Wikibooks jawikibooks https://ja.wikibooks.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8 MediaWiki 1.47.0-wmf.12 first-letter メディア 特別 トーク 利用者 利用者・トーク Wikibooks Wikibooks・トーク ファイル ファイル・トーク MediaWiki MediaWiki・トーク テンプレート テンプレート・トーク ヘルプ ヘルプ・トーク カテゴリ カテゴリ・トーク Transwiki Transwiki‐ノート TimedText TimedText talk モジュール モジュール・トーク Event Event talk 伝統芸能 0 6698 301873 238621 2026-07-27T06:19:08Z Huugo 91857 再編 - 不足する中核分野の設置、歌・工芸・芸道の分離・仮置き 301873 wikitext text/x-wiki [[芸術]] > 伝統芸能 この書庫では、雅楽・能楽・人形浄瑠璃文楽・歌舞伎・組踊などの古典芸能に加え、日本の伝統音楽・舞踊、各地の民俗芸能、近世以降に発達した話芸・寄席芸を扱います。 文化芸術に関する制度や研究では、伝統芸能、大衆芸能、民俗芸能などを区別して扱うことがあります。この書庫では、歴史的に継承されてきた日本の芸能を、学習上のまとまりとして広く収録します。 == 総論 == *[[伝統芸能概説]] == 古典芸能・舞台芸能 == *[[雅楽]] *[[能楽]] **[[能]] **[[狂言]] *[[人形浄瑠璃文楽]] *[[歌舞伎]] *[[組踊]] == 伝統音楽 == *[[日本の伝統音楽]] **[[声明]] **[[琵琶楽]] **[[箏曲]] **[[三味線音楽]] **[[尺八楽]] **[[浄瑠璃]] **[[民謡]] == 伝統舞踊 == *[[日本舞踊]] *[[舞楽]] *[[琉球舞踊]] == 話芸・寄席芸 == *[[寄席芸]] **[[講談]] **[[落語]] **[[浪曲]] **[[漫才]] **[[太神楽]] == 民俗芸能 == *[[民俗芸能]] **[[神楽]] **[[田楽]] **[[風流]] **[[獅子舞]] == 地域の伝統芸能 == *[[琉球芸能]] *[[アイヌ古式舞踊]] == 関連分野(仮置き) == 以下の教材は、関連する分野の書庫が整備されるまで、このページに仮置きしています。将来、文学、伝統工芸、芸道・生活文化などの書庫へ移動・独立させる予定です。 === 歌・定型詩 === *[[歌(伝統芸能)]] === 工芸 === *[[工芸(伝統芸能)]] **[[彫金]] **[[漆器]] **[[陶芸]] **[[織物]] === 芸道 === *[[芸道(伝統芸能)]] **[[茶道]] **[[香道]] **[[華道]] **[[武芸]] **[[書道]] [[Category:芸術|てんとうけいのう]] [[Category:書庫|てんとうけいのう]] tpyexwodtydyhc7341t949bdiww01xd 解析学基礎/多変数関数の微積分 0 20847 301875 298623 2026-07-27T09:00:11Z ~2026-41547-90 92136 /* 条件付極値 */ 301875 wikitext text/x-wiki {{Advanced|解析学基礎/ベクトル解析}} ==序論== ===多変数関数の定義=== 独立変数が2つであるような関数<math>z=f(x, y)</math>を'''二変数関数'''という。独立変数が3つであるような関数<math>w=f(x, y, z)</math>を'''三変数関数'''という。一般に、独立変数が<math>n</math>個であるような関数<math>y=f(x_1, x_2, \cdots, x_n)</math>を'''<math>n</math>変数関数'''という。<math>n</math>が2以上であるとき、'''多変数関数'''という。 「関数」という語の定義から、多変数関数は(定義域・値域に於いて)「独立変数の組の各々に対して対応する従属変数が必ず存在する」「独立変数の組を一意に定めたら従属変数が一意に定まる」という性質を満たす。 なお、ここで独立変数の組<math>(x_1, x_2, \cdots, x_n)</math>を<math>\mathbb{R}^n</math>上の点と捉えると、多変数関数とはベクトルをスカラーへ写す写像('''スカラー関数''')<math>F:\mathbb{R}^n \to \mathbb{R}</math>と考えることができる。拠って、以下で扱う話題はベクトル関数('''[[解析学基礎/ベクトル解析|ベクトル解析学]]''')で一般化され得る。 一般に、<math>n</math>変数関数のグラフは<math>n+1</math>次元空間ではじめて描画され得る。そのため、多変数関数の議論では(簡単な場合を除き)「グラフを考えて図形的に解釈する」手法はあまり通用しない。 多変数関数の考え方は変数が幾つであっても本質的には同じなので、以下の議論は全て(最も基本的な)二変数関数で扱うものとする。 ===多変数関数の極限=== 二変数関数の極限は、定性的には一変数関数と同様にして以下のように定義される。 :<math>z=f(x, y)</math>に於いて<math>(x, y)</math>を実定数の組<math>(a, b)</math>に<math>(a, b)</math>とは異なる値を取りながら限りなく近づけたとき、<math>z</math>が一定値<math>L</math>に近づくならば「<math>(x, y)\to(a, b)</math>のとき<math>z</math>は<math>L</math>に'''収束'''('''収斂''')する」といい、<math>\lim_{(x, y)\to(a, b)}f(x, y)=L</math>のように書く。 収束する値を'''極限値'''、収束しない場合を'''発散'''というのも同様である。 なお、ここで<math>(x, y), (a, b)</math>を<math>xy</math>平面上の点と見れば位置ベクトルを用いて :<math>\lim_{\scriptscriptstyle\left(\begin{array}{c} x \\[-6pt] y \end{array}\right) \to \left(\begin{array}{c} a \\[-6pt] b \end{array}\right)}</math> のように書くことができる。また、 :<math>\lim_{\scriptstyle x \to a \atop \scriptstyle y \to b}</math> のような書き方も許容される。 但し、 :<math>\lim_{x \to a, y\to b}</math> のような書き方は'''反復極限'''(各変数を独立に飛ばすような極限) :<math>\lim_{x \to a} \lim_{y \to b}</math> と受け止められるので推奨しない(この場合は<math>x</math>と<math>y</math>を同時に飛ばしているので)。 同一値に飛ばす場合は :<math>\lim_{x, y\to c}</math> のような書き方も見られる。 ここからは、二変数関数の極限を定量的に考えていく。 一変数関数の場合を復習しておくと、「関数<math>y=f(x)</math>が<math>x \to a</math>で有限値<math>L</math>に収束する」とは<math>x \neq a</math>とすると<math>\varepsilon-\delta</math>論法を用いて :<math>\forall \varepsilon>0,\, \exist \delta>0,\, \forall x \in \mathbb{R} \left( |x-a| < \delta \implies |f(x)-L| < \varepsilon \right)</math> で定義された。 二変数関数でも同様な定義にしたいので、<math>||</math>を適切に取り換える必要がある。高校数学を思い返してみると、<math>||</math>の意味は「実数の絶対値」から「ベクトル(複素数)の大きさ」に拡張されていた。つまり、先程と同様に変数の組<math>(x, y)</math>を<math>xy</math>平面上の点を表す位置ベクトルと見ればよい(より一般にはベクトル空間のノルム<math>\|\|</math>を用いる)。 つまり、<math>\begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix} \neq \begin{pmatrix} a \\ b \end{pmatrix}</math>として :<math>\forall \varepsilon>0,\, \exist \delta>0,\, \forall {\scriptstyle\left(\begin{array}{c} x \\[-6pt] y \end{array}\right)} \in \mathbb{R}^2 \left( {\scriptstyle\left\| \left(\begin{array}{c} x \\[-6pt] y \end{array}\right) - \left(\begin{array}{c} a \\[-6pt] b \end{array}\right) \right\|} < \delta \implies |f(x, y)-L| < \varepsilon \right)</math> とすればよい。 一変数の場合、<math>x \to a</math>の近づけ方は<math>x \to a^+</math>(右側極限)と<math>x \to a^-</math>(左側極限)の二通りしかなかった。しかし、二変数の場合は<math>xy</math>平面上のありとあらゆる方向からあらゆる経路で近づくことが考えられる。 つまり、二変数関数の収束は「2つの片側極限が一致」すれば良かった一変数の場合に比べ遙かに厳しい条件であることがわかる。 先程「反復極限のように表してはいけない」と述べたのは、反復極限では「どのような近づけ方であっても一意に収束する」ことが示せないからである。 それでは、実際に二変数関数の極限を求めるにはどうしたらよいであろうか? <math>\varepsilon - \delta</math>法による上述の定義では、「全ての近づき方に就て一意に収束する」ことを言うしかないが、近づけ方は無数に考えられるので実務的に不可能である。ここで、「直線的に近づく」場合に限っては無数にある近づき方を纏めて判定できる方法がある。 それは、'''二次元極座標'''('''円座標''')を利用する方法である。 高校数学の復習だが、極座標とは極を原点に取ったときに変数変換<math>\begin{cases} x=r\cos\theta \\ y=r\sin\theta \end{cases}</math>で定まる座標系だった。ここで<math>r = \left\| \begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix} \right\|, \theta = \arctan \frac{y}{x}</math>である。 例えば<math>(x, y)\to(0, 0)</math>の極限を考えるとき、<math>g(r, \theta)=f(x, y)</math>と変換すると上記の関係式から<math>\lim_{(x, y)\to(0, 0)}f(x, y)=\lim_{r\to0}g(r, \theta)</math>と表すことができる。ここで<math>g(r, \theta)</math>を計算したときに<math>r</math>が消えた場合、<math>g</math>は<math>\theta</math>にのみ依存するので<math>r\to0</math>の極限は存在しないと考えることに注意。 二変数関数でも極限に関する線型性などの性質はそのまま成り立つ。 *例題 **極限<math>\lim_{(x, y)\to(0, 0)} \frac{x^2y}{x^3+y^2}</math>を求めよ。 *解答 **<math>\lim_{(x, y)\to(0, 0)} \frac{x^2y}{x^3+y^2} = \lim_{r\to0}\frac{r^3\cos^2\theta\sin\theta}{r^3\cos^3\theta+r^2\sin^2\theta} = \lim_{r\to0}\frac{r\sin\theta\cos^3\theta}{r\cos^3\theta+\sin^2\theta}=\frac{0}{\sin^2\theta}=0</math> ***なお、<math>(x, y)\neq(0, 0)</math>より<math>\sin\theta=0</math>や<math>\cos\theta=0</math>、つまり<math>\theta=\frac{n}{2}\pi(n\in\mathbb{Z})</math>の場合は除外できるので<math>\frac{0}{\sin^2\theta}</math>は不定形ではない。 ==偏微分== ===連続性=== 二変数関数の連続性は、一変数関数と同様である。 :*二変数関数<math>z=f(x, y)</math>が「<math>(a, b)</math>で連続」とは、<math>\lim_{(x, y)\to(a, b)}f(x, y)=f(a, b)</math>が成り立つこと。 :*<math>(a, b)</math>で連続な<math>f(x, y), g(x, y)</math>に就て、<math>g(a, b)\neq0, c=\mathrm{const}.</math>とすると :::<math>cf(a, b), f(a, b)\pm g(a, b), f(a, b)g(a, b), \frac{f(a, b)}{g(a, b)}</math> ::は全て<math>(a, b)</math>で連続。 :*任意の<math>(a, b)\in\mathbb{R}^2</math>で連続ならば「<math>\mathbb{R}^2</math>で連続」である。 ===偏微分の定義=== <math>z=f(x, y)</math>の<math>(a, b)</math>近傍での変化の様子を調べるとき、極限の節で述べたように<math>(x, y)</math>の動かし方・方向は無数にあるのでそれらを全て扱う厳しい。そこで、代表的に<math>x, y</math>軸のそれぞれの方向で動かしたときの値の変化を観察し、それを併せることで変化の様子がある程度理解される。 ここで<math>(x, y)</math>を<math>x</math>軸で動かすときは<math>y</math>を<math>b</math>に、<math>y</math>軸で動かすときには<math>x</math>を<math>a</math>に固定していることに注意すると、二変数関数<math>f(x, y)</math>は実質的に一変数関数<math>f(x, b), f(a, y)</math>と見做せる。 一変数関数のある点に於ける変化の度合いはその点での微分係数で表された。則ち、<math>x/y</math>軸方向で動かした変化の様子は<math>f(x, b)/f(a, y)</math>の<math>x=a/y=b</math>での微分係数を見ればよい。 これらの微分係数を<math>f(x, y)</math>の<math>(a, b)</math>に於ける<math>x/y</math>に関する'''偏微分係数'''といい、<math>f_{\partial x}(a, b)/f_{\partial y}(a, b)</math>のように表す。 ここで、記号「<math>\partial</math>」は「デル」「パーシャル」「ラウンドディー」「ラウンディー」「ラウンド」などと読まれる。 一変数関数での微分係数の定義式より、偏微分係数の定義式は以下のようになる。 :<math>f_{\partial x}(a, b)=\lim_{h\to0}\frac{f(a+h, b)-f(a, b)}{h}</math> :<math>f_{\partial y}(a, b)=\lim_{k\to0}\frac{f(a, b+k)-f(a, b)}{k}</math> 偏微分係数が存在するとき、<math>f(x, y)</math>はその点で'''偏微分可能'''という。 変数<math>(x,y)</math>が<math>xy</math>平面上の領域<math>D</math>を動く時を考える。 このとき、各点<math>(x, y)\in D</math>に対し、その点での偏微分係数<math>f_{\partial x}(x, y)/f_{\partial y}(x, y)</math>を与える関数を<math>f(x, y)</math>の<math>x/y</math>に関する'''偏導関数'''という。 偏導関数を求める操作を'''偏微分'''という。これに対し、一変数関数の微分を'''常微分'''という。 形式的には偏微分係数の定点を変数に置き換えればいいので、 :<math>f_{\partial x}(x, y)=\lim_{h\to0}\frac{f(x+h, y)-f(x, y)}{h}</math> :<math>f_{\partial y}(x, y)=\lim_{k\to0}\frac{f(x, y+k)-f(x, y)}{k}</math> のように定義される。 常微分に様々な記法があったように、偏微分にも様々な記法が存在する。 *<math>z=f(x, y)</math>の<math>x</math>に関する偏導関数の場合 ::<math>f_{\partial x}(x, y),~ f_x(x, y),~ z_{\partial x},~ z_x,~ \frac{{\partial z}}{{\partial x}},~ \frac{{\partial f}}{{\partial x}},~ \frac{{\partial f}}{{\partial x}}(x, y)~, \partial{x}f(x, y),~ u_x\big|_{x, y}</math> なお、偏微分係数は<math>(x, y)</math>を<math>(a, b)</math>に取り替えた記法の他、代入記号「<math>|</math>」を用いて :<math>\frac{\partial{z}}{\partial{x}}\Bigg|_{x=a, y=b},~ \frac{\partial{z}}{\partial{x}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = a \\[-6pt] y = b \end{array} },~ \frac{\partial{z}}{\partial{x}}\Bigg|_{(x, y)=(a, b)},~ \frac{\partial{z}}{\partial{x}}\Bigg|_{\scriptscriptstyle \left( \begin{array}{c} x \\[-6pt] y \end{array} \right) = \left( \begin{array}{c} a \\[-6pt] b \end{array} \right)}</math> などと書く記法も存在する。 偏導関数の計算は偏微分係数に立ち戻ると「偏微分変数以外の独立変数を固定してできる一変数関数」に関する常微分なので、'''偏微分したい変数以外は定数と見做して常微分'''すればよい。 例えば、<math>f(x, y)=x^5y^3</math>の場合、 :<math>x</math>に関する偏導関数は<math>y</math>を定数と見ることによって<math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}} = \left(\frac{d}{dx}x^5\right)y^3 = 5x^4y^3</math>と求まる。 :同様に、<math>y</math>に関する偏導関数は<math>x</math>を定数と見ることによって<math>\frac{\partial{f}}{\partial{y}} = x^5\left(\frac{d}{dy}y^3\right) = 3x^5y^2</math>と求まる。 ===全微分=== 前節で二変数関数の変化の様子を測る道具として偏微分を定義したが、偏微分のみでは<math>f(x, y)</math>の変化の様子が全て分かったとは到底言えない。 例えば、区分的に定義された二変数関数<math>f(x, y) = \begin{cases} \frac{xy}{x^2+y^2} ({\scriptscriptstyle \left( \begin{array}{c} x \\[-6pt] y \end{array} \right)}{\scriptstyle \neq \vec{0}}) \\ 0 \qquad({\scriptscriptstyle \left( \begin{array}{c} x \\[-6pt] y \end{array} \right)}{\scriptstyle = \vec{0}}) \end{cases}</math>を考える。 この関数は<math>x, y</math>軸(則ち直線<math>y=0, x=0</math>)上では値が常に0な定数関数である。よって軸上の全ての点で微分可能なので、原点に於いて<math>x, y</math>とも偏微分可能である。 しかし、区分的に定義された上の式の<math>x, y\to0</math>の極限をとってみると、 :<math>\lim_{(x, y)\to(0, 0)}\frac{xy}{x^2+y^2}=\lim_{r\to0}\frac{r^2\sin\theta\cos\theta}{r^2}=\sin\theta\cos\theta</math> より原点に近づけた極限は存在しない。従ってこの<math>f(x, y)</math>は原点を不連続点に持つ。 このように、常微分で成り立った「ある点で微分可能ならばその点で連続」という定理は偏微分では成り立たない。 そこで、この定理を多変数関数でも成り立たせるような新たな微分を考える。 一変数関数の常微分係数の定義式は :<math>f'(a)=\lim_{h\to0}\frac{f(a+h)-f(a)}{h}</math> であったが、これは<math>h\to0</math>で<math>\frac{f(a+h)-f(a)}{h}\to f'(a)</math>ということなので、'''[[高等学校数学III/微分法#ランダウの記号|ランダウの記号]]'''('''オーダー記法''')を用いて :<math>f(a+h)-f(a)=hf'(a)+O(h)\quad (h\to0)</math> という式が出来上がる。 これを二変数に拡張するとき、<math>hf'(a)</math>の項を「極限で飛ばす変数と導関数の内積<sup>※</sup>」と考えることによって、以下のような表示を得る。 :<math>f(a+h, b+k)-f(a, b)=\begin{pmatrix} \frac{\partial{f}}{\partial{x}}(a, b) & \frac{\partial{f}}{\partial{y}} (a, b) \end{pmatrix} \begin{pmatrix} h \\ k \end{pmatrix} + O\left(\left\|\begin{pmatrix} h \\ k \end{pmatrix}\right\|\right) \quad \left(\begin{pmatrix} h \\ k \end{pmatrix} \to \vec{0}\right)</math> これをそのまま'''(完)全微分'''の定義式とする。 ※複素数の内積<math>\langle z, w \rangle = z\bar{w}</math>より、実数同士の積<math>ab</math>は内積<math>\langle a, b \rangle</math>と考えることができる。詳しくは[[関数解析学]]を参照。 この式が成り立つとき(諄いが二変数関数の極限値はあらゆる方向あらゆる経路で近づいても一致する必要がある)、<math>f(x, y)</math>は<math>(a, b)</math>で'''(完)全微分可能'''という。 また、<math>\begin{pmatrix} \frac{\partial{f}}{\partial{x}}(a, b) & \frac{\partial{f}}{\partial{y}} (a, b) \end{pmatrix}</math>を'''(完)全微分係数'''という。 *全微分係数が偏微分係数の組で表されることの証明 :全微分係数を<math>(\alpha, \beta)</math>とおく。 :<math>f(x, y)</math>が<math>(a, b)</math>で全微分可能であるとき、<math>k=0</math>と固定して<math>h\to0</math>の極限をとると、 :全微分の定義式より<math>f(a+h, b)-f(a, b)=\alpha h + O(|h|) \quad(h\to0)</math> :<math>\therefore \lim_{h\to0} \frac{f(a+h, b)-f(a, b)}{h}=\lim_{h\to0} \left\{ \alpha + \frac{O(|h|)}{h} \right\} = \alpha + 0 = \alpha</math> :最左辺は<math>f</math>の<math>x</math>に関する偏微分係数に等しいので<math>\alpha = \frac{\partial{f}}{\partial{x}}(a, b)</math> :<math>y</math>に就ても同様。// ここで証明したことから、以下が成り立つ。 {{定理|}} <math>f(x, y)</math>が<math>(a, b)</math>で全微分可能<math>\implies</math><math>(a, b)</math>で<math>x, y</math>のどちらに関しても偏微分可能 {{定理終わり}} ここから、全微分可能は偏微分可能より強い条件であると判る。 更に、先ほど全微分を「微分可能なら連続」という定理を成り立たせる微分として導入したので、この定理が成り立つ筈である。 *証明 :<math>(x, y)</math>を全微分可能な点<math>(a, b)</math>の充分近傍にとる。 :<math>x-a=h, y-b=k</math>とすると<math>x=a+h, y=b+k</math>であり、<math>(x, y)\to(a, b)\iff h, k\to0</math>なので :<math>\lim_{(x, y)\to(a, b)} \{f(x, y)-f(a, b)\}</math> :<math>=\lim_{(h, k)\to(0, 0)} \{f(a+h, b+k)-f(a, b)\}</math> :<math>=\lim_{(h, k)\to(0, 0)} \left\{\alpha h+ \beta k + O\left(\sqrt{h^2+k^2}\right)\right\}</math> :<math>=\alpha\cdot0+\beta\cdot0</math> :<math>=0</math> :よって極限の分配法則より :<math>\lim_{(x, y)\to(a, b)}f(x, y)-\lim_{(x, y)\to(a, b)}f(a, b)=0</math> :<math>\therefore \lim_{(x, y)\to(a, b)}f(x, y)=f(a, b)</math> :従って、<math>f(x, y)</math>は全微分可能な点で連続である。 なお、全微分と常微分は完全に対応するため、両者を区別せずにただ「微分」と呼ぶ文献も存在する。実際、関数が一変数か多変数かは文脈で容易に判断されるので、両者を区別しなくとも実務的な支障はない。 余談だが、全微分は偏導関数に各独立変数の微小量を掛けて足し合わせた式 :<math>df = \frac{\partial{f}}{\partial{x}}dx + \frac{\partial{f}}{\partial{y}}dy</math> でも表される。 一変数関数に於いて、常微分可能性は「点<math>(a, f(a))</math>を通る接線の存在性」に対応した。 それでは、全微分可能性の幾何的意味は何であろうか? 一変数の話に立ち戻ると、関数の接線とは「接点の充分近傍に於ける関数の一次近似」であった。つまり、次元を1つ上げると曲面<math>z=f(x, y)</math>は「点<math>(a, b, f(a, b))</math>を通る且つ方程式が<math>x, y, z</math>の一次方程式である」図形で一次近似される筈である。 高校数学を思い出すと、<math>xyz</math>空間で一次方程式<math>ax+by+cz+d=0</math>は平面の方程式であった。更に、ベクトル<math>\begin{pmatrix} a \\ b \\ c \end{pmatrix}</math>はこの平面に垂直な法線ベクトルであった。 <math>f(x, y)</math>が全微分可能ならば<math>x, y</math>に関して偏微分可能なので、一変数関数<math>f(x, b), f(a, y)</math>はそれぞれ<math>x, y</math>に関して常微分可能であり、曲面<math>z=f(x, y)</math>を平面<math>y=b/x=a</math>で切った切り口の曲線の接線の傾きは<math>f_{\partial x}(a, b)/f_{\partial y}(a, b)</math>となる。よってこれらの接線に対してそれぞれ方向ベクトル<math>\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ f_{\partial x}(a, b) \end{pmatrix}, \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ f_{\partial y}(a, b) \end{pmatrix}</math>をとれる。 求める平面はこれらの接線を共に含む筈なので、<math>\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ f_{\partial x}(a, b) \end{pmatrix}, \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ f_{\partial y}(a, b) \end{pmatrix}</math>の両方に直交するようなベクトルが求める平面の法線ベクトルである。 よってこれらの外積を計算して、 :<math>\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ f_{\partial x}(a, b) \end{pmatrix} \times \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ f_{\partial y}(a, b) \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 0 \cdot f_{\partial y}(a, b) - f_{\partial x}(a, b) \cdot 1 \\ f_{\partial x}(a, b) \cdot 0 - 1 \cdot f_{\partial y}(a, b) \\ 1 \cdot 1 - 0 \cdot 0 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} -f_{\partial x}(a, b) \\ -f_{\partial y}(a, b) \\ 1 \end{pmatrix}</math> 求める平面は<math>(a, b, f(a, b))</math>を通るので、方程式の一般形に代入して :<math>-f_{\partial x}(a, b)(x-a) - f_{\partial y}(a, b)(y-b) + 1 (z-f(a, b))=0</math> :<math>\therefore z-f(a, b)=f_{\partial x}(a, b)(x-a) + f_{\partial y}(a, b)(y-b)</math> この平面を、曲線<math>z=f(x, y)</math>の点<math>(a, b, f(a, b))</math>に於ける'''接平面'''という。 則ち、全微分可能性は接平面の存在性に対応することが判った。 {{演習問題|二変数関数<math>f(x, y)=x^3+y^3</math>が(1)任意点で全微分可能であることを示し、(2)点<math>(1, 1, 2)</math>に於ける接平面の方程式を<math>z=ax+by+c</math>の形で求めよ。|(1) 全微分可能性を示すには、<math>\lim_{h, k\to0} \left\{ f(a+h, b+k)-f(a, b)-\begin{pmatrix} \alpha & \beta \end{pmatrix} \begin{pmatrix} h \\ k \end{pmatrix} \right\}=0</math>・・・(*)を示せばよい。<br><math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}}=3x^3, \frac{\partial{f}}{\partial{y}}=3y^2</math>より、<br><math>f(a+h, b+k)-f(a, b)-\begin{pmatrix} \alpha & \beta \end{pmatrix} \begin{pmatrix} h \\ k \end{pmatrix}</math><br><math>=(a+h)^3+(b+k)^3-(a^3+b^3)-(3a^2h+3b^2k)</math><br><math>=3ah^2+h^3+3bk^2+k^3</math><br><math>=O\left(\left\|\begin{pmatrix} h \\ k \end{pmatrix}\right\|\right)</math><br>ここで<math>O\left(g(x, y)\right)</math>とは<math>\lim_{(x, y)\to(a, b)}\frac{f(x, y)}{g(x, y)}=0</math>を満たす<math>f(x, y)</math>のことだったので、<br><math>\left|\frac{O\left(\sqrt{h^2+k^2}\right)}{\sqrt{h^2+k^2}}\right|</math>が0に収束する点<math>(a, b)</math>が存在することを示せばよい。