ウィキバーシティ jawikiversity https://ja.wikiversity.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8 MediaWiki 1.47.0-wmf.10 first-letter メディア 特別 トーク 利用者 利用者・トーク Wikiversity Wikiversity・トーク ファイル ファイル・トーク MediaWiki MediaWiki・トーク テンプレート テンプレート・トーク ヘルプ ヘルプ・トーク カテゴリ カテゴリ・トーク School School‐ノート Portal Portal‐ノート Topic Topic‐ノート Transwiki Transwiki‐ノート TimedText TimedText talk モジュール モジュール・トーク Event Event talk テンプレート:Proposed 10 522 22865 22836 2026-07-12T12:26:00Z Shokupan 6119 内部リンクの修正 22865 wikitext text/x-wiki <onlyinclude>{| class="messagebox" | [[Image:Purple question mark.svg|30px]] | '''この文書はウィキバーシティ日本語版の[[Wikiversity:基本方針とガイドライン|方針]]の草案です。'''現時点ではまだ拘束力はありません。現在、内容に関して[[{{TALKPAGENAME}}|ノートページ]]で議論を行なっています。 {{#if: {{{2|}}} |<td style="width:0.5em"></td><td id="shortcut" class="noprint" style="border: 1px solid #999; background: #fff; margin: 0 0 .5em 1em; text-align: center; padding: 5px"><small style="white-space:nowrap">'''[[Wikiversity:ショートカット|ショートカット]]:'''<br />{{{2|}}}</small></td>}} |}<includeonly>{{#switch:{{BASEPAGENAME}}|Template メッセージの一覧=| #default=[[Category:草案|{{{1|{{PAGENAME}}}}}]]}}</includeonly></onlyinclude> == このテンプレートの説明 == ウィキバーシティ日本語版で[[Wikiversity:基本方針とガイドライン|方針]]の草案として提案されている文書に貼り付けることができるテンプレートです。あなたが執筆した文書をガイドラインとして提案する場合は、このテンプレートを貼り付けて告知しましょう。<br/>類似したテンプレートに '''[[Template:Draft]]''' があります。ポータル、テンプレート、ウィキプロジェクト等において、提案等について検討する際には、こちらを使用してください。 [[Category:プロジェクト関連文書用テンプレート|公 Proposed]] 19hh29p076a17f15dg8myxmtivfswbw テンプレート:About Wikiversity 10 2652 22893 22864 2026-07-13T04:02:22Z Molgen3966 19572 →取り下げたご提案を除去 22893 wikitext text/x-wiki {{Navbox |name = About Wikiversity |title = [[File:Wikiversity-logo.svg|18px]] [[Wikiversity:プロジェクト関連文書|ウィキバーシティについて]] |groupstyle = background:#ddddff; text-align:center; white-space:nowrap; |liststyle = line-height:1.4em; border-left:none; |image = [[File:Woman teaching geometry.jpg|center|120px]] |group1 = '''導入''' |list1 = {{nowrap begin}}[[Wikiversity:ウィキバーシティへようこそ|ようこそ]]{{·w}} [[Wikiversity:ウィキバーシティの歴史|ウィキバーシティの歴史]]{{·w}} [[Wikiversity:ウィキバーシティとは何か|ウィキバーシティとは何か]]{{·w}} [[Wikiversity:ウィキバーシティとは何ではないか|ウィキバーシティとは何ではないか]]{{·w}} [[Wikiversity:ガイドブック|ガイドブック]]{{nowrap end}} |group2 = '''研究''' |list2 = {{nowrap begin}}[[Wikiversity:研究|研究]]{{·w}} [[Wikiversity:研究についてのガイドライン|研究についてのガイドライン]]{{·w}} [[Wikiversity:研究倫理|研究倫理]]{{·w}} [[Wikiversity:研究の範囲|研究の範囲]]{{·w}} [[ウィキジャーナル]]{{·w}} [[Wikiversity:研究プロジェクト|研究プロジェクト]]{{·w}} [[Wikiversity:査読|査読]]{{nowrap end}} |group3 = '''学習''' |list3 = {{nowrap begin}}[[Wikiversity:講義に参加する|講義に参加する]]{{·w}} [[Wikiversity:学部|学部]]{{·w}} [[Wikiversity:学科|学科]]{{·w}} [[Wikiversity:学習プロジェクト|学習プロジェクト]]{{·w}} [[Wikiversity:学習|学習]]{{·w}} [[Wikiversity:学習教材|学習教材]]{{·w}} [[Wikiversity:学習資料|学習資料]]{{·w}} [[Wikiversity:学習コミュニティ|学習コミュニティ]]{{nowrap end}} |group4 = '''コミュニティ''' |list4 = {{nowrap begin}}[[Wikiversity:談話室|談話室]]{{·w}} [[Wikiversity:ウィキバーシティからのお知らせ|お知らせ]]{{·w}} [[Wikiversity:ヘルプデスク|ヘルプデスク]]{{·w}} [[Wikiversity:コミュニティ・ポータル|コミュニティポータル]]{{·w}} [[Wikiversity:Communication|チャット]]{{·w}} [[Wikiversity:連絡先|連絡先]]{{·w}} [[Wikiversity:Reports/Ja|『ウィキバーシティレポート』]]{{nowrap end}} |group5 = '''参考''' |list5 = {{nowrap begin}}[[Wikiversity:ウィキバーシティが目指すこと|ウィキバーシティが目指すこと]]{{·w}} [[Wikiversity:基本方針とガイドライン|基本方針とガイドライン]]{{·w}} [[Wikiversity:編集方針|編集方針]]{{·w}} [[テンプレート:Sisterprojects|姉妹プロジェクト]]{{·w}} [[特別:統計|統計]]{{nowrap end}} |group6 = '''ヘルプ''' |list6 = {{nowrap begin}}[[ヘルプ:FAQ|FAQ]]{{·w}} [[ヘルプ:目次|ヘルプ]]{{·w}} [[Wikiversity:質問|質問]]{{·w}} [[ヘルプ:新規ページの作成|新規ページの作成]]{{·w}} [[ヘルプ:編集の仕方|編集の仕方]]{{nowrap end}} }} <noinclude> {{Documentation}} </noinclude> ruqh1ahiu6aj6z6xdzpfpquhg7fpd9d テンプレート:Policies 10 2708 22891 22863 2026-07-13T03:57:31Z Molgen3966 19572 →取り下げたご提案を除去 22891 wikitext text/x-wiki {{Navbox |name = Official policies and guidelines |title = [[Wikiversity:基本方針とガイドライン|基本方針とガイドライン]] |listclass = hlist |groupwidth = 6em |group1 = '''公式方針''' |liststyle = border-left:none; |groupstyle = background-color:#ddddff; text-align:center; |list1 = [[Wikiversity:善意にとる|善意にとる]] - [[Wikiversity:bot|bot]] - [[Wikiversity:用務員の辞任|用務員の辞任]] |group2 = '''ガイドライン''' |liststyle = border-left:none; |groupstyle = background-color:#6495ED; text-align:center; |list2 = |group3 = '''方針の草案''' |liststyle = border-left:none; |groupstyle = background-color:#ddddff; text-align:center; |list3 = [[Wikiversity:基本方針とガイドライン|基本方針とガイドライン]] - [[Wikiversity:ウィキバーシティとは何か|ウィキバーシティとは何か]] - [[Wikiversity:ウィキバーシティとは何ではないか|ウィキバーシティとは何ではないか]] - [[Wikiversity:用務員|用務員]] - [[Wikiversity:自己表明|自己表明]] - [[Wikiversity:礼儀を忘れない|礼儀を忘れない]] - [[Wikiversity:免責事項|免責事項]] - [[Wikiversity:インポート|インポート]] - [[Wikiversity:削除の方針|削除の方針]] - [[Wikiversity:利用者名|利用者名]] - [[Wikiversity:投稿ブロックの方針|投稿ブロックの方針]] - [[Wikiversity:保護の方針|保護の方針]] - [[Wikiversity:ウィキプロジェクト|ウィキプロジェクト]] - [[Wikiversity:利用者の権限|利用者の権限]] - [[Wikiversity:科目名|科目名]] - [[Wikiversity:学術倫理|学術倫理]] - [[Wikiversity:独自研究|独自研究(草案1)]] - [[Wikiversity:独自研究/草案|独自研究(草案2)]] - [[Wikiversity:履歴|履歴]] - [[Wikiversity:検証可能性|検証可能性]] - [[Wikiversity:査読|査読]] - [[Wikiversity:著作権|著作権]] |group4 = '''ガイドラインの草案''' |liststyle = border-left:none; |groupstyle = background-color:#6495ED; text-align:center; |list4 = [[Wikiversity:ウィキバーシティ用語集|ウィキバーシティ用語集]] - [[Wikiversity:項目名の付け方|項目名の付け方]] - [[Wikiversity:ページの編集は大胆に|ページの編集は大胆に]] - [[Wikiversity:学習資料|学習資料]] - [[Wikiversity:学習コミュニティ|学習コミュニティ]] |group5 = まだ日本語に訳されていない文書 |liststyle = border-left:none; |groupstyle = background-color:#ddddff; text-align:center; |list5 = |<!-- - [[Wikiversity:Be bold|Be bold]] - [[Wikiversity:Bots|Bots]] - [[Wikiversity:Civility|Civility]] - [[Wikiversity:Community Review/Policy and process|Community Review]] - [[Wikiversity:Uploading files#Exemption Doctrine Policy|Exemption Doctrine Policy]] - [[Wikiversity:Privacy policy|Privacy Policy]] - [[Wikimedia:Privacy policy|Privacy Policy (Meta)]] - [[Wikiversity:Reliable sources|Reliable sources]] - [[betawikiversity:Wikiversity:Research guidelines/En|Research guidelines]] - [[Wikiversity:Rollback|Rollback]] - [[Wikiversity:Verifiability|Verifiability]] - [[Wikiversity:What is Wikiversity?|What is Wikiversity]] --> |show = yes }} <noinclude> {{Documentation}} </noinclude> 8vslft220pg23j61w63ub9qtcymgaj3 Topic‐ノート:算数科 105 4429 22894 22582 2026-07-13T11:37:03Z ダンゴムシ2357 19325 /* 算数科小6の中の作り方 */ 返信 22894 wikitext text/x-wiki ==ウィキブックスとの違い== あの、wikibooksの算数と何が違うのでしょうか。--[[特別:投稿記録/240B:12:2EC0:1200:158F:2E47:872:634F|240B:12:2EC0:1200:158F:2E47:872:634F]] 2021年4月26日 (月) 11:51 (UTC) :いやーそんなに違いはないですよ。向こうは参考書、教科書を作るプロジェクトで、ここは学習コミュニティ、大学ですね。書くことはそんなに変わらないんですが、こっちのほうが多少許容量が大きくて、割と自由に書いて活動できる、と、いうイメージではないですかね。小学算数で言うなら、向こうは学習書、参考書を作っていますし、ここは教育大学に所属して、その発想で、その視点で文章を書く、と、いう感じでしょうか…。--[[利用者:Honooo|Honooo]] ([[利用者・トーク:Honooo|トーク]]) 2021年4月26日 (月) 20:36 (UTC) :: ウィキブックスとウィキバーシティの違いは堅苦しさとか規則の厳しさのような曖昧なものではなく、教科書か学校かの違いです。大学というよりは学校と思った方がよいかもしれません。ウィキブックスでは教科書や参考書を扱うため、正確で無駄のない記述が求められます。一方でウィキバーシティでは授業(かみ砕いた解説)・問題集など、学習することにフォーカスした教材を扱うのに適しています。 --[[利用者:Naggy Nagumo|Naggy Nagumo]] ([[利用者・トーク:Naggy Nagumo|トーク]]) 2021年4月27日 (火) 14:19 (UTC) == 算数科小6の中の作り方 == まだ初心者であまりわからないのですが、小6のページの中にリンクが何もなくて、たとえば分数の掛け算とかはどういう風にやるかや理由などを書けばよいのでしょうか? お願いします。 --[[利用者:ダンゴムシ2357|ダンゴムシ2357]] ([[利用者・トーク:ダンゴムシ2357|トーク]]) 2026年7月5日 (日) 10:53 (UTC) :赤リンクをクリックすることで該当の記事を立項できます!今のところ比較的自由度高く書けると思います。--[[利用者:Molgen3966|Molgen3966]] ([[利用者・トーク:Molgen3966|トーク]]) 2026年7月5日 (日) 15:06 (UTC) ::ありがとうございます! ::書いてみます。 ::--[[利用者:ダンゴムシ2357|ダンゴムシ2357]] ([[利用者・トーク:ダンゴムシ2357|トーク]]) 2026年7月13日 (月) 11:37 (UTC) rswh594cic47dia9t6exjferi43dgsb 利用者:Molgen3966 2 6848 22890 22411 2026-07-13T03:55:01Z Molgen3966 19572 →利用者ページの即時削除依頼 22890 wikitext text/x-wiki {{即時削除|本人希望の利用者ページ削除}} g3ibaqp89p9euqzlbbln18jygri8mxx 節約についての哲学的批評 0 6852 22878 22464 2026-07-13T03:50:48Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、この研究を辞退いたします。 22878 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 職業選択と自然的自由 0 6860 22879 22460 2026-07-13T03:51:00Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、この研究を辞退いたします。 22879 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 Wikiversity:暫定方針 4 6861 22880 22739 2026-07-13T03:51:10Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、ご提案を取り下げいたします。 22880 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 Wikiversity:不要な理由を述べよ 4 6867 22881 22807 2026-07-13T03:51:20Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、ご提案を取り下げいたします。 