとはしません。使徒パウロはこう言っています。「"霊"みずからわたしたちの霊に従われます。わたしたちは神の子なのですから」(ローマ8章16節)彼らは、内なる人の{{r|聖|きよ}}さが成長していることを自ら示そうとせず、肉の功績だけに頼っています。「王の娘の栄光はすべて内にある」(詩篇45篇14節)ことを彼らは知りません。私たち一人ひとりは、いわば心のいちじくの木のようで、主はその葉の飾りではなく、内なる実を求めておられるのです(マタイ21章19節)。 [p.429] {{Quotation|故に{{r|恥|は}}づべき情慾を弁護して、天然自然なるものとし、{{r|偶然|ぐうぜん}}に人に{{r|入|い}}りしにあらずといふ者は、『{{r|神|かみ}}の真実を己の{{r|偽|いつわり}}に{{r|易|か}}ふるなり』〔{{二重線|ロマ}}一の二十五〕何となれば我が{{r|先|さき}}にいひし如く{{r|無|む}}{{r|玷|てん}}{{r|純潔|じゅんけつ}}なる者は{{r|其|その}}{{r|像|ぞう}}を{{r|己|おのれ}}に{{r|肖|に}}たるものとなしたりしが、『{{r|悪|あく}}{{r|鬼|き}}の{{r|猜|そね}}みにより死は世に{{r|入|い}}りたればなり』〔知恵書二の二十四〕。ゆゑに人間は不法によりて{{r|孕|はら}}まれ、罪に{{r|於|おい}}て{{r|生|うま}}れて、〔[[第七「カフィズマ」#50:7|聖詠五十の七]]〕{{r|母|ぼ}}{{r|腹|ふく}}より離れ遠ざかる者となり、{{r|母|ぼ}}{{r|胎|たい}}より{{r|迷|まよい}}に{{r|居|を}}りて、<u>アダム</u>より以後<u>ハリストス</u>の{{r|来|きた}}るに至るまで罪が王となりしにより神の{{r|羔|こひつじ}}は{{r|憐|あわれみ}}を{{r|垂|た}}れて{{r|来|きた}}り給へり、これ{{r|先|ま}}づ強き者を{{r|縛|ばく}}し、{{r|其後|そののち}}{{r|鹵|ろ}}{{r|獲|かく}}せられたる器物を{{r|奪|うば}}ひ{{r|回|かへ}}して、己の力を以て世の罪を取らん為なり、言ふあり『{{傍点|style=open circle|擄者を{{r|擄|とりこ}}にす}}』と、又いふ『{{r|献物|さゝげもの}}をうく』と〔[[第九「カフィズマ」#67:19|聖詠六十七の十九]]〕。 我等は{{r|俘|ふ}}{{r|虜|りょ}}たるをまぬかれ、『土に属する者の{{r|状|かたち}}を{{r|衣|き}}たる如く、天に属する者の{{r|状|かたち}}』〔{{二重線|コリンフ}}前十五の四十九〕を{{r|衣|き}}『我等の{{r|肢|し}}{{r|体|たい}}を義の{{r|僕|ぼく}}となして、{{r|成聖|せいせい}}に{{r|委|ゆだ}}ぬること罪に{{r|委|ゆだ}}ねし如くせんことを』{{r|慮|おもんぱか}}らざるべからず〔{{二重線|ロマ}}六の十九〕。我等は信ず、われら{{r|躓|つまづ}}かずして光の{{r|中|うち}}を行く者は、神の奇跡を認めんを要するを。録して言ふ所の如し、曰く『我が目を{{r|啓|ひら}}き{{r|給|たま}}へ、{{r|然|しか}}せば{{r|我|われ}}{{r|爾|なんぢ}}が{{r|律法|りっぽう}}の{{r|奇|き}}{{r|跡|せき}}を{{r|観|み}}ん』〔[[第十七「カフィズマ」#118:19|聖詠百十八の十九]]〕。|[p.429]}} [p.429] したがって、恥ずべき情欲を自然なものとして、偶然に人に入り込んだものではないとして擁護する者は、「神の真理を偽りに変えた」(ローマ1章25節)のです。なぜなら、私が先に述べたように、汚れなき清らかな方がご自身の似姿に造られたからです。「しかし、悪魔のねたみによって死が世に入り込んだ」(知恵書2章24節)。したがって、人類は不義のうちに宿り、罪のうちに生まれ(詩篇51篇7節 )、母の胎内から離れ、アダムからキリストの到来まで罪が支配し始めてから、母の胎内から誤りの中にとどまりました。そして、憐れみ深い神の子羊が、ご自身の力で世の罪を取り除くために来られ、まず強い男を縛り、それから彼が戦利品として集めた器を奪い取られました。それは、「あなたは捕虜を捕らえ、また背く者を捕らえた」と言われたとおりです(詩篇68篇19節)。 私たちは、束縛から解放されるよう注意し、「地上の像を着ているように、天の像をも着るようになるのです」(コリント第一 15章49節)、「義のしもべである私たちの肢体を、罪に差し出したように、聖なる姿で差し出す」(ローマ 6章19節)必要があります。光の中をつまずくことなく歩む私たちは、「私の目を開いてください。そうすれば、あなたの律法からあなたの驚くべき御業を理解できます」(詩篇 119篇18節)と言われたように、神の驚くべき御業を見る運命にあると私たちは信じています。 [p.430] {{Quotation|けだし光の{{r|中|うち}}を行く者は五感に{{r|躓|つまづ}}きを{{r|来|きた}}さゞる如く、完全なる{{r|成聖|せいせい}}に{{r|居|を}}る者も心に{{r|奸計|かんけい}}を思はず、{{r|悪|あ}}しく{{r|慮|おもんぱか}}らざるなり。けだし『{{r|光|ひかり}}は{{r|暗|やみ}}と何の{{r|交|まじわ}}ることのあらん、神の{{r|殿|でん}}は偶像と何の同じきことのあらん』〔{{二重線|コリンフ}}後六の十五、十六〕、故に己を神の{{r|殿|でん}}と{{r|認|みと}}むべく、{{r|思|おもい}}の偶像を心中に{{r|画|えが}}かざらんことを{{r|力|つと}}めよ。けだし{{r|霊魂|たましい}}の{{r|中|うち}}に動作する{{r|凡|すべ}}ての{{r|情慾|じょうよく}}は偶像なり、故に『勝たるゝ者は勝つ者の奴隷たり』とは{{r|最|いと}}{{r|善|よ}}く言へるなり〔<u>ペトル</u>後二の十九〕。もし我等は肉体の慾に{{r|勤|つと}}むるならば、{{r|聖|せい}}にして無慾なる{{r|神|しん}}につとめざらんこと{{r|明|あきらか}}なり、何となれば人は『{{r|二人|ふたり}}の主に{{r|事|つか}}ふるあたはず、{{r|神|かみ}}と{{r|財|たから}}とに{{r|兼|かね}}{{r|事|つか}}ふること{{r|能|あた}}はざればなり』〔<u>マトフェイ</u>六の二十四〕。{{r|神|かみ}}の{{r|殿|でん}}は聖にして『{{r|汚|けがれ}}{{r|或|あるい}}は{{r|此|かく}}の如きもの』を有せず〔{{二重線|エフェス}}五の二十七〕、『けだし{{r|聖神|せいしん}}は{{r|諂|てん}}{{r|媚|び}}を避け、{{r|無智|むち}}{{r|者|しゃ}}の{{r|思念|おもい}}より遠ざかり、{{r|教|おしえ}}は{{r|奸猾|かんかつ}}なる{{r|霊魂|たましい}}に{{r|入|い}}らざるなり』〔知恵書一の四、五〕。 ゆゑに我等が律法はすべて{{r|神|かみ}}の{{r|指|ゆび}}を{{r|以|もつ}}て心にしるさるゝものにて、{{傍点|style=open circle|{{r|墨|すみ}}を以てするにあらず}}、{{r|神|かみ}}の{{r|神|しん}}を{{r|以|もつ}}てする〔{{二重線|コリンフ}}後三の三〕ものなるを確信して、『我は真実なり』〔<u>イオアン</u>十四の七〕との{{r|給|たま}}ひし立法者の真実をうけん、彼は心の割礼を{{r|行|おこな}}ひ、適当なる者の{{r|裁|さい}}{{r|智|ち}}に{{r|其|その}}{{r|仁|じん}}{{r|慈|じ}}の{{r|法|ほう}}をしるすこと、預言者のいへる如し、曰く『われ我が{{r|律法|りっぽう}}を彼等の心に置き、彼等の{{r|思|おもい}}にしるさん』〔<u>イエレミヤ</u>三十一の三十三〕。{{傍点|style=open circle|{{r|凡|およ}}そ選ばれたる族}}と、{{傍点|style=open circle|王たる祭司班}}と、{{傍点|style=open circle|聖なる人民}}と、選ばれたる{{傍点|style=open circle|人}}〔<u>ペトル</u>前二の九〕の{{r|中|うち}}に{{r|入|い}}らんことを苦心する者は、{{r|生活|せいかつ}}を{{r|施|ほどこ}}す{{r|神|しん}}の{{r|効力|こうりょく}}を{{r|便|べん}}{{r|利|り}}に{{r|己|おの}}れにうけん。|[p.430]}} [p.430] 感覚において、光の中を歩む者はつまずかないのと同様に、精神において、完全な{{r|聖|きよ}}さの中に留まる者は悪を考えず、悪の理性を働かせません。なぜなら、「光と闇との交わりはなく、教会と偶像との結びつきもない」(コリント第二 6章15-16節)からです。ですから、自分自身を神の神殿であると認識し、心の中に偶像を描かないように努めなさい。魂に働くすべての情欲は偶像です。ですから、「人は何に打ち負かされるかによって、その者のしもべとなる」(ペテロ第二 2章19節)と美しく言われています。もし私たちが肉欲に囚われているなら、明らかに、私たちは聖なる、情欲のない聖霊に囚われていません。なぜなら、「だれも二人の主人に仕えることはできない。あなたがたは、神と富に仕えることはできない」(マタイ 6章24節)と言われているからです。神の神殿は聖なるものであり、「汚れも、しわも、そのようなものは一切ない」(エフェソ 5章27節)のです。「聖霊は欺きから逃げ去り、理性のない考えから遠ざかり、悪しき魂に入り込むことはない」(知恵書 1章4-5節)のです。 したがって、私たちの律法全体が神の指によって、インクではなく神の霊によって心に書かれていることを確信した私たちは、 「わたしは真理である」(ヨハネ14章7節)と言われた律法授与者の真理を受け入れましょう。神は、預言者が言うように、「わたしの律法を彼らの心に与え、わたしはそれを彼らの心に書き記す」(エレミヤ31章33節)ように、ふさわしい者の心に割礼を施し、その善の律法を書き記してくださいます。「選ばれた世代」、「王なる祭司」、「聖なる国民」 、「選ばれた民」(ペテロ第一2章9節)に入ろうとする者は皆、命を与える聖霊の効力を喜んで受け入れます。 [p.431] {{Quotation|故に<u>ハリストス</u>に{{r|於|おけ}}る生活の<u>ハリストス</u>と同形なる公正に{{r|進|すゝ}}むを、{{r|縦|たと}}ひ久しからずと{{r|雖|いへど}}も、我等にも{{r|賜|たま}}はらんことを{{r|願|ねが}}ひ{{r|且|かつ}}祈るべし。けだし{{r|如此|かくのごとき}}の{{r|霊魂|たましい}}は{{傍点|style=open circle|面の恥}}〔[[第六「カフィズマ」#43:16|聖詠四十三の十六]]〕を脱し、{{r|最早|もはや}}汚れたる{{r|思|おもい}}に占領せられず、{{r|悪者|あくしゃ}}と{{r|姦通|かんつう}}せずして、{{r|疑|うたがい}}なく天の{{r|新郎|しんろう}}と{{r|親|しん}}{{r|与|よ}}をなさん、何となれば{{r|自|みづ}}から彼と{{r|同形|どうけい}}なればなり。彼に対するの愛を以て刺激せられたる{{r|霊魂|たましい}}は望みて{{r|絶|たえ}}{{r|入|い}}らん〔[[第十一「カフィズマ」#83:1|聖詠八十三の一]]〕。{{r|我|われ}}{{r|敢|あえ}}ていふ、{{r|成聖|せいせい}}を{{r|享|うく}}ることの{{r|不|ふ}}{{r|朽|きゅう}}なる{{r|契約|けいやく}}により、彼とかくの如く{{r|美|び}}なる{{r|心中|しんちゅう}}{{r|秘|ひ}}{{r|密|みつ}}の{{r|体合|たいごう}}を{{r|為|な}}すを望まん。{{r|如此|かくのごとき}}の{{r|霊魂|たましい}}は実に幸福なり、彼は{{r|霊神|れいしん}}{{r|上|じょう}}の愛に勝たれたつものとして、{{r|神|かみ}}{{r|言|ことば}}に{{r|嫁|か}}すること当然なり、故に彼は{{r|敢|あえ}}て言ふべし、左の如く言ふべし、曰く『我が{{r|霊|たましい}}はわが{{r|神|かみ}}をたのしまん、そは我に{{r|救|すくい}}の{{r|衣|ころも}}をきせ、義の{{r|外服|がいふく}}をまとはせて、{{r|新郎|しんろう}}が{{r|冠|かんむり}}をいたゞき、{{r|新|しん}}{{r|婦|ぷ}}が{{r|玉|たま}}こがねの{{r|飾|かざり}}をつくるが如くしたまへばなり』〔<u>イサイヤ</u>六十一の十〕けだし{{r|王|おう}}は彼の善良を望みて〔[[第六「カフィズマ」#44:12|聖詠四十四の十二]]〕、彼をたゞ{{r|神|かみ}}の{{r|殿|でん}}と名づくるのみならず、{{r|王|おう}}の{{r|女|むすめ}}及び{{r|皇后|こうごう}}と名づくるを{{r|賜|たま}}へり、{{r|神|かみ}}の{{r|殿|でん}}と名づくるは{{r|聖神|せいしん}}の{{r|為|ため}}に{{r|領有|りょうゆう}}せられたるによる、{{r|王|おう}}の{{r|女|むすめ}}と名づくるは{{r|父|ちゝ}}より光の子たることをうけたるによる、{{r|又|また}}{{r|皇后|こうごう}}と名づくるは{{r|独生|どくせい}}{{r|者|しゃ}}の{{r|光栄|こうえい}}の{{r|神性|しんせい}}と{{r|配合|はいごう}}せしによるなり。|[p.431]}} [p.431] ですから、たとえほんの短い間であっても、私たちもキリストにおける一貫した正しい生き方に近づくにふさわしい者と認められるよう、祈り求めましょう。そのような魂は、「顔の恥」(詩篇44篇16節)を捨て、もはや不純な思いにとらわれることもなく、もはや悪魔と姦淫を犯すこともなく、疑いなく天の花婿との交わりに入ります。なぜなら、その魂自体が一貫した生き方をしているからです。主への愛によって傷つき、「切望し、そして尽き果てた」(詩篇84篇1節)のです。あえて言えば、聖なる交わりの朽ちることのない絆を通して、主との美しく神秘的な結びつきを切望しているのです。そのような魂は、真に祝福され、幸福です。霊的な愛に打ち勝った魂は、神の言葉にふさわしく婚約しているのです。それゆえ、彼女は大胆に語り、こう言うであろう。「わが魂は主にあって喜びます。主はわたしに救いの衣と喜びの衣を着せ、花婿のようにわたしに冠を授け、花嫁のようにわたしを美しく飾ってくださいました」(イザヤ書61章10節)。王は彼女の美しさを望み(詩篇44篇12節)、彼女を神の神殿だけでなく、王女、王妃とも呼ぶにふさわしい者とみなした。神の神殿とは、聖霊によって養子とされた者であり、王女とは、光の父から養子とされた者であり、王妃とは、独り子の栄光の神性と結びついた者なのである。 [p.432] {{Quotation|けだし本性に{{r|於|おい}}て{{r|一|いつ}}たる主は、いかんして人間の{{r|救|すくい}}の摂理の為に多くの名を{{r|比喩|ひゆ}}{{r|的|てき}}に{{r|己|おのれ}}にうけしか。{{r|何故|なにゆえ}}{{r|甲処|こうしょ}}には{{r|石|いし}}〔{{二重線|コリンフ}}前十の四〕及び門〔<u>イオアン</u>十の七〕と名づけ、{{r|他|た}}{{r|処|しょ}}には{{r|斧|おの}}〔<u>ルカ</u>十五の一〕及び{{r|餅|ぱん}}と名づけしか〔同六の三十五〕。{{r|石|いし}}と名づけしは{{r|其|その}}{{r|勢力|せいりょく}}の動かすべからざると近づくべからざるとによる、{{r|門|もん}}と名づけしは彼によりて{{r|永世|えいせい}}に{{r|入|い}}るによる、{{r|斧|おの}}とは彼は{{r|悪習|あくしゅう}}の{{r|根|ね}}を{{r|絶|た}}つによる、{{r|路|みち}}とは適当なる者を真実を{{r|識|し}}るにみちびくによる、{{r|葡|ぶ}}{{r|萄|どう}}の{{r|幹|みき}}とは{{r|人心|じんしん}}をたのしましむる{{r|酒|さけ}}が彼によりて{{r|産|さん}}せらるゝによる、また{{r|餅|ぱん}}とは{{r|有言|ゆうげん}}なる{{r|造物|ぞうぶつ}}の{{r|心|こゝろ}}を{{r|堅|かた}}むるによるなり。しかれどもこれと同じく{{r|神|かみ}}{{r|言|ことば}}の為に領有せられたる非難すべからざる{{r|霊魂|たましい}}も、{{r|固|もと}}より{{r|単純|たんじゅん}}なるものなれど、{{r|神的|しんてき}}{{r|道徳|どうとく}}に多くの進歩をなすにしたがひて、{{r|賜|たまもの}}をうけん。我が{{r|此事|このこと}}をいふは{{r|新|しん}}{{r|婦|ぷ}}の名称も{{r|勿論|もちろん}}たゞ{{r|三|みつ}}のみにあらずして、{{r|更|さら}}に{{r|多|おほ}}かるべきによるなり。 ゆゑに{{r|神|かみ}}の{{r|聖所|せいしょ}}に{{r|入|い}}りて、『我等が{{r|年少|ねんしょう}}を{{r|楽|たのし}}ましむる{{r|神|かみ}}に』〔[[第六「カフィズマ」#42:4|聖詠四十二の四]]、{{r|希臘|ギリシャ}}訳文〕{{r|就|つ}}かざらん{{r|間|あいだ}}は、{{r|此|こ}}の{{r|労|ろう}}は我等の面前にあるを知るべし、けだし我等なほ肉体にあるも、{{r|主|しゅ}}の{{r|無|む}}{{r|慾|よく}}を、たまはり、{{r|成聖|せいせい}}を{{r|遂|と}}げんことは、救世主の{{r|悦|よろこ}}ぶ所にして、{{r|其時|そのとき}}には、{{r|敢|あえ}}て{{r|左|さ}}の如くいふを{{r|得|え}}ん、曰く『我等は肉に在りて{{r|行|おこな}}へども、肉に{{r|循|したが}}ひて{{r|戦|たゝか}}はず、我等が{{r|戦|たゝかい}}の{{r|器|うつわ}}は肉に属せず、{{r|乃|すなわち}}{{r|神|かみ}}に{{r|由|よ}}りて{{r|塁|とりで}}を{{r|破|やぶ}}る{{r|能|ちから}}あり、我等{{r|此|これ}}を以て{{r|諸|もろもろ}}の{{r|謀|はかりごと}}と{{r|凡|およ}}そ{{r|神|かみ}}の知識に{{r|逆|さか}}ふ高慢とを破る』〔{{二重線|コリンフ}}後十の三至五〕。|[p.432]}} [p.432] 本質において唯一の主が、人類の救済という摂理のために、いかにして比喩的な意味で多くの名前を身にまとわれたことだろうか。なぜイエスは、ある箇所では岩(コリント第一 10章4節)や戸口(ヨハネ 10章7節)と呼ばれ、別の箇所では斧(ルカ 3章9節)や道(ヨハネ 14章6節)と呼ばれ、またぶどうの木やパン(ヨハネ 6章35節)とも呼ばれるのでしょうか。―岩と呼ばれるのは、イエスの力の揺るぎなさと近づきがたい性質によるものです。―戸口と呼ばれるのは、イエスを通して永遠の命に入ることができるからです。―斧と呼ばれるのは、イエスが悪の根源を断ち切るからです。―道と呼ばれるのは、イエスがふさわしい者を真理の知識へと導くからです。―ぶどうの木と呼ばれるのは、イエスが人の心を喜ばせる実り豊かなぶどう酒を実らせるからです。そして同様に、パンと呼ばれるのは、イエスが理性を持つ被造物の心を強くするからです。同様に、神の言葉に似た、それ自体は単純でありながら、多くの霊的な徳を積むことによって、罪のない魂もまた賜物を受けるに値するとみなされるのです。私がこのように述べたのは、花嫁の称号は三つだけでなく、多くの称号を持つからです。 そして、この労苦は、私たちが神の聖所に入るまで、すなわち「私たちの若さを喜ばれる神のもとへ」(詩篇43章4節)に入るまで、私たちの前に立ちはだかっていることを知っておきなさい。救い主は、私たちがまだ肉体の中にいる間に、主の無執着にふさわしく、{{r|聖|きよ}}さに満たされることを喜ばれるからです。そして、その時、私たちは大胆にこう言うことができます。「私たちは肉体の中にいる間は、肉に従って戦いません。私たちの戦いの武器は肉的なものではなく、神によって力強く、滅びに強く、あらゆる考えや、神の知識に逆らって高ぶるあらゆる高慢なものを打ち砕くからです」(コリント第二10章3-5節)。 [p.433] {{Quotation|故に{{r|尚|なほ}}{{r|此処|こゝ}}に{{r|於|おい}}ても我等は罪なる{{r|慾|よく}}を十字架に{{r|釘|くぎ}}すること、預言者の{{r|祈祷|きとう}}の如くすべし、曰く『我が肉体を{{r|爾|なんぢ}}を{{r|畏|おそ}}るゝの{{r|畏|おそ}}れに{{r|釘|くぎ}}す』〔[[第十七「カフィズマ」#118:120|聖詠百十八の百二十]]〕。けだし{{r|使徒|しと}}のいはゆる『神の国を{{r|嗣|つ}}ぐあたはざる』〔{{二重線|コリンフ}}前十五の五十〕肉と血とは、{{r|此|こ}}の{{r|見|み}}ゆる{{r|体|からだ}}をいふにあらずして、〔彼は{{r|神|かみ}}の造る所なり〕{{傍点|style=open circle|{{r|悖逆|はいぎゃく}}の子}}〔{{二重線|エフェス}}二の二〕の{{r|中|うち}}に行為する凶悪の{{r|神|しん}}によりて{{r|起|おこ}}さるゝ肉体の{{r|念慮|ねんりょ}}を指す、何となれば<u>ハリストス</u>に{{r|於|お}}ける完全なる苦行者のために『{{r|戦|たゝかい}}は{{r|血肉|けつにく}}に{{r|於|おい}}てするに非ず、{{r|此|こ}}の{{r|暗昧|あんまい}}の{{r|世|せ}}{{r|君|くん}}に{{r|於|おい}}てし、凶悪の{{r|諸神|しょしん}}に{{r|於|おい}}てすればなり』〔{{二重線|エフェス}}六の十二〕。 故にもし{{r|此|こ}}の行為は天性自然の行為にあらずして、反対なる{{r|力|ちから}}の行為なるを{{r|認|みと}}むるならば、彼等に対して<u>ハリストス</u>の{{r|全|まつた}}き{{r|軍|ぐん}}{{r|備|び}}をおのれにうけ、『{{r|其|そ}}の{{r|奸計|はかりごと}}を{{r|禦|ふせ}}ぐを{{r|得|う}}べし』〔{{二重線|エフェス}}六の十一〕何となれば救世主は『{{r|蛇|だ}}{{r|蝎|かつ}}及び{{r|悉|ことごと}}くの{{r|敵|てき}}の{{r|力|ちから}}を{{r|踏|ふ}}む』の{{r|権|けん}}を我等に{{r|賜|たま}}ふによる〔<u>ルカ</u>十一の十九〕。{{r|我|われ}}{{r|等|ら}}{{r|尚|なほ}}{{r|肉体|にくたい}}に{{r|居|を}}るも{{r|敢|あえ}}て{{r|左|さ}}の如く{{r|言|い}}ふを{{r|得|え}}んが為なり、曰く『もしわが心に不法のあるを{{r|見|み}}しならば主はわれに{{r|聴|き}}かざらん』〔[[第九「カフィズマ」#65:18|聖詠六十五の十八]]〕また曰く『{{r|我|われ}}{{r|尤|とが}}なしといへども、彼等は{{r|趨|は}}せ{{r|集|あつ}}まりて{{r|武具|ぶぐ}}をそなふ』〔同上五十八の五〕と、これ{{r|言|いふ}}{{r|意|こゝろ}}は我等は{{r|志|こゝろざ}}す所に進行し、{{r|即|すなわち}}{{r|上|うえ}}より{{r|召|め}}す所の{{r|褒章|ほうしょう}}に{{r|進向|しんこう}}しつゝ、如何なる肉体の慾もあるなうして、天に生涯を送ること{{r|易|やす}}からん。けだし{{r|諸|もろもろ}}の慾に遠ざかりて{{r|敢|あえ}}て{{r|左|さ}}の如く{{r|言|い}}ふことを{{r|得|う}}ればなり、曰くたゞに{{傍点|style=open circle|信を守る}}のみならず、{{傍点|style=open circle|{{r|馳|は}}すべき程を尽せり}}〔<u>テモフェイ</u>後四の七〕。|[p.433]}} [p.433] ですから、私たちはここでもなお、預言者の祈りに従って、罪深い情欲を十字架に釘付けにしなければなりません。「あなたへの畏れをもって、私の肉体を釘付けにしてください」(詩篇119篇120節)。使徒が「彼らは神の国を受け継ぐことができない」(コリント第一 15章50節)と言っている肉と血とは、この目に見える体(それは神によって創造されたもの)のことではなく、悪霊によって起こされ、「不従順な者たちのうちに働く」(エフェソ 2章2節)肉の知恵のことである。なぜなら、キリストにおいて完成された禁欲主義者は「肉と血と戦うのではなく、この世の闇の支配者、悪霊と戦う」(エフェソ 6章12節)からである。 したがって、この行為が自然なものではなく、敵対勢力の行為であると認めるならば、キリストの完全な武具を身に着けて敵対勢力に対抗すれば、「彼らの策略に立ち向かう」ことができるでしょう(エフェソ6章11節)。なぜなら、救い主は私たちに「蛇やサソリを踏みつけ、敵対者のあらゆる力に打ち勝つ」力を与えてくださるからです(ルカ10章19節)。そのため、肉体の中にいる間も、「もし私の心に不義を見たなら、主は私の祈りを聞いてくださらないでしょう」(詩篇66篇18節)と大胆に言うことができ、「私は不義なく走り、物事を正しました」(詩篇59篇5節)と言え、つまり、肉欲に駆られることなく、天国での生活を快適に過ごし、「高き召しの賞」(フィリピ3章14節)を目指して努力することができるのです。なぜなら、私たちはあらゆる情欲から遠ざかっているので、「信仰を守り通した」だけでなく、「走るべき道のりを走り終えた」と大胆に言うことができるからです(テモテ第二 4章7節)。 [p.434] {{Quotation|たゞ<u>ハリストス</u>を信ずるのみならず、彼と共に{{r|苦|くるしみ}}をうくることも{{r|肝要|かんよう}}なり、{{r|録|ろく}}していへる如し、『{{r|汝|なんぢ}}{{r|等|ら}}に{{r|賜|たま}}はりしはたゞ彼を信ずるのみならず、{{r|亦|また}}彼の為に{{r|苦|くるしみ}}をうくることなり』〔{{二重線|フィリッピ}}一の二十九〕。たゞ{{r|神|かみ}}を信ずるのみは地上の事を{{r|念|おも}}ふ{{r|者|もの}}に相応するのみならず、不潔の{{r|神|しん}}にさへ相応するは我が{{r|言|ことば}}を{{r|俟|ま}}たざるべし、いへらく『{{r|我|われ}}{{r|爾|なんぢ}}が{{r|誰|たれ}}なるを{{r|知|し}}る、{{r|乃|すなわ}}ち神の子なり』〔<u>マルコ</u>一の二十四、<u>マトフェイ</u>八の二十九〕。『けだし彼も{{r|此|これ}}も<u>ハリストス</u>の十字架の敵なり、彼等が{{r|終|おわり}}は{{r|滅亡|めつぼう}}なり、彼等が{{r|神|かみ}}は{{r|腹|はら}}なり、彼等が{{r|栄|えい}}とする所は{{r|辱|はぢ}}なり、彼等は地上の事を{{r|念|おも}}ふ』〔{{二重線|フィリッピ}}三の十八、十九〕と見るか十字架の敵はたゞ背教者の{{r|力|ちから}}のみにあらず、地上の事を{{r|念|おも}}ふ者も{{r|亦|また}}{{r|然|しか}}るを。しかれども<u>ハリストス</u>と共に{{r|苦|くるし}}みをうけて共に{{r|栄|えい}}せらるゝことはたゞ{{r|此|この}}{{r|世|よ}}に{{r|於|おい}}て{{r|己|おのれ}}を十字架に{{r|釘|くぎ}}して主の{{r|疵|きず}}を{{r|己|おのれ}}の{{r|体|からだ}}に{{r|負|お}}ふ{{r|者|もの}}のみ{{r|能|よく}}し{{r|得|う}}るなり。|[p.434]}} [p.434] 人はキリストを信じるだけでなく、キリストと共に苦しまなければなりません。聖書にこう書いてあるとおりです。「あなたがたには、キリストを信じるだけでなく、キリストのために苦しむことも許されているのです」(フィリピ1章29節)。神だけを信じるというのは、地上のことばかり考える人、あるいは汚れた霊のような人たちの特徴です。彼らは「私たちはあなたが誰であるかを知っています。あなたは神の子です」(マルコ1章24節、マタイ8章29節)と言います。前者も後者も「キリストの十字架の敵であり、その最後は滅びです。彼らの神は腹であり、彼らの栄光は恥辱の中にあります。彼らは地上的な考え方をする者です」 (フィリピ3章18、19節)。背教者だけでなく、地上のことばかり考える人たちも十字架の敵であることがお分かりでしょうか。この世で自らを十字架につけ、主の傷を身に負う者だけが、キリストと共に苦しみ、キリストと共に栄光を受けることができるのです。 [p.435] {{Quotation|哲学を正しく{{r|攻究|こうきゅう}}して、{{r|霊魂|たましい}}を悪の{{r|汚穢|けがれ}}より{{r|救|すく}}ふ者は、哲学の目的を{{r|精確|せいかく}}に知らんこと{{r|肝要|かんよう}}なり、進行の{{r|労|ろう}}と{{r|経|けい}}{{r|過|か}}の{{r|終|おわり}}とを{{r|確|かく}}{{r|知|ち}}して、{{r|高慢|こうまん}}と{{r|功労|こうろう}}のことを{{r|思|おも}}ふ{{r|意思|いし}}とを{{r|全|まつた}}く{{r|斥|しりぞ}}け、聖書の{{r|誡命|かいめい}}にしたがひ、{{r|己|おのれ}}の{{r|霊魂|たましい}}と{{r|生命|いのち}}をすてゝ{{r|一|いつ}}の{{r|富|とみ}}に{{r|注目|ちゅうもく}}せん{{r|為|ため}}なり、{{r|即|すなわち}}{{r|神|かみ}}が{{r|凡|およ}}そ{{r|甘|あま}}んじて{{r|苦|く}}{{r|行|ぎょう}}を{{r|自|みづ}}から{{r|任|にな}}はんと決心したる者を呼びて、{{r|其|その}}愛する所の者に<u>ハリストス</u>を愛したる{{r|為|ため}}の{{r|報償|ほうしょう}}として定め給ひしものに注目せん{{r|為|ため}}なり、{{r|此|かく}}の如き苦行の経過に{{r|於|おい}}て彼等に{{r|充分|じゅうぶん}}の{{r|路|ろ}}{{r|用|よう}}を{{r|給|きゅう}}するは<u>ハリストス</u>の十字架なり、されば彼等は{{r|此|これ}}を{{r|負|お}}ふて、{{r|楽|たのし}}みと{{r|善|ぜん}}なる{{r|希|き}}{{r|望|ぼう}}とを以て救世主<u>ハリストス</u>の{{r|跡|あと}}にしたがひ、{{r|其|その}}摂理を{{r|己|おのれ}}の{{r|為|ため}}に{{r|生命|いのち}}の{{r|法|ほう}}となし、{{r|路|みち}}となさんこと肝要なり、使徒の{{r|自|みづ}}から{{r|言|い}}へる如し、曰く『{{r|爾|なんぢ}}{{r|等|ら}}我に{{r|效|なら}}ふ者となれ、我が<u>ハリストス</u>に{{r|效|なら}}ふが{{r|如|ごと}}し』〔{{二重線|コリンフ}}十一の一〕又いふ『忍耐を以て我等の前にある{{r|馳|はせ}}{{r|場|ば}}を{{r|趨|はし}}りて、我等の{{r|信|しん}}の{{r|首|かしら}}及び{{r|成全|せいぜん}}{{r|者|しゃ}}なる<u>イイスス</u>を{{r|仰|あお}}ぎ{{r|望|のぞ}}むばし、彼は{{r|其|その}}{{r|前|まえ}}に{{r|在|あ}}る{{r|喜|よろこび}}に{{r|易|か}}へて{{r|辱|はぢ}}を{{r|意|い}}とせず、十字架を忍びて{{r|神|かみ}}の{{r|宝|ほう}}{{r|座|ざ}}の右に{{r|坐|ざ}}せり』〔{{二重線|エウレイ}}十二の一、二〕。 われらは{{r|神|かみ}}の{{r|賜|たまもの}}を以て{{r|自|みづ}}から{{r|高|たか}}ぶり、道徳に進むの{{r|或|あ}}る進歩を{{r|己|おのれ}}の{{r|為|ため}}に{{r|高慢|こうまん}}と{{r|称賛|しょうさん}}の{{r|為|ため}}の{{r|縁|えん}}{{r|由|ゆ}}となして、望む所の{{r|終|おわ}}りに{{r|達|たつ}}せざる{{r|先|さき}}に{{r|己|おのれ}}の{{r|志|こゝろざし}}の{{r|撓|たわ}}まざらんが{{r|為|ため}}、{{r|高慢|こうまん}}により先になせる勤労を{{r|己|おのれ}}の{{r|為|ため}}に無益となさゞらんが{{r|為|ため}}、及び{{r|神|しん}}の{{r|恩寵|おんちょう}}の我等を{{r|引誘|いんゆう}}する{{r|成全|せいぜん}}に{{r|堪|た}}へざるものとならざらんが{{r|為|ため}}に{{r|戦々|せんせん}}{{r|競々|きょうきょう}}たらざるべからざるなり。