<br>変数変換<math>\begin{pmatrix} h \\ k \end{pmatrix}=r\begin{pmatrix} \cos\theta \\ \sin\theta \end{pmatrix}</math>により、<br><math>\left|\frac{O\left(\sqrt{h^2+k^2}\right)}{\sqrt{h^2+k^2}}\right|=\left|\frac{3ar^2\cos^2\theta+r^3\cos^3\theta+3br^2\sin^2\theta+r^3\sin^3\theta}{r}\right|</math><br><math>=|3r(a\cos^2\theta+b\sin^2\theta)+r^2(\cos^3\theta+\sin^3\theta)|</math><br><math>\leqq3r|a\cos^2\theta+b\sin^2\theta|+r^2|\cos^3\theta+\sin^3\theta|</math>(<math>\because</math>三角不等式)<br><math>\leqq3r(a+b)+2r^2 (\because |\sin\theta|, |\cos\theta|\leqq1)</math><br>最後の式で<math>r\to0</math>とした極限は0に収束し、不等式<math>0 \leqq |3r(a\cos^2\theta+b\sin^2\theta)+r^2(\cos^3\theta+\sin^3\theta)| \leqq 3r(a+b)+2r^2</math>と挟み撃ちの原理より<br><math>\lim_{h, k\to0}\left|\frac{O\left(\sqrt{h^2+k^2}\right)}{\sqrt{h^2+k^2}}\right|=0</math>なので、(*)が示された。//<br> (2) (1)で求めた偏導関数から<math>f_{\partial x}(1, 1)=3, f_{\partial y}(1, 1)=3</math>なので、<br>一般形に代入して<math>z-2=3(x-1)+3(y-1) \iff z=3x+3y-4</math>// }} ===高階偏導関数=== <math>z=f(x, y)</math>の偏導関数<math>\partial{x} f(x, y), \partial{y}f(x, y)</math>は一般に<math>x, y</math>の二変数関数である。そのため、これらが偏微分可能であればさらに偏微分することが可能である。 今、<math>f(x, y)</math>の<math>x, y</math>について偏導関数が存在し、それぞれ偏微分可能であればそれぞれ更に<math>x, y</math>についての導関数が存在する。そのため、積の法則より二回偏微分した偏導関数('''二階偏導関数''')は4種類存在することになる。 <math>\partial{x} f(x, y)</math>の<math>x</math>に関する偏導関数を<math>f_{\partial x^2}(x, y),~ f_{xx}(x, y),~ z_{\partial x^2},~ z_{xx},~ \frac{\partial^2{z}}{\partial{x^2}},~ \frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}(x, y),~ \partial{x^2} f(x, y)</math>などと表す。<br><math>\partial{x} f(x, y)</math>の<math>y</math>に関する偏導関数を<math>f_{\partial y\partial x}(x, y),~ f_{xy}(x, y),~ z_{xy},~ z_{\partial y\partial x},~ \frac{\partial^2{z}}{\partial{y}\partial{x}},~ \frac{\partial^2{f}}{\partial{y}\partial{x}}(x, y),~ \partial{y}\partial{x} f(x, y)</math>などと表す。<br><math>\partial{y} f(x, y)</math>の<math>x</math>に関する偏導関数を<math>f_{\partial x\partial y}(x, y),~ f_{yx}(x, y),~ z_{yx},~ z_{\partial x\partial y},~ \frac{\partial^2{z}}{\partial{x}\partial{y}},~ \frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(x, y),~ \partial{x}\partial{y} f(x, y)</math>などと表す。<br><math>\partial{y} f(x, y)</math>の<math>y</math>に関する偏導関数を<math>f_{\partial y^2}(x, y),~ f_{yy}(x, y),~ z_{\partial y^2},~ z_{yy},~ \frac{\partial^2{z}}{\partial{y^2}},~ \frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}(x, y),~ \partial{y^2} f(x, y)</math>などと表す。 ここで、<math>\partial</math>を用いるか否かで<math>x, y</math>の順序が入れ替わっていることに注意。 また、それぞれの二階偏導関数が存在するかは一階偏導関数の偏微分可能性に依存するので、上の4種類が必ず揃う訳ではない。 先程の<math>f(x,y)=x^5y^3</math> の場合、 *<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}=\frac{\partial}{\partial{x}}\left(\frac{\partial{f}}{\partial{x}}\right)=\frac{\partial}{\partial{{x}}}(5x^4 y^3)=5\left(\frac{d}{dx}x^4\right)y^3=5\sdot 4 x^3 y^3=20 x^3 y^3</math> *<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{y}\partial{x}}=\frac{\partial}{\partial{y}}\left(\frac{\partial{f}}{\partial{x}}\right)=\frac{\partial}{\partial{{y}}}(5x^4 y^3)=5x^4\left(\frac{d}{dy}y^3\right)=5x^4\sdot 3y^2=15 x^4 y^2</math> *<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}=\frac{\partial}{\partial{x}}\left(\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\right)=\frac{\partial}{\partial{{x}}}(3x^5 y^2)=3\left(\frac{d}{dx}x^5\right)y^2=3\sdot 5 x^4 y^2=15 x^4 y^2</math> *<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}=\frac{\partial}{\partial{y}}\left(\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\right)=\frac{\partial}{\partial{{y}}}(3x^5 y^2)=3x^5\left(\frac{d}{dy}y^2\right)=3x^5\sdot 2y=6 x^5 y</math> である。 ここで<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}=\frac{\partial^2{f}}{\partial{y}\partial{x}}</math>が成り立っているが、これは応用上用いられるような「まとも」な関数ならば偏微分の順番が可換であることによる。 *「まとも」でない例 *::<math>f(x,y)=\begin{cases}\frac{xy(x^2-y^2)}{x^2+y^2} & (x,y) \ne (0,0) \\ 0 & (x,y)=(0,0)\end{cases}</math> *:とすると、 *::<math>f(x,0)=f(0,y)=0</math>より *::<math>\partial{x} f(0,0)=\partial{y} f(0,0)=0</math> *:一方、<math>(x,y) \ne (0,0)</math>のとき、 *::<math>\frac{\partial f}{\partial x}=\frac{y(x^4+4x^2y^2-y^4)}{(x^2+y^2)^2}</math> *::<math>\frac{\partial f}{\partial y}=\frac{x(x^4-4x^2y^2-y^4)}{(x^2+y^2)^2}</math> *::<math>\therefore \partial{x} f(0,y)=-y, \ \partial{y} f(x,0)=x</math> *:従って *::<math>\partial{x}\partial{y}f(0,0)=\lim_{h \to 0}\frac{h-0}{h}=1</math> *::<math>\partial{y}\partial{x}f(0,0)=\lim_{k \to 0}\frac{-k-0}{k}=-1</math> *:である。 「まとも」な関数が具体的にどのような関数であるかは、以下の定理により与えられる。 {{定理|(偏微分順序の可換性)}} 点<math>(a,b)</math>に於いて<math>f_{xy}(a, b), f_{yx}(a, b)</math>ともに連続ならば、 :<math>f_{xy}(a, b) = f_{yx}(a, b)</math> {{定理終わり}} ;証明の導入 まず、<math>f_{xy}(a, b)</math>とは定義に従うと :<math>f_{xy}(a,b)= \frac{\partial{f_x}}{\partial{{y}}} =\lim_{k\to 0} \frac {f_x(a,b+k) - f_x(a,b) }{k} = \lim_{k\to 0} \frac {\lim_{h\to 0} \frac{f(a+h,b+k)-f(a,b+k)}{h} - \lim_{h\to 0} \frac {f(a+h,b)-f(a,b)}{h} } {k} </math> :<math>= \lim_{k\to 0} \lim_{h\to 0} \frac {\frac{f(a+h,b+k)-f(a,b+k)}{h} - \frac {f(a+h,b)-f(a,b)}{h} } {k}= \lim_{k\to 0} \lim_{h\to 0} \frac { \{f(a+h,b+k)-f(a,b+k) \} - \{ f(a+h,b)-f(a,b) \} } {hk}</math> :<math>= \lim_{k\to 0} \lim_{h\to 0} \frac { f(a+h,b+k)-f(a,b+k) - f(a+h,b) + f(a,b) } {hk}</math> であり、同様に<math>f_{xy}(a, b)</math>とは定義に従うと :<math>f_{yx}(a,b)= \frac{\partial{f_y}}{\partial{{x}}} =\lim_{h\to 0} \frac {f_y(a+h,b) - f_y(a,b) }{h} = \lim_{h\to 0} \frac {\lim_{k\to 0} \frac{f(a+h,b+k)-f(a+h,b)}{k} - \lim_{k\to 0} \frac {f(a,b+k)-f(a,b)}{k} } {h} </math> :<math>= \lim_{h\to 0} \lim_{k\to 0} \frac {\frac{f(a+h,b+k)-f(a+h,b)}{k} - \frac {f(a,b+k)-f(a,b)}{k} } {h}= \lim_{h\to 0} \lim_{k\to 0} \frac { \{f(a+h,b+k)-f(a+h,b) \} - \{ f(a,b+k)-f(a,b) \} } {hk}</math> :<math>= \lim_{k\to 0} \lim_{h\to 0} \frac { f(a+h,b+k) - f(a+h,b) -f(a,b+k) + f(a,b) } {hk}= \lim_{k\to 0} \lim_{h\to 0} \frac { f(a+h,b+k)-f(a,b+k) - f(a+h,b) + f(a,b) } {hk}</math> である。 よって、この定理は式 <math>\frac{f(a+h, b+k)-f(a, b+k)-f(a+h,b)+f(a,b)}{hk}</math> における <math>\lim_{k\to 0}</math> と<math>\lim_{h\to 0}</math> (反復極限)の可換を証明している。 ;証明 やや天下り的だが、 :<math>F=f(a+h, b+k)-f(a, b+k)-f(a+h, b)+f(a, b)</math> と置くと :<math>F=\{f(a+h, b+k)-f(a+h, b)\}-\{f(a, b+k)-f(a, b)\}=\{ f(a+h, b+k)-f(a, b+k) \} - \{ f(a+h, b)-f(a, b) \} </math> である。 技巧的だが、この式を参考に :<math>\phi(x):=f(x, b+k)-f(x, b)</math> :<math>\psi(y):=f(a+h, y)-f(a, y)</math> とすると、 :<math>F = \phi(a+h)-\phi(a) = \psi(b+k)-\psi(b)</math> という風に<math>F</math>を1変数関数に置き換えられる。 ここで、1変数関数に於けるラグランジュの平均値の定理を適用すると、 :<math>F=\phi(a+h)-\phi(a)=h\phi'(c)</math> を満たす<math>c \in (a, h)</math>が存在するので、 :<math>\theta_1 \in (0, 1)</math> として :<math>c=a+\theta_1h</math> と書いておく。 ここで偏微分係数の定義に立ち戻ると、<math>\frac{d\phi}{dx}=\frac{\partial{f}}{\partial{x}}(x, b+k)-\frac{\partial{f}}{\partial{x}}(x, b)</math>である。 なので :<math>F = \phi(a+h)-\phi(a)=h\phi'(a+\theta_1h) = h \{ f_x(a+\theta_1h, b+k)-f_x(a+\theta_1h, b) \}</math> また、<math>\phi'(a+\theta_1h)</math>を<math>y</math>の関数と考えることにより、偏微分係数の定義を再び用いて :<math>F=h \{ f_x(a+\theta_1h, b+k)-f_x(a+\theta_1h, b) \}=hk f_{xy}(a+\theta_1h, b+\theta_2k) \quad(\theta_2 \in (0, 1))</math> を得る。 一方、 :<math>F = \psi(b+k)-\psi(b)</math> と表した場合も、同様の式変形によって :<math>F=\psi(b+k)-\psi(b)=k\psi'(b+\theta_3k)=k\{f_y(a+h, b+\theta_3k)-f_y(a, b+\theta_3k)\}=hkf_{yx}(a+\theta_4h, b+\theta_3k) \quad(\theta_3, \theta_4 \in (0, 1))</math> よって :<math>F=hk f_{xy}(a+\theta_1h, b+\theta_2k)=hkf_{yx}(a+\theta_4h, b+\theta_3k)</math> <math>h, k\neq0</math>より :<math>f_{xy}(a+\theta_1h, b+\theta_2k)=f_{yx}(a+\theta_4h, b+\theta_3k)</math> この式について、 <math>h, k\to 0</math>の極限をとれば、極限をとる順番に関係なく :<math>f_{xy}(a, b) = f_{yx}(a, b)</math>// <!--* 参考文献 証明の導入の参考として、 :http://w3e.kanazawa-it.ac.jp/math/category/bibun/henbibun/henkan-tex.cgi?target=/math/category/bibun/henbibun/henbibun-junnjokoukan.html (金沢工業大学 KIT数学ナビゲーション『偏微分の順序交換』) 、サイト確認日:2016年7月23日 証明中の数式の記法の参考として、 :サイエンス社『微分積分概論[新訂版]』、高橋泰嗣 加藤幹雄、2013年11月10日発行、新訂第一版、--> 二階偏導関数が偏微分可能な場合、その偏導関数たちを'''三階偏導関数'''という。三階偏導関数が偏微分可能な場合、その偏導関数たちを'''四階偏導関数'''という。同様に次数を上げていくことができる。次数が2以上の場合を'''高階偏導関数'''という。 一変数の場合と異なり、次数が上がるたびにそれぞれ<math>x, y</math>について偏導関数を考えるため、<math>n</math>階偏導関数の(最大)個数は<math>2</math>個から<math>n</math>個とる重複順列 <math>{}_2 \Pi_n</math>に等しい。 但し、上で証明した定理を繰り返し用いると偏微分の順序が関係なくなるので、「どの変数で何回偏微分したか」のみが重要である。具体的には、一致する偏導関数たちを全体で<math>1</math>個と数えると、(偏微分が可換な)<math>n</math>階導関数の(最大)個数は<math>2</math>個から<math>n</math>個とる重複組合せ <math>{}_2 \mathrm{H}_n</math>に等しくなる。 点<math>(a, b)</math>で二変数関数<math>f(x,y)</math>の<math>k</math>階偏導関数(<math>k=1, 2, \cdots, n</math>)が全て存在し、且つそれらが全て連続であるとき、<math>f(x, y)</math>は<math>(a, b)</math>で'''<math>n</math>階連続微分可能'''といい、「<math>f</math>は<math>(a, b)</math>で<math>C^n</math>(級)関数である」という。また、定義域の全てで連続微分可能である場合は<math>f \in C^n</math>と書く。 <math>n\to\infty</math>でいえるときは<math>C^\infty</math>級関数という。 応用上で用いられる関数の殆どは<math>C^\infty</math>級関数である。 これを用いて先程の定理を言い換えると、 :<math>(a, b)</math>で<math>f</math>が<math>C^2</math>級<math>\implies f_{xy}(a, b)=f_{yx}(a, b)</math> である。 ===合成関数微分=== 二変数関数に対しても合成関数を考えることができるが、合成元の関数は一変数と二変数の二通り考えることができる。 先ずは、一変数関数の場合を考える。 一変数関数<math>f(x, y)</math>に対し、<math>\begin{cases} x=\phi(t) \\ y=\psi(t) \end{cases}</math>となるような媒介変数<math>t</math>が存在するとする。このとき、合成関数<math>F(t)=f(\phi(t), \psi(t))</math>を考えることができる。 <math>F</math>は勿論一変数関数なので、<math>t</math>で微分するには常微分可能性を考えればよい。則ち、極限 :<math>\lim_{h\to0}\frac{F(t+h)-F(t)}{h}</math> が有限値<math>L</math>に収束すればよい。 ここで<math>\begin{cases} \Delta x := \phi(t+h)-\phi(t) \\ \Delta y := \psi(t+h)-\psi(t) \end{cases}</math>とする。<math>\phi(t), \psi(t)</math>が常微分可能とすると<math>\phi(t), \psi(t)</math>は連続なので<math>h\to0</math>で<math>\Delta x , \Delta y\to0</math>である。よって :<math>L=\lim_{h\to0}\frac{f(\phi(t)+\Delta x), \psi(t)+\Delta y)-f(\phi(t), \psi(t))}{h}</math> 更に<math>f</math>が全微分可能とするとどの方向から<math>\Delta x, \Delta y\to0</math>としても :(分母)<math>=\frac{\partial{f}}{\partial{x}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = \phi(t) \\[-6pt] y = \psi(t) \end{array} }\cdot\Delta x+\frac{\partial{f}}{\partial{y}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = \phi(t) \\[-6pt] y = \psi(t) \end{array} }\cdot\Delta y</math> よって :<math>L=\lim_{h\to0} \left\{ \frac{\partial{f}}{\partial{x}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = \phi(t) \\[-6pt] y = \psi(t) \end{array} }\cdot\frac{\Delta x}{h}+\frac{\partial{f}}{\partial{y}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = \phi(t) \\[-6pt] y = \psi(t) \end{array} }\cdot\frac{\Delta y}{h} + O\left(\left\|\begin{pmatrix} \Delta x \\ \Delta y \end{pmatrix}\right\|\right) \right\}</math> ここで :<math>\lim_{h\to0}\frac{\Delta x}{h}=\phi'(t), \quad \lim_{h\to0}\frac{\Delta y}{h}=\psi'(t)</math> また、 :<math>\frac{O(\sqrt{(\Delta x)^2+(\Delta y)^2})}{|h|} = \frac{O(\sqrt{(\Delta x)^2+(\Delta y)^2})}{\sqrt{(\Delta x)^2+(\Delta y)^2}}\cdot\sqrt{\left(\frac{\Delta x}{h}\right)^2+\left(\frac{\Delta y}{h}\right)^2}</math> より :<math>\lim_{h\to\pm0}\frac{O(\sqrt{(\Delta x)^2+(\Delta y)^2})}{|h|} = 0\cdot\sqrt{\{\phi'(t)\}^2+\{\psi'(t)\}}</math> よって :<math>\frac{dF}{dt}=\frac{\partial{f}}{\partial{x}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = \phi(t) \\[-6pt] y = \psi(t) \end{array} }\cdot\frac{d\phi}{dt}+\frac{\partial{f}}{\partial{y}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = \phi(t) \\[-6pt] y = \psi(t) \end{array} }\cdot\frac{d\psi}{dt}</math> と求まる。 {{定理|(合成関数の常微分)}} <math>f(x, y)</math>が全微分可能で<math>x=\phi(t), y=\psi(t)</math>の何れも常微分可能であるとき、合成関数<math>F(t)=f(\phi(t), \psi(t))</math>は常微分可能で :<math>\frac{dF}{dt}=\frac{\partial{f}}{\partial{x}}\frac{dx}{dt}+\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\frac{dy}{dt}</math> {{定理終わり}} ここでは代入記号を省略する略記法を用いていることに注意。右辺を見ると、一変数関数の合成関数微分と同様に'''連鎖律'''('''チェーン・ルール'''/'''チェイン・ルール''')が成り立っていることが判る。 二変数の場合は、偏微分の定義に立ち戻って一変数の場合に帰着すれば容易にわかる。 {{定理|(合成関数の偏微分)}} <math>f(x, y)</math>が全微分可能で<math>x=\phi(u, v), y=\psi(u, v)</math>の何れも<math>u/v</math>で偏微分可能であるとき、合成関数<math>F(u, v)=f(\phi(u, v), \psi(u, v))</math>は<math>u/v</math>で偏微分可能で :<math>\frac{\partial{F}}{\partial{u}}=\frac{\partial{f}}{\partial{x}}\frac{\partial{x}}{\partial{u}}+\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\frac{\partial{y}}{\partial{u}}</math> :<math>\frac{\partial{F}}{\partial{v}}=\frac{\partial{f}}{\partial{x}}\frac{\partial{x}}{\partial{v}}+\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\frac{\partial{y}}{\partial{v}}</math> {{定理終わり}} *証明 合成関数の常微分の証明の計算に於いて<math>t=u, v</math>とそれぞれ置くことで直ちに成り立つ。 一変数関数の場合と同様に合成関数の二階微分も考えられるが、一変数の場合より遙かに煩雑である。 例えば、<math>\frac{\partial^2{F}}{\partial{u^2}}</math>を考える。 :<math>\frac{\partial^2{F}}{\partial{u^2}}=\frac{\partial}{\partial{u}}\left(\frac{\partial{f}}{\partial{x}}\frac{\partial{x}}{\partial{u}}+\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\frac{\partial{y}}{\partial{u}}\right)</math> :<math>=\frac{\partial}{\partial{u}}\left(\frac{\partial{f}}{\partial{x}}\frac{\partial{x}}{\partial{u}}\right) + \frac{\partial}{\partial{u}}\left(\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\frac{\partial{y}}{\partial{u}}\right)</math>(<math>\because</math>和の微分) :<math>=\left(\frac{\partial}{\partial{u}}\frac{\partial{f}}{\partial{x}}\cdot\frac{\partial{x}}{\partial{u}}+\frac{\partial{f}}{\partial{x}}\cdot\frac{\partial}{\partial{u}}\frac{\partial{x}}{\partial{u}}\right)+\left(\frac{\partial}{\partial{u}}\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\cdot\frac{\partial{y}}{\partial{u}}+\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\cdot\frac{\partial}{\partial{u}}\frac{\partial{y}}{\partial{u}}\right)</math>(<math>\because</math>積の微分) :<math>=\frac{\partial}{\partial{u}}\left(\frac{\partial{f}}{\partial{x}}\right)\frac{\partial{x}}{\partial{u}}+\frac{\partial{f}}{\partial{x}}\frac{\partial^2{x}}{\partial{u^2}}+\frac{\partial}{\partial{u}}\left(\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\right)\frac{\partial{y}}{\partial{u}}+\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\frac{\partial^2{y}}{\partial{u^2}}</math> :<math>=\left(\frac{\partial{\frac{\partial{f}}{\partial{x}}}}{\partial{x}}\frac{\partial{x}}{\partial{u}}+\frac{\partial{\frac{\partial{f}}{\partial{x}}}}{\partial{y}}\frac{\partial{y}}{\partial{u}}\right)\frac{\partial{x}}{\partial{u}}+\frac{\partial{f}}{\partial{x}}\frac{\partial^2{x}}{\partial{u^2}}+\left(\frac{\partial{\frac{\partial{f}}{\partial{y}}}}{\partial{x}}\frac{\partial{x}}{\partial{u}}+\frac{\partial{\frac{\partial{f}}{\partial{y}}}}{\partial{y}}\frac{\partial{y}}{\partial{u}}\right)\frac{\partial{y}}{\partial{u}}+\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\frac{\partial^2{y}}{\partial{u^2}}</math>(<math>\because</math>合成関数の偏微分) :<math>=\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}\left(\frac{\partial{x}}{\partial{u}}\right)^2+\frac{\partial^2{f}}{\partial{y}\partial{x}}\frac{\partial{x}}{\partial{u}}\frac{\partial{y}}{\partial{u}}+\frac{\partial{f}}{\partial{x}}\frac{\partial^2{x}}{\partial{u^2}}+\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}\frac{\partial{x}}{\partial{u}}\frac{\partial{y}}{\partial{u}}+\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}\left(\frac{\partial{y}}{\partial{u}}\right)^2+\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\frac{\partial^2{y}}{\partial{u^2}}</math>// ここで、<math>f</math>が<math>C^2</math>級であれば更に変形して :<math>\frac{\partial^2{F}}{\partial{u^2}}=\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}\left(\frac{\partial{x}}{\partial{u}}\right)^2+\frac{\partial{f}}{\partial{x}}\frac{\partial^2{x}}{\partial{u^2}}+2\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}\frac{\partial{x}}{\partial{u}}\frac{\partial{y}}{\partial{u}}+\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\frac{\partial^2{y}}{\partial{u^2}}+\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}\left(\frac{\partial{y}}{\partial{u}}\right)^2</math> 合成関数微分の計算は、[[解析学基礎/偏微分方程式|偏微分方程式]]に役立てられている。 例えば、<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}+\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}=0</math>(ポアソン方程式)という二階線型偏微分方程式を考える。 <math>f(x, y)</math>を極座標表示<math>F(r, \theta)</math>に直すとき、変換公式<math>\begin{cases} x=r\cos\theta \\ y=r\sin\theta \end{cases}</math>は<math>f</math>に二変数関数<math>\phi(r, \theta)=r\cos\theta, \psi(r, \theta)=r\sin\theta</math>を合成していると捉えることができる。 