22881 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 Wikiversity:基本計画 4 6869 22882 22638 2026-07-13T03:51:32Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、ご提案を取り下げいたします。 22882 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 Wikiversity:自己削除の方針 4 6870 22889 22806 2026-07-13T03:53:45Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、ご提案を取り下げいたします。 22889 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 Wikiversity:方針とガイドライン 4 6878 22871 22846 2026-07-13T03:43:46Z Molgen3966 19572 ページの白紙化 22871 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 22872 22871 2026-07-13T03:44:14Z Molgen3966 19572 [[Special:Contributions/Molgen3966|Molgen3966]] ([[User talk:Molgen3966|トーク]]) による版 [[Special:Diff/22871|22871]] を取り消し 22872 wikitext text/x-wiki {{Interwiki|基本方針とガイドライン}} {{Proposed}} (2026年7月12日更新)<br/>ウィキバーシティ日本語版には、'''学則'''(がくそく)とそれに基づく'''方針'''(ほうしん)と'''ガイドライン'''があります。方針とガイドラインは、利用者の議論と合意形成によって成立するものであり、議論の余地のない完璧な文書などありません。誰でも新しい提案や修正を提案することができます。 == 学則 == '''[[Wikiversity:学則|学則]]'''(がくそく)は、ウィキバーシティ日本語版のすべての方針とガイドラインの方向性を決定付ける基本文書です。どのような方針・ガイドラインも、学則に定められた基準を満たさなければなりません。<br/>ウィキバーシティは、大学をイメージとするウィキプロジェクトであるため、学則という名称が採られています。<br/>'''備考''':2026年7月現在、学則は草案のままとなっています。 == 方針 == '''方針'''(ほうしん)は、すべての利用者が従うべきものと考えられている文書です。そのため、新しく方針をつくり、または現行の方針を修正するためには、コミュニティの継続した議論と広範な合意形成が求められます。<br/>方針に従わない利用者は、[[Wikiversity:用務員|用務員]]によって投稿ブロックを受けることがあります。 == ガイドライン == '''ガイドライン'''は、多くの利用者に支持されている、ウィキバーシティで活動するにあたって最善の方法を集めたものです。利用者は、ガイドラインに従うことが推奨されますが、常識に基づいて、個別の事情に応じて例外を適用してもかまいません。<br/>ただし、ガイドラインが方針と衝突するときは、通常は方針を優先します。 == 草案 == 執筆した利用者が、ウィキバーシティ日本語版の方針やガイドラインにするためにコミュニティへ提案する意図をもっている文書は、'''草案'''(そうあん)として、コミュニティの多くの利用者によって議論の対象となります。草案は、合意形成によって採用されるか、採用されない場合もあります。あるいは、合意形成が見送られる場合もあります。<br/>ただし、どのような提案もコミュニティを想ってのものであるため、歓迎されています。もし、提案が採用されなかったり、合意形成が見送られたときは、内容を修正して改めて提案し直すこともできます。 == 方針やガイドラインをつくるには == あなたがウィキバーシティ日本語版のコミュニティにとって有益と考える場合、どのような内容のものでも、まずはご自身の執筆した方針またはガイドラインの草案を提示してみましょう。<br/>ウィキバーシティは、ウィキメディアのユニバーシティ(大学)であり、ウィキペディアやウィキブックスが今ある知識を扱うのに対して、ウィキバーシティでは知識の創造を扱います。<br/>ウィキバーシティは知識の創造を扱うため、常に生まれ変わるべきであり、そのためのどのような提案も歓迎されるべきです。大胆な提案を恐れないでください。もしあなたの提案がコミュニティに大きな影響を与えうるとしても、それが良い影響であるならば、なんの問題もありません。<br/>もしあなたが草案を執筆しようとしているのであれば、以下の基準を満たすように書いてみましょう。<br/> # '''表現が明確である'''<br/>ウィキバーシティは、どのような人でも自由に記事を執筆できるという前提があります。そこには、さまざまな価値観や認知機能の違い、障害の有無、あるいは人それぞれの単なる知識の差があります。そのため、できるだけ誰にとっても理解しやすい表現を用いることが求められます。例えば「尊重」「失礼」「軽率」といった抽象的な表現を用いることは避けてください。<br/>利用者になにかを指示するように書くことを恐れないでください。<br/>難解な用語や法律で使われるような用語は避けてください。また、子どもに教え聞かせるような、レベルを落として優しくした言い回しも避けてください。 # '''錯綜しない'''<br/>その文書がなにを利用者に指示したいのか、対象範囲を明らかにしてください。文書の趣旨から外れてしまったり、あれもこれもと一つの文書に書きこむと、文書を読もうとする利用者は意欲を失ってしまいます。 # '''過剰なリンクを避ける'''<br/>方針またはガイドラインに他の記事へのリンクを付けるときは、説明にどうしても必要な場合にとどめてください。あれもこれもとリンクを付けると、読者は読むべきものが多すぎると感じて読むことをやめてしまいます。 # '''矛盾しない'''<br/>方針またはガイドラインは、コミュニティの正式な見解です。それにおいてAと非Aが同時にあるはずがありません。方針またはガイドラインの間で明白な矛盾があるとき、コミュニティに混乱をきたした文書の執筆者は、コミュニティに議論を提起し、どのようにその矛盾を解決できるか議論すべきです。 === 方針とガイドラインにおける通則 === 方針やガイドラインの説明が多くの記事にまたがっていると、ウィキバーシティの新規参加者が見落としたり、複雑で理解できない場合があります。これではトラブルのもとですから、同一の主題についての方針やガイドラインは、同一の記事にまとめるものとします。例えば、研究プロジェクトにおける方針やガイドラインは、[[wikiversity:研究プロジェクト|研究プロジェクト]]という記事にすべてまとめるものとします。ただし、例外的なことを定める方針やガイドラインは、別の記事に分割することも認められます。 === 名前の付け方 === 方針またはガイドライン、あるいはその草案の文書には、<br/>「〜の方針」や「〜のガイドライン」といった表現を用いる必要はありません。しかし、他の類似する名称の記事と混同することを避けるためであれば、この限りではありません。 === 格下げの提案 === 今ある方針やガイドラインは、コミュニティの発展や時間の経過によって不要になっていったり、他の方針やガイドラインの改善によって意義を失う場合があります。そのような場合には、利用者は誰でもその文書をガイドラインや[[Wikiversity:私論|私論]]、または[[Wikiversity:歴史的文書|歴史的文書]]に格下げすることをノートページで提案できます。 == 関連項目 == * [[Wikiversity:プロジェクト文書の整備|プロジェクト文書の整備]] * [[Wikiversity:方針とガイドラインの一覧|方針とガイドラインの一覧]] *[[:Category:方針とガイドラインの位置づけテンプレート]] {{policies}} {{About Wikiversity}} [[Category:プロジェクト関連文書|*]] {{DEFAULTSORT:きほんほうしんとかいとらいん}} [[Category:プロジェクト関連文書|*]] 752g5goxa8fuh4ulqzmmyxk1xv67duh 22874 22872 2026-07-13T03:45:39Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、ご提案を取り下げいたします。 22874 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 Wikiversity:学則 4 6880 22876 22811 2026-07-13T03:46:46Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、ご提案を取り下げいたします。 22876 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 Wikiversity:弾劾の方針 4 6883 22888 22805 2026-07-13T03:53:43Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、ご提案を取り下げいたします。 22888 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 ウィキペディアンの権利 0 6884 22884 22532 2026-07-13T03:51:54Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、この研究を辞退いたします。 22884 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 Wikiversity:無意味な指摘をしない 4 6885 22883 22808 2026-07-13T03:51:42Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、ご提案を取り下げいたします。 22883 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 Wikiversity:過去の議論はコモン・ローではない 4 6890 22887 22802 2026-07-13T03:53:40Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、ご提案を取り下げいたします。 22887 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 Wikiversity:落選運動の禁止 4 6892 22886 22804 2026-07-13T03:53:38Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、ご提案を取り下げいたします。 22886 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 自己省察とウィキメディア文化の考察 0 6908 22866 22703 2026-07-13T03:17:27Z Molgen3966 19572 22866 wikitext text/x-wiki {{研究プロジェクト}} {{Template:Essay}} ''ここは、[[研究プロジェクト:人権研究所]]からウィキバーシティ日本語版に執筆された独自研究の論文です。''<br/><br/>'''自己省察とウィキメディア文化の考察'''<br/>執筆者:--[[利用者:Molgen3966|Molgen3966]] ([[利用者・トーク:Molgen3966|トーク]]) 2026年7月7日 (火) 12:06 (UTC) <br/><br/>ウィキメディア運動は、議論と合意形成を特に重要視するコミュニティです。当方はこのごろ、2つの経験があったので、その経験から自己省察するとともに、ウィキメディア文化について考察してみたいと思います。<br/><br/>まず1つめの経験として、ウィキペディア日本語版で裁定の方針案を提示したときの経験がございます。<br/><br/>当方としては、ウィキ・プロセスというウィキメディアの理念に基づいて、まず当方の提案を議論に付するために提案したのですが、これが反発を招いてしまいました。<br/><br/>他の利用者様は、裁定委員会を設立するかしないかの議論の前に、裁定の方針案を提案するべきではないという旨のご指摘をなされました。当方としては最初、裁定委員会を設立するかしないかの議論は否定していないことをご説明したのですが、議論の順序があるだろうというご指摘を受けました。<br/><br/>そのような論点について当方は「Molgen3966さんが裁定の方針案を提示されているので、この具体化された案を参考に、裁定委員会の設立の必要性について議論することが可能」という旨をもって、裁定委員会を設立するかしないかの必要性の議論と、当方の提示した裁定の方針案の議論とは、両立して議論可能であることをご説明いたしました。このあたりを省察いたしますと、おそらくこの点について、議論の当事者のみなさまは「裁定委員会が必要かどうかの議論を先にすべきだ」という”べき”があったのであろうと思います。他方で、当方の場合はどちらを先に議論すべきかどうかという白黒思考をしてはおりませんでした。<br/><br/>しかしながら依然として「提案を議論する必要はないと言っている」というご指摘を受けることになりました。当方としては、その論点に重ね重ね「両立可能な議論」という論旨で応答していたはずなのですが、現時点では議論の当事者のみなさまに伝わってはおりません。<br/><br/>この事例においては、一部の利用者様に「複数の利用者から『この議論を行うべきときではない』と言われているのに、あなたは引き続き方針案の話を続けようとしている。これは、ウィキペディアのルールにある『妨害的編集』の『いつまでも納得しない』という項目に該当する」というご指摘を受けました。ただし、この点については重要な区別があります。複数の利用者が近しい見解をお持ちであったとしても、それは当方が「引き続き方針案の話をしようとしている」ということを客観的に事実認定できる立証とはならないという点です。どれほどの利用者がそのような見解をお持ちになったとしても、それは主観の集合(いわゆる主観の束)であるということのみが言えるのであって、それは客観的にそのような事実があるということとは区別されます。他方で、当方の主観としては、この議論を行うべきときではないという他の利用者様のご指摘に対しては、当方は「両立可能な議論である」ことを具体的にお示しすることでしっかり応答していると考えております。また、妨害的編集というルールに関するご指摘については、そのルールの冒頭に書かれているように、記事の執筆やその改善について、ウィキペディアという百科事典を作り上げていく過程を妨害するような編集をしてはならないという旨の文書になります。これには、例えば荒らしや過度な差し戻しが該当すると思われます。しかし、当方はウィキ・プロセスに基づいて、議論の端緒を開くための提案と、他の利用者様からのご指摘・ご意見に返信する編集のみを行っていたため、このご指摘については、提示されたウィキペディアのルールの趣旨に照らして、少々無理のある解釈なのではないか、と考えております。しかし、このあたりについて省察すると、この時点ですでにお互い「ああ言えばこう言う」という状況に陥っており、もはや対話が成立していないというふうに捉えることもできました。<br/><br/>この提案については、厳しい表現で反発を受けてしまいました。「あなたの態度は失礼だ」「あなたの行動は〇〇を尊重していない」「あなたの行動は建設的ではない」「時期尚早である」などのご指摘をいただきました。<br/><br/>このような「失礼」「尊重」「建設的」「時期尚早」といった表現のご指摘は、曖昧で抽象的であるため、当方としては、どうしてそのようにお考えになられたのか、正確に把握できないでいました。どうしてそのようにお考えになられるのか、重ね重ねお訊ねしたのですが、現時点ではその点についてご説明をいただけていないという認識です。これらの語彙の言語的な意味はもちろん理解しているものの、そういうことではなく、相手にとって何が「失礼」「尊重」「建設的」「時期尚早」に該当するのだろうか、という主観的な定義について、です。<br/>ただし、ここで重要な区別があります。ある利用者が「Molgen3966の提案は時期尚早だ」と思料されるとしても、それは「Molgen3966の提案が客観的にみてもウィキメディアの有益にはならない」ことの立証にはならないということです。そのため、当方の行う提案だけでなく、どのような利用者の提案にも言えることですが、その提案を採用することでウィキメディアの有益になること可能性は否めません。<br/>また、この事例においては、相手が当方に対して指摘や批判をする際の表現についてご指摘することがありましたが、例えば、相手の「失礼」という表現に当方が「失礼にあたるかどうかは、お互いに価値観の違いがあるのだと思います」という表現で応答したところ「あなたは言葉の言い方を建設的にするように求めてくるのに、そちらは価値観の違いで済ませることは都合がよすぎる」ともおっしゃられておりました。当方のこの指摘は、お互いの価値観の異なりを把握しあうことで対立を深めずに穏当な議論の進め方をするためのものでしたが、かえって相手の反発を招いてしまいました。<br/>しかし、このご指摘には概念の混同がみられるように思います。どのような発言も、今ある語彙から選び取って発するものであり、そのため言葉の配慮には下限があります。他方で「尊重」「失礼」「時期尚早」といった抽象的な価値概念を用いて指摘や批判を行うことは、なにがそれに該当するのかというキリのない青天井の議論になりうるという点で、性質を異にする論点です。<br/>もちろん、このような当方の見解には「あなたは常識がない」とお想いになられる方もいらっしゃるかもしれません。ですが、当方としては「常識がない」とは考えておりません。なぜなら、一般的な社会生活でいうところの「常識」と、ウィキメディアというコミュニティでのみ通用する常識は、必ずしも同一ではないためです。例えば、相手に敬意を持った表現で指摘や批判を行うべきことは、社会に生きる人間として、多くの人々が共感する常識であると思います。他方で、日本語版のウィキメディアでは、そのような意味での常識は浸透しきれていないとも感じております。