|[p.435]}} [p.435] 哲学を正しく愛することを学び、悪徳の汚れから魂を解放した人々は、哲学を愛することの目的を正確に知っていなければなりません。旅の苦労と道のりの終わりを学んだ後、彼らはすべての傲慢と功績の考えを捨て、聖書の戒めに従って、魂と命を捨て、キリストを愛する者たちへの報いとして神が定めた一つの富を心に留め、喜んで闘いに挑むことを決めたすべての人をそれに招き入れます。そして、そのような闘いの通過のために、キリストの十字架は十分な別れの贈り物です。彼らはそれを背負い、救い主である神の足跡に従い、使徒自身が言ったように、「わたしがキリストに倣っているように、あなたがたもわたしに倣いなさい」 (コリント第一 11章節1)というように、神の摂理を自分たちの律法と生き方としなければなりません。また、「信仰の創始者であり完成者であるイエスを見つめながら、私たちの前に置かれている戦いに向かって忍耐をもって走り続けましょう。イエスは、ご自身の前に置かれた喜びのために、恥辱を気にせず十字架を耐え忍び、 神の御座の右に座られました」 (ヘブライ12章1-2節)。 私たちは、聖霊の賜物によって高められ、徳における進歩を傲慢と自慢の言い訳にしてしまい、望む終着点に到達する前に努力を怠り、それまでの努力を無益なものにしてしまい、聖霊の恵みによって導かれた完全さにふさわしくない者となってしまうことのないよう、注意しなければなりません。 [p.436] {{Quotation|故に勤労に{{r|於|おけ}}るの{{r|尽力|じんりょく}}を決して{{r|弱|よわ}}むべからず、{{r|眼前|がんぜん}}にある所の苦行を{{r|辞|じ}}するべからず、もし先に何か遂げし所あらんには、それを以て熱心を{{r|劃|かぎ}}るべからず、{{r|乃|すなわち}}{{r|使徒|しと}}の如く{{傍点|style=open circle|後}}を忘れて{{傍点|style=open circle|前}}に進み〔{{二重線|フィリッピ}}三の十三〕、{{r|成全|せいぜん}}を{{r|求|もと}}むる者が{{r|飽|あ}}くを知らずして{{r|独|ひと}}り{{r|飢|き}}{{r|渇|かつ}}する所の義の{{r|願|ねがい}}を{{r|有|ゆう}}し、勤労の為に{{r|慮|おもんぱか}}りて心肝を{{r|摧|くだ}}かんこと{{r|肝要|かんよう}}なり。彼等は{{r|許約|きょやく}}せられたる幸福を{{r|距|さ}}ること{{r|猶|なほ}}遠くして、<u>ハリストス</u>の完全なる愛に多く{{r|達|たつ}}せざる者なるにより、{{r|謙遜|けんそん}}なる者となり、恐れに満てる者とならざるべからず。けだし{{r|此|この}}{{r|愛|あい}}を{{r|切願|せつがん}}して、天の約束を{{r|仰望|ぎょうぼう}}する者は、{{r|禁食|きんしょく}}するか、{{r|儆醒|けいせい}}するか、{{r|或|あるい}}は他のいかなる{{r|徳行|とくこう}}に熱心するも、以前の功労を以て{{r|自|みづか}}ら{{r|高|たか}}ぶらざるべく、{{r|却|かへつ}}て神聖なる{{r|望|のぞみ}}にみたさるゝ彼は{{r|己|おのれ}}を呼ぶ所の者に{{r|間断|かんだん}}なく{{r|眼|め}}を{{r|注|そゝ}}ぎて、いくばく{{r|奮闘|ふんとう}}するも{{r|其|その}}{{r|志|こゝろざ}}す所のものに{{r|比|くら}}ぶれば{{r|全|まつた}}く小なりと{{r|思|おも}}ふべし。されば{{r|其|その}}{{r|行|おこない}}により{{r|己|おのれ}}を{{r|神|かみ}}の{{r|前|まえ}}に尊敬すべき者とあらはさゞらん{{r|間|あいだ}}は、{{r|労|ろう}}に{{r|労|ろう}}を{{r|加|くは}}へ、{{r|徳行|とくこう}}に{{r|徳行|とくこう}}を{{r|重|かさ}}ぬるも、{{r|神|かみ}}の{{r|前|まえ}}に適当なる者となれりとの{{r|意思|いし}}を心に{{r|懐|いだ}}かずして、{{r|此|こ}}の{{r|生命|いのち}}の{{r|終|おわり}}に{{r|至|いた}}るまで{{r|悉|ことごと}}くの{{r|尽力|じんりょく}}を{{r|用|もち}}ひん。けだし{{r|行|おこない}}に{{r|於|おい}}て{{r|大|おほい}}なる者は{{r|神|かみ}}を{{r|畏|おそ}}るゝを{{r|以|もつ}}て{{r|自負|じふ}}を{{r|地|ち}}に{{r|擲|なげう}}ちて、心を謙遜し、生活の為に{{r|己|おのれ}}を{{r|罪|つみ}}し、信じて愛するの{{r|度|ど}}により{{r|許約|きょやく}}を{{r|楽|たのし}}みて、{{r|自|みづ}}から{{r|労|ろう}}するの{{r|如何|いかん}}を{{r|以|もつ}}てせざるは、これぞ{{r|哲学|てつがく}}の{{r|最|もつとも}}{{r|卓越|たくえつ}}せる{{r|功労|こうろう}}なる。けだし{{r|賜|たまもの}}は{{r|大|おほい}}なるにより、これに{{r|相応|そうおう}}する{{r|勤労|きんろう}}を{{r|見|み}}{{r|出|いだ}}すことあたはざればなり。|[p.436]}} [p.436] ですから、私たちは決して努力を怠ってはならず、これから待ち受ける苦闘を放棄してはならず、既に達成したことにのみ熱意を限定してはなりません。しかし、使徒によれば、「過去のことは忘れ」、「未来のことに向かって身を伸ばし」(フィリピ3章13節)、努力に対する思いを胸に抱き、完全さを目指す者だけが切望し渇望すべき義への飽くなき渇望を持ち続けなければなりません。彼らは、約束された祝福からまだ遠く離れており、キリストの完全な愛には程遠いので、謙遜になり、畏れを抱かなければなりません。なぜなら、この愛を望み、天の約束を見つめる者は、断食をしたり、徹夜したり、他の徳を積んだりしても、過去の功績によって自分を高めることはなく、神への切なる願いに満たされ、自分を召してくださる方に絶えず目を向け、どんなに努力しても、自分が目指すものに比べれば、すべてを小さなものと考えるからです。彼は生涯の終わりまで、あらゆる努力を尽くし、労苦に労苦を重ね、徳に徳を重ね、自分の行いによって神の前に立派な者として現れるまで努力しますが、自分が神の前にふさわしい者になったとは決して考えません。知恵を愛する者の最も優れた功績は、行いに優れた者が心を低くし、自らの生き方を悔い改め、神への畏れをもって傲慢さを打ち砕き、信じて愛した度合いに応じて約束を享受し、働いた度合いに応じて享受しないことである。賜物は大きいので、それに見合う働きを見出すことは不可能である。 [p.437] {{Quotation|さりながら{{r|信|しん}}と{{r|望|ぼう}}とは{{r|大|おほい}}ならざるべからずして、これを{{r|以|もつ}}て報酬を測るべく、勤労を以てすべからざるなり。{{r|然|しか}}して{{r|信|しん}}の{{r|根本|こんぽん}}は{{r|心神|しんしん}}の{{r|貧|まづ}}しきと{{r|神|かみ}}に対する{{r|無|む}}{{r|量|りょう}}の{{r|愛|あい}}とにあり。 希望の目的に応じ、哲学によりて、生活せんと決心したる者の{{r|為|ため}}に{{r|余|よ}}は{{r|充分|じゅうぶん}}にのべたりと{{r|思|おも}}ふ。{{r|今|いま}}{{r|又|また}}これに{{r|加|くは}}ふるにかくの如き者はいかに{{r|互|たがい}}に{{r|交際|こうさい}}して{{r|如何|いか}}なる{{r|労|ろう}}を{{r|愛|あい}}するを{{r|要|よう}}するかを示すべし、{{r|天|てん}}{{r|都|と}}に{{r|達|たつ}}するに{{r|至|いた}}る{{r|迄|まで}}{{r|其|その}}進行を協力して{{r|成|な}}さん{{r|為|ため}}なり。 {{r|此|この}}{{r|世|よ}}に{{r|於|おい}}て尊敬すべきと認めらるゝものを{{r|断|だん}}じて{{r|尊|たつと}}ばず、{{r|親族|しんぞく}}を{{r|棄|す}}て、もろ{{く}}{{r|地下|ちか}}の{{r|栄|さかえ}}を{{r|棄|す}}てゝたゞ{{r|天上|てんじょう}}の{{r|尊栄|そんえい}}に{{r|着眼|ちゃくがん}}し、{{r|神|かみ}}による{{r|兄弟|けいてい}}と{{r|心神|しんしん}}にて{{r|結合|けつごう}}する{{r|者|もの}}は、{{r|世|よ}}と{{r|共|とも}}に{{r|己|おのれ}}の{{r|霊魂|たましい}}をも{{r|棄|す}}つること{{r|肝要|かんよう}}なり。{{r|霊魂|たましい}}を{{r|棄|す}}つとは{{r|何|なに}}に{{r|於|おい}}ても{{r|己|おのれ}}の{{r|旨|むね}}を求めずして、{{r|反|かへ}}つて{{r|己|おのれ}}の{{r|旨|むね}}を{{r|矯正|きょうせい}}し、{{r|院長|いんちょう}}を以て己の為に{{r|神|かみ}}の{{r|言|ことば}}となして、これを{{r|益用|えきよう}}すること、{{r|善良|ぜんりょう}}なる{{r|舵師|だし}}の如くし、{{r|兄弟|けいてい}}{{r|社会|しゃかい}}のすべてを{{r|挙|あ}}げて、{{r|同心|どうしん}}{{r|協力|きょうりょく}}して、{{r|神|かみ}}の{{r|旨|むね}}の{{r|湊|みなと}}に{{r|向|むか}}はしむるにあり。|[p.437]}} [p.437] しかし、信仰と希望は大きくなければならない。それによって報いが測られ、働きによって測られるのではない。信仰の土台は、霊的な貧しさと神への計り知れない愛である。 希望の目標に従って、知恵に満ちた人生を送ろうと決意した人々については、すでに十分なことが述べられたと思います。今、私たちは、そのような人々が互いにどのように接し、どのような働きを愛すべきか、そして共に歩みを進めて天の都に到達できるようにすべきことについて、付け加えなければなりません。 この世で尊ばれるとされるものを断固として軽んじ、家族を捨て、地上の栄光を全て捨て去る者であっても、天上の栄誉を心に抱き、神において兄弟たちと霊的に結びついている者は、この世と共に自らの魂をも捨て去らなければならない。魂の放棄とは、何事においても自らの意志を求めず、むしろ自らの意志を正し、神の言葉を自らの長とし、それを良き舵取り役として、兄弟たち全体を神の意志という港へと一斉に導くことにある。 【以下未入力(p.438-457)】 {{DEFAULTSORT:えしふとまかりいせんしよ しよかん2}} <!-- [[Category:キリスト教]] [[Category:キリスト教神学]] [[Category:埃及マカリイ全書|52]]--> {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- --> b8gu8i96flf9o60ub7cdzypc0905q78 テンプレート:Center/styles.css 10 50752 244106 228066 2026-07-07T01:57:38Z Fish bowl 11761 244106 sanitized-css text/css /* Basic alignment */ .wst-center { text-align: center; margin:0 auto 0 auto; /* 旧環境用:横組対応のみ */ margin-block: 0; /* 縦横対応 */ margin-inline: auto; /* 縦横対応 */ } /* * p-wrapping gives us a hard 7px bottom margin that is undesireable when * trying to align another element just below us (like a horizontal rule). * This is a workaround for that by simply forcing the margin to zero. */ .wst-center.wst-center-nomargin > p { margin-top: 0; 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訳『克肖なる神父埃及マカリイ全書』,正教会編輯局,明39.1. {{NDLJP|824086/1/219}} *ウィキソースによる現代語訳 }} ==エジプトマカリオスの大書簡== {{Quotation|完全にして聖にせられたる人の為に{{r|要用|ようよう}}なるはたゞ{{r|自|みづ}}から{{r|神|かみ}}に{{r|居|を}}らんことのみならず、神も彼に{{r|居|を}}らんことなるは、{{r|汝|なんぢ}}が善智の{{r|明|あきらか}}に知る所なるべし、主のいひ給ふごとし、{{r|曰|いは}}く『我に{{r|居|を}}り、我も彼に{{r|居|を}}る』〔<u>イオアン</u>十五の五〕。されば神の人は神聖なる{{r|幕屋|まくや}}に居り、此の幕屋を至浄なる神性の聖なる山に建てざるべからず、これ暗黒なる{{r|情慾|じょうよく}}の{{r|力|ちから}}の占領するをゆるさゞる者の光栄を{{r|暁|さと}}るのみならず、{{r|其|その}}{{r|擁|よう}}する所とならんためなり。けだし適当なる者には{{r|其|その}}{{r|成聖|せいせい}}とその彼等に属する{{r|無|む}}{{r|慾|よく}}との為に救世主は住み給ふ、これ主の{{r|自|みづ}}から{{r|無|む}}{{r|慾|よく}}なる如く主をうけたる{{r|者|もの}}{{r|等|ら}}をも無慾なる者となして如何なる風にも{{r|最早|もはや}}{{r|動乱|どうらん}}{{r|漂漾|ひょうよう}}せられざる者となさん為なり。 しかれども{{r|或者|あるもの}}は{{r|自|みづ}}から<u>ハリストス</u>の{{r|機|き}}{{r|密|みつ}}に遠ざかるのみならず、『{{r|濁|にご}}れる{{r|敗壊|はいかい}}を以て{{r|其|その}}{{r|親友|しんゆう}}を{{r|誘|いざな}}ひ』〔[http://ibibles.net/quote.php?jco-hab/2:8-17 <u>アバクム</u>二の十五]〕『神を{{r|識|し}}るべきものゝ彼等に{{r|明|あきらか}}にあらはるる』にも{{r|拘|かか}}はらず、神の真理を不義の{{r|中|うち}}に隠さんとす。けだし『{{r|其|その}}{{r|思念|おもひ}}は{{r|虚|むな}}しくなり』{{r|其|その}}{{r|無智|むち}}の心は{{r|昧|くら}}みしにより〔{{二重線|ロマ}}一の十八至二十一〕。彼等は説を{{r|為|な}}していへり、{{r|恥|は}}づべき{{r|情慾|じょうよく}}は天性自然にして神より我等に付与せられたるものなりと、{{r|是|こ}}れ{{r|即|すなはち}}{{r|敗壊|はいかい}}の{{r|楽|たのし}}み、不正なる{{r|忿怒|いきどほり}}、神の為に発するに{{r|非|あら}}ざる不適当なる{{r|怒|いかり}}、及び{{r|凡|およ}}そ{{r|此|これ}}に類するものをいふなり。|[p.425]}} 《現代語訳》 [p.425] 完全で聖なる人となるためには、彼自身が神の内にいるだけでなく、神が彼の内にいることも必要であることを知りなさい。主はこう言われる。「彼が私の内にいれば、私も彼の内にいる」(ヨハネ15章5節)。神の人間は、神の幕屋に住み、この幕屋を最も純粋な神性の聖なる山に建てなければなりません。それは、情欲の暗い力が彼を支配することを許さない方の栄光を受け入れるだけでなく、その栄光に抱かれるためです。救い主は、ふさわしい人々の中に、聖性と生来の無執着のために住まわれるからです。それは、救い主がご自身が無執着であるように、彼を受け入れた人々をも無執着にし、もはや嵐に巻き込まれず、どんな風にも吹き飛ばされない者とするためです。 また、ある人々はキリストの奥義から遠く離れているだけでなく、「わざわいなるかな、その隣り人に怒りの杯を飲ませて、これを酔わせ、 彼らの隠し所を見ようとする者よ。」(ハバクク書 2章15節)、神の真理を偽りの中に含み、「彼らの中には、神の知恵が明らかに示されている」と言われています。なぜなら、「思いがむなしく」なり、愚かな心によって暗くなった(ローマ 1章18–21節)ため、彼らは、腐敗の快楽、不当な短気、神によらない下品な怒りなど、恥ずべき情欲は神によって私たちに生まれつき備わっているものだと言うからです。 {{Quotation|ゆゑに彼等と{{r|其|そ}}の{{r|言|い}}ふ所とは真理に{{r|違|たが}}ふものとしてこれを{{r|棄|す}}て、我等を造りし者を以て我等にあたへられたる自由自主の主権を{{r|承認|うけみと}}めん、善きことに進むも{{r|悪|あし}}きことを{{r|止|や}}むるも我等に{{r|係|かか}}らんためなり。けだし真実なる審判者は、もし{{r|自|みづ}}から情慾の造物主ならば、これに占領せらるゝ我等を{{r|罰|ばつ}}せざるべし。祈る{{r|此|この}}{{r|教|をしへ}}に離れ遠ざかりて、これを{{r|思|おもひ}}にも{{r|生|しょう}}ぜしめざらんことを。けだし{{r|此|こ}}の{{r|蒙昧|もうまい}}にして{{r|愚|おろか}}なる意見は、{{r|凡|およそ}}の敬虔なる{{r|裁|さい}}{{r|智|ち}}の為に{{r|忌|い}}み{{r|嫌|きら}}ふべきものとす。神は清くして{{r|最|いと}}{{r|美|うつく}}しき天地万物の造成者なることは、世界創造の際に{{r|聖神|せいしん}}の{{r|告|つ}}げ{{r|給|たま}}ひし如し、けだしいへり、『神は{{r|其|その}}造りたる{{r|諸|もろもろ}}の物を見たまへるに{{r|甚|はなは}}だ{{r|善|よ}}かりき』〔創世記一の三十一〕。されば<u>イエレミヤ</u>は{{r|恥|は}}づべき情慾のために{{r|哀|かなし}}み、かつ{{r|惑|まど}}ふていへり、『主の命じ給ふにあらずば、誰か事を述べんに、その事すなはち成らんや、{{r|禍|わざわい}}も{{r|福|さいわい}}も{{r|至|し}}{{r|高者|こうしゃ}}の口より{{r|出|い}}づるにあらずや』〔<u>イエレミヤ</u>哀歌三の三十六‐三十八〕。故に{{r|福音|ふくいん}}{{r|経|きょう}}に聡明なる天軍は主に{{r|問|と}}ふていへり、『主よ{{r|爾|なんぢ}}は{{r|美|よき}}{{r|種|たね}}を{{r|爾|なんぢ}}の{{r|田|た}}に{{r|撒|ま}}きたるに{{r|非|あら}}ずや、{{r|然|しか}}らば何に由りて{{傍点|style=open circle|此の}}{{r|稗|ひえ}}あるか』〔<u>マトフェイ</u>十三の二十七〕。[p.427]また他の所に救世主は{{r|自|みづ}}から彼等の事をいへり、『{{r|凡|およ}}そ我が天の父の{{r|植|うゑ}}ざりし植物は{{r|其|その}}{{r|根|ね}}{{r|絶|たや}}されん』と〔<u>マトフェイ</u>十五の十三〕。しかれどもすべて神の{{r|植|う}}ゑしものゝ{{r|美|び}}なることは、<u>ハリストス</u>これをいひ、<u>パウェル</u>もこれを{{r|証|しょう}}せり、曰く『{{r|蓋|けだし}}神の{{r|悉|ことごと}}くの造物は善なり』〔<u>テモフェイ</u>前四の四〕。故に知るべし我等の{{r|中|うち}}にかくるゝ情慾は本来我等に属するに非ずして、他に属するものなるを。けだし{{r|言|い}}ふあり、『我が{{r|隠|ひそか}}なる{{r|咎|とが}}より我を{{r|浄|きよ}}め{{r|給|たま}}へ、{{r|故|こ}}{{r|犯|はん}}より{{r|爾|なんぢ}}の{{r|僕|ぼく}}を{{r|止|とゞ}}めよ』〔[[第三「カフィズマ」#18:13|聖詠十八の十三、十四]]〕、またいふあり、『外人は{{r|起|た}}ちて我を{{r|攻|せ}}め、強き者は我が{{r|霊|たましい}}を{{r|覓|もと}}む』〔[[第七「カフィズマ」#53:5|同上五十三の五]]〕。またいふあり、『主よ我と{{r|争|あらそ}}ふ者と{{r|争|あらそ}}ひ、我と{{r|戦|たゝか}}ふ者と{{r|戦|たゝか}}ひ給へ』〔[[第五「カフィズマ」#34:1|同上三十四の一]]〕。それ此の{{傍点|style=open circle|{{r|隠|ひそか}}なるもの}}{{r|或|あるい}}は此の{{傍点|style=open circle|争ふ者}}{{r|或|あるい}}は{{傍点|style=open circle|戦ふ者}}{{r|或|あるい}}は此の{{傍点|style=open circle|故犯}}とはこれ<u>ハリストス</u>の徳行に{{r|逆|さから}}ふ凶悪なる{{r|諸神|しょしん}}を示すにあらずして何ぞや。|[p.426]}} [p.426] したがって、彼らや彼らの言葉を真理から逸脱したものとして捨て去り、私たちを創造した方が私たちに与えてくださった自由の専制を認め、最善を目指し、最悪を避けるのは私たち次第であることを認めましょう。真の審判者ご自身が創造主であるならば、情欲にとりつかれた私たちを罰するはずがありません。お願いですから、この教えは捨て去り、頭に浮かばないようにしてください。この不合理で愚かな考えは、すべての敬虔な理解力にとって不快です。神は、創造の時に聖霊が告げたように、純粋で最も美しい自然の創造主です。「見よ、すべてが非常に良い」(創世記 1章31節)と神は言っています。エレミヤは、恥ずべき情欲について嘆き、困惑しながらこう言います。「主が命じられたのでなければ、 だれが命じて、その事の成ったことがあるか。主が言われたとき、それは実現したのだ。災もさいわいも、いと高き者の口から出るではないか」(エレミヤ哀歌3章36-38節)」。それゆえ、福音書の中で、知性ある者たちは主にこう問いかけます。「主よ、あなたは畑に良い種を蒔かれたではありませんか。では、これらの毒麦はどこから来たのでしょうか」(マタイ13章27節)。別の箇所では、救い主ご自身がそれらについてこう言っています。「天の父が植えなかった庭は、みな根こそぎにされるであろう」(マタイ15章13節)。そして、神の植えたものはすべて美しいと、パウロはキリストが「神の造られたものはすべて良いものである」(テモテ第一4章4節)と言っているように、パウロもそのことを証言しています。ですから、私たちの中に秘められた情熱は私たち自身のものではなく、私たちとは無関係のものであることを知ってください。「わたしの隠れた罪を清め、あなたのしもべを異邦人の罪からお守りください」(詩篇19篇13-14節)、「異邦人がわたしに立ち向かい、力ある者たちがわたしの命を狙っています」(詩篇54篇5節)、「主よ、わたしを害する者を裁き、わたしと戦う者と戦ってください」(詩篇35篇1節)と書いてあるからです。では、この「隠れた」とは、あるいは「罪を犯す者」や「戦う者」、あるいは「異邦人」とは、キリストの徳に敵対する悪霊ではないとしたら、何を意味するのか。 {{Quotation|律法も内部の人の{{r|潔浄|けつじょう}}のことを公然と呼ぶを精密に吟味せよ。いふあり、『汝の主、神の名を{{r|妄|みだり}}に口にあぐべからず、けだし主は己の名を{{r|妄|みだ}}りに口にあぐる者の心を清めざるべし』〔[http://ibibles.net/quote.php?jco-deu/5:1-11 {{r|復傳|ふくでん}}{{r|律令|りつれい}}五の十一]〕。ゆゑに使徒も勧めて{{r|明|あきら}}かにいへり、『{{r|己|おのれ}}を{{r|凡|およそ}}の{{r|肉|にく}}と{{r|神|しん}}との{{r|汚|けがれ}}より{{r|潔|きよ}}くせよ』〔[http://ibibles.net/quote.php?jco-2cor/7:1-5 {{二重線|コリンフ}}後七の一]〕。また他の処にもいふ『心は{{r|灑|そゝ}}がれて悪しき意念を去れ』〔[http://ibibles.net/quote.php?jco-heb/10:16-22 {{二重線|エウレイ}}十の二十二]〕、又いふ『汝等の{{r|神|しん}}と{{r|霊|れい}}と{{r|体|たい}}とは{{r|全|まつと}}うし{{r|護|まも}}られて{{r|疵|きず}}なからん』〔[http://ibibles.net/quote.php?jco-1th/5:16-23 {{二重線|ソルン}}前五の二十三]〕、[p.428]又いふ『{{r|疵|きず}}なき神の子とならん為なり』〔{{二重線|フィリッピ}}二の十五〕。ゆゑに{{r|凡|すべ}}て子たる{{r|位地|いち}}を{{r|賜|たま}}はらんことを願ふ者は{{r|疵|きず}}なき{{r|体|からだ}}を有するのみならず、{{r|疵|きず}}なき{{r|霊|たましい}}をも有すること、{{r|左|さ}}の如くならざるべからず『{{r|願|ねがは}}くは我が心{{r|爾|なんぢ}}の{{r|律|おきて}}に{{r|玷|きず}}なからん、我が{{r|羞|はぢ}}を{{r|得|え}}ざらん為なり』〔[[第十七「カフィズマ」#118:80|聖詠百十八の八十]]〕。けだし律法の{{r|下|もと}}に居る者は、たゞ肉体の{{r|稱|しょう}}{{r|義|ぎ}}を遂げて、外部の{{r|潔浄|けつじょう}}を守れども、{{r|恩寵|おんちょう}}の{{r|下|もと}}に{{r|居|を}}る者は、{{r|成聖|せいせい}}により内部の平安を願ふて、{{r|左|さ}}の如くいひし者にしたがふなり、曰く、『もし汝等の義は学士お呼び<u>ファリセイ</u>等の義に{{r|勝|まさ}}らずば{{r|爾|なんぢ}}{{r|等|ら}}天国に入るを得ず』〔<u>マトフェイ</u>五の二十〕、何となれば<u>ファリセイ</u>等は智を{{r|盲|くら}}まして、{{傍点|style=open circle|杯と皿の外}}を{{r|潔|きよ}}むればなり〔<u>マトフェイ</u>二十三の二十五〕。今も彼等に似たる新<u>ファリセイ</u>は、未熟なる才智を以て外部の人を粉飾し、{{r|自|みづ}}から己を義とせんとす、しかれども{{r|聖神|せいしん}}は彼等の{{r|神|しん}}と共に彼等が神の子たるを{{r|証|しょう}}すること、使徒と共に{{r|証|しょう}}する如くせざるべし、言ふあり、『此の{{r|神|しん}}{{r|自|みづ}}から我等の{{r|神|しん}}と共に我等が神の子たるを{{r|証|しょう}}す』〔{{二重線|ロマ}}八の十六〕。彼等は内部の人の{{r|聖徳|せいとく}}に成長するを自己にあらはさんことを{{r|欲|ほつ}}せずして、たゞ肉体上の功労に信任し、『{{r|王|おう}}の{{r|女|ぢょ}}の光栄は皆内部にある』〔[[第六「カフィズマ」#44:14|聖詠四十四の十四]]〕を知らざるなり。我等各人は{{r|恰|あたか}}も心中の{{r|無花果|いちじく}}の如し、主の{{r|尋|たづ}}ぬるは内部の{{r|果|か}}にありて、{{r|枝|し}}{{r|葉|よう}}の{{r|飾|かざり}}にあるにあらざるなり〔<u>マトフェイ</u>二十一の十九〕。|[p.427-p.428]}} [p.427-p.428] 律法もまた、内なる人の清さをはっきりと求めていることを、より深く考えてみましょう。「主なるあなたの神の名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える心をきよめられないからである」(申命記 5章11節)とあります。それゆえ、使徒パウロもまた、はっきりとこう勧めています。「肉の汚れだけでなく、霊の汚れからも、あらゆる汚れから自分をきよめましょう」(コリント人への手紙二 7章1節 )。また別の箇所では、「心の中の汚れた良心を清めて」(ヘブライ人への手紙 10章22節 )と言い、さらに「体と霊と魂を、完全に清く保ちなさい」(テサロニケ人への手紙一 5章23節)と言い、「あなたがたが、責められるところのない神の子となるためです」(ピリピ人への手紙 2章15節)とも言っています。したがって、養子縁組にふさわしくありたいと願う者は皆、非の打ちどころのない体だけでなく、非の打ちどころのない魂を持たなければなりません。それは、「あなたの戒めの中で、私の心が清くあって、私が恥じることのないようにしてください」(詩篇 119篇80節)と言われた方のようなものです。律法の下に生き、肉の義認だけを満たす人は外面的な清さを保ちますが、恵みの下に生きる人は、{{r|聖|きよ}}さにおける内面的な平和も望み、「あなたがたの義がパリサイ人や律法学者よりもまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入れません」(マタイ 5章20節)と言われた方に従います。パリサイ人は心が盲目であるため、「鏡の外側」をきよめるからです(マタイ 23章25節)。現代の新しいパリサイ人たちも、彼らと同様、未熟な心で外面を飾り、自らを正当化しますが、聖霊は、彼らが神の子であるという彼らの霊に従おうとはしません。使徒パウロはこう言っています。「"霊"みずからわたしたちの霊に従われます。わたしたちは神の子なのですから」(ローマ8章16節)彼らは、内なる人の{{r|聖|きよ}}さが成長していることを自ら示そうとせず、肉の功績だけに頼っています。「王の娘の栄光はすべて内にある」(詩篇45篇14節)ことを彼らは知りません。私たち一人ひとりは、いわば心のいちじくの木のようで、主はその葉の飾りではなく、内なる実を求めておられるのです(マタイ21章19節)。 [p.429] {{Quotation|故に{{r|恥|は}}づべき情慾を弁護して、天然自然なるものとし、{{r|偶然|ぐうぜん}}に人に{{r|入|い}}りしにあらずといふ者は、『{{r|神|かみ}}の真実を己の{{r|偽|いつわり}}に{{r|易|か}}ふるなり』〔{{二重線|ロマ}}一の二十五〕何となれば我が{{r|先|さき}}にいひし如く{{r|無|む}}{{r|玷|てん}}{{r|純潔|じゅんけつ}}なる者は{{r|其|その}}{{r|像|ぞう}}を{{r|己|おのれ}}に{{r|肖|に}}たるものとなしたりしが、『{{r|悪|あく}}{{r|鬼|き}}の{{r|猜|そね}}みにより死は世に{{r|入|い}}りたればなり』〔知恵書二の二十四〕。ゆゑに人間は不法によりて{{r|孕|はら}}まれ、罪に{{r|於|おい}}て{{r|生|うま}}れて、〔[[第七「カフィズマ」#50:7|聖詠五十の七]]〕{{r|母|ぼ}}{{r|腹|ふく}}より離れ遠ざかる者となり、{{r|母|ぼ}}{{r|胎|たい}}より{{r|迷|まよい}}に{{r|居|を}}りて、<u>アダム</u>より以後<u>ハリストス</u>の{{r|来|きた}}るに至るまで罪が王となりしにより神の{{r|羔|こひつじ}}は{{r|憐|あわれみ}}を{{r|垂|た}}れて{{r|来|きた}}り給へり、これ{{r|先|ま}}づ強き者を{{r|縛|ばく}}し、{{r|其後|そののち}}{{r|鹵|ろ}}{{r|獲|かく}}せられたる器物を{{r|奪|うば}}ひ{{r|回|かへ}}して、己の力を以て世の罪を取らん為なり、言ふあり『{{傍点|style=open circle|擄者を{{r|擄|とりこ}}にす}}』と、又いふ『{{r|献物|さゝげもの}}をうく』と〔[[第九「カフィズマ」#67:19|聖詠六十七の十九]]〕。 