よって、 :<math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}}=\frac{\partial{F}}{\partial{r}}\frac{\partial{r}}{\partial{x}}+\frac{\partial{F}}{\partial{\theta}}\frac{\partial{\theta}}{\partial{x}}</math> :<math>\frac{\partial{f}}{\partial{y}}=\frac{\partial{F}}{\partial{r}}\frac{\partial{r}}{\partial{y}}+\frac{\partial{F}}{\partial{\theta}}\frac{\partial{\theta}}{\partial{y}}</math> 先程求めた合成関数の二階偏微分の式から :<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}=\frac{\partial^2{F}}{\partial{r^2}}\left(\frac{\partial{r}}{\partial{x}}\right)^2+\frac{\partial{F}}{\partial{r}}\frac{\partial^2{r}}{\partial{x^2}}+\frac{\partial^2{F}}{\partial{r}\partial{\theta}}\frac{\partial{r}}{\partial{x}}\frac{\partial{\theta}}{\partial{x}}+\frac{\partial^2{F}}{\partial{\theta}\partial{r}}\frac{\partial{\theta}}{\partial{x}}\frac{\partial{r}}{\partial{x}}+\frac{\partial{F}}{\partial{\theta}}\frac{\partial^2{\theta}}{\partial{x^2}}+\frac{\partial^2{F}}{\partial{\theta^2}}\left(\frac{\partial{\theta}}{\partial{x}}\right)^2</math> :<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}=\frac{\partial^2{F}}{\partial{r^2}}\left(\frac{\partial{r}}{\partial{y}}\right)^2+\frac{\partial{F}}{\partial{r}}\frac{\partial^2{r}}{\partial{y^2}}+\frac{\partial^2{F}}{\partial{r}\partial{\theta}}\frac{\partial{r}}{\partial{y}}\frac{\partial{\theta}}{\partial{y}}+\frac{\partial^2{F}}{\partial{\theta}\partial{r}}\frac{\partial{\theta}}{\partial{y}}\frac{\partial{r}}{\partial{y}}+\frac{\partial{F}}{\partial{\theta}}\frac{\partial^2{\theta}}{\partial{y^2}}+\frac{\partial^2{F}}{\partial{\theta^2}}\left(\frac{\partial{\theta}}{\partial{y}}\right)^2</math> ここで<math>r=\sqrt{x^2+y^2}, \theta=\arctan\frac{y}{x}</math>より :<math>\frac{\partial{r}}{\partial{x}}=\frac{x}{r},~ \frac{\partial{r}}{\partial{y}}=\frac{y}{r},~ \frac{\partial{\theta}}{\partial{x}}=-\frac{y}{r^2},~ \frac{\partial{\theta}}{\partial{y}}=\frac{x}{r^2},~ \frac{\partial^2{r}}{\partial{x^2}}=\frac{y^2}{r^3},~ \frac{\partial^2{r}}{\partial{y^2}}=\frac{x^2}{r^3},~ \frac{\partial^2{\theta}}{\partial{x^2}}=\frac{2xy}{r^4},~ \frac{\partial^2{\theta}}{\partial{y^2}}=-\frac{2xy}{r^4}</math> なので :<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}=\frac{x^2}{r^2}\frac{\partial^2{F}}{\partial{r^2}}+\frac{y^2}{r^3}\frac{\partial{F}}{\partial{r}}-\frac{xy}{r^3}\frac{\partial^2{F}}{\partial{r}\partial{\theta}}+\frac{xy}{r^3}\frac{\partial^2{F}}{\partial{\theta}\partial{r}}+\frac{2xy}{r^4}\frac{\partial{F}}{\partial{\theta}}+\frac{y^2}{r^4}\frac{\partial^2{F}}{\partial{\theta}}</math> :<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}=\frac{y^2}{r^2}\frac{\partial^2{F}}{\partial{r^2}}+\frac{x^2}{r^3}\frac{\partial{F}}{\partial{r}}-\frac{xy}{r^3}\frac{\partial^2{F}}{\partial{r}\partial{\theta}}+\frac{xy}{r^3}\frac{\partial^2{F}}{\partial{\theta}\partial{r}}-\frac{2xy}{r^4}\frac{\partial{F}}{\partial{\theta}}+\frac{x^2}{r^4}\frac{\partial^2{F}}{\partial{\theta}}</math> 故に :<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}+\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}=\frac{\partial^2{F}}{\partial{r^2}}+\frac{1}{r}\frac{\partial{F}}{\partial{r}}-\frac{2xy}{r^3}\frac{\partial^2{F}}{\partial{r}\partial{\theta}}+\frac{2xy}{r^3}\frac{\partial^2{F}}{\partial{\theta}\partial{r}}+\frac{1}{r^2}\frac{\partial^2{F}}{\partial{\theta}}=0</math> と変形される。 ここで<math>f \in C^2</math>ならば<math>\frac{\partial^2{F}}{\partial{r}\partial{\theta}}=\frac{\partial^2{F}}{\partial{\theta}\partial{r}}</math>なので :<math>\frac{\partial^2{F}}{\partial{r^2}}+\frac{1}{r}\frac{\partial{F}}{\partial{r}}+\frac{1}{r^2}\frac{\partial^2{F}}{\partial{\theta}}=0</math> 更に、<math>f</math>が回転対称性(<math>\theta</math>の項を無視できる性質)を持っている場合、 :<math>\frac{d^2F}{dr^2}+\frac{1}{r}\frac{dF}{dr}=0</math> という(元の二変数線型偏微分方程式に比べ)圧倒的に簡単な二階線型常微分方程式に帰着できる。 なお、元の偏微分方程式はベクトル解析の知識を用いると<math>\text{∆} f = 0</math>と非常に簡潔に表され、これは座標系に依らない記法なので大変便利である。 ===極値=== 一変数関数の場合と同様に、二変数関数でもテイラーの定理を考えることが可能である。 但し、先程も見たように<math>f(x, y)</math>の<math>n</math>階偏導関数の最大個数は<math>{}_2 \Pi_{n}</math>であり、その全てを式に書いたのでは非常に煩雑となって収拾がつかなくなる。 そこで、以下のような略記法を考える。 :<math>f(x, y)</math>に対し、<math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}}+\frac{\partial{f}}{\partial{y}}</math>を形式的に<math>\left(\frac{\partial}{\partial{x}}+\frac{\partial}{\partial{y}}\right)f</math>と変形する。ここで、<math>D:=\frac{\partial}{\partial{x}}+\frac{\partial}{\partial{y}}</math>とすれば<math>Df</math>と表せる。 この<math>D</math>は「各独立変数に関して偏微分したそれぞれの偏導関数の総和をとる」という意味の演算子として定義され得る。一般に、偏微分演算子の一次結合として定義される演算子<math>D = \sum_{i} a_i\frac{\partial}{\partial{x_i}}</math>を'''一次の偏微分作用素'''という。各<math>a_i</math>のとり方で微分する方向が変わることから'''方向偏微分作用素'''ともいう。 <math>f</math>にこの<math>D</math>を複数回作用させることを考える。 :<math>D(Df)=\left(\frac{\partial}{\partial{x}}+\frac{\partial}{\partial{y}}\right)\left\{\left(\frac{\partial}{\partial{x}}+\frac{\partial}{\partial{y}}\right)f\right\}</math> :<math>=\left(\frac{\partial}{\partial{x}}+\frac{\partial}{\partial{y}}\right)\left(\frac{\partial{f}}{\partial{x}}+\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\right)</math> :<math>=\frac{\partial}{\partial{x}}\left(\frac{\partial{f}}{\partial{x}}+\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\right)+\frac{\partial}{\partial{y}}\left(\frac{\partial{f}}{\partial{x}}+\frac{\partial{f}}{\partial{y}}\right)</math> :<math>=\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}+\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}+\frac{\partial^2{f}}{\partial{y}\partial{x}}+\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}</math> と、四種類の二階偏導関数が全て現れている。 ここで形式的に :<math>(D D)f=\left\{\left(\frac{\partial}{\partial{x}}+\frac{\partial}{\partial{y}}\right)\left(\frac{\partial}{\partial{x}}+\frac{\partial}{\partial{y}}\right)\right\}f</math> :<math>=\left(\frac{\partial^2}{\partial{x^2}}+\frac{\partial^2}{\partial{x}\partial{y}}+\frac{\partial^2}{\partial{y}\partial{x}}+\frac{\partial^2}{\partial{y^2}}\right)f</math> :<math>=\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}+\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}+\frac{\partial^2{f}}{\partial{y}\partial{x}}+\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}</math> なので、偏微分作用素<math>D</math>と作用素の対象となる関数<math>f</math>の間に結合法則が成り立っていると見做せる。 そこで、<math>D^2:=DD</math>と定義すると、同様の議論により一般に<math>n</math>階偏導関数の総和は<math>D^nf</math>で表される。 これを用いて、以下のテイラーの定理を証明しよう。 {{定理|(二変数に於けるテイラーの定理)}} <math>f(x, y)</math>が<math>(a, b)</math>近傍で<math>C^n</math>級であるとき、<math>h:=x-a, k:=y-b, D:=h\frac{\partial}{\partial{x}}+k\frac{\partial}{\partial{y}}</math>とすると :<math>f(a+h, b+k)=\sum_{i=0}^{n-1}\frac{1}{i!}D^if(a, b)+\frac{1}{n!}D^nf(a+\theta h, b+\theta k)</math> を満たす<math>\theta \in (0, 1)</math>が存在する。 {{定理終わり}} *証明 :<math>g(t):=f(a+ht, b+kt)</math>として<math>g(t)</math>の有限マクローリン展開より ::<math>g(t)=\sum_{i=0}^{n-1}\frac{t^i}{i!}g^{(i)}(0)+\frac{t^n}{n!}g^{(n)}(\theta t)</math> :を満たす<math>\theta \in (0, 1)</math>が存在する。 :合成関数の偏微分より ::<math>\frac{d}{dt}g(t)=\frac{dx}{dt}\frac{\partial{f}}{\partial{x}}+\frac{dy}{dt}\frac{\partial{f}}{\partial{y}}=h\frac{\partial{f}}{\partial{x}}+k\frac{\partial{f}}{\partial{y}}=Df</math> :なので<math>g(t)</math>を常微分することと<math>f</math>に<math>D</math>を作用させることは同値であり、非負整数<math>i</math>に対して ::<math>g^{(i)}(t)=D^if(a+ht, b+kt)</math> :よって ::<math>g^{(i)}(0)=D^if(a, b)</math> ::<math>g^{n}(\theta t)=D^nf(a+\theta t h , b+\theta t k)</math> :より ::<math>f(a+ht, b+kt)=\sum_{i=0}^{n-1}\frac{t^i}{i!}D^if(a, b)+\frac{t^n}{n!}D^n(a+\theta th, b+\theta tk)</math> :ここで<math>t=1</math>とすれば定理の式を得る。// この定理の応用として最も基本的なのが、極値である。 一変数関数と同様、極小値・極大値を求めることは最大値最小値問題を解く手掛かりになるが、その求め方は複雑である。 先ずは、極値を定義する。 :<math>\begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix}\neq\begin{pmatrix} a \\ b \end{pmatrix}</math>として、 ::<math>\exist \delta>0, \forall {\scriptstyle\left(\begin{array}{c} x \\[-6pt] y \end{array}\right)} \in \mathbb{R}^2 \left( {\scriptstyle\left\| \left(\begin{array}{c} x \\[-6pt] y \end{array}\right) - \left(\begin{array}{c} a \\[-6pt] b \end{array}\right) \right\|} < \delta \implies f(x, y) \leq f(a, b) \right)</math> ::ならば<math>f(x, y)</math>は<math>(a, b)</math>で'''極大'''という。 ::<math>\exist \delta>0, \forall {\scriptstyle\left(\begin{array}{c} x \\[-6pt] y \end{array}\right)} \in \mathbb{R}^2 \left( {\scriptstyle\left\| \left(\begin{array}{c} x \\[-6pt] y \end{array}\right) - \left(\begin{array}{c} a \\[-6pt] b \end{array}\right) \right\|} < \delta \implies f(x, y) \geq f(a, b) \right)</math> ::ならば<math>f(x, y)</math>は<math>(a, b)</math>で'''極小'''という。 :極大/極小となるときの<math>f(a, b)</math>を'''極大値/極小値'''といい、纏めて'''極値'''と呼ぶ。 一変数の場合と異なるのは、'''どの方向から見ても極大/極小'''でなければならない点である。 例えば、曲面<math>z=x^2-y^2</math>を考える。 :この曲面を<math>zx</math>平面(則ち平面<math>y=0</math>)で切った切り口は拋物線<math>z=x^2</math>であり、<math>y=0</math>より原点で極小値をとる。 :然し、この曲面を<math>yz</math>平面(則ち平面<math>x=0</math>)で切った切り口は拋物線<math>z=-y^2</math>であり、<math>x=0</math>より原点で極大値をとる。 このように、方向によって極大・極小が変わるような点を、馬の{{ruby|鞍|くら}}に見えることから'''{{ruby|鞍点|あんてん}}'''といい、極値点とは区別する。極大方向・極小方向の少なくとも一方が存在しない場合は鞍点とは呼ばない。 極値をとる点を求める手掛かりとなるのが、次の定理である。 {{定理|(二変数に於けるフェルマーの定理)}} <math>f(x, y)</math>が<math>(a, b)</math>で極値をとる<math>\implies \partial{x}f(a, b)=\partial{y}f(a, b)=0</math> {{定理終わり}} *証明 :<math>f(a, b)</math>が極値ならば、<math>x/y</math>軸方向で見ても極値になっている筈である。 :ここで<math>x/y</math>軸方向に見るとは、他の独立変数を固定した一変数関数として見ることだったので、<math>f(x, b), f(a, y)</math>を考えていることになる。 :このとき、一変数に於けるフェルマーの定理より ::<math>\frac{d}{dx}f(x, b)\Big|_{x=a}=0,~ \frac{d}{dy}f(a, y)\Big|_{y=b}=0</math> :であるが、 :偏微分係数の定義より ::<math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}}(a, b)=\frac{d}{dx}f(x, b)\Big|_{x=a},~ \frac{\partial{f}}{\partial{y}}(a, b)=\frac{d}{dy}f(a, y)\Big|_{y=b}</math> :だったので、 ::<math>\partial{x}f(a, b)=\partial{y}f(a, b)=0</math> :である。// なお、<math>\partial{x}f(a, b)=\partial{y}f(a, b)=0</math>が成り立つ点<math>(a, b)</math>を'''停留点'''という。これは、ベクトル解析的に<math>\partial{x}f(a, b)=\partial{y}f(a, b)=0 \iff \mathrm{grad} f=\boldsymbol{0}</math>である(<math>f</math>の勾配がない)ことに由来する。 フェルマーの定理の対偶を取れば :<math>(\partial{x}f(a, b)\neq0 \lor \partial{y}f(a, b)\neq0) \implies f(a, b)</math>は極値ではない となるので、極値を取る点を求めるには停留点のみを考えればよいことになる。 停留点を求めるには、連立方程式<math>\begin{cases} \partial{x}f(a, b)=0 \\ \partial{y}f(a, b)=0 \end{cases}</math>を解けばよい。 但し、その解<math>(a, b)</math>が極値をとる点とは限らない(必要条件であって十分条件ではないため)。 一変数関数の場合は<math>f'(a)=0</math>を満たす<math>a</math>近傍の増減を調べればよかったが、二変数の場合はより複雑な手続きを要する。 一般に、多変数関数<math>f(x_1, x_2, \cdots, x_n)</math>に対して<math>(\mathbf{D})_{ij}=\frac{\partial^2{f}}{\partial{x_i}\partial{x_j}}</math>なるn次行列<math>\mathbf{D}</math>を'''ヘッセ行列'''という。 ヘッセ行列式(ヘッシアン)<math>D(x_1, x_2, \cdots, x_n)=\det\mathbf{D}</math>を'''判別式'''という。 二変数の場合、<math>\mathbf{D}=\begin{pmatrix} \frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}} & \frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}} \\ \frac{\partial^2{f}}{\partial{y}\partial{x}} & \frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}} \end{pmatrix}</math>より判別式は<math>D(x, y)=\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}-\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}\frac{\partial^2{f}}{\partial{y}\partial{x}}</math>である。 この判別式の符号を調べることによって、極値の有無を判定することができる。 {{定理|(極値の判定)}} <math>f\in C^2,~ (a, b)</math>を<math>f(x, y)</math>の停留点とすると、 :(1)<math>D(a, b)>0</math>のとき、<math>(a, b)</math>で<math>f(x, y)</math>は極値をとり、 ::(ⅰ)<math>\partial{x^2}f<0 \implies f(a, b)</math>は極大値 ::(ⅱ)<math>\partial{x^2}f>0 \implies f(a, b)</math>は極小値 :(2)<math>D(a, b)<0</math>のとき、<math>(a, b)</math>で<math>f(x, y)</math>は極値をとらない。 :(3)<math>D(a, b)=0</math>のとき、<math>(a, b)</math>で<math>f(x, y)</math>は極値をとることもとらないこともある。則ち、判別式では判定できない。 {{定理終わり}} *証明 :テイラーの定理で<math>n=2</math>の場合を考えると、<math>f(x, y)</math>が<math>(a, b)</math>近傍で<math>C^2</math>級ならば<math>\theta \in (0, 1)</math>が存在して :<math>f(a+h, k+b)=f(a, b)+h\frac{\partial{f}}{\partial{x}}(a, b)+k\frac{\partial{f}}{\partial{y}}(a, b)+\frac{1}{2}\left\{ h^2\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}(a+\theta h, b+\theta k)+2hk\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a+\theta h, b+\theta k)+k^2\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}(a+\theta h, b+\theta k) \right\}</math> :<math>(a, b)</math>が停留点より変形して :<math>f(a+h, b+k)-f(a, b)=\frac{1}{2}\left\{ h^2\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}(a+\theta h, b+\theta k)+2hk\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a+\theta h, b+\theta k)+k^2\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}(a+\theta h, b+\theta k) \right\}</math> :ここで<math>f \in C^2</math>より<math>f</math>の二階偏導関数は何れも連続なので、<math>D(a, b)\gtrless0</math>ならば充分小さい<math>h, k</math>に対して<math>D(a+\theta h, b+\theta k)\gtrless0</math>となる。 :ここで<math>p = \frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}(a+\theta h, b+\theta k),~ q = \frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a+\theta h, b+\theta k),~ r = \frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}(a+\theta h, b+\theta k)</math>とすると :<math>f(a+h, b+k)-f(a, b)=\frac{1}{2}(ph^2+2khq+kr^2)</math>・・・(*) :(1)<math>D(a, b)>0</math>のとき ::<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}(a, b)=0</math>とすると<math>D(a, b)\leq0</math>となって不適。<math>\therefore \frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}(a, b)\neq0</math> ::充分小さい<math>h, k</math>に対して<math>p\neq0</math>より(*)の右辺を平方完成して ::<math>f(a+h, b+k)-f(a, b)=\frac{1}{2}\left\{ p\left(h+\frac{qk}{p}\right)^2+\frac{pr-q^2}{p}k^2 \right\}</math> ::<math>=\frac{1}{2}\left\{ p\left(h+\frac{qk}{p}\right)^2+\frac{D(a+\theta h, b+\theta k)}{p}k^2 \right\}</math> ::ここで両辺<math>0 \iff h=k=0</math>に注意すると、 ::上式の最右辺は<math>p</math>の符号と正負が一致する。 ::これは<math>(a, b)</math>の充分近傍では<math>p>0</math>で<math>f(a, b)</math>が最小値、<math>p<0</math>で<math>f(a, b)</math>が最大値をとることを意味するので、<math>f(a, b)</math>は極値である。 :(2)<math>D(a, b)<0</math>のとき ::<math>p\gtrless0</math>のとき、平方完成した最右辺の波括弧の中身は、 :::<math>h+\frac{qk}{p}\neq0, k=0</math>を満たす<math>h, k</math>を充分小さくとると負/正 :::<math>h\neq0, k=0</math>を満たす<math>h, k</math>を充分小さくとると正/負 ::であるので、<math>h, k</math>のとり方によって<math>f(a+h, b+k)\gtrless f(a, b)</math>のどちらにもなり得、<math>f(x, y)</math>は<math>(a, b)</math>近傍で最大でも最小でもない。 ::則ち、<math>f(a, b)</math>は極値ではない。 ::<math>p=0</math>のとき、<math>r\neq0</math>ならば<math>h, k</math>を二階偏導関数に置き換えることで同様の結論を得る。 ::<math>r=0</math>のとき、 ::<math>D(a+\theta h, b+\theta k)=-q^2<0</math>より<math>q\neq0</math>なので(*)より ::<math>f(a+h, b+k)-f(a, b)=qhk</math> ::これは<math>h, k</math>の符号によって正負のどちらもとり得るので同様に<math>f(a, b)</math>は極値ではない。 :(3)<math>D(a, b)=0</math>のとき、 ::<math>h, k</math>のとり方により<math>D(a+\theta h, b+\theta k)</math>は正負のどちらもとり得る。 ::よって(1), (2)より<math>f(a, b)</math>は極値であることも極値でないこともあるので、 ::判別式では判定不能である。// {{演習問題|次の関数に極値があるかどうか調べ、あるならば求めよ。 :1. <math>f(x, y)=x^2+y^2-2xy</math> :2. <math>f(x, y)=x^2+2xy-3y^2+4x+4y+1</math> :3. <math>f(x, y)=x^3+y^3</math> |1. :<math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}}=2x-y,~ \frac{\partial{f}}{\partial{y}}=2y-x</math>より :停留点は<math>(0, 0)</math> :<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}=\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}=2,~ \frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}=-1</math>より :<math>D(0, 0)=2\cdot2-(-1)^2=3>0</math> :また、<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}>0</math>より :<math>f(x, y)</math>は<math>(0, 0)</math>で極小値<math>0</math>をとる。 2. :<math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}}=2x+2y+4,~ \frac{\partial{f}}{\partial{y}}=-6y+2x+4</math>より :停留点は<math>(-2, 0)</math> :<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}=2,~ \frac{\partial^2}{\partial{y^2}}=-6,~ \frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}=2</math>より :<math>D(-2, 0)=2\cdot(-6)-2^2=-16<0</math> :よって<math>f(x, y)</math>は極値を持たない。 3. :<math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}}=3x^2,~ \frac{\partial{f}}{\partial{y}}=3y^2</math>より :停留点は<math>(0, 0)</math> :<math>\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}=6x,~ \frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}=6y, \frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}=0</math>より :<math>D(0, 0)=0\cdot0-0^2=0</math> :よって判別不能。 :ここで、直線<math>y=x</math>を経路として原点から点<math>(x, y)</math>を動かしてみる。 :<math>f(x, x)=x^3+x^3=2x^3</math> :よって<math>x>0</math>で<math>f(x, y)>f(0, 0)</math>、<math>x<0</math>で<math>f(x, y)<f(0, 0)</math>より :原点近傍で<math>f(0, 0)</math>は最大でも最小でもない、則ち<math>f(0, 0)</math>は極値ではない。 :よって<math>f(x, y)</math>は極値を持たない。}} *発展問題 *:<math>f(x, y)=e^{xy}</math>を二次の項迄テイラー展開せよ。 停留点が鞍点である条件を補足しておく。 鞍点とは「関数が極大となる方向・極小となる方向の双方が存在する」ような点であった。 <math>f(x, y)</math>を停留点<math>(a, b)</math>に於けるテイラー展開で二次近似することを考える。 :テイラーの定理より厳密に ::<math>f(a+h, b+k)=\frac{1}{0!}D^0 f(a, b)+\frac{1}{1!}Df(a, b)+\frac{1}{2!}D^2f(a+\theta h, b+\theta k)</math> :であるが、<math>\theta \in(0, 1)</math>より<math>\theta\fallingdotseq0</math>と見做して近似すると ::<math>f(a, b)\fallingdotseq f(a, b)+Df(a, b)+\frac{1}{2}D^2f(a, b)</math> :<math>D=h\frac{\partial}{\partial{x}}+k\frac{\partial}{\partial{y}}</math>より ::<math>\mathrm{rhs}=f(a, b)+h\frac{\partial{f}}{\partial{x}}(a, b)+k\frac{\partial{f}}{\partial{y}}(a, b)+\frac{1}{2}\left(h^2\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}(a, b)+2hk\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b)+k^2\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}(a, b)\right)</math> :<math>(a, b)</math>が停留点より<math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}}(a, b)=\frac{\partial{f}}{\partial{y}}(a, b)=0</math>なので ::<math>\mathrm{rhs}=f(a, b)+\frac{1}{2}\left(h^2\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}(a, b)+2hk\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b)+k^2\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}(a, b)\right)</math> :ここで<math>\frac{1}{2}</math>で括られた部分に着目すると、 ::<math>h^2\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}(a, b)+2hk\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b)+k^2\frac{\partial^2{f}}{\partial{y^2}}(a, b)</math> ::<math>=h\left(h\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}(a, b)+k\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b)\right)+k\left(h\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b)+k\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b)\right)</math> ::<math>=\begin{pmatrix} h \\ k \end{pmatrix} \cdot \begin{pmatrix} h\frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}(a, b)+k\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b) \\ h\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b)+k\frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b) \end{pmatrix}</math> ::<math>=\begin{pmatrix} h & k \end{pmatrix} \left\{ \begin{pmatrix} \frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}(a, b) & \frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b) \\ \frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b) & \frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b) \end{pmatrix} \begin{pmatrix} h \\ k \end{pmatrix} \right\}</math> ::<math>=\begin{pmatrix} h & k \end{pmatrix}\begin{pmatrix} \frac{\partial^2{f}}{\partial{x^2}}(a, b) & \frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b) \\ \frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b) & \frac{\partial^2{f}}{\partial{x}\partial{y}}(a, b) \end{pmatrix} \begin{pmatrix} h \\ k \end{pmatrix}</math> :ここで<math>\boldsymbol{v}:=\begin{pmatrix} h \\ k \end{pmatrix}</math>とすると ::<math>f(a+h, b+k)\fallingdotseq f(a, b)+\frac{1}{2}({}^t \! \boldsymbol{v} \mathbf{D} \boldsymbol{v})\Big|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x=a \\[-6pt] y=b \end{array}}</math> :則ち ::<math>f(a+h, b+k) - f(a, b) \fallingdotseq \frac{1}{2}({}^t \! \boldsymbol{v} \mathbf{D} \boldsymbol{v})\Big|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x=a \\[-6pt] y=b \end{array}}</math> 拠って、<math>\boldsymbol{v}</math>方向で極大・極小か見るには停留点から<math>\varepsilon\boldsymbol{v}</math>だけ動かしたときの :<math>\frac{1}{2}\varepsilon^2({}^t \! \boldsymbol{v} \mathbf{D} \boldsymbol{v})\Big|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x=a \\[-6pt] y=b \end{array}}</math> の変化を見ればよいが、 :<math>\frac{1}{2}\varepsilon^2>0</math> より、結局は[[線型代数学/二次形式|二次形式]] :<math>({}^t \! \boldsymbol{v} \mathbf{D} \boldsymbol{v})\Big|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x=a \\[-6pt] y=b \end{array}}</math> の符号を見れば良いことになる。 ここでヘッセ行列<math>\mathbf{D}\Big|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x=a \\[-6pt] y=b \end{array}}</math>を対角化することを考える(ヘッセ行列は対称行列なので直交行列で対角化可能)。 :ヘッセ行列の各固有値を<math>\lambda_1, \lambda_2</math>とおくと、ある直交行列<math>\mathbf{P}</math>による相似変換で ::<math>({}^t \! \mathbf{P} \mathbf{D} \mathbf{P})\Big|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x=a \\[-6pt] y=b \end{array}} = \mathrm{diag} (\lambda_1, \lambda_2)</math> :と対角化できる。 :このとき、二次形式は<math>\boldsymbol{u}={}^t \! \mathbf{P} \boldsymbol{v}</math>という一次変換で ::<math>{}^t \! \boldsymbol{u} \mathrm{diag}(\lambda_1, \lambda_2) \boldsymbol{u}</math> :と表される。 :すると<math>\boldsymbol{u}_x\times\boldsymbol{u}_y</math>の項は対角行列の零成分が掛かって消えるので、 ::<math>{}^t \! \boldsymbol{u} \mathrm{diag}(\lambda_1, \lambda_2) \boldsymbol{u}=\lambda_1 (\boldsymbol{u}_x)^2+\lambda_2 (\boldsymbol{u}_y)^2</math> :(つまりこの変換は主軸変換) 則ち、任意方向で極大か極小か調べるには'''ヘッセ行列の各固有値の符号を見ればよい'''。 固有値が全て正であるとき、どのような<math>h, k</math>に対しても<math>f(a+h, b+k) - f(a, b)>0</math>と考えられるので、<math>\boldsymbol{v}=\begin{pmatrix} h \\ k \end{pmatrix}</math>のとり方に依らず<math>f(a, b)</math>は極小値である。 固有値が全て負であるとき、同様に<math>f(a, b)</math>は極大値である。 固有値の符号が異なるとき、<math>\boldsymbol{v}</math>のとり方によって極大か極小か変わるので、<math>(a, b)</math>は鞍点である。 零固有値を持つときは、零固有値に対応する固有ベクトル方向の情報が近似の際に切り捨てられている(則ち<math>\theta</math>- 依存性が高い)ので極大・極小・鞍点・何れでもない、の全ての場合をとり得る。 纏めると、以下のようになる。 {{定理|(極値の判定Ⅱ)}} <math>f\in C^2,~ (a, b)</math>を<math>f(x, y)</math>の停留点とすると、 :(1)<math>\mathbf{D}\Big|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x=a \\[-6pt] y=b \end{array}}</math>が負定値行列ならば<math>f(x, y)</math>は<math>(a, b)</math>で極大。 :(2)<math>\mathbf{D}\Big|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x=a \\[-6pt] y=b \end{array}}</math>が正定値行列ならば<math>f(x, y)</math>は<math>(a, b)</math>で極小。 :(3)<math>\mathbf{D}\Big|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x=a \\[-6pt] y=b \end{array}}</math>が不定行列ならば<math>(a, b)</math>は鞍点。 :(4)<math>\mathbf{D}\Big|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x=a \\[-6pt] y=b \end{array}}</math>が半正定値行列又は半負定値行列又は完全退化行列ならば<math>(a, b)</math>は極値点であることも鞍点であることもそうでないこともある。則ち、ヘッセ行列の定値性では判定できない。 {{定理終わり}} 近似の際に切り捨てた項の振舞によってはこの判定法が通用しない場合がある。特に、三変数以上で(3)を用いる場合は注意。 ヘッセ行列が正定値・負定値・半正定値・半負定値・不定値の何れであるかは、[[線型代数学/固有値と固有ベクトル|シルヴェスターの判定法]]を用いると固有値を求めることなく判別できる。 ===陰関数=== <math>y=f(x)</math>という形で陽に表示される関数を'''陽関数'''という。 これに対し、方程式<math>f(x, y)=0</math>がある区間で定義が区分的でない関数<math>y=\varphi(x)</math>を表すとき、「<math>y=\varphi(x)</math>は<math>f(x, y)=0</math>で定義された'''陰関数'''」という。このとき、方程式<math>f(x, y)=0</math>を「<math>y=\varphi(x)</math>の'''陰関数表示'''」という。一般に、陰関数は陽に表示できるとは限らない。なお、陰関数表示のことを単に陰関数と呼ぶ場合もある。 例えば、単位円の方程式<math>x^2+y^2=1</math>に対し、<math>y=\sqrt{1-x^2},\quad y=-\sqrt{1-x^2}</math>はそれぞれ単位円の方程式で定義された陰関数である。ここで、点<math>(1, 0)</math>を内部に含む開区間を考える。このような区間をどんなに小さく取ったとしても、円の上半分と下半分を両方含んでしまうため、区分的に定義しなければ一意な関数で表せず、則ち陰関数が存在しない。 それでは、方程式<math>f(x, y)=0</math>の陰関数が点<math>(x, y)</math>の充分近傍で存在する条件は何であろうか? 先ずは、厳密なことを抜きにして考える。 形式的に、陰関数<math>y=\varphi(x)</math>は方程式<math>f(x, y)=0</math>を<math>y</math>に就て解いた解である。そのため、このような関数が存在するならば<math>f(x, \varphi(x))=0</math>という<math>x</math>の一変数方程式が成り立つ。 媒介変数を<math>t=x</math>と見て方程式の両辺を<math>x</math>で常微分すると合成関数微分の公式より<math>\frac{dz}{dx}=\frac{\partial{f}}{\partial{t}}\frac{dt}{dx}+\frac{\partial{f}}{\partial{\varphi}}\frac{d\varphi}{dx}=\frac{\partial{f}}{\partial{x}}+\frac{\partial{f}}{\partial{\varphi}}\frac{d\varphi}{dx}=0</math> :<math>\therefore \frac{d\varphi}{dx}=-\frac{\frac{\partial{f}}{\partial{x}}}{\frac{\partial{f}}{\partial{\varphi}}}</math> ここで、実際には <math>\Big|_{y=\varphi(x)}</math>が省略されていることに注意。 この式の主張を纏めると、以下の定理を得る。 {{定理|(陰関数の定理Ⅰ)}} <math>f \in C^1,~ f(a, b)=0,~ \partial{y}f(a, b)\neq0</math>であるとき、<math>(a, b)</math>の充分近傍で<math>f(x, y)=0</math>の定義する陰関数<math>y=\varphi(x)</math>が唯一つ存在し、 :<math>b=\varphi(a)</math> また、この陰関数は<math>x=a</math>の充分近傍で常微分可能で :<math>\frac{d\varphi}{dx}=-\frac{\partial{x} f(x, \varphi(x))}{\partial{y} f(x, \varphi(x))}</math> {{定理終わり}} 先程の考え方では「<math>\varphi(x)</math>の存在性・一意性・常微分可能性」を既に仮定してしまっているので、それらを担保するこの定理の証明としては用いることができない(循環論法になってしまう)。 実は、二変数の場合ならば今迄習った知識で証明可能である。以下に示す。 *証明 :<math>\Omega</math>を<math>\mathbb{R}^2</math>の開集合とする。 :<math>\partial{y}f(a, b)>0</math>とすると<math>f \in C^1</math>より<math>\partial{y}f(x, y)</math>は連続で ::<math>\exist \delta_1, \delta_2>0,~ U=\{ x\big|~ |x-a|\leq\delta_1 \},~ V=\{y\big|~ |y-b|\leq\delta_2\},\quad f(x, y)>0 \quad \left( {\scriptstyle \left( \begin{array}{c} x \\[-6pt] y \end{array} \right)} \in U \times V \subset \Omega \right)</math> :<math>y \in V</math>で<math>f(a, y)>0</math>よりこの区間で単調増加し ::<math>f(a, y)=f(a, b)=0 \lor f(a, b-\delta_2)<0<f(a, b+\delta_2)</math> :更に<math>f</math>が連続より<math>\delta_1</math>が十分小さければ ::<math>x \in U \implies f(x, b-\delta_2)<0<f(x, b+\delta_2)</math> :中間値の定理より ::<math>\forall x\in U,~ \exist y \in V,~ f(x, y)=0</math> :<math>\frac{d\varphi}{dy}>0</math>よりこのような<math>y</math>は一意に定まる。(仮に二つあるとしても、<math>f(x, y_1)=f(x, y_2)=0</math>なのでロルの定理より<math>\exist d \in [y_1, y_2],~ f(x, d)=0</math>。則ちこの<math>d</math>を<math>y</math>として新たにとれば良いことになるので一意である。) :ここで<math>y=\varphi(x)</math>とおくと<math>\varphi(x)</math>は一意で<math>\mathrm{dom}\varphi = U,~ \mathrm{ran}\varphi = V</math> :上記より<math>b=\varphi(a)</math> :<math>\varphi</math>が<math>x_0 \in U</math>で連続でないとすると ::<math>\exist \varepsilon_0,~ \exist x\in U,~ \forall \delta>0,~ ( |x-x_0|<\delta \implies |\varphi(x)-\varphi(x_0)| \geq \varepsilon_0 )</math> :<math>\delta:=\frac{1}{n} (n\in\mathbb{N})</math>とすると ::<math>\forall n\in\mathbb{N},~ \exist x_n\in U,~ ( |x-x_0|<\frac{1}{n} \implies |\varphi(x_n)-\varphi(a)| \geq \varepsilon_0 )</math> :但し<math>\lim_{n\to\infty}x_n=x_0</math>に注意。 :ここで<math>\mathrm{ran}\varphi=V</math>より<math>\varphi(x_0)\in V</math>、則ち<math>\{\varphi(x_n)\}</math>は有界数列である。 :拠ってボルツァーノ・ワイエルシュトラスの定理より<math>\{x_n\}</math>の部分列<math>\{x_{n_k}\}</math>が存在して ::<math>\lim_{k\to\infty}\varphi(x_{n_k})=y_0 \in V</math> :<math>f(x_{n_k}, \varphi(x_{n_k}))=0</math>且つ<math>f</math>が連続より<math>k\to\infty</math>で<math>f(x_0, y_0)=0</math>でなければならないので ::<math>y_0=\varphi(x_0)</math> :一方、 ::<math>\lim_{k\to\infty}|\varphi(x_{n_k})-\varphi(x_0)|=|y_0-\varphi(x_0)|\geq\varepsilon_0>0</math> :これは<math>y=\varphi(x_0)</math>に矛盾する。 :従って<math>\varphi</math>は<math>x_0</math>で連続である。 :<math>\varphi(x_0+h)=\varphi(x_0)+k</math>とおくと<math>\varphi</math>が連続より<math>h\to0</math>で<math>k\to0</math>であり、 :<math>h</math>を充分小さくすると<math>(x_0, \varphi(x_0))</math>と<math>(x_0+h, \varphi(x_0)+k)</math>を結ぶ線分が<math>U\times V</math>に含まれる。 :拠ってテイラーの定理より ::<math>\exist \theta\in(0, 1), 0=f(x_0+h, \varphi(x_0)+k)=f(x_0, \varphi(x_0))+\partial{x} f(x_0+\theta h, \varphi(x_0)+\theta k)h + \partial{y} f(x_0+\theta h, \varphi(x_0)+\theta k)k</math> :<math>k=\varphi(x_0+h)-\varphi(x_0)</math>と<math>f(x_0, \varphi(x_0))</math>より変形して ::<math>\frac{\varphi(x_0+h)-\varphi(x_0)}{h}=-\frac{\partial{x} f(x_0+\theta h, \varphi(x_0)+\theta k)}{\partial{y} f(x_0+\theta h, \varphi(x_0)+\theta k)}</math> :<math>h\to0</math>とすれば ::<math>\varphi'(x_0)=-\frac{\partial{x} f(x_0, \varphi(x_0))}{\partial{y} f(x_0, \varphi(x_0))}</math> :更に、 ::<math>\varphi'(x)=-\frac{\partial{x} f(x, \varphi(x))}{\partial{y} f(x, \varphi(x))}</math> :の右辺が連続関数なので ::<math>\varphi(x) \in C^1</math> :<math>\partial{y}f(a, b)<0</math>の場合も同様に示される。// この証明は「一次元での単調性」に依存しているため、三変数以上に拡張することができない。そのため、(「解析学基礎」の範囲を大幅に超えるが)一般の場合を補足しておく。[[位相空間論]]や[[多様体論]]を修得してから戻ってくるのが良いだろう。 {{定理|(ベクトル関数に於ける陰関数の定理)}} <math>\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}^m</math>上の開集合を<math>\Omega</math>とする。 <math>C^r</math>級関数<math>\boldsymbol{f}:\Omega\to\mathbb{R}^m</math>に対して :<math>\begin{cases} \boldsymbol{f}(\boldsymbol{\alpha}, \boldsymbol{\beta})=\boldsymbol{0} \\ \det \left(\frac{\partial{\boldsymbol{f}}}{\partial{\boldsymbol{y}}}\Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} \boldsymbol{x} = \boldsymbol{\alpha} \\[-6pt] \boldsymbol{y} = \boldsymbol{\beta} \end{array} }\right)\neq0 \end{cases}</math> なる<math>{\scriptstyle \left( \begin{array}{c} \boldsymbol{\alpha} \\[-6pt] \boldsymbol{\beta} \end{array} \right)} \in \Omega</math>が存在するとき、<br><math>\boldsymbol{\alpha}</math>の<math>\mathbb{R}^n</math>- 開近傍<math>U</math>、<math>\boldsymbol{\beta}</math>の<math>\mathbb{R}^m</math>- 開近傍<math>V</math>に対して<math>C^r</math>級微分同相写像<math>\boldsymbol{\varphi}:U \to V</math>が唯一つ存在して :<math>\begin{cases} U \times V \subset \Omega \\ \boldsymbol{\beta} = \boldsymbol{\varphi}(\boldsymbol{\alpha}) \\ \forall {\scriptstyle \left( \begin{array}{c} \boldsymbol{x} \\[-6pt] \boldsymbol{y} \end{array} \right)} \in U \times V,~ \boldsymbol{f}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})=\boldsymbol{0} \iff \boldsymbol{y}=\boldsymbol{\varphi}(\boldsymbol{x}) \\ \forall \boldsymbol{x} \in U,~ \boldsymbol{\varphi}'(\boldsymbol{x})= - \left( \frac{\partial{\boldsymbol{f}}}{\partial{\boldsymbol{y}}}\Bigg|_{\boldsymbol{y}=\boldsymbol{\varphi}(\boldsymbol{x})} \right)^{-1} \frac{\partial{\boldsymbol{f}}}{\partial{\boldsymbol{x}}}\Bigg|_{\boldsymbol{y}=\boldsymbol{\varphi}(\boldsymbol{x})} \end{cases}</math> を満たす。 {{定理終わり}} *証明 :<math>\tilde{\boldsymbol{f}}:\Omega\to\mathbb{R}^{m+n}</math>を ::<math>\tilde{\boldsymbol{f}}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})=\begin{pmatrix} \boldsymbol{x} \\ \boldsymbol{f}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y}) \end{pmatrix}</math> :と定義する。 :<math>{\scriptstyle \left( \begin{array}{c} \boldsymbol{\alpha} \\[-6pt] \boldsymbol{\beta} \end{array} \right)} \in \Omega</math>に就て<math>\boldsymbol{f}(\boldsymbol{\alpha}, \boldsymbol{\beta})=\boldsymbol{0}</math>より ::<math>\tilde{\boldsymbol{f}}(\boldsymbol{\alpha}, \boldsymbol{\beta})=\begin{pmatrix} \boldsymbol{\alpha} \\ \boldsymbol{0} \end{pmatrix}</math> :従って ::<math>\tilde{\boldsymbol{f}}'(\boldsymbol{\alpha}, \boldsymbol{\beta})=\begin{pmatrix} \boldsymbol{E} & \boldsymbol{O} \\ \frac{\partial{\boldsymbol{f}}}{\partial{\boldsymbol{x}}}\Big|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} \boldsymbol{x} = \boldsymbol{\alpha} \\[-6pt] \boldsymbol{y} = \boldsymbol{\beta} \end{array} } & \frac{\partial{\boldsymbol{f}}}{\partial{\boldsymbol{y}}}\Big|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} \boldsymbol{x} = \boldsymbol{\alpha} \\[-6pt] \boldsymbol{y} = \boldsymbol{\beta} \end{array} } \end{pmatrix}</math> :これは下三角行列なので ::<math>\mathrm{rank} \tilde{\boldsymbol{f}}'(\boldsymbol{\alpha}, \boldsymbol{\beta})=m+n</math> :階数が行列の次数に等しいのでこの行列は正則行列、則ち ::<math>\det \tilde{\boldsymbol{f}}'(\boldsymbol{\alpha}, \boldsymbol{\beta})\neq0</math> :(なお、三角行列に関する行列式の公式を用いると<math>\det \tilde{\boldsymbol{f}}'(\boldsymbol{\alpha}, \boldsymbol{\beta})=\det \boldsymbol{E} \det \left(\frac{\partial{\boldsymbol{f}}}{\partial{\boldsymbol{y}}}\Big|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} \boldsymbol{x} = \boldsymbol{\alpha} \\[-6pt] \boldsymbol{y} = \boldsymbol{\beta} \end{array}}\right)\neq0</math>と導かれる。) :よって逆写像定理を適用すると :<math>(\boldsymbol{\alpha}, \boldsymbol{\beta})</math>の開近傍<math>U</math>と<math>(\boldsymbol{\alpha}, \boldsymbol{0})</math>の開近傍<math>V</math>が存在して :<math>\tilde{\boldsymbol{f}}|_{U}:U \to V</math>は<math>C^r</math>級微分同相写像となる。 :ここで<math>\tilde{\boldsymbol{f}}|_{U}</math>の<math>C^r</math>級逆写像を<math>\boldsymbol{\psi}</math>とすると逆写像の定義より ::<math>(\tilde{\boldsymbol{f}}\circ\boldsymbol{\psi})(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})=(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})</math> :また、<math>\boldsymbol{x}</math>は<math>\boldsymbol{\psi}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})</math>の<math>1\sim n</math>成分を並べたベクトル<math>\boldsymbol{\psi}_{1\sim n}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})</math>、<math>\boldsymbol{y}</math>は<math>\boldsymbol{f}(\boldsymbol{\psi}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y}))</math>の<math>1\sim m</math>成分を並べたベクトル<math>\boldsymbol{f}_{1\sim m}(\boldsymbol{\psi}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y}))</math>になるので、 ::<math>\boldsymbol{\psi}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})=(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{\psi}_{1\sim m}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y}))</math> :<math>\tilde{\boldsymbol{\varphi}}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})=\boldsymbol{\psi}_{1\sim m}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})</math>とすると定義より ::<math>\tilde{\boldsymbol{f}}(\boldsymbol{x}, \tilde{\boldsymbol{\varphi}}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y}))=(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})</math> :<math>\boldsymbol{y}</math>に<math>\boldsymbol{0}</math>を代入して ::<math>\tilde{\boldsymbol{f}}(\boldsymbol{x}, \tilde{\boldsymbol{\varphi}}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{0}))=(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{0})</math> :<math>\tilde{\boldsymbol{\varphi}}</math>の定義より<math>\boldsymbol{\varphi}(\boldsymbol{x}):=\tilde{\boldsymbol{\varphi}}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{0})</math>とすれば :<math>\boldsymbol{f}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{\varphi}(\boldsymbol{x}))=\boldsymbol{0}</math> :則ち<math>\boldsymbol{y}=\boldsymbol{\varphi}(\boldsymbol{x})</math> :<math>\boldsymbol{\psi} \in C^r</math>より<math>\boldsymbol{\varphi} \in C^r</math>であり、逆写像の一意性より<math>\boldsymbol{\varphi}</math>は一意に定まるので、 :<math>\boldsymbol{y}=\boldsymbol{\varphi}(\boldsymbol{x})</math>は陰関数の満たすべき性質を全て満たす。