当方に対してだけに限らず、ウィキメディアのコミュニティで長く活動されておられる方々には、当方を含む未熟な利用者たちに厳しい口調、つまり相手が精神的苦痛を感じることのありうる表現で指摘や批判を行うことがあったりします。私たちは、ウィキメディアンとしてより前に、社会に生きる人間としてどのような表現で発言すべきなのかが問われているのかもしれません。例えばこの事例でいうと、厳しい表現でのご指摘に対して、当方が「善意に基づく努力であるため、そのあたりを尊重した上で指摘や批判をしていただきたい」旨のお願いをしたのですが、お相手の利用者様から「善意は免罪符ではない」旨のご指摘を受けました。ここでは、当方と相手の間で誤解が生じていたと思われます。当方は、指摘や批判を免れるための理由として「善意」を提示したわけではありません。当方がご説明したい趣旨は、どのような利用者の、どのような編集も、提案も、依頼も、少なくとも本人にとってはウィキメディアのことを思った善意に基づく努力であり、善意とは本人の内心にかかわることであるため、善意そのものはいかなる場合も否定されずに、無条件に尊重に値するし、指摘や批判は、本人には善意があることを尊重した上で、人間としての敬意ある言い方をすべきではないか、という趣旨のお願いだったのです。<br/><br/>2つめに、当方がウィキバーシティ日本語版で用務員、つまり管理者の役割に立候補したときに反発を受けたお話です。まず、当方がウィキバーシティ日本語版で用務員に立候補しようとした経緯をご説明いたします。ウィキバーシティ日本語版では、2026年7月7日現在、現任の用務員の方が数年間オフラインのままであり、事実上管理を担う方が不在の状態にあります。また、そもそもアクティブな利用者が数名しかおられない状況でした。当方は本来、ウィキペディア日本語版で権限を担った経験のある利用者様を推薦して、その方に用務員の役割を担っていただきたいと考えていたのですが、その利用者様は現実世界で多忙を極めておられるようで、その方にさらに用務員の役割まで担っていただくことは酷であると考えたため、そうであれば自分自身が用務員に立候補するべきであろうという考えに至っての立候補でした。<br/><br/>ですが、こちらでも「時期尚早」「これまでの議論を無視している」などのご指摘を受けて、強い反発をいただきました。<br/>これは、当方がウィキバーシティ日本語版の活動に参加してからまだ1週間であったことに起因するものです。他方で、当方としては、ウィキバーシティ日本語版に用務員さんが事実上不在であるという状態を重く受け止め、事態を打開できないかというための立候補でした。このあたりについて省察しますと、当方がウィキバーシティ日本語版の現実を憂いて積極的に行動したことが、かえって他の利用者様の不安に繋がったのであろうと考えております。また当時、ウィキバーシティ日本語版には、用務員の役割に立候補するために必要な立候補資格として、ウィキバーシティで20回以上の編集経験を得てから1か月が経過した利用者に立候補資格があるという旨の定めがありました。しかし、ここには重要な事実があり、その「立候補資格を定める文書」はまだ合意形成を経ていない草案(下書き)の状態であり、拘束力のある正式な文書ではなかったという点です。このような理由から、事実上現在はすべての利用者に立候補資格があるということで、立候補いたしました。もちろん、このような見解には「草案だからといって無視してよいわけではない」や「草案だとしても以前からあったのなら従うべき」というご指摘が予想されます。このようなご指摘について応答するのであれば、例えば「草案」だとしても従うべきという主張を受け入れた場合、ルールの草案自体はどなたでも執筆できることから「はい、草案を作ったので従ってください」という、正式なルールと草案の文書の区別がなくなってしまうという懸念があります。また、ウィキ・プロセスの理念から考えてみると、正式な合意形成に至っていない文書に従うことは、ウィキメディアが大切にする議論と合意形成というものを軽視することに繋がりかねないという懸念もありました。そのため、あえて当方は「草案」であることを指摘して、当方には有効な立候補資格があることを、議論の当事者のみなさまに応答いたしました。その利用者様は「幅広い合意形成が必要だろう」という旨のご主張をなされており、それは当方も深く同意するところなのですが、当方としては「幅広い合意形成」というからには、ウィキ・プロセスの理念を考慮すれば、少なくとも数十名規模の議論による合意が求められるであろう、と個人的には解釈いたしました。おそらく、一般社会の人々に無作為で訊ねてみれば、一般的な感覚では「幅広い合意形成」と言われてその程度の規模を想起されると思います。このあたりを省察いたしますと、議論の当事者のみなさまにとって「幅広い合意形成とは、どのような規模で行われるものとお考えですか?」と当方が訊ねることで、論点が明確化できたのではないかと思います。<br/>しかし、現時点のウィキバーシティ日本語版のアクティブな利用者は数名と、その「幅広い合意形成」は不可能と言えそうな状況にありました。<br/><br/>また、ウィキバーシティ日本語版はルールがほとんど未整備であり、なにが問題行動とされるべきなのかの最低限度の基準がままならない状況にありました。そのため当方は、暫定方針(ざんていほうしん)という臨時かつ仮のルールの草案をいくつか執筆し、それを用務員さんが決裁することで、有効な仮のルールとして最低限度の秩序だけ整備しておこう、という考えに至りました。ウィキメディアでは、合意形成によってつくられた正式なルールを方針(ほうしん)と言います。この「暫定方針」のアイデアに対して、一部の利用者様は「方針はすべての利用者が従うべきルールとされているのに、議論や合意形成を経ないで勝手に決めるべきではない」旨のご指摘をされました。他方で、暫定方針は、他の利用者様のおっしゃられている「議論と幅広い合意形成」が達成されるまでの臨時のルールとしてのアイデアであり、"幅広い合意形成"によって暫定方針と同一または類似の趣旨の正式なルールが成立次第、その暫定方針は失効するという性質を持つものでした。このアイデアについては、他の利用者様から「もしもウィキバーシティ日本語版に数名のアクティブな利用者がおられるならば、その数名で合意形成を行うべきであり、数名の間の合意もできないのに、方針を定めるべきではない」旨のご指摘を受けました。このご指摘について当方が思ったのは「幅広い合意形成とはなんだったのか?」という思いでした。たった数名の間で合意形成するだけで正式な方針を定めることが認められるのだろうか、と思いました。だからこそ、現実と目標の間の妥協点としての暫定方針というアイデアだったという事実があります。<br/>また、この「暫定方針」というアイデアは、ウィキメディアの基本原理とされているウィキ・プロセスをまもるための最善策であったと考えています。[https://meta.wikimedia.org/wiki/Founding_principles/ja こちら]のページに書かれているところによれば、ウィキ・プロセスはすべての内容に関する最終的な意思決定であることが求められています。<br/>前述した通り、暫定方針は"幅広い合意形成"によって暫定方針と同一または類似の趣旨の正式なルールが成立次第、その暫定方針は失効するという性質を持つものであり、このような議論と合意形成が可能な土壌が整うまでの臨時かつ仮の措置によって、正式な方針が多くの利用者の参加する議論と合意形成によって成立するという最終的な意思決定を確保するためのアイデアでした。<br/><br/>ところで当方は、前述の立候補によって反発を受けたときに、他の利用者様から「ウィキペディア日本語版における活動をみるに、用務員として管理作業を行った場合の後始末が大変になり、苦情が多く付く可能性がある」旨のご指摘を受けました。おそらくですが、ウィキペディア日本語版における当方の活動とは、前述の「裁定の方針案」のことを主に指しているのであろう、と思います。その事例についての当方としてのご説明は前述の通りなのですが、当方としては、ウィキペディアとウィキバーシティは、同じウィキメディア・プロジェクトの一つでありつつも、それぞれのプロジェクトの趣旨や内容は必ずしも同一ではないことから、ウィキペディア日本語版における当方の活動に疑問をお示しになったとしても、それが直ちにウィキバーシティ日本語版で用務員を務めることの不適任さとは関連性が、当方としては感じられませんでした。また、ウィキペディア日本語版で当方が「ウィキブレイク」といって、活動を停止したことをお示しになって「ウィキペディアでは活動を停止しているのに、ウィキバーシティの方では活動したり、用務員に立候補するという行動が理解できかねる」旨のご指摘も受けました。まず経緯についてご説明しますと、1つめの事例について、他の利用者様から当方に対して、ウィキメディアで禁止されているはずの人格攻撃的な表現の非難を受けたことから、当方が「心理的な暴力を受けた」と感じてウィキブレイクに至ったものになります。他方で、ウィキペディア日本語版では確かにウィキブレイクをいたしましたが、ウィキバーシティ日本語版においては「心理的な暴力を受けたと感じる事案」が発生したわけではないため、ウィキペディアでウィキブレイクをしたからといって、ウィキバーシティでも活動を停止しなければならないのはどうしてなのだろう、いったいどのような関連性があるのだろう、というふうに当方は感じました。<br/>当方は、これらのご指摘について「どうしてそのようにお考えになられるのか、お聴かせくださいませんか」という旨の応答をいたしましたが、この記事を執筆している現時点ではまだお返事をいただいていないため、あくまでも当方の感じ方としては「なんとなくの不信感で当方の立候補に反対票を投じたのではないだろうか?」と思ってしまいました(もちろん、仮にそのような理由でも反対票を投じてはならないわけではありません)。<br/><br/>ただし、そのような抽象的な理由で用務員の役割に当選することに反対票を投ずることは、これからのウィキバーシティを考えたときに、公正な選挙を妨げる恐れがあるのではないか、という懸念から「落選運動の禁止」と題した暫定方針の草案を執筆してみました。この草案は、用務員の役割に立候補したどのような利用者に対してであれ、反対票を投ずるときはその文書で挙げられた理由に該当するものでないといけないという旨のものになります。この草案は、例えば「なんとなくこの利用者が気に入らないから」「この利用者には用務員になってほしくない」などの抽象的な理由や、足を引っ張るだけの目的による反対票が生じないようにして、用務員の選挙が人気投票になることを防止し、どのような利用者でも用務員に立候補して公正な選挙を受けられる権利を確保することを目的として執筆した草案なのですが、これが「当方に不都合な反対票を封じるため」というふうな誤解されてしまい、しまいには当方のなりすましアカウントが作成されて当方への誹謗中傷や荒らし行為が行われてしまいました。このあたりは、当方がその草案を執筆して公開するタイミングが誤解を生んでしまったと省察いたします。<br/>この草案には、2026年7月7日時点で、反対票を投ずることが認められるべき理由として以下のケースを挙げておりました。<br/>'''ケースA''':ウィキバーシティで立候補者が投稿ブロックを受けている。<br/>'''ケースB''':他のウィキプロジェクトで立候補者が投稿ブロックを受けている。<br/>'''ケースC''':差別的な発言や誹謗中傷など、人間としての道理に著しく反する発言があった。<br/>'''ケースD''':ウィキバーシティの方針に繰り返し違反している。<br/>'''ケースE''':ウィキメディア上の活動に関して、過去に繰り返し明らかな法令違反があった。<br/>'''ケースF''':ウィキバーシティ日本語版で1年以上活動を停止し、その活動に復帰してから3か月に満たないこと。<br/>'''ケースG''':過去に、意図的に虚偽の事実を提示して議論を混乱させたことがある。<br/>'''ケースH''':過去、多重アカウントの不正利用があった。<br/>'''ケースI''':利益相反(COI)を開示していない。<br/>'''ケースJ''':個人情報その他ウィキメディア運動における機密情報を不正に扱い、または故意もしくは過失によって流出させた。<br/>になります。これらのケースに該当するかしないかは、人それぞれの主観によらず、客観的に証明可能なケースであると当方は考えております。<br/><br/>ここにおいて、最大限丁寧に当方としてのご説明をいたしましたが、それでもなお「あなたの言動には理解ができない」とおっしゃられる方も多いかもしれません。このような場合は、お互いに「ああ言えばこう言う」という状態になってしまっている可能性があるため、やむを得ず対話を諦めて、時間が関係を冷却するまで待つべきなのではないか、と個人的には考えております。または、議論の当事者でおられる方がこの文章をお読みになったときに「Molgen3966がつらつら言い訳を書いている」や「自分は悪くないと言いたいのだろう」、または「根本的にズレている」とお思いになるかもしれません。しかし、このような心理に至ることは理解可能です。あくまでも推察なのですが、おそらくそのような心理に至る場合、この文章を読むにあたって「Molgen3966が問題を起こしているのだから」という主観を前提として読んでいる可能性は否めません(あくまでも可能性の話)。もちろん、いくつか省察を示したように、当方にまったく課題点がないわけではありません。これらの事例を通底する当方の側の課題点として挙げられるのは、説明不足と、それに起因するウィキメディアの基本理念である「ウィキ・プロセス」というものに対する当方と相手の解釈不一致です。これらの経験を踏まえてウィキメディア文化の個人的な考察をしてみたいと思います。これらの事例を総合的に検討することでみえてくるのは、ウィキメディア・プロジェクトの日本語版において「過度な前例主義」に陥っていて、最善の選択、あるいは合理的な行動、といったものをすることができないのではないか、という点です。もちろん、議論の当事者がおっしゃるように、これまでの議論の積み重ねは尊重するべきなのですが、この点については、これまでの議論で「A」という結論があったからといって、これからの議論も「A」に拘束されるのだろうか、という疑問があります。この点をもって「ウィキメディアにおける心理的安全性」に懸念を表明いたします。もしもウィキメディアに心理的安全性が確保されているのであれば、過去の議論があったとしても、大胆な提案はおそらく歓迎されるであろう、ということです。もちろんそれは「必ず提案が採用される」ということではなく、コミュニティに歓迎されるであろう、というものにとどまることを留保いたします。<br/><br/>しかし、このような課題点を浮き彫りにした今回の議論は、ウィキメディアの発展にとっては結果的に有益だったと思います。なぜなら、ウィキ・プロセスの解釈について、多様性があるということが明らかになったためです。この解釈の多様性が明らかになった今、ウィキメディアの未来に向けて、対話が欠かせないことも深く学びになりました。 [[Category:研究プロジェクト]] cm9zuwlsh7tttdbfrpwky54ppak0h4u 22867 22866 2026-07-13T03:18:37Z Molgen3966 19572 22867 wikitext text/x-wiki {{研究プロジェクト}} {{Template:Essay}} ''ここは、[[研究プロジェクト:人権研究所]]からウィキバーシティ日本語版に執筆された独自研究の論文です。''<br/><br/>'''自己省察とウィキメディア文化の考察'''<br/>執筆者:--[[利用者:Molgen3966|Molgen3966]] ([[利用者・トーク:Molgen3966|トーク]]) 2026年7月7日 (火) 12:06 (UTC) <br/><br/>ウィキメディア運動は、議論と合意形成を特に重要視するコミュニティです。当方はこのごろ、2つの経験があったので、その経験から自己省察するとともに、ウィキメディア文化について考察してみたいと思います。<br/><br/>まず1つめの経験として、ウィキペディア日本語版で裁定の方針案を提示したときの経験がございます。<br/><br/>当方としては、ウィキ・プロセスというウィキメディアの理念に基づいて、まず当方の提案を議論に付するために提案したのですが、これが反発を招いてしまいました。<br/><br/>他の利用者様は、裁定委員会を設立するかしないかの議論の前に、裁定の方針案を提案するべきではないという旨のご指摘をなされました。当方としては最初、裁定委員会を設立するかしないかの議論は否定していないことをご説明したのですが、議論の順序があるだろうというご指摘を受けました。<br/><br/>そのような論点について当方は「Molgen3966さんが裁定の方針案を提示されているので、この具体化された案を参考に、裁定委員会の設立の必要性について議論することが可能」という旨をもって、裁定委員会を設立するかしないかの必要性の議論と、当方の提示した裁定の方針案の議論とは、両立して議論可能であることをご説明いたしました。このあたりを省察いたしますと、おそらくこの点について、議論の当事者のみなさまは「裁定委員会が必要かどうかの議論を先にすべきだ」という”べき”があったのであろうと思います。他方で、当方の場合はどちらを先に議論すべきかどうかという白黒思考をしてはおりませんでした。<br/><br/>しかしながら依然として「提案を議論する必要はないと言っている」というご指摘を受けることになりました。当方としては、その論点に重ね重ね「両立可能な議論」という論旨で応答していたはずなのですが、現時点では議論の当事者のみなさまに伝わってはおりません。<br/><br/>この事例においては、一部の利用者様に「複数の利用者から『この議論を行うべきときではない』と言われているのに、あなたは引き続き方針案の話を続けようとしている。これは、ウィキペディアのルールにある『妨害的編集』の『いつまでも納得しない』という項目に該当する」というご指摘を受けました。ただし、この点については重要な区別があります。複数の利用者が近しい見解をお持ちであったとしても、それは当方が「引き続き方針案の話をしようとしている」ということを客観的に事実認定できる立証とはならないという点です。どれほどの利用者がそのような見解をお持ちになったとしても、それは主観の集合(いわゆる主観の束)であるということのみが言えるのであって、それは客観的にそのような事実があるということとは区別されます。他方で、当方の主観としては、この議論を行うべきときではないという他の利用者様のご指摘に対しては、当方は「両立可能な議論である」ことを具体的にお示しすることでしっかり応答していると考えております。また、妨害的編集というルールに関するご指摘については、そのルールの冒頭に書かれているように、記事の執筆やその改善について、ウィキペディアという百科事典を作り上げていく過程を妨害するような編集をしてはならないという旨の文書になります。これには、例えば荒らしや過度な差し戻しが該当すると思われます。