我等は{{r|俘|ふ}}{{r|虜|りょ}}たるをまぬかれ、『土に属する者の{{r|状|かたち}}を{{r|衣|き}}たる如く、天に属する者の{{r|状|かたち}}』〔{{二重線|コリンフ}}前十五の四十九〕を{{r|衣|き}}『我等の{{r|肢|し}}{{r|体|たい}}を義の{{r|僕|ぼく}}となして、{{r|成聖|せいせい}}に{{r|委|ゆだ}}ぬること罪に{{r|委|ゆだ}}ねし如くせんことを』{{r|慮|おもんぱか}}らざるべからず〔{{二重線|ロマ}}六の十九〕。我等は信ず、われら{{r|躓|つまづ}}かずして光の{{r|中|うち}}を行く者は、神の奇跡を認めんを要するを。録して言ふ所の如し、曰く『我が目を{{r|啓|ひら}}き{{r|給|たま}}へ、{{r|然|しか}}せば{{r|我|われ}}{{r|爾|なんぢ}}が{{r|律法|りっぽう}}の{{r|奇|き}}{{r|跡|せき}}を{{r|観|み}}ん』〔[[第十七「カフィズマ」#118:19|聖詠百十八の十九]]〕。|[p.429]}} [p.429] したがって、恥ずべき情欲を自然なものとして、偶然に人に入り込んだものではないとして擁護する者は、「神の真理を偽りに変えた」(ローマ1章25節)のです。なぜなら、私が先に述べたように、汚れなき清らかな方がご自身の似姿に造られたからです。「しかし、悪魔のねたみによって死が世に入り込んだ」(知恵書2章24節)。したがって、人類は不義のうちに宿り、罪のうちに生まれ(詩篇51篇7節 )、母の胎内から離れ、アダムからキリストの到来まで罪が支配し始めてから、母の胎内から誤りの中にとどまりました。そして、憐れみ深い神の子羊が、ご自身の力で世の罪を取り除くために来られ、まず強い男を縛り、それから彼が戦利品として集めた器を奪い取られました。それは、「あなたは捕虜を捕らえ、また背く者を捕らえた」と言われたとおりです(詩篇68篇19節)。 私たちは、束縛から解放されるよう注意し、「地上の像を着ているように、天の像をも着るようになるのです」(コリント第一 15章49節)、「義のしもべである私たちの肢体を、罪に差し出したように、聖なる姿で差し出す」(ローマ 6章19節)必要があります。光の中をつまずくことなく歩む私たちは、「私の目を開いてください。そうすれば、あなたの律法からあなたの驚くべき御業を理解できます」(詩篇 119篇18節)と言われたように、神の驚くべき御業を見る運命にあると私たちは信じています。 [p.430] {{Quotation|けだし光の{{r|中|うち}}を行く者は五感に{{r|躓|つまづ}}きを{{r|来|きた}}さゞる如く、完全なる{{r|成聖|せいせい}}に{{r|居|を}}る者も心に{{r|奸計|かんけい}}を思はず、{{r|悪|あ}}しく{{r|慮|おもんぱか}}らざるなり。けだし『{{r|光|ひかり}}は{{r|暗|やみ}}と何の{{r|交|まじわ}}ることのあらん、神の{{r|殿|でん}}は偶像と何の同じきことのあらん』〔{{二重線|コリンフ}}後六の十五、十六〕、故に己を神の{{r|殿|でん}}と{{r|認|みと}}むべく、{{r|思|おもい}}の偶像を心中に{{r|画|えが}}かざらんことを{{r|力|つと}}めよ。けだし{{r|霊魂|たましい}}の{{r|中|うち}}に動作する{{r|凡|すべ}}ての{{r|情慾|じょうよく}}は偶像なり、故に『勝たるゝ者は勝つ者の奴隷たり』とは{{r|最|いと}}{{r|善|よ}}く言へるなり〔<u>ペトル</u>後二の十九〕。もし我等は肉体の慾に{{r|勤|つと}}むるならば、{{r|聖|せい}}にして無慾なる{{r|神|しん}}につとめざらんこと{{r|明|あきらか}}なり、何となれば人は『{{r|二人|ふたり}}の主に{{r|事|つか}}ふるあたはず、{{r|神|かみ}}と{{r|財|たから}}とに{{r|兼|かね}}{{r|事|つか}}ふること{{r|能|あた}}はざればなり』〔<u>マトフェイ</u>六の二十四〕。{{r|神|かみ}}の{{r|殿|でん}}は聖にして『{{r|汚|けがれ}}{{r|或|あるい}}は{{r|此|かく}}の如きもの』を有せず〔{{二重線|エフェス}}五の二十七〕、『けだし{{r|聖神|せいしん}}は{{r|諂|てん}}{{r|媚|び}}を避け、{{r|無智|むち}}{{r|者|しゃ}}の{{r|思念|おもい}}より遠ざかり、{{r|教|おしえ}}は{{r|奸猾|かんかつ}}なる{{r|霊魂|たましい}}に{{r|入|い}}らざるなり』〔知恵書一の四、五〕。 ゆゑに我等が律法はすべて{{r|神|かみ}}の{{r|指|ゆび}}を{{r|以|もつ}}て心にしるさるゝものにて、{{傍点|style=open circle|{{r|墨|すみ}}を以てするにあらず}}、{{r|神|かみ}}の{{r|神|しん}}を{{r|以|もつ}}てする〔{{二重線|コリンフ}}後三の三〕ものなるを確信して、『我は真実なり』〔<u>イオアン</u>十四の七〕との{{r|給|たま}}ひし立法者の真実をうけん、彼は心の割礼を{{r|行|おこな}}ひ、適当なる者の{{r|裁|さい}}{{r|智|ち}}に{{r|其|その}}{{r|仁|じん}}{{r|慈|じ}}の{{r|法|ほう}}をしるすこと、預言者のいへる如し、曰く『われ我が{{r|律法|りっぽう}}を彼等の心に置き、彼等の{{r|思|おもい}}にしるさん』〔<u>イエレミヤ</u>三十一の三十三〕。{{傍点|style=open circle|{{r|凡|およ}}そ選ばれたる族}}と、{{傍点|style=open circle|王たる祭司班}}と、{{傍点|style=open circle|聖なる人民}}と、選ばれたる{{傍点|style=open circle|人}}〔<u>ペトル</u>前二の九〕の{{r|中|うち}}に{{r|入|い}}らんことを苦心する者は、{{r|生活|せいかつ}}を{{r|施|ほどこ}}す{{r|神|しん}}の{{r|効力|こうりょく}}を{{r|便|べん}}{{r|利|り}}に{{r|己|おの}}れにうけん。|[p.430]}} [p.430] 感覚において、光の中を歩む者はつまずかないのと同様に、精神において、完全な{{r|聖|きよ}}さの中に留まる者は悪を考えず、悪の理性を働かせません。なぜなら、「光と闇との交わりはなく、教会と偶像との結びつきもない」(コリント第二 6章15-16節)からです。ですから、自分自身を神の神殿であると認識し、心の中に偶像を描かないように努めなさい。魂に働くすべての情欲は偶像です。ですから、「人は何に打ち負かされるかによって、その者のしもべとなる」(ペテロ第二 2章19節)と美しく言われています。もし私たちが肉欲に囚われているなら、明らかに、私たちは聖なる、情欲のない聖霊に囚われていません。なぜなら、「だれも二人の主人に仕えることはできない。あなたがたは、神と富に仕えることはできない」(マタイ 6章24節)と言われているからです。神の神殿は聖なるものであり、「汚れも、しわも、そのようなものは一切ない」(エフェソ 5章27節)のです。「聖霊は欺きから逃げ去り、理性のない考えから遠ざかり、悪しき魂に入り込むことはない」(知恵書 1章4-5節)のです。 したがって、私たちの律法全体が神の指によって、インクではなく神の霊によって心に書かれていることを確信した私たちは、 「わたしは真理である」(ヨハネ14章7節)と言われた律法授与者の真理を受け入れましょう。神は、預言者が言うように、「わたしの律法を彼らの心に与え、わたしはそれを彼らの心に書き記す」(エレミヤ31章33節)ように、ふさわしい者の心に割礼を施し、その善の律法を書き記してくださいます。「選ばれた世代」、「王なる祭司」、「聖なる国民」 、「選ばれた民」(ペテロ第一2章9節)に入ろうとする者は皆、命を与える聖霊の効力を喜んで受け入れます。 [p.431] {{Quotation|故に<u>ハリストス</u>に{{r|於|おけ}}る生活の<u>ハリストス</u>と同形なる公正に{{r|進|すゝ}}むを、{{r|縦|たと}}ひ久しからずと{{r|雖|いへど}}も、我等にも{{r|賜|たま}}はらんことを{{r|願|ねが}}ひ{{r|且|かつ}}祈るべし。けだし{{r|如此|かくのごとき}}の{{r|霊魂|たましい}}は{{傍点|style=open circle|面の恥}}〔[[第六「カフィズマ」#43:16|聖詠四十三の十六]]〕を脱し、{{r|最早|もはや}}汚れたる{{r|思|おもい}}に占領せられず、{{r|悪者|あくしゃ}}と{{r|姦通|かんつう}}せずして、{{r|疑|うたがい}}なく天の{{r|新郎|しんろう}}と{{r|親|しん}}{{r|与|よ}}をなさん、何となれば{{r|自|みづ}}から彼と{{r|同形|どうけい}}なればなり。彼に対するの愛を以て刺激せられたる{{r|霊魂|たましい}}は望みて{{r|絶|たえ}}{{r|入|い}}らん〔[[第十一「カフィズマ」#83:1|聖詠八十三の一]]〕。{{r|我|われ}}{{r|敢|あえ}}ていふ、{{r|成聖|せいせい}}を{{r|享|うく}}ることの{{r|不|ふ}}{{r|朽|きゅう}}なる{{r|契約|けいやく}}により、彼とかくの如く{{r|美|び}}なる{{r|心中|しんちゅう}}{{r|秘|ひ}}{{r|密|みつ}}の{{r|体合|たいごう}}を{{r|為|な}}すを望まん。{{r|如此|かくのごとき}}の{{r|霊魂|たましい}}は実に幸福なり、彼は{{r|霊神|れいしん}}{{r|上|じょう}}の愛に勝たれたつものとして、{{r|神|かみ}}{{r|言|ことば}}に{{r|嫁|か}}すること当然なり、故に彼は{{r|敢|あえ}}て言ふべし、左の如く言ふべし、曰く『我が{{r|霊|たましい}}はわが{{r|神|かみ}}をたのしまん、そは我に{{r|救|すくい}}の{{r|衣|ころも}}をきせ、義の{{r|外服|がいふく}}をまとはせて、{{r|新郎|しんろう}}が{{r|冠|かんむり}}をいたゞき、{{r|新|しん}}{{r|婦|ぷ}}が{{r|玉|たま}}こがねの{{r|飾|かざり}}をつくるが如くしたまへばなり』〔<u>イサイヤ</u>六十一の十〕けだし{{r|王|おう}}は彼の善良を望みて〔[[第六「カフィズマ」#44:12|聖詠四十四の十二]]〕、彼をたゞ{{r|神|かみ}}の{{r|殿|でん}}と名づくるのみならず、{{r|王|おう}}の{{r|女|むすめ}}及び{{r|皇后|こうごう}}と名づくるを{{r|賜|たま}}へり、{{r|神|かみ}}の{{r|殿|でん}}と名づくるは{{r|聖神|せいしん}}の{{r|為|ため}}に{{r|領有|りょうゆう}}せられたるによる、{{r|王|おう}}の{{r|女|むすめ}}と名づくるは{{r|父|ちゝ}}より光の子たることをうけたるによる、{{r|又|また}}{{r|皇后|こうごう}}と名づくるは{{r|独生|どくせい}}{{r|者|しゃ}}の{{r|光栄|こうえい}}の{{r|神性|しんせい}}と{{r|配合|はいごう}}せしによるなり。|[p.431]}} [p.431] ですから、たとえほんの短い間であっても、私たちもキリストにおける一貫した正しい生き方に近づくにふさわしい者と認められるよう、祈り求めましょう。そのような魂は、「顔の恥」(詩篇44篇16節)を捨て、もはや不純な思いにとらわれることもなく、もはや悪魔と姦淫を犯すこともなく、疑いなく天の花婿との交わりに入ります。なぜなら、その魂自体が一貫した生き方をしているからです。主への愛によって傷つき、「切望し、そして尽き果てた」(詩篇84篇1節)のです。あえて言えば、聖なる交わりの朽ちることのない絆を通して、主との美しく神秘的な結びつきを切望しているのです。そのような魂は、真に祝福され、幸福です。霊的な愛に打ち勝った魂は、神の言葉にふさわしく婚約しているのです。それゆえ、彼女は大胆に語り、こう言うであろう。「わが魂は主にあって喜びます。主はわたしに救いの衣と喜びの衣を着せ、花婿のようにわたしに冠を授け、花嫁のようにわたしを美しく飾ってくださいました」(イザヤ書61章10節)。王は彼女の美しさを望み(詩篇44篇12節)、彼女を神の神殿だけでなく、王女、王妃とも呼ぶにふさわしい者とみなした。神の神殿とは、聖霊によって養子とされた者であり、王女とは、光の父から養子とされた者であり、王妃とは、独り子の栄光の神性と結びついた者なのである。 [p.432] {{Quotation|けだし本性に{{r|於|おい}}て{{r|一|いつ}}たる主は、いかんして人間の{{r|救|すくい}}の摂理の為に多くの名を{{r|比喩|ひゆ}}{{r|的|てき}}に{{r|己|おのれ}}にうけしか。{{r|何故|なにゆえ}}{{r|甲処|こうしょ}}には{{r|石|いし}}〔{{二重線|コリンフ}}前十の四〕及び門〔<u>イオアン</u>十の七〕と名づけ、{{r|他|た}}{{r|処|しょ}}には{{r|斧|おの}}〔<u>ルカ</u>十五の一〕及び{{r|餅|ぱん}}と名づけしか〔同六の三十五〕。{{r|石|いし}}と名づけしは{{r|其|その}}{{r|勢力|せいりょく}}の動かすべからざると近づくべからざるとによる、{{r|門|もん}}と名づけしは彼によりて{{r|永世|えいせい}}に{{r|入|い}}るによる、{{r|斧|おの}}とは彼は{{r|悪習|あくしゅう}}の{{r|根|ね}}を{{r|絶|た}}つによる、{{r|路|みち}}とは適当なる者を真実を{{r|識|し}}るにみちびくによる、{{r|葡|ぶ}}{{r|萄|どう}}の{{r|幹|みき}}とは{{r|人心|じんしん}}をたのしましむる{{r|酒|さけ}}が彼によりて{{r|産|さん}}せらるゝによる、また{{r|餅|ぱん}}とは{{r|有言|ゆうげん}}なる{{r|造物|ぞうぶつ}}の{{r|心|こゝろ}}を{{r|堅|かた}}むるによるなり。しかれどもこれと同じく{{r|神|かみ}}{{r|言|ことば}}の為に領有せられたる非難すべからざる{{r|霊魂|たましい}}も、{{r|固|もと}}より{{r|単純|たんじゅん}}なるものなれど、{{r|神的|しんてき}}{{r|道徳|どうとく}}に多くの進歩をなすにしたがひて、{{r|賜|たまもの}}をうけん。我が{{r|此事|このこと}}をいふは{{r|新|しん}}{{r|婦|ぷ}}の名称も{{r|勿論|もちろん}}たゞ{{r|三|みつ}}のみにあらずして、{{r|更|さら}}に{{r|多|おほ}}かるべきによるなり。 ゆゑに{{r|神|かみ}}の{{r|聖所|せいしょ}}に{{r|入|い}}りて、『我等が{{r|年少|ねんしょう}}を{{r|楽|たのし}}ましむる{{r|神|かみ}}に』〔[[第六「カフィズマ」#42:4|聖詠四十二の四]]、{{r|希臘|ギリシャ}}訳文〕{{r|就|つ}}かざらん{{r|間|あいだ}}は、{{r|此|こ}}の{{r|労|ろう}}は我等の面前にあるを知るべし、けだし我等なほ肉体にあるも、{{r|主|しゅ}}の{{r|無|む}}{{r|慾|よく}}を、たまはり、{{r|成聖|せいせい}}を{{r|遂|と}}げんことは、救世主の{{r|悦|よろこ}}ぶ所にして、{{r|其時|そのとき}}には、{{r|敢|あえ}}て{{r|左|さ}}の如くいふを{{r|得|え}}ん、曰く『我等は肉に在りて{{r|行|おこな}}へども、肉に{{r|循|したが}}ひて{{r|戦|たゝか}}はず、我等が{{r|戦|たゝかい}}の{{r|器|うつわ}}は肉に属せず、{{r|乃|すなわち}}{{r|神|かみ}}に{{r|由|よ}}りて{{r|塁|とりで}}を{{r|破|やぶ}}る{{r|能|ちから}}あり、我等{{r|此|これ}}を以て{{r|諸|もろもろ}}の{{r|謀|はかりごと}}と{{r|凡|およ}}そ{{r|神|かみ}}の知識に{{r|逆|さか}}ふ高慢とを破る』〔{{二重線|コリンフ}}後十の三至五〕。|[p.432]}} [p.432] 本質において唯一の主が、人類の救済という摂理のために、いかにして比喩的な意味で多くの名前を身にまとわれたことだろうか。なぜイエスは、ある箇所では岩(コリント第一 10章4節)や戸口(ヨハネ 10章7節)と呼ばれ、別の箇所では斧(ルカ 3章9節)や道(ヨハネ 14章6節)と呼ばれ、またぶどうの木やパン(ヨハネ 6章35節)とも呼ばれるのでしょうか。―岩と呼ばれるのは、イエスの力の揺るぎなさと近づきがたい性質によるものです。―戸口と呼ばれるのは、イエスを通して永遠の命に入ることができるからです。―斧と呼ばれるのは、イエスが悪の根源を断ち切るからです。―道と呼ばれるのは、イエスがふさわしい者を真理の知識へと導くからです。―ぶどうの木と呼ばれるのは、イエスが人の心を喜ばせる実り豊かなぶどう酒を実らせるからです。そして同様に、パンと呼ばれるのは、イエスが理性を持つ被造物の心を強くするからです。同様に、神の言葉に似た、それ自体は単純でありながら、多くの霊的な徳を積むことによって、罪のない魂もまた賜物を受けるに値するとみなされるのです。私がこのように述べたのは、花嫁の称号は三つだけでなく、多くの称号を持つからです。 そして、この労苦は、私たちが神の聖所に入るまで、すなわち「私たちの若さを喜ばれる神のもとへ」(詩篇43章4節)に入るまで、私たちの前に立ちはだかっていることを知っておきなさい。救い主は、私たちがまだ肉体の中にいる間に、主の無執着にふさわしく、{{r|聖|きよ}}さに満たされることを喜ばれるからです。そして、その時、私たちは大胆にこう言うことができます。「私たちは肉体の中にいる間は、肉に従って戦いません。私たちの戦いの武器は肉的なものではなく、神によって力強く、滅びに強く、あらゆる考えや、神の知識に逆らって高ぶるあらゆる高慢なものを打ち砕くからです」(コリント第二10章3-5節)。 [p.433] {{Quotation|故に{{r|尚|なほ}}{{r|此処|こゝ}}に{{r|於|おい}}ても我等は罪なる{{r|慾|よく}}を十字架に{{r|釘|くぎ}}すること、預言者の{{r|祈祷|きとう}}の如くすべし、曰く『我が肉体を{{r|爾|なんぢ}}を{{r|畏|おそ}}るゝの{{r|畏|おそ}}れに{{r|釘|くぎ}}す』〔[[第十七「カフィズマ」#118:120|聖詠百十八の百二十]]〕。けだし{{r|使徒|しと}}のいはゆる『神の国を{{r|嗣|つ}}ぐあたはざる』〔{{二重線|コリンフ}}前十五の五十〕肉と血とは、{{r|此|こ}}の{{r|見|み}}ゆる{{r|体|からだ}}をいふにあらずして、〔彼は{{r|神|かみ}}の造る所なり〕{{傍点|style=open circle|{{r|悖逆|はいぎゃく}}の子}}〔{{二重線|エフェス}}二の二〕の{{r|中|うち}}に行為する凶悪の{{r|神|しん}}によりて{{r|起|おこ}}さるゝ肉体の{{r|念慮|ねんりょ}}を指す、何となれば<u>ハリストス</u>に{{r|於|お}}ける完全なる苦行者のために『{{r|戦|たゝかい}}は{{r|血肉|けつにく}}に{{r|於|おい}}てするに非ず、{{r|此|こ}}の{{r|暗昧|あんまい}}の{{r|世|せ}}{{r|君|くん}}に{{r|於|おい}}てし、凶悪の{{r|諸神|しょしん}}に{{r|於|おい}}てすればなり』〔{{二重線|エフェス}}六の十二〕。 故にもし{{r|此|こ}}の行為は天性自然の行為にあらずして、反対なる{{r|力|ちから}}の行為なるを{{r|認|みと}}むるならば、彼等に対して<u>ハリストス</u>の{{r|全|まつた}}き{{r|軍|ぐん}}{{r|備|び}}をおのれにうけ、『{{r|其|そ}}の{{r|奸計|はかりごと}}を{{r|禦|ふせ}}ぐを{{r|得|う}}べし』〔{{二重線|エフェス}}六の十一〕何となれば救世主は『{{r|蛇|だ}}{{r|蝎|かつ}}及び{{r|悉|ことごと}}くの{{r|敵|てき}}の{{r|力|ちから}}を{{r|踏|ふ}}む』の{{r|権|けん}}を我等に{{r|賜|たま}}ふによる〔<u>ルカ</u>十一の十九〕。{{r|我|われ}}{{r|等|ら}}{{r|尚|なほ}}{{r|肉体|にくたい}}に{{r|居|を}}るも{{r|敢|あえ}}て{{r|左|さ}}の如く{{r|言|い}}ふを{{r|得|え}}んが為なり、曰く『もしわが心に不法のあるを{{r|見|み}}しならば主はわれに{{r|聴|き}}かざらん』〔[[第九「カフィズマ」#65:18|聖詠六十五の十八]]〕また曰く『{{r|我|われ}}{{r|尤|とが}}なしといへども、彼等は{{r|趨|は}}せ{{r|集|あつ}}まりて{{r|武具|ぶぐ}}をそなふ』〔同上五十八の五〕と、これ{{r|言|いふ}}{{r|意|こゝろ}}は我等は{{r|志|こゝろざ}}す所に進行し、{{r|即|すなわち}}{{r|上|うえ}}より{{r|召|め}}す所の{{r|褒章|ほうしょう}}に{{r|進向|しんこう}}しつゝ、如何なる肉体の慾もあるなうして、天に生涯を送ること{{r|易|やす}}からん。けだし{{r|諸|もろもろ}}の慾に遠ざかりて{{r|敢|あえ}}て{{r|左|さ}}の如く{{r|言|い}}ふことを{{r|得|う}}ればなり、曰くたゞに{{傍点|style=open circle|信を守る}}のみならず、{{傍点|style=open circle|{{r|馳|は}}すべき程を尽せり}}〔<u>テモフェイ</u>後四の七〕。|[p.433]}} [p.433] ですから、私たちはここでもなお、預言者の祈りに従って、罪深い情欲を十字架に釘付けにしなければなりません。「あなたへの畏れをもって、私の肉体を釘付けにしてください」(詩篇119篇120節)。使徒が「彼らは神の国を受け継ぐことができない」(コリント第一 15章50節)と言っている肉と血とは、この目に見える体(それは神によって創造されたもの)のことではなく、悪霊によって起こされ、「不従順な者たちのうちに働く」(エフェソ 2章2節)肉の知恵のことである。なぜなら、キリストにおいて完成された禁欲主義者は「肉と血と戦うのではなく、この世の闇の支配者、悪霊と戦う」(エフェソ 6章12節)からである。 したがって、この行為が自然なものではなく、敵対勢力の行為であると認めるならば、キリストの完全な武具を身に着けて敵対勢力に対抗すれば、「彼らの策略に立ち向かう」ことができるでしょう(エフェソ6章11節)。なぜなら、救い主は私たちに「蛇やサソリを踏みつけ、敵対者のあらゆる力に打ち勝つ」力を与えてくださるからです(ルカ10章19節)。そのため、肉体の中にいる間も、「もし私の心に不義を見たなら、主は私の祈りを聞いてくださらないでしょう」(詩篇66篇18節)と大胆に言うことができ、「私は不義なく走り、物事を正しました」(詩篇59篇5節)と言え、つまり、肉欲に駆られることなく、天国での生活を快適に過ごし、「高き召しの賞」(フィリピ3章14節)を目指して努力することができるのです。なぜなら、私たちはあらゆる情欲から遠ざかっているので、「信仰を守り通した」だけでなく、「走るべき道のりを走り終えた」と大胆に言うことができるからです(テモテ第二 4章7節)。 [p.434] {{Quotation|たゞ<u>ハリストス</u>を信ずるのみならず、彼と共に{{r|苦|くるしみ}}をうくることも{{r|肝要|かんよう}}なり、{{r|録|ろく}}していへる如し、『{{r|汝|なんぢ}}{{r|等|ら}}に{{r|賜|たま}}はりしはたゞ彼を信ずるのみならず、{{r|亦|また}}彼の為に{{r|苦|くるしみ}}をうくることなり』〔{{二重線|フィリッピ}}一の二十九〕。たゞ{{r|神|かみ}}を信ずるのみは地上の事を{{r|念|おも}}ふ{{r|者|もの}}に相応するのみならず、不潔の{{r|神|しん}}にさへ相応するは我が{{r|言|ことば}}を{{r|俟|ま}}たざるべし、いへらく『{{r|我|われ}}{{r|爾|なんぢ}}が{{r|誰|たれ}}なるを{{r|知|し}}る、{{r|乃|すなわ}}ち神の子なり』〔<u>マルコ</u>一の二十四、<u>マトフェイ</u>八の二十九〕。『けだし彼も{{r|此|これ}}も<u>ハリストス</u>の十字架の敵なり、彼等が{{r|終|おわり}}は{{r|滅亡|めつぼう}}なり、彼等が{{r|神|かみ}}は{{r|腹|はら}}なり、彼等が{{r|栄|えい}}とする所は{{r|辱|はぢ}}なり、彼等は地上の事を{{r|念|おも}}ふ』〔{{二重線|フィリッピ}}三の十八、十九〕と見るか十字架の敵はたゞ背教者の{{r|力|ちから}}のみにあらず、地上の事を{{r|念|おも}}ふ者も{{r|亦|また}}{{r|然|しか}}るを。しかれども<u>ハリストス</u>と共に{{r|苦|くるし}}みをうけて共に{{r|栄|えい}}せらるゝことはたゞ{{r|此|この}}{{r|世|よ}}に{{r|於|おい}}て{{r|己|おのれ}}を十字架に{{r|釘|くぎ}}して主の{{r|疵|きず}}を{{r|己|おのれ}}の{{r|体|からだ}}に{{r|負|お}}ふ{{r|者|もの}}のみ{{r|能|よく}}し{{r|得|う}}るなり。|[p.434]}} [p.434] 人はキリストを信じるだけでなく、キリストと共に苦しまなければなりません。聖書にこう書いてあるとおりです。「あなたがたには、キリストを信じるだけでなく、キリストのために苦しむことも許されているのです」(フィリピ1章29節)。神だけを信じるというのは、地上のことばかり考える人、あるいは汚れた霊のような人たちの特徴です。彼らは「私たちはあなたが誰であるかを知っています。あなたは神の子です」(マルコ1章24節、マタイ8章29節)と言います。前者も後者も「キリストの十字架の敵であり、その最後は滅びです。彼らの神は腹であり、彼らの栄光は恥辱の中にあります。彼らは地上的な考え方をする者です」 (フィリピ3章18、19節)。背教者だけでなく、地上のことばかり考える人たちも十字架の敵であることがお分かりでしょうか。この世で自らを十字架につけ、主の傷を身に負う者だけが、キリストと共に苦しみ、キリストと共に栄光を受けることができるのです。 [p.435] {{Quotation|哲学を正しく{{r|攻究|こうきゅう}}して、{{r|霊魂|たましい}}を悪の{{r|汚穢|けがれ}}より{{r|救|すく}}ふ者は、哲学の目的を{{r|精確|せいかく}}に知らんこと{{r|肝要|かんよう}}なり、進行の{{r|労|ろう}}と{{r|経|けい}}{{r|過|か}}の{{r|終|おわり}}とを{{r|確|かく}}{{r|知|ち}}して、{{r|高慢|こうまん}}と{{r|功労|こうろう}}のことを{{r|思|おも}}ふ{{r|意思|いし}}とを{{r|全|まつた}}く{{r|斥|しりぞ}}け、聖書の{{r|誡命|かいめい}}にしたがひ、{{r|己|おのれ}}の{{r|霊魂|たましい}}と{{r|生命|いのち}}をすてゝ{{r|一|いつ}}の{{r|富|とみ}}に{{r|注目|ちゅうもく}}せん{{r|為|ため}}なり、{{r|即|すなわち}}{{r|神|かみ}}が{{r|凡|およ}}そ{{r|甘|あま}}んじて{{r|苦|く}}{{r|行|ぎょう}}を{{r|自|みづ}}から{{r|任|にな}}はんと決心したる者を呼びて、{{r|其|その}}愛する所の者に<u>ハリストス</u>を愛したる{{r|為|ため}}の{{r|報償|ほうしょう}}として定め給ひしものに注目せん{{r|為|ため}}なり、{{r|此|かく}}の如き苦行の経過に{{r|於|おい}}て彼等に{{r|充分|じゅうぶん}}の{{r|路|ろ}}{{r|用|よう}}を{{r|給|きゅう}}するは<u>ハリストス</u>の十字架なり、されば彼等は{{r|此|これ}}を{{r|負|お}}ふて、{{r|楽|たのし}}みと{{r|善|ぜん}}なる{{r|希|き}}{{r|望|ぼう}}とを以て救世主<u>ハリストス</u>の{{r|跡|あと}}にしたがひ、{{r|其|その}}摂理を{{r|己|おのれ}}の{{r|為|ため}}に{{r|生命|いのち}}の{{r|法|ほう}}となし、{{r|路|みち}}となさんこと肝要なり、使徒の{{r|自|みづ}}から{{r|言|い}}へる如し、曰く『{{r|爾|なんぢ}}{{r|等|ら}}我に{{r|效|なら}}ふ者となれ、我が<u>ハリストス</u>に{{r|效|なら}}ふが{{r|如|ごと}}し』〔{{二重線|コリンフ}}十一の一〕又いふ『忍耐を以て我等の前にある{{r|馳|はせ}}{{r|場|ば}}を{{r|趨|はし}}りて、我等の{{r|信|しん}}の{{r|首|かしら}}及び{{r|成全|せいぜん}}{{r|者|しゃ}}なる<u>イイスス</u>を{{r|仰|あお}}ぎ{{r|望|のぞ}}むばし、彼は{{r|其|その}}{{r|前|まえ}}に{{r|在|あ}}る{{r|喜|よろこび}}に{{r|易|か}}へて{{r|辱|はぢ}}を{{r|意|い}}とせず、十字架を忍びて{{r|神|かみ}}の{{r|宝|ほう}}{{r|座|ざ}}の右に{{r|坐|ざ}}せり』〔{{二重線|エウレイ}}十二の一、二〕。 われらは{{r|神|かみ}}の{{r|賜|たまもの}}を以て{{r|自|みづ}}から{{r|高|たか}}ぶり、道徳に進むの{{r|或|あ}}る進歩を{{r|己|おのれ}}の{{r|為|ため}}に{{r|高慢|こうまん}}と{{r|称賛|しょうさん}}の{{r|為|ため}}の{{r|縁|えん}}{{r|由|ゆ}}となして、望む所の{{r|終|おわ}}りに{{r|達|たつ}}せざる{{r|先|さき}}に{{r|己|おのれ}}の{{r|志|こゝろざし}}の{{r|撓|たわ}}まざらんが{{r|為|ため}}、{{r|高慢|こうまん}}により先になせる勤労を{{r|己|おのれ}}の{{r|為|ため}}に無益となさゞらんが{{r|為|ため}}、及び{{r|神|しん}}の{{r|恩寵|おんちょう}}の我等を{{r|引誘|いんゆう}}する{{r|成全|せいぜん}}に{{r|堪|た}}へざるものとならざらんが{{r|為|ため}}に{{r|戦々|せんせん}}{{r|競々|きょうきょう}}たらざるべからざるなり。|[p.435]}} [p.435] 哲学を正しく愛することを学び、悪徳の汚れから魂を解放した人々は、哲学を愛することの目的を正確に知っていなければなりません。旅の苦労と道のりの終わりを学んだ後、彼らはすべての傲慢と功績の考えを捨て、聖書の戒めに従って、魂と命を捨て、キリストを愛する者たちへの報いとして神が定めた一つの富を心に留め、喜んで闘いに挑むことを決めたすべての人をそれに招き入れます。そして、そのような闘いの通過のために、キリストの十字架は十分な別れの贈り物です。彼らはそれを背負い、救い主である神の足跡に従い、使徒自身が言ったように、「わたしがキリストに倣っているように、あなたがたもわたしに倣いなさい」 (コリント第一 11章節1)というように、神の摂理を自分たちの律法と生き方としなければなりません。また、「信仰の創始者であり完成者であるイエスを見つめながら、私たちの前に置かれている戦いに向かって忍耐をもって走り続けましょう。イエスは、ご自身の前に置かれた喜びのために、恥辱を気にせず十字架を耐え忍び、 神の御座の右に座られました」 (ヘブライ12章1-2節)。 私たちは、聖霊の賜物によって高められ、徳における進歩を傲慢と自慢の言い訳にしてしまい、望む終着点に到達する前に努力を怠り、それまでの努力を無益なものにしてしまい、聖霊の恵みによって導かれた完全さにふさわしくない者となってしまうことのないよう、注意しなければなりません。 [p.436] {{Quotation|故に勤労に{{r|於|おけ}}るの{{r|尽力|じんりょく}}を決して{{r|弱|よわ}}むべからず、{{r|眼前|がんぜん}}にある所の苦行を{{r|辞|じ}}するべからず、もし先に何か遂げし所あらんには、それを以て熱心を{{r|劃|かぎ}}るべからず、{{r|乃|すなわち}}{{r|使徒|しと}}の如く{{傍点|style=open circle|後}}を忘れて{{傍点|style=open circle|前}}に進み〔{{二重線|フィリッピ}}三の十三〕、{{r|成全|せいぜん}}を{{r|求|もと}}むる者が{{r|飽|あ}}くを知らずして{{r|独|ひと}}り{{r|飢|き}}{{r|渇|かつ}}する所の義の{{r|願|ねがい}}を{{r|有|ゆう}}し、勤労の為に{{r|慮|おもんぱか}}りて心肝を{{r|摧|くだ}}かんこと{{r|肝要|かんよう}}なり。彼等は{{r|許約|きょやく}}せられたる幸福を{{r|距|さ}}ること{{r|猶|なほ}}遠くして、<u>ハリストス</u>の完全なる愛に多く{{r|達|たつ}}せざる者なるにより、{{r|謙遜|けんそん}}なる者となり、恐れに満てる者とならざるべからず。けだし{{r|此|この}}{{r|愛|あい}}を{{r|切願|せつがん}}して、天の約束を{{r|仰望|ぎょうぼう}}する者は、{{r|禁食|きんしょく}}するか、{{r|儆醒|けいせい}}するか、{{r|或|あるい}}は他のいかなる{{r|徳行|とくこう}}に熱心するも、以前の功労を以て{{r|自|みづか}}ら{{r|高|たか}}ぶらざるべく、{{r|却|かへつ}}て神聖なる{{r|望|のぞみ}}にみたさるゝ彼は{{r|己|おのれ}}を呼ぶ所の者に{{r|間断|かんだん}}なく{{r|眼|め}}を{{r|注|そゝ}}ぎて、いくばく{{r|奮闘|ふんとう}}するも{{r|其|その}}{{r|志|こゝろざ}}す所のものに{{r|比|くら}}ぶれば{{r|全|まつた}}く小なりと{{r|思|おも}}ふべし。されば{{r|其|その}}{{r|行|おこない}}により{{r|己|おのれ}}を{{r|神|かみ}}の{{r|前|まえ}}に尊敬すべき者とあらはさゞらん{{r|間|あいだ}}は、{{r|労|ろう}}に{{r|労|ろう}}を{{r|加|くは}}へ、{{r|徳行|とくこう}}に{{r|徳行|とくこう}}を{{r|重|かさ}}ぬるも、{{r|神|かみ}}の{{r|前|まえ}}に適当なる者となれりとの{{r|意思|いし}}を心に{{r|懐|いだ}}かずして、{{r|此|こ}}の{{r|生命|いのち}}の{{r|終|おわり}}に{{r|至|いた}}るまで{{r|悉|ことごと}}くの{{r|尽力|じんりょく}}を{{r|用|もち}}ひん。けだし{{r|行|おこない}}に{{r|於|おい}}て{{r|大|おほい}}なる者は{{r|神|かみ}}を{{r|畏|おそ}}るゝを{{r|以|もつ}}て{{r|自負|じふ}}を{{r|地|ち}}に{{r|擲|なげう}}ちて、心を謙遜し、生活の為に{{r|己|おのれ}}を{{r|罪|つみ}}し、信じて愛するの{{r|度|ど}}により{{r|許約|きょやく}}を{{r|楽|たのし}}みて、{{r|自|みづ}}から{{r|労|ろう}}するの{{r|如何|いかん}}を{{r|以|もつ}}てせざるは、これぞ{{r|哲学|てつがく}}の{{r|最|もつとも}}{{r|卓越|たくえつ}}せる{{r|功労|こうろう}}なる。けだし{{r|賜|たまもの}}は{{r|大|おほい}}なるにより、これに{{r|相応|そうおう}}する{{r|勤労|きんろう}}を{{r|見|み}}{{r|出|いだ}}すことあたはざればなり。|[p.436]}} [p.436] ですから、私たちは決して努力を怠ってはならず、これから待ち受ける苦闘を放棄してはならず、既に達成したことにのみ熱意を限定してはなりません。しかし、使徒によれば、「過去のことは忘れ」、「未来のことに向かって身を伸ばし」(フィリピ3章13節)、努力に対する思いを胸に抱き、完全さを目指す者だけが切望し渇望すべき義への飽くなき渇望を持ち続けなければなりません。彼らは、約束された祝福からまだ遠く離れており、キリストの完全な愛には程遠いので、謙遜になり、畏れを抱かなければなりません。なぜなら、この愛を望み、天の約束を見つめる者は、断食をしたり、徹夜したり、他の徳を積んだりしても、過去の功績によって自分を高めることはなく、神への切なる願いに満たされ、自分を召してくださる方に絶えず目を向け、どんなに努力しても、自分が目指すものに比べれば、すべてを小さなものと考えるからです。彼は生涯の終わりまで、あらゆる努力を尽くし、労苦に労苦を重ね、徳に徳を重ね、自分の行いによって神の前に立派な者として現れるまで努力しますが、自分が神の前にふさわしい者になったとは決して考えません。知恵を愛する者の最も優れた功績は、行いに優れた者が心を低くし、自らの生き方を悔い改め、神への畏れをもって傲慢さを打ち砕き、信じて愛した度合いに応じて約束を享受し、働いた度合いに応じて享受しないことである。賜物は大きいので、それに見合う働きを見出すことは不可能である。 [p.437] {{Quotation|さりながら{{r|信|しん}}と{{r|望|ぼう}}とは{{r|大|おほい}}ならざるべからずして、これを{{r|以|もつ}}て報酬を測るべく、勤労を以てすべからざるなり。{{r|然|しか}}して{{r|信|しん}}の{{r|根本|こんぽん}}は{{r|心神|しんしん}}の{{r|貧|まづ}}しきと{{r|神|かみ}}に対する{{r|無|む}}{{r|量|りょう}}の{{r|愛|あい}}とにあり。 希望の目的に応じ、哲学によりて、生活せんと決心したる者の{{r|為|ため}}に{{r|余|よ}}は{{r|充分|じゅうぶん}}にのべたりと{{r|思|おも}}ふ。{{r|今|いま}}{{r|又|また}}これに{{r|加|くは}}ふるにかくの如き者はいかに{{r|互|たがい}}に{{r|交際|こうさい}}して{{r|如何|いか}}なる{{r|労|ろう}}を{{r|愛|あい}}するを{{r|要|よう}}するかを示すべし、{{r|天|てん}}{{r|都|と}}に{{r|達|たつ}}するに{{r|至|いた}}る{{r|迄|まで}}{{r|其|その}}進行を協力して{{r|成|な}}さん{{r|為|ため}}なり。 {{r|此|この}}{{r|世|よ}}に{{r|於|おい}}て尊敬すべきと認めらるゝものを{{r|断|だん}}じて{{r|尊|たつと}}ばず、{{r|親族|しんぞく}}を{{r|棄|す}}て、もろ{{く}}{{r|地下|ちか}}の{{r|栄|さかえ}}を{{r|棄|す}}てゝたゞ{{r|天上|てんじょう}}の{{r|尊栄|そんえい}}に{{r|着眼|ちゃくがん}}し、{{r|神|かみ}}による{{r|兄弟|けいてい}}と{{r|心神|しんしん}}にて{{r|結合|けつごう}}する{{r|者|もの}}は、{{r|世|よ}}と{{r|共|とも}}に{{r|己|おのれ}}の{{r|霊魂|たましい}}をも{{r|棄|す}}つること{{r|肝要|かんよう}}なり。{{r|霊魂|たましい}}を{{r|棄|す}}つとは{{r|何|なに}}に{{r|於|おい}}ても{{r|己|おのれ}}の{{r|旨|むね}}を求めずして、{{r|反|かへ}}つて{{r|己|おのれ}}の{{r|旨|むね}}を{{r|矯正|きょうせい}}し、{{r|院長|いんちょう}}を以て己の為に{{r|神|かみ}}の{{r|言|ことば}}となして、これを{{r|益用|えきよう}}すること、{{r|善良|ぜんりょう}}なる{{r|舵師|だし}}の如くし、{{r|兄弟|けいてい}}{{r|社会|しゃかい}}のすべてを{{r|挙|あ}}げて、{{r|同心|どうしん}}{{r|協力|きょうりょく}}して、{{r|神|かみ}}の{{r|旨|むね}}の{{r|湊|みなと}}に{{r|向|むか}}はしむるにあり。|[p.437]}} [p.437] しかし、信仰と希望は大きくなければならない。それによって報いが測られ、働きによって測られるのではない。信仰の土台は、霊的な貧しさと神への計り知れない愛である。 希望の目標に従って、知恵に満ちた人生を送ろうと決意した人々については、すでに十分なことが述べられたと思います。今、私たちは、そのような人々が互いにどのように接し、どのような働きを愛すべきか、そして共に歩みを進めて天の都に到達できるようにすべきことについて、付け加えなければなりません。 この世で尊ばれるとされるものを断固として軽んじ、家族を捨て、地上の栄光を全て捨て去る者であっても、天上の栄誉を心に抱き、神において兄弟たちと霊的に結びついている者は、この世と共に自らの魂をも捨て去らなければならない。魂の放棄とは、何事においても自らの意志を求めず、むしろ自らの意志を正し、神の言葉を自らの長とし、それを良き舵取り役として、兄弟たち全体を神の意志という港へと一斉に導くことにある。 【以下未入力(p.438-457)】 :::[[埃及マカリイ全書/書簡#エジプトマカリオスの大書簡|先頭に戻る↑]] {{DEFAULTSORT:えしふとまかりいせんしよ しよかん}} [[Category:キリスト教]] [[Category:キリスト教神学]] [[Category:埃及マカリイ全書|51]] {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- 底本:埃及マカリイ全書|section=克肖なる我等が父埃及マカリイの書翰 --> 0mgp4kczi2l2ez9rv8k2y5p9u5esybk Wikisource:宮内庁告示 4 54902 244145 243825 2026-07-07T04:57:59Z HTDFPC 45275 /* 令和8年 */ 244145 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|[[Wikisource:告示|告示]]|frame=1}} [[日本國憲法|日本国憲法下]]で制定された[[w:宮内庁|宮内庁]]告示の一覧。 == 昭和25年 == * [[昭和二十六年歌会始御題|昭和二十六年歌会始御題 (昭和25年宮内庁告示第1号)]] * [[皇太子殿下の御在所|皇太子殿下の御在所 (昭和25年宮内庁告示第2号)]] * [[行幸 (昭和25年宮内庁告示第3号)]] == 昭和26年 == * [[皇太后陛下崩御|皇太后陛下崩御 (昭和26年宮内庁告示第2号)]] * [[故皇太后の追号|故皇太后の追号 (昭和26年宮内庁告示第5号)]] * [[貞明皇后の陵名|貞明皇后の陵名 (昭和26年宮内庁告示第6号)]] * [[昭和二十七年元日の祝賀は大喪中につき受けさせられない件|昭和二十七年元日の祝賀は大喪中につき受けさせられない件 (昭和26年宮内庁告示第14号)]] == 昭和35年 == * [[東京都港区元赤坂町一番地に新営の御殿を皇太子殿下の御在所と定められ、東宮御所と称する等の件|東京都港区元赤坂町一番地に新営の御殿を皇太子殿下の御在所と定められ、東宮御所と称する等の件 (昭和35年宮内庁告示第9号)]] == 昭和46年 == * [[天皇皇后両陛下は、九月二十七日東京御発、ベルギー国等を御訪問、デンマーク国等にお立寄りになり、十月十四日御帰国になる件|天皇皇后両陛下は、九月二十七日東京御発、ベルギー国等を御訪問、デンマーク国等にお立寄りになり、十月十四日御帰国になる件 (昭和46年宮内庁告示第5号)]] == 昭和50年 == * [[天皇皇后両陛下はアメリカ合衆国を御訪問になる件 (昭和50年宮内庁告示第6号)]] == 昭和64年 == * [[昭和三十五年宮内庁告示第九号は廃止する件|昭和三十五年宮内庁告示第九号は廃止する件 (昭和64年宮内庁告示第1号)]] == 平成元年 == * [[剣璽等承継の儀を行われた件|剣璽等承継の儀を行われた件 (平成元年宮内庁告示第1号)]] * [[即位後朝見の儀を行われた件 (平成元年宮内庁告示第二号)|即位後朝見の儀を行われた件 (平成元年宮内庁告示第2号)]] * [[新年一般参賀を行わない件|新年一般参賀を行わない件 (平成元年宮内庁告示第13号)]] == 平成2年 == * [[皇太子殿下の御在所を定められ、東宮仮御所と称する件|皇太子殿下の御在所を定められ、東宮仮御所と称する件 (平成2年宮内庁告示第3号)]] == 平成3年 == * [[天皇皇后両陛下はタイ国・マレイシア国及びインドネシア国を御訪問になる件|天皇皇后両陛下はタイ国・マレイシア国及びインドネシア国を御訪問になる件 (平成3年宮内庁告示第3号)]] == 平成4年 == * [[天皇皇后両陛下は中華人民共和国を御訪問になる件|天皇皇后両陛下は中華人民共和国を御訪問になる件 (平成4年宮内庁告示第7号)]] == 平成5年 == * [[天皇皇后両陛下はベルギー国を御旅行になる件|天皇皇后両陛下はベルギー国を御旅行になる件 (平成5年宮内庁告示第8号)]] * [[天皇皇后両陛下はイタリア国、ベルギー国及びドイツ国を御訪問になる件|天皇皇后両陛下はイタリア国、ベルギー国及びドイツ国を御訪問になる件 (平成5年宮内庁告示第9号)]] == 平成6年 == * [[天皇皇后両陛下はアメリカ合衆国を御訪問になる件 (平成6年宮内庁告示第6号)]] * [[東京都港区元赤坂二丁目一番八号の御殿を皇太子殿下の御在所と定められ、東宮御所と称する等の件|東京都港区元赤坂二丁目一番八号の御殿を皇太子殿下の御在所と定められ、東宮御所と称する等の件 (平成6年宮内庁告示第8号)]] * [[天皇皇后両陛下は、フランス国及びスペイン国を御訪問等になる件|天皇皇后両陛下は、フランス国及びスペイン国を御訪問等になる件 (平成6年宮内庁告示第9号)]] == 平成10年 == * [[天皇皇后両陛下は英国及びデンマーク国を御訪問になる件|天皇皇后両陛下は英国及びデンマーク国を御訪問になる件 (平成10年宮内庁告示第5号)]] == 平成12年 == * [[天皇皇后両陛下はオランダ国及びスウェーデン国を御訪問になる件|天皇皇后両陛下はオランダ国及びスウェーデン国を御訪問になる件 (平成12年宮内庁告示第3号)]] == 平成14年 == * [[天皇皇后両陛下はポーランド国及びハンガリー国を御訪問になる件|天皇皇后両陛下はポーランド国及びハンガリー国を御訪問になる件 (平成14年宮内庁告示第14号)]] == 平成17年 == * [[天皇皇后両陛下はノルウェー国を御訪問になる件|天皇皇后両陛下はノルウェー国を御訪問になる件 (平成17年宮内庁告示第4号)]] * [[天皇皇后両陛下はアメリカ合衆国自治領北マリアナ諸島サイパン島を御訪問になる件|天皇皇后両陛下はアメリカ合衆国自治領北マリアナ諸島サイパン島を御訪問になる件 (平成17年宮内庁告示第6号)]] * [[天皇皇后両陛下は第六十回国民体育大会秋季大会に御臨場になる件|天皇皇后両陛下は第六十回国民体育大会秋季大会に御臨場になる件 (平成17年宮内庁告示第10号)]] * [[清子内親王殿下が結婚のため皇族の身分を離れられる件|清子内親王殿下が結婚のため皇族の身分を離れられる件 (平成17年宮内庁告示第12号)]] * [[皇居において天皇誕生日一般参賀を行う件 (平成17年宮内庁告示第13号)]] * [[平成十八年新年祝賀の儀を行われる件|平成十八年新年祝賀の儀を行われる件 (平成17年宮内庁告示第14号)]] == 平成18年 == * [[天皇皇后両陛下はシンガポール国及びタイ国を御訪問になる件|天皇皇后両陛下はシンガポール国及びタイ国を御訪問になる件 (平成18年宮内庁告示第3号)]] * [[文仁親王妃紀子殿下は、愛育病院において御出産、親王が御誕生になった件|文仁親王妃紀子殿下は、愛育病院において御出産、親王が御誕生になった件 (平成18年宮内庁告示第7号)]] * [[御誕生になった文仁親王殿下の第一男子は、御名を悠仁と御命名になった件|御誕生になった文仁親王殿下の第一男子は、御名を悠仁と御命名になった件 (平成18年宮内庁告示第8号)]] == 平成19年 == * [[天皇皇后両陛下はスウェーデン国、エストニア国、ラトビア国、リトアニア国及び英国を御訪問になる件|天皇皇后両陛下はスウェーデン国、エストニア国、ラトビア国、リトアニア国及び英国を御訪問になる件 (平成19年宮内庁告示第3号)]] == 平成20年 == * [[皇太子殿下の御在所を東京都港区元赤坂二丁目一番四号の赤坂東邸に定められ、東宮仮御所と称する等の件| 皇太子殿下の御在所を東京都港区元赤坂二丁目一番四号の赤坂東邸に定められ、東宮仮御所と称する等の件(平成20年宮内庁告示第5号)]] == 平成21年 == * [[天皇皇后両陛下はカナダ国及びアメリカ合衆国を御訪問になる件|天皇皇后両陛下はカナダ国及びアメリカ合衆国を御訪問になる件 (平成21年宮内庁告示第4号)]] * [[皇居において天皇陛下御即位二十年一般参賀を行う件|皇居において天皇陛下御即位二十年一般参賀を行う件 (平成21年宮内庁告示第8号)]] == 平成25年 == * [[天皇皇后両陛下はインド国を御訪問になる件|天皇皇后両陛下はインド国を御訪問になる件 (平成25年宮内庁告示第10号)]] == 平成26年 == * [[宜仁親王殿下が薨去された件|宜仁親王殿下が薨去された件 (平成26年宮内庁告示第5号)]] * [[故宜仁親王の喪儀を行わせられる期日、場所及び墓所を定められた件|故宜仁親王の喪儀を行わせられる期日、場所及び墓所を定められた件 (平成26年宮内庁告示第6号)]] == 平成27年 == * [[天皇皇后両陛下はパラオ国を御訪問になる件|天皇皇后両陛下はパラオ国を御訪問になる件 (平成27年宮内庁告示第2号)]] * [[皇居において天皇誕生日一般参賀を行う件 (平成27年宮内庁告示第15号)]] == 平成28年 == * [[天皇皇后両陛下はフィリピン国を御訪問になる件|天皇皇后両陛下はフィリピン国を御訪問になる件 (平成28年宮内庁告示第1号)]] * [[天皇皇后両陛下は福島県及び宮城県へ行幸啓になる件|天皇皇后両陛下は福島県及び宮城県へ行幸啓になる件 (平成28年宮内庁告示第3号)]] * [[天皇皇后両陛下は奈良県へ行幸啓になる件|天皇皇后両陛下は奈良県へ行幸啓になる件 (平成28年宮内庁告示第4号)]] * [[天皇皇后両陛下は第六十七回全国植樹祭に御臨場になる件|天皇皇后両陛下は第六十七回全国植樹祭に御臨場になる件 (平成28年宮内庁告示第5号)]] * [[天皇皇后両陛下は第三十六回全国豊かな海づくり大会に御臨席になる件|天皇皇后両陛下は第三十六回全国豊かな海づくり大会に御臨席になる件 (平成28年宮内庁告示第7号)]] * [[天皇皇后両陛下は第七十一回国民体育大会に御臨場になる件|天皇皇后両陛下は第七十一回国民体育大会に御臨場になる件 (平成28年宮内庁告示第8号)]] * [[天皇皇后両陛下は京都府へ行幸啓になる件|天皇皇后両陛下は京都府へ行幸啓になる件 (平成28年宮内庁告示第9号)]] * [[崇仁親王殿下が薨去された件|崇仁親王殿下が薨去された件 (平成28年宮内庁告示第11号)]] * [[故崇仁親王の喪儀を行わせられる期日、場所及び墓所を定められた件|故崇仁親王の喪儀を行わせられる期日、場所及び墓所を定められた件 (平成28年宮内庁告示第12号)]] == 令和元年 == * [[平成六年宮内庁告示第八号を廃止する件|平成六年宮内庁告示第八号を廃止する件 (令和元年宮内庁告示第1号)]] * [[皇居において御即位一般参賀を行う件 (令和元年宮内庁告示第二号)|皇居において御即位一般参賀を行う件 (令和元年宮内庁告示第2号)]] * [[大嘗宮の儀及び大饗の儀を行われる期日及び場所が定められた件|大嘗宮の儀及び大饗の儀を行われる期日及び場所が定められた件 (令和元年宮内庁告示第3号)]] * [[退位礼正殿の儀を行われた件|退位礼正殿の儀を行われた件 (令和元年宮内庁告示第6号)]] * [[剣璽等承継の儀を行われた件及び即位後朝見の儀を行われた件|剣璽等承継の儀を行われた件及び即位後朝見の儀を行われた件 (令和元年宮内庁告示第7号)]] == 令和2年 == * [[令和二年天皇誕生日一般参賀は取りやめる件|令和二年天皇誕生日一般参賀は取りやめる件 (令和2年宮内庁告示第3号)]] == 令和3年 == * [[眞子内親王殿下が結婚のため皇族の身分を離れられる件|眞子内親王殿下が結婚のため皇族の身分を離れられる件 (令和3年宮内庁告示第4号)]] == 令和7年 == * [[令和八年歌会始のお題を定められた件|令和八年歌会始のお題を定められた件 (令和7年宮内庁告示第1号)]] * [[天皇皇后両陛下は第七十五回全国植樹祭に御臨場になる件|天皇皇后両陛下は第七十五回全国植樹祭に御臨場になる件 (令和7年宮内庁告示第4号)]] * [[天皇皇后両陛下は沖縄へ行幸啓になる件 (令和7年宮内庁告示第5号)]] * [[天皇皇后両陛下は広島県へ行幸啓になる件 (令和7年宮内庁告示第6号)]] * [[天皇皇后両陛下はモンゴルを御訪問になる件 (令和7年宮内庁告示第7号)]] * [[令和八年歌会始お題「明」の詠進歌の選者が定められた件|令和八年歌会始お題「明」の詠進歌の選者が定められた件 (令和7年宮内庁告示第8号)]] * [[天皇皇后両陛下はながさきピース文化祭二〇二五(第四十回国民文化祭及び第二十五回全国障害者芸術・文化祭)に御臨場になる件|天皇皇后両陛下はながさきピース文化祭二〇二五(第四十回国民文化祭及び第二十五回全国障害者芸術・文化祭)に御臨場になる件 (令和7年宮内庁告示第9号)]] * [[天皇皇后両陛下は第七十九回国民スポーツ大会に御臨場になる件|天皇皇后両陛下は第七十九回国民スポーツ大会に御臨場になる件 (令和7年宮内庁告示第10号)]] * [[天皇皇后両陛下は京都府及び大阪府に行幸啓になる件 (令和7年宮内庁告示第11号)]] * [[悠仁親王殿下は、令和七年九月六日に成年式を済ませられた件|悠仁親王殿下は、令和七年九月六日に成年式を済ませられた件 (令和7年宮内庁告示第12号)]] * [[天皇皇后両陛下は、第四十四回全国豊かな海づくり大会に御臨席になる件|天皇皇后両陛下は、第四十四回全国豊かな海づくり大会に御臨席になる件 (令和7年宮内庁告示第13号)]] * [[令和八年新年祝賀の儀を行われる件|令和八年新年祝賀の儀を行われる件 (令和7年宮内庁告示第14号)]] == 令和8年 == * [[令和九年歌会始のお題を定められた件|令和九年歌会始のお題を定められた件 (令和8年宮内庁告示第1号)]] * [[皇居において天皇誕生日一般参賀を行う件 (令和8年宮内庁告示第2号)]] * [[天皇皇后両陛下は岩手県及び宮城県に行幸啓になる件 (令和8年宮内庁告示第3号)]] * [[天皇皇后両陛下は福島県に行幸啓になる件 (令和8年宮内庁告示第4号)]] * [[天皇皇后両陛下は第七十六回全国植樹祭に行幸啓になる件|天皇皇后両陛下は第七十六回全国植樹祭に行幸啓になる件 (令和8年宮内庁告示第5号)]] * [[天皇皇后両陛下はオランダ及びベルギーを御訪問になる件 (令和8年宮内庁告示第6号)]] * [[令和九年歌会始お題「旅」の詠進歌の選者が定められた件|令和九年歌会始お題「旅」の詠進歌の選者が定められた件 (令和8年宮内庁告示第7号)]] [[Category:宮内庁告示|*]] [[カテゴリ:索引|くないちようこくし]] 568p7eea2dv5k6o8xsxo4a4ogqqcsub 天皇皇后両陛下は福島県に行幸啓になる件 (令和8年宮内庁告示第4号) 0 54947 244146 240404 2026-07-07T04:59:30Z HTDFPC 45275 244146 wikitext text/x-wiki {{Header |title=天皇皇后両陛下は福島県に行幸啓になる件 |year=2026 |notes= * 令和8年宮内庁告示第4号 * 告示日:令和8年2月26日 * 底本:[https://www.kanpo.go.jp/old/20260226/20260226h01654/20260226h016540004f.html 令和8年2月26日付官報第1654号] {{デフォルトソート:てんのうこうこうりようへいかはふくしまけんにきようこうけいになるけん}} [[Category:令和8年の宮内庁告示]] [[Category:福島県]] }} ;○宮内庁告示第四号 :天皇皇后両陛下は、東日本大震災復興状況御視察のため、四月六日から同月七日まで福島県へ行幸啓になる。 :令和八年二月二十六日 {{Right|宮内庁長官  [[:w:黒田武一郎|黒田武一郎]]|1em}} {{PD-JapanGov}} ftfl42o9lc8qlyynez867o1qdgivrt0 天皇皇后両陛下は岩手県及び宮城県に行幸啓になる件 (令和8年宮内庁告示第3号) 0 54948 244147 240405 2026-07-07T04:59:55Z HTDFPC 45275 244147 wikitext text/x-wiki {{Header |title=天皇皇后両陛下は岩手県及び宮城県に行幸啓になる件 |year=2026 |notes= * 令和8年宮内庁告示第3号 * 告示日:令和8年2月26日 * 底本:[https://www.kanpo.go.jp/old/20260226/20260226h01654/20260226h016540004f.html 令和8年2月26日付官報第1654号] {{デフォルトソート:てんのうこうこうりようへいかはいわてけんおよひみやきけんにきようこうけいになるけん}} [[Category:令和8年の宮内庁告示]] [[Category:岩手県]] [[Category:宮城県]] }} ;○宮内庁告示第四号 :天皇皇后両陛下は、東日本大震災復興状況御視察等のため、三月二十五日から同月二十六日まで岩手県及び宮城県へ行幸啓になる。 :令和八年二月二十六日 {{Right|宮内庁長官  [[:w:黒田武一郎|黒田武一郎]]|1em}} {{PD-JapanGov}} g67vag5jg3u334idytosel7ntosiy4l 50の霊的講話 0 56820 244089 243913 2026-07-06T21:36:15Z 村田ラジオ 14210 校正 244089 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|hide=1}} {{header | title = 50の霊的講話 | section = | previous = | next = [[/講話1|講話1]] | year = 1880 | 年 = | override_author = [[作者:エジプトのマカリオス|エジプトのマカリオス]] | override_translator = モスクワ神学アカデミー | noauthor = | notes = *底本: [https://azbyka.ru/otechnik/Makarij_Velikij/duhovnye-besedy-1-50/ Духовные беседы (1–50)] *ウィキソースによる日本語訳 }} == マカリオス50の霊的講話 == *[[/講話1|講話1]] 預言者エゼキエルが描写した幻の寓話的解釈 *[[/講話2|講話2]] 闇の王国、すなわち罪について、そして神だけが私たちから罪を取り除き、私たちを悪の君主による奴隷状態から解放することができるという事実について *[[/講話3|講話3]] 兄弟は互いに誠実に、質素に、愛をもって、平和に暮らし、内なる思いと戦い、闘争すべきである *[[/講話4|講話4]] キリスト者は、神と天使たちから天上の称賛を受けるにふさわしい者となるために、この世の舞台で自分の歩む道を注意深く、勤勉に全うしなければならない *[[/講話5|講話5]] キリスト者とこの世の人々の間には大きな違いがある。世俗的な精神を内に宿し、心と精神において地上の束縛に縛られている人々がいる一方で、天の父の愛を切望し、ただ父だけをすべての願いの対象とする人々もいる。 *[[/講話6|講話6]] 神を喜ばせようとする者は、平和のうちに、静かに、柔和に、そして知恵をもって祈らなければならない。さもないと、叫びながら祈ることで、すべての人にとってつまずきの石となってしまうからである。この対話では、次の2つの問いを取り上げる。王座や冠は物質的な創造物なのか?そして、イスラエルの12の王座とは何なのか? *[[/講話7|講話7]] キリストの人間に対する謙遜について。この対話には、いくつかの質疑応答も含まれている。 *[[/講話8|講話8]] キリスト者が祈っている間に何が起こるのか、そして完全性の尺度、つまりキリスト者は完全な尺度を達成できるのかどうかについて *[[/講話9|講話9]] 神の約束と預言は様々な試練と誘惑の中で成就し、唯一の神に献身する者は悪魔の誘惑から救われる *[[/講話10|講話10]] 神の恵みの賜物は謙遜と熱意によって保たれ、増し加えられるが、傲慢と怠慢によって失われる *[[/講話11|講話11]] 聖霊の力が人間の心の中でいかに火のようであるか、また、心に浮かぶ思いをいかに見分ける必要があるか、さらに、モーセが木のてっぺんに釘付けにした死んだ蛇がキリストの象徴として用いられたことについて。この講話は、キリストと悪魔サタンとの対話と、罪人とサタンとの対話の2つの対話から成る。 *[[/講話12|講話12]] アダムが神の戒めを破る前と、彼自身と天上の像の両方を失った後の状態について。この対話には、非常に有益な質問がいくつか含まれている。 *[[/講話13|講話13]] 神がキリスト者に求める実りとはどのようなものか *[[/講話14|講話14]] 神に思いを捧げる者は、心の目が開かれることを望み、神がそのような者に聖なる清らかさと最高の純粋さをもって聖餐に近づくことを許し、彼らに恵みを与えてくださること、また、天の祝福を受けたいと願う者は何をすべきか、そして最後に、使徒と預言者は窓から差し込む太陽の光のようなものであること。さらに、この対話では、サタンの地と天使の地がどのようなものか、すなわち、どちらも形がなく目に見えないものであることを教えている。 *[[/講話15|講話15]] この会話には、魂が花婿であるイエス・キリストの前で聖性、無垢、純粋さを保つべき方法についての長い教えと、例えば、すべての成員が復活の時に立ち上がるかどうか、その他多くの非常に有益な質問、悪、恩寵、自由意志、人類の尊厳についての質問が含まれている。 *[[/講話16|講話16]] 霊的な人々も最初の罪から生じる誘惑や悲しみにさらされるという事実について *[[/講話17|講話17]] キリスト者の霊的な油そそぎと栄光について、そしてキリストなしには救われることも永遠の命にあずかることも不可能であることについて *[[/講話18|講話18]] キリスト者の宝、すなわちキリストと聖霊について。聖霊は様々な方法で彼らを完全性の達成へと導く。 *[[/講話19|講話19]] 繁栄し成長したいと願うキリスト者は、自分の中に宿る罪から解放され、聖霊に満たされるために、あらゆる善行を行うよう自らを律しなければならない。 *[[/講話20|講話20]] 内なる人の真の医者であるキリストだけが、魂を癒やし、恵みの衣で飾ることができる。 *[[/講話21|講話21]] キリスト者は、内的な戦いと外的な戦いという二重の戦いに直面する。後者は世俗的な娯楽から身を遠ざけることであり、前者は悪霊によって示唆される考えによって心の中で起こる。 *[[/講話22|講話22]] この世を去る者の二種類の状態について *[[/講話23|講話23]] 王家の貴重な真珠は王家の血筋に生まれた者だけが身につけることができるように、天の真珠は神の子だけが身につけることができる。 *[[/講話24|講話24]] キリスト者の状態は、商売や酵母のようなものです。商人が地上の利益を集めるように、キリスト者はこの世に散らばった考えを集めます。そして、酵母が混合物全体を酸っぱくするように、罪の酵母はアダムの子孫全体に浸透するが、キリストは忠実な魂に善の天上の酵母を植え付ける。 *[[/講話25|講話25]] この講話は、キリストによって強められなければ、いかなる人も悪魔の誘惑に打ち勝つことはできないと教えている。また、神の栄光を求める者が何をすべきかを示している。さらに、アダムの不従順によって私たちは肉欲の奴隷となり、十字架の秘跡によってそこから解放されることも教えている。最後に、涙と神の炎の力がいかに偉大であるかを示している。 *[[/講話26|講話26]] 不滅の魂の尊厳、貴重さ、力、そして活動性について、また、それがサタンによってどのように誘惑され、誘惑からどのように解放されるかについて。非常に示唆に富む質問もいくつか加えられている。 *[[/講話27|講話27]] この会話は、前回の会話で始まったキリスト者の尊厳と状態に関する長い議論を締めくくるものであり、自己意志について多くの有益なことを教え、さらに神の知恵に満ちたいくつかの問いを付け加えている。 *[[/講話28|講話28]] この会話では、魂の不幸、すなわち罪のために主が魂に宿らないことが描写され、嘆かれている。また、洗礼者ヨハネについて、女から生まれた者の中で彼より偉大な者はいないと言われている。 *[[/講話29|講話29]] 神は人類に二つの方法で恵みを分配し、それによって正義の裁きにおいてその報いが求められるようにする。 *[[/講話30|講話30]] 魂が神の国に入るためには、聖霊によって生まれなければなりませんが、それはどのようにして起こるのでしょうか? *[[/講話31|講話31]] 信者は考え方を変え、すべての考えを神に向けなければなりません。これこそが、真に神への奉仕の本質です。 *[[/講話32|講話32]] キリスト者の栄光は今もなお彼らの魂の中に宿っているが、復活の時にはそれが明らかになり、彼らの敬虔さの度合いに応じて彼らの体を栄光で満たすだろう。 *[[/講話33|講話33]] 人は絶えず真剣に神に祈らなければならない。 *[[/講話34|講話34]] キリスト者の栄光について。彼らの肉体は復活の際に、魂と共に光に照らされ、栄光を与えられる。 *[[/講話35|講話35]] 旧安息日と新安息日について *[[/講話36|講話36]] 魂と肉体の二重の復活、そして復活した者たちの異なる栄光について *[[/講話37|講話37]] 楽園と霊的法則について *[[/講話38|講話38]] 真のキリスト者とそうでない人を見分けるには、多くの注意と理解が必要である。 *[[/講話39|講話39]] なぜ神は私たちに聖典を与えたのですか? *[[/講話40|講話40]] すべての美徳とすべての悪行は相互に関連しており、鎖の環のように互いに依存し合っている。 *[[/講話41|講話41]] 魂の秘密は非常に深く、恵みと悪徳が徐々に増していく *[[/講話42|講話42]] 人を完全へと導くもの、あるいは害を与えるものは、外的なものではなく、内的なものである。すなわち、恵みの霊か、悪の霊のどちらかである。 *[[/講話43|講話43]] キリスト者の人間の成功について。その力の全ては心にかかっているが、ここではその心が様々な特徴で説明されている。 *[[/講話44|講話44]] キリストが魂の情欲と病を癒やされたことで、キリスト者にもたらされる変化と刷新について *[[/講話45|講話45]] この世の芸術や富も人を癒やすことはできないが、キリストの到来だけが人を癒やすことができる。この会話はまた、人間と神との間の非常に深い親和性を示している。 *[[/講話46|講話46]] 神の言葉と世の言葉、神の子とこの世の子の違いについて *[[/講話47|講話47]] 律法下にあるものの寓話的解釈 *[[/講話48|講話48]] 神への完全な信仰について *[[/講話49|講話49]] 人が来世の至福にあずからない限り、この世の快楽を放棄する十分な理由はない *[[/講話50|講話50]] 神は聖徒たちを通して奇跡を起こされる ==関連項目== *[[埃及マカリイ全書]] *[[エジプトのマカリオス50の霊的説教]] *[[埃及マカリイ全書/書簡]] {{DEFAULTSORT:50のれいてきこうわ}} [[Category:4世紀]] [[Category:1880年]] [[Category:キリスト教]] [[Category:キリスト教の歴史]] [[Category:キリスト教神学]] [[Category:マカリオス]] [[Category:50の霊的講話|*]] {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- モスクワ神学アカデミー訳、Духовные беседы (1–50) を翻訳。 --> e694oo439poy8nm9c2ln4xgw8w33zq0 利用者:HOPE SINCE 1957/sandbox 2 57030 244086 244083 2026-07-06T15:58:09Z HOPE SINCE 1957 45963 244086 wikitext text/x-wiki 朕惟フニ皇考曩ニ詔書ヲ煥發シテ李家殊遇ノ意ヲ昭ニセラル 朕遺旨ヲ承ケ李家ノ率循スヘキ軌儀ヲ定メ其ノ子孫ヲシテ永ク賴ル所アラシメムトス茲ニ樞密顧問ノ諮詢ヲ經テ王公家軌範ヲ栽可シ之ヲ公布セシム  御名 御璽   摂政名  大正十五年十二月一日 ---------------チェック済----------------------  宮内大臣  一木喜徳郎  内閣総理大臣 若槻礼次郎  陸軍大臣 宇垣 一成  海軍大臣 財部 彪  文部大臣 岡田 良平  内務大臣 濱口 雄幸  司法大臣 江木 翼  大蔵大臣 片岡 直温 皇室令第十七號 王公家軌範   第一編 王家及公家    第一章 王系及公系 第一條 王系及公系ハ男系ノ男子之ヲ襲ク 第二條 王系及公系ハ長子之ヲ襲ク長子在ラサルトキハ長孫之ヲ襲キ長子及其ノ子孫皆在ラサルトキハ次子及其ノ子孫之ヲ襲ク以下皆之ニ例ス 第三條 子孫ノ王系又ハ公系ヲ襲クハ嫡ヲ先ニシ庶ヲ後ニス 第四條 王系又ハ公系ヲ襲クヘキ子孫在ラサルトキハ兄弟及其ノ子孫之ヲ襲キ兄弟及其ノ子孫在ラサルトキハ伯叔父及其ノ子孫之ヲ襲ク 前項ノ規定ニ依リ王系又ハ公系ヲ襲クハ同等内ニ在リテハ嫡ヲ先ニシ庶ヲ後ニシ長ヲ先ニシ幼ヲ後ニス 第五條 王系又ハ公系ヲ襲クヘキ者精神若ハ身體ノ不治ノ重患アリ又ハ重大ノ事故アルトキハ王公族審議會ニ諮詢シ勅旨ヲ以テ襲系ノ順序ヲ換フルコトヲ得 第六條 王系ヲ襲クヘキ者在ラサルトキハ勅旨又ハ情願ニ依リ王又ハ公ヨリ出テタル子孫ニシテ四世以内ノ者ヲシテ之ヲ襲カシメ其ノ者在ラサルトキハ公ヲシテ之ヲ襲カシム 第七條 前數條ノ規定ニ依リ公王系ヲ襲クハ他ニ之ヲ襲クヘキ者ナキ場合ニ限ル 第八條 公系ヲ襲クヘキ者アラサルトキハ勅旨又ハ情願ニ依リ王又ハ公ヨリ出テタル子孫ニシテ四世以内ノ者ヲシテ之ヲ襲カシムルコトアルヘシ 第九條 王ノ長子孫ノ系統ニ在ル者ハ公系ヲ襲クコトナシ 公ノ長子孫ノ系統ニ在ル者ハ他ノ公系ヲ襲クコトナシ 第十條 第六條及第八條ノ場合ニ於テハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第十一條 王系又ハ公系ハ左ノ場合ニ於テ之ヲ襲ク   一 王又ハ公薨去シタルトキ   二 王又ハ公隠居ヲ爲シタルトキ   三 王又ハ公剝権ノ處分ヲ受ケタルトキ 第十二條 王系又ハ公系ヲ襲キタル者ハ妃ト共ニ天皇皇后太皇太后皇太后ニ朝見ス 第十三條 王又ハ公ノ襲系アリタルトキハ宮内大臣之ヲ公告ス    第二章 王族及公族 第十四條 王王妃及左ニ掲ケタル者ニシテ王家ニ在ルモノハ之ヲ王族トス   一 王ノ子   二 隠居ヲ爲シタル王及其ノ子   三 王ノ長子孫ノ系統ニ在ル者及其ノ子   四 前各號ニ掲ケタル者ノ配偶者  長子孫ノ系統ヲ定ムルハ襲系ノ順序ニ依ル  長子孫ノ系統ニ在ル者父祖ニ先チテ薨去シ男子タル子孫ナキ場合ニ於テ兄弟又ハ其ノ子孫アルトキハ襲系ノ順序ニ従ヒ之ヲ長子孫ノ系統ニ在ル者ト看做ス 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王公族ニ対スル民事訴訟ノ第一審及第二審ハ東京控訴院又ハ京城覆審法院ノ管轄ニ属ス但シ王公族ハ代人ヲシテ訴訟ニ当ラシムルコトヲ得 第三十條 王公族ハ勅許ヲ得ルニ非ザレバ拘引シ又ハ栽判所ニ召喚スルコトヲ得ズ 第三十一條 王太王王世子王世孫公ハ勅許ヲ經テ其ノ住所ヲ定メ其ノ他ノ王公族ハ王又ハ公ノ許可ヲ得テ其ノ住所ヲ定ム 第三十二條 王公族外国ニ旅行セントスルトキハ勅許ヲ受クベシ 第三十三條 王公族ハ商工業ヲ営ミ又ハ営利ヲ目的トスル社団ノ社員若ハ役員トナルコトヲ得ズ但シ株主トナルハ此ノ限ニアラズ 第三十四條 王公族ハ任官ニ依ル場合ヲ除クノ外報酬ヲ受クル職ニ就クコトヲ得ズ 第三十五條 王公族ハ公共団體ノ吏員又ハ職員トナルコトヲ得ズ 第三十六條 王太王王世子王世孫公公益法人其ノ他営利ヲ目的トセザル団體ノ社員又ハ役員トナラントスルトキハ勅許ヲ受クベシ 第三十七條 王公族ノ就学ニ付テハ皇族就学令ヲ準用ス 第二章 成年 第三十八條 王公族ハ満二十年ヲ以テ成年トス 第三十九條 王王世子王世孫公成年ニ達シタル時ハ天皇皇后太皇太后皇太后ニ朝見ス 第三章 斑位 第四十條 王公族ノ班位ハ皇族ニ次ギ左ノ順序ニ依ル、第一 王、第二 王妃、第三 太王、第四 太王妃、第五 王世子、第六 王世子妃、第七 王世孫、第八 王世孫妃、第九 公、第十 公妃 第四十一條 太王ノ班位ハ太王トナリタル時ノ先後ニ依ル、太王妃ノ班位ハ夫ニ次グ 第四十二條 太王ノ寡妃王ノ寡妃ノ班位ハ太王妃ニ次ギ其ノ夫ノ襲系シタル時ノ先後ニ依ル 第四十三條 王世子ノ寡妃ノ班位ハ王世子妃王世孫妃ニ次ギ王世孫ノ寡妃ノ班位ハ王世孫妃ニ次グ、王世子ノ寡妃相互間ノ班位ハ寡妃トナリタル時ノ先後ニ依ル王世孫ノ寡妃相互間ノ班位亦同ジ 第四十四條 公ノ班位ハ長ヲ先ニシ幼ヲ後ニス、公妃ノ班位ハ夫ニ次グ 第四十五條 隠居ヲ爲シタル公ノ班位ハ公妃ニ次ギ其ノ相互間ノ班位ハ隠居ヲ爲シタル時ノ先後ニ依ル、隠居ヲ爲シタル公ノ妃ノ班位ハ夫ニ次グ 第四十六條 隠居ヲ爲シタル公ノ寡妃公ノ寡妃ノ班位ハ隠居ヲ爲シタル公ノ妃ニ次ギ其ノ夫ノ襲系シタル時ノ先後ニ依ル 第四十七條 前數條ニ掲ゲタル者ヲ除クノ外公族ノ班位ハ王族ニ次ギ其ノ王族男子及公族男子ノ班位ハ各襲系ノ順序ニ従ウ王族女子及公族女子ノ班位亦之ニ準ズ 第四十八條 二家ノ公族男子相互間ノ班位ハ各襲系ノ順序ニ従イソノ順位ヲ同クスル者ノ間ニアリテハ嫡ヲ先ニシ庶ヲ後ニシ長ヲ先ニシ幼ヲ後ニス二家ノ公族女子相互間ノ班位亦之ニ準ズ 第四十九條 前二條ノ規定ニ依リ同順位ニ在ル者ハ男ヲ先ニシ女ヲ後ニス 第五十條 夫アル者ノ班位ハ其ノ夫ニ次グ、寡婦ノ班位ハ旧ニ依ル 第四章 叙勲任官 第五十一條 王ハ満十五年ニ達シタル後大勲位ニ叙シ菊花大綬章ヲ賜ウ 第五十二條 王妃ハ結婚ノ礼ヲ行ウ当日勲一等ニ叙シ宝冠章ヲ賜ウ 第五十三條 王世子王世孫ハ満十五年ニ達シタル後勲一等ニ叙シ旭日桐花大綬章ヲ賜ウ 第五十四條 王世子妃王世孫妃ハ結婚ノ礼ヲ行ウ当日勲二等ニ叙シ宝冠章ヲ賜ウ 第五十五條 公ハ満十五年ニ達シタル後勲一等ニ叙シ旭日桐花大綬章ヲ賜ウ 第五十六條 公妃ハ結婚ノ礼ヲ行ウ当日勲二等ニ叙シ宝冠章ヲ賜ウ 第五十七條 満十五年ニ達シタル後王系ヲ襲ギタル者ハ大勲位ニ叙シ菊花大綬章ヲ賜イ其ノ妃ハ勲一等ニ叙シ宝冠章ヲ賜ウ 第五十八條 満十五年ニ達シタル後王世子王世孫トナリ又ハ公系ヲ襲ギタル者ハ勲一等ニ叙シ旭日桐花大綬章ヲ賜イ其ノ妃ハ勲二等ニ叙シ宝冠章ヲ賜ウ 第五十九條 王王世子王世孫ハ満十八年ニ達シタル後特別ノ事由アル場合ヲ除クノ外陸軍又ハ海軍ノ武官ニ任ズ 第六十條 前數條ニ定メタルモノ及特旨ニ依ルモノノ外勲章記章及文武官ニ関スル法令ハ王公族ニモ又之ヲ適用ス 第五章 身位喪失 第六十一條 王公族ハ戌年ニ達シタル後情願ニ依リ朝鮮貴族ニ列セシムルコトアルベシ、王公族前項ノ情願ヲ爲スニハ王又ハ公ノ許可ヲ受クベシ 第六十二條 前條ノ規定ニ依リ朝鮮貴族ニ列セラレタル者ハ一家ヲ創立シ其ノ者ノ配偶者直系卑属及其ノ配偶者ハ其ノ家ニ入ル 第六十三條 王公族ハ勅許ヲ經テ一般臣民ノ家督相続人トナリ又ハ家督相続ノ目的ヲ以テ其ノ養子トナルコトヲ得但シ勅許ヲ請ウ前王又ハ公ノ許可ヲ受クベシ前項ノ場合ニ於テハ公族身位令第二十八條乃至第三十三條ノ規定ヲ準用ス 第六十四條 前條ノ規定ニ依リ他家ノ家督相続人トナリ又ハ養子トナリタル者ノ妻直系卑属及其ノ配偶者ハ其ノ他家ニ入ル 第六十五條 第六十一條及第六十三條ノ場合ニ於テハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第六十六條 剝権ノ處分ヲ受ケタル王公族ハ其ノ身位ヲ失ウ、前項ノ規定ニ依リ王公族ノ身位ヲ失イタル者ハ王公族ニ復スルコトヲ得ズ 第六十七條 前條ノ規定ニ依リ身位ヲ失イタル者ハ一家ヲ創立シ其ノ者ノ妻ハソノ家ニ入ル 第六十八條 婚嫁ニ因リ王公家ニ入リタル女子其ノ夫ヲ亡イタルトキハ王又ハ公ノ許可ヲ得テ実家ニ復籍スルコトヲ得但シ妃ナルトキハ尚勅許ヲ受クベシ 第六章 懲戒 第六十九條 王公族其ノ品位ヲ辱ムルノ所行アリ又ハ皇室ニ対シ忠順ヲ欠キタルトキハ之ヲ懲戒ス 第七十條 懲戒ハ謹慎停権及剝権トス 第七十一條 謹慎ハ後来ヲ訓戒シ期間ヲ定メテ屏居セシム 第七十二條 停権ハ期間ヲ定メテ特権ノ一部又ハ全部ノ行使ヲ停止ス 第七十三條 剝権ハ特権ノ全部ヲ剝奪ス 第七十四條 王公族謹慎又ハ停権ノ處分ヲ受ケ改悛ノ状顕著ナルトキハ其ノ懲戒ノ一部又ハ全部ヲ解除ス 第七十五條 懲戒及其ノ解除ハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第七章 失踪 第七十六條 戦時事変其ノ他ノ場合ニ於テ王公族ノ生死不明ナルトキハ其ノ財産ノ管理ニ付必要ナル處分ヲ命ズベシ 第七十七條 王公族ノ生死不明ナルコト三年ニ亘ルトキハ失踪ヲ宣告スベシ、失踪ノ宣告ヲ受ケタル王公族ハ前項ノ期間満了ノ時ニ薨去シタルモノト看做ス 第七十八條 失踪ノ宣告アリタル後生死ノ事実分明トナリタルトキハ其ノ宣告ヲ取消スベシ但シ其ノ取消ハ失踪ノ宣告ニ基キタル事項及行爲ニ其ノ効力ヲ及ボサズ 第七十九條 前三條ノ場合ニ於テハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第八十條 失踪ノ宣告及ビ其ノ宣告ノ取消ハ宮内大臣之ヲ公告ス (三) 第三編 財産 第一章 総則 第八十一條 租税ニ関スル法令ハ他ノ皇室令ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外王公族ニ之ヲ適用セス 第八十二條 王王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃及王太王王世子王世孫ノ子ニシテ未ダ婚嫁セザル未成年者ノ財産ニ関スル法律上ノ行爲ニ付テハ李王職長官ヲ以テ其ノ当事者ト看做ス但シ李王職長官ハ所部ノ官吏ヲシテ代理セシムルコトヲ得 第八十三條 未タ婚嫁セサル未成年ノ王公族財産ニ関スル法律上ノ行爲ヲ爲スニハ其ノ法定代理人ノ同意ヲ受クヘシ、前項ノ規定ニ反スル行爲ハ之ヲ取消スコトヲ得 第八十四條 前條ノ規定ハ法定代理人ニ於テ處分ヲ認諾セル財産ニ関スル行爲及単ニ権利ヲ得又ハ義務ヲ免ルヘキ行爲ニ之ヲ適用セス 第八十五條 王公族精神ノ重患アルトキハ禁治産ヲ宣告スルコトアルヘシ、禁治産者ノ行爲ハ之ヲ取消スコトヲ得 第八十六條 王公族精神ノ耗弱ナルトキ身體ノ重患アルトキ又ハ蕩産ノ所行アルトキハ準禁治産ヲ宣告スルコトアルヘシ、前項ノ規定ニ依リ準禁治産ヲ宣告セラレタル者ハ之ニ保佐人ヲ附ス、民法第十二條第一項及第三項ノ規定ハ準禁治産者ニ之ヲ準用ス 第八十七條 禁治産又ハ準禁治産ノ原因止ミタルトキハ之ヲ解除ス 第八十八條 禁治産又ハ準禁治産ノ宣告及解除ハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第八十九條 禁治産又ハ準禁治産ノ宣告及解除ハ宮内大臣之ヲ公告ス 第九十條 保佐人ハ勅選ニ由ル 第九十一條 未成年者及女子ハ保佐人タルコトヲ得ス 第九十二條 保佐人ハ正当ノ事由アルトキハ勅許ヲ經テ辞任ヲ爲スコトヲ得 第九十三條 保佐人ノ解任ハ勅旨ニ由ル 第九十四條 民法第十九條及第二十條ノ規定ハ未タ婚嫁セサル未成年者禁治産者及準禁治産者ノ行爲ニ之ヲ準用ス 第九十五條 前十二條ノ規定ハ王王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃及王太王王世子王世孫ノ子ニシテ未タ婚嫁セサル未成年者ニ之ヲ適用セス 第二章 世襲財産 第九十六條 王及公ハ世襲財産ヲ設定スルコトヲ要ス、李王職長官ハ王又ハ公ニ代リテ世襲財産ヲ設定スルコトヲ得 第九十七條 世襲財産ヲ設定セントスルトキハ其ノ財産ノ目録ヲ添附シ其ノ旨ヲ宮内大臣ニ申述スヘシ 第九十八條 前條ノ申述アリタルトキハ宮内大臣ハ財産ノ目録ヲ審査シ支障ナシト認メタルトキハ其ノ財産ニ付之ヲ世襲財産ト爲サントスル申述アリタル旨ヲ一週間公告スヘシ、前項ノ公告ニハ土地ニ付テハ其ノ所在地目地番及面積建物ニ付テハ其ノ所在種類構造及建坪其ノ他ノ物件ニ付テハ其ノ品目種類箇數其ノ他必要ナル事項ヲ掲クヘシ 第九十九條 前條ノ規定ニ依リ公告シタル財産ニ関シ権利ヲ主張セント欲スル者ハ前條第一項ノ公告期間満了ノ後二月内ニ故障ヲ宮内大臣ニ申出ツルコトヲ要ス、前項ノ期間内ニ故障ノ申出ナキトキハ登記ナキ権利ハ之ヲ主張スルコトヲ得ス登録国債ニ付登録ナキ権利亦同シ 第百條 宮内大臣ハ故障ノ申出ナキ財産ニ限リ之ヲ世襲財産ト爲スノ勅許ヲ請ウヘシ、前項ノ場合ニ於テハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第百一條 世襲財産設定ノ勅許アリタルトキハ宮内大臣ハ其ノ旨及第九十八條第二項ニ掲ケタル事項ヲ公告スヘシ 第百二條 前六條ノ規定ハ世襲財産ヲ増加スル場合ニ亦之ヲ適用ス 第百三條 世襲財産ニ付テハ台帳ヲ設ケ之ニ左ノ事項ヲ登録スヘシ、一 世襲財産設定ノ申述者、二 勅許ノ年月日、三 第九十八條第二項ニ掲ケタル事項 第百四條 世襲財産中有価証券アルトキハ之ニ世襲財産タル旨ヲ記入シ登録国債アルトキハ国債登録簿ニ世襲財産タル旨ノ登録ヲ經ヘシ、株券及社債券ニ付テハ前項ノ規定ニ依ルノ外株主名簿又ハ社債原簿ニ世襲財産タル旨ヲ記入スヘシ、有価証券又ハ登録国債ノ世襲財産タル効力ハ前二項ノ手続ヲ践ミタル後ニ非サレハ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス 第百五條 世襲財産ノ果実ハ世襲財産ニ属セス変更修補又ハ改築ニ因リテ生シタル材料亦同シ 第百六條 世襲財産ハ之ヲ處分スルコトヲ得ス、世襲財産ニ付地上権永小作権又ハ地役権ヲ設定セントスル時ハ勅許ヲ受クヘシ 第百七條 世襲財産ハ之ヲ執行行爲ノ目的ト爲スコトヲ得ス 第百八條 世襲財産ニ属スル財産ハ重大ナル事由ヲ生シタル場合ニ限リ其解除ヲ爲スコトヲ得、前項ノ解除ハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス、第九十六條第二項及ヒ第九十七條ノ規定ハ世襲財産ノ解除ニ之ヲ準用ス 第百九條 世襲財産ノ解除失効其ノ他ノ異動ヲ生シタル場合ニ於テハ宮内大臣ハ其ノ旨ヲ公告シ且台帳ニ事由ヲ附記シテ異動ノ登録ヲ爲スヘシ、前項ノ公告ニハ第九十八條第二項ノ規定ヲ準用ス、有価証券又ハ登録国債ニ付世襲財産ノ解除又ハ失効アリタルトキハ第百四條ノ記入又ハ登録ヲ抹消スヘシ 第百十條 世襲財産ハ襲系者ノ特権ニ属ス 第百十一條 公系ヲ襲ク者ナキトキハ世襲財産ハ其ノ効力ヲ失ウ公王系ヲ襲キタルトキ亦同ジ (四) 第四編 親族 第一章 総則 第百十二條 親族ニ関スル一般ノ法令ハ本令其ノ他ノ皇室令ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外王公族ニ之ヲ適用セス 第百十三條 左ニ掲ケタル者ヲ以テ親族トス、一 血族、二 配偶者、三 三親等内ノ姻族 第百十四條 王公族ト一般臣民トノ間ニ於テハ血族ハ六親等内ニ限リ之ヲ親族トス 第百十五條 庶子ハ母方ニ付テハ親子間ニ限リ之ヲ親族トス 第百十六條 親等ハ親族間ノ世數ヲ算シテ之ヲ定ム、傍系親ノ親等ヲ定ムルニハ其ノ一人又ハ其ノ配偶者ヨリ同始祖ニ溯リ其ノ始祖ヨリ他ノ一人ニ下ル迄ノ世數ニ依ル 第百十七條 姻族関係ハ離婚ニ因リテ止ム王公族ニ嫁シタル女子ニシテ其ノ夫ヲ亡イタル者其ノ家ヲ去リタルトキ亦同シ 第二章 婚嫁 第百十八條 王公族ノ婚嫁ハ男子満十七年女子満十五年ニ達スルニ非サレハ之ヲ成スコトヲ得ス 第百十九條 王公族ノ婚嫁ハ其ノ約ヲ成ス前勅許ヲ受クヘシ但シ王公ニ非サル者ハ勅許ヲ請ウ前王又ハ公ノ許可ヲ受クヘシ 第百二十條 王王世子王世孫公結婚ノ礼ハ李王職長官ノ申請ニ依リ宮内大臣勅栽ヲ經テ其ノ式ヲ定ム 第百二十一條 王王世子王世孫公結婚ノ礼訖リタルトキハ妃ト共ニ天皇皇后太皇太后皇太后ニ朝見ス 第百二十二條 王公族ノ婚嫁ハ結婚ノ礼ヲ行ウ当日宮内大臣之ヲ公告ス 第百二十三條 王公族ノ婚嫁ハ大喪中及直系尊属ノ喪中之ヲ成スコトヲ得ス王王妃太王太王妃ノ喪中亦同シ 第百二十四條 王公族ハ止ムコトヲ得サル事故アル場合ニ限リ勅許ヲ經テ離婚ヲ爲スコトヲ得此ノ場合ニ於テハ第百十九條但書ノ規定ヲ準用ス 第百二十五條 王公族ノ離婚ハ宮内大臣之ヲ公告ス 第百二十六條 婚嫁ニ因リ王公家ニ入リタル女子離婚ノ場合ニ於テハ実家ニ復籍シ其ノ実家ナキトキハ一家ヲ創立ス但シ実家ヲ再興スルコトヲ妨ケス 第百二十七條 王公族ノ婚嫁及離婚ハ勅許ナキトキハ之ヲ無効トス 第三章 親子 第百二十八條 王公族ノ子ノ誕生ニハ宮内ノ官僚ヲシテ産所ニ臨マシム、王公族ノ子ノ誕生ハ宮内大臣之ヲ公告ス 第百二十九條 王公族ノ子誕生シタルトキハ直系尊属之ニ名ヲ命ス、王公族ノ子ノ命名ハ宮内大臣之ヲ公告ス 第百三十條 王公族ノ子ニシテ嫡出ニ非サル者ハ之ヲ庶子トス 第百三十一條 王公族及其ノ子ノ嫡出子又ハ庶子タル身分ニ対シテハ其ノ家ノ王公族又ハ李王職長官ハ反対ノ事実ヲ主張スルコトヲ得 第四章 親権 第百三十二條 王公族未成年ノ間ハ其ノ家ニ在ル父ノ親権ニ服ス但シ婚嫁ノ後ハ此ノ限ニ在ラス 第百三十三條 親権ヲ行ウ父ハ子ノ保育ヲ爲ス責務ヲ有ス 第百三十四條 親権ヲ行ウ父ハ必要ナル範囲内ニ於テ子ヲ懲戒スルコトヲ得 第百三十五條 親権ヲ行ウ父ハ子ノ財産ヲ管理シ又其ノ財産ニ関スル行爲ニ付子ヲ代表ス但シ第八十二條ノ規定ニ依ル場合ハ此ノ限ニ在ラス 第百三十六條 親権ヲ行ウ父ハ子ニ代リテ其ノ子ノ庶子ニ対シ親権ヲ行ウ 第百三十七條 禁治産者準禁治産者及停権ノ處分ヲ受ケ其ノ解除ヲ得サル者ハ親権ヲ行ウコトヲ得ス 第百三十八條 父親権ヲ行ウニ適セサルトキハ其ノ親権ノ全部又ハ一部ノ喪失ヲ命スヘシ、親権喪失ノ原因止ミタルトキハ復権ヲ命スヘシ、前二項ノ場合ニ於テハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第五章 後見 第百三十九條 王公族ノ後見ハ左ノ場合ニ於テ開始ス、一 親権ニ服スヘキ未成年者ニ対シテ親権ヲ行ウ者ナキトキ又ハ親権ヲ行ウ者其ノ一部ノ喪失ヲ命セラレタルトキ、二 禁治産ノ宣告アリタルトキ 第百四十條 後見人ハ勅選ニ由ル但シ親権ノ全部ヲ行ウ父カ遺言ヲ以テ選定シタル後見人ヲ認可スルコトアルヘシ 第百四十一條 第九十一條乃至第九十三條ノ規定ハ後見人ニ之ヲ準用ス 第百四十二條 後見人ハ其ノ就職ノ初ニ於テ宮内ノ官僚ノ立會ヲ以テ被後見人ノ財産目録ヲ調製スヘシ後見人就職ノ後被後見人包括財産ヲ取得シタルトキ亦同シ、前項ノ規定ハ父又ハ夫後見人タル場合ニ之ヲ適用セス 第百四十三條 第百三十三條第百三十四條及第百三十六條ノ規定ハ未成年者ノ後見人ニ之ヲ準用ス 第百四十四條 第百三十五條及民法第八百八十七條第九百六條第九百二十二條第九百二十四條第九百二十八條第九百二十九條第九百三十七條ノ規定ハ王公族ノ後見人ニ之ヲ準用ス但シ父又ハ夫後見人タル場合ニハ第九百二十二條第一項及第九百三十七條ヲ除クノ外民法ノ規定ヲ準用スル 第百四十六條 第百四十四條ニ準用シタル民法ノ規定ニ依ル親族會ノ権限ハ宮内大臣之ヲ行ウ限ニ在ラス 第百四十五條 親権ヲ行ウ父親権ノ一部ノ喪失ヲ命セラレタル場合ニ於テハ後見人ハ其ノ一部ニ関スル権限ノミヲ有ス (五) 第五編 相続 第一章 総則 第百四十七條 相続ニ関スル一般ノ法令ハ本令其ノ他ノ皇室令ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外王公族ニ之ヲ適用セズ 第二章 遺産相続 第百四十八條 遺産相続ハ襲系ノ場合ヲ除クノ外王公族ノ薨去ニ因リテ開始ス但シ王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃薨去ノ場合ハ此ノ限ニ在ラズ 第百四十九條 遺産相続ハ左ノ順位ニ依ル、第一 直系卑属、第二 配偶者、第三 直系尊属、第四 兄弟姉妹、前項ノ規定ニ依リ直系卑属又ハ直系尊属ノ間ニ於テ遺産相続ヲ爲スハ親等ノ異ナリタル者ノ間ニ在リテハ其ノ近キ者ヲ先ニシ親等ノ同キ者ハ同順位ニ於テス 第百五十條 前條ノ規定ニ依リ遺産相続ヲ爲スベキ直系卑属相続開始前ニ薨去又ハ死亡シタル場合ニ於テ其ノ者ニ直系卑属アルトキハ其ノ直系卑属ハ其ノ者ノ順位ニ於テ遺産相続ヲ爲ス 第百五十一條 遺産相続人相続ノ抛棄ヲ爲サント慾スルトキハ自己ノ爲ニ相続ノ開始アリタルコトヲ知リタル時ヨリ三月内ニ其ノ旨ヲ李王職長官ニ申述スベシ、遺産相続人前項ノ期間内ニ抛棄ノ申述ヲ爲サザリシトキハ相続ノ承認ヲ爲シタルモノト看做ス 第百五十二條 遺産相続人ハ相続ノ承認前ニ於テ相続財産ヲ處分スルコトヲ得ズ共同相続人ノ承認又ハ抛棄前亦同ジ 第百五十三條 相続財産ハ相続ノ承認アル迄李王職長官之ヲ管理ス共同相続人ノ承認又ハ抛棄前亦同ジ 第百五十四條 同順位ノ遺産相続人數人アルトキハ其ノ各自ノ相続分ハ相均キモノトス但シ直系卑属數人アルトキハ庶子ノ相続分ハ嫡出子ノ相続分ノ二分ノ一トス 第百五十五條 第百五十條ノ規定ニ依リテ遺産相続人タル直系卑属ノ相続分ハ其ノ直系尊属ノ受クベカリシモノニ同ジ但シ直系卑属數人アルトキハ其ノ各自ノ直系尊属ノ受クベカリシ部分ニ付前條ノ規定ニ従イテ其ノ相続分ヲ定ム 第百五十六條 被相続人ハ前二條ノ規定ニ拘ラズ遺言ヲ以テ共同相続人ノ相続分ヲ定ムルコトヲ得、被相続人ニ於テ共同相続人中ノ一人又ハ數人ノ相続分ノミヲ定メタルトキハ他ノ共同相続人ノ相続分ハ前二條ノ規定ニヨリテコレヲ定ム 第百五十七條 被相続人ハ遺言ヲ以テ相続財産分割ノ方法ヲ定ルコトヲ得 第百五十八條 相続財産ノ分割ニ付協議調ワザルトキハ李王職長官宮内大臣認可ヲ經テ之ヲ爲ス 第百五十九條 民法第九百六十八條第千一條乃至第千三條第千九條第千十一條乃至第千十六條第千十八條第千十九條第千二十二條及第千三十九條ノ規定ハ王公族ノ遺産相続ニ之ヲ準用ス 第百六十條 遺産相続人ナキトキハ李王職長官遺産ノ清算ヲ爲ス此ノ場合ニ於テハ李王職長官ヲ以テ遺産ニ関スル法律上ノ行爲ノ当事者ト看做ス但シ李王職長官ハ所部ノ官吏ヲシテ代理セシムルコトヲ得、李王職長官ハ遅滞ナク一切ノ相続債権者及受遺者ニ対シ二月内ニ其ノ請求ノ申出ヲ爲スベキ旨ヲ公告スベシ 第百六十一條 前條第二項ノ期間満了ノ後李王職長官ハ相続債権者及受遺者ニ弁済ヲ爲シ仍残余財産アルトキハ其ノ財産ハ王家ニ在リテハ王ニ帰属シ公家ニ在リテハ公ニ帰属ス但シ公系ヲ襲グ者ナキトキハ残余財産ハ王ニ帰属ス民法第千三十一條乃至第千三十三條ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス、但シ條件附債権又ハ存続期間ノ不確定ナル債権ハ李王職長官ノ命ジタル評価人ヲシテ之ヲ評価セシム 第百六十二條 前條第一項ノ規定ニ依リ残余財産王又ハ公ニ帰属シタルトキハ相続債権者及受遺者ハ其ノ権利ヲ失ウ 第百六十三條 王公族一般臣民ノ遺産相続人タルトキハ民法第五編第二章乃至第四章及第七章ノ規定ニ依ル 第百六十四條 王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃ノ遺産ハ王ニ帰属ス 第三章 遺言 第百六十五條 王公族ノ遺言ハ文書ヲ以テシ遺言者其ノ全文及年月日ヲ自書シ署名ノ後之ヲ封緘スベシ 第百六十六條 王公族故障ノ爲自書ニ依リ遺言ヲ爲スコト能ワザルトキハ親族及宮内ノ官僚ノ中三人以上ノ立會ヲ以テ其ノ一人ニ遺言ノ趣旨ヲ口授シテ之ヲ爲スコトヲ得 第百六十七條 王公族従軍中自書ニ依リ遺言ヲ爲スコト能ワザルトキハ将校同相当官及随従官ノ中二人以上ノ立會ヲ以テ其ノ一人ニ遺言ノ趣旨ヲ口授シテ之ヲ爲スコトヲ得軍艦其ノ他海軍所属ノ船舶ニ搭乗セルトキ亦同ジ 第百六十八條 王公族旅行中自書ニ依リ遺言ヲ爲スコト能ワザルトキハ随従官二人以上ノ立會ヲ以テ其ノ一人ニ遺言ノ趣旨ヲ口授シテ之ヲ爲スコトヲ得 第百六十九條 前三條ノ場合ニ於テハ口授ヲ受ケタル者其ノ趣旨ヲ筆記シ他ノ立會者ノ閲読ヲ經タル後事由ヲ附記シテ各立會者署名スベシ、前項ノ遺言書ハ立會者ノ一人之ヲ封緘シ其ノ封皮ニ年月日ヲ記入シテ署名スベシ 第百七十條 前條ノ遺言書ハ遺言者第百六十五條ノ規定ニ依リテ遺言ヲ爲スコトヲ得ルニ至リタル後六月間生存スル場合ニハ其ノ効ナシ 第百七十一條 禁治産者及準禁治産者ハ遺言ヲ爲スコトヲ得ズ 第百七十二條 包括遺贈及不動産ヲ目的トスル遺贈ハ其ノ効ナシ 第百七十三條 遺言書保管ヲ委託スベシ 第百七十四條 遺言書ヲ發見シタル者ハ之ヲ宮内大臣又ハ李王職長官ニ提出スベシ 第百七十五條 遺言書ハ宮内ノ官僚三人以上ノ立會ヲ以テ宮内大臣又ハ李王職長官之ヲ開封ス 第百七十六條 遺言ノ執行ハ李王職長官之ヲ爲ス 第百七十七條 李王職長官ハ遺言執行ノ初ニ於テ遺贈アル旨ヲ受遺者ニ通知スベシ、受遺者遺贈ノ抛棄ヲ爲サントスルトキハ前項ノ通知ヲ受ケタル時ヨリ三月内ニソノ旨ヲ李王職長官ニ申述スベシ其ノ申述ヲ爲サザルトキハ遺贈ノ承認ヲ爲シタルモノト看做ス、民法第千十八條及第千十九條ノ規定ハ前項ノ期間ニ関シ之ヲ準用ス 第百七十八條 第百六十五條乃至第百七十五條及民法第千百二十五條乃至第千百二十九條ノ規定ハ遺言ノ取消ニ之ヲ準用ス 第百七十九條 遺言ニ関シ疑義アルトキハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第百八十條 民法第千六十一條乃至第千六十六條第千七十五條第千八十七條第千八十八條第二項第千九十條第千九十一條及第千九十四條乃至第千百四條ノ規定ハ王公族ノ遺言ニ関シ之ヲ準用ス (六) 第六編 喪葬 第一章 喪儀 第百八十一條 王公族薨去シタルトキハ宮内大臣直ニ之ヲ公告ス 第百八十二條 王王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃公公妃薨去シタルトキハ三日以内ノ日數ヲ勅定シ廃朝スルコトアルヘシ、前項ノ場合ニ於テハ宮内大臣之ヲ公告ス 第百八十三條 前條ノ規定ハ七歳未満ノ殤ニ之ヲ適用セズ 第百八十四條 喪儀ヲ行ウ期日場所及墓所ハ宮内大臣之ヲ公告シ国葬ノ場合ニ於テハ宮内大臣内閣総理大臣ノ連署ヲ以テ之ヲ公告ス 第百八十五條 王王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃公公妃ノ喪儀ハ李王職長官ノ申請ニ依リ宮内大臣勅栽ヲ經テ其ノ式ヲ定ム 第二章 服喪 第百八十六條 父、母、夫ノ喪ハ一年トス 第百八十七條 祖父母夫ノ父母、妻ノ喪ハ百五十日トス 第百八十八條 曾祖父母、母方祖父母、父ノ兄弟姉妹、兄弟姉妹ノ喪ハ九十日トス 第百八十九條 高祖父母、嫡母、継母、夫ノ祖父母、母ノ兄弟姉妹、父ノ異父兄弟姉妹、異父兄弟姉妹、子ノ喪ハ三十日トス 第百九十條 男系ノ孫、父ノ兄弟ノ子、母ノ異父兄弟姉妹、兄弟ノ子、夫ノ嫡母継母妻ノ父母ノ喪ハ七日トス 第百九十一條 母方高祖父母、母方曾祖父母、男系ノ曾孫玄孫、父ノ姉妹ノ子、姉妹ノ子、異父兄弟姉妹ノ子、母ノ兄弟姉妹ノ子、女系ノ孫ノ喪ハ五日トス 第百九十二條 七歳未満ノ殤ニハ喪ヲ服セズ 第百九十三條 王公族ハ皇族王公族又ハ華族朝鮮貴族ニ非ザル親族ノ爲ニハ喪ヲ服セス 第百九十四條 二様ノ親族関係アルトキハ喪ハ其ノ重ニ従ウ 第百九十五條 両喪重複スルトキハ重複ノ間其ノ重ニ従ウ 第百九十六條 服喪ノ期間ハ薨去又ハ死亡ノ日ヨリ之ヲ起算ス 第百九十七條 王王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃公公妃喪ニ丁ルトキハ其ノ付属ノ李王職職員喪ヲ服ス 第百九十八條 特別ノ事由ノ爲除喪スルハ臨時ノ勅定ニ依ル 第百九十九條 王公族ノ喪服ニ関スル規定ハ勅定ニ依リ宮内大臣之ヲ公告ス 第三章 墳塋 第二百條 王公族ノ墳塋ハ之ヲ墓トス 第二百一條 墓及其ノ兆域内ノ土地ハ之ヲ處分スルコトヲ得ズ但シ重大ナル事由アル場合ニ於テ之ヲ変更又ハ移転スルハ此ノ限ニ在ラス 第二百二條 墓ニハ墓籍ヲ設ク、墓籍ニ関スル規程ハ宮内大臣之ヲ定ム 第二百三條 墓ノ兆域ハ宮内大臣之ヲ公告ス 第七編 王公族審議會 第二百四條 王公族審議會ハ諮詢ニ応ジ本令ノ改定其他王公族ニ関スル重要ノ事項ヲ審議シ意見ヲ上奏ス 第二百五條 王公族審議會ハ総栽及ビ審議官ヲ以テ之ヲ組織ス 第二百六條 総栽ハ宮内大臣ノ奏請ニ依リ枢密院議長枢密院副議長及枢密院顧問官ノ中ヨリ之ヲ勅命ス審議官ハ十人トシ宮内大臣ノ奏請ニ依リ親任官勅任官及朝鮮貴族ノ中ヨリ之ヲ命ス 第二百七條 総栽及審議官ハ其有スル官職ノ待遇ヲ享ク官職ナキ者ハ勅任待遇トス 第二百八條 総栽ハ會務ヲ統理シ會議ノ議長トナル、総栽事故アルトキハ上席ノ審議官其ノ職務ヲ行ウ 第二百九條 王公族審議會ハ審議官過半數ノ出席アルニ非サレハ議決ヲ爲スコトヲ得ス 第二百十條 王公族審議會ニ幹事二人書記若千人ヲ置ク、幹事ハ宮内高等官書記ハ宮内判任官ノ中ヨリ宮内大臣之ヲ命ス 第二百十一條 幹事ハ総栽ノ命ヲ承ケ庶務ヲ掌理シ書記ハ幹事ノ指揮ヲ承ケ庶務ニ従事ス 第二百十二條 王公族審議會ノ議事ニ関スル規定ハ宮内大臣之ヲ定ム 付則 第二百十三條 故李太王ノ子ニシテ王家ニ在ル者ハ之ヲ王族トス、本令中太王ノ子ニ関スル規程ハ前項ノ王族ニ之ヲ準用ス 第二百十四條 王公族ニ対スル民事ノ訴訟ニシテ本令施行ノ際現ニ繋属スルモノハ仍従前ノ令ニ依ル 第二百十五條 第二百一條乃至第二百三條ノ規定ハ本令施行ノ際現ニ王家又ハ公家ニ於テ管守スル墳塋ニ之ヲ準用ス、前項ノ墳塋ニハ仍従前ノ名称ヲ用イシム附式略ス(完) ロゴ logo 関連 リンク IIIF マニフェスト https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/manifest/1/20000/0100348031.json 1 of 6 ? 