// (補足ここ迄) 陰関数の定理の応用として、陰関数表示で与えられた曲線の接線・法線の方程式を求めることが考えられる。 :円<math>x^2+y^2=r^2</math>を考える。 :<math>f(x, y)=x^2+y^2-r^2</math>とおくと<math>f\in C^2, f(x, y)=0</math>であり、何かしらの関数の陰関数表示となっている。 :よって陰関数定理より :<math>\frac{dy}{dx}=-\frac{\frac{\partial{f}}{\partial{x}}}{\frac{\partial{f}}{\partial{y}}}</math> :ここで :<math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}}=2x, \frac{\partial{f}}{\partial{y}}=2y</math> :より<math>y\neq0</math>で :<math>\frac{dy}{dx}=-\frac{x}{y}</math> :接点を<math>(x_0, y_0)</math>とすれば接線の方程式の公式より :<math>y-y_0=-\frac{x_0}{y_0}(x-x_0)</math> :変形すると :<math>y_0(y-y_0)+x_0(x-x_0)=0</math> :<math>xx_0+yy_0=x^2_0+y^2_0=r^2</math> :ここで<math>\begin{pmatrix} x_0 \\ y_0 \end{pmatrix}</math>は明らかにこの接線の法線ベクトルなので :<math>y=0</math>でも成り立つ。 :同様に法線の方程式は :<math>y=\frac{y_0}{x_0}x</math> :と求まる。// 高校数学では「<math>y</math>を<math>x</math>の関数とみて合成関数微分を行う」という考え方で求めたが、陰関数定理はそのような関数<math>y=\varphi(x)</math>の存在を保証していたのである。 一般の二次曲線やその他の陰関数曲線でもこの考え方を適用することが可能である。 二変数方程式で定義される陰関数は一変数関数であった。では、二変数関数もある三変数方程式で定義された陰関数とは考えられないだろうか?実は、一般に<math>n</math>変数方程式の定義する陰関数は<math>n-1</math>変数関数である。直観的には、「元の<math>n</math>変数方程式に陰関数<math>x_n=g(x_1, x_2, \cdots, x_{n-1})</math>を代入することで自由度が一個下がる」と理解される。 <math>xyz</math>空間で方程式<math>f(x, y, z)=0</math>は一般に曲面を表す。この曲面上の点<math>(a, b, c)</math>近傍で曲面の関数表示が二変数関数<math>z=\psi(x, y)</math>であるための十分条件も陰関数定理で与えられる。 {{定理|(陰関数の定理Ⅱ)}} <math>f \in C^1</math>が<math>(a, b, c)</math>の<math>\mathbb{R}^3</math>- 開近傍で定義されているとしたとき、<math>f(a, b, c)=0,~ \partial{z} f(a, b, c)\neq0</math>ならば<math>(a, b)</math>の<math>\mathbb{R}^2</math>- 開近傍<math>U</math>で陰関数<math>z=\psi(x, y)</math>が唯一つ存在し :<math>\begin{cases} \psi \in C^1 \\ c=\psi(a, b) \\ f(x, y, \psi(x, y))=0 \quad((x, y) \in U) \\ \frac{\partial{\psi}}{\partial{x}}=-\frac{\partial{x}f(x, y, z)}{\partial{z} f(x, y, z)} \\ \frac{\partial{\psi}}{\partial{y}}=-\frac{\partial{y}f(x, y, z)}{\partial{z} f(x, y, z)} \end{cases}</math> を満たす。 {{定理終わり}} <math>\partial{x} f(a, b, c) \partial{y} f(a, b, c) \partial{z} f(a, b, c)\neq0</math>のとき曲面<math>f(x, y, z)=0</math>の<math>(a, b, c)</math>に於ける接平面は :<math>\partial{x}f(a, b, c)(x-a)+\partial{y}f(a, b, c)(y-b)+\partial{z}f(a, b, c)(z-c)=0</math> である。 この定理を用いると :<math>\begin{cases} \partial{x}f(a, b, c) = -\partial{x}\psi(a, b) \times \partial{z}f(a, b, c) \\ \partial{y}f(a, b, c) = -\partial{y}\psi(a, b) \times \partial{z}f(a, b, c) \\ \partial{z}f(a, b, c)\neq0 \end{cases}</math> なので :<math>z-c=\partial{x}\psi(a, b)(x-a)+\partial{y}\psi(a, b)(y-b)</math> と、全微分の節で求めた接平面の方程式に一致する。 更に、以下も成り立つ。 {{定理|(陰関数の定理Ⅲ)}} <math> f, g \in C^1</math>が<math>(a, b, c)</math>の<math>\mathbb{R}^3</math>- 開近傍で定義されているとしたとき、<math>f(a, b, c)=g(a, b, c)=0,~ \begin{vmatrix} \frac{\partial{f}_1}{\partial{y}} & \frac{\partial{f}_1}{\partial{z}} \\ \frac{\partial{f}_2}{\partial{y}} & \frac{\partial{f}_2}{\partial{z}} \end{vmatrix}_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = a \\[-6pt] y = b \\[-6pt] z = c \end{array}}\neq0</math>ならば<math>x=a</math>の<math>\mathbb{R}</math>- 開近傍<math>U</math>で陰関数の組<math>(y, z)=(\varphi(x), \psi(x))</math>が唯一つ存在し :<math>\begin{cases} \varphi, \psi \in C^1 \\ b=\varphi(a) \\ c=\psi(a) \\ f(x, \varphi(x), \psi(x))=g(x, \varphi(x), \psi(x))=0 \\ \frac{d\varphi}{dx}=-\frac{\begin{vmatrix} \frac{\partial{f}_1}{\partial{x}} & \frac{\partial{f}_1}{\partial{z}} \\ \frac{\partial{f}_2}{\partial{x}} & \frac{\partial{f}_2}{\partial{z}} \end{vmatrix}}{\begin{vmatrix} \frac{\partial{f}_1}{\partial{y}} & \frac{\partial{f}_1}{\partial{z}} \\ \frac{\partial{f}_2}{\partial{y}} & \frac{\partial{f}_2}{\partial{z}} \end{vmatrix}} , \quad \frac{d\psi}{dx}=-\frac{\begin{vmatrix} \frac{\partial{f}_1}{\partial{y}} & \frac{\partial{f}_1}{\partial{x}} \\ \frac{\partial{f}_2}{\partial{y}} & \frac{\partial{f}_2}{\partial{x}} \end{vmatrix}}{\begin{vmatrix} \frac{\partial{f}_1}{\partial{y}} & \frac{\partial{f}_1}{\partial{z}} \\ \frac{\partial{f}_2}{\partial{y}} & \frac{\partial{f}_2}{\partial{z}} \end{vmatrix}} \end{cases}</math> を満たす。 {{定理終わり}} 陰関数定理が成り立つ状況下に於て、原点近傍で以下のような変換を考える。 :<math>(s, t)=\vartheta(x, y)=(f(x, y), x)</math> このとき逆写像定理により<math>\vartheta:(x, y)\to(s, t)</math>は微分同相写像なので、<math>F(s, t)=s</math>として :<math>(F\circ\vartheta^{-1})(x, y)=x</math> が成り立つ。 これは、<math>s=f(x, y)</math>を座標軸としてみる座標変換を考えていることになる。例えば二重積分で積分領域の境界が<math>f(x, y)=\mathrm{const}.</math>であるとき、これは一般に曲線を表すので扱いづらい。しかし、このような座標変換を行うことで<math>s=\mathrm{const}.</math>という非常に単純な<math>s</math>-単疆界領域となり、二重積分が容易となる。詳しくは「重積分」節で後述する。 {{演習問題| :1. 双曲線<math>x^2-2\sqrt{3}xy-y^2+4y+4=0</math>の点<math>(0, 2+2\sqrt{2})</math>に於ける法線を求めよ。 :2. レムニスケート<math>r^2=2a^2\cos^2 2\theta</math>に就いて、円<math>r=|a|</math>上を除く領域で<math>y</math>が<math>x</math>の関数として単調であることを示せ。 :3. 曲面<math>x^2+3xy-2yz+xz-y^2=0</math>の点<math>(1, 2, 1)</math>に於ける接平面の方程式を求めよ。 :4. <math>f(x, y, z)=x+y+z-3,~ g(x, y, z)=y^2+z-2</math>とする。点<math>(1, 1, 1)</math>近傍の陰関数<math>y=\varphi(x),~ z=\psi(x)</math>を具体的に表示し、その微分係数を求めよ。 | 1. :<math>f(x, y):=\mathrm{lhs}.</math> :<math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}}=2x-2\sqrt{3}y,~ \frac{\partial{f}}{\partial{y}}=-2y-2\sqrt{3}x</math> :<math>(0, 2+2\sqrt{2})</math>で :<math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}}=-4\sqrt{3}-4\sqrt{6},~ \frac{\partial{f}}{\partial{y}}=-4-4\sqrt{2}\neq0</math> :<math>\frac{dy}{dx}=-\frac{-4\sqrt{3}(1+\sqrt{2})}{-4(1+\sqrt{2})}=-\sqrt{3}</math> :<math>y-(2+2\sqrt{2})=-\frac{1}{-\sqrt{3}}(x-0)</math> :<math>y=\frac{1}{\sqrt{3}}x+2+2\sqrt{2}</math> 2. :<math>r^2=x^2+y^2,~ \cos^2 2\theta = \cos^2 \theta - \sin^2 \theta=\left(\frac{x}{r}\right)^2-\left(\frac{y}{r}\right)^2</math>よりレムニスケートの方程式は :<math>(x^2+y^2)^2-2a^2(x^2-y^2)=0</math> :<math>f(x, y):=\mathrm{lhs}.</math> :<math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}}=2(x^2+y^2)(2x)-2a^2(2x)=4x(x^2+y^2-a^2)</math> :<math>\frac{\partial{f}}{\partial{y}}=2(x^2+y^2)(2y)-2a^2(-2y)=4y(x^2+y^2+a^2)</math> :<math>y\neq0</math>で :<math>\frac{dy}{dx}=-\frac{x(x^2+y^2-a^2)}{y(x^2+y^2+a^2)}</math> :ここで<math>xy</math>平面上の象限を固定して考えると、 :<math>\frac{dy}{dx}</math>の符号は<math>x^2+y^2-a^2</math>の正負で決まる。 :よって<math>x^2+y^2-a^2=0</math>則ち円<math>r=|a|</math>上を除く領域で、 :<math>y</math>は<math>x</math>の関数として単調である。 3. :<math>f(x, y, z):=\mathrm{lhs}.</math> :<math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}}=2x+3y+z,~ \frac{\partial{f}}{\partial{y}}=3x-2y-2z,~ \frac{\partial{f}}{\partial{z}}=x-2y</math> :<math>(1, 2, 1)</math>で :<math>\frac{\partial{f}}{\partial{x}}=9,~ \frac{\partial{f}}{\partial{y}}=-3,~ \frac{\partial{f}}{\partial{z}}=-3\neq0</math> :<math>\frac{\partial{z}}{\partial{x}}=-\frac{9}{-3}=3,~ \frac{\partial{z}}{\partial{y}}=-\frac{-3}{-3}=-1</math> :<math>z-1=3(x-1)-1(y-2)</math> :<math>z=3x-y</math> 4. :<math>f(x, y, z)=0</math>とすると<math>z=3-x-y</math>であり、<math>g(x, y, z)=0</math>に代入して :<math>y^2-(3-x-y)-2=0</math> :<math>y^2-y+1-x=0</math> :<math>y=\frac{1\pm\sqrt{4x-3}}{2}</math> :<math>(x, y)=(1, 1)</math>となるためには :<math>y=\frac{1+\sqrt{4x-3}}{2}</math> :<math>z=3-x-y=3-x-\frac{1+\sqrt{4x-3}}{2} = \frac{5-2x+\sqrt{4x-3}}{2}</math> :これは<math>(x, z)=(1, 1)</math>を満たす。 :根号の実数条件より<math>x\geq\frac{3}{4}</math>より「<math>x=1</math>近傍」も満たす。 :よって<math>(\varphi(x), \psi(x))=\left(\frac{1+\sqrt{4x-3}}{2}, \frac{5-2x+\sqrt{4x-3}}{2}\right)</math> :逆にこのように<math>(\varphi(x), \psi(x))</math>を定義すると条件を満たす。 :<math>\frac{d\varphi}{dx}=\frac{1}{2}\cdot\frac{4}{2\sqrt{4x-3}}=\frac{1}{\sqrt{4x-3}},~ \frac{d\psi}{dx}=-1-\frac{1}{\sqrt{4x-3}}</math> :<math>x=1</math>で :<math>\frac{d\varphi}{dx}=1,~ \frac{d\psi}{dx}=-2</math> }} ===条件付極値=== 先程は点<math>(x, y)</math>が<math>\mathbb{R}^2</math>上を自由に動ける条件の下で極値を考えた。しかし、応用上は何かしらの制約が課された状態での極値を考えることが往々にしてある(寧ろ、無条件の方が稀であろう)。 則ち、次の問題を考える。 :点<math>(x, y)</math>が'''拘束条件'''(束縛条件)<math>g(x, y)=0</math>を満たしながら変化するとき、<math>f(x, y)</math>の'''条件付極値'''を求めよ。 このような問題を(2変数1拘束条件の)'''条件付極値問題'''という。また、拘束条件を表す関数<math>g(x, y)</math>を'''制約関数'''という。 一般に<math>g(x, y)=0</math>が<math>y=\phi(x)</math>や<math>x=\psi(y)</math>のように解けるとは限らず、解けたとしても増減を簡単に調べられるとは限らない。 そこで、条件付極値問題の解法には以下の定理が用いられる。 {{定理|(ラグランジュの未定乗数法)}} <math>f(x, y), g(x, y)\in C^1</math>として<math>f(x, y)</math>が点<math>(a, b)</math>で拘束条件<math>g(x, y)=0</math>の下での条件付極値をとるとき、 :<math>L(x, y, z)=f(x, y)-zg(x, y)</math> と置くと :<math>\frac{\partial{g}}{\partial{x}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = a \\[-6pt] y = b \end{array} }\times\frac{\partial{g}}{\partial{y}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = a \\[-6pt] y = b \end{array} }\neq0</math> ならば :<math>\frac{\partial{L}}{\partial{x}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = a \\[-6pt] y = b \end{array} }=\frac{\partial{L}}{\partial{y}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = a \\[-6pt] y = b \end{array} }=\frac{\partial{L}}{\partial{z}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = a \\[-6pt] y = b \end{array} }=0</math> を満たす実数<math>z=\lambda</math>が存在する。 {{定理終わり}} この<math>L</math>を'''ラグランジュ関数'''、<math>\lambda</math>を'''未定乗数'''(ラグランジュ乗数)という。未定乗数法では、条件付極値の問題を「ラグランジュ関数の無条件極値問題」に帰着している。 各偏導関数を計算すると、連立方程式 :<math>\begin{cases} f_x(a, b)=\lambda g_x(a, b) \\ f_y(a, b)=\lambda g_y(a, b) \\ g(a, b)=0 \end{cases}</math> に帰着される。 *証明 :<math>(a, b)</math>を極値点、<math>\frac{\partial{g}}{\partial{y}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = a \\[-6pt] y = b \end{array} }\neq0</math>とする。 :陰関数定理より<math>(a, b)</math>の充分近傍で<math>g(x, y)=0</math>の<math>C^1</math>級陰関数<math>y=\phi(x)</math>が存在し、<math>\phi'(x)=-\frac{\frac{\partial{g}}{{\partial{x}}}}{\frac{\partial{g}}{\partial{y}}}</math>となる。 :<math>h(x):=f(x, \phi(x))</math>とするとフェルマーの定理より<math>0=h'(a)=f_x(a, b)+f_y(a, b)\phi'(a)=f_x(a, b)-f_y(a, b)\frac{g_x(a, b)}{g_y(a, b)}</math> :ここで<math>\lambda:=\frac{f_y(a, b)}{g_y(a, b)}</math>と置くと<math>f_x(a, b)=\lambda g_x(a, b) \iff \frac{\partial{L}}{\partial{x}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = a \\[-6pt] y = b \end{array} }=0</math>を得る。 :定義した<math>\lambda</math>より<math>f_y(a, b) =\lambda g_y(a, b) \iff\frac{\partial{L}}{\partial{y}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = a \\[-6pt] y = b \end{array} }=0</math>。 :<math>\frac{\partial{g}}{\partial{x}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = a \\[-6pt] y = b \end{array} }\neq0</math>としても同様。 :<math>\frac{\partial{L}}{\partial{z}} \Bigg|_{\scriptscriptstyle \begin{array}{c} x = a \\[-6pt] y = b \end{array} }=0</math>は拘束条件から直ちに満たされる。 :よって実数<math>\lambda</math>が存在して定理の式が満たされる。// ベクトル解析の記法で書くと、未定乗数法の連立方程式は<math>\mathrm{grad} f=\lambda \mathrm{grad} g</math>と表される。これは幾何学的には、「曲面<math>z=f(x, y)</math>と曲面<math>g(x, y)=0</math>の共有点での接平面の法線ベクトルが平行」という条件である。 2曲面の共有点の<math>z</math>座標を<math>c</math>としたとき、曲面を<math>z=c</math>で切った切り口の曲線は<math>c=f(x, y), g(x, y)=0</math>であり、これらは曲面と同じ共有点を持つ。共有点で2曲線が交わるとすると「連続微分可能」という仮定より2曲面は「切れ目なく」繫がっているので、十分小さい<math>\varepsilon>0</math>に対して曲線<math>c\pm\varepsilon=f(x, y)</math>は<math>g(x, y)</math>と共有点を持つ。このとき、<math>f(x, y)</math>は<math>(a, b)</math>近傍で<math>c=f(a, b)</math>より大きい値も小さい値もとるので、<math>(a, b)</math>は極値点ではない。よって、2曲線は極値点<math>c_0=f(a, b)</math>に於いて接していなければならない。 このとき、曲線の式<math>c_0=f(x, y), g(x, y)=0</math>の両辺を<math>x</math>で微分することで<math>\begin{cases} f_x\cdot1+f_x\cdot\frac{dy}{dx}=0 \\ g_x\cdot1+g_y\cdot\frac{dy}{dx}=0 \end{cases}</math>を得、接ベクトル<math>(1, \frac{dy}{dx})</math>に直交する平行な2ベクトル<math>(f_x, f_y), (g_x, g_y)</math>をそれぞれの曲線の法線ベクトルにとることができる。よって未定乗数<math>\lambda</math>が実数として存在する。 フェルマーの定理と同様に未定乗数法の式を満たすことは条件付極値であるための必要条件なので、十分性の確認は必須である。逆に、未定乗数法は条件付極値の候補となる点を与える(未定乗数<math>\lambda</math>は「存在する」だけでこの先一切使わないが、先述のように幾何学的意味が存在する)。 先程紹介したヘッセ行列は「無制約の場合」の議論だったので今回は用いることができない。 そこで、以下のように表示される'''境界付ヘッセ行列'''(縁付ヘッセ行列)が判定に使用される(代入記号は省略した)。 :<math>\mathbf{H}_B = \begin{pmatrix} 0 & \frac{\partial{g}}{\partial{x}} & \frac{\partial{g}}{\partial{y}} \\ \frac{\partial{g}}{\partial{x}} & \frac{\partial^2L}{\partial{x^2}} & \frac{\partial^2L}{\partial{x}\partial{y}} \\ \frac{\partial{g}}{\partial{y}} & \frac{\partial^2L}{\partial{y}\partial{x}} & \frac{\partial^2L}{\partial{y^2}} \end{pmatrix}</math> 今回の場合、<math>\det \mathbf{H}_B>0</math>なら条件付極小値、<math>\det \mathbf{H}_B<0</math>なら条件付極大値と判定される。 但し、3変数以上や拘束条件が増えたときの拡張は非常に煩雑で複雑なものとなるので、ここでは紹介しない。 連立方程式<math>\begin{cases} f_x(a, b)=\lambda g_x(a, b) \\ f_y(a, b)=\lambda g_y(a, b) \\ g(a, b)=0 \end{cases}</math>を更に変形する。 :第三式は拘束条件そのものなので除外する。 :第一式・第二式を行列表現に直して :<math>\begin{pmatrix} f_x & g_x \\ f_y & g_y \end{pmatrix}\begin{pmatrix} 1 \\ -\lambda \end{pmatrix}= \begin{pmatrix} 0 \\ 0 \end{pmatrix}</math> :線型代数で扱った定理「斉次連立一次方程式が非自明解を持つ<math>\iff</math>表現行列が特異行列」より、 :<math>\begin{vmatrix} f_x & g_x \\ f_y & g_y \end{vmatrix}=0</math> よって、未定乗数<math>\lambda</math>を求めなくても未定乗数法を適用できる。 この変形は2変数1拘束条件の場合のみ成り立ち、一般化はできない。 == 重積分と線積分 == === 重積分のイメージ === ここでは、多変数関数の積分について解説する。厳密な説明は煩雑な数式を要するので後に回して、まずは証明は抜きに定義と定理の大まかなイメージについて説明し、計算例を見る。 まず、1変数関数の積分について復習する。1変数関数の積分は、大まかに言えば次のような概念だった。直線(''x''軸)の一部である区間''I''と、''I''上で定義された関数''f''を考える。簡単のため''f''は正の値を取るとする。このとき、<math>\{(x,y)|y=f(x)\}</math>は''xy''平面内の曲線を表し、関数''f''のグラフと呼ばれる。このグラフ<math>y=f(x)</math>と''x''軸で挟まれた部分<math>\{(x,y)|x \in I,0 \le y \le f(x)\}</math>の面積を求めるのが定積分<math>\int_I f(x) dx</math>である。その厳密な定義は、領域を細長い長方形に分割して足し合わせると、長方形の幅を十分小さくしたときその面積の和は分割のしかたによらないことを示し、その和(リーマン和という)の極限値として定めるのだった。 これに対して2変数関数の重積分とは、大まかに言えば次のような概念である。平面(''xy''平面)の一部である領域''D''と、''D''上で定義された関数''f''を考える。簡単のため''f''は正の値を取るとする。このとき、<math>\{(x,y,z)|z=f(x,y)\}</math>は''xyz''空間内の曲面を表し、関数''f''のグラフと呼ばれる。このグラフ<math>z=f(x,y)</math>と''xy''平面で挟まれた部分<math>\{(x,y,z)|(x,y) \in D,0 \le z \le f(x,y)\}</math>の体積を求めるのが重積分<math>\int_D f(x,y) dxdy</math>である。その厳密な定義は、立体を細長い直方体に分割して足し合わせると、直方体の底面積を十分小さくしたときその体積の和は分割のしかたによらないことを示し、その和(リーマン和という)の極限値として定めるのである。 リーマン和の極限は分割のしかたによらないことを証明していないことはともかくとして、大まかな概念はつかめたと思う。しかし、この定義だけでは具体的な関数についての計算はできそうにない。具体的な計算には、次の定理が役に立つ。 '''定理'''(縦線領域の逐次積分) <math>D=\{(x,y) | a \le x \le b,\ p(x) \le y \le q(x) \}</math>のとき、 :<math>\int_D f(x,y) dxdy=\int_a^b \left(\int_{p(x)}^{q(x)} f(x,y) dy\right) dx </math> 証明の代わりに定理のイメージを説明する。<math>a \le c \le b</math>を満たすcについて、領域''D''と直線<math>x=c</math>の共通部分を''I''とする。このとき、立体を平面<math>x=c</math>で切った「断面」<math>\{(x,y,z)|(x,y) \in I,0 \le z \le f(x,y) \}</math>の面積は<math>\int_{p(c)}^{q(c)} f(c,y) dy</math>で与えられる。この面積を''x''軸方向に積分することで立体の体積が得られる。 この定理を使って、球の体積を計算してみよう。<math>\{(x,y,z)|x^2+y^2+z^2=1 \}</math>は半径1の球面を表す。この球面の「上半分」は<math>\left\{(x,y,z)|z=\sqrt{1-x^2-y^2}\right\}</math>なので、半径1の半球の体積''V''は<math>D=\{(x,y)|x^2+y^2 \le 1\}</math>とすると :<math>V=\int_D \sqrt{1-x^2-y^2} dxdy</math> で与えられる。逐次積分の公式を使うと、 :<math> \begin{align} V & = \int_{-1}^1\left(\int_{-\sqrt{1-x^2}}^\sqrt{1-x^2} \sqrt{1-x^2-y^2} dy\right)dx \\ & = \int_{-1}^1\left[y\sqrt{1-x^2-y^2}+(1-x^2)\arcsin\frac{y}{\sqrt{1-x^2}} \right]_0^\sqrt{1-x^2} dx \\ & = \int_{-1}^1\frac{\pi}{2} (1-x^2) dx \\ & = \pi \left[ x-\frac{x^3}{3} \right]_0^1 \\ & = \frac{2}{3} \pi \end{align} </math> である。 === 変数変換公式 === 上の節でみた球の体積の計算のような場合には、実は直交座標ではなく極座標を用いた方が便利である。このような座標の変換を行う場合には、1変数関数の積分の場合には置換積分の公式があり、たとえば<math>x=x(u)</math>で定まる変数''u''を用いると :<math>\int_I f(x) dx= \int_{I'} f(x(u)) \frac{dx}{du} du</math> と計算できるのだった。2変数の場合には、積分の変数変換の公式は次のようになる。 '''定理'''(変数変換公式) <math>x=x(u,v),y=y(u,v)</math>とするとき、行列 <math>J(u,v)=\begin{pmatrix} \frac{\partial x}{\partial u} & \frac{\partial x}{\partial v} \\ \frac{\partial y}{\partial u} & \frac{\partial y}{\partial v} \end{pmatrix}</math> を考える。このとき、 :<math>\int_D f(x,y) dxdy = \int_{D'} f(x(u,v),y(u,v)) |J(u,v)| dudv</math> である。ただし、<math>|J(u,v)|</math>は行列式を表す。 これもまずは証明は抜きにして、極座標の場合の計算をしてみよう。直交座標と極座標の変換は<math>x=r\cos\theta,y=r\sin\theta</math>であるから、 :<math>|J(u,v)|=\begin{vmatrix} \frac{\partial x}{\partial r} & \frac{\partial x}{\partial \theta} \\ \frac{\partial y}{\partial r} & \frac{\partial y}{\partial \theta} \end{vmatrix}=\begin{vmatrix} \cos\theta & -r\sin\theta \\ \sin\theta & r\cos\theta \end{vmatrix} =r(\sin^2\theta+\cos^2\theta)=r</math> である。これを用いて再び半球の体積を計算すると、 :<math> \begin{align} V & = \int_D \sqrt{1-x^2-y^2} dxdy \\ & = \int_0^{2\pi} \left( \int_0^1 r\sqrt{1-r^2} dr\right) d\theta \\ & = \int_0^{2\pi} \left[-\frac{1}{3}(1-r^2)^\frac{3}{2} \right]_0^1 d\theta \\ & = \int_0^{2\pi} \frac{1}{3} d\theta \\ & = \frac{2}{3} \pi \end{align} </math> である。先ほどよりも簡単な計算になったことが分かる。 === 線積分とグリーンの定理 === 2つの2変数関数の組<math>(u(x,y),v(x,y))</math>と、パラメタ表示された滑らかな曲線<math>C:x=x(t),y=y(t) (0 \le t \le 1)</math>があるとき、次の(1変数関数の)定積分の値を''C''に沿った線積分という。 :<math>\int_0^1 \left(u(x(t),y(t)) \frac{dx}{dt} + v(x(t),y(t))\frac{dy}{dt}\right) dt</math> この積分を、 :<math>\int_C (u(x,y) dx+ v(x,y) dy)</math> という記号で表す。 <math>(x(0),y(0))=(x(1),y(1))</math>かつ<math>t \mapsto (x(t),y(t))</math>が半開区間[0,1)上で単射なとき、''C''は単純閉曲線であるという。単純閉曲線は平面の一部のある有界領域を囲む境界線となっている。単純閉曲線に沿った線積分とその内部の領域での重積分の間に、次のような関係式が成り立つことが知られている。 '''定理'''(グリーンの定理) ''C''は単純閉曲線で、''C''で囲まれる有界の領域を''D''とするとき、''D''で定義される連続微分可能な関数<math>u(x,y),v(x,y)</math>に対して、 :<math>\int_C (u(x,y) dx+v(x,y) dy)=\int_D \left(-\frac{\partial u}{\partial y}+\frac{\partial v}{\partial x}\right) dxdy</math> である。ただし''C''は''D''の境界線を反時計回りに進むものとする。 グリーンの定理の適用例と適用できない例をあげる。 '''例'''(面積) <math>u(x,y)=-y,v(x,y)=x</math>とすると<math>-\frac{\partial u}{\partial y}+\frac{\partial v}{\partial x}=2</math>である。 一方、重積分<math>\int_D dxdy</math>は領域''D''の面積を表す。よって、グリーンの定理より :<math>\frac{1}{2}\int_C (-ydx+xdy)</math> は単純閉曲線''C''で囲まれる有界領域の面積を表す。たとえば、<math>C:x=\cos 2\pi t,y=\sin 2\pi t</math>(単位円周)とすると :<math>\frac{1}{2}\int_C (-ydx+xdy)=\frac{1}{2}\int_0^1 (-\sin 2\pi t(-2\pi\sin 2\pi t)+\cos 2\pi t (2\pi \cos 2 \pi t)) dt=\pi \int_0^1 dt=\pi</math> は単位円板''D''の面積である。 '''例'''(領域''D''内で定義されない点がある) <math>u(x,y)=-\frac{y}{x^2+y^2},v(x,y)=\frac{x}{x^2+y^2}</math>とすると<math>-\frac{\partial u}{\partial y}+\frac{\partial v}{\partial x}=\frac{x^2+y^2-2y^2}{(x^2+y^2)^2}+\frac{x^2+y^2-2x^2}{(x^2+y^2)^2}=0</math>であるから、任意の領域''D''について<math>\int_D \left(-\frac{\partial u}{\partial y}+\frac{\partial v}{\partial x}\right) dxdy=0</math>である。ところが、<math>C:x=\cos 2\pi t,y=\sin 2\pi t</math>(単位円周)とすると :<math>\int_C \frac{-ydx+xdy}{x^2+y^2}=\int_0^1 \frac{-\sin 2\pi t(-2\pi\sin 2\pi t)+\cos 2\pi t (2\pi \cos 2 \pi t)}{\cos^2 2\pi t+\sin^2 2\pi t}dt=2\pi \int_0^1 dt=2\pi</math> である。 [[カテゴリ:微分積分学|たへんすうかんすうのひせきふん]] 7k9hxzfz1or8s98wlw2qub97sna6308 COBOL 0 32370 301871 301864 2026-07-26T15:20:41Z Kyube 57 クラウスはclauseと思われるため日本語に直す 301871 wikitext text/x-wiki <small>[[メインページ]] > [[工学]] > [[情報技術]] > [[プログラミング]] > [[COBOL]]</small> COBOL(コボル)は、1960年に事務処理用に開発されたプログラミング言語です。 名前は「Common Business Oriented Language」(共通事務処理用言語)に由来します。 [[Fortran]]・[[Lisp]]とともに最も古いプログラミング言語の1つですが、 それ故、多くのソフトウェア資産の蓄積があり、2022年の今日でも現役のプログラミング言語として使用されています。 == COBOLの特徴 == COBOLの特徴を簡単なコード例とともに示します。以下は、COBOLのいくつかの特徴を示す基本的なコードスニペットです。 # データ定義の明確さ #: この例では、<code>Employee-Record</code>というデータ構造を定義しています。各フィールドは<code>PIC</code>(Picture)句を使用してデータの型と桁数を指定しています。 #:<syntaxhighlight lang=cobolfree copy> IDENTIFICATION DIVISION. PROGRAM-ID. SampleProgram. DATA DIVISION. WORKING-STORAGE SECTION. 01 Employee-Record. 05 Employee-ID PIC 9(5). 05 Employee-Name PIC X(20). 05 Employee-Salary PIC 9(7)V99. PROCEDURE DIVISION. </syntaxhighlight> # 構造化プログラミング #: COBOLは構造化プログラミングをサポートしており、<code>IF</code>文を通じて条件分岐を行います。 #:<syntaxhighlight lang=cobolfree copy> IF Employee-Salary > 50000 DISPLAY 'High Salary'. ELSE DISPLAY 'Low Salary'. </syntaxhighlight> # データベースへのアクセス #: 上記の例では、COBOLがデータベースへのアクセスを可能にするためのSQL文を使用しています。 #:<syntaxhighlight lang=cobolfree copy> EXEC SQL DECLARE EmployeeCursor CURSOR FOR SELECT Employee-Name, Employee-Salary FROM EmployeeTable WHERE Department = 'IT'. EXEC SQL OPEN EmployeeCursor. PERFORM UNTIL SQLCODE NOT = 0 EXEC SQL FETCH NEXT FROM EmployeeCursor INTO :Employee-Name, :Employee-Salary END-EXEC. DISPLAY 'Employee: ' Employee-Name 'Salary: ' Employee-Salary. END-PERFORM. EXEC SQL CLOSE EmployeeCursor. </syntaxhighlight> == 簡単なCOBOLプログラム == 以下は簡単なCOBOLのプログラムです。 ;[https://paiza.io/projects/TLWqnDzo0jQ0VBCz8EgLZA?language=cobol hello.cbl]:<syntaxhighlight lang=cobolfree copy> IDENTIFICATION DIVISION. PROGRAM-ID. HELLO. PROCEDURE DIVISION. DISPLAY "Hello World 12345!". STOP RUN. </syntaxhighlight> ;実行結果:<syntaxhighlight lang="text"> Hello World! </syntaxhighlight> {{コラム|width=100%|オンラインのコンパイル・実行環境|2= [https://paiza.io/ paiza.IO] の様な、オンラインのコンパイル・実行環境であればウェブブラウザーだけで、COBOLのプログラムをコンパイル・実行できます。 上の例の、[https://paiza.io/projects/TLWqnDzo0jQ0VBCz8EgLZA?language=cobol hello.cbl] のようなリンク先を開くと、ウェブブラウザー上でコンパイル・実行することが出来ます。 }} == 環境構築 == === GnuCobol === GnuCOBOL(旧OpenCOBOL、短期間GNU Cobolとして知られていました)は、COBOLのフリーな実装です。 GnuCOBOLは、ネイティブのCコンパイラを使用するCへのトランスコンパイラです。 ==== GNU/Linuxの場合 ==== ディストリビューションにより、パッケージマネージャとパッケージ体系に違いがありますが、例えば Fedora Linux では、 <syntaxhighlight lang="bash"> $ sudo dnf install gnucobol $ cobc --version cobc (GnuCOBOL) 3.1.2.0 Copyright (C) 2020 Free Software Foundation, Inc. License GPLv3+: GNU GPL version 3 or later <https://gnu.org/licenses/gpl.html> This is free software; see the source for copying conditions. There is NO warranty; not even for MERCHANTABILITY or FITNESS FOR A PARTICULAR PURPOSE. Written by Keisuke Nishida, Roger While, Ron Norman, Simon Sobisch, Edward Hart Built Jan 26 2021 00:00:00 Packaged Dec 23 2020 12:04:58 UTC C version "11.0.0 20210123 (Red Hat 11.0.0-0)" loading standard configuration file 'default.conf' </syntaxhighlight> :で導入およびバージョンの確認できます。 === FreeBSDの場合 === FreeBSD Ports/Packages Collection の、<code>ports/lang/gnu-cobol</code> にあるので、 :<syntaxhighlight lang="csh"> % doas make -C lang/gnu-cobol all install clean </syntaxhighlight> でビルドしインストールできます また :<syntaxhighlight lang="csh"> % doas pkg install gnucobol-3.2_2 </syntaxhighlight> でビルド済みパッケージをインストールできますが、GnuCOBOL自身のバージョンアップやportsのパッチレベルの更新で <code>gnucobol-3.2_2</code>の部分は変わるので、 :<syntaxhighlight lang="csh"> % pkg search cobol gnucobol-3.2_2 Free/libre COBOL compiler </syntaxhighlight> の様に、最初に最新のパッケージ名を確認してください。 ;バージョンを確認:<syntaxhighlight lang="shell"> % cobc -V cobc (GnuCOBOL) 3.2.0 Copyright (C) 2023 Free Software Foundation, Inc. License GPLv3+: GNU GPL version 3 or later <https://gnu.org/licenses/gpl.html> This is free software; see the source for copying conditions. There is NO warranty; not even for MERCHANTABILITY or FITNESS FOR A PARTICULAR PURPOSE. Written by Keisuke Nishida, Roger While, Ron Norman, Simon Sobisch, Edward Hart Built Jan 13 2025 13:58:08 Packaged Jan 13 2025 04:57:58 UTC C version "FreeBSD Clang 19.1.5 (https://github.com/llvm/llvm-project.git llvmorg-19.1.5-0-gab4b5a2db582)" % _ </syntaxhighlight> == コマンドラインでのコンパイルと実行 == [[#簡単なCOBOLプログラム|簡単なCOBOLプログラム]]のソースコードを hello.cbl という名前で保存し、コンパイルし実行してみよう。 :<syntaxhighlight lang="console" Line> % cobc -x hello.cbl % ls hello hello.cbl % ./hello Hello World 12345! </syntaxhighlight> # 実行ファイル <code>hello</code> を得るためにCOBOLコンパイラ cobc に −x をつけてコンパイル #* -x をつけないとシェアードライブラリが出来、これは実行できません。 # 確認してみると # hello が出来ている # 早速実行すると # 正しく表示 == COBOLの正書法 == COBOLの正書法には、自由書式正書法と固定書式正書法の2種類があります。 それぞれの正書法には以下のような特徴があります。 ;固定形式正書法 :一連番号領域、標識領域、プログラム記述領域など、行内の文字位置によって使い方が明確に定義されている書き方です。 ;自由書式正書法 :一連番号領域や標識領域がなく、プログラムは行のどの位置にも書くことが出来ます。 処理系によっては、コマンドラインオプションなどで正書法の切り替えが可能な場合があるので、詳しくは使用している処理系のマニュアルを参照してください。 == COBOLプログラムの構成 == === COBOLプログラムのトップレベルの構成 === COBOLプログラムのトップレベルは * 見出し部(IDENTIFICATION DIVISION) * 環境部(ENVIRONMENT DIVISION) * データ部(DATA DIVISION) * 手続き部(PROCEDURE DIVISION) の4つのパートから構成され、順序もこの順序である必要があります。 === 見出し部(IDENTIFICATION DIVISION) === IDENTIFICATION DIVISIONは、COBOLプログラムの最初のパートで、 プログラム名、作成者、作成日などのプログラム保守情報を含みます。 これらは、見出し部の段落として記述します。 :<syntaxhighlight lang=cobolfree copy> IDENTIFICATION DIVISION. PROGRAM-ID. SampleProgram. AUTHOR. YourName. </syntaxhighlight> === 環境部(ENVIRONMENT DIVISION) === ENVIRONMENT DIVISIONは、COBOLプログラムの2番目のパートで、 作成するプログラムをコンパイルして実行するコンピュータの名前、環境変数の受け渡しに関する情報、プログラムとの間で読み書きするファイルの名前と種類を定義します。 :<syntaxhighlight lang=cobolfree copy> ENVIRONMENT DIVISION. CONFIGURATION SECTION. SOURCE-COMPUTER. IBM-PC. </syntaxhighlight> === データ部(DATA DIVISION) === DATA DIVISIONはCOBOLプログラムの3番目のパートで、これまでのDIVISIONはCOBOLプログラムを構築するためのメタデータで、 DATA DIVISIONからが実際にプログラムを構築していくところだと言えます。 DATA DIVISIONでは、入出力ファイルの配置、データ項目(変数)、外部プログラムとのインタフェース(引数)など、プログラムで扱うすべてのデータを定義します。 :<syntaxhighlight lang=cobolfree copy> DATA DIVISION. WORKING-STORAGE SECTION. 01 Employee-Name PIC X(30). 01 Employee-Age PIC 9(3). FILE SECTION. 01 Employee-File. 05 Employee-ID PIC 9(5). 05 Employee-Salary PIC 9(7)V99. </syntaxhighlight> === 手続き部(PROCEDURE DIVISION) === PROCEDURE DIVISIONは、COBOLプログラムの最後のパートで、プログラムが実行する処理を記述します。 :<syntaxhighlight lang=cobolfree copy> PROCEDURE DIVISION. DISPLAY 'Enter employee name: '. ACCEPT Employee-Name. DISPLAY 'Enter employee age: '. ACCEPT Employee-Age. IF Employee-Age > 30 DISPLAY 'Senior Employee' ELSE DISPLAY 'Junior Employee'. </syntaxhighlight> 前3つのDIVISIONとは異なり、手続き部には定義された節や段落の様な既定の構造はありません。 節や段落は、プログラマが必要に応じて作成します。 COBOLにおいて、FortranのSubroutineやC言語の関数に相当する構文は、主に「サブルーチン」と「関数」です。以下に、それぞれの概要を説明します。 # サブルーチン(Subroutine): #* COBOLにおいて、サブルーチンはプログラム内の再利用可能なブロックを指します。サブルーチンは、PERFORM文を使用して呼び出されます。サブルーチン内で実行される処理は、呼び出し元に戻るまで制御が戻りません。 #:<syntaxhighlight lang=cobolfree copy> IDENTIFICATION DIVISION. PROGRAM-ID. MainProgram. DATA DIVISION. WORKING-STORAGE SECTION. 01 Counter PIC 9(3) VALUE 0. PROCEDURE DIVISION. PERFORM Display-Message THRU Display-Message. DISPLAY 'Back in the main program.'. Display-Message. ADD 1 TO Counter. DISPLAY 'Message number ' Counter. </syntaxhighlight> #: 上記の例では、<code>Display-Message</code>がサブルーチンとなり、これを<code>PERFORM</code>文で呼び出しています。 # 関数(Function): #* COBOLにおいて、関数は一般的なプログラミング言語での関数と同様、特定の計算や処理を実行し、その結果を呼び出し元に返すものです。関数は<code>FUNCTION</code>キーワードを使用して呼び出されます。 #:<syntaxhighlight lang=cobolfree copy> IDENTIFICATION DIVISION. PROGRAM-ID. MainProgram. DATA DIVISION. WORKING-STORAGE SECTION. 01 Value-A PIC 9(3) VALUE 10. 01 Value-B PIC 9(3) VALUE 20. 01 Result PIC 9(3). PROCEDURE DIVISION. COMPUTE Result = Add-Values(Value-A, Value-B). DISPLAY 'The result is: ' Result. FUNCTION Add-Values. PARAMETERS Value-X, Value-Y. COMPUTE Add-Values = Value-X + Value-Y. </syntaxhighlight> #:上記の例では、<code>Add-Values</code>が関数となり、これを<code>COMPUTE</code>文で呼び出しています。 COBOLのサブルーチンと関数は、プログラムの構造を明確にし、再利用性を高めるために使われます。 {{コラム|width=100%|他言語のプログラマのCOBOLへの移行での注意点|2=他のプログラミング言語からCOBOLへの移行においては、特定のプログラマがCOBOLという異なる言語に適応するためのいくつかの注意点があります。 以下は、他の言語のプログラマがCOBOLに移行する際に留意すべき点です。 ;自然言語に近い文法:COBOLは英語に近い自然言語の文法を持つため、通常のプログラミング言語とは異なる表現があります。英文のような記述やDIVISION、SECTION、PARAGRAPHの概念に慣れる必要があります。 ;データ指向プログラミング:COBOLは主にデータ指向プログラミングに焦点を当てています。他のプログラミング言語でよく見られるオブジェクト指向プログラミングの概念とは異なります。データ構造やレコードの定義が特に重要です。 ;ビジネスアプリケーションの特性:COBOLは主にビジネスアプリケーションの開発に使用されており、金融や保険などの分野で広く利用されています。ビジネスルールの理解や、大規模なデータ処理、バッチ処理の概念について理解が必要です。 ;移植性の懸念:COBOLは主にメインフレームやミッドレンジコンピュータ上で実行されることが多いです。他の言語と異なる実行環境に適応するために、COBOLが実行されるプラットフォームに関する理解が必要です。 ;標準ライブラリの習得:COBOLの標準ライブラリは、ビジネスアプリケーションに特有の機能を提供します。他のプログラミング言語の標準ライブラリとは異なるため、これを理解し、活用することが必要です。 ;ツールや開発環境の違い:COBOL用の開発ツールや統合開発環境は他の言語とは異なるものがあります。これらのツールや環境に慣れる必要があります。 COBOLは長寿で広く使用されている言語ですが、他の言語からの移行者にとっては新しい概念や文法に適応する過程があるかもしれません。十分なトレーニングと実践が必要です。 }} == COBOLの変遷 == COBOL(Common Business-Oriented Language)は、ビジネスアプリケーション向けに開発されたプログラミング言語です。1950年代は、メーカー各社が異なる独自アーキテクチャーのコンピューターを製造販売しており、提供される事務処理用のプログラミング言語もメーカーごとに異なっていました。1959年に、当時のコンピューターの主要ユーザーであったアメリカの国防総省の働きかけで、コンピューターメーカーやユーザーの代表が集まり、共通な事務処理用言語の必要性を議論する会議が開催されました。会議の結論として、共通の事務処理用言語の開発に向けて複数の委員会組織の設置が決まり、自主的な活動が始まりました(国防総省も、あくまで委員の立場で参加)。その後、この活動と組織をまとめてCODASYL(Conference on Data Systems Languages)と、自ら名乗るようになりました。以下に、COBOLの変遷について簡単に説明します。 ; 初期の開発(1960年代): COBOLは、コンピューターメーカー間で共通に使える事務処理用プログラミング言語となることをめざして開発され、1960年に言語仕様が公開されました。メーカー各社が、公開された仕様書に従って、自社の独自アーキテクチャーのコンピューター向けにCOBOLコンパイラの提供を始め、異なるコンピューター上でも共通の言語としてCOBOLが使えるようになっていきました。後に主流となるメインフレームコンピューター上のバッチ処理やファイル処理にも、COBOLは利用されました。 ;COBOL 60 :COBOLはANSI(American National Standards Institute)やISO(International Organization for Standardization)によって標準化され、これによって異なるベンダー間でのプログラムの互換性が向上しました。 :1960年に初めてCOBOLが発表され、その初版として知られています。しかし、このバージョンはあまり広く使われませんでした。 ;COBOL 61 (Revised COBOL 60):COBOL 60の修正版として、1961年に発表されました。これはCOBOLの最初の主要なリリースで、いくつかの文法の変更や追加が行われました。 ;COBOL 65:1965年にはCOBOL 65が発表され、新しい機能や拡張が導入されました。 ;COBOL 68:1968年にCOBOL 68が登場し、いくつかの機能が改訂され、新しい機能も導入されました。このバージョンは標準規格として広く受け入れられました。 ;COBOL 74:1974年に発表され、COBOL 68をベースにしていくつかの変更や追加が行われました。これにより、ファイル操作などが改善されました。 ;COBOL 85:1985年にはCOBOL 85が発表されました。これは大規模なリファクタリングが行われ、構造化プログラミングや新しいデータ型の導入などが含まれました。COBOL 85はANSIとISOによって標準化されました。 ;COBOL 2002:COBOL 2002は、2002年に登場しました。このバージョンでは、オブジェクト指向プログラミングのサポートやXMLの処理などが追加されました。 ;COBOL 2014:2014年に発表されたCOBOL 2014では、新しい機能や改訂が導入され、モダンな開発環境に対応するための取り組みが行われました。 これらのバージョンは、COBOLの進化を示しています。それぞれの規格で新しい機能や改善が導入され、COBOLは長い間にわたって広く利用され続けています。 == 改廃された技術 == COBOLの改廃された技術や利用が推奨されない技術は、言語の標準化、現代的なプログラミング手法の導入、保守性の向上などによって置き換えられてきました。以下に、代表的な技術を示します。 === ALTER文 === * '''サポート開始年:''' COBOL-60 * '''サポート終了年:''' COBOL 2002で非推奨 ; 廃止または衰退の理由 : プログラムの流れを動的に変更する機能であり、保守性が著しく低下し、スパゲッティコードの原因となるため。 ; 代替技術 : EVALUATE文や構造化プログラミング手法の使用が推奨されます。 === ENTER文 === * '''サポート開始年:''' COBOL-60 * '''サポート終了年:''' COBOL 85で廃止 ; 廃止または衰退の理由 : 他言語との連携のために使用されていましたが、標準化された呼び出し規約の登場により不要となりました。 ; 代替技術 : CALL文による標準的なサブプログラム呼び出しが推奨されます。 === NOTE段落 === * '''サポート開始年:''' 初期のCOBOL * '''サポート終了年:''' COBOL 2002で非推奨 ; 廃止または衰退の理由 : コメントとして使用されていましたが、より明確な方法が導入されました。 ; 代替技術 : アスタリスク(*)で始まるコメント行や>>による固定形式のコメントが推奨されます。 === EXAMINE文 === * '''サポート開始年:''' COBOL-60 * '''サポート終了年:''' COBOL 85で廃止 ; 廃止または衰退の理由 : 文字列操作機能として限定的で、より強力な代替手段が導入されました。 ; 代替技術 : INSPECT文による文字列操作が推奨されます。 === GO TO文(プロシージャ外への分岐) === * '''サポート開始年:''' COBOL-60 * '''サポート終了年:''' 現在も使用可能だが強く非推奨 ; 廃止または衰退の理由 : プログラムの構造を複雑にし、デバッグや保守を困難にするため。 ; 代替技術 : PERFORM文や構造化プログラミング手法の使用が推奨されます。 === TRANSFORM文 === * '''サポート開始年:''' 初期のCOBOL方言 * '''サポート終了年:''' 標準COBOLでは採用されず ; 廃止または衰退の理由 : ベンダー固有の機能であり、移植性に問題があったため。 ; 代替技術 : INSPECT文やSTRING/UNSTRING文による文字列操作が推奨されます。 === 固定形式プログラム記述 === * '''サポート開始年:''' COBOL-60 * '''サポート終了年:''' 現在も使用可能だが新規開発では非推奨 ; 廃止または衰退の理由 : パンチカードの制約に基づく古い形式で、可読性と保守性に問題があります。 ; 代替技術 : フリー形式のプログラム記述形式が推奨されます。 === ON文 === * '''サポート開始年:''' 初期のCOBOL * '''サポート終了年:''' COBOL 2002で非推奨 ; 廃止または衰退の理由 : 例外処理として不十分で、より体系的な方法が導入されました。 ; 代替技術 : DECLARATIVES部や構造化された例外処理の使用が推奨されます。 === DATA RECORDS句 === * '''サポート開始年:''' COBOL-60 * '''サポート終了年:''' COBOL 2002で非推奨 ; 廃止または衰退の理由 : ファイル記述において冗長で、より簡潔な方法が導入されました。 ; 代替技術 : RECORD句やモダンなファイル記述方法の使用が推奨されます。 == 脚註 == <references /> {{DEFAULTSORT:COBOL}} [[Category:COBOL|*]] [[Category:プログラミング言語]] d56048te13xqisyuwdr55uveg6p3ufs 小学校社会/6学年/歴史編/歴史の始まり 0 32852 301869 252053 2026-07-26T13:35:19Z Mtodo 450 /* 縄文時代 */ 301869 wikitext text/x-wiki {{Nav}} {{Pathnav|メインページ|小学校・中学校・高等学校の学習|小学校の学習|小学校社会|小学校社会/6学年|小学校社会/6学年/歴史編|frame=1}} {| class="wikitable" style="width:100%" |+ この章の概要 |<!--(ア) 狩猟・採集や農耕の生活,古墳,大和朝廷(大和政権)による統一の様子を手掛かりに,むらからくにへと変化したことを理解すること。その際,神話・伝承を手掛かりに,国の形成に関する考え方などに関心をもつこと。--> ★時代区分:原始時代、石器時代、縄文時代、弥生時代、古墳時代</br> ★取り扱う年代:おおむね5世紀以前 ;狩猟・採集から農耕へ : 大昔、日本に人々が住みはじめたころ、人々は、木の実をひろったり(採集)、動物や魚を狩などでつかまえて(狩猟)、食料や衣服としていました。このころ、ものを切ったりするのに使った道具は石でできていました。このような道具を、'''石器'''といい、この時代を「'''石器時代'''」と言います。時代がだんだん進むと、人々は、土を火で焼き固めると固くなってうつわなどを作ること('''土器''')ができることを発見します。最初は低い温度で厚くもろい器や人形('''土偶''')を作っていましたが(このような土器を「'''縄文土器'''」といい、この時代を「'''縄文時代'''」と言います)、さらに時代が進んで薄く硬い土器が作られるようになりました(このような土器を「'''弥生式土器'''」といい、この時代を「'''弥生時代'''」と言います)。 : 縄文時代から弥生時代に変わるころ、人々は狩猟・採集のくらしから田んぼや畑をたがやして米などを作る生活('''農耕''')をするようになりました。狩猟・採取の生活から農耕生活になると、人々は定住し「'''むら'''」ができます。人々が互いに行き来するようになると、「むら」はだんだん大きくなり、また、いくつかの「むら」が集まって「'''くに'''」となります。 ;「くに」の統一 : 「くに」を統治する王や女王は、海を越えて中国や朝鮮半島など大陸に使者を送ったりしました。その結果、大陸から'''青銅'''や'''鉄'''を作る技術や'''文字'''(「'''漢字'''」)などの文化が流入しました。