しかし、当方はウィキ・プロセスに基づいて、議論の端緒を開くための提案と、他の利用者様からのご指摘・ご意見に返信する編集のみを行っていたため、このご指摘については、提示されたウィキペディアのルールの趣旨に照らして、少々無理のある解釈なのではないか、と考えております。しかし、このあたりについて省察すると、この時点ですでにお互い「ああ言えばこう言う」という状況に陥っており、もはや対話が成立していないというふうに捉えることもできました。<br/><br/>この提案については、厳しい表現で反発を受けてしまいました。「あなたの態度は失礼だ」「あなたの行動は〇〇を尊重していない」「あなたの行動は建設的ではない」「時期尚早である」などのご指摘をいただきました。<br/><br/>このような「失礼」「尊重」「建設的」「時期尚早」といった表現のご指摘は、曖昧で抽象的であるため、当方としては、どうしてそのようにお考えになられたのか、正確に把握できないでいました。どうしてそのようにお考えになられるのか、重ね重ねお訊ねしたのですが、現時点ではその点についてご説明をいただけていないという認識です。これらの語彙の言語的な意味はもちろん理解しているものの、そういうことではなく、相手にとって何が「失礼」「尊重」「建設的」「時期尚早」に該当するのだろうか、という主観的な定義について、です。<br/>ただし、ここで重要な区別があります。ある利用者が「Molgen3966の提案は時期尚早だ」と思料されるとしても、それは「Molgen3966の提案が客観的にみてもウィキメディアの有益にはならない」ことの立証にはならないということです。そのため、当方の行う提案だけでなく、どのような利用者の提案にも言えることですが、その提案を採用することでウィキメディアの有益になること可能性は否めません。<br/>また、この事例においては、相手が当方に対して指摘や批判をする際の表現についてご指摘することがありましたが、例えば、相手の「失礼」という表現に当方が「失礼にあたるかどうかは、お互いに価値観の違いがあるのだと思います」という表現で応答したところ「あなたは言葉の言い方を建設的にするように求めてくるのに、そちらは価値観の違いで済ませることは都合がよすぎる」ともおっしゃられておりました。当方のこの指摘は、お互いの価値観の異なりを把握しあうことで対立を深めずに穏当な議論の進め方をするためのものでしたが、かえって相手の反発を招いてしまいました。<br/>しかし、このご指摘には概念の混同がみられるように思います。どのような発言も、今ある語彙から選び取って発するものであり、そのため言葉の配慮には下限があります。他方で「尊重」「失礼」「時期尚早」といった抽象的な価値概念を用いて指摘や批判を行うことは、なにがそれに該当するのかというキリのない青天井の議論になりうるという点で、性質を異にする論点です。<br/>もちろん、このような当方の見解には「あなたは常識がない」とお想いになられる方もいらっしゃるかもしれません。ですが、当方としては「常識がない」とは考えておりません。なぜなら、一般的な社会生活でいうところの「常識」と、ウィキメディアというコミュニティでのみ通用する常識は、必ずしも同一ではないためです。例えば、相手に敬意を持った表現で指摘や批判を行うべきことは、社会に生きる人間として、多くの人々が共感する常識であると思います。他方で、日本語版のウィキメディアでは、そのような意味での常識は浸透しきれていないとも感じております。当方に対してだけに限らず、ウィキメディアのコミュニティで長く活動されておられる方々には、当方を含む未熟な利用者たちに厳しい口調、つまり相手が精神的苦痛を感じることのありうる表現で指摘や批判を行うことがあったりします。私たちは、ウィキメディアンとしてより前に、社会に生きる人間としてどのような表現で発言すべきなのかが問われているのかもしれません。例えばこの事例でいうと、厳しい表現でのご指摘に対して、当方が「善意に基づく努力であるため、そのあたりを尊重した上で指摘や批判をしていただきたい」旨のお願いをしたのですが、お相手の利用者様から「善意は免罪符ではない」旨のご指摘を受けました。ここでは、当方と相手の間で誤解が生じていたと思われます。当方は、指摘や批判を免れるための理由として「善意」を提示したわけではありません。当方がご説明したい趣旨は、どのような利用者の、どのような編集も、提案も、依頼も、少なくとも本人にとってはウィキメディアのことを思った善意に基づく努力であり、善意とは本人の内心にかかわることであるため、善意そのものはいかなる場合も否定されずに、無条件に尊重に値するし、指摘や批判は、本人には善意があることを尊重した上で、人間としての敬意ある言い方をすべきではないか、という趣旨のお願いだったのです。<br/><br/>2つめに、当方がウィキバーシティ日本語版で用務員、つまり管理者の役割に立候補したときに反発を受けたお話です。まず、当方がウィキバーシティ日本語版で用務員に立候補しようとした経緯をご説明いたします。ウィキバーシティ日本語版では、2026年7月7日現在、現任の用務員の方が数年間オフラインのままであり、事実上管理を担う方が不在の状態にあります。また、そもそもアクティブな利用者が数名しかおられない状況でした。当方は本来、ウィキペディア日本語版で権限を担った経験のある利用者様を推薦して、その方に用務員の役割を担っていただきたいと考えていたのですが、その利用者様は現実世界で多忙を極めておられるようで、その方にさらに用務員の役割まで担っていただくことは酷であると考えたため、そうであれば自分自身が用務員に立候補するべきであろうという考えに至っての立候補でした。<br/><br/>ですが、こちらでも「時期尚早」「これまでの議論を無視している」などのご指摘を受けて、強い反発をいただきました。<br/>これは、当方がウィキバーシティ日本語版の活動に参加してからまだ1週間であったことに起因するものです。他方で、当方としては、ウィキバーシティ日本語版に用務員さんが事実上不在であるという状態を重く受け止め、事態を打開できないかというための立候補でした。このあたりについて省察しますと、当方がウィキバーシティ日本語版の現実を憂いて積極的に行動したことが、かえって他の利用者様の不安に繋がったのであろうと考えております。また当時、ウィキバーシティ日本語版には、用務員の役割に立候補するために必要な立候補資格として、ウィキバーシティで20回以上の編集経験を得てから1か月が経過した利用者に立候補資格があるという旨の定めがありました。しかし、ここには重要な事実があり、その「立候補資格を定める文書」はまだ合意形成を経ていない草案(下書き)の状態であり、拘束力のある正式な文書ではなかったという点です。このような理由から、事実上現在はすべての利用者に立候補資格があるということで、立候補いたしました。もちろん、このような見解には「草案だからといって無視してよいわけではない」や「草案だとしても以前からあったのなら従うべき」というご指摘が予想されます。このようなご指摘について応答するのであれば、例えば「草案」だとしても従うべきという主張を受け入れた場合、ルールの草案自体はどなたでも執筆できることから「はい、草案を作ったので従ってください」という、正式なルールと草案の文書の区別がなくなってしまうという懸念があります。また、ウィキ・プロセスの理念から考えてみると、正式な合意形成に至っていない文書に従うことは、ウィキメディアが大切にする議論と合意形成というものを軽視することに繋がりかねないという懸念もありました。そのため、あえて当方は「草案」であることを指摘して、当方には有効な立候補資格があることを、議論の当事者のみなさまに応答いたしました。その利用者様は「幅広い合意形成が必要だろう」という旨のご主張をなされており、それは当方も深く同意するところなのですが、当方としては「幅広い合意形成」というからには、ウィキ・プロセスの理念を考慮すれば、少なくとも数十名規模の議論による合意が求められるであろう、と個人的には解釈いたしました。おそらく、一般社会の人々に無作為で訊ねてみれば、一般的な感覚では「幅広い合意形成」と言われてその程度の規模を想起されると思います。このあたりを省察いたしますと、議論の当事者のみなさまにとって「幅広い合意形成とは、どのような規模で行われるものとお考えですか?」と当方が訊ねることで、論点が明確化できたのではないかと思います。<br/>しかし、現時点のウィキバーシティ日本語版のアクティブな利用者は数名と、その「幅広い合意形成」は不可能と言えそうな状況にありました。<br/><br/>また、ウィキバーシティ日本語版はルールがほとんど未整備であり、なにが問題行動とされるべきなのかの最低限度の基準がままならない状況にありました。そのため当方は、暫定方針(ざんていほうしん)という臨時かつ仮のルールの草案をいくつか執筆し、それを用務員さんが決裁することで、有効な仮のルールとして最低限度の秩序だけ整備しておこう、という考えに至りました。ウィキメディアでは、合意形成によってつくられた正式なルールを方針(ほうしん)と言います。この「暫定方針」のアイデアに対して、一部の利用者様は「方針はすべての利用者が従うべきルールとされているのに、議論や合意形成を経ないで勝手に決めるべきではない」旨のご指摘をされました。他方で、暫定方針は、他の利用者様のおっしゃられている「議論と幅広い合意形成」が達成されるまでの臨時のルールとしてのアイデアであり、"幅広い合意形成"によって暫定方針と同一または類似の趣旨の正式なルールが成立次第、その暫定方針は失効するという性質を持つものでした。このアイデアについては、他の利用者様から「もしもウィキバーシティ日本語版に数名のアクティブな利用者がおられるならば、その数名で合意形成を行うべきであり、数名の間の合意もできないのに、方針を定めるべきではない」旨のご指摘を受けました。このご指摘について当方が思ったのは「幅広い合意形成とはなんだったのか?」という思いでした。たった数名の間で合意形成するだけで正式な方針を定めることが認められるのだろうか、と思いました。だからこそ、現実と目標の間の妥協点としての暫定方針というアイデアだったという事実があります。<br/>また、この「暫定方針」というアイデアは、ウィキメディアの基本原理とされているウィキ・プロセスをまもるための最善策であったと考えています。[https://meta.wikimedia.org/wiki/Founding_principles/ja こちら]のページに書かれているところによれば、ウィキ・プロセスはすべての内容に関する最終的な意思決定であることが求められています。<br/>前述した通り、暫定方針は"幅広い合意形成"によって暫定方針と同一または類似の趣旨の正式なルールが成立次第、その暫定方針は失効するという性質を持つものであり、このような議論と合意形成が可能な土壌が整うまでの臨時かつ仮の措置によって、正式な方針が多くの利用者の参加する議論と合意形成によって成立するという最終的な意思決定を確保するためのアイデアでした。<br/><br/>ところで当方は、前述の立候補によって反発を受けたときに、他の利用者様から「ウィキペディア日本語版における活動をみるに、用務員として管理作業を行った場合の後始末が大変になり、苦情が多く付く可能性がある」旨のご指摘を受けました。おそらくですが、ウィキペディア日本語版における当方の活動とは、前述の「裁定の方針案」のことを主に指しているのであろう、と思います。その事例についての当方としてのご説明は前述の通りなのですが、当方としては、ウィキペディアとウィキバーシティは、同じウィキメディア・プロジェクトの一つでありつつも、それぞれのプロジェクトの趣旨や内容は必ずしも同一ではないことから、ウィキペディア日本語版における当方の活動に疑問をお示しになったとしても、それが直ちにウィキバーシティ日本語版で用務員を務めることの不適任さとは関連性が、当方としては感じられませんでした。また、ウィキペディア日本語版で当方が「ウィキブレイク」といって、活動を停止したことをお示しになって「ウィキペディアでは活動を停止しているのに、ウィキバーシティの方では活動したり、用務員に立候補するという行動が理解できかねる」旨のご指摘も受けました。まず経緯についてご説明しますと、1つめの事例について、他の利用者様から当方に対して、ウィキメディアで禁止されているはずの人格攻撃的な表現の非難を受けたことから、当方が「心理的な暴力を受けた」と感じてウィキブレイクに至ったものになります。他方で、ウィキペディア日本語版では確かにウィキブレイクをいたしましたが、ウィキバーシティ日本語版においては「心理的な暴力を受けたと感じる事案」が発生したわけではないため、ウィキペディアでウィキブレイクをしたからといって、ウィキバーシティでも活動を停止しなければならないのはどうしてなのだろう、いったいどのような関連性があるのだろう、というふうに当方は感じました。<br/>当方は、これらのご指摘について「どうしてそのようにお考えになられるのか、お聴かせくださいませんか」という旨の応答をいたしましたが、この記事を執筆している現時点ではまだお返事をいただいていないため、あくまでも当方の感じ方としては「なんとなくの不信感で当方の立候補に反対票を投じたのではないだろうか?」と思ってしまいました(もちろん、仮にそのような理由でも反対票を投じてはならないわけではありません)。<br/><br/>ただし、そのような抽象的な理由で用務員の役割に当選することに反対票を投ずることは、これからのウィキバーシティを考えたときに、公正な選挙を妨げる恐れがあるのではないか、という懸念から「落選運動の禁止」と題した暫定方針の草案を執筆してみました。この草案は、用務員の役割に立候補したどのような利用者に対してであれ、反対票を投ずるときはその文書で挙げられた理由に該当するものでないといけないという旨のものになります。この草案は、例えば「なんとなくこの利用者が気に入らないから」「この利用者には用務員になってほしくない」などの抽象的な理由や、足を引っ張るだけの目的による反対票が生じないようにして、用務員の選挙が人気投票になることを防止し、どのような利用者でも用務員に立候補して公正な選挙を受けられる権利を確保することを目的として執筆した草案なのですが、これが「当方に不都合な反対票を封じるため」というふうな誤解されてしまい、しまいには当方のなりすましアカウントが作成されて当方への誹謗中傷や荒らし行為が行われてしまいました。このあたりは、当方がその草案を執筆して公開するタイミングが誤解を生んでしまったと省察いたします。<br/>この草案には、2026年7月7日時点で、反対票を投ずることが認められるべき理由として以下のケースを挙げておりました。<br/>'''ケースA''':ウィキバーシティで立候補者が投稿ブロックを受けている。<br/>'''ケースB''':他のウィキプロジェクトで立候補者が投稿ブロックを受けている。<br/>'''ケースC''':差別的な発言や誹謗中傷など、人間としての道理に著しく反する発言があった。<br/>'''ケースD''':ウィキバーシティの方針に繰り返し違反している。<br/>'''ケースE''':ウィキメディア上の活動に関して、過去に繰り返し明らかな法令違反があった。<br/>'''ケースF''':ウィキバーシティ日本語版で1年以上活動を停止し、その活動に復帰してから3か月に満たないこと。<br/>'''ケースG''':過去に、意図的に虚偽の事実を提示して議論を混乱させたことがある。<br/>'''ケースH''':過去、多重アカウントの不正利用があった。<br/>'''ケースI''':利益相反(COI)を開示していない。<br/>'''ケースJ''':個人情報その他ウィキメディア運動における機密情報を不正に扱い、または故意もしくは過失によって流出させた。<br/>になります。これらのケースに該当するかしないかは、人それぞれの主観によらず、客観的に証明可能なケースであると当方は考えております。<br/><br/>ここにおいて、最大限丁寧に当方としてのご説明をいたしましたが、それでもなお「あなたの言動には理解ができない」とおっしゃられる方も多いかもしれません。このような場合は、お互いに「ああ言えばこう言う」という状態になってしまっている可能性があるため、やむを得ず対話を諦めて、時間が関係を冷却するまで待つべきなのではないか、と個人的には考えております。または、議論の当事者でおられる方がこの文章をお読みになったときに「Molgen3966がつらつら言い訳を書いている」や「自分は悪くないと言いたいのだろう」、または「根本的にズレている」とお思いになるかもしれません。しかし、このような心理に至ることは理解可能です。あくまでも推察なのですが、おそらくそのような心理に至る場合、この文章を読むにあたって「Molgen3966が問題を起こしているのだから」という主観を前提として読んでいる可能性は否めません(あくまでも可能性の話)。もちろん、いくつか省察を示したように、当方にまったく課題点がないわけではありません。これらの事例を通底する当方の側の課題点として挙げられるのは、説明不足と、それに起因するウィキメディアの基本理念である「ウィキ・プロセス」というものに対する当方と相手の解釈不一致です。これらの経験を踏まえてウィキメディア文化の個人的な考察をしてみたいと思います。これらの事例を総合的に検討することでみえてくるのは、ウィキメディア・プロジェクトの日本語版において「過度な前例主義」に陥っていて、最善の選択、あるいは合理的な選択、といったものをすることができないのではないか、という点です。これは直接民主主義の理念を持つコミュニティではあるあるだと思います。もちろん、議論の当事者がおっしゃるように、これまでの議論の積み重ねは尊重するべきなのですが、この点については、これまでの議論で「A」という結論があったからといって、これからの議論も「A」に拘束されるのだろうか、という疑問があります。この点をもって「ウィキメディアにおける心理的安全性」に懸念を表明いたします。もしもウィキメディアに心理的安全性が確保されているのであれば、過去の議論があったとしても、大胆な提案はおそらく歓迎されるであろう、ということです。もちろんそれは「必ず提案が採用される」ということではなく、コミュニティに歓迎されるであろう、というものにとどまることを留保いたします。<br/><br/>しかし、このような課題点を浮き彫りにした今回の議論は、ウィキメディアの発展にとっては結果的に有益だったと思います。なぜなら、ウィキ・プロセスの解釈について、多様性があるということが明らかになったためです。この解釈の多様性が明らかになった今、ウィキメディアの未来に向けて、対話が欠かせないことも深く学びになりました。 [[Category:研究プロジェクト]] suw97cxlj9wf2m8v9nqn3p6431osf66 22868 22867 2026-07-13T03:26:09Z Molgen3966 19572 22868 wikitext text/x-wiki {{研究プロジェクト}} {{Template:Essay}} ''ここは、[[研究プロジェクト:人権研究所]]からウィキバーシティ日本語版に執筆された独自研究の論文です。''