1 123456 王公家軌範全文 (一?六) : 一日公布サル Universal Viewer manifest メタデータ ファイル出力 メタデータID 0100348031 タイトル 王公家軌範全文 (一?六) : 一日公布サル Full text of Wang Gongke Keiban (1-6): To be promulgated in one day 著者名 大阪毎日新聞 新聞名 大阪毎日新聞 切抜帳 25.法制 02.憲法 巻 第 5巻 記事番号 37 出版日 1926-12-02/1926-12-07 出版年(和暦) 1926年(大正15) 注記 英語タイトルハ自動翻訳ヲ使用シテイマス 権利情報 本資料ノ画像ヲ転載(引用・展示・放映等)スル際ハ、事前ノ申請ガ必要デス This collections need you to make an application to reuse images 詳細ヲ表示 ホームヘ戻ル cetb80j53evmxh30xeshcdo8qxi1qhg 244116 244086 2026-07-07T03:26:26Z HOPE SINCE 1957 45963 244116 wikitext text/x-wiki 朕惟フニ皇考曩ニ詔書ヲ煥發シテ李家殊遇ノ意ヲ昭ニセラル 朕遺旨ヲ承ケ李家ノ率循スヘキ軌儀ヲ定メ其ノ子孫ヲシテ永ク賴ル所アラシメムトス茲ニ樞密顧問ノ諮詢ヲ經テ王公家軌範ヲ栽可シ之ヲ公布セシム  御名 御璽   摂政名  大正十五年十二月一日 ---------------チェック済----------------------  宮内大臣  一木喜徳郎  内閣総理大臣 若槻礼次郎  陸軍大臣 宇垣 一成  海軍大臣 財部 彪  文部大臣 岡田 良平  内務大臣 濱口 雄幸  司法大臣 江木 翼  大蔵大臣 片岡 直温 皇室令第十七號 王公家軌範   第一編 王家及公家    第一章 王系及公系 第一條 王系及公系ハ男系ノ男子之ヲ襲ク 第二條 王系及公系ハ長子之ヲ襲ク長子在ラサルトキハ長孫之ヲ襲キ長子及其ノ子孫皆在ラサルトキハ次子及其ノ子孫之ヲ襲ク以下皆之ニ例ス 第三條 子孫ノ王系又ハ公系ヲ襲クハ嫡ヲ先ニシ庶ヲ後ニス 第四條 王系又ハ公系ヲ襲クヘキ子孫在ラサルトキハ兄弟及其ノ子孫之ヲ襲キ兄弟及其ノ子孫在ラサルトキハ伯叔父及其ノ子孫之ヲ襲ク 前項ノ規定ニ依リ王系又ハ公系ヲ襲クハ同等内ニ在リテハ嫡ヲ先ニシ庶ヲ後ニシ長ヲ先ニシ幼ヲ後ニス 第五條 王系又ハ公系ヲ襲クヘキ者精神若ハ身體ノ不治ノ重患アリ又ハ重大ノ事故アルトキハ王公族審議會ニ諮詢シ勅旨ヲ以テ襲系ノ順序ヲ換フルコトヲ得 第六條 王系ヲ襲クヘキ者在ラサルトキハ勅旨又ハ情願ニ依リ王又ハ公ヨリ出テタル子孫ニシテ四世以内ノ者ヲシテ之ヲ襲カシメ其ノ者在ラサルトキハ公ヲシテ之ヲ襲カシム 第七條 前數條ノ規定ニ依リ公王系ヲ襲クハ他ニ之ヲ襲クヘキ者ナキ場合ニ限ル 第八條 公系ヲ襲クヘキ者アラサルトキハ勅旨又ハ情願ニ依リ王又ハ公ヨリ出テタル子孫ニシテ四世以内ノ者ヲシテ之ヲ襲カシムルコトアルヘシ 第九條 王ノ長子孫ノ系統ニ在ル者ハ公系ヲ襲クコトナシ 公ノ長子孫ノ系統ニ在ル者ハ他ノ公系ヲ襲クコトナシ 第十條 第六條及第八條ノ場合ニ於テハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第十一條 王系又ハ公系ハ左ノ場合ニ於テ之ヲ襲ク   一 王又ハ公薨去シタルトキ   二 王又ハ公隠居ヲ爲シタルトキ   三 王又ハ公剝権ノ處分ヲ受ケタルトキ 第十二條 王系又ハ公系ヲ襲キタル者ハ妃ト共ニ天皇皇后太皇太后皇太后ニ朝見ス 第十三條 王又ハ公ノ襲系アリタルトキハ宮内大臣之ヲ公告ス    第二章 王族及公族 第十四條 王王妃及左ニ掲ケタル者ニシテ王家ニ在ルモノハ之ヲ王族トス   一 王ノ子   二 隠居ヲ爲シタル王及其ノ子   三 王ノ長子孫ノ系統ニ在ル者及其ノ子   四 前各號ニ掲ケタル者ノ配偶者  長子孫ノ系統ヲ定ムルハ襲系ノ順序ニ依ル  長子孫ノ系統ニ在ル者父祖ニ先チテ薨去シ男子タル子孫ナキ場合ニ於テ兄弟又ハ其ノ子孫アルトキハ襲系ノ順序ニ従ヒ之ヲ長子孫ノ系統ニ在ル者ト看做ス  前項ノ者ニシテ王家ニ在ラサルモノ及其ノ配偶者ハ王家ニ入ル其ノ者ノ子及其ノ妻亦同シ此ノ場合ニ於テハ第二十二條ノ規定ヲ準用ス 第十五條 公公妃及左ニ掲ケタル者ニシテ公家ニ在ルモノハ之ヲ公族トス   一 公ノ子   二 隠居ヲ爲シタル公及其ノ子   三 公ノ長子孫ノ系統ニ在ル者及其ノ子   四 前各號ニ掲ケタル者ノ配偶者  前條第二項乃至第四項ノ規定ハ長子孫ノ系統ニ付之ヲ準用ス 第十六條 前二條ニ定ムル王公族ノ子ニシテ王家又ハ公家ニ在ル女子ハ之ヲ王族又ハ公族トス 第十七條 隠居ヲ爲シタル王ヲ太王ト謂ウ  王ノ世嗣タル子ヲ王世子ト謂イ孫ヲ王世孫ト謂ウ 第十ハ條 王ノ妃ヲ王妃太王ノ妃ヲ太王妃王世子ノ妃ヲ王世子妃王世孫ノ妃ヲ王世孫妃公ノ妃ヲ公妃ト謂ウ 第十九條 王王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃其ノ他第十四條ノ王ノ長子孫ノ系統ニ在ル者及其ノ妃ニハ殿下ノ敬稱ヲ用イシム公公妃隠居ヲ爲シタル公及其ノ妃亦同シ 第二十條 王公族ノ子ニシテ王公族ニ非サル者ハ一家ヲ創立ス  前項ノ場合ニ於テハ勅旨ニ依リ朝鮮貴族ニ列セシムルコトアルヘシ ---------------チェック済---------------------- 第二十一條 王系又ハ公系ヲ襲キタル者ノ配偶者直系卑屬及其ノ配偶者ニシテ王家又ハ公家ニ在ラサルモノハ其ノ家ニ入ル但シ第十四條乃至第十六條ノ規定ニ該当セサル者長子孫ノ系統ニ在ラサル直系卑屬ニシテ襲系者ノ家ニ在ラザル者及直系卑屬タル女子ニシテ婚嫁シタル者ハコノ限ニ在ラス 第二十二條 前條ノ規定ニ依リ王家又ハ公家ニ入ルヘキ者重大ノ事故アルトキハ其ノ家ニ入ラシメサルコトアルヘシ、前項ノ場合ニ於テハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 策二十三條 公王系ヲ襲キタル場合ニ於テハ公家ニ在ル者ハ皆王家ニ入ル 第二十四條 王公族ハ養子ヲ爲スコトヲ得ス 第二十五條 王又ハ公ハ勅許ヲ經テ隠居ヲ爲スコトヲ得、前項ノ場合ニ於テハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第二十六條 王族又ハ公族ニシテ其ノ身位ヲ失イタル者ハ本令ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外王族又ハ公族ニ復スルコトヲ得ス 第二十七條 王族譜及公族譜ニ関スル規程ハ宮内大臣之ヲ定ム (二) 第二編 身位 第一章 総則 第二十八條 皇室栽判令中皇族ニ関スル規定ハ第一章第一節ノ規定ヲ除クノ外王公族ニ之ヲ準用ス 第二十九條 王公族ニ対スル民事訴訟ノ第一審及第二審ハ東京控訴院又ハ京城覆審法院ノ管轄ニ屬ス但シ王公族ハ代人ヲシテ訴訟ニ当ラシムルコトヲ得 第三十條 王公族ハ勅許ヲ得ルニ非ザレバ拘引シ又ハ栽判所ニ召喚スルコトヲ得ズ 第三十一條 王太王王世子王世孫公ハ勅許ヲ經テ其ノ住所ヲ定メ其ノ他ノ王公族ハ王又ハ公ノ許可ヲ得テ其ノ住所ヲ定ム 第三十二條 王公族外国ニ旅行セントスルトキハ勅許ヲ受クヘシ 第三十三條 王公族ハ商工業ヲ営ミ又ハ営利ヲ目的トスル社団ノ社員若ハ役員トナルコトヲ得ズ但シ株主トナルハ此ノ限ニアラズ 第三十四條 王公族ハ任官ニ依ル場合ヲ除クノ外報酬ヲ受クル職ニ就クコトヲ得ズ 第三十五條 王公族ハ公共団體ノ吏員又ハ職員トナルコトヲ得ズ 第三十六條 王太王王世子王世孫公公益法人其ノ他営利ヲ目的トセザル団體ノ社員又ハ役員トナラントスルトキハ勅許ヲ受クヘシ 第三十七條 王公族ノ就学ニ付テハ皇族就学令ヲ準用ス 第二章 成年 第三十八條 王公族ハ満二十年ヲ以テ成年トス 第三十九條 王王世子王世孫公成年ニ達シタル時ハ天皇皇后太皇太后皇太后ニ朝見ス 第三章 斑位 第四十條 王公族ノ班位ハ皇族ニ次ギ左ノ順序ニ依ル、第一 王、第二 王妃、第三 太王、第四 太王妃、第五 王世子、第六 王世子妃、第七 王世孫、第八 王世孫妃、第九 公、第十 公妃 第四十一條 太王ノ班位ハ太王トナリタル時ノ先後ニ依ル、太王妃ノ班位ハ夫ニ次グ 第四十二條 太王ノ寡妃王ノ寡妃ノ班位ハ太王妃ニ次ギ其ノ夫ノ襲系シタル時ノ先後ニ依ル 第四十三條 王世子ノ寡妃ノ班位ハ王世子妃王世孫妃ニ次ギ王世孫ノ寡妃ノ班位ハ王世孫妃ニ次グ、王世子ノ寡妃相互間ノ班位ハ寡妃トナリタル時ノ先後ニ依ル王世孫ノ寡妃相互間ノ班位亦同ジ 第四十四條 公ノ班位ハ長ヲ先ニシ幼ヲ後ニス、公妃ノ班位ハ夫ニ次グ 第四十五條 隠居ヲ爲シタル公ノ班位ハ公妃ニ次ギ其ノ相互間ノ班位ハ隠居ヲ爲シタル時ノ先後ニ依ル、隠居ヲ爲シタル公ノ妃ノ班位ハ夫ニ次グ 第四十六條 隠居ヲ爲シタル公ノ寡妃公ノ寡妃ノ班位ハ隠居ヲ爲シタル公ノ妃ニ次ギ其ノ夫ノ襲系シタル時ノ先後ニ依ル 第四十七條 前數條ニ掲ゲタル者ヲ除クノ外公族ノ班位ハ王族ニ次ギ其ノ王族男子及公族男子ノ班位ハ各襲系ノ順序ニ従ウ王族女子及公族女子ノ班位亦之ニ準ズ 第四十八條 二家ノ公族男子相互間ノ班位ハ各襲系ノ順序ニ従イソノ順位ヲ同クスル者ノ間ニアリテハ嫡ヲ先ニシ庶ヲ後ニシ長ヲ先ニシ幼ヲ後ニス二家ノ公族女子相互間ノ班位亦之ニ準ズ 第四十九條 前二條ノ規定ニ依リ同順位ニ在ル者ハ男ヲ先ニシ女ヲ後ニス 第五十條 夫アル者ノ班位ハ其ノ夫ニ次グ、寡婦ノ班位ハ旧ニ依ル 第四章 叙勲任官 第五十一條 王ハ満十五年ニ達シタル後大勲位ニ叙シ菊花大綬章ヲ賜ウ 第五十二條 王妃ハ結婚ノ礼ヲ行ウ当日勲一等ニ叙シ宝冠章ヲ賜ウ 第五十三條 王世子王世孫ハ満十五年ニ達シタル後勲一等ニ叙シ旭日桐花大綬章ヲ賜ウ 第五十四條 王世子妃王世孫妃ハ結婚ノ礼ヲ行ウ当日勲二等ニ叙シ宝冠章ヲ賜ウ 第五十五條 公ハ満十五年ニ達シタル後勲一等ニ叙シ旭日桐花大綬章ヲ賜ウ 第五十六條 公妃ハ結婚ノ礼ヲ行ウ当日勲二等ニ叙シ宝冠章ヲ賜ウ 第五十七條 満十五年ニ達シタル後王系ヲ襲ギタル者ハ大勲位ニ叙シ菊花大綬章ヲ賜イ其ノ妃ハ勲一等ニ叙シ宝冠章ヲ賜ウ 第五十八條 満十五年ニ達シタル後王世子王世孫トナリ又ハ公系ヲ襲ギタル者ハ勲一等ニ叙シ旭日桐花大綬章ヲ賜イ其ノ妃ハ勲二等ニ叙シ宝冠章ヲ賜ウ 第五十九條 王王世子王世孫ハ満十八年ニ達シタル後特別ノ事由アル場合ヲ除クノ外陸軍又ハ海軍ノ武官ニ任ズ 第六十條 前數條ニ定メタルモノ及特旨ニ依ルモノノ外勲章記章及文武官ニ関スル法令ハ王公族ニモ又之ヲ適用ス 第五章 身位喪失 第六十一條 王公族ハ戌年ニ達シタル後情願ニ依リ朝鮮貴族ニ列セシムルコトアルヘシ、王公族前項ノ情願ヲ爲スニハ王又ハ公ノ許可ヲ受クヘシ 第六十二條 前條ノ規定ニ依リ朝鮮貴族ニ列セラレタル者ハ一家ヲ創立シ其ノ者ノ配偶者直系卑屬及其ノ配偶者ハ其ノ家ニ入ル 第六十三條 王公族ハ勅許ヲ經テ一般臣民ノ家督相続人トナリ又ハ家督相続ノ目的ヲ以テ其ノ養子トナルコトヲ得但シ勅許ヲ請ウ前王又ハ公ノ許可ヲ受クヘシ前項ノ場合ニ於テハ公族身位令第二十八條乃至第三十三條ノ規定ヲ準用ス 第六十四條 前條ノ規定ニ依リ他家ノ家督相続人トナリ又ハ養子トナリタル者ノ妻直系卑屬及其ノ配偶者ハ其ノ他家ニ入ル 第六十五條 第六十一條及第六十三條ノ場合ニ於テハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第六十六條 剝権ノ處分ヲ受ケタル王公族ハ其ノ身位ヲ失ウ、前項ノ規定ニ依リ王公族ノ身位ヲ失イタル者ハ王公族ニ復スルコトヲ得ズ 第六十七條 前條ノ規定ニ依リ身位ヲ失イタル者ハ一家ヲ創立シ其ノ者ノ妻ハソノ家ニ入ル 第六十八條 婚嫁ニ因リ王公家ニ入リタル女子其ノ夫ヲ亡イタルトキハ王又ハ公ノ許可ヲ得テ実家ニ復籍スルコトヲ得但シ妃ナルトキハ尚勅許ヲ受クヘシ 第六章 懲戒 第六十九條 王公族其ノ品位ヲ辱ムルノ所行アリ又ハ皇室ニ対シ忠順ヲ欠キタルトキハ之ヲ懲戒ス 第七十條 懲戒ハ謹慎停権及剝権トス 第七十一條 謹慎ハ後来ヲ訓戒シ期間ヲ定メテ屏居セシム 第七十二條 停権ハ期間ヲ定メテ特権ノ一部又ハ全部ノ行使ヲ停止ス 第七十三條 剝権ハ特権ノ全部ヲ剝奪ス 第七十四條 王公族謹慎又ハ停権ノ處分ヲ受ケ改悛ノ状顕著ナルトキハ其ノ懲戒ノ一部又ハ全部ヲ解除ス 第七十五條 懲戒及其ノ解除ハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第七章 失踪 第七十六條 戦時事変其ノ他ノ場合ニ於テ王公族ノ生死不明ナルトキハ其ノ財産ノ管理ニ付必要ナル處分ヲ命ズヘシ 第七十七條 王公族ノ生死不明ナルコト三年ニ亘ルトキハ失踪ヲ宣告スヘシ、失踪ノ宣告ヲ受ケタル王公族ハ前項ノ期間満了ノ時ニ薨去シタルモノト看做ス 第七十八條 失踪ノ宣告アリタル後生死ノ事実分明トナリタルトキハ其ノ宣告ヲ取消スヘシ但シ其ノ取消ハ失踪ノ宣告ニ基キタル事項及行爲ニ其ノ効力ヲ及ボサズ 第七十九條 前三條ノ場合ニ於テハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第八十條 失踪ノ宣告及ビ其ノ宣告ノ取消ハ宮内大臣之ヲ公告ス (三) 第三編 財産 第一章 総則 第八十一條 租税ニ関スル法令ハ他ノ皇室令ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外王公族ニ之ヲ適用セス 第八十二條 王王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃及王太王王世子王世孫ノ子ニシテ未ダ婚嫁セザル未成年者ノ財産ニ関スル法律上ノ行爲ニ付テハ李王職長官ヲ以テ其ノ当事者ト看做ス但シ李王職長官ハ所部ノ官吏ヲシテ代理セシムルコトヲ得 第八十三條 未タ婚嫁セサル未成年ノ王公族財産ニ関スル法律上ノ行爲ヲ爲スニハ其ノ法定代理人ノ同意ヲ受クヘシ、前項ノ規定ニ反スル行爲ハ之ヲ取消スコトヲ得 第八十四條 前條ノ規定ハ法定代理人ニ於テ處分ヲ認諾セル財産ニ関スル行爲及単ニ権利ヲ得又ハ義務ヲ免ルヘキ行爲ニ之ヲ適用セス 第八十五條 王公族精神ノ重患アルトキハ禁治産ヲ宣告スルコトアルヘシ、禁治産者ノ行爲ハ之ヲ取消スコトヲ得 第八十六條 王公族精神ノ耗弱ナルトキ身體ノ重患アルトキ又ハ蕩産ノ所行アルトキハ準禁治産ヲ宣告スルコトアルヘシ、前項ノ規定ニ依リ準禁治産ヲ宣告セラレタル者ハ之ニ保佐人ヲ附ス、民法第十二條第一項及第三項ノ規定ハ準禁治産者ニ之ヲ準用ス 第八十七條 禁治産又ハ準禁治産ノ原因止ミタルトキハ之ヲ解除ス 第八十八條 禁治産又ハ準禁治産ノ宣告及解除ハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第八十九條 禁治産又ハ準禁治産ノ宣告及解除ハ宮内大臣之ヲ公告ス 第九十條 保佐人ハ勅選ニ由ル 第九十一條 未成年者及女子ハ保佐人タルコトヲ得ス 第九十二條 保佐人ハ正当ノ事由アルトキハ勅許ヲ經テ辞任ヲ爲スコトヲ得 第九十三條 保佐人ノ解任ハ勅旨ニ由ル 第九十四條 民法第十九條及第二十條ノ規定ハ未タ婚嫁セサル未成年者禁治産者及準禁治産者ノ行爲ニ之ヲ準用ス 第九十五條 前十二條ノ規定ハ王王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃及王太王王世子王世孫ノ子ニシテ未タ婚嫁セサル未成年者ニ之ヲ適用セス 第二章 世襲財産 第九十六條 王及公ハ世襲財産ヲ設定スルコトヲ要ス、李王職長官ハ王又ハ公ニ代リテ世襲財産ヲ設定スルコトヲ得 第九十七條 世襲財産ヲ設定セントスルトキハ其ノ財産ノ目録ヲ添附シ其ノ旨ヲ宮内大臣ニ申述スヘシ 第九十八條 前條ノ申述アリタルトキハ宮内大臣ハ財産ノ目録ヲ審査シ支障ナシト認メタルトキハ其ノ財産ニ付之ヲ世襲財産ト爲サントスル申述アリタル旨ヲ一週間公告スヘシ、前項ノ公告ニハ土地ニ付テハ其ノ所在地目地番及面積建物ニ付テハ其ノ所在種類構造及建坪其ノ他ノ物件ニ付テハ其ノ品目種類箇數其ノ他必要ナル事項ヲ掲クヘシ 第九十九條 前條ノ規定ニ依リ公告シタル財産ニ関シ権利ヲ主張セント欲スル者ハ前條第一項ノ公告期間満了ノ後二月内ニ故障ヲ宮内大臣ニ申出ツルコトヲ要ス、前項ノ期間内ニ故障ノ申出ナキトキハ登記ナキ権利ハ之ヲ主張スルコトヲ得ス登録国債ニ付登録ナキ権利亦同シ 第百條 宮内大臣ハ故障ノ申出ナキ財産ニ限リ之ヲ世襲財産ト爲スノ勅許ヲ請ウヘシ、前項ノ場合ニ於テハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第百一條 世襲財産設定ノ勅許アリタルトキハ宮内大臣ハ其ノ旨及第九十八條第二項ニ掲ケタル事項ヲ公告スヘシ 第百二條 前六條ノ規定ハ世襲財産ヲ増加スル場合ニ亦之ヲ適用ス 第百三條 世襲財産ニ付テハ台帳ヲ設ケ之ニ左ノ事項ヲ登録スヘシ、一 世襲財産設定ノ申述者、二 勅許ノ年月日、三 第九十八條第二項ニ掲ケタル事項 第百四條 世襲財産中有価証券アルトキハ之ニ世襲財産タル旨ヲ記入シ登録国債アルトキハ国債登録簿ニ世襲財産タル旨ノ登録ヲ經ヘシ、株券及社債券ニ付テハ前項ノ規定ニ依ルノ外株主名簿又ハ社債原簿ニ世襲財産タル旨ヲ記入スヘシ、有価証券又ハ登録国債ノ世襲財産タル効力ハ前二項ノ手続ヲ践ミタル後ニ非サレハ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス 第百五條 世襲財産ノ果実ハ世襲財産ニ屬セス変更修補又ハ改築ニ因リテ生シタル材料亦同シ 第百六條 世襲財産ハ之ヲ處分スルコトヲ得ス、世襲財産ニ付地上権永小作権又ハ地役権ヲ設定セントスル時ハ勅許ヲ受クヘシ 第百七條 世襲財産ハ之ヲ執行行爲ノ目的ト爲スコトヲ得ス 第百八條 世襲財産ニ屬スル財産ハ重大ナル事由ヲ生シタル場合ニ限リ其解除ヲ爲スコトヲ得、前項ノ解除ハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス、第九十六條第二項及ヒ第九十七條ノ規定ハ世襲財産ノ解除ニ之ヲ準用ス 第百九條 世襲財産ノ解除失効其ノ他ノ異動ヲ生シタル場合ニ於テハ宮内大臣ハ其ノ旨ヲ公告シ且台帳ニ事由ヲ附記シテ異動ノ登録ヲ爲スヘシ、前項ノ公告ニハ第九十八條第二項ノ規定ヲ準用ス、有価証券又ハ登録国債ニ付世襲財産ノ解除又ハ失効アリタルトキハ第百四條ノ記入又ハ登録ヲ抹消スヘシ 第百十條 世襲財産ハ襲系者ノ特権ニ屬ス 第百十一條 公系ヲ襲ク者ナキトキハ世襲財産ハ其ノ効力ヲ失ウ公王系ヲ襲キタルトキ亦同ジ (四) 第四編 親族 第一章 総則 第百十二條 親族ニ関スル一般ノ法令ハ本令其ノ他ノ皇室令ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外王公族ニ之ヲ適用セス 第百十三條 左ニ掲ケタル者ヲ以テ親族トス、一 血族、二 配偶者、三 三親等内ノ姻族 第百十四條 王公族ト一般臣民トノ間ニ於テハ血族ハ六親等内ニ限リ之ヲ親族トス 第百十五條 庶子ハ母方ニ付テハ親子間ニ限リ之ヲ親族トス 第百十六條 親等ハ親族間ノ世數ヲ算シテ之ヲ定ム、傍系親ノ親等ヲ定ムルニハ其ノ一人又ハ其ノ配偶者ヨリ同始祖ニ溯リ其ノ始祖ヨリ他ノ一人ニ下ル迄ノ世數ニ依ル 第百十七條 姻族関係ハ離婚ニ因リテ止ム王公族ニ嫁シタル女子ニシテ其ノ夫ヲ亡イタル者其ノ家ヲ去リタルトキ亦同シ 第二章 婚嫁 第百十八條 王公族ノ婚嫁ハ男子満十七年女子満十五年ニ達スルニ非サレハ之ヲ成スコトヲ得ス 第百十九條 王公族ノ婚嫁ハ其ノ約ヲ成ス前勅許ヲ受クヘシ但シ王公ニ非サル者ハ勅許ヲ請ウ前王又ハ公ノ許可ヲ受クヘシ 第百二十條 王王世子王世孫公結婚ノ礼ハ李王職長官ノ申請ニ依リ宮内大臣勅栽ヲ經テ其ノ式ヲ定ム 第百二十一條 王王世子王世孫公結婚ノ礼訖リタルトキハ妃ト共ニ天皇皇后太皇太后皇太后ニ朝見ス 第百二十二條 王公族ノ婚嫁ハ結婚ノ礼ヲ行ウ当日宮内大臣之ヲ公告ス 第百二十三條 王公族ノ婚嫁ハ大喪中及直系尊屬ノ喪中之ヲ成スコトヲ得ス王王妃太王太王妃ノ喪中亦同シ 第百二十四條 王公族ハ止ムコトヲ得サル事故アル場合ニ限リ勅許ヲ經テ離婚ヲ爲スコトヲ得此ノ場合ニ於テハ第百十九條但書ノ規定ヲ準用ス 第百二十五條 王公族ノ離婚ハ宮内大臣之ヲ公告ス 第百二十六條 婚嫁ニ因リ王公家ニ入リタル女子離婚ノ場合ニ於テハ実家ニ復籍シ其ノ実家ナキトキハ一家ヲ創立ス但シ実家ヲ再興スルコトヲ妨ケス 第百二十七條 王公族ノ婚嫁及離婚ハ勅許ナキトキハ之ヲ無効トス 第三章 親子 第百二十八條 王公族ノ子ノ誕生ニハ宮内ノ官僚ヲシテ産所ニ臨マシム、王公族ノ子ノ誕生ハ宮内大臣之ヲ公告ス 第百二十九條 王公族ノ子誕生シタルトキハ直系尊屬之ニ名ヲ命ス、王公族ノ子ノ命名ハ宮内大臣之ヲ公告ス 第百三十條 王公族ノ子ニシテ嫡出ニ非サル者ハ之ヲ庶子トス 第百三十一條 王公族及其ノ子ノ嫡出子又ハ庶子タル身分ニ対シテハ其ノ家ノ王公族又ハ李王職長官ハ反対ノ事実ヲ主張スルコトヲ得 第四章 親権 第百三十二條 王公族未成年ノ間ハ其ノ家ニ在ル父ノ親権ニ服ス但シ婚嫁ノ後ハ此ノ限ニ在ラス 第百三十三條 親権ヲ行ウ父ハ子ノ保育ヲ爲ス責務ヲ有ス 第百三十四條 親権ヲ行ウ父ハ必要ナル範囲内ニ於テ子ヲ懲戒スルコトヲ得 第百三十五條 親権ヲ行ウ父ハ子ノ財産ヲ管理シ又其ノ財産ニ関スル行爲ニ付子ヲ代表ス但シ第八十二條ノ規定ニ依ル場合ハ此ノ限ニ在ラス 第百三十六條 親権ヲ行ウ父ハ子ニ代リテ其ノ子ノ庶子ニ対シ親権ヲ行ウ 第百三十七條 禁治産者準禁治産者及停権ノ處分ヲ受ケ其ノ解除ヲ得サル者ハ親権ヲ行ウコトヲ得ス 第百三十八條 父親権ヲ行ウニ適セサルトキハ其ノ親権ノ全部又ハ一部ノ喪失ヲ命スヘシ、親権喪失ノ原因止ミタルトキハ復権ヲ命スヘシ、前二項ノ場合ニ於テハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第五章 後見 第百三十九條 王公族ノ後見ハ左ノ場合ニ於テ開始ス、一 親権ニ服スヘキ未成年者ニ対シテ親権ヲ行ウ者ナキトキ又ハ親権ヲ行ウ者其ノ一部ノ喪失ヲ命セラレタルトキ、二 禁治産ノ宣告アリタルトキ 第百四十條 後見人ハ勅選ニ由ル但シ親権ノ全部ヲ行ウ父カ遺言ヲ以テ選定シタル後見人ヲ認可スルコトアルヘシ 第百四十一條 第九十一條乃至第九十三條ノ規定ハ後見人ニ之ヲ準用ス 第百四十二條 後見人ハ其ノ就職ノ初ニ於テ宮内ノ官僚ノ立會ヲ以テ被後見人ノ財産目録ヲ調製スヘシ後見人就職ノ後被後見人包括財産ヲ取得シタルトキ亦同シ、前項ノ規定ハ父又ハ夫後見人タル場合ニ之ヲ適用セス 第百四十三條 第百三十三條第百三十四條及第百三十六條ノ規定ハ未成年者ノ後見人ニ之ヲ準用ス 第百四十四條 第百三十五條及民法第八百八十七條第九百六條第九百二十二條第九百二十四條第九百二十八條第九百二十九條第九百三十七條ノ規定ハ王公族ノ後見人ニ之ヲ準用ス但シ父又ハ夫後見人タル場合ニハ第九百二十二條第一項及第九百三十七條ヲ除クノ外民法ノ規定ヲ準用スル 第百四十六條 第百四十四條ニ準用シタル民法ノ規定ニ依ル親族會ノ権限ハ宮内大臣之ヲ行ウ限ニ在ラス 第百四十五條 親権ヲ行ウ父親権ノ一部ノ喪失ヲ命セラレタル場合ニ於テハ後見人ハ其ノ一部ニ関スル権限ノミヲ有ス (五) 第五編 相続 第一章 総則 第百四十七條 相続ニ関スル一般ノ法令ハ本令其ノ他ノ皇室令ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外王公族ニ之ヲ適用セズ 第二章 遺産相続 第百四十八條 遺産相続ハ襲系ノ場合ヲ除クノ外王公族ノ薨去ニ因リテ開始ス但シ王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃薨去ノ場合ハ此ノ限ニ在ラズ 第百四十九條 遺産相続ハ左ノ順位ニ依ル、第一 直系卑屬、第二 配偶者、第三 直系尊屬、第四 兄弟姉妹、前項ノ規定ニ依リ直系卑屬又ハ直系尊屬ノ間ニ於テ遺産相続ヲ爲スハ親等ノ異ナリタル者ノ間ニ在リテハ其ノ近キ者ヲ先ニシ親等ノ同キ者ハ同順位ニ於テス 第百五十條 前條ノ規定ニ依リ遺産相続ヲ爲スベキ直系卑屬相続開始前ニ薨去又ハ死亡シタル場合ニ於テ其ノ者ニ直系卑屬アルトキハ其ノ直系卑屬ハ其ノ者ノ順位ニ於テ遺産相続ヲ爲ス 第百五十一條 遺産相続人相続ノ抛棄ヲ爲サント慾スルトキハ自己ノ爲ニ相続ノ開始アリタルコトヲ知リタル時ヨリ三月内ニ其ノ旨ヲ李王職長官ニ申述スヘシ、遺産相続人前項ノ期間内ニ抛棄ノ申述ヲ爲サザリシトキハ相続ノ承認ヲ爲シタルモノト看做ス 第百五十二條 遺産相続人ハ相続ノ承認前ニ於テ相続財産ヲ處分スルコトヲ得ズ共同相続人ノ承認又ハ抛棄前亦同ジ 第百五十三條 相続財産ハ相続ノ承認アル迄李王職長官之ヲ管理ス共同相続人ノ承認又ハ抛棄前亦同ジ 第百五十四條 同順位ノ遺産相続人數人アルトキハ其ノ各自ノ相続分ハ相均キモノトス但シ直系卑屬數人アルトキハ庶子ノ相続分ハ嫡出子ノ相続分ノ二分ノ一トス 第百五十五條 第百五十條ノ規定ニ依リテ遺産相続人タル直系卑屬ノ相続分ハ其ノ直系尊屬ノ受クベカリシモノニ同ジ但シ直系卑屬數人アルトキハ其ノ各自ノ直系尊屬ノ受クベカリシ部分ニ付前條ノ規定ニ従イテ其ノ相続分ヲ定ム 第百五十六條 被相続人ハ前二條ノ規定ニ拘ラズ遺言ヲ以テ共同相続人ノ相続分ヲ定ムルコトヲ得、被相続人ニ於テ共同相続人中ノ一人又ハ數人ノ相続分ノミヲ定メタルトキハ他ノ共同相続人ノ相続分ハ前二條ノ規定ニヨリテコレヲ定ム 第百五十七條 被相続人ハ遺言ヲ以テ相続財産分割ノ方法ヲ定ルコトヲ得 第百五十八條 相続財産ノ分割ニ付協議調ワザルトキハ李王職長官宮内大臣認可ヲ經テ之ヲ爲ス 第百五十九條 民法第九百六十八條第千一條乃至第千三條第千九條第千十一條乃至第千十六條第千十八條第千十九條第千二十二條及第千三十九條ノ規定ハ王公族ノ遺産相続ニ之ヲ準用ス 第百六十條 遺産相続人ナキトキハ李王職長官遺産ノ清算ヲ爲ス此ノ場合ニ於テハ李王職長官ヲ以テ遺産ニ関スル法律上ノ行爲ノ当事者ト看做ス但シ李王職長官ハ所部ノ官吏ヲシテ代理セシムルコトヲ得、李王職長官ハ遅滞ナク一切ノ相続債権者及受遺者ニ対シ二月内ニ其ノ請求ノ申出ヲ爲スベキ旨ヲ公告スヘシ 第百六十一條 前條第二項ノ期間満了ノ後李王職長官ハ相続債権者及受遺者ニ弁済ヲ爲シ仍残余財産アルトキハ其ノ財産ハ王家ニ在リテハ王ニ帰屬シ公家ニ在リテハ公ニ帰屬ス但シ公系ヲ襲グ者ナキトキハ残余財産ハ王ニ帰屬ス民法第千三十一條乃至第千三十三條ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス、但シ條件附債権又ハ存続期間ノ不確定ナル債権ハ李王職長官ノ命ジタル評価人ヲシテ之ヲ評価セシム 第百六十二條 前條第一項ノ規定ニ依リ残余財産王又ハ公ニ帰屬シタルトキハ相続債権者及受遺者ハ其ノ権利ヲ失ウ 第百六十三條 王公族一般臣民ノ遺産相続人タルトキハ民法第五編第二章乃至第四章及第七章ノ規定ニ依ル 第百六十四條 王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃ノ遺産ハ王ニ帰屬ス 第三章 遺言 第百六十五條 王公族ノ遺言ハ文書ヲ以テシ遺言者其ノ全文及年月日ヲ自書シ署名ノ後之ヲ封緘スヘシ 第百六十六條 王公族故障ノ爲自書ニ依リ遺言ヲ爲スコト能ワザルトキハ親族及宮内ノ官僚ノ中三人以上ノ立會ヲ以テ其ノ一人ニ遺言ノ趣旨ヲ口授シテ之ヲ爲スコトヲ得 第百六十七條 王公族従軍中自書ニ依リ遺言ヲ爲スコト能ワザルトキハ将校同相当官及随従官ノ中二人以上ノ立會ヲ以テ其ノ一人ニ遺言ノ趣旨ヲ口授シテ之ヲ爲スコトヲ得軍艦其ノ他海軍所屬ノ船舶ニ搭乗セルトキ亦同ジ 第百六十八條 王公族旅行中自書ニ依リ遺言ヲ爲スコト能ワザルトキハ随従官二人以上ノ立會ヲ以テ其ノ一人ニ遺言ノ趣旨ヲ口授シテ之ヲ爲スコトヲ得 第百六十九條 前三條ノ場合ニ於テハ口授ヲ受ケタル者其ノ趣旨ヲ筆記シ他ノ立會者ノ閲読ヲ經タル後事由ヲ附記シテ各立會者署名スヘシ、前項ノ遺言書ハ立會者ノ一人之ヲ封緘シ其ノ封皮ニ年月日ヲ記入シテ署名スヘシ 第百七十條 前條ノ遺言書ハ遺言者第百六十五條ノ規定ニ依リテ遺言ヲ爲スコトヲ得ルニ至リタル後六月間生存スル場合ニハ其ノ効ナシ 第百七十一條 禁治産者及準禁治産者ハ遺言ヲ爲スコトヲ得ズ 第百七十二條 包括遺贈及不動産ヲ目的トスル遺贈ハ其ノ効ナシ 第百七十三條 遺言書保管ヲ委託スヘシ 第百七十四條 遺言書ヲ發見シタル者ハ之ヲ宮内大臣又ハ李王職長官ニ提出スヘシ 第百七十五條 遺言書ハ宮内ノ官僚三人以上ノ立會ヲ以テ宮内大臣又ハ李王職長官之ヲ開封ス 第百七十六條 遺言ノ執行ハ李王職長官之ヲ爲ス 第百七十七條 李王職長官ハ遺言執行ノ初ニ於テ遺贈アル旨ヲ受遺者ニ通知スヘシ、受遺者遺贈ノ抛棄ヲ爲サントスルトキハ前項ノ通知ヲ受ケタル時ヨリ三月内ニソノ旨ヲ李王職長官ニ申述スヘシ其ノ申述ヲ爲サザルトキハ遺贈ノ承認ヲ爲シタルモノト看做ス、民法第千十八條及第千十九條ノ規定ハ前項ノ期間ニ関シ之ヲ準用ス 第百七十八條 第百六十五條乃至第百七十五條及民法第千百二十五條乃至第千百二十九條ノ規定ハ遺言ノ取消ニ之ヲ準用ス 第百七十九條 遺言ニ関シ疑義アルトキハ王公族審議會ニ諮詢シタル後之ヲ勅栽ス 第百八十條 民法第千六十一條乃至第千六十六條第千七十五條第千八十七條第千八十八條第二項第千九十條第千九十一條及第千九十四條乃至第千百四條ノ規定ハ王公族ノ遺言ニ関シ之ヲ準用ス (六) 第六編 喪葬 第一章 喪儀 第百八十一條 王公族薨去シタルトキハ宮内大臣直ニ之ヲ公告ス 第百八十二條 王王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃公公妃薨去シタルトキハ三日以内ノ日數ヲ勅定シ廃朝スルコトアルヘシ、前項ノ場合ニ於テハ宮内大臣之ヲ公告ス 第百八十三條 前條ノ規定ハ七歳未満ノ殤ニ之ヲ適用セズ 第百八十四條 喪儀ヲ行ウ期日場所及墓所ハ宮内大臣之ヲ公告シ国葬ノ場合ニ於テハ宮内大臣内閣総理大臣ノ連署ヲ以テ之ヲ公告ス 第百八十五條 王王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃公公妃ノ喪儀ハ李王職長官ノ申請ニ依リ宮内大臣勅栽ヲ經テ其ノ式ヲ定ム 第二章 服喪 第百八十六條 父、母、夫ノ喪ハ一年トス 第百八十七條 祖父母夫ノ父母、妻ノ喪ハ百五十日トス 第百八十八條 曾祖父母、母方祖父母、父ノ兄弟姉妹、兄弟姉妹ノ喪ハ九十日トス 第百八十九條 高祖父母、嫡母、継母、夫ノ祖父母、母ノ兄弟姉妹、父ノ異父兄弟姉妹、異父兄弟姉妹、子ノ喪ハ三十日トス 第百九十條 男系ノ孫、父ノ兄弟ノ子、母ノ異父兄弟姉妹、兄弟ノ子、夫ノ嫡母継母妻ノ父母ノ喪ハ七日トス 第百九十一條 母方高祖父母、母方曾祖父母、男系ノ曾孫玄孫、父ノ姉妹ノ子、姉妹ノ子、異父兄弟姉妹ノ子、母ノ兄弟姉妹ノ子、女系ノ孫ノ喪ハ五日トス 第百九十二條 七歳未満ノ殤ニハ喪ヲ服セズ 第百九十三條 王公族ハ皇族王公族又ハ華族朝鮮貴族ニ非ザル親族ノ爲ニハ喪ヲ服セス 第百九十四條 二様ノ親族関係アルトキハ喪ハ其ノ重ニ従ウ 第百九十五條 両喪重複スルトキハ重複ノ間其ノ重ニ従ウ 第百九十六條 服喪ノ期間ハ薨去又ハ死亡ノ日ヨリ之ヲ起算ス 第百九十七條 王王妃太王太王妃王世子王世子妃王世孫王世孫妃公公妃喪ニ丁ルトキハ其ノ付屬ノ李王職職員喪ヲ服ス 第百九十八條 特別ノ事由ノ爲除喪スルハ臨時ノ勅定ニ依ル 第百九十九條 王公族ノ喪服ニ関スル規定ハ勅定ニ依リ宮内大臣之ヲ公告ス 第三章 墳塋 第二百條 王公族ノ墳塋ハ之ヲ墓トス 第二百一條 墓及其ノ兆域内ノ土地ハ之ヲ處分スルコトヲ得ズ但シ重大ナル事由アル場合ニ於テ之ヲ変更又ハ移転スルハ此ノ限ニ在ラス 第二百二條 墓ニハ墓籍ヲ設ク、墓籍ニ関スル規程ハ宮内大臣之ヲ定ム 第二百三條 墓ノ兆域ハ宮内大臣之ヲ公告ス 第七編 王公族審議會 第二百四條 王公族審議會ハ諮詢ニ応ジ本令ノ改定其他王公族ニ関スル重要ノ事項ヲ審議シ意見ヲ上奏ス 第二百五條 王公族審議會ハ総栽及ビ審議官ヲ以テ之ヲ組織ス 第二百六條 総栽ハ宮内大臣ノ奏請ニ依リ枢密院議長枢密院副議長及枢密院顧問官ノ中ヨリ之ヲ勅命ス審議官ハ十人トシ宮内大臣ノ奏請ニ依リ親任官勅任官及朝鮮貴族ノ中ヨリ之ヲ命ス 第二百七條 総栽及審議官ハ其有スル官職ノ待遇ヲ享ク官職ナキ者ハ勅任待遇トス 第二百八條 総栽ハ會務ヲ統理シ會議ノ議長トナル、総栽事故アルトキハ上席ノ審議官其ノ職務ヲ行ウ 第二百九條 王公族審議會ハ審議官過半數ノ出席アルニ非サレハ議決ヲ爲スコトヲ得ス 第二百十條 王公族審議會ニ幹事二人書記若千人ヲ置ク、幹事ハ宮内高等官書記ハ宮内判任官ノ中ヨリ宮内大臣之ヲ命ス 第二百十一條 幹事ハ総栽ノ命ヲ承ケ庶務ヲ掌理シ書記ハ幹事ノ指揮ヲ承ケ庶務ニ従事ス 第二百十二條 王公族審議會ノ議事ニ関スル規定ハ宮内大臣之ヲ定ム 付則 第二百十三條 故李太王ノ子ニシテ王家ニ在ル者ハ之ヲ王族トス、本令中太王ノ子ニ関スル規程ハ前項ノ王族ニ之ヲ準用ス 第二百十四條 王公族ニ対スル民事ノ訴訟ニシテ本令施行ノ際現ニ繋屬スルモノハ仍従前ノ令ニ依ル 第二百十五條 第二百一條乃至第二百三條ノ規定ハ本令施行ノ際現ニ王家又ハ公家ニ於テ管守スル墳塋ニ之ヲ準用ス、前項ノ墳塋ニハ仍従前ノ名稱ヲ用イシム附式略ス(完) ロゴ logo 関連 リンク IIIF マニフェスト https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/manifest/1/20000/0100348031.json 1 of 6 ? 