鉄器が普及したことで石器は使われることがなくなり「石器時代」は終わります。この時代、「くに」の王など有力者は、墓として「'''古墳'''」を作りましたが、そこには'''{{ruby|埴輪|はにわ}}'''などのほか、青銅製の鏡(銅鏡)などが副葬されています(この時代を「'''古墳時代'''」とも言います)。 :そして、これらの「くに」をまとめて今の日本の元を作ったのが、天皇を長とした'''{{ruby|大和|やまと}}朝廷(大和政権)'''です。統一前に「くに」をひきいていた有力者などは'''豪族'''と呼ばれます。 |} == 大昔の暮らし == [[File:Paleolithic Stone Tools from Hokkaido - Joy of Museums - National Museum of Nature and Science, Tokyo.jpg|thumb|250px|北海道で出土したナイフ状の石器]] ;<span id="石器時代"/>石器時代と狩猟生活 :日本に人類が住み始めたのは、いろいろな説がありますが、ほりだされたもので確かめられるところでは、だいたい3万8000年前と言われています。 :そのころ、日本列島に住んでいる人たちは、海や川の近くに住んで、石や骨でつくった刃物や槍や矢をつかって、シカやイノシシなどの動物を、とらえて食料にしていました。このような石や骨でつくった道具を、'''石器'''といい、この時代を「'''石器時代'''」と言います。動物の骨は、とがらせて使うことが多く、とがらせたものを {{ruby|骨角器|こっかくき}} と言います。骨角器のようなとがった骨も出土することがあります。狩りなどで、槍の先の武器として使ったりすることが多かったものと思われます。 :石器も、最初のうちは、石をただ割ったものを使っていたのですが、時代がくだると、固い石をといでするどくしたり、{{ruby|黒曜石|こくようせき}}と言われるガラスに似た石をうすくとがらせてナイフのようにしたものも見られます。 ;{{ruby|考古学|こうこがく}} :この時代には文字がありませんでしたから、何が起こったのかという記録は残っていません。しかし、土をほりかえしてみると、このように使った土器や、とって食べたと思われる動物の骨、火を使ったあとなどが見つかることがあります。このようなものを、よく調べて大昔はどうであったかを研究する学問を'''考古学'''と言います。 === 縄文時代 === [[file:Jomon Vessel with Flame-like Ornamentation, attributed provenance Umataka, Nagaoka-shi, Niigata, Jomon period, 3000-2000 BC - Tokyo National Museum - DSC05620.JPG|thumb|200px|縄文土器 ]] :人々は、土を火で焼き固めて'''土器'''をつくるようになりました。その土器に縄の模様がついているので、この時代に作られた土器を {{ruby|縄文|じょうもん}}土器 と言います。この土器は、採取した木の実などを貯めたり、食べ物を煮炊きする「なべ」に用いたりしました。ふちに、炎のような飾りをつけたものは実用的ではありませんが、神々や祖先をまつる時に用いられたものと考えられています。 :この縄文土器を使用した、約1万2000年前から約3000年前までの時代のことを、 '''{{Ruby|縄文|じょうもん}}時代''' と言います。 [[Image:JomonStatue.JPG|thumb|left|150px|土偶({{ruby|亀ヶ岡|かめがおか}}遺跡)]] ;土偶 :器だけでなく、土を焼き固めた人形が見つかる場合があります。これを、'''{{ruby|土偶|どぐう}}'''といっています。土偶は、食料が増えることや女性の安産をいのったものだと考えられています。 {{-}} ;貝塚 [[File:Kasori midden preserve north.jpg|thumb|200px|加曽利貝塚、北貝層断面]] :土地を掘り返すと、多くの貝がらがまとまって発見されることがあります。そこには、貝がら以外にも、動物の骨や、魚の骨、土器の破片などが出土することもよくあります。研究の結果、これは、縄文時代の人々が住み着いた土地で、貝がらなどをごみとして捨てた場所であることがわかりました。これを、'''{{ruby|貝塚|かいづか}}'''といい、周辺に縄文の人々の集落があったことがわかります。 :貝塚には、東京都の{{ruby|大森|おおもり}}貝塚や、福井県の{{ruby|鳥浜|とりはま}}貝塚や、千葉県の{{ruby|加曽利|かそり}}貝塚などが有名です。 :貝塚や石器などに限らず古い時代の物が見つかる場所のことを、 '''遺跡'''と言います。遺跡などから出土する物(これを出土品や遺物と言います)によって、その時代の暮らしもわかります。 :魚つりに必要な、「釣り針」と「もり」が、縄文時代の遺跡から出土されることも多く、漁もしていたことがわかります。 :縄文時代の人の家の建物は、<span id="竪穴住居"/>'''{{ruby|竪穴|たてあな}}建物'''(竪穴住居) といい地面に穴をほりさげたあとに、柱を立て、草ぶきの屋根をかけた建物<ref>それでは、「『竪穴建物』ではない建物」とはどういうものでしょう。柱を固定するのに穴を掘って建てたものを、現在でも「{{ruby|掘立|ほった}}て小屋」といって、{{ruby|粗末|そまつ}}な建物のたとえに使います(実際に、そのやり方で建てる建物はほとんどありません)。穴を掘って柱を固定するだけなので大変簡単な建物の建て方({{ruby|工法|こうほう}})ですが、この工法だと、うめられた木材の柱は、地面の水分によってすぐに腐って、建物がだめになります。時代がくだると、地面に大きな石(「{{ruby|束石|つかいし}}」といいます)をしいてその上に柱を置き、横組みによって、おのおのの柱が倒れないような工法になりました。こうすることで、木造の建物でも長期間使い続けることができるようになったのです。現在の木造建築の多くはコンクリートで硬い基礎をつくり、その上に置いて固定する工法となっています。</ref>にすんでいました。 ==== 三内丸山遺跡 ==== [[ファイル:Reconstructed Pillar Supported Structure.jpg|right|thumb|200px|三内丸山遺跡 六本柱建物(復元)]] :青森県の '''{{ruby|三内丸山|さんないまるやま}}遺跡''' は、約5500年前から約1500年前の間の縄文時代の集落だったということがわかっています。 :この三内丸山遺跡から、クリ、クルミ、トチといった実のなる樹木を栽培したあとが見つかっています。つまり、すでにこの時代から一種の農耕が始まっていたものと考えられています。 :また、多くの土器や石器のあとも見つかっており、大型の{{ruby|掘立|ほった}}て柱の跡も、見つかっていますが、この用途はまだ分かっていません。 :ヒスイの玉や、黒曜石でできた刃物のようなものも見つかっています。ヒスイは、この地ではとれず、新潟県の{{ruby|糸魚川|いといがわ}}などの他の土地でとれるので、他の地域と交易があったのだろう、と考えられています。 :この三内丸山遺跡は、縄文時代を知る遺跡として代表的な遺跡です。 {{-}} === 弥生時代 === [[Image:YayoiJar.JPG|right|200px|thumb|弥生土器]] ;{{ruby|弥生|やよい}}土器 :約3000年前から、土器は、それまでの縄文土器に比べて、うすくかたいものとなりました。これは、縄文土器に比べて、土を焼き固めるのに高い温度で焼き固めることができるよう技術が進歩したためです。これを、'''{{ruby|弥生|やよい}}土器'''(または、「弥生式土器」)と言います<ref>1884年(明治17年)に東京府本郷区向ヶ岡弥生町(現在の東京都文京区弥生)の貝塚(向ヶ岡貝塚 東京大学構内)で発見されたためこの名がついています。</ref>。 :この弥生土器を使用した、約3000年前から約1800年位前(紀元後3世紀中期)までの時代のことを、 '''{{Ruby|弥生|やよい}}時代''' と言います。 ;{{ruby|稲作|いなさく}}のはじまり :縄文時代の生活は狩猟・採集によるものが主でした。縄文時代の後期になって農耕をやっていたと考えられますが、あまり大規模なものではありません。'''弥生時代'''を特徴づけるのは、稲作をはじめ定住したことです。 :2400年ぐらい前のころから、現代中国の{{ruby|揚子江|ようすこう}}(または、{{ruby|長江|ちょうこう}})周辺から、日本に'''水田'''(田んぼ)を用いて米を栽培する技術('''稲作''')が伝わりました。 :稲作は、まず西日本につたわり、西日本から東日本へと、米作りが広がっていき、東北地方南部にまで広がりました<ref>弥生時代の遺跡は、新潟県北部と千葉県・茨城県を結んだ線より西側で発見されており、弥生時代には東北まで稲作ができる品種がなかったと考えられています。</ref>。 :この時代の農具は、まだ、木製や石器です<ref>北部九州の一部では鉄を用いた農具も見つかっています。</ref>。{{ruby|穂|ほ}}から米をとるときに、 {{ruby|石包丁|いしぼうちょう}} が、使われました。 ;<span id="むら"/>「むら」の誕生 :米は乾燥させると、長期間保管ができます。米を大量に保管することで、冬など食料となるものが少なくなる時期でも、人々は安定した生活をおくることができます<ref>同じような穀物に、小麦やトウモロコシがあります。小麦は、乾燥した土地を好むので日本の気候にあまり合いませんし、トウモロコシは、まだ日本に伝わっていませんでした。</ref>。米は縄文時代から採集または水田を使わずに栽培されていたことがわかっていますが、水田を作って栽培することで、収穫量が大きく上がります。一方で、土地をならして水田をつくったり、ため池などの水源を確保し水を引く水路を作ったりする作業は少人数でやるのはむずかしいことです。そして、一度作った水田は何年も使い続けないと、また、荒れ地をきりひらいて水田を作ることから始めないといけなくなります。稲作を続けていくために、人々は水田を中心に定住を始めます。米などの農作物が安定して取れることで人口が増えていき、やがて、多くの人々が住む「'''むら'''」ができます<ref>「むら」ということばは、「むらがる・むれる(集まる)」や「むれ(集まったもの)」と関係があると言われています。</ref>。 ;{{ruby|高床|たかゆか}}倉庫 :米は、 '''{{ruby|高床|たかゆか}}倉庫''' で保管されていました。 :高床倉庫が高いのは、ねずみ などの動物が入りづらくするためです。なお、風通しをよくするため、という理由も考えられます。ねずみの害を防ぐという理由の有力な根拠として、地面から床までの柱の、柱のてっぺんに、「かえし」がついていて、動物などが登れないように工夫した高床倉庫が見つかっています。弥生時代の多くの住まいは、縄文時代同様、[[w:竪穴建物|竪穴建物]]でした。 <gallery widths="200px" heights="200px"> Image:Takayukasikisouko.JPG|高床倉庫 妻側より(復元、神奈川県、{{ruby|大塚|おおつか}}・{{ruby|歳勝土|さいかちど}}遺跡) File:Yoshinogari-iseki takayukashiki-souko.JPG|高床倉庫(復元、佐賀県{{ruby|吉野ヶ里|よしのがり}}遺跡) File:2004年08月25日竪02.JPG|thumb|240px|right|弥生時代の[[w:竪穴状平地建物|竪穴状平地建物]](復元、静岡県{{ruby|登呂|とろ}}遺跡) File:Yoshinogari-iseki tateanashiki-juukyo.JPG|thumb|250px|right|弥生時代の竪穴建物(復元、佐賀県吉野ヶ里遺跡) </gallery> ;金属器の伝来 :およそ2300年前、青銅器や鉄器などの金属器とその製造法が伝わります。 :青銅とは、銅 と すず(金属の1つ)を、とかしてまぜあわせた金属でつくられた合金です<ref>ブロンズとも呼ばれます。銅像の多くの材料は青銅です。皆さんの身の回りにある、もっと身近な青銅製のものは十円硬貨(十円玉)でしょう。</ref>。比較的低い温度で溶けて加工することができるという特徴があります。鉄は、今でも身近にある非常に硬い金属ですが、製造するためには、青銅より強い火力を必要とします。世界の歴史では、まず、金属器としては青銅が普及し、続いて実用的な鉄が普及したのですが、日本には、ほぼ同時期に伝来したと考えられ、青銅器は、おもに祭りの道具を作るのに使われ、鉄器が、農具や武器などの実用品につかわれるようになりました。 :石器の原料である石に比べると、鉄は加工が簡単で強くするどいものを作ることができるため、鉄の農具は農地を深くたがやすことができるようになり、鉄器で耕した農地は石器で耕した農地より豊かになり、石器を使う人たちを圧倒するようになります。こうして、鉄器など金属器を使い始めると、石器が使われなくなるため、それ以降を[[#石器時代|石器時代]]とはいわなくなります<ref>世界の歴史では、使われる金属器によって「青銅器時代」「鉄器時代」ということもあり、現代も含めて「鉄器時代」ですが、皆さんは覚える必要はありません。「石器時代」が終わったことだけ理解しておいてください。</ref>。 :青銅器は表面がさびても形を残す性質があるため、銅{{ruby|剣|けん}}や、銅{{ruby|矛|ほこ}}、銅{{ruby|鐸|たく}}、銅{{ruby|鏡|きょう}}などが残っています。一方、鉄は、うめられると、さびてボロボロになってしまいますし、鉄自体、貴重なものだった<ref name="鉄">鉄は、材料となる砂鉄や鉄鉱石が日本では希少で、製造に大量の炭を使い、{{ruby|鍛治|かじ}}という特殊な技術が必要であったため、当時の生活から見るとかなり高価なものでした。</ref>ので、再利用して、あらたな道具として作り直されることが多く、当時のものはほとんど残っていません。 <gallery widths="200px" heights="200px"> ファイル:YayoiBronzeSpearTip1-2ndCenturyKyushu.jpg|弥生時代の銅矛(九州で出土、1~2世紀) ファイル:DotakuBronzeBellLateYayoi3rdCenturyCE.jpg|thumb|銅鐸 </gallery> {{-}} [[file:Toro Site 1.jpg|thumb|200px|登呂遺跡全景]] ;{{ruby|登呂|とろ}}遺跡 :静岡県の登呂遺跡は、1943年(昭和18年)発見され、1947年に考古学・人類学・地質学など各分野の学者が加わった日本で初めての総合的な発掘調査が行われた遺跡です。8万平方メートルを超える水田跡や井戸の跡、[[w:竪穴状平地建物|竪穴建物に似た平地建物]]・[[w:高床建物|高床建物]]を建てたあとが検出されました。この他にも、農耕や狩猟、魚釣りのための木製道具や火起こしの道具、占いに用いた骨などが出土しました。 {{-}} [[File:Yoshinogari-iseki zenkei.JPG|thumb|440px|right|吉野ケ里遺跡,遠景]] ;{{ruby|吉野ケ里|よしのがり}}遺跡 :佐賀県の吉野ヶ里遺跡は、昔から、遺物の出土が見られた土地でしたが、工業用地開発にあたり調査をしたところ、1989年に弥生時代の大規模な集落あとであることが発見されました。 :この遺跡は、まわりを{{ruby|濠|ほり}}でかこまれた {{ruby|環壕|かんごう}}集落 であるところに特徴があります。ほりの内側からは、多くの高床倉庫が見つかっています。ほりは集落を守るためにめぐらされたと考えられています。 :また、矢がささった人骨も見つかっており、これらのことから、人々のあいだで争いがあったことが想像できます。おそらくは、米作りによって、食料生産が増えたので人口が多くなって、それぞれの集落で、さらに多くの人口を養うために米の生産量を増やす必要が生じ、集落どうしで、土地や水をめぐっての争いが起きたのだろうと思われています。このような争いが、身分の差を作っていった理由の一つだとも、思われています。 {{-}} === 「むら」から「くに」へ === ;「くに」の誕生<!-- ::*「むら」と「くに」はどこが違うのか。 ::*「むら」や「くに」はなぜ大きくなっていかなければならなかったのか。--> :[[#むら|こうして「むら(村)」ができると]]、村同士のあらそいがしばしば起こりました。その原因は、村と村の間に水源がある時にどちらが使うかというものであったり、不作などで食糧が足りなくなったのでとなりの村をおそって食糧をうばったりしたものだったのでしょう。相手の村に対抗するため、別の村と共同してあらそうことがあったかもしれません。 :強い村が弱い村をしたがえたり、村同士で共同したりして、村はだんだん大きなものとなっていきます。村が大きくなってくると、人の行き来もふえ、道を作ったりしなければならなくなります。<span id="市"/>また、人が集まると、人々は同じ農耕(稲作)ばかりではなく、野菜や果物を作ったり、魚をとったり、カゴなど竹細工や木工品を作ったりと別々のことをやって、それぞれ作った農作物や、とった魚や動物、作ったカゴなど工作品とを交換して生活を豊かにすることができるようになります。こうしたものの交換の場として、'''{{ruby|市|いち}}'''ができます。 :田を耕したり、物を収穫したりする能力は人それぞれです。村の中にも豊かな人とそうでない人の差はできました。さらに、たとえば、広い田を持つ豊かな人は、田を持たない人に収穫の一部を与える代わりに自分の田をたがやさせたり、貧しい人の子どもをもらってきて育て、やはり、自分の農地で使ったりもしたでしょう。村のあらそいで負けた人々が、このような立場になることもあったとも考えられます。このころには、こうした豊かな人たちと、その人たちに支配される人々の差がでてきました。 :村が大きくなるにつれ、ばらばらの人をまとめるリーダーが必要になってきます。リーダーは、ため池・水路や道をつくったり、整備することの指示をしたり、市を開いたり、市でのもめごとをおさめたり(仲裁)、また、他の村とのあらそいでは武器を持って戦ったり、それを指揮したりしたでしょう。このリーダーには、上でのべた豊かな人たちがなったり<ref name="鉄"/>、そのような人の中で能力が高いために人々が押し上げたりしたのでしょう。知識をたくわえ、{{ruby|神|かみ}}の声として伝えて、そのようなリーダーになった人もいたかもしれません。 :さらに、時間がたつと、村はますます大きくなっていきます。だんだん、このリーダーたちは、自分で田を耕さず、日々の指示や仲裁や戦うことだけを仕事とするようになり、リーダーたちの生活は村の人々が収穫の一部をわけることで成り立つようになります。すなわち、「'''税'''」です。税の仕組みができた村を「'''くに'''」と言います<ref>「くに」ということばは、「むら」ほど明確な関係は、わかっていませんが、「{{ruby|組|く}}む」「{{ruby|組|くみ}}」と関係があるとも言われています。</ref>。そして、のちに「くに」のリーダーの、さらに長を「'''王'''」、女性の場合は「'''女王'''」と言ったりします<ref name="王">「くに」の長については、当時の言葉が残っていないので、中国語の考え方(漢字)を当てています。少し後の時代に、「主人」という意味で「きみ(君)」と呼ばれていたらしいとも考えられています。「くに・くむ・くみ」と少し似ていますね。「きみ」を支配するものが「おおきみ」です。</ref>。 :「くに」は、「むら」と同様に、となりの「くに」とあらそうなどして、大きくなっていきます<ref name="人口">弥生時代の日本の全人口は60万人くらいだったのではないかといわれています。次の古墳時代の終わりころになって、ようやくその10倍くらいになります。紀元前1世紀頃は100数カ国あったとされる(これは、九州北部から近畿地方までと考えられていますから、おそらく200以上はあったでしょう)ので、「くに」といっても、人口数千人から数万人の規模であったと考えられます。</ref>。このころになると、朝鮮半島をはじめとする大陸としばしば行き来するようになります<ref>稲作や金属器製法の伝来は大陸からなので、それ以前も行き来はあったでしょうが紀元前1世紀くらいから特にふえます。</ref>。「王」の中には大陸から渡ってきたものもいるかもしれませんし、大陸にわたって王になったものもいるかもしれません。 ;中国との交流<span id="中国との交流"/> :中国には、約5000年前から青銅器を作り、約3500年前には文字(漢字)を使っていた古い文明をもった人々が住んでいました。紀元前3世紀には、大きな国となって、それを{{ruby|皇帝|こうてい}}が治めていました。 :日本の「くに」の王は、皇帝に{{ruby|貢|みつ}}ぎ物をおくり、関係をもちました。これは、皇帝に貢ぎ物をおくると、そのお返しに数倍の価値の品物を与えられ<span id="朝貢"/>、また、皇帝によって「くに」の王としての地位が認められたからです。 :中国の歴史書には、日本の「くに」が貢ぎ物をおくったことが記録されています。 [[File:King of Na gold seal.jpg|200px|thumb|right|金印。「漢委奴国王」印]] :#最初の記録は、紀元前1世紀に、当時の'''{{ruby|漢|かん}}'''{{ruby|王朝|おうちょう}}<ref>同じ家系の皇帝によって治められた時代を王朝と言います。</ref>(前漢<ref name="漢">漢は一度ほろぼされましたが、一族がまた王朝を開きました。滅ぼされる前の王朝を「{{ruby|前漢|ぜんかん}}」、新しくできた王朝を「{{ruby|後漢|ごかん}}」と言います。</ref>)の朝鮮半島にある役所に貢ぎ物がなされたこと記録されています。当時の日本は「'''{{ruby|倭|わ}}'''<ref>なよなよした人、背が低い人(矮)などの意味で、あまり良い意味ではありません。</ref>」と呼ばれ、百数国に分かれていたと書かれています。これが、日本のことが文書に書かれた最初の例です。 :#57年、倭の{{ruby|奴|な}}国が貢ぎ物をし、漢(後漢<ref name="漢"/>)の皇帝は、'''金印'''をさずけました。金印は江戸時代になって、現在の福岡県で発見されました。金印には「漢委奴国王」と書いてあります。これは、一般に「{{ruby|漢|かん}}の{{ruby|委|わ}}(=倭)の{{ruby|奴|な}}の国王」と読んでいます。「漢が支配する倭(=日本)の奴の国の王」という意味です。 :#107年、倭国王が来て、奴隷160人を貢ぎ物として、皇帝に会うことをねがった。文明の進歩していない日本からの貢ぎ物は、おもに人(奴隷)だったことがわかります。 :#147年から189年にかけて、倭国の中で大きな戦争があって、国々が互いに争ったことが記録されています。その当時になると、中国も日本に興味を持っていたことがわかります。 :#<span id="邪馬台国"/>235年、'''{{ruby|魏|ぎ}}'''<ref>このころ、中国では後漢はほろぼされ、「魏」が最も有力な王朝となっていました。</ref>の皇帝に、使いをおくりました。おくった国は、'''{{ruby|邪馬台国|やまたいこく}}'''といい、その王は女性で'''{{ruby|[[小学校社会/6学年/歴史編/人物事典#卑弥呼(ひみこ)|卑弥呼]]|ひみこ}}'''といいました。 :#*この卑弥呼が魏におくった使者については、くわしく記録されており<ref>この歴史書を、『{{ruby|魏志|ぎし}}{{ruby|倭人|わじん}}{{ruby|伝|でん}}』と言います。</ref>、当時の社会をよく知ることができます。以下にいくつか例をあげます。 :#**百数国あった国は、このころ、中国と行き来のある国は、約30国になった。 :#**邪馬台国は30国をしたがえているが、{{ruby|狗奴国|くなこく}}と対立している。 :#**卑弥呼はうらないやまじないで国をまとめていて、その姿を人前にあらわすことはない。 :#**人々は、顔や体に{{ruby|入|い}}れ{{ruby|墨|ずみ}}を入れ、貫頭衣と言われる単純な服を着ている。 :#**養蚕をして糸をえている。牛や馬は飼っていない。 :#**邪馬台国からの貢物は男女の奴隷10人とわずかな布に対して、皇帝は、金印に加えて、大量の錦などの高価な織物や金、刀、銅鏡100枚などを与えた。 :#*邪馬台国の場所は分かっておらず、古くから多くの人が色々な説を出して論争をしています。奈良県と北部九州が有力ですが、結論は出ていません。 == 「くに」の統一 == === 古墳時代 === [[画像:NintokuTomb Aerial photograph 2007.jpg|thumb|{{ruby|仁徳天皇陵|にんとくてんのうりょう}}<ref>「{{ruby|陵|りょう}}」とは天皇や皇后といった皇族のお墓の呼び名です。「仁徳天皇陵」とは仁徳天皇のお墓という意味です。</ref>と伝えられている大山古墳。前方後円墳、大阪府堺市]] :3世紀から4世紀ごろになると、各地で'''{{ruby|古墳|こふん}}'''といわれる、大きな墓が作られるようになります。古墳には「くに」の王や有力者('''{{ruby|豪族|ごうぞく}}''')が{{ruby|埋葬|まいそう}}されたと考えられています。この、3世紀ごろから7世紀ごろの時代を '''古墳時代''' と言います。 :古墳は全国に分布しますが、特に九州地方から中国地方をへて、近畿地方にかけて多く見られます。古墳は朝鮮半島南部にも見られ、この地域との関係が深かったことがわかります。 :古墳には、いろいろな形のものがあります。円形に{{ruby|盛|も}}り上がった古墳を{{ruby|円墳|えんふん}}と言います。四角く盛り上がった古墳を{{ruby|方墳|ほうふん}} と言います。円墳と方墳があわさったような、かぎ{{ruby|穴|あな}}のような形の古墳を {{ruby|前方後円墳|ぜんぽうこうえんふん}} と言います。大阪府{{ruby|堺|さかい}}市にある {{ruby|大仙|だいせん}}(大山)古墳 は、日本で最大の面積の古墳です。 :弥生時代に比べて古墳時代は、古墳作りのような大規模な事業ができるほど人口が増えます<ref name="人口"/>。これは、大陸から、牛や馬がもちこまれたり<ref name="牛馬">『魏志倭人伝』には、「倭には、馬や牛はいない」と書かれていますので、この時代(古墳時代)に伝わったことがわかります。馬は、漢字の音(昔の中国語の音)で「マ」と発音しますが、それがなまって「うま」となったとされています。</ref>、鉄を製造する技術が普及したためであると考えられています。 :なお、このころ、中国は国内が乱れたため、邪馬台国を書いたような歴史書がとだえ、4世紀の様子はあまり伝わっていません。ただ一方で、<span id="好太王の碑"/>4世紀末から5世紀にかけて朝鮮半島の北部に倭の軍隊がせめいって北部の国({{ruby|高句麗|こうくり}})と戦ったことが、朝鮮半島の石碑<ref>「{{ruby|好太王|こうたいおう}}の碑」といいます。</ref>に残っています。このように、この当時も朝鮮半島とは盛んに行き来がありました。 {{-}} ;古墳の{{ruby|副葬|ふくそう}}品 :古墳からは、鏡や玉・{{ruby|勾玉|まがたま}}、{{ruby|剣|つるぎ}}などが副葬<ref>遺体とともに埋葬されることを言います。</ref>されています。ほかにも、'''{{ruby|埴輪|はにわ}}''' という、土を焼いて作られた筒状のもの<ref>「はに」-土で作ったもの、「わ」-円形のもの、で、「はにわ」と言います。</ref>が発見されています。これは、時代がくだると、人や牛馬<ref name="牛馬"/>、家や船などをかたどったものが見られるようになります。埴輪から、当時の人々がどのような姿をし、どのような家に住み、どのような船に乗ったのかなど、当時の生活の様子を知ることができます。これら、古墳の副葬品からわかる古墳時代の文化のことを'''古墳文化'''と言います。 <gallery widths="200px" heights="200px"> File:Large domestic mirror, Kofun period, 300s-400s AD, bronze - Tokyo National Museum - Ueno Park, Tokyo, Japan - DSC09133.jpg|副葬品の銅鏡(奈良県・{{ruby|柳本大塚|やなぎもとおおつか}}古墳出土 ) File:Koujindani Remains 03.JPG|銅矛とともに出土した銅鐸(島根県・{{ruby|出雲|いづも}}市の{{ruby|荒神谷|こうじんだに}}遺跡)。古墳時代の遺跡。 Magatamas.JPG|古墳時代の勾玉(東京国立博物館所蔵) 塚廻り古墳 - panoramio.jpg|埴輪出土の様子 ファイル:メスリ山古墳出土 大型円筒埴輪.JPG|大型円筒埴輪 File:KofunSoldier.jpg|thumb|left|140px|埴輪。武装男子立像(群馬県{{ruby|太田|おおた}}市出土) 画像:HaniwaHorse.JPG|thumb|190px|馬形埴輪 ファイル:西都原古墳群出土 埴輪 子持家.JPG|家の埴輪 ファイル:西都原古墳群出土 埴輪 船.JPG|船の埴輪 </gallery> {{-}} === 大和政権 === [[File:Inariyama sword.JPG|thumb|250px|right|真ん中の、{{ruby|縦|たて}}に長いものが、発掘された{{ruby|鉄剣|てっけん}}。]] :現在の奈良県奈良市周辺、{{ruby|大和|やまと}}川上流部の奈良{{ruby|盆地|ぼんち}}は、「'''やまと'''(後に「'''大和'''」の字を当てます)」と呼ばれる稲作に適した豊かな土地<ref>現代の考え方では、多くは川の下流の海に近い広い低湿地の方が稲作に適していると考えられていますが、そのような土地は水害に弱く、江戸時代くらいになるまでは、このような盆地や台地で水の豊富な土地が稲作の中心でした。</ref>で、大和川を下って、現在の大阪府中部周辺も一体となった、この地域における「くに」の王や豪族は、大変有力なものとなりました。それは、この地方に、大きな古墳が数多く発見されていることからもわかります。 :この地方の豪族たちは、自分たちのリーダーとして'''{{ruby|大王|おおきみ}}'''<ref name="王"/>をおしたて、それに従うことになります。この{{ruby|大王|おおきみ}}が、現在の天皇の祖先とされ、{{ruby|大王|おおきみ}}の政府を大和{{ruby|朝廷|ちょうてい}}<ref>天皇を中心とした政治の仕組みを{{ruby|朝廷|ちょうてい}}といいます。</ref>と言い、この大和地方の勢力を'''{{ruby|大和政権|やまとせいけん}}''' と言います。 :大和政権は、東西に兵を出して、日本の「くに」を一つにまとめようとします :5世紀後半に作られたと見られる埼玉県の{{ruby|稲荷山|いなりやま}}古墳から見つかった{{ruby|鉄剣|てっけん}}には、「ワカタケル大王」という名がきざまれた文が発見されました。この文から、この地方の王は、ワカタケル大王に使えていたことがわかります。また、熊本県の {{ruby|江田船山|えだふなやま}}古墳 にも、一部が読めなくなっていましたが、「ワ□□□ル大王」という、「ワカタケル大王」と考えられる名前が刻まれた鉄刀があり、ワカタケル大王の支配する領域が、関東地方から九州までの広い範囲におよんでいたことがわかります。このことから、大和政権は、5世紀後半から6世紀前半にかけて、日本を統一したのではないかと考えられています。 :<span id="南北"/>5世紀に入ると中国はやや安定し、南北に王朝ができ、より安定した南の王朝に日本が使者を何度も送ったことが記録されており、これを送ったのは大和政権の{{ruby|大王|おおきみ}}(天皇)であろうとされています。 ;「くにづくり」についての日本神話 :<span id="漢字伝来"/>日本に、文字(漢字)が伝えられたのは、4世紀後半から5世紀前半にかけてであろうとされています。伝説では、朝鮮半島から渡ってきた{{ruby|王仁|わに}}が伝えたとされていますが、その前から、ある程度の読み書きはできていたと考えられますし、1人の伝えたもので、文字が伝わるものでもありません。おそらく、朝鮮半島から、漢字を読み書きできる集団が移住してきて大和朝廷につかえたことの、{{ruby|象徴|しょうちょう}}だと考えられます<ref>実際に、王仁の子孫とされる{{ruby|西文|かわちのふみ}}氏は、朝廷に{{ruby|史|ふひと}}という書記の役職で朝廷につかえます。</ref>。 :したがって、文字が伝わるまで日本で何があったのかはよくわかりません。また、文字が伝わった後も、しばらくは書かれたものも少なかったため、記録はほとんど残っておらず、やはり詳しいところはわかっていません。 :この時代のことを知るには、出土品などから考古学の方法によるか、中国などに残る歴史書にたよるしかありません。 :<span id="神話"/>しかし、文字のない時代にあっても、人々は、いろいろなできごとを、物語にして語り伝えてきました。これを、「{{ruby|口伝|くでん}}」といいます。人が記憶によって伝えるのですから、語り伝えている間に、正しく伝わらなかったり、伝える人に都合よくかえられたり、また、よくわからないことについては、神秘的なできごと、つまり、{{ruby|神|かみ}}さまのやったことにしてしまうなど、正確なものとはいえませんが、元々のできごとを想像させたり、それを語りついだ人々の考えを知ったりすることができます。このようにして、語り伝えられた物語を{{ruby|神話|しんわ}}といいます。 :日本においても、神話は語りつがれていました。8世紀になって、日本人が漢字を自由に使いこなし、紙なども大量に入手できるようになると、日本の歴史をまとめることをはじめます<ref>[[小学校社会/6学年/歴史編/天皇中心の国づくり-飛鳥時代から奈良時代#奈良時代|次の章の「奈良時代」]]で詳しく説明します。</ref>。この時に、日本神話を多く書き残しました。[[小学校社会/6学年/歴史編/天皇中心の国づくり-飛鳥時代から奈良時代#記紀|特に、大和朝廷の成立に関係する神話については『{{ruby|古事記|こじき}}』・『{{ruby|日本書紀|にほんしょき}}』という書物にまとめます]]。この二つの書物の名をとって、これらの神話を、{{ruby|記紀|きき}}神話と言います。以下に簡単に紹介します。すでにいくつか知っている話もあるかもしれません。'''[[/「くにづくり」についての日本神話|別のページ]]'''では、もう少し詳しく解説します。 :ただし、神話はあくまでも物語です。これを読む時に歴史的事実とごちゃごちゃにならないよう注意しましょう<ref>たとえば、ここに紹介する神武天皇の話は『古事記』によると、約2700年前の話になるのですが、そのころに、鉄などの高度な文明があったことは、考古学上発見されていません。</ref>。 :;[[/「くにづくり」についての日本神話#1|国産み・神産み神話]] ::男神イザナギと女神イザナミは結婚して、日本の国土の島々を産み、また、さまざまな物事に関するたくさんの神々を産みました。 :;[[/「くにづくり」についての日本神話#2|{{ruby|高天原|たかまがはら}}神話]] ::イザナギの子である太陽の女神アマテラスは、神々の土地である{{ruby|高天原|たかまがはら}}をおさめますが、弟の男神スサノオが暴れるので、{{ruby|天岩戸|あまのいわと}}と言われるほらあなにかくれてしまいます。太陽の神がかくれたので、世の中は真っ暗やみになります。困った神々は策略をめぐらしアマテラスを天岩戸からひっぱりだして、元の平穏な世界にもどります(天岩戸伝説)。スサノオは高天原を追放されます。 :;[[/「くにづくり」についての日本神話#3|{{ruby|出雲|いずも}}神話]] ::高天原を追放されたスサノオは、出雲(現在の島根県)に向かいます。