<br/><br/>'''自己省察とウィキメディア文化の考察'''<br/>執筆者:--[[利用者:Molgen3966|Molgen3966]] ([[利用者・トーク:Molgen3966|トーク]]) 2026年7月7日 (火) 12:06 (UTC) <br/><br/>ウィキメディア運動は、議論と合意形成を特に重要視するコミュニティです。当方はこのごろ、2つの経験があったので、その経験から自己省察するとともに、ウィキメディア文化について考察してみたいと思います。<br/><br/>まず1つめの経験として、ウィキペディア日本語版で裁定の方針案を提示したときの経験がございます。<br/><br/>当方としては、ウィキ・プロセスというウィキメディアの理念に基づいて、まず当方の提案を議論に付するために提案したのですが、これが反発を招いてしまいました。<br/><br/>他の利用者様は、裁定委員会を設立するかしないかの議論の前に、裁定の方針案を提案するべきではないという旨のご指摘をなされました。当方としては最初、裁定委員会を設立するかしないかの議論は否定していないことをご説明したのですが、議論の順序があるだろうというご指摘を受けました。<br/><br/>そのような論点について当方は「Molgen3966さんが裁定の方針案を提示されているので、この具体化された案を参考に、裁定委員会の設立の必要性について議論することが可能」という旨をもって、裁定委員会を設立するかしないかの必要性の議論と、当方の提示した裁定の方針案の議論とは、両立して議論可能であることをご説明いたしました。このあたりを省察いたしますと、おそらくこの点について、議論の当事者のみなさまは「裁定委員会が必要かどうかの議論を先にすべきだ」という”べき”があったのであろうと思います。他方で、当方の場合はどちらを先に議論すべきかどうかという白黒思考をしてはおりませんでした。<br/><br/>しかしながら依然として「提案を議論する必要はないと言っている」というご指摘を受けることになりました。当方としては、その論点に重ね重ね「両立可能な議論」という論旨で応答していたはずなのですが、現時点では議論の当事者のみなさまに伝わってはおりません。<br/><br/>この事例においては、一部の利用者様に「複数の利用者から『この議論を行うべきときではない』と言われているのに、あなたは引き続き方針案の話を続けようとしている。これは、ウィキペディアのルールにある『妨害的編集』の『いつまでも納得しない』という項目に該当する」というご指摘を受けました。ただし、この点については重要な区別があります。複数の利用者が近しい見解をお持ちであったとしても、それは当方が「引き続き方針案の話をしようとしている」ということを客観的に事実認定できる立証とはならないという点です。どれほどの利用者がそのような見解をお持ちになったとしても、それは主観の集合(いわゆる主観の束)であるということのみが言えるのであって、それは客観的にそのような事実があるということとは区別されます。他方で、当方の主観としては、この議論を行うべきときではないという他の利用者様のご指摘に対しては、当方は「両立可能な議論である」ことを具体的にお示しすることでしっかり応答していると考えております。また、妨害的編集というルールに関するご指摘については、そのルールの冒頭に書かれているように、記事の執筆やその改善について、ウィキペディアという百科事典を作り上げていく過程を妨害するような編集をしてはならないという旨の文書になります。これには、例えば荒らしや過度な差し戻しが該当すると思われます。しかし、当方はウィキ・プロセスに基づいて、議論の端緒を開くための提案と、他の利用者様からのご指摘・ご意見に返信する編集のみを行っていたため、このご指摘については、提示されたウィキペディアのルールの趣旨に照らして、少々無理のある解釈なのではないか、と考えております。しかし、このあたりについて省察すると、この時点ですでにお互い「ああ言えばこう言う」という状況に陥っており、もはや対話が成立していないというふうに捉えることもできました。<br/><br/>この提案については、厳しい表現で反発を受けてしまいました。「あなたの態度は失礼だ」「あなたの行動は〇〇を尊重していない」「あなたの行動は建設的ではない」「時期尚早である」などのご指摘をいただきました。<br/><br/>このような「失礼」「尊重」「建設的」「時期尚早」といった表現のご指摘は、曖昧で抽象的であるため、当方としては、どうしてそのようにお考えになられたのか、正確に把握できないでいました。どうしてそのようにお考えになられるのか、重ね重ねお訊ねしたのですが、現時点ではその点についてご説明をいただけていないという認識です。これらの語彙の言語的な意味はもちろん理解しているものの、そういうことではなく、相手にとって何が「失礼」「尊重」「建設的」「時期尚早」に該当するのだろうか、という主観的な定義について、です。<br/>ただし、ここで重要な区別があります。ある利用者が「Molgen3966の提案は時期尚早だ」と思料されるとしても、それは「Molgen3966の提案が客観的にみてもウィキメディアの有益にはならない」ことの立証にはならないということです。そのため、当方の行う提案だけでなく、どのような利用者の提案にも言えることですが、その提案を採用することでウィキメディアの有益になること可能性は否めません。<br/>また、この事例においては、相手が当方に対して指摘や批判をする際の表現についてご指摘することがありましたが、例えば、相手の「失礼」という表現に当方が「失礼にあたるかどうかは、お互いに価値観の違いがあるのだと思います」という表現で応答したところ「あなたは言葉の言い方を建設的にするように求めてくるのに、そちらは価値観の違いで済ませることは都合がよすぎる」ともおっしゃられておりました。当方のこの指摘は、お互いの価値観の異なりを把握しあうことで対立を深めずに穏当な議論の進め方をするためのものでしたが、かえって相手の反発を招いてしまいました。<br/>しかし、このご指摘には概念の混同がみられるように思います。どのような発言も、今ある語彙から選び取って発するものであり、そのため言葉の配慮には下限があります。他方で「尊重」「失礼」「時期尚早」といった抽象的な価値概念を用いて指摘や批判を行うことは、なにがそれに該当するのかというキリのない青天井の議論になりうるという点で、性質を異にする論点です。<br/>もちろん、このような当方の見解には「あなたは常識がない」とお想いになられる方もいらっしゃるかもしれません。ですが、当方としては「常識がない」とは考えておりません。なぜなら、一般的な社会生活でいうところの「常識」と、ウィキメディアというコミュニティでのみ通用する常識は、必ずしも同一ではないためです。例えば、相手に敬意を持った表現で指摘や批判を行うべきことは、社会に生きる人間として、多くの人々が共感する常識であると思います。他方で、日本語版のウィキメディアでは、そのような意味での常識は浸透しきれていないとも感じております。当方に対してだけに限らず、ウィキメディアのコミュニティで長く活動されておられる方々には、当方を含む未熟な利用者たちに厳しい口調、つまり相手が精神的苦痛を感じることのありうる表現で指摘や批判を行うことがあったりします。私たちは、ウィキメディアンとしてより前に、社会に生きる人間としてどのような表現で発言すべきなのかが問われているのかもしれません。例えばこの事例でいうと、厳しい表現でのご指摘に対して、当方が「善意に基づく努力であるため、そのあたりを尊重した上で指摘や批判をしていただきたい」旨のお願いをしたのですが、お相手の利用者様から「善意は免罪符ではない」旨のご指摘を受けました。ここでは、当方と相手の間で誤解が生じていたと思われます。当方は、指摘や批判を免れるための理由として「善意」を提示したわけではありません。当方がご説明したい趣旨は、どのような利用者の、どのような編集も、提案も、依頼も、少なくとも本人にとってはウィキメディアのことを思った善意に基づく努力であり、善意とは本人の内心にかかわることであるため、善意そのものはいかなる場合も否定されずに、無条件に尊重に値するし、指摘や批判は、本人には善意があることを尊重した上で、人間としての敬意ある言い方をすべきではないか、という趣旨のお願いだったのです。<br/><br/>2つめに、当方がウィキバーシティ日本語版で用務員、つまり管理者の役割に立候補したときに反発を受けたお話です。まず、当方がウィキバーシティ日本語版で用務員に立候補しようとした経緯をご説明いたします。ウィキバーシティ日本語版では、2026年7月7日現在、現任の用務員の方が数年間オフラインのままであり、事実上管理を担う方が不在の状態にあります。また、そもそもアクティブな利用者が数名しかおられない状況でした。当方は本来、ウィキペディア日本語版で権限を担った経験のある利用者様を推薦して、その方に用務員の役割を担っていただきたいと考えていたのですが、その利用者様は現実世界で多忙を極めておられるようで、その方にさらに用務員の役割まで担っていただくことは酷であると考えたため、そうであれば自分自身が用務員に立候補するべきであろうという考えに至っての立候補でした。<br/><br/>ですが、こちらでも「時期尚早」「これまでの議論を無視している」などのご指摘を受けて、強い反発をいただきました。<br/>これは、当方がウィキバーシティ日本語版の活動に参加してからまだ1週間であったことに起因するものです。他方で、当方としては、ウィキバーシティ日本語版に用務員さんが事実上不在であるという状態を重く受け止め、事態を打開できないかというための立候補でした。このあたりについて省察しますと、当方がウィキバーシティ日本語版の現実を憂いて積極的に行動したことが、かえって他の利用者様の不安に繋がったのであろうと考えております。また当時、ウィキバーシティ日本語版には、用務員の役割に立候補するために必要な立候補資格として、ウィキバーシティで20回以上の編集経験を得てから1か月が経過した利用者に立候補資格があるという旨の定めがありました。しかし、ここには重要な事実があり、その「立候補資格を定める文書」はまだ合意形成を経ていない草案(下書き)の状態であり、拘束力のある正式な文書ではなかったという点です。このような理由から、事実上現在はすべての利用者に立候補資格があるということで、立候補いたしました。もちろん、このような見解には「草案だからといって無視してよいわけではない」や「草案だとしても以前からあったのなら従うべき」というご指摘が予想されます。このようなご指摘について応答するのであれば、例えば「草案」だとしても従うべきという主張を受け入れた場合、ルールの草案自体はどなたでも執筆できることから「はい、草案を作ったので従ってください」という、正式なルールと草案の文書の区別がなくなってしまうという懸念があります。また、ウィキ・プロセスの理念から考えてみると、正式な合意形成に至っていない文書に従うことは、ウィキメディアが大切にする議論と合意形成というものを軽視することに繋がりかねないという懸念もありました。そのため、あえて当方は「草案」であることを指摘して、当方には有効な立候補資格があることを、議論の当事者のみなさまに応答いたしました。その利用者様は「幅広い合意形成が必要だろう」という旨のご主張をなされており、それは当方も深く同意するところなのですが、当方としては「幅広い合意形成」というからには、ウィキ・プロセスの理念を考慮すれば、少なくとも数十名規模の議論による合意が求められるであろう、と個人的には解釈いたしました。おそらく、一般社会の人々に無作為で訊ねてみれば、一般的な感覚では「幅広い合意形成」と言われてその程度の規模を想起されると思います。このあたりを省察いたしますと、議論の当事者のみなさまにとって「幅広い合意形成とは、どのような規模で行われるものとお考えですか?」と当方が訊ねることで、論点が明確化できたのではないかと思います。<br/>しかし、現時点のウィキバーシティ日本語版のアクティブな利用者は数名と、その「幅広い合意形成」は不可能と言えそうな状況にありました。<br/><br/>また、ウィキバーシティ日本語版はルールがほとんど未整備であり、なにが問題行動とされるべきなのかの最低限度の基準がままならない状況にありました。そのため当方は、暫定方針(ざんていほうしん)という臨時かつ仮のルールの草案をいくつか執筆し、それを用務員さんが決裁することで、有効な仮のルールとして最低限度の秩序だけ整備しておこう、という考えに至りました。ウィキメディアでは、合意形成によってつくられた正式なルールを方針(ほうしん)と言います。この「暫定方針」のアイデアに対して、一部の利用者様は「方針はすべての利用者が従うべきルールとされているのに、議論や合意形成を経ないで勝手に決めるべきではない」旨のご指摘をされました。他方で、暫定方針は、他の利用者様のおっしゃられている「議論と幅広い合意形成」が達成されるまでの臨時のルールとしてのアイデアであり、"幅広い合意形成"によって暫定方針と同一または類似の趣旨の正式なルールが成立次第、その暫定方針は失効するという性質を持つものでした。このアイデアについては、他の利用者様から「もしもウィキバーシティ日本語版に数名のアクティブな利用者がおられるならば、その数名で合意形成を行うべきであり、数名の間の合意もできないのに、方針を定めるべきではない」旨のご指摘を受けました。このご指摘について当方が思ったのは「幅広い合意形成とはなんだったのか?」という思いでした。たった数名の間で合意形成するだけで正式な方針を定めることが認められるのだろうか、と思いました。だからこそ、現実と目標の間の妥協点としての暫定方針というアイデアだったという事実があります。<br/>また、この「暫定方針」というアイデアは、ウィキメディアの基本原理とされているウィキ・プロセスをまもるための最善策であったと考えています。[https://meta.wikimedia.org/wiki/Founding_principles/ja こちら]のページに書かれているところによれば、ウィキ・プロセスはすべての内容に関する最終的な意思決定であることが求められています。<br/>前述した通り、暫定方針は"幅広い合意形成"によって暫定方針と同一または類似の趣旨の正式なルールが成立次第、その暫定方針は失効するという性質を持つものであり、このような議論と合意形成が可能な土壌が整うまでの臨時かつ仮の措置によって、正式な方針が多くの利用者の参加する議論と合意形成によって成立するという最終的な意思決定を確保するためのアイデアでした。<br/><br/>ところで当方は、前述の立候補によって反発を受けたときに、他の利用者様から「ウィキペディア日本語版における活動をみるに、用務員として管理作業を行った場合の後始末が大変になり、苦情が多く付く可能性がある」旨のご指摘を受けました。おそらくですが、ウィキペディア日本語版における当方の活動とは、前述の「裁定の方針案」のことを主に指しているのであろう、と思います。その事例についての当方としてのご説明は前述の通りなのですが、当方としては、ウィキペディアとウィキバーシティは、同じウィキメディア・プロジェクトの一つでありつつも、それぞれのプロジェクトの趣旨や内容は必ずしも同一ではないことから、ウィキペディア日本語版における当方の活動に疑問をお示しになったとしても、それが直ちにウィキバーシティ日本語版で用務員を務めることの不適任さとは関連性が、当方としては感じられませんでした。また、ウィキペディア日本語版で当方が「ウィキブレイク」といって、活動を停止したことをお示しになって「ウィキペディアでは活動を停止しているのに、ウィキバーシティの方では活動したり、用務員に立候補するという行動が理解できかねる」旨のご指摘も受けました。まず経緯についてご説明しますと、1つめの事例について、他の利用者様から当方に対して、ウィキメディアで禁止されているはずの人格攻撃的な表現の非難を受けたことから、当方が「心理的な暴力を受けた」と感じてウィキブレイクに至ったものになります。他方で、ウィキペディア日本語版では確かにウィキブレイクをいたしましたが、ウィキバーシティ日本語版においては「心理的な暴力を受けたと感じる事案」が発生したわけではないため、ウィキペディアでウィキブレイクをしたからといって、ウィキバーシティでも活動を停止しなければならないのはどうしてなのだろう、いったいどのような関連性があるのだろう、というふうに当方は感じました。<br/>当方は、これらのご指摘について「どうしてそのようにお考えになられるのか、お聴かせくださいませんか」という旨の応答をいたしましたが、この記事を執筆している現時点ではまだお返事をいただいていないため、あくまでも当方の感じ方としては「なんとなくの不信感で当方の立候補に反対票を投じたのではないだろうか?」と思ってしまいました(もちろん、仮にそのような理由でも反対票を投じてはならないわけではありません)。<br/><br/>ただし、そのような抽象的な理由で用務員の役割に当選することに反対票を投ずることは、これからのウィキバーシティを考えたときに、公正な選挙を妨げる恐れがあるのではないか、という懸念から「落選運動の禁止」と題した暫定方針の草案を執筆してみました。この草案は、用務員の役割に立候補したどのような利用者に対してであれ、反対票を投ずるときはその文書で挙げられた理由に該当するものでないといけないという旨のものになります。この草案は、例えば「なんとなくこの利用者が気に入らないから」「この利用者には用務員になってほしくない」などの抽象的な理由や、足を引っ張るだけの目的による反対票が生じないようにして、用務員の選挙が人気投票になることを防止し、どのような利用者でも用務員に立候補して公正な選挙を受けられる権利を確保することを目的として執筆した草案なのですが、これが「当方に不都合な反対票を封じるため」というふうな誤解されてしまい、しまいには当方のなりすましアカウントが作成されて当方への誹謗中傷や荒らし行為が行われてしまいました。このあたりは、当方がその草案を執筆して公開するタイミングが誤解を生んでしまったと省察いたします。<br/>この草案には、2026年7月7日時点で、反対票を投ずることが認められるべき理由として以下のケースを挙げておりました。<br/>'''ケースA''':ウィキバーシティで立候補者が投稿ブロックを受けている。<br/>'''ケースB''':他のウィキプロジェクトで立候補者が投稿ブロックを受けている。<br/>'''ケースC''':差別的な発言や誹謗中傷など、人間としての道理に著しく反する発言があった。<br/>'''ケースD''':ウィキバーシティの方針に繰り返し違反している。<br/>'''ケースE''':ウィキメディア上の活動に関して、過去に繰り返し明らかな法令違反があった。<br/>'''ケースF''':ウィキバーシティ日本語版で1年以上活動を停止し、その活動に復帰してから3か月に満たないこと。<br/>'''ケースG''':過去に、意図的に虚偽の事実を提示して議論を混乱させたことがある。<br/>'''ケースH''':過去、多重アカウントの不正利用があった。