1 123456 王公家軌範全文 (一?六) : 一日公布サル Universal Viewer manifest メタデータ ファイル出力 メタデータID 0100348031 タイトル 王公家軌範全文 (一?六) : 一日公布サル Full text of Wang Gongke Keiban (1-6): To be promulgated in one day 著者名 大阪毎日新聞 新聞名 大阪毎日新聞 切抜帳 25.法制 02.憲法 巻 第 5巻 記事番号 37 出版日 1926-12-02/1926-12-07 出版年(和暦) 1926年(大正15) 注記 英語タイトルハ自動翻訳ヲ使用シテイマス 権利情報 本資料ノ画像ヲ転載(引用・展示・放映等)スル際ハ、事前ノ申請ガ必要デス This collections need you to make an application to reuse images 詳細ヲ表示 ホームヘ戻ル bmhs4bhhx7q2ybtp3e0sk4j5x32uzzq 50の霊的講話/講話35 0 57074 244087 2026-07-06T16:15:15Z 村田ラジオ 14210 モスクワ神学アカデミー訳、Духовные беседы (1–50) の講話35を翻訳。 244087 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|hide=1}} {{header | title = 50の霊的講話 | section = 講話35 | previous = [[../講話34|講話34]] | next = [[../講話36|講話36]] | year = 1880 | 年 = | override_author = [[作者:エジプトのマカリオス|エジプトのマカリオス]] | override_translator = モスクワ神学アカデミー | noauthor = | notes = *底本: [https://azbyka.ru/otechnik/Makarij_Velikij/duhovnye-besedy-1-50/ Духовные беседы (1–50)] *ウィキソースによる日本語訳 }} マカリオス50の霊的講話 ==講話35== << 旧安息日と新安息日について >> 1. モーセを通して与えられた律法の下で、神はすべての人に対し、安息日には休息し、いかなる仕事もしないよう命じられました。しかし、それは主が魂に与えられる真の安息の「型」であり「影」に過ぎませんでした。恥ずべき不潔な思いから解放されるにふさわしいとされた魂こそが、真の安息を守り、真の休息を享受するのです。そのような魂は、あらゆる暗い行いから離れて静まり、自由な状態にあります。かつての象徴的な安息日には、肉体的な休息はあっても、魂は依然として邪悪さや悪徳に縛られていました。それに対して、この真の安息は魂の真の休息です。すなわち、悪魔による思いから清められ、平安を保ち、主の永遠の安息と喜びの中に{{r|憩|いこ}}う魂の休息なのです。 2. かつて神が、家畜の獣にさえ安息日の休息を命じられたのと同じことです。すなわち、牛に重荷を引くためのくびきを負わせず、ろばに荷を積まず、動物たち自身も重労働から解放されて休息を得られるようにされたのです。それと同様に、主もまた、真の永遠の安息を与えるために来られました。主は、不法や不潔な思いという重荷に押しつぶされそうになっていた魂に休息を与えられました。それは、残酷な主人に奴隷のように使われ、やむを得ず不義な行いをさせられていた魂でした。主はその魂から、耐え難い重荷や空虚で不潔な思いを取り除き、不義な行いという重いくびきを解き放ち、不潔な思いに疲れ果てた魂に休息を与えられたのです。 3. 主は人を安息へと招き、こう言われます。「すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげよう」(マタイ11章28節)。そして、主に従って近くに来る魂に、主はこれら痛ましく、重く、汚れた思いからの安息を与えてくださいます。それらの魂はあらゆる不法から離れ、真実で神に喜ばれる聖なる安息日を守り、言葉に尽くせない喜びと楽しみの霊的な祭りを祝い、清い心をもって、神に喜ばれる清い奉仕を捧げるのです。これこそが、真実で聖なる安息日です。ですから、私たちも神に願い求めましょう。この安息に入り、恥ずべき、邪悪で空しい思いから解放され、清い心をもって神に仕え、聖霊の祭りを祝うことができるようになりますように。その安息に入る人は幸いです。これを定めてくださった父と子と聖霊に、とこしえに栄光がありますように!アーメン。 :::[[50の霊的講話/講話35#講話35|先頭に戻る↑]] {{DEFAULTSORT:50のれいてきこうわ35}} <!--[[Category:1880年]] [[Category:キリスト教]] [[Category:キリスト教の歴史]]--> [[Category:キリスト教神学]] [[Category:マカリオス]] [[Category:50の霊的講話|35]] {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- モスクワ神学アカデミー訳、Духовные беседы (1–50) の講話35を翻訳。 --> 1pyms03vghqp06nqr7531ucidw55y3t 50の霊的講話/講話36 0 57075 244088 2026-07-06T16:48:54Z 村田ラジオ 14210 モスクワ神学アカデミー訳、Духовные беседы (1–50) の講話36を翻訳。 244088 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|hide=1}} {{header | title = 50の霊的講話 | section = 講話36 | previous = [[../講話35|講話35]] | next = [[../講話37|講話37]] | year = 1880 | 年 = | override_author = [[作者:エジプトのマカリオス|エジプトのマカリオス]] | override_translator = モスクワ神学アカデミー | noauthor = | notes = *底本: [https://azbyka.ru/otechnik/Makarij_Velikij/duhovnye-besedy-1-50/ Духовные беседы (1–50)] *ウィキソースによる日本語訳 }} マカリオス50の霊的講話 ==講話36== << 魂と肉体の二重の復活、そして復活した者たちの異なる栄光について >> 1. 死んだ魂の復活は今この時にも起こっていますが、肉体の復活はあの終わりの日に起こるものです。しかし、天に据えられた星々がすべて同じではなく、その輝きや大きさが互いに異なるように、同じ"霊"による霊的な成長においても、信仰の度合いに応じて違いがあり、ある者は他の者よりも豊かな実りを示します。聖書には「異言を語る者は、神の霊によって語る」(コリント人への手紙第一 14章2節)とあり、神と語り合うその人は霊的な者です。しかし、「預言する者は教会を築き上げる」(同 14章4節)のであり、その人は豊かな恵みを備えています。なぜなら、前者は自分自身を築き上げるだけですが、後者は自分自身と隣人の双方を築き上げるからです。すなわち、地に{{r|蒔|ま}}かれた一粒の麦のように、彼は一つの心から多種多様な実りを生み出すのです。さらに、麦の穂そのものも大きさが異なり、大きいものもあれば小さいものもありますが、それらはすべて同じ脱穀場へ、そして同じ倉へと集められます。そして、それらは互いに異なってはいても、それらから一つのパンが作られるのです。 2. あるいは、人々で{{r|溢|あふ}}れかえる都市を思い浮かべてみてください。そこには幼い子供もいれば、成人や若者もいますが、誰もが同じ水源の水を飲み、同じパンを食べ、同じ空気を吸っています。あるいは、ともしびを想像してみてください。二つの{{r|燭台|しょくだい}}を持つものと七つの{{r|燭台|しょくだい}}を持つものとでは、より多くの光を放つものの方が、その輝き方も異なります。火と光の中に住む人々も同様です。彼らが{{r|闇|やみ}}の中にいることはあり得ませんが、その間には大きな違いがあるのです。もし父親に二人の息子――一人は幼子、もう一人は若者――がいるとすれば、彼は若者を都市や地方へと送り出しますが、幼子には常に自ら付き添います。なぜなら、その子はまだ何もできないからです。神に栄光あれ!アーメン。 :::[[50の霊的講話/講話36#講話36|先頭に戻る↑]] {{DEFAULTSORT:50のれいてきこうわ36}} <!--[[Category:1880年]] [[Category:キリスト教]] [[Category:キリスト教の歴史]]--> [[Category:キリスト教神学]] [[Category:マカリオス]] [[Category:50の霊的講話|36]] {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- モスクワ神学アカデミー訳、Духовные беседы (1–50) の講話36を翻訳。 --> 62c92j3bq4jzosx3qloy5jc9dq7vcul Index:NDL1259780 志賀重昂全集 第6巻 part2.pdf 252 57076 244090 2026-07-07T00:23:25Z Fish bowl 11761 ページの作成:「」 244090 proofread-index text/x-wiki {{:MediaWiki:Proofreadpage_index_template |タイプ=図書 |書名=[[志賀重昂全集]] |言語=jpn |巻号= |著者=[[Author:志賀重昂|志賀重昂]] |訳者= |編者= |挿絵= |教育機関= |出版者= |所在地= |年= |Key= |ISBN= |OCLC= |LCCN= |BNF_ARK= |ARC= |底本=djvu |画像= |進捗=MS |ページ=<pagelist /> |分冊=*[[Index:NDL1259720 志賀重昂全集 第1巻 part1.pdf]] *[[Index:NDL1259720 志賀重昂全集 第1巻 part2.pdf]] *[[Index:NDL1259720 志賀重昂全集 第1巻 part3.pdf]] *[[Index:NDL1259729 志賀重昂全集 第2巻 part1.pdf]] *[[Index:NDL1259729 志賀重昂全集 第2巻 part2.pdf]] *[[Index:NDL1259729 志賀重昂全集 第2巻 part3.pdf]] *[[Index:NDL1259737 志賀重昂全集 第3巻 part1.pdf]] *[[Index:NDL1259737 志賀重昂全集 第3巻 part2.pdf]] *[[Index:NDL1259737 志賀重昂全集 第3巻 part3.pdf]] *[[Index:NDL1259750 志賀重昂全集 第4巻 part1.pdf]] *[[Index:NDL1259750 志賀重昂全集 第4巻 part2.pdf]] *[[Index:NDL1259750 志賀重昂全集 第4巻 part3.pdf]] *[[Index:NDL1259765 志賀重昂全集 第5巻 part1.pdf]] *[[Index:NDL1259765 志賀重昂全集 第5巻 part2.pdf]] *[[Index:NDL1259765 志賀重昂全集 第5巻 part3.pdf]] *[[Index:NDL1259780 志賀重昂全集 第6巻 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四月二十月、テクサス義徒の首魁サム・ヒゥーストン七百三十三人に將となり、墨西哥 大統領サンタ・アンナの大軍とサナシントに戰ふ、墨西哥軍大に敗れ、死者六百三十人 を地に委ぬ、翌二十一日、サンタ・アンナを生擒す。 テクサス獨立し、十二月二十九日、ヒゥーストンを大統領に遷擧す。! |- ! 一八四五年(弘化二年)<br>七十一年前 | テクサス國北米合衆國に併合す。 |} <h2>墨西哥第五回革命の當日</h2> <h3>革命各領袖の會盟</h3> 最近五年の間、墨西哥は四回の革命を見た、北部はヴィーア將軍占有し、中部はカランサ將軍占有し、南部は サパタ將軍占有し、宛然たる『三國志』の喜劇悲劇を演出し、純の純乎たる無政府である。かくて劒血亂離 の餘り、人民塗炭に苦しみ、墨西哥の事復た爲すべからざるを以て、玆に、大正三年十一月六日、三將軍の使節 中部の{{ruby|溫泉市|アグアス・カリエンテス}}に會同し墨西哥國旗に誓約を書して、各々其の姓名を自署し、且つ之れを啜吻して盟を尋ね、新<noinclude></noinclude> t4o0y2mychl6gfht5p6fvcg80zu8aen 244101 244092 2026-07-07T01:32:48Z Fish bowl 11761 244101 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="3" user="Fish bowl" /></noinclude>敵は五千なり我は五百五十のみ 彈盡き況んや又糧粒を絕つをや 三十二人急を聞て馳せ 刀を飛ばし亂 れ斫て圍を冐して入る 入て將軍に見れば血面に被り 兵皆刄を露はして壁に嬰て立てり』{{ruby|誰哉|たぞ}}南加の一男 子義を見て爲ざるは固より恥づる所 疾く白馬を馳せて又圍に入り 手を握り笑て曰く君と與に死せんと』 瘡を裹み復た戰て氣益々振ひ 說かず睢陽に張巡あることを 百八十二人屍を駢ベ 生きて而して降る者一 人も無し 二十四郡擧て義に感ず 初めて知る人の和は地の利に勝ることを 天塹百里あるも何の保障ぞや 河北遂に歸す唐の天地』我れ今海外九譯を經{{難読部}}萬里馬を下る{{ruby|安敦驛|アントニオ}} 爛漫として夾竹桃地に滿つ 恍として 疑ふ當年劒血の赤きを』君見ずや張巡許遠南霽雲 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十二月、{{du|{{SIC|テクサメ|テクサス}}}}の義徒{{u|ベン・ハイラム}}兵を擧ぐ、本國墨西哥の將軍{{u|デ・コス}}兵五千餘 を率ゐて{{du|サン・アントニオ}}町に駐屯す、{{u|マイラム}}之を襲ひて戰死す、部下憤激、大に墨 西哥軍を破り、{{du|サン・カントニオ}}町を占領し、凱歌聲裡に{{u|マイラム}}を葬ふる。 二月二十二日、墨西哥大統領{{u|サン・タアンナ}}兵五千を率ゐて{{du|サン・アンニオト}}を攻む、 {{du|テクサレ}}の義徒{{u|トレーヴィス}}等、町のアラモ寺に據り、防戰十二日、三月六日、寺陷 る、此役義徒一百八十二人悉く死す。 |- ! ▲一八三六年(天保七年)<br>八十年前 | 二月末、墨西哥將軍{{u|ウガルトカエア}}、{{du|テクサス}}義徒{{u|ファンニン}}等 {{du|ゴリアッド}}に圍む、 三月十七日、{{du|ゴリアット}}開城す、同二十一日、{{u|ファンニン}}等皆殺さる。 四月二十月、{{du|テクサス}}義徒の首魁{{u|サム・ヒゥーストン}}七百三十三人に將となり、墨西哥 大統領{{u|サンタ・アンナ}}の大軍と{{du|サナシント}}に戰ふ、墨西哥軍大に敗れ、死者六百三十人 を地に委ぬ、翌二十一日、{{u|サンタ・アンナ}}を生擒す。 {{du|テクサス}}獨立し、十二月二十九日、{{u|ヒゥーストン}}を大統領に遷擧す。 |- ! ▲一八四五年(弘化二年)<br>七十一年前 | 十二月二月二十九日、{{du|テクサス}}國北米合衆國に併合す。 |} <h2>墨西哥第五回革命の當日</h2> <h3>革命各領袖の會盟</h3> 最近五年の間、墨西哥は四回の革命を見た、北部は{{u|ヴィーア}}將軍占有し、中部は{{u|カランサ}}將軍占有し、南部は サパタ將軍占有し、宛然たる『[[三國志]]』の喜劇悲劇を演出し、純の純乎たる無政府である。かくて劒血亂離 の餘り、人民塗炭に苦しみ、墨西哥の事復た爲すべからざるを以て、玆に、大正三年十一月六日、三將軍の使節 中部の{{ruby|溫泉市|アグアス・カリエンテス}}に會同し墨西哥國旗に誓約を書して、各々其の姓名を自署し、且つ之れを啜吻して盟を尋ね、新<noinclude></noinclude> 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初めて知る人の和は地の利に勝ることを 天塹百里あるも何の保障ぞや<includeonly> </includeonly> 河北遂に歸す唐の天地』我れ今海外九譯を經 萬里馬を下る{{ruby|安敦驛|アントニオ}} 爛漫として夾竹桃地に滿つ 恍として 疑ふ當年劒血の赤きを』君見ずや[[d:Q708295|張巡]][[d:Q5365102|許遠]][[d:Q845451|南霽雲]] 貞風今に芳芬を吹く 西俗未だ必ずしも降服を忌まず<includeonly> </includeonly> 斷頭の將軍は聞かざる所 寧ろ期せんや{{ruby|阿墨洲|アメリカ}}盡くる處 忽ち斷頭の勇將軍を見んとは 意氣豈に東西の別 あらんや 怪む莫れ葡萄の酹て君を哭することを 且つ日本より載する所の石を磨き 淋漓爲めに勒む旌烈 の文<section end="書き下し文" />(原漢文) <h2>テクサス獨立戰役の大要</h2> {|class="wikitable" ! ▲八三五年(天保六年)<br>八十一年前 | 十二月、{{du|{{SIC|テクサメ|テクサス}}}}の義徒{{u|ベン・ハイラム}}兵を擧ぐ、本國墨西哥の將軍{{u|デ・コス}}兵五千餘 を率ゐて{{du|サン・アントニオ}}町に駐屯す、{{u|マイラム}}之を襲ひて戰死す、部下憤激、大に墨 西哥軍を破り、{{du|サン・カントニオ}}町を占領し、凱歌聲裡に{{u|マイラム}}を葬ふる。 二月二十二日、墨西哥大統領{{u|サン・タアンナ}}兵五千を率ゐて{{du|サン・アンニオト}}を攻む、 {{du|テクサレ}}の義徒{{u|トレーヴィス}}等、町のアラモ寺に據り、防戰十二日、三月六日、寺陷 る、此役義徒一百八十二人悉く死す。 |- ! ▲一八三六年(天保七年)<br>八十年前 | 二月末、墨西哥將軍{{u|ウガルトカエア}}、{{du|テクサス}}義徒{{u|ファンニン}}等 {{du|ゴリアッド}}に圍む、 三月十七日、{{du|ゴリアット}}開城す、同二十一日、{{u|ファンニン}}等皆殺さる。 四月二十月、{{du|テクサス}}義徒の首魁{{u|サム・ヒゥーストン}}七百三十三人に將となり、墨西哥 大統領{{u|サンタ・アンナ}}の大軍と{{du|サナシント}}に戰ふ、墨西哥軍大に敗れ、死者六百三十人 を地に委ぬ、翌二十一日、{{u|サンタ・アンナ}}を生擒す。 {{du|テクサス}}獨立し、十二月二十九日、{{u|ヒゥーストン}}を大統領に遷擧す。 |- ! ▲一八四五年(弘化二年)<br>七十一年前 | 十二月二月二十九日、{{du|テクサス}}國北米合衆國に併合す。 |} <h2>墨西哥第五回革命の當日</h2> <h3>革命各領袖の會盟</h3> 最近五年の間、墨西哥は四回の革命を見た、北部は{{u|ヴィーア}}將軍占有し、中部は{{u|カランサ}}將軍占有し、南部は サパタ將軍占有し、宛然たる『[[三國志]]』の喜劇悲劇を演出し、純の純乎たる無政府である。かくて劒血亂離 の餘り、人民塗炭に苦しみ、墨西哥の事復た爲すべからざるを以て、玆に、大正三年十一月六日、三將軍の使節 中部の{{ruby|溫泉市|アグアス・カリエンテス}}に會同し墨西哥國旗に誓約を書して、各々其の姓名を自署し、且つ之れを啜吻して盟を尋ね、新<noinclude></noinclude> hwd18cwu81u3il8r9x754189r5d544z Page:NDL1259780 志賀重昂全集 第6巻 part2.pdf/45 250 57078 244093 2026-07-07T01:03:21Z Fish bowl 11761 /* 未校正 */ ページの作成:「ダスには麾下のスパルタ兵三百人、希臘同盟諸州の兵七千人に將となり、テルモビンの險關を扼し、なだれ來る 彼斯の大軍逆へ戰敗れて、敵群中に斫つて入り、王始め麾下三百人悉く戰死し、同盟軍中の生存せる者より本國 スパルタに敗報を傳へたること、ふこと後人壯烈の典範なりと、石碑を此地に建てゝ、大儒ヘロドトスの文『異 國人よ、汝…」 244093 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="Fish bowl" /></noinclude>ダスには麾下のスパルタ兵三百人、希臘同盟諸州の兵七千人に將となり、テルモビンの險關を扼し、なだれ來る 彼斯の大軍逆へ戰敗れて、敵群中に斫つて入り、王始め麾下三百人悉く戰死し、同盟軍中の生存せる者より本國 スパルタに敗報を傳へたること、ふこと後人壯烈の典範なりと、石碑を此地に建てゝ、大儒ヘロドトスの文『異 國人よ、汝スパルタに行き、吾々勇敢なる武士は、訓諭を服膺して玆に潔く戰死せることを國人に告げよ』と記 し、二千四百年來歐南の一靈場と稱へた。然るに玆にアラモには、十二日間の防戰、味方一人だに殘らず死し、 米國の長篠城 敗報を傳へたる者すら絕へて無かりしと 米國テクサス州サン・アントニオ市アラモ寺に建立せるテクサス は、テルモピレに一際勝れる壯烈の事蹟 獨立戰役殉難烈士の碑碑高サ六尺、幅二尺(花崗石) 義勇芬々長へに芳しく、咲き亂るゝ夾竹 桃は恍として當年劒血の赤きかと疑はし Thehercesofthealamo むる處、西洋人は記念碑建てゝ、 MemorythermopylaehadまmessaGotdefeat: Toof言Alamohadnone(テルモピレには敗 Thi報傳ふ使者ありき、アラモには之れすら無かりき)。 と記し、米南の一靈場と詣づる者今に サン・アントニオ人口十三萬 引きも切らず。古のテルモピレ、後のア 米國と墨西ラモ、西洋にては古今の雙美と稱へ、而 日本のアラモかも東洋に於ては許遠、張巡の大將、南 (說圖水山界世續) Thehercesofthealamoofmemorythito サン・アントニオ人口十三萬 哥との境界近くにありサン・アントニオ市は紐育將た桑港より各約二千哩、日本のアラモ米國と墨西 霽雲の使命と殉難とに彩れる唐の唯陽の圍、奧平、兩松平の大將振、鳥居强右衞門の使命と殉難とに彩れる長篠 近百の圍、こを相對照して古今の雙美と稱へ來つた。唯陽の守將許遠を援に來たは張巡、十重二十重の圍冐して外に 援兵を乞ひに出で而して義に殉 んじたるは頓丘の南霽雲なり。長篠の守將奥平九八郞貞昌を援に來たは兩松平、 十重二十重の圍冐して外に援墓の門衞右强居鳥・篠長州參兵を乞ひに出で而して義に殉(ムナボの本日)門衞右强じたるは參州の鳥居强右衞門(モラアの本日)篠長 なり。アラモの守將トレーヴスを援に來たはクロッケット、十重二十重の圍冐して外に援兵乞ひに出で而して義に殉じたるは南カロライナ州のポナムなり西洋人の嘉する所は、 卽ち東洋人の嘉する所、日本人の欽慕する所は卽ち米國人の欽慕する所南霽雲の殉節にして男子の花とすれば、 鳥居强右衞門の殉節も亦た男子の花なり、强右衞門の殉節にして男子の花なれば、ポナムの殉節も亦た男子の花 ならざるべからず。然れば唯陽の故事を引用してアラモを歌ひ、これを、日本の貞石てふ參州岡崎產の花崗石に 勒み、長篠鳥居强右衞門墓畔に堀り獲しー石を臺石とし、聊か旌烈の一碑をサン・アントニオ市アラモ寺の庭に 建立した。歌ふ所は意氣の東西に別無きを咏むもの、卽ち葡萄酒澆ぎて東西英雄の魂に酵りしたる後、請ふ君、 クロツケツトならざるも、我が爲めに起ちてヴァイオリン彈き、聲朗かに吟ぜばや、 墓の門衞右强居鳥・篠長州參(ムナボの本日)門衞右强(モラアの本日)篠長ラ<noinclude></noinclude> lrj5plbryc7v75f412qboqpk44xjcio 244094 244093 2026-07-07T01:16:42Z Fish bowl 11761 244094 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="Fish bowl" /></noinclude>ダスには麾下のスパルタ兵三百人、希臘同盟諸州の兵七千人に將となり、テルモビンの險關を扼し、なだれ來る 彼斯の大軍逆へ戰敗れて、敵群中に斫つて入り、王始め麾下三百人悉く戰死し、同盟軍中の生存せる者より本國 スパルタに敗報を傳へたること、ふこと後人壯烈の典範なりと、石碑を此地に建てゝ、大儒ヘロドトスの文『異 國人よ、汝スパルタに行き、吾々勇敢なる武士は、訓諭を服膺して玆に潔く戰死せることを國人に告げよ』と記 し、二千四百年來歐南の一靈場と稱へた。然るに玆にアラモには、十二日間の防戰、味方一人だに殘らず死し、 <div style="float:left;text-align:center;max-width:20em;"> 米國の長篠城 米國テクサス州サン・アントニオ市アラモ寺に建立せるテクサス 獨立戰役殉難烈士の碑 碑高サ六尺、幅二尺(花崗石) [[File:Postcard - Shigetaka Shiga - To the Memory of the Heroes of the Alamo - front (cropped).jpg|frameless|upright=0.75]] サン・アントニオ人口十三萬 サン・アントニオ市は紐育將た桑港より各約二千哩、米國と墨西 哥との境界近くにあり 日本のアラモ </div> 敗報を傳へたる者すら絕へて無かりしと は、テルモピレに一際勝れる壯烈の事蹟 義勇芬々長へに芳しく、咲き亂るゝ夾竹 桃は恍として當年劒血の赤きかと疑はし むる處、西洋人は記念碑建てゝ、 {{lang|en|Thermopylae had its message of defeat: the Alamo had none}}(テルモピレには敗 報傳ふ使者ありき、アラモには之れすら 無かりき)。 と記し、米南の一靈場と詣づる者今に 引きも切らず。古のテルモピレ、後のア ラモ、西洋にては古今の雙美と稱へ、而 かも東洋に於ては許遠、張巡の大將、南 (說圖水山界世續) 霽雲の使命と殉難とに彩れる唐の唯陽の圍、奧平、兩松平の大將振、鳥居强右衞門の使命と殉難とに彩れる長篠 近百の圍、こを相對照して古今の雙美と稱へ來つた。唯陽の守將許遠を援に來たは張巡、十重二十重の圍冐して外に 援兵を乞ひに出で而して義に殉 んじたるは頓丘の南霽雲なり。長篠の守將奥平九八郞貞昌を援に來たは兩松平、 十重二十重の圍冐して外に援墓の門衞右强居鳥・篠長州參兵を乞ひに出で而して義に殉(ムナボの本日)門衞右强じたるは參州の鳥居强右衞門(モラアの本日)篠長 なり。アラモの守將トレーヴスを援に來たはクロッケット、十重二十重の圍冐して外に援兵乞ひに出で而して義に殉じたるは南カロライナ州のポナムなり西洋人の嘉する所は、 卽ち東洋人の嘉する所、日本人の欽慕する所は卽ち米國人の欽慕する所南霽雲の殉節にして男子の花とすれば、 鳥居强右衞門の殉節も亦た男子の花なり、强右衞門の殉節にして男子の花なれば、ポナムの殉節も亦た男子の花 ならざるべからず。然れば唯陽の故事を引用してアラモを歌ひ、これを、日本の貞石てふ參州岡崎產の花崗石に 勒み、長篠鳥居强右衞門墓畔に堀り獲しー石を臺石とし、聊か旌烈の一碑をサン・アントニオ市アラモ寺の庭に 建立した。歌ふ所は意氣の東西に別無きを咏むもの、卽ち葡萄酒澆ぎて東西英雄の魂に酵りしたる後、請ふ君、 クロツケツトならざるも、我が爲めに起ちてヴァイオリン彈き、聲朗かに吟ぜばや、 墓の門衞右强居鳥・篠長州參(ムナボの本日)門衞右强(モラアの本日)篠長ラ<noinclude></noinclude> 09ed9dn5pl2nqm0wqnql0cltwo55mwq 244095 244094 2026-07-07T01:17:32Z Fish bowl 11761 244095 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="Fish bowl" /></noinclude>ダスには麾下のスパルタ兵三百人、希臘同盟諸州の兵七千人に將となり、テルモビンの險關を扼し、なだれ來る 彼斯の大軍逆へ戰敗れて、敵群中に斫つて入り、王始め麾下三百人悉く戰死し、同盟軍中の生存せる者より本國 スパルタに敗報を傳へたること、ふこと後人壯烈の典範なりと、石碑を此地に建てゝ、大儒ヘロドトスの文『異 國人よ、汝スパルタに行き、吾々勇敢なる武士は、訓諭を服膺して玆に潔く戰死せることを國人に告げよ』と記 し、二千四百年來歐南の一靈場と稱へた。