<br/>'''ケースI''':利益相反(COI)を開示していない。<br/>'''ケースJ''':個人情報その他ウィキメディア運動における機密情報を不正に扱い、または故意もしくは過失によって流出させた。<br/>になります。これらのケースに該当するかしないかは、人それぞれの主観によらず、客観的に証明可能なケースであると当方は考えております。<br/><br/>ここにおいて、最大限丁寧に当方としてのご説明をいたしましたが、それでもなお「あなたの言動には理解ができない」とおっしゃられる方も多いかもしれません。このような場合は、お互いに「ああ言えばこう言う」という状態になってしまっている可能性があるため、やむを得ず対話を諦めて、時間が関係を冷却するまで待つべきなのではないか、と個人的には考えております。または、議論の当事者でおられる方がこの文章をお読みになったときに「Molgen3966がつらつら言い訳を書いている」や「自分は悪くないと言いたいのだろう」、または「根本的にズレている」とお思いになるかもしれません。しかし、このような心理に至ることは理解可能です。あくまでも推察なのですが、おそらくそのような心理に至る場合、この文章を読むにあたって「Molgen3966が問題を起こしているのだから」という主観を前提として読んでいる可能性は否めません(あくまでも可能性の話)。もちろん、いくつか省察を示したように、当方にまったく課題点がないわけではありません。これらの事例を通底する当方の側の課題点として挙げられるのは、説明不足と、それに起因するウィキメディアの基本理念である「ウィキ・プロセス」というものに対する当方と相手の解釈不一致です。これらの経験を踏まえてウィキメディア文化の個人的な考察をしてみたいと思います。これらの事例を総合的に検討することでみえてくるのは、ウィキメディア・プロジェクトの日本語版が「過度な前例主義」に陥っていて、ウィキメディアにとって最善の選択、あるいは合理的な選択、といったものをすることができないのではないか、という点です。これは直接民主主義の理念を持つコミュニティではあるあるだと思います。もちろん、議論の当事者がおっしゃるように、これまでの議論の積み重ねは尊重するべきなのですが、この点については、これまでの議論で「A」という結論があったからといって、これからの議論も「A」に拘束されるのだろうか、という疑問があります。この点をもって「ウィキメディアにおける心理的安全性」に懸念を表明いたします。もしもウィキメディアに心理的安全性が確保されているのであれば、過去の議論があったとしても、大胆な提案はおそらく歓迎されるであろう、ということです。もちろんそれは「必ず提案が採用される」ということではなく、コミュニティに歓迎されるであろう、というものにとどまることを留保いたします。<br/><br/>しかし、このような課題点を浮き彫りにした今回の議論は、ウィキメディアの発展にとっては結果的に有益だったと思います。なぜなら、ウィキ・プロセスの解釈について、多様性があるということが明らかになったためです。この解釈の多様性が明らかになった今、ウィキメディアの未来に向けて、対話が欠かせないことも深く学びになりました。 [[Category:研究プロジェクト]] tbu1k42rk6i1s0gwgcind7t5ys8r2ej 22869 22868 2026-07-13T03:42:20Z Molgen3966 19572 22869 wikitext text/x-wiki {{研究プロジェクト}} {{Template:Essay}} ''ここは、[[研究プロジェクト:人権研究所]]からウィキバーシティ日本語版に執筆された独自研究の論文です。''<br/><br/>'''自己省察とウィキメディア文化の考察'''<br/>執筆者:--[[利用者:Molgen3966|Molgen3966]] ([[利用者・トーク:Molgen3966|トーク]]) 2026年7月7日 (火) 12:06 (UTC) <br/><br/>ウィキメディア運動は、議論と合意形成を特に重要視するコミュニティです。当方はこのごろ、2つの経験があったので、その経験から自己省察するとともに、ウィキメディア文化について考察してみたいと思います。<br/><br/>まず1つめの経験として、ウィキペディア日本語版で裁定の方針案を提示したときの経験がございます。<br/><br/>当方としては、ウィキ・プロセスというウィキメディアの理念に基づいて、まず当方の提案を議論に付するために提案したのですが、これが反発を招いてしまいました。<br/><br/>他の利用者様は、裁定委員会を設立するかしないかの議論の前に、裁定の方針案を提案するべきではないという旨のご指摘をなされました。当方としては最初、裁定委員会を設立するかしないかの議論は否定していないことをご説明したのですが、議論の順序があるだろうというご指摘を受けました。<br/><br/>そのような論点について当方は「Molgen3966さんが裁定の方針案を提示されているので、この具体化された案を参考に、裁定委員会の設立の必要性について議論することが可能」という旨をもって、裁定委員会を設立するかしないかの必要性の議論と、当方の提示した裁定の方針案の議論とは、両立して議論可能であることをご説明いたしました。このあたりを省察いたしますと、おそらくこの点について、議論の当事者のみなさまは「裁定委員会が必要かどうかの議論を先にすべきだ」という”べき”があったのであろうと思います。他方で、当方の場合はどちらを先に議論すべきかどうかという白黒思考をしてはおりませんでした。<br/><br/>しかしながら依然として「提案を議論する必要はないと言っている」というご指摘を受けることになりました。当方としては、その論点に重ね重ね「両立可能な議論」という論旨で応答していたはずなのですが、現時点では議論の当事者のみなさまに伝わってはおりません。<br/><br/>この事例においては、一部の利用者様に「複数の利用者から『この議論を行うべきときではない』と言われているのに、あなたは引き続き方針案の話を続けようとしている。これは、ウィキペディアのルールにある『妨害的編集』の『いつまでも納得しない』という項目に該当する」というご指摘を受けました。ただし、この点については重要な区別があります。複数の利用者が近しい見解をお持ちであったとしても、それは当方が「引き続き方針案の話をしようとしている」ということを客観的に事実認定できる立証とはならないという点です。どれほどの利用者がそのような見解をお持ちになったとしても、それは主観の集合(いわゆる主観の束)であるということのみが言えるのであって、それは客観的にそのような事実があるということとは区別されます。他方で、当方の主観としては、この議論を行うべきときではないという他の利用者様のご指摘に対しては、当方は「両立可能な議論である」ことを具体的にお示しすることでしっかり応答していると考えております。また、妨害的編集というルールに関するご指摘については、そのルールの冒頭に書かれているように、記事の執筆やその改善について、ウィキペディアという百科事典を作り上げていく過程を妨害するような編集をしてはならないという旨の文書になります。これには、例えば荒らしや過度な差し戻しが該当すると思われます。しかし、当方はウィキ・プロセスに基づいて、議論の端緒を開くための提案と、他の利用者様からのご指摘・ご意見に返信する編集のみを行っていたため、このご指摘については、提示されたウィキペディアのルールの趣旨に照らして、少々無理のある解釈なのではないか、と考えております。しかし、このあたりについて省察すると、この時点ですでにお互い「ああ言えばこう言う」という状況に陥っており、もはや対話が成立していないというふうに捉えることもできました。<br/><br/>この提案については、厳しい表現で反発を受けてしまいました。「あなたの態度は失礼だ」「あなたの行動は〇〇を尊重していない」「あなたの行動は建設的ではない」「時期尚早である」などのご指摘をいただきました。<br/><br/>このような「失礼」「尊重」「建設的」「時期尚早」といった表現のご指摘は、曖昧で抽象的であるため、当方としては、どうしてそのようにお考えになられたのか、正確に把握できないでいました。どうしてそのようにお考えになられるのか、重ね重ねお訊ねしたのですが、現時点ではその点についてご説明をいただけていないという認識です。これらの語彙の言語的な意味はもちろん理解しているものの、そういうことではなく、相手にとって何が「失礼」「尊重」「建設的」「時期尚早」に該当するのだろうか、という主観的な定義について、です。<br/>ただし、ここで重要な区別があります。ある利用者が「Molgen3966の提案は時期尚早だ」と思料されるとしても、それは「Molgen3966の提案が客観的にみてもウィキメディアの有益にはならない」ことの立証にはならないということです。そのため、当方の行う提案だけでなく、どのような利用者の提案にも言えることですが、その提案を採用することでウィキメディアの有益になること可能性は否めません。<br/>また、この事例においては、相手が当方に対して指摘や批判をする際の表現についてご指摘することがありましたが、例えば、相手の「失礼」という表現に当方が「失礼にあたるかどうかは、お互いに価値観の違いがあるのだと思います」という表現で応答したところ「あなたは言葉の言い方を建設的にするように求めてくるのに、そちらは価値観の違いで済ませることは都合がよすぎる」ともおっしゃられておりました。当方のこの指摘は、お互いの価値観の異なりを把握しあうことで対立を深めずに穏当な議論の進め方をするためのものでしたが、かえって相手の反発を招いてしまいました。<br/>しかし、このご指摘には概念の混同がみられるように思います。どのような発言も、今ある語彙から選び取って発するものであり、そのため言葉の配慮には下限があります。他方で「尊重」「失礼」「時期尚早」といった抽象的な価値概念を用いて指摘や批判を行うことは、なにがそれに該当するのかというキリのない青天井の議論になりうるという点で、性質を異にする論点です。<br/>もちろん、このような当方の見解には「あなたは常識がない」とお想いになられる方もいらっしゃるかもしれません。ですが、当方としては「常識がない」とは考えておりません。なぜなら、一般的な社会生活でいうところの「常識」と、ウィキメディアというコミュニティでのみ通用する常識は、必ずしも同一ではないためです。例えば、相手に敬意を持った表現で指摘や批判を行うべきことは、社会に生きる人間として、多くの人々が共感する常識であると思います。他方で、日本語版のウィキメディアでは、そのような意味での常識は浸透しきれていないとも感じております。当方に対してだけに限らず、ウィキメディアのコミュニティで長く活動されておられる方々には、当方を含む未熟な利用者たちに厳しい口調、つまり相手が精神的苦痛を感じることのありうる表現で指摘や批判を行うことがあったりします。私たちは、ウィキメディアンとしてより前に、社会に生きる人間としてどのような表現で発言すべきなのかが問われているのかもしれません。例えばこの事例でいうと、厳しい表現でのご指摘に対して、当方が「善意に基づく努力であるため、そのあたりを尊重した上で指摘や批判をしていただきたい」旨のお願いをしたのですが、お相手の利用者様から「善意は免罪符ではない」旨のご指摘を受けました。ここでは、当方と相手の間で誤解が生じていたと思われます。当方は、指摘や批判を免れるための理由として「善意」を提示したわけではありません。当方がご説明したい趣旨は、どのような利用者の、どのような編集も、提案も、依頼も、少なくとも本人にとってはウィキメディアのことを思った善意に基づく努力であり、善意とは本人の内心にかかわることであるため、善意そのものはいかなる場合も否定されずに、無条件に尊重に値するし、指摘や批判は、本人には善意があることを尊重した上で、人間としての敬意ある言い方をすべきではないか、という趣旨のお願いだったのです。<br/>また、当方のお伝えしている「(ウィキメディアにおける)快適な参加」について誤って理解されてしまったことがあります。当方が以前からお伝えしている「(ウィキメディアにおける)快適な参加」とは、"心理的安全性"のある環境のことを指しております。調べていただければと思うのですが、心理的安全性というのは、意見や提案をしたことで罰されたり、嘲笑されたりされない環境のことを言います('''指摘や批判を受けない環境のことではありません''')。ウィキメディアのプロジェクトは、誰もが参加できることを基本的な趣旨にされておられると理解しているのですが、その趣旨を達成するためには(少なくとも個人的には)、心理的安全性のある環境は極めて大切であると考えております。例えばその点において「どのような提案も、依頼も、まずは歓迎されるべき。その上で指摘や批判を行うことが建設的」と考えているという旨は他の利用者様にも繰り返しご説明いたしました。<br/>そこで当方は、重ね重ねではありますが、"指摘や批判をすることはよいが、表現は変えることができる"旨をお伝えしておりました。それは、議論や合意形成が求められるこの場だからこそ、構築が求められるのだと考えております。<br/>当方は、指摘や批判を受けることを嫌っているのではありません。心理的安全性を損なわない表現に変えることができるとお伝えしております。そのような意味で、当方は「誰もが快適に参加できること」は、ウィキメディアのプロジェクトにとって極めて有益なものだと考えております。<br/>もちろん、当方もその点はまだまだです。この点「『快適に参加』できることを主眼に求めるのは『他者に批判/否定させない』というスタンスであり、」という捉え方をされてしまったことがありますが、それは当方がお伝えしたいことが誤解されてしまったのだと思います。<br/>また、ウィキメディアにおいて大切にされている「対話」についても当方の愚見を述べさせていただきたいと思います。現状の日本語版ウィキメディア・プロジェクトにおいて「対話」ができている環境にあるのかどうか、深い疑問を感じております。「対話」とは一般的には"お互いに理解を示し合いながら話すこと"を指すかと思われますが、これまで心理的安全性を損なうような表現で厳しく、かつ複数人から集団で非難を受けたという環境下で「対話」ができる環境なのかは不明です。当方の態度が実質的に対話拒否と同義だというご指摘を受けたことがあります。当方としては、ご指摘やご批判について「どうしてそうお考えになられたのか」の理由をおたずねすることで理解を示そうと努力してきたつもりではありましたが、一部の利用者様は、当方の行動を一方的に断罪されておられると感じているため、対話拒否というより、対話の前提条件が成立していないのではないか、と考えております。もちろん当方は対話をしたいのですが、このような環境下でどのようにして対話ができるのか、当方には見識が足りておりません。<br/>この点「心理的苦痛が具体的にどのようなものか分からない」旨のご指摘をいただいたこともあります。もしかしたらウィキメディアというコミュニティでは異なるやもしれませんが、一般社会では当方のような状況下に立てば多くの人が心理的苦痛を感じると考えます(程度の差はあれ)。<br/><br/>2つめに、当方がウィキバーシティ日本語版で用務員、つまり管理者の役割に立候補したときに反発を受けたお話です。まず、当方がウィキバーシティ日本語版で用務員に立候補しようとした経緯をご説明いたします。ウィキバーシティ日本語版では、2026年7月7日現在、現任の用務員の方が数年間オフラインのままであり、事実上管理を担う方が不在の状態にあります。また、そもそもアクティブな利用者が数名しかおられない状況でした。当方は本来、ウィキペディア日本語版で権限を担った経験のある利用者様を推薦して、その方に用務員の役割を担っていただきたいと考えていたのですが、その利用者様は現実世界で多忙を極めておられるようで、その方にさらに用務員の役割まで担っていただくことは酷であると考えたため、そうであれば自分自身が用務員に立候補するべきであろうという考えに至っての立候補でした。<br/><br/>ですが、こちらでも「時期尚早」「これまでの議論を無視している」などのご指摘を受けて、強い反発をいただきました。<br/>これは、当方がウィキバーシティ日本語版の活動に参加してからまだ1週間であったことに起因するものです。他方で、当方としては、ウィキバーシティ日本語版に用務員さんが事実上不在であるという状態を重く受け止め、事態を打開できないかというための立候補でした。このあたりについて省察しますと、当方がウィキバーシティ日本語版の現実を憂いて積極的に行動したことが、かえって他の利用者様の不安に繋がったのであろうと考えております。また当時、ウィキバーシティ日本語版には、用務員の役割に立候補するために必要な立候補資格として、ウィキバーシティで20回以上の編集経験を得てから1か月が経過した利用者に立候補資格があるという旨の定めがありました。しかし、ここには重要な事実があり、その「立候補資格を定める文書」はまだ合意形成を経ていない草案(下書き)の状態であり、拘束力のある正式な文書ではなかったという点です。このような理由から、事実上現在はすべての利用者に立候補資格があるということで、立候補いたしました。もちろん、このような見解には「草案だからといって無視してよいわけではない」や「草案だとしても以前からあったのなら従うべき」というご指摘が予想されます。このようなご指摘について応答するのであれば、例えば「草案」だとしても従うべきという主張を受け入れた場合、ルールの草案自体はどなたでも執筆できることから「はい、草案を作ったので従ってください」という、正式なルールと草案の文書の区別がなくなってしまうという懸念があります。また、ウィキ・プロセスの理念から考えてみると、正式な合意形成に至っていない文書に従うことは、ウィキメディアが大切にする議論と合意形成というものを軽視することに繋がりかねないという懸念もありました。そのため、あえて当方は「草案」であることを指摘して、当方には有効な立候補資格があることを、議論の当事者のみなさまに応答いたしました。その利用者様は「幅広い合意形成が必要だろう」という旨のご主張をなされており、それは当方も深く同意するところなのですが、当方としては「幅広い合意形成」というからには、ウィキ・プロセスの理念を考慮すれば、少なくとも数十名規模の議論による合意が求められるであろう、と個人的には解釈いたしました。おそらく、一般社会の人々に無作為で訊ねてみれば、一般的な感覚では「幅広い合意形成」と言われてその程度の規模を想起されると思います。このあたりを省察いたしますと、議論の当事者のみなさまにとって「幅広い合意形成とは、どのような規模で行われるものとお考えですか?」と当方が訊ねることで、論点が明確化できたのではないかと思います。<br/>しかし、現時点のウィキバーシティ日本語版のアクティブな利用者は数名と、その「幅広い合意形成」は不可能と言えそうな状況にありました。<br/><br/>また、ウィキバーシティ日本語版はルールがほとんど未整備であり、なにが問題行動とされるべきなのかの最低限度の基準がままならない状況にありました。そのため当方は、暫定方針(ざんていほうしん)という臨時かつ仮のルールの草案をいくつか執筆し、それを用務員さんが決裁することで、有効な仮のルールとして最低限度の秩序だけ整備しておこう、という考えに至りました。ウィキメディアでは、合意形成によってつくられた正式なルールを方針(ほうしん)と言います。この「暫定方針」のアイデアに対して、一部の利用者様は「方針はすべての利用者が従うべきルールとされているのに、議論や合意形成を経ないで勝手に決めるべきではない」旨のご指摘をされました。他方で、暫定方針は、他の利用者様のおっしゃられている「議論と幅広い合意形成」が達成されるまでの臨時のルールとしてのアイデアであり、"幅広い合意形成"によって暫定方針と同一または類似の趣旨の正式なルールが成立次第、その暫定方針は失効するという性質を持つものでした。このアイデアについては、他の利用者様から「もしもウィキバーシティ日本語版に数名のアクティブな利用者がおられるならば、その数名で合意形成を行うべきであり、数名の間の合意もできないのに、方針を定めるべきではない」旨のご指摘を受けました。このご指摘について当方が思ったのは「幅広い合意形成とはなんだったのか?」という思いでした。たった数名の間で合意形成するだけで正式な方針を定めることが認められるのだろうか、と思いました。だからこそ、現実と目標の間の妥協点としての暫定方針というアイデアだったという事実があります。<br/>また、この「暫定方針」というアイデアは、ウィキメディアの基本原理とされているウィキ・プロセスをまもるための最善策であったと考えています。[https://meta.wikimedia.org/wiki/Founding_principles/ja こちら]のページに書かれているところによれば、ウィキ・プロセスはすべての内容に関する最終的な意思決定であることが求められています。<br/>前述した通り、暫定方針は"幅広い合意形成"によって暫定方針と同一または類似の趣旨の正式なルールが成立次第、その暫定方針は失効するという性質を持つものであり、このような議論と合意形成が可能な土壌が整うまでの臨時かつ仮の措置によって、正式な方針が多くの利用者の参加する議論と合意形成によって成立するという最終的な意思決定を確保するためのアイデアでした。<br/><br/>ところで当方は、前述の立候補によって反発を受けたときに、他の利用者様から「ウィキペディア日本語版における活動をみるに、用務員として管理作業を行った場合の後始末が大変になり、苦情が多く付く可能性がある」旨のご指摘を受けました。おそらくですが、ウィキペディア日本語版における当方の活動とは、前述の「裁定の方針案」のことを主に指しているのであろう、と思います。その事例についての当方としてのご説明は前述の通りなのですが、当方としては、ウィキペディアとウィキバーシティは、同じウィキメディア・プロジェクトの一つでありつつも、それぞれのプロジェクトの趣旨や内容は必ずしも同一ではないことから、ウィキペディア日本語版における当方の活動に疑問をお示しになったとしても、それが直ちにウィキバーシティ日本語版で用務員を務めることの不適任さとは関連性が、当方としては感じられませんでした。また、ウィキペディア日本語版で当方が「ウィキブレイク」といって、活動を停止したことをお示しになって「ウィキペディアでは活動を停止しているのに、ウィキバーシティの方では活動したり、用務員に立候補するという行動が理解できかねる」旨のご指摘も受けました。まず経緯についてご説明しますと、1つめの事例について、他の利用者様から当方に対して、ウィキメディアで禁止されているはずの人格攻撃的な表現の非難を受けたことから、当方が「心理的な暴力を受けた」と感じてウィキブレイクに至ったものになります。他方で、ウィキペディア日本語版では確かにウィキブレイクをいたしましたが、ウィキバーシティ日本語版においては「心理的な暴力を受けたと感じる事案」が発生したわけではないため、ウィキペディアでウィキブレイクをしたからといって、ウィキバーシティでも活動を停止しなければならないのはどうしてなのだろう、いったいどのような関連性があるのだろう、というふうに当方は感じました。<br/>当方は、これらのご指摘について「どうしてそのようにお考えになられるのか、お聴かせくださいませんか」という旨の応答をいたしましたが、この記事を執筆している現時点ではまだお返事をいただいていないため、あくまでも当方の感じ方としては「なんとなくの不信感で当方の立候補に反対票を投じたのではないだろうか?」と思ってしまいました(もちろん、仮にそのような理由でも反対票を投じてはならないわけではありません)。<br/><br/>ただし、そのような抽象的な理由で用務員の役割に当選することに反対票を投ずることは、これからのウィキバーシティを考えたときに、公正な選挙を妨げる恐れがあるのではないか、という懸念から「落選運動の禁止」と題した暫定方針の草案を執筆してみました。この草案は、用務員の役割に立候補したどのような利用者に対してであれ、反対票を投ずるときはその文書で挙げられた理由に該当するものでないといけないという旨のものになります。この草案は、例えば「なんとなくこの利用者が気に入らないから」「この利用者には用務員になってほしくない」などの抽象的な理由や、足を引っ張るだけの目的による反対票が生じないようにして、用務員の選挙が人気投票になることを防止し、どのような利用者でも用務員に立候補して公正な選挙を受けられる権利を確保することを目的として執筆した草案なのですが、これが「当方に不都合な反対票を封じるため」というふうな誤解されてしまい、しまいには当方のなりすましアカウントが作成されて当方への誹謗中傷や荒らし行為が行われてしまいました。このあたりは、当方がその草案を執筆して公開するタイミングが誤解を生んでしまったと省察いたします。<br/>この草案には、2026年7月7日時点で、反対票を投ずることが認められるべき理由として以下のケースを挙げておりました。<br/>'''ケースA''':ウィキバーシティで立候補者が投稿ブロックを受けている。<br/>'''ケースB''':他のウィキプロジェクトで立候補者が投稿ブロックを受けている。<br/>'''ケースC''':差別的な発言や誹謗中傷など、人間としての道理に著しく反する発言があった。<br/>'''ケースD''':ウィキバーシティの方針に繰り返し違反している。<br/>'''ケースE''':ウィキメディア上の活動に関して、過去に繰り返し明らかな法令違反があった。<br/>'''ケースF''':ウィキバーシティ日本語版で1年以上活動を停止し、その活動に復帰してから3か月に満たないこと。<br/>'''ケースG''':過去に、意図的に虚偽の事実を提示して議論を混乱させたことがある。<br/>'''ケースH''':過去、多重アカウントの不正利用があった。<br/>'''ケースI''':利益相反(COI)を開示していない。<br/>'''ケースJ''':個人情報その他ウィキメディア運動における機密情報を不正に扱い、または故意もしくは過失によって流出させた。<br/>になります。これらのケースに該当するかしないかは、人それぞれの主観によらず、客観的に証明可能なケースであると当方は考えております。<br/><br/>ここにおいて、最大限丁寧に当方としてのご説明をいたしましたが、それでもなお「あなたの言動には理解ができない」とおっしゃられる方も多いかもしれません。このような場合は、お互いに「ああ言えばこう言う」という状態になってしまっている可能性があるため、やむを得ず対話を諦めて、時間が関係を冷却するまで待つべきなのではないか、と個人的には考えております。または、議論の当事者でおられる方がこの文章をお読みになったときに「Molgen3966がつらつら言い訳を書いている」や「自分は悪くないと言いたいのだろう」、または「根本的にズレている」とお思いになるかもしれません。しかし、このような心理に至ることは理解可能です。あくまでも推察なのですが、おそらくそのような心理に至る場合、この文章を読むにあたって「Molgen3966が問題を起こしているのだから」という主観を前提として読んでいる可能性は否めません(あくまでも可能性の話)。もちろん、いくつか省察を示したように、当方にまったく課題点がないわけではありません。これらの事例を通底する当方の側の課題点として挙げられるのは、説明不足と、それに起因するウィキメディアの基本理念である「ウィキ・プロセス」というものに対する当方と相手の解釈不一致です。これらの経験を踏まえてウィキメディア文化の個人的な考察をしてみたいと思います。これらの事例を総合的に検討することでみえてくるのは、ウィキメディア・プロジェクトの日本語版が「過度な前例主義」に陥っていて、ウィキメディアにとって最善の選択、あるいは合理的な選択、といったものをすることができないのではないか、という点です。これは直接民主主義の理念を持つコミュニティではあるあるだと思います。もちろん、議論の当事者がおっしゃるように、これまでの議論の積み重ねは尊重するべきなのですが、この点については、これまでの議論で「A」という結論があったからといって、これからの議論も「A」に拘束されるのだろうか、という疑問があります。この点をもって「ウィキメディアにおける心理的安全性」に懸念を表明いたします。もしもウィキメディアに心理的安全性が確保されているのであれば、過去の議論があったとしても、大胆な提案はおそらく歓迎されるであろう、ということです。もちろんそれは「必ず提案が採用される」ということではなく、コミュニティに歓迎されるであろう、というものにとどまることを留保いたします。<br/><br/>しかし、このような課題点を浮き彫りにした今回の議論は、ウィキメディアの発展にとっては結果的に有益だったと思います。なぜなら、ウィキ・プロセスの解釈について、多様性があるということが明らかになったためです。この解釈の多様性が明らかになった今、ウィキメディアの未来に向けて、対話が欠かせないことも深く学びになりました。 [[Category:研究プロジェクト]] dy8aa9zcqiokkfz4un4zfwy8cknfkwf 22870 22869 2026-07-13T03:43:09Z Molgen3966 19572 ページの白紙化 22870 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 22873 22870 2026-07-13T03:44:49Z Molgen3966 19572 [[Special:Contributions/Molgen3966|Molgen3966]] ([[User talk:Molgen3966|トーク]]) による版 [[Special:Diff/22870|22870]] を取り消し 22873 wikitext text/x-wiki {{研究プロジェクト}} {{Template:Essay}} ''ここは、[[研究プロジェクト:人権研究所]]からウィキバーシティ日本語版に執筆された独自研究の論文です。''<br/><br/>'''自己省察とウィキメディア文化の考察'''<br/>執筆者:--[[利用者:Molgen3966|Molgen3966]] ([[利用者・トーク:Molgen3966|トーク]]) 2026年7月7日 (火) 12:06 (UTC) <br/><br/>ウィキメディア運動は、議論と合意形成を特に重要視するコミュニティです。当方はこのごろ、2つの経験があったので、その経験から自己省察するとともに、ウィキメディア文化について考察してみたいと思います。<br/><br/>まず1つめの経験として、ウィキペディア日本語版で裁定の方針案を提示したときの経験がございます。<br/><br/>当方としては、ウィキ・プロセスというウィキメディアの理念に基づいて、まず当方の提案を議論に付するために提案したのですが、これが反発を招いてしまいました。<br/><br/>他の利用者様は、裁定委員会を設立するかしないかの議論の前に、裁定の方針案を提案するべきではないという旨のご指摘をなされました。当方としては最初、裁定委員会を設立するかしないかの議論は否定していないことをご説明したのですが、議論の順序があるだろうというご指摘を受けました。<br/><br/>そのような論点について当方は「Molgen3966さんが裁定の方針案を提示されているので、この具体化された案を参考に、裁定委員会の設立の必要性について議論することが可能」という旨をもって、裁定委員会を設立するかしないかの必要性の議論と、当方の提示した裁定の方針案の議論とは、両立して議論可能であることをご説明いたしました。このあたりを省察いたしますと、おそらくこの点について、議論の当事者のみなさまは「裁定委員会が必要かどうかの議論を先にすべきだ」という”べき”があったのであろうと思います。他方で、当方の場合はどちらを先に議論すべきかどうかという白黒思考をしてはおりませんでした。<br/><br/>しかしながら依然として「提案を議論する必要はないと言っている」というご指摘を受けることになりました。当方としては、その論点に重ね重ね「両立可能な議論」という論旨で応答していたはずなのですが、現時点では議論の当事者のみなさまに伝わってはおりません。<br/><br/>この事例においては、一部の利用者様に「複数の利用者から『この議論を行うべきときではない』と言われているのに、あなたは引き続き方針案の話を続けようとしている。これは、ウィキペディアのルールにある『妨害的編集』の『いつまでも納得しない』という項目に該当する」というご指摘を受けました。ただし、この点については重要な区別があります。複数の利用者が近しい見解をお持ちであったとしても、それは当方が「引き続き方針案の話をしようとしている」ということを客観的に事実認定できる立証とはならないという点です。どれほどの利用者がそのような見解をお持ちになったとしても、それは主観の集合(いわゆる主観の束)であるということのみが言えるのであって、それは客観的にそのような事実があるということとは区別されます。他方で、当方の主観としては、この議論を行うべきときではないという他の利用者様のご指摘に対しては、当方は「両立可能な議論である」ことを具体的にお示しすることでしっかり応答していると考えております。また、妨害的編集というルールに関するご指摘については、そのルールの冒頭に書かれているように、記事の執筆やその改善について、ウィキペディアという百科事典を作り上げていく過程を妨害するような編集をしてはならないという旨の文書になります。これには、例えば荒らしや過度な差し戻しが該当すると思われます。しかし、当方はウィキ・プロセスに基づいて、議論の端緒を開くための提案と、他の利用者様からのご指摘・ご意見に返信する編集のみを行っていたため、このご指摘については、提示されたウィキペディアのルールの趣旨に照らして、少々無理のある解釈なのではないか、と考えております。しかし、このあたりについて省察すると、この時点ですでにお互い「ああ言えばこう言う」という状況に陥っており、もはや対話が成立していないというふうに捉えることもできました。<br/><br/>この提案については、厳しい表現で反発を受けてしまいました。「あなたの態度は失礼だ」「あなたの行動は〇〇を尊重していない」「あなたの行動は建設的ではない」「時期尚早である」などのご指摘をいただきました。<br/><br/>このような「失礼」「尊重」「建設的」「時期尚早」といった表現のご指摘は、曖昧で抽象的であるため、当方としては、どうしてそのようにお考えになられたのか、正確に把握できないでいました。どうしてそのようにお考えになられるのか、重ね重ねお訊ねしたのですが、現時点ではその点についてご説明をいただけていないという認識です。これらの語彙の言語的な意味はもちろん理解しているものの、そういうことではなく、相手にとって何が「失礼」「尊重」「建設的」「時期尚早」に該当するのだろうか、という主観的な定義について、です。<br/>ただし、ここで重要な区別があります。ある利用者が「Molgen3966の提案は時期尚早だ」と思料されるとしても、それは「Molgen3966の提案が客観的にみてもウィキメディアの有益にはならない」ことの立証にはならないということです。そのため、当方の行う提案だけでなく、どのような利用者の提案にも言えることですが、その提案を採用することでウィキメディアの有益になること可能性は否めません。<br/>また、この事例においては、相手が当方に対して指摘や批判をする際の表現についてご指摘することがありましたが、例えば、相手の「失礼」という表現に当方が「失礼にあたるかどうかは、お互いに価値観の違いがあるのだと思います」という表現で応答したところ「あなたは言葉の言い方を建設的にするように求めてくるのに、そちらは価値観の違いで済ませることは都合がよすぎる」ともおっしゃられておりました。当方のこの指摘は、お互いの価値観の異なりを把握しあうことで対立を深めずに穏当な議論の進め方をするためのものでしたが、かえって相手の反発を招いてしまいました。<br/>しかし、このご指摘には概念の混同がみられるように思います。どのような発言も、今ある語彙から選び取って発するものであり、そのため言葉の配慮には下限があります。他方で「尊重」「失礼」「時期尚早」といった抽象的な価値概念を用いて指摘や批判を行うことは、なにがそれに該当するのかというキリのない青天井の議論になりうるという点で、性質を異にする論点です。<br/>もちろん、このような当方の見解には「あなたは常識がない」とお想いになられる方もいらっしゃるかもしれません。ですが、当方としては「常識がない」とは考えておりません。なぜなら、一般的な社会生活でいうところの「常識」と、ウィキメディアというコミュニティでのみ通用する常識は、必ずしも同一ではないためです。例えば、相手に敬意を持った表現で指摘や批判を行うべきことは、社会に生きる人間として、多くの人々が共感する常識であると思います。他方で、日本語版のウィキメディアでは、そのような意味での常識は浸透しきれていないとも感じております。当方に対してだけに限らず、ウィキメディアのコミュニティで長く活動されておられる方々には、当方を含む未熟な利用者たちに厳しい口調、つまり相手が精神的苦痛を感じることのありうる表現で指摘や批判を行うことがあったりします。私たちは、ウィキメディアンとしてより前に、社会に生きる人間としてどのような表現で発言すべきなのかが問われているのかもしれません。例えばこの事例でいうと、厳しい表現でのご指摘に対して、当方が「善意に基づく努力であるため、そのあたりを尊重した上で指摘や批判をしていただきたい」旨のお願いをしたのですが、お相手の利用者様から「善意は免罪符ではない」旨のご指摘を受けました。ここでは、当方と相手の間で誤解が生じていたと思われます。当方は、指摘や批判を免れるための理由として「善意」を提示したわけではありません。当方がご説明したい趣旨は、どのような利用者の、どのような編集も、提案も、依頼も、少なくとも本人にとってはウィキメディアのことを思った善意に基づく努力であり、善意とは本人の内心にかかわることであるため、善意そのものはいかなる場合も否定されずに、無条件に尊重に値するし、指摘や批判は、本人には善意があることを尊重した上で、人間としての敬意ある言い方をすべきではないか、という趣旨のお願いだったのです。