然るに玆にアラモには、十二日間の防戰、味方一人だに殘らず死し、 <div style="float:left;text-align:center;max-inline-size:min-content;"> 米國の長篠城 米國テクサス州サン・アントニオ市アラモ寺に建立せるテクサス 獨立戰役殉難烈士の碑 碑高サ六尺、幅二尺(花崗石) [[File:Postcard - Shigetaka Shiga - To the Memory of the Heroes of the Alamo - front (cropped).jpg|frameless|upright=0.75]] サン・アントニオ人口十三萬 サン・アントニオ市は紐育將た桑港より各約二千哩、米國と墨西 哥との境界近くにあり 日本のアラモ </div> 敗報を傳へたる者すら絕へて無かりしと は、テルモピレに一際勝れる壯烈の事蹟 義勇芬々長へに芳しく、咲き亂るゝ夾竹 桃は恍として當年劒血の赤きかと疑はし むる處、西洋人は記念碑建てゝ、 {{lang|en|Thermopylae had its message of defeat: the Alamo had none}}(テルモピレには敗 報傳ふ使者ありき、アラモには之れすら 無かりき)。 と記し、米南の一靈場と詣づる者今に 引きも切らず。古のテルモピレ、後のア ラモ、西洋にては古今の雙美と稱へ、而 かも東洋に於ては許遠、張巡の大將、南 (說圖水山界世續) 霽雲の使命と殉難とに彩れる唐の唯陽の圍、奧平、兩松平の大將振、鳥居强右衞門の使命と殉難とに彩れる長篠 近百の圍、こを相對照して古今の雙美と稱へ來つた。唯陽の守將許遠を援に來たは張巡、十重二十重の圍冐して外に 援兵を乞ひに出で而して義に殉 んじたるは頓丘の南霽雲なり。長篠の守將奥平九八郞貞昌を援に來たは兩松平、 十重二十重の圍冐して外に援墓の門衞右强居鳥・篠長州參兵を乞ひに出で而して義に殉(ムナボの本日)門衞右强じたるは參州の鳥居强右衞門(モラアの本日)篠長 なり。アラモの守將トレーヴスを援に來たはクロッケット、十重二十重の圍冐して外に援兵乞ひに出で而して義に殉じたるは南カロライナ州のポナムなり西洋人の嘉する所は、 卽ち東洋人の嘉する所、日本人の欽慕する所は卽ち米國人の欽慕する所南霽雲の殉節にして男子の花とすれば、 鳥居强右衞門の殉節も亦た男子の花なり、强右衞門の殉節にして男子の花なれば、ポナムの殉節も亦た男子の花 ならざるべからず。然れば唯陽の故事を引用してアラモを歌ひ、これを、日本の貞石てふ參州岡崎產の花崗石に 勒み、長篠鳥居强右衞門墓畔に堀り獲しー石を臺石とし、聊か旌烈の一碑をサン・アントニオ市アラモ寺の庭に 建立した。歌ふ所は意氣の東西に別無きを咏むもの、卽ち葡萄酒澆ぎて東西英雄の魂に酵りしたる後、請ふ君、 クロツケツトならざるも、我が爲めに起ちてヴァイオリン彈き、聲朗かに吟ぜばや、 墓の門衞右强居鳥・篠長州參(ムナボの本日)門衞右强(モラアの本日)篠長ラ<noinclude></noinclude> 8yt2srejnrm8603odcj76prqzwdldwt 244096 244095 2026-07-07T01:18:44Z Fish bowl 11761 244096 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="Fish bowl" /></noinclude>ダスには麾下のスパルタ兵三百人、希臘同盟諸州の兵七千人に將となり、テルモビンの險關を扼し、なだれ來る 彼斯の大軍逆へ戰敗れて、敵群中に斫つて入り、王始め麾下三百人悉く戰死し、同盟軍中の生存せる者より本國 スパルタに敗報を傳へたること、ふこと後人壯烈の典範なりと、石碑を此地に建てゝ、大儒ヘロドトスの文『異 國人よ、汝スパルタに行き、吾々勇敢なる武士は、訓諭を服膺して玆に潔く戰死せることを國人に告げよ』と記 し、二千四百年來歐南の一靈場と稱へた。然るに玆にアラモには、十二日間の防戰、味方一人だに殘らず死し、 <div style="float:left;max-inline-size:min-content;"> {{c|▲米國の長篠城▼}} 米國テクサス州サン・アントニオ市アラモ寺に建立せるテクサス 獨立戰役殉難烈士の碑 {{c|碑高サ六尺、幅二尺(花崗石)}} [[File:Postcard - Shigetaka Shiga - To the Memory of the Heroes of the Alamo - front (cropped).jpg|frameless|upright=0.75]] {{c|サン・アントニオ人口十三萬}} サン・アントニオ市は紐育將た桑港より各約二千哩、米國と墨西 哥との境界近くにあり {{c|▲日本のアラモ▼}} </div> 敗報を傳へたる者すら絕へて無かりしと は、テルモピレに一際勝れる壯烈の事蹟 義勇芬々長へに芳しく、咲き亂るゝ夾竹 桃は恍として當年劒血の赤きかと疑はし むる處、西洋人は記念碑建てゝ、 {{lang|en|Thermopylae had its message of defeat: the Alamo had none}}(テルモピレには敗 報傳ふ使者ありき、アラモには之れすら 無かりき)。 と記し、米南の一靈場と詣づる者今に 引きも切らず。古のテルモピレ、後のア ラモ、西洋にては古今の雙美と稱へ、而 かも東洋に於ては許遠、張巡の大將、南 (說圖水山界世續) 霽雲の使命と殉難とに彩れる唐の唯陽の圍、奧平、兩松平の大將振、鳥居强右衞門の使命と殉難とに彩れる長篠 近百の圍、こを相對照して古今の雙美と稱へ來つた。唯陽の守將許遠を援に來たは張巡、十重二十重の圍冐して外に 援兵を乞ひに出で而して義に殉 んじたるは頓丘の南霽雲なり。長篠の守將奥平九八郞貞昌を援に來たは兩松平、 十重二十重の圍冐して外に援墓の門衞右强居鳥・篠長州參兵を乞ひに出で而して義に殉(ムナボの本日)門衞右强じたるは參州の鳥居强右衞門(モラアの本日)篠長 なり。アラモの守將トレーヴスを援に來たはクロッケット、十重二十重の圍冐して外に援兵乞ひに出で而して義に殉じたるは南カロライナ州のポナムなり西洋人の嘉する所は、 卽ち東洋人の嘉する所、日本人の欽慕する所は卽ち米國人の欽慕する所南霽雲の殉節にして男子の花とすれば、 鳥居强右衞門の殉節も亦た男子の花なり、强右衞門の殉節にして男子の花なれば、ポナムの殉節も亦た男子の花 ならざるべからず。然れば唯陽の故事を引用してアラモを歌ひ、これを、日本の貞石てふ參州岡崎產の花崗石に 勒み、長篠鳥居强右衞門墓畔に堀り獲しー石を臺石とし、聊か旌烈の一碑をサン・アントニオ市アラモ寺の庭に 建立した。歌ふ所は意氣の東西に別無きを咏むもの、卽ち葡萄酒澆ぎて東西英雄の魂に酵りしたる後、請ふ君、 クロツケツトならざるも、我が爲めに起ちてヴァイオリン彈き、聲朗かに吟ぜばや、 墓の門衞右强居鳥・篠長州參(ムナボの本日)門衞右强(モラアの本日)篠長ラ<noinclude></noinclude> 6zvarcxg81eelm4lpts7ng3a7igc2oa 244097 244096 2026-07-07T01:25:24Z Fish bowl 11761 244097 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="Fish bowl" /></noinclude>ダスには麾下のスパルタ兵三百人、希臘同盟諸州の兵七千人に將となり、テルモビンの險關を扼し、なだれ來る 彼斯の大軍逆へ戰敗れて、敵群中に斫つて入り、王始め麾下三百人悉く戰死し、同盟軍中の生存せる者より本國 スパルタに敗報を傳へたること、ふこと後人壯烈の典範なりと、石碑を此地に建てゝ、大儒ヘロドトスの文『異 國人よ、汝スパルタに行き、吾々勇敢なる武士は、訓諭を服膺して玆に潔く戰死せることを國人に告げよ』と記 し、二千四百年來歐南の一靈場と稱へた。然るに玆にアラモには、十二日間の防戰、味方一人だに殘らず死し、 <div style="float:left;max-inline-size:min-content;"> {{c|▲米國の長篠城▼}} 米國テクサス州サン・アントニオ市アラモ寺に建立せるテクサス 獨立戰役殉難烈士の碑 {{c|碑高サ六尺、幅二尺(花崗石)}} [[File:Postcard - Shigetaka Shiga - To the Memory of the Heroes of the Alamo - front (cropped).jpg|frameless|upright=0.75]] {{c|サン・アントニオ人口十三萬}} サン・アントニオ市は紐育將た桑港より各約二千哩、米國と墨西 哥との境界近くにあり {{c|▲日本のアラモ▼}} </div> 敗報を傳へたる者すら絕へて無かりしと は、テルモピレに一際勝れる壯烈の事蹟 義勇芬々長へに芳しく、咲き亂るゝ夾竹 桃は恍として當年劒血の赤きかと疑はし むる處、西洋人は記念碑建てゝ、 {{lang|en|Thermopylae had its message of defeat: the Alamo had none}}(テルモピレには敗 報傳ふ使者ありき、アラモには之れすら 無かりき)。 と記し、米南の一靈場と詣づる者今に 引きも切らず。古のテルモピレ、後のア ラモ、西洋にては古今の雙美と稱へ、而 かも東洋に於ては許遠、張巡の大將、南 墓の門衞右强居鳥・篠長州參 (ムナボの本日)門衞右强 (モラアの本日)篠長 霽雲の使命と殉難とに彩れる唐の{{ruby|睢陽|スヰヤウ}}の圍、奧平、兩松平の大將振、鳥居强右衞門の使命と殉難とに彩れる長篠 の圍、こを相對照して古今の雙美と稱へ來つた。睢陽の守將許遠を{{ruby|援|たすけ}}に來たは張巡、十重二十重の圍冐して外に 援兵を乞ひに出で而して義に殉んじたるは頓丘の南霽雲なり。長篠の守將奥平九八郞貞昌を{{ruby|援|たすけ}}に來たは兩松平、 十重二十重の圍冐して外に援 兵を乞ひに出で而して義に殉 じたるは參州の鳥居强右衞門 なり。アラモの守將トレーヴ スを援に來たはクロッケット、 十重二十重の圍冐して外に援 兵乞ひに出で而して義に殉じ たるは南カロライナ州のポナ ムなり西洋人の嘉する所は、 卽ち東洋人の嘉する所、日本人の欽慕する所は卽ち米國人の欽慕する所南霽雲の殉節にして男子の花とすれば、 鳥居强右衞門の殉節も亦た男子の花なり、强右衞門の殉節にして男子の花なれば、ポナムの殉節も亦た男子の花 ならざるべからず。然れば睢陽の故事を引用してアラモを歌ひ、これを、日本の貞石てふ參州岡崎產の花崗石に 勒み、長篠鳥居强右衞門墓畔に堀り獲し〓石を臺石とし、聊か旌烈の一碑をサン・アントニオ市アラモ寺の庭に 建立した。歌ふ所は意氣の東西に別無きを咏むもの、卽ち葡萄酒澆ぎて東西英雄の魂に酵りしたる後、請ふ君、 クロッケットならざるも、我が爲めに起ちてヴァイオリン彈き、聲朗かに吟ぜばや、<noinclude></noinclude> 3e1104teeje1rz48ghf7gkwfesm4qfk 244098 244097 2026-07-07T01:26:01Z Fish bowl 11761 244098 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="Fish bowl" /></noinclude>ダスには麾下のスパルタ兵三百人、希臘同盟諸州の兵七千人に將となり、テルモビンの險關を扼し、なだれ來る 彼斯の大軍逆へ戰敗れて、敵群中に斫つて入り、王始め麾下三百人悉く戰死し、同盟軍中の生存せる者より本國 スパルタに敗報を傳へたること、ふこと後人壯烈の典範なりと、石碑を此地に建てゝ、大儒ヘロドトスの文『異 國人よ、汝スパルタに行き、吾々勇敢なる武士は、訓諭を服膺して玆に潔く戰死せることを國人に告げよ』と記 し、二千四百年來歐南の一靈場と稱へた。然るに玆にアラモには、十二日間の防戰、味方一人だに殘らず死し、 <div style="float:left;max-inline-size:min-content;"> {{c|▲米國の長篠城▼}} 米國テクサス州サン・アントニオ市アラモ寺に建立せるテクサス 獨立戰役殉難烈士の碑 {{c|碑高サ六尺、幅二尺(花崗石)}} [[File:Postcard - Shigetaka Shiga - To the Memory of the Heroes of the Alamo - front (cropped).jpg|frameless|upright=0.75]] {{c|サン・アントニオ人口十三萬}} サン・アントニオ市は紐育將た桑港より各約二千哩、米國と墨西 哥との境界近くにあり {{c|▲日本のアラモ▼}} </div> 敗報を傳へたる者すら絕へて無かりしと は、テルモピレに一際勝れる壯烈の事蹟 義勇芬々長へに芳しく、咲き亂るゝ夾竹 桃は恍として當年劒血の赤きかと疑はし むる處、西洋人は記念碑建てゝ、 {{lang|en|Thermopylae had its message of defeat: the Alamo had none}}(テルモピレには敗 報傳ふ使者ありき、アラモには之れすら 無かりき)。 と記し、米南の一靈場と詣づる者今に 引きも切らず。古のテルモピレ、後のア ラモ、西洋にては古今の雙美と稱へ、而 かも東洋に於ては許遠、張巡の大將、南 參州長篠・鳥居强右衞門の墓 (强右衞門)日本のボナム (長篠)日本のアラモ 霽雲の使命と殉難とに彩れる唐の{{ruby|睢陽|スヰヤウ}}の圍、奧平、兩松平の大將振、鳥居强右衞門の使命と殉難とに彩れる長篠 の圍、こを相對照して古今の雙美と稱へ來つた。睢陽の守將許遠を{{ruby|援|たすけ}}に來たは張巡、十重二十重の圍冐して外に 援兵を乞ひに出で而して義に殉んじたるは頓丘の南霽雲なり。長篠の守將奥平九八郞貞昌を{{ruby|援|たすけ}}に來たは兩松平、 十重二十重の圍冐して外に援 兵を乞ひに出で而して義に殉 じたるは參州の鳥居强右衞門 なり。アラモの守將トレーヴ スを援に來たはクロッケット、 十重二十重の圍冐して外に援 兵乞ひに出で而して義に殉じ たるは南カロライナ州のポナ ムなり西洋人の嘉する所は、 卽ち東洋人の嘉する所、日本人の欽慕する所は卽ち米國人の欽慕する所南霽雲の殉節にして男子の花とすれば、 鳥居强右衞門の殉節も亦た男子の花なり、强右衞門の殉節にして男子の花なれば、ポナムの殉節も亦た男子の花 ならざるべからず。然れば睢陽の故事を引用してアラモを歌ひ、これを、日本の貞石てふ參州岡崎產の花崗石に 勒み、長篠鳥居强右衞門墓畔に堀り獲し〓石を臺石とし、聊か旌烈の一碑をサン・アントニオ市アラモ寺の庭に 建立した。歌ふ所は意氣の東西に別無きを咏むもの、卽ち葡萄酒澆ぎて東西英雄の魂に酵りしたる後、請ふ君、 クロッケットならざるも、我が爲めに起ちてヴァイオリン彈き、聲朗かに吟ぜばや、<noinclude></noinclude> ihcifkn5bgc3sftwcy40wx51jkas86k 244099 244098 2026-07-07T01:27:32Z Fish bowl 11761 244099 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="Fish bowl" /></noinclude>ダスには麾下のスパルタ兵三百人、希臘同盟諸州の兵七千人に將となり、テルモビンの險關を扼し、なだれ來る 彼斯の大軍逆へ戰敗れて、敵群中に斫つて入り、王始め麾下三百人悉く戰死し、同盟軍中の生存せる者より本國 スパルタに敗報を傳へたること、ふこと後人壯烈の典範なりと、石碑を此地に建てゝ、大儒ヘロドトスの文『異 國人よ、汝スパルタに行き、吾々勇敢なる武士は、訓諭を服膺して玆に潔く戰死せることを國人に告げよ』と記 し、二千四百年來歐南の一靈場と稱へた。然るに玆にアラモには、十二日間の防戰、味方一人だに殘らず死し、 <div style="float:left;max-inline-size:min-content;"> {{c|▲米國の長篠城▼}} 米國テクサス州サン・アントニオ市アラモ寺に建立せるテクサス 獨立戰役殉難烈士の碑 {{c|碑高サ六尺、幅二尺(花崗石)}} [[File:Postcard - Shigetaka Shiga - To the Memory of the Heroes of the Alamo - front (cropped).jpg|frameless|upright=0.75]] {{c|サン・アントニオ人口十三萬}} サン・アントニオ市は紐育將た桑港より各約二千哩、米國と墨西 哥との境界近くにあり {{c|▲日本のアラモ▼}} </div> 敗報を傳へたる者すら絕へて無かりしと は、テルモピレに一際勝れる壯烈の事蹟 義勇芬々長へに芳しく、咲き亂るゝ夾竹 桃は恍として當年劒血の赤きかと疑はし むる處、西洋人は記念碑建てゝ、 {{lang|en|Thermopylae had its message of defeat: the Alamo had none}}(テルモピレには敗 報傳ふ使者ありき、アラモには之れすら 無かりき)。 と記し、米南の一靈場と詣づる者今に 引きも切らず。古のテルモピレ、後のア ラモ、西洋にては古今の雙美と稱へ、而 かも東洋に於ては許遠、張巡の大將、南 <div style="float:left;max-block-size:min-content;"> 參州長篠・鳥居强右衞門の墓 長篠(日本のアラモ) 强右衞門(日本のボナム) </div> 霽雲の使命と殉難とに彩れる唐の{{ruby|睢陽|スヰヤウ}}の圍、奧平、兩松平の大將振、鳥居强右衞門の使命と殉難とに彩れる長篠 の圍、こを相對照して古今の雙美と稱へ來つた。睢陽の守將許遠を{{ruby|援|たすけ}}に來たは張巡、十重二十重の圍冐して外に 援兵を乞ひに出で而して義に殉んじたるは頓丘の南霽雲なり。長篠の守將奥平九八郞貞昌を{{ruby|援|たすけ}}に來たは兩松平、 十重二十重の圍冐して外に援 兵を乞ひに出で而して義に殉 じたるは參州の鳥居强右衞門 なり。アラモの守將トレーヴ スを援に來たはクロッケット、 十重二十重の圍冐して外に援 兵乞ひに出で而して義に殉じ たるは南カロライナ州のポナ ムなり西洋人の嘉する所は、 卽ち東洋人の嘉する所、日本人の欽慕する所は卽ち米國人の欽慕する所南霽雲の殉節にして男子の花とすれば、 鳥居强右衞門の殉節も亦た男子の花なり、强右衞門の殉節にして男子の花なれば、ポナムの殉節も亦た男子の花 ならざるべからず。然れば睢陽の故事を引用してアラモを歌ひ、これを、日本の貞石てふ參州岡崎產の花崗石に 勒み、長篠鳥居强右衞門墓畔に堀り獲し〓石を臺石とし、聊か旌烈の一碑をサン・アントニオ市アラモ寺の庭に 建立した。歌ふ所は意氣の東西に別無きを咏むもの、卽ち葡萄酒澆ぎて東西英雄の魂に酵りしたる後、請ふ君、 クロッケットならざるも、我が爲めに起ちてヴァイオリン彈き、聲朗かに吟ぜばや、<noinclude></noinclude> 6qvmhcqtqdnryep8ugrt16x2m10nlr6 244100 244099 2026-07-07T01:29:02Z Fish bowl 11761 /* 校正済 */ 244100 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="3" user="Fish bowl" /></noinclude>ダスには麾下のスパルタ兵三百人、希臘同盟諸州の兵七千人に將となり、テルモビンの險關を扼し、なだれ來る 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の圍、こを相對照して古今の雙美と稱へ來つた。睢陽の守將許遠を{{ruby|援|たすけ}}に來たは張巡、十重二十重の圍冐して外に 援兵を乞ひに出で而して義に殉んじたるは頓丘の南霽雲なり。長篠の守將奥平九八郞貞昌を{{ruby|援|たすけ}}に來たは兩松平、 十重二十重の圍冐して外に援 兵を乞ひに出で而して義に殉 じたるは參州の鳥居强右衞門 なり。アラモの守將トレーヴ スを援に來たはクロッケット、 十重二十重の圍冐して外に援 兵乞ひに出で而して義に殉じ たるは南カロライナ州のポナ ムなり西洋人の嘉する所は、 卽ち東洋人の嘉する所、日本人の欽慕する所は卽ち米國人の欽慕する所南霽雲の殉節にして男子の花とすれば、 鳥居强右衞門の殉節も亦た男子の花なり、强右衞門の殉節にして男子の花なれば、ポナムの殉節も亦た男子の花 ならざるべからず。然れば睢陽の故事を引用してアラモを歌ひ、これを、日本の貞石てふ參州岡崎產の花崗石に 勒み、長篠鳥居强右衞門墓畔に堀り獲し〓石を臺石とし、聊か旌烈の一碑をサン・アントニオ市アラモ寺の庭に 建立した。歌ふ所は意氣の東西に別無きを咏むもの、卽ち葡萄酒澆ぎて東西英雄の魂に酵りしたる後、請ふ君、 クロッケットならざるも、我が爲めに起ちてヴァイオリン彈き、聲朗かに吟ぜばや、<noinclude></noinclude> 2vcxyjteps32btff8qvd4ntpinbjewe 244103 244100 2026-07-07T01:39:17Z Fish bowl 11761 u 244103 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="3" user="Fish bowl" /></noinclude>{{du|ダス}}には麾下の{{du|スパルタ}}兵三百人、希臘同盟諸州の兵七千人に將となり、{{du|テルモビン}}の險關を扼し、なだれ來る 彼斯の大軍逆へ戰敗れて、敵群中に斫つて入り、王始め麾下三百人悉く戰死し、同盟軍中の生存せる者より本國 {{du|スパルタ}}に敗報を傳へたること、ふこと後人壯烈の典範なりと、石碑を此地に建てゝ、大儒{{u|ヘロドトス}}の文『異 國人よ、汝{{du|スパルタ}}に行き、吾々勇敢なる武士は、訓諭を服膺して玆に潔く戰死せることを國人に告げよ』と記 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の圍、こを相對照して古今の雙美と稱へ來つた。睢陽の守將許遠を{{ruby|援|たすけ}}に來たは張巡、十重二十重の圍冐して外に 援兵を乞ひに出で而して義に殉んじたるは頓丘の南霽雲なり。長篠の守將奥平九八郞貞昌を{{ruby|援|たすけ}}に來たは兩松平、 十重二十重の圍冐して外に援 兵を乞ひに出で而して義に殉 じたるは參州の鳥居强右衞門 なり。アラモの守將{{u|トレーヴ ス}}を援に來たは{{u|クロッケット}}、 十重二十重の圍冐して外に援 兵乞ひに出で而して義に殉じ たるは南{{du|カロライナ}}州の{{u|ボナ ム}}なり西洋人の嘉する所は、 卽ち東洋人の嘉する所、日本人の欽慕する所は卽ち米國人の欽慕する所南霽雲の殉節にして男子の花とすれば、 鳥居强右衞門の殉節も亦た男子の花なり、强右衞門の殉節にして男子の花なれば、{{u|ボナム}}の殉節も亦た男子の花 ならざるべからず。然れば睢陽の故事を引用してアラモを歌ひ、これを、日本の貞石てふ參州岡崎產の花崗石に 勒み、長篠鳥居强右衞門墓畔に堀り獲し〓石を臺石とし、聊か旌烈の一碑を{{du|サン・アントニオ}}市アラモ寺の庭に 建立した。歌ふ所は意氣の東西に別無きを咏むもの、卽ち葡萄酒澆ぎて東西英雄の魂に酵りしたる後、請ふ君、 {{u|クロッケット}}ならざるも、我が爲めに起ちてヴァイオリン彈き、聲朗かに吟ぜばや、<noinclude></noinclude> ggo3zg6scifor3u97x9i6u7uq7ebx5n 244105 244104 2026-07-07T01:54:19Z Fish bowl 11761 244105 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="3" user="Fish bowl" /></noinclude>{{du|ダス}}には麾下の{{du|スパルタ}}兵三百人、希臘同盟諸州の兵七千人に將となり、{{du|テルモビン}}の險關を扼し、なだれ來る 彼斯の大軍逆へ戰敗れて、敵群中に斫つて入り、王始め麾下三百人悉く戰死し、同盟軍中の生存せる者より本國 {{du|スパルタ}}に敗報を傳へたること、ふこと後人壯烈の典範なりと、石碑を此地に建てゝ、大儒{{u|ヘロドトス}}の文『異 國人よ、汝{{du|スパルタ}}に行き、吾々勇敢なる武士は、訓諭を服膺して玆に潔く戰死せることを國人に告げよ』と記 し、二千四百年來歐南の一靈場と稱へた。然るに玆にアラモには、十二日間の防戰、味方一人だに殘らず死し、 <div style="float:left;max-inline-size:min-content;"> {{c|▲米國の長篠城▼}} 米國{{du|テクサス}}州{{du|サン・アントニオ}}市アラモ寺に建立せる{{du|テクサス}} 獨立戰役殉難烈士の碑 {{c|碑高サ六尺、幅二尺(花崗石)}} [[File:Postcard - Shigetaka Shiga - To the Memory of the Heroes of the Alamo - front (cropped).jpg|frameless|upright=0.75]] {{c|{{du|サン・アントニオ}}人口十三萬}} {{du|サン・アントニオ}}市は紐育將た桑港より各約二千哩、米國と墨西 哥との境界近くにあり {{c|▲日本のアラモ▼}} </div> 敗報を傳へたる者すら絕へて無かりしと は、{{du|テルモピレ}}に一際勝れる壯烈の事蹟 義勇芬々長へに芳しく、咲き亂るゝ夾竹 桃は恍として當年劒血の赤きかと疑はし むる處、西洋人は記念碑建てゝ、 {{lang|en|Thermopylae had its message of defeat: the Alamo had none}}({{du|テルモピレ}}には敗 報傳ふ使者ありき、アラモには之れすら 無かりき)。 と記し、米南の一靈場と詣づる者今に 引きも切らず。古の{{du|テルモピレ}}、後のア ラモ、西洋にては古今の雙美と稱へ、而 かも東洋に於ては許遠、張巡の大將、南 <div style="float:left;max-inline-size:min-content;<!--display:flex;line-break:anywhere;-->"> {{c|參州長篠・鳥居强右衞門の墓}} [[File:志賀重昂全集 - 参州長篠・鳥居強右衛門の墓.jpg|frameless]] {{c|長篠(日本のアラモ)}} {{c|强右衞門(日本のボナム)}} </div> 霽雲の使命と殉難とに彩れる唐の{{ruby|睢陽|スヰヤウ}}の圍、奧平、兩松平の大將振、鳥居强右衞門の使命と殉難とに彩れる長篠 の圍、こを相對照して古今の雙美と稱へ來つた。睢陽の守將許遠を{{ruby|援|たすけ}}に來たは張巡、十重二十重の圍冐して外に 援兵を乞ひに出で而して義に殉んじたるは頓丘の南霽雲なり。長篠の守將奥平九八郞貞昌を{{ruby|援|たすけ}}に來たは兩松平、 十重二十重の圍冐して外に援 兵を乞ひに出で而して義に殉 じたるは參州の鳥居强右衞門 なり。アラモの守將{{u|トレーヴ ス}}を援に來たは{{u|クロッケット}}、 十重二十重の圍冐して外に援 兵乞ひに出で而して義に殉じ たるは南{{du|カロライナ}}州の{{u|ボナ ム}}なり西洋人の嘉する所は、 卽ち東洋人の嘉する所、日本人の欽慕する所は卽ち米國人の欽慕する所南霽雲の殉節にして男子の花とすれば、 鳥居强右衞門の殉節も亦た男子の花なり、强右衞門の殉節にして男子の花なれば、{{u|ボナム}}の殉節も亦た男子の花 ならざるべからず。然れば睢陽の故事を引用してアラモを歌ひ、これを、日本の貞石てふ參州岡崎產の花崗石に 勒み、長篠鳥居强右衞門墓畔に堀り獲し{{難読部}}石を臺石とし、聊か旌烈の一碑を{{du|サン・アントニオ}}市アラモ寺の庭に 建立した。歌ふ所は意氣の東西に別無きを咏むもの、卽ち葡萄酒澆ぎて東西英雄の魂に酵りしたる後、請ふ君、 {{u|クロッケット}}ならざるも、我が爲めに起ちてヴァイオリン彈き、聲朗かに吟ぜばや、<noinclude></noinclude> gvg7m2g3qyjpgq9pyew4tnpd5sa69h3 244109 244105 2026-07-07T02:05:18Z Fish bowl 11761 {{nop}} 244109 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="3" user="Fish bowl" /></noinclude>{{du|ダス}}には麾下の{{du|スパルタ}}兵三百人、希臘同盟諸州の兵七千人に將となり、{{du|テルモビン}}の險關を扼し、なだれ來る 彼斯の大軍逆へ戰敗れて、敵群中に斫つて入り、王始め麾下三百人悉く戰死し、同盟軍中の生存せる者より本國 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|author = 志賀重昂 |translator = 志賀重昂 |year = 1916 |month = |notes = 『続世界山水図説』より、テクサス独立戦役殉難烈士の碑「To the Memory of the Heroes of the Alamo」の書き下し文。原漢文は[[:zh:To the Memory of the Heroes of the Alamo|中国語Wikisourceにて]]。 }} <pages index="NDL1259780 志賀重昂全集 第6巻 part2.pdf" from=46 to=46 fromsection="…」 244112 wikitext text/x-wiki {{header |title = To the Memory of the Heroes of the Alamo |author = 志賀重昂 |translator = 志賀重昂 |year = 1916 |month = |notes = 『続世界山水図説』より、テクサス独立戦役殉難烈士の碑「To the Memory of the Heroes of the Alamo」の書き下し文。原漢文は[[:zh:To the Memory of the Heroes of the Alamo|中国語Wikisourceにて]]。 }} <pages index="NDL1259780 志賀重昂全集 第6巻 part2.pdf" from=46 to=46 fromsection="書き下し文" tosection="書き下し文" /> [[Category:アメリカ合衆国]] [[Category:漢詩]] 5mf0usl4u87z2f63w8s8uha86ierdpl 令和九年歌会始お題「旅」の詠進歌の選者が定められた件 0 57091 244144 2026-07-07T04:56:46Z HTDFPC 45275 ページの作成:「{{Header |title={{PAGENAME}} |year=2026 |notes= * 令和8年宮内庁告示第7号 * 告示日:令和8年7月1日 * 底本:令和8年7月1日付官報第1738号 {{デフォルトソート:れいわ9ねんうたかいはしめおたいたひのえいしんかのせんしやがさためられたけん}} [[Category:令和8年の宮内庁告示]] }} ;○宮内庁告示第七号  令和九年歌会始お題「旅」の詠進歌の選者は、七月一日、次の…」 244144 wikitext text/x-wiki {{Header |title={{PAGENAME}} |year=2026 |notes= * 令和8年宮内庁告示第7号 * 告示日:令和8年7月1日 * 底本:令和8年7月1日付官報第1738号 {{デフォルトソート:れいわ9ねんうたかいはしめおたいたひのえいしんかのせんしやがさためられたけん}} [[Category:令和8年の宮内庁告示]] }} ;○宮内庁告示第七号  令和九年歌会始お題「旅」の詠進歌の選者は、七月一日、次の者に定められた。   [[w:永田和宏|永田 和宏]]</br>   [[w:秋山佐和子|秋山佐和子]]</br>   [[w:今野寿美|今野 寿美]]</br>   [[w:栗木京子|栗木 京子]]</br>   [[w:大辻隆弘|大辻 隆弘]]</br>  令和八年七月一日 {{Right|宮内庁長官 [[:w:黒田武一郎|黒田武一郎]]|1em}} {{PD-JapanGov}} 13473tpplmhtrx4dh4yichnw87d28gj