<br/>また、当方のお伝えしている「(ウィキメディアにおける)快適な参加」について誤って理解されてしまったことがあります。当方が以前からお伝えしている「(ウィキメディアにおける)快適な参加」とは、"心理的安全性"のある環境のことを指しております。調べていただければと思うのですが、心理的安全性というのは、意見や提案をしたことで罰されたり、嘲笑されたりされない環境のことを言います('''指摘や批判を受けない環境のことではありません''')。ウィキメディアのプロジェクトは、誰もが参加できることを基本的な趣旨にされておられると理解しているのですが、その趣旨を達成するためには(少なくとも個人的には)、心理的安全性のある環境は極めて大切であると考えております。例えばその点において「どのような提案も、依頼も、まずは歓迎されるべき。その上で指摘や批判を行うことが建設的」と考えているという旨は他の利用者様にも繰り返しご説明いたしました。<br/>そこで当方は、重ね重ねではありますが、"指摘や批判をすることはよいが、表現は変えることができる"旨をお伝えしておりました。それは、議論や合意形成が求められるこの場だからこそ、構築が求められるのだと考えております。<br/>当方は、指摘や批判を受けることを嫌っているのではありません。心理的安全性を損なわない表現に変えることができるとお伝えしております。そのような意味で、当方は「誰もが快適に参加できること」は、ウィキメディアのプロジェクトにとって極めて有益なものだと考えております。<br/>もちろん、当方もその点はまだまだです。この点「『快適に参加』できることを主眼に求めるのは『他者に批判/否定させない』というスタンスであり、」という捉え方をされてしまったことがありますが、それは当方がお伝えしたいことが誤解されてしまったのだと思います。<br/>また、ウィキメディアにおいて大切にされている「対話」についても当方の愚見を述べさせていただきたいと思います。現状の日本語版ウィキメディア・プロジェクトにおいて「対話」ができている環境にあるのかどうか、深い疑問を感じております。「対話」とは一般的には"お互いに理解を示し合いながら話すこと"を指すかと思われますが、これまで心理的安全性を損なうような表現で厳しく、かつ複数人から集団で非難を受けたという環境下で「対話」ができる環境なのかは不明です。当方の態度が実質的に対話拒否と同義だというご指摘を受けたことがあります。当方としては、ご指摘やご批判について「どうしてそうお考えになられたのか」の理由をおたずねすることで理解を示そうと努力してきたつもりではありましたが、一部の利用者様は、当方の行動を一方的に断罪されておられると感じているため、対話拒否というより、対話の前提条件が成立していないのではないか、と考えております。もちろん当方は対話をしたいのですが、このような環境下でどのようにして対話ができるのか、当方には見識が足りておりません。<br/>この点「心理的苦痛が具体的にどのようなものか分からない」旨のご指摘をいただいたこともあります。もしかしたらウィキメディアというコミュニティでは異なるやもしれませんが、一般社会では当方のような状況下に立てば多くの人が心理的苦痛を感じると考えます(程度の差はあれ)。<br/><br/>2つめに、当方がウィキバーシティ日本語版で用務員、つまり管理者の役割に立候補したときに反発を受けたお話です。まず、当方がウィキバーシティ日本語版で用務員に立候補しようとした経緯をご説明いたします。ウィキバーシティ日本語版では、2026年7月7日現在、現任の用務員の方が数年間オフラインのままであり、事実上管理を担う方が不在の状態にあります。また、そもそもアクティブな利用者が数名しかおられない状況でした。当方は本来、ウィキペディア日本語版で権限を担った経験のある利用者様を推薦して、その方に用務員の役割を担っていただきたいと考えていたのですが、その利用者様は現実世界で多忙を極めておられるようで、その方にさらに用務員の役割まで担っていただくことは酷であると考えたため、そうであれば自分自身が用務員に立候補するべきであろうという考えに至っての立候補でした。<br/><br/>ですが、こちらでも「時期尚早」「これまでの議論を無視している」などのご指摘を受けて、強い反発をいただきました。<br/>これは、当方がウィキバーシティ日本語版の活動に参加してからまだ1週間であったことに起因するものです。他方で、当方としては、ウィキバーシティ日本語版に用務員さんが事実上不在であるという状態を重く受け止め、事態を打開できないかというための立候補でした。このあたりについて省察しますと、当方がウィキバーシティ日本語版の現実を憂いて積極的に行動したことが、かえって他の利用者様の不安に繋がったのであろうと考えております。また当時、ウィキバーシティ日本語版には、用務員の役割に立候補するために必要な立候補資格として、ウィキバーシティで20回以上の編集経験を得てから1か月が経過した利用者に立候補資格があるという旨の定めがありました。しかし、ここには重要な事実があり、その「立候補資格を定める文書」はまだ合意形成を経ていない草案(下書き)の状態であり、拘束力のある正式な文書ではなかったという点です。このような理由から、事実上現在はすべての利用者に立候補資格があるということで、立候補いたしました。もちろん、このような見解には「草案だからといって無視してよいわけではない」や「草案だとしても以前からあったのなら従うべき」というご指摘が予想されます。このようなご指摘について応答するのであれば、例えば「草案」だとしても従うべきという主張を受け入れた場合、ルールの草案自体はどなたでも執筆できることから「はい、草案を作ったので従ってください」という、正式なルールと草案の文書の区別がなくなってしまうという懸念があります。また、ウィキ・プロセスの理念から考えてみると、正式な合意形成に至っていない文書に従うことは、ウィキメディアが大切にする議論と合意形成というものを軽視することに繋がりかねないという懸念もありました。そのため、あえて当方は「草案」であることを指摘して、当方には有効な立候補資格があることを、議論の当事者のみなさまに応答いたしました。その利用者様は「幅広い合意形成が必要だろう」という旨のご主張をなされており、それは当方も深く同意するところなのですが、当方としては「幅広い合意形成」というからには、ウィキ・プロセスの理念を考慮すれば、少なくとも数十名規模の議論による合意が求められるであろう、と個人的には解釈いたしました。おそらく、一般社会の人々に無作為で訊ねてみれば、一般的な感覚では「幅広い合意形成」と言われてその程度の規模を想起されると思います。このあたりを省察いたしますと、議論の当事者のみなさまにとって「幅広い合意形成とは、どのような規模で行われるものとお考えですか?」と当方が訊ねることで、論点が明確化できたのではないかと思います。<br/>しかし、現時点のウィキバーシティ日本語版のアクティブな利用者は数名と、その「幅広い合意形成」は不可能と言えそうな状況にありました。<br/><br/>また、ウィキバーシティ日本語版はルールがほとんど未整備であり、なにが問題行動とされるべきなのかの最低限度の基準がままならない状況にありました。そのため当方は、暫定方針(ざんていほうしん)という臨時かつ仮のルールの草案をいくつか執筆し、それを用務員さんが決裁することで、有効な仮のルールとして最低限度の秩序だけ整備しておこう、という考えに至りました。ウィキメディアでは、合意形成によってつくられた正式なルールを方針(ほうしん)と言います。この「暫定方針」のアイデアに対して、一部の利用者様は「方針はすべての利用者が従うべきルールとされているのに、議論や合意形成を経ないで勝手に決めるべきではない」旨のご指摘をされました。他方で、暫定方針は、他の利用者様のおっしゃられている「議論と幅広い合意形成」が達成されるまでの臨時のルールとしてのアイデアであり、"幅広い合意形成"によって暫定方針と同一または類似の趣旨の正式なルールが成立次第、その暫定方針は失効するという性質を持つものでした。このアイデアについては、他の利用者様から「もしもウィキバーシティ日本語版に数名のアクティブな利用者がおられるならば、その数名で合意形成を行うべきであり、数名の間の合意もできないのに、方針を定めるべきではない」旨のご指摘を受けました。このご指摘について当方が思ったのは「幅広い合意形成とはなんだったのか?」という思いでした。たった数名の間で合意形成するだけで正式な方針を定めることが認められるのだろうか、と思いました。だからこそ、現実と目標の間の妥協点としての暫定方針というアイデアだったという事実があります。<br/>また、この「暫定方針」というアイデアは、ウィキメディアの基本原理とされているウィキ・プロセスをまもるための最善策であったと考えています。[https://meta.wikimedia.org/wiki/Founding_principles/ja こちら]のページに書かれているところによれば、ウィキ・プロセスはすべての内容に関する最終的な意思決定であることが求められています。<br/>前述した通り、暫定方針は"幅広い合意形成"によって暫定方針と同一または類似の趣旨の正式なルールが成立次第、その暫定方針は失効するという性質を持つものであり、このような議論と合意形成が可能な土壌が整うまでの臨時かつ仮の措置によって、正式な方針が多くの利用者の参加する議論と合意形成によって成立するという最終的な意思決定を確保するためのアイデアでした。<br/><br/>ところで当方は、前述の立候補によって反発を受けたときに、他の利用者様から「ウィキペディア日本語版における活動をみるに、用務員として管理作業を行った場合の後始末が大変になり、苦情が多く付く可能性がある」旨のご指摘を受けました。おそらくですが、ウィキペディア日本語版における当方の活動とは、前述の「裁定の方針案」のことを主に指しているのであろう、と思います。その事例についての当方としてのご説明は前述の通りなのですが、当方としては、ウィキペディアとウィキバーシティは、同じウィキメディア・プロジェクトの一つでありつつも、それぞれのプロジェクトの趣旨や内容は必ずしも同一ではないことから、ウィキペディア日本語版における当方の活動に疑問をお示しになったとしても、それが直ちにウィキバーシティ日本語版で用務員を務めることの不適任さとは関連性が、当方としては感じられませんでした。また、ウィキペディア日本語版で当方が「ウィキブレイク」といって、活動を停止したことをお示しになって「ウィキペディアでは活動を停止しているのに、ウィキバーシティの方では活動したり、用務員に立候補するという行動が理解できかねる」旨のご指摘も受けました。まず経緯についてご説明しますと、1つめの事例について、他の利用者様から当方に対して、ウィキメディアで禁止されているはずの人格攻撃的な表現の非難を受けたことから、当方が「心理的な暴力を受けた」と感じてウィキブレイクに至ったものになります。他方で、ウィキペディア日本語版では確かにウィキブレイクをいたしましたが、ウィキバーシティ日本語版においては「心理的な暴力を受けたと感じる事案」が発生したわけではないため、ウィキペディアでウィキブレイクをしたからといって、ウィキバーシティでも活動を停止しなければならないのはどうしてなのだろう、いったいどのような関連性があるのだろう、というふうに当方は感じました。<br/>当方は、これらのご指摘について「どうしてそのようにお考えになられるのか、お聴かせくださいませんか」という旨の応答をいたしましたが、この記事を執筆している現時点ではまだお返事をいただいていないため、あくまでも当方の感じ方としては「なんとなくの不信感で当方の立候補に反対票を投じたのではないだろうか?」と思ってしまいました(もちろん、仮にそのような理由でも反対票を投じてはならないわけではありません)。<br/><br/>ただし、そのような抽象的な理由で用務員の役割に当選することに反対票を投ずることは、これからのウィキバーシティを考えたときに、公正な選挙を妨げる恐れがあるのではないか、という懸念から「落選運動の禁止」と題した暫定方針の草案を執筆してみました。この草案は、用務員の役割に立候補したどのような利用者に対してであれ、反対票を投ずるときはその文書で挙げられた理由に該当するものでないといけないという旨のものになります。この草案は、例えば「なんとなくこの利用者が気に入らないから」「この利用者には用務員になってほしくない」などの抽象的な理由や、足を引っ張るだけの目的による反対票が生じないようにして、用務員の選挙が人気投票になることを防止し、どのような利用者でも用務員に立候補して公正な選挙を受けられる権利を確保することを目的として執筆した草案なのですが、これが「当方に不都合な反対票を封じるため」というふうな誤解されてしまい、しまいには当方のなりすましアカウントが作成されて当方への誹謗中傷や荒らし行為が行われてしまいました。このあたりは、当方がその草案を執筆して公開するタイミングが誤解を生んでしまったと省察いたします。<br/>この草案には、2026年7月7日時点で、反対票を投ずることが認められるべき理由として以下のケースを挙げておりました。<br/>'''ケースA''':ウィキバーシティで立候補者が投稿ブロックを受けている。<br/>'''ケースB''':他のウィキプロジェクトで立候補者が投稿ブロックを受けている。<br/>'''ケースC''':差別的な発言や誹謗中傷など、人間としての道理に著しく反する発言があった。<br/>'''ケースD''':ウィキバーシティの方針に繰り返し違反している。<br/>'''ケースE''':ウィキメディア上の活動に関して、過去に繰り返し明らかな法令違反があった。<br/>'''ケースF''':ウィキバーシティ日本語版で1年以上活動を停止し、その活動に復帰してから3か月に満たないこと。<br/>'''ケースG''':過去に、意図的に虚偽の事実を提示して議論を混乱させたことがある。<br/>'''ケースH''':過去、多重アカウントの不正利用があった。<br/>'''ケースI''':利益相反(COI)を開示していない。<br/>'''ケースJ''':個人情報その他ウィキメディア運動における機密情報を不正に扱い、または故意もしくは過失によって流出させた。<br/>になります。これらのケースに該当するかしないかは、人それぞれの主観によらず、客観的に証明可能なケースであると当方は考えております。<br/><br/>ここにおいて、最大限丁寧に当方としてのご説明をいたしましたが、それでもなお「あなたの言動には理解ができない」とおっしゃられる方も多いかもしれません。このような場合は、お互いに「ああ言えばこう言う」という状態になってしまっている可能性があるため、やむを得ず対話を諦めて、時間が関係を冷却するまで待つべきなのではないか、と個人的には考えております。または、議論の当事者でおられる方がこの文章をお読みになったときに「Molgen3966がつらつら言い訳を書いている」や「自分は悪くないと言いたいのだろう」、または「根本的にズレている」とお思いになるかもしれません。しかし、このような心理に至ることは理解可能です。あくまでも推察なのですが、おそらくそのような心理に至る場合、この文章を読むにあたって「Molgen3966が問題を起こしているのだから」という主観を前提として読んでいる可能性は否めません(あくまでも可能性の話)。もちろん、いくつか省察を示したように、当方にまったく課題点がないわけではありません。これらの事例を通底する当方の側の課題点として挙げられるのは、説明不足と、それに起因するウィキメディアの基本理念である「ウィキ・プロセス」というものに対する当方と相手の解釈不一致です。これらの経験を踏まえてウィキメディア文化の個人的な考察をしてみたいと思います。これらの事例を総合的に検討することでみえてくるのは、ウィキメディア・プロジェクトの日本語版が「過度な前例主義」に陥っていて、ウィキメディアにとって最善の選択、あるいは合理的な選択、といったものをすることができないのではないか、という点です。これは直接民主主義の理念を持つコミュニティではあるあるだと思います。もちろん、議論の当事者がおっしゃるように、これまでの議論の積み重ねは尊重するべきなのですが、この点については、これまでの議論で「A」という結論があったからといって、これからの議論も「A」に拘束されるのだろうか、という疑問があります。この点をもって「ウィキメディアにおける心理的安全性」に懸念を表明いたします。もしもウィキメディアに心理的安全性が確保されているのであれば、過去の議論があったとしても、大胆な提案はおそらく歓迎されるであろう、ということです。もちろんそれは「必ず提案が採用される」ということではなく、コミュニティに歓迎されるであろう、というものにとどまることを留保いたします。<br/><br/>しかし、このような課題点を浮き彫りにした今回の議論は、ウィキメディアの発展にとっては結果的に有益だったと思います。なぜなら、ウィキ・プロセスの解釈について、多様性があるということが明らかになったためです。この解釈の多様性が明らかになった今、ウィキメディアの未来に向けて、対話が欠かせないことも深く学びになりました。 [[Category:研究プロジェクト]] dy8aa9zcqiokkfz4un4zfwy8cknfkwf 22875 22873 2026-07-13T03:46:15Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、この研究を辞退いたします。 22875 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 宗教のみられ方から意味の構成要素を哲学的に考察する 0 6909 22885 22696 2026-07-13T03:53:36Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、この研究を辞退いたします。 22885 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 Wikiversity:私論 4 6918 22892 22838 2026-07-13T03:58:00Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、ご提案を取り下げいたします。 22892 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 Wikiversity:ウィキバーシティとは 4 6919 22877 22837 2026-07-13T03:47:07Z Molgen3966 19572 →ウィキブレイクのため、ご提案を取り下げいたします。 22877 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1