出雲で、人々を困らせる大蛇の化物ヤマタノオロチの話を聞き、これを退治し出雲に住んでここを治めます(ヤマタノオロチ伝説) ::出雲の神さまであるオオクニヌシは、兄弟の神々からいじめられていましたが、海岸でひどい目にあっているシロウサギを助けるなど優しい心の持ち主であったので({{ruby|因幡|いなば}}の白兎伝説)、多くの人々に受け入れられ、やがて、スサノオをついで出雲を治め、日本全国をおさめることになります。オオクニヌシの国は、オオクニヌシを厚くまつることを条件にアマテラスからの使者にアマテラスの子孫にゆずることを約束させられます(国譲り神話、出雲大社由来)。 :;[[/「くにづくり」についての日本神話#4|{{ruby|天孫降臨|てんそんこうりん}}神話・{{ruby|日向|ひゅうが}}神話・{{ruby|神武東遷|じんむとうせん}}神話]] ::アマテラスは孫のニニギに日本を治めさせることとし、ニニギは天上の高天原から日向(現在の宮崎県)の{{ruby|高千穂|たかちほ}}におります({{ruby|天孫降臨|てんそんこうりん}}神話)。 ::ニニギの子のホオリ({{ruby|山幸彦|やまさちひこ}})は、兄のホスセリ({{ruby|海幸彦|うみさちひこ}})と対立しましたが、ホオリがホスセリをしたがえました(海幸山幸伝説)。 ::ホオリの孫であるイワレヒコは、日向から船出し瀬戸内海沿岸の国々をしたがえ、大和を征服し、初代天皇である「神武天皇」となりました({{ruby|神武東遷|じんむとうせん}})。 :;[[/「くにづくり」についての日本神話#5|ヤマトタケル神話]] ::景行天皇の皇子であるヤマトタケルは、西に九州の{{ruby|熊襲|くまそ}}を平定したのち、東国に向かい、各地を平定しました。 == 脚注 == 以下は学習の参考ですので覚える必要はありません。<small> <references/></small> ---- {{前後 |type=章 |[[小学校社会/6学年/歴史編]] |[[小学校社会/6学年/歴史編/歴史の流れをつかもう|日本の歴史の流れ]] |[[小学校社会/6学年/歴史編/歴史の流れをつかもう|歴史の流れをつかもう]] |[[小学校社会/6学年/歴史編/天皇中心の国づくり-飛鳥時代から奈良時代|天皇中心の国づくり-飛鳥時代から奈良時代]] }} [[Category:社会|しようかつこうしやかい6]] [[Category:小学校社会|6ねん]] [[Category:小学校社会 歴史|#03]] 5kz3afet51pdkt56jpqfl7ximj1bktp 301870 301869 2026-07-26T13:39:45Z Mtodo 450 /* 大和政権 */ 301870 wikitext text/x-wiki {{Nav}} {{Pathnav|メインページ|小学校・中学校・高等学校の学習|小学校の学習|小学校社会|小学校社会/6学年|小学校社会/6学年/歴史編|frame=1}} {| class="wikitable" style="width:100%" |+ この章の概要 |<!--(ア) 狩猟・採集や農耕の生活,古墳,大和朝廷(大和政権)による統一の様子を手掛かりに,むらからくにへと変化したことを理解すること。その際,神話・伝承を手掛かりに,国の形成に関する考え方などに関心をもつこと。--> ★時代区分:原始時代、石器時代、縄文時代、弥生時代、古墳時代</br> ★取り扱う年代:おおむね5世紀以前 ;狩猟・採集から農耕へ : 大昔、日本に人々が住みはじめたころ、人々は、木の実をひろったり(採集)、動物や魚を狩などでつかまえて(狩猟)、食料や衣服としていました。このころ、ものを切ったりするのに使った道具は石でできていました。このような道具を、'''石器'''といい、この時代を「'''石器時代'''」と言います。時代がだんだん進むと、人々は、土を火で焼き固めると固くなってうつわなどを作ること('''土器''')ができることを発見します。最初は低い温度で厚くもろい器や人形('''土偶''')を作っていましたが(このような土器を「'''縄文土器'''」といい、この時代を「'''縄文時代'''」と言います)、さらに時代が進んで薄く硬い土器が作られるようになりました(このような土器を「'''弥生式土器'''」といい、この時代を「'''弥生時代'''」と言います)。 : 縄文時代から弥生時代に変わるころ、人々は狩猟・採集のくらしから田んぼや畑をたがやして米などを作る生活('''農耕''')をするようになりました。狩猟・採取の生活から農耕生活になると、人々は定住し「'''むら'''」ができます。人々が互いに行き来するようになると、「むら」はだんだん大きくなり、また、いくつかの「むら」が集まって「'''くに'''」となります。 ;「くに」の統一 : 「くに」を統治する王や女王は、海を越えて中国や朝鮮半島など大陸に使者を送ったりしました。その結果、大陸から'''青銅'''や'''鉄'''を作る技術や'''文字'''(「'''漢字'''」)などの文化が流入しました。鉄器が普及したことで石器は使われることがなくなり「石器時代」は終わります。この時代、「くに」の王など有力者は、墓として「'''古墳'''」を作りましたが、そこには'''{{ruby|埴輪|はにわ}}'''などのほか、青銅製の鏡(銅鏡)などが副葬されています(この時代を「'''古墳時代'''」とも言います)。 :そして、これらの「くに」をまとめて今の日本の元を作ったのが、天皇を長とした'''{{ruby|大和|やまと}}朝廷(大和政権)'''です。統一前に「くに」をひきいていた有力者などは'''豪族'''と呼ばれます。 |} == 大昔の暮らし == [[File:Paleolithic Stone Tools from Hokkaido - Joy of Museums - National Museum of Nature and Science, Tokyo.jpg|thumb|250px|北海道で出土したナイフ状の石器]] ;<span id="石器時代"/>石器時代と狩猟生活 :日本に人類が住み始めたのは、いろいろな説がありますが、ほりだされたもので確かめられるところでは、だいたい3万8000年前と言われています。 :そのころ、日本列島に住んでいる人たちは、海や川の近くに住んで、石や骨でつくった刃物や槍や矢をつかって、シカやイノシシなどの動物を、とらえて食料にしていました。このような石や骨でつくった道具を、'''石器'''といい、この時代を「'''石器時代'''」と言います。動物の骨は、とがらせて使うことが多く、とがらせたものを {{ruby|骨角器|こっかくき}} と言います。骨角器のようなとがった骨も出土することがあります。狩りなどで、槍の先の武器として使ったりすることが多かったものと思われます。 :石器も、最初のうちは、石をただ割ったものを使っていたのですが、時代がくだると、固い石をといでするどくしたり、{{ruby|黒曜石|こくようせき}}と言われるガラスに似た石をうすくとがらせてナイフのようにしたものも見られます。 ;{{ruby|考古学|こうこがく}} :この時代には文字がありませんでしたから、何が起こったのかという記録は残っていません。しかし、土をほりかえしてみると、このように使った土器や、とって食べたと思われる動物の骨、火を使ったあとなどが見つかることがあります。このようなものを、よく調べて大昔はどうであったかを研究する学問を'''考古学'''と言います。 === 縄文時代 === [[file:Jomon Vessel with Flame-like Ornamentation, attributed provenance Umataka, Nagaoka-shi, Niigata, Jomon period, 3000-2000 BC - Tokyo National Museum - DSC05620.JPG|thumb|200px|縄文土器 ]] :人々は、土を火で焼き固めて'''土器'''をつくるようになりました。その土器に縄の模様がついているので、この時代に作られた土器を {{ruby|縄文|じょうもん}}土器 と言います。この土器は、採取した木の実などを貯めたり、食べ物を煮炊きする「なべ」に用いたりしました。ふちに、炎のような飾りをつけたものは実用的ではありませんが、神々や祖先をまつる時に用いられたものと考えられています。 :この縄文土器を使用した、約1万2000年前から約3000年前までの時代のことを、 '''{{Ruby|縄文|じょうもん}}時代''' と言います。 [[Image:JomonStatue.JPG|thumb|left|150px|土偶({{ruby|亀ヶ岡|かめがおか}}遺跡)]] ;土偶 :器だけでなく、土を焼き固めた人形が見つかる場合があります。これを、'''{{ruby|土偶|どぐう}}'''といっています。土偶は、食料が増えることや女性の安産をいのったものだと考えられています。 {{-}} ;貝塚 [[File:Kasori midden preserve north.jpg|thumb|200px|加曽利貝塚、北貝層断面]] :土地を掘り返すと、多くの貝がらがまとまって発見されることがあります。そこには、貝がら以外にも、動物の骨や、魚の骨、土器の破片などが出土することもよくあります。研究の結果、これは、縄文時代の人々が住み着いた土地で、貝がらなどをごみとして捨てた場所であることがわかりました。これを、'''{{ruby|貝塚|かいづか}}'''といい、周辺に縄文の人々の集落があったことがわかります。 :貝塚には、東京都の{{ruby|大森|おおもり}}貝塚や、福井県の{{ruby|鳥浜|とりはま}}貝塚や、千葉県の{{ruby|加曽利|かそり}}貝塚などが有名です。 :貝塚や石器などに限らず古い時代の物が見つかる場所のことを、 '''遺跡'''と言います。遺跡などから出土する物(これを出土品や遺物と言います)によって、その時代の暮らしもわかります。 :魚つりに必要な、「釣り針」と「もり」が、縄文時代の遺跡から出土されることも多く、漁もしていたことがわかります。 :縄文時代の人の家の建物は、<span id="竪穴住居"/>'''{{ruby|竪穴|たてあな}}建物'''(竪穴住居) といい地面に穴をほりさげたあとに、柱を立て、草ぶきの屋根をかけた建物<ref>それでは、「『竪穴建物』ではない建物」とはどういうものでしょう。柱を固定するのに穴を掘って建てたものを、現在でも「{{ruby|掘立|ほった}}て小屋」といって、{{ruby|粗末|そまつ}}な建物のたとえに使います(実際に、そのやり方で建てる建物はほとんどありません)。穴を掘って柱を固定するだけなので大変簡単な建物の建て方({{ruby|工法|こうほう}})ですが、この工法だと、うめられた木材の柱は、地面の水分によってすぐに腐って、建物がだめになります。時代がくだると、地面に大きな石(「{{ruby|束石|つかいし}}」といいます)をしいてその上に柱を置き、横組みによって、おのおのの柱が倒れないような工法になりました。こうすることで、木造の建物でも長期間使い続けることができるようになったのです。現在の木造建築の多くはコンクリートで硬い基礎をつくり、その上に置いて固定する工法となっています。</ref>にすんでいました。 ==== 三内丸山遺跡 ==== [[ファイル:Reconstructed Pillar Supported Structure.jpg|right|thumb|200px|三内丸山遺跡 六本柱建物(復元)]] :青森県の '''{{ruby|三内丸山|さんないまるやま}}遺跡''' は、約5500年前から約1500年前の間の縄文時代の集落だったということがわかっています。 :この三内丸山遺跡から、クリ、クルミ、トチといった実のなる樹木を栽培したあとが見つかっています。つまり、すでにこの時代から一種の農耕が始まっていたものと考えられています。 :また、多くの土器や石器のあとも見つかっており、大型の{{ruby|掘立|ほった}}て柱の跡も、見つかっていますが、この用途はまだ分かっていません。 :ヒスイの玉や、黒曜石でできた刃物のようなものも見つかっています。ヒスイは、この地ではとれず、新潟県の{{ruby|糸魚川|いといがわ}}などの他の土地でとれるので、他の地域と交易があったのだろう、と考えられています。 :この三内丸山遺跡は、縄文時代を知る遺跡として代表的な遺跡です。 {{-}} === 弥生時代 === [[Image:YayoiJar.JPG|right|200px|thumb|弥生土器]] ;{{ruby|弥生|やよい}}土器 :約3000年前から、土器は、それまでの縄文土器に比べて、うすくかたいものとなりました。これは、縄文土器に比べて、土を焼き固めるのに高い温度で焼き固めることができるよう技術が進歩したためです。これを、'''{{ruby|弥生|やよい}}土器'''(または、「弥生式土器」)と言います<ref>1884年(明治17年)に東京府本郷区向ヶ岡弥生町(現在の東京都文京区弥生)の貝塚(向ヶ岡貝塚 東京大学構内)で発見されたためこの名がついています。</ref>。 :この弥生土器を使用した、約3000年前から約1800年位前(紀元後3世紀中期)までの時代のことを、 '''{{Ruby|弥生|やよい}}時代''' と言います。 ;{{ruby|稲作|いなさく}}のはじまり :縄文時代の生活は狩猟・採集によるものが主でした。縄文時代の後期になって農耕をやっていたと考えられますが、あまり大規模なものではありません。'''弥生時代'''を特徴づけるのは、稲作をはじめ定住したことです。 :2400年ぐらい前のころから、現代中国の{{ruby|揚子江|ようすこう}}(または、{{ruby|長江|ちょうこう}})周辺から、日本に'''水田'''(田んぼ)を用いて米を栽培する技術('''稲作''')が伝わりました。 :稲作は、まず西日本につたわり、西日本から東日本へと、米作りが広がっていき、東北地方南部にまで広がりました<ref>弥生時代の遺跡は、新潟県北部と千葉県・茨城県を結んだ線より西側で発見されており、弥生時代には東北まで稲作ができる品種がなかったと考えられています。</ref>。 :この時代の農具は、まだ、木製や石器です<ref>北部九州の一部では鉄を用いた農具も見つかっています。</ref>。{{ruby|穂|ほ}}から米をとるときに、 {{ruby|石包丁|いしぼうちょう}} が、使われました。 ;<span id="むら"/>「むら」の誕生 :米は乾燥させると、長期間保管ができます。米を大量に保管することで、冬など食料となるものが少なくなる時期でも、人々は安定した生活をおくることができます<ref>同じような穀物に、小麦やトウモロコシがあります。小麦は、乾燥した土地を好むので日本の気候にあまり合いませんし、トウモロコシは、まだ日本に伝わっていませんでした。</ref>。米は縄文時代から採集または水田を使わずに栽培されていたことがわかっていますが、水田を作って栽培することで、収穫量が大きく上がります。一方で、土地をならして水田をつくったり、ため池などの水源を確保し水を引く水路を作ったりする作業は少人数でやるのはむずかしいことです。そして、一度作った水田は何年も使い続けないと、また、荒れ地をきりひらいて水田を作ることから始めないといけなくなります。稲作を続けていくために、人々は水田を中心に定住を始めます。米などの農作物が安定して取れることで人口が増えていき、やがて、多くの人々が住む「'''むら'''」ができます<ref>「むら」ということばは、「むらがる・むれる(集まる)」や「むれ(集まったもの)」と関係があると言われています。</ref>。 ;{{ruby|高床|たかゆか}}倉庫 :米は、 '''{{ruby|高床|たかゆか}}倉庫''' で保管されていました。 :高床倉庫が高いのは、ねずみ などの動物が入りづらくするためです。なお、風通しをよくするため、という理由も考えられます。ねずみの害を防ぐという理由の有力な根拠として、地面から床までの柱の、柱のてっぺんに、「かえし」がついていて、動物などが登れないように工夫した高床倉庫が見つかっています。弥生時代の多くの住まいは、縄文時代同様、[[w:竪穴建物|竪穴建物]]でした。 <gallery widths="200px" heights="200px"> Image:Takayukasikisouko.JPG|高床倉庫 妻側より(復元、神奈川県、{{ruby|大塚|おおつか}}・{{ruby|歳勝土|さいかちど}}遺跡) File:Yoshinogari-iseki takayukashiki-souko.JPG|高床倉庫(復元、佐賀県{{ruby|吉野ヶ里|よしのがり}}遺跡) File:2004年08月25日竪02.JPG|thumb|240px|right|弥生時代の[[w:竪穴状平地建物|竪穴状平地建物]](復元、静岡県{{ruby|登呂|とろ}}遺跡) File:Yoshinogari-iseki tateanashiki-juukyo.JPG|thumb|250px|right|弥生時代の竪穴建物(復元、佐賀県吉野ヶ里遺跡) </gallery> ;金属器の伝来 :およそ2300年前、青銅器や鉄器などの金属器とその製造法が伝わります。 :青銅とは、銅 と すず(金属の1つ)を、とかしてまぜあわせた金属でつくられた合金です<ref>ブロンズとも呼ばれます。銅像の多くの材料は青銅です。皆さんの身の回りにある、もっと身近な青銅製のものは十円硬貨(十円玉)でしょう。</ref>。比較的低い温度で溶けて加工することができるという特徴があります。鉄は、今でも身近にある非常に硬い金属ですが、製造するためには、青銅より強い火力を必要とします。世界の歴史では、まず、金属器としては青銅が普及し、続いて実用的な鉄が普及したのですが、日本には、ほぼ同時期に伝来したと考えられ、青銅器は、おもに祭りの道具を作るのに使われ、鉄器が、農具や武器などの実用品につかわれるようになりました。 :石器の原料である石に比べると、鉄は加工が簡単で強くするどいものを作ることができるため、鉄の農具は農地を深くたがやすことができるようになり、鉄器で耕した農地は石器で耕した農地より豊かになり、石器を使う人たちを圧倒するようになります。こうして、鉄器など金属器を使い始めると、石器が使われなくなるため、それ以降を[[#石器時代|石器時代]]とはいわなくなります<ref>世界の歴史では、使われる金属器によって「青銅器時代」「鉄器時代」ということもあり、現代も含めて「鉄器時代」ですが、皆さんは覚える必要はありません。「石器時代」が終わったことだけ理解しておいてください。</ref>。 :青銅器は表面がさびても形を残す性質があるため、銅{{ruby|剣|けん}}や、銅{{ruby|矛|ほこ}}、銅{{ruby|鐸|たく}}、銅{{ruby|鏡|きょう}}などが残っています。一方、鉄は、うめられると、さびてボロボロになってしまいますし、鉄自体、貴重なものだった<ref name="鉄">鉄は、材料となる砂鉄や鉄鉱石が日本では希少で、製造に大量の炭を使い、{{ruby|鍛治|かじ}}という特殊な技術が必要であったため、当時の生活から見るとかなり高価なものでした。</ref>ので、再利用して、あらたな道具として作り直されることが多く、当時のものはほとんど残っていません。 <gallery widths="200px" heights="200px"> ファイル:YayoiBronzeSpearTip1-2ndCenturyKyushu.jpg|弥生時代の銅矛(九州で出土、1~2世紀) ファイル:DotakuBronzeBellLateYayoi3rdCenturyCE.jpg|thumb|銅鐸 </gallery> {{-}} [[file:Toro Site 1.jpg|thumb|200px|登呂遺跡全景]] ;{{ruby|登呂|とろ}}遺跡 :静岡県の登呂遺跡は、1943年(昭和18年)発見され、1947年に考古学・人類学・地質学など各分野の学者が加わった日本で初めての総合的な発掘調査が行われた遺跡です。8万平方メートルを超える水田跡や井戸の跡、[[w:竪穴状平地建物|竪穴建物に似た平地建物]]・[[w:高床建物|高床建物]]を建てたあとが検出されました。この他にも、農耕や狩猟、魚釣りのための木製道具や火起こしの道具、占いに用いた骨などが出土しました。 {{-}} [[File:Yoshinogari-iseki zenkei.JPG|thumb|440px|right|吉野ケ里遺跡,遠景]] ;{{ruby|吉野ケ里|よしのがり}}遺跡 :佐賀県の吉野ヶ里遺跡は、昔から、遺物の出土が見られた土地でしたが、工業用地開発にあたり調査をしたところ、1989年に弥生時代の大規模な集落あとであることが発見されました。 :この遺跡は、まわりを{{ruby|濠|ほり}}でかこまれた {{ruby|環壕|かんごう}}集落 であるところに特徴があります。ほりの内側からは、多くの高床倉庫が見つかっています。ほりは集落を守るためにめぐらされたと考えられています。 :また、矢がささった人骨も見つかっており、これらのことから、人々のあいだで争いがあったことが想像できます。おそらくは、米作りによって、食料生産が増えたので人口が多くなって、それぞれの集落で、さらに多くの人口を養うために米の生産量を増やす必要が生じ、集落どうしで、土地や水をめぐっての争いが起きたのだろうと思われています。このような争いが、身分の差を作っていった理由の一つだとも、思われています。 {{-}} === 「むら」から「くに」へ === ;「くに」の誕生<!-- ::*「むら」と「くに」はどこが違うのか。 ::*「むら」や「くに」はなぜ大きくなっていかなければならなかったのか。--> :[[#むら|こうして「むら(村)」ができると]]、村同士のあらそいがしばしば起こりました。その原因は、村と村の間に水源がある時にどちらが使うかというものであったり、不作などで食糧が足りなくなったのでとなりの村をおそって食糧をうばったりしたものだったのでしょう。相手の村に対抗するため、別の村と共同してあらそうことがあったかもしれません。 :強い村が弱い村をしたがえたり、村同士で共同したりして、村はだんだん大きなものとなっていきます。村が大きくなってくると、人の行き来もふえ、道を作ったりしなければならなくなります。<span id="市"/>また、人が集まると、人々は同じ農耕(稲作)ばかりではなく、野菜や果物を作ったり、魚をとったり、カゴなど竹細工や木工品を作ったりと別々のことをやって、それぞれ作った農作物や、とった魚や動物、作ったカゴなど工作品とを交換して生活を豊かにすることができるようになります。こうしたものの交換の場として、'''{{ruby|市|いち}}'''ができます。 :田を耕したり、物を収穫したりする能力は人それぞれです。村の中にも豊かな人とそうでない人の差はできました。さらに、たとえば、広い田を持つ豊かな人は、田を持たない人に収穫の一部を与える代わりに自分の田をたがやさせたり、貧しい人の子どもをもらってきて育て、やはり、自分の農地で使ったりもしたでしょう。村のあらそいで負けた人々が、このような立場になることもあったとも考えられます。このころには、こうした豊かな人たちと、その人たちに支配される人々の差がでてきました。 :村が大きくなるにつれ、ばらばらの人をまとめるリーダーが必要になってきます。リーダーは、ため池・水路や道をつくったり、整備することの指示をしたり、市を開いたり、市でのもめごとをおさめたり(仲裁)、また、他の村とのあらそいでは武器を持って戦ったり、それを指揮したりしたでしょう。このリーダーには、上でのべた豊かな人たちがなったり<ref name="鉄"/>、そのような人の中で能力が高いために人々が押し上げたりしたのでしょう。知識をたくわえ、{{ruby|神|かみ}}の声として伝えて、そのようなリーダーになった人もいたかもしれません。 :さらに、時間がたつと、村はますます大きくなっていきます。だんだん、このリーダーたちは、自分で田を耕さず、日々の指示や仲裁や戦うことだけを仕事とするようになり、リーダーたちの生活は村の人々が収穫の一部をわけることで成り立つようになります。すなわち、「'''税'''」です。税の仕組みができた村を「'''くに'''」と言います<ref>「くに」ということばは、「むら」ほど明確な関係は、わかっていませんが、「{{ruby|組|く}}む」「{{ruby|組|くみ}}」と関係があるとも言われています。</ref>。そして、のちに「くに」のリーダーの、さらに長を「'''王'''」、女性の場合は「'''女王'''」と言ったりします<ref name="王">「くに」の長については、当時の言葉が残っていないので、中国語の考え方(漢字)を当てています。少し後の時代に、「主人」という意味で「きみ(君)」と呼ばれていたらしいとも考えられています。「くに・くむ・くみ」と少し似ていますね。「きみ」を支配するものが「おおきみ」です。</ref>。 :「くに」は、「むら」と同様に、となりの「くに」とあらそうなどして、大きくなっていきます<ref name="人口">弥生時代の日本の全人口は60万人くらいだったのではないかといわれています。次の古墳時代の終わりころになって、ようやくその10倍くらいになります。紀元前1世紀頃は100数カ国あったとされる(これは、九州北部から近畿地方までと考えられていますから、おそらく200以上はあったでしょう)ので、「くに」といっても、人口数千人から数万人の規模であったと考えられます。</ref>。このころになると、朝鮮半島をはじめとする大陸としばしば行き来するようになります<ref>稲作や金属器製法の伝来は大陸からなので、それ以前も行き来はあったでしょうが紀元前1世紀くらいから特にふえます。</ref>。「王」の中には大陸から渡ってきたものもいるかもしれませんし、大陸にわたって王になったものもいるかもしれません。 ;中国との交流<span id="中国との交流"/> :中国には、約5000年前から青銅器を作り、約3500年前には文字(漢字)を使っていた古い文明をもった人々が住んでいました。紀元前3世紀には、大きな国となって、それを{{ruby|皇帝|こうてい}}が治めていました。 :日本の「くに」の王は、皇帝に{{ruby|貢|みつ}}ぎ物をおくり、関係をもちました。これは、皇帝に貢ぎ物をおくると、そのお返しに数倍の価値の品物を与えられ<span id="朝貢"/>、また、皇帝によって「くに」の王としての地位が認められたからです。 :中国の歴史書には、日本の「くに」が貢ぎ物をおくったことが記録されています。 [[File:King of Na gold seal.jpg|200px|thumb|right|金印。「漢委奴国王」印]] :#最初の記録は、紀元前1世紀に、当時の'''{{ruby|漢|かん}}'''{{ruby|王朝|おうちょう}}<ref>同じ家系の皇帝によって治められた時代を王朝と言います。</ref>(前漢<ref name="漢">漢は一度ほろぼされましたが、一族がまた王朝を開きました。滅ぼされる前の王朝を「{{ruby|前漢|ぜんかん}}」、新しくできた王朝を「{{ruby|後漢|ごかん}}」と言います。</ref>)の朝鮮半島にある役所に貢ぎ物がなされたこと記録されています。当時の日本は「'''{{ruby|倭|わ}}'''<ref>なよなよした人、背が低い人(矮)などの意味で、あまり良い意味ではありません。</ref>」と呼ばれ、百数国に分かれていたと書かれています。これが、日本のことが文書に書かれた最初の例です。 :#57年、倭の{{ruby|奴|な}}国が貢ぎ物をし、漢(後漢<ref name="漢"/>)の皇帝は、'''金印'''をさずけました。金印は江戸時代になって、現在の福岡県で発見されました。金印には「漢委奴国王」と書いてあります。これは、一般に「{{ruby|漢|かん}}の{{ruby|委|わ}}(=倭)の{{ruby|奴|な}}の国王」と読んでいます。「漢が支配する倭(=日本)の奴の国の王」という意味です。 :#107年、倭国王が来て、奴隷160人を貢ぎ物として、皇帝に会うことをねがった。文明の進歩していない日本からの貢ぎ物は、おもに人(奴隷)だったことがわかります。 :#147年から189年にかけて、倭国の中で大きな戦争があって、国々が互いに争ったことが記録されています。その当時になると、中国も日本に興味を持っていたことがわかります。 :#<span id="邪馬台国"/>235年、'''{{ruby|魏|ぎ}}'''<ref>このころ、中国では後漢はほろぼされ、「魏」が最も有力な王朝となっていました。</ref>の皇帝に、使いをおくりました。おくった国は、'''{{ruby|邪馬台国|やまたいこく}}'''といい、その王は女性で'''{{ruby|[[小学校社会/6学年/歴史編/人物事典#卑弥呼(ひみこ)|卑弥呼]]|ひみこ}}'''といいました。 :#*この卑弥呼が魏におくった使者については、くわしく記録されており<ref>この歴史書を、『{{ruby|魏志|ぎし}}{{ruby|倭人|わじん}}{{ruby|伝|でん}}』と言います。</ref>、当時の社会をよく知ることができます。以下にいくつか例をあげます。 :#**百数国あった国は、このころ、中国と行き来のある国は、約30国になった。 :#**邪馬台国は30国をしたがえているが、{{ruby|狗奴国|くなこく}}と対立している。 :#**卑弥呼はうらないやまじないで国をまとめていて、その姿を人前にあらわすことはない。 :#**人々は、顔や体に{{ruby|入|い}}れ{{ruby|墨|ずみ}}を入れ、貫頭衣と言われる単純な服を着ている。 :#**養蚕をして糸をえている。牛や馬は飼っていない。 :#**邪馬台国からの貢物は男女の奴隷10人とわずかな布に対して、皇帝は、金印に加えて、大量の錦などの高価な織物や金、刀、銅鏡100枚などを与えた。 :#*邪馬台国の場所は分かっておらず、古くから多くの人が色々な説を出して論争をしています。奈良県と北部九州が有力ですが、結論は出ていません。 == 「くに」の統一 == === 古墳時代 === [[画像:NintokuTomb Aerial photograph 2007.jpg|thumb|{{ruby|仁徳天皇陵|にんとくてんのうりょう}}<ref>「{{ruby|陵|りょう}}」とは天皇や皇后といった皇族のお墓の呼び名です。「仁徳天皇陵」とは仁徳天皇のお墓という意味です。</ref>と伝えられている大山古墳。前方後円墳、大阪府堺市]] :3世紀から4世紀ごろになると、各地で'''{{ruby|古墳|こふん}}'''といわれる、大きな墓が作られるようになります。古墳には「くに」の王や有力者('''{{ruby|豪族|ごうぞく}}''')が{{ruby|埋葬|まいそう}}されたと考えられています。この、3世紀ごろから7世紀ごろの時代を '''古墳時代''' と言います。 :古墳は全国に分布しますが、特に九州地方から中国地方をへて、近畿地方にかけて多く見られます。古墳は朝鮮半島南部にも見られ、この地域との関係が深かったことがわかります。 :古墳には、いろいろな形のものがあります。円形に{{ruby|盛|も}}り上がった古墳を{{ruby|円墳|えんふん}}と言います。四角く盛り上がった古墳を{{ruby|方墳|ほうふん}} と言います。円墳と方墳があわさったような、かぎ{{ruby|穴|あな}}のような形の古墳を {{ruby|前方後円墳|ぜんぽうこうえんふん}} と言います。大阪府{{ruby|堺|さかい}}市にある {{ruby|大仙|だいせん}}(大山)古墳 は、日本で最大の面積の古墳です。 :弥生時代に比べて古墳時代は、古墳作りのような大規模な事業ができるほど人口が増えます<ref name="人口"/>。これは、大陸から、牛や馬がもちこまれたり<ref name="牛馬">『魏志倭人伝』には、「倭には、馬や牛はいない」と書かれていますので、この時代(古墳時代)に伝わったことがわかります。馬は、漢字の音(昔の中国語の音)で「マ」と発音しますが、それがなまって「うま」となったとされています。</ref>、鉄を製造する技術が普及したためであると考えられています。 :なお、このころ、中国は国内が乱れたため、邪馬台国を書いたような歴史書がとだえ、4世紀の様子はあまり伝わっていません。ただ一方で、<span id="好太王の碑"/>4世紀末から5世紀にかけて朝鮮半島の北部に倭の軍隊がせめいって北部の国({{ruby|高句麗|こうくり}})と戦ったことが、朝鮮半島の石碑<ref>「{{ruby|好太王|こうたいおう}}の碑」といいます。</ref>に残っています。このように、この当時も朝鮮半島とは盛んに行き来がありました。 {{-}} ;古墳の{{ruby|副葬|ふくそう}}品 :古墳からは、鏡や玉・{{ruby|勾玉|まがたま}}、{{ruby|剣|つるぎ}}などが副葬<ref>遺体とともに埋葬されることを言います。</ref>されています。ほかにも、'''{{ruby|埴輪|はにわ}}''' という、土を焼いて作られた筒状のもの<ref>「はに」-土で作ったもの、「わ」-円形のもの、で、「はにわ」と言います。</ref>が発見されています。これは、時代がくだると、人や牛馬<ref name="牛馬"/>、家や船などをかたどったものが見られるようになります。埴輪から、当時の人々がどのような姿をし、どのような家に住み、どのような船に乗ったのかなど、当時の生活の様子を知ることができます。これら、古墳の副葬品からわかる古墳時代の文化のことを'''古墳文化'''と言います。 <gallery widths="200px" heights="200px"> File:Large domestic mirror, Kofun period, 300s-400s AD, bronze - Tokyo National Museum - Ueno Park, Tokyo, Japan - DSC09133.jpg|副葬品の銅鏡(奈良県・{{ruby|柳本大塚|やなぎもとおおつか}}古墳出土 ) File:Koujindani Remains 03.JPG|銅矛とともに出土した銅鐸(島根県・{{ruby|出雲|いづも}}市の{{ruby|荒神谷|こうじんだに}}遺跡)。古墳時代の遺跡。 Magatamas.JPG|古墳時代の勾玉(東京国立博物館所蔵) 塚廻り古墳 - panoramio.jpg|埴輪出土の様子 ファイル:メスリ山古墳出土 大型円筒埴輪.JPG|大型円筒埴輪 File:KofunSoldier.jpg|thumb|left|140px|埴輪。武装男子立像(群馬県{{ruby|太田|おおた}}市出土) 画像:HaniwaHorse.JPG|thumb|190px|馬形埴輪 ファイル:西都原古墳群出土 埴輪 子持家.JPG|家の埴輪 ファイル:西都原古墳群出土 埴輪 船.JPG|船の埴輪 </gallery> {{-}} === 大和政権 === [[File:Inariyama sword.JPG|thumb|250px|right|真ん中の、{{ruby|縦|たて}}に長いものが、発掘された{{ruby|鉄剣|てっけん}}。]] :現在の奈良県奈良市周辺、{{ruby|大和|やまと}}川上流部の奈良{{ruby|盆地|ぼんち}}は、「'''やまと'''(後に「'''大和'''」の字を当てます)」と呼ばれる稲作に適した豊かな土地<ref>現代の考え方では、多くは川の下流の海に近い広い低湿地の方が稲作に適していると考えられていますが、そのような土地は水害に弱く、江戸時代くらいになるまでは、このような盆地や台地で水の豊富な土地が稲作の中心でした。</ref>で、大和川を下って、現在の大阪府中部周辺も一体となった、この地域における「くに」の王や豪族は、大変有力なものとなりました。それは、この地方に、大きな古墳が数多く発見されていることからもわかります。 :この地方の豪族たちは、自分たちのリーダーとして'''{{ruby|大王|おおきみ}}'''<ref name="王"/>をおしたて、それに従うことになります。この{{ruby|大王|おおきみ}}が、現在の天皇の祖先とされ、{{ruby|大王|おおきみ}}の政府を大和{{ruby|朝廷|ちょうてい}}<ref>天皇を中心とした政治の仕組みを{{ruby|朝廷|ちょうてい}}といいます。</ref>と言い、この大和地方の勢力を'''{{ruby|大和政権|やまとせいけん}}''' と言います。 :大和政権は、東西に兵を出して、日本の「くに」を一つにまとめようとします :5世紀後半に作られたと見られる埼玉県の{{ruby|稲荷山|いなりやま}}古墳から見つかった{{ruby|鉄剣|てっけん}}には、「ワカタケル大王」という名がきざまれた文が発見されました。この文から、この地方の王は、ワカタケル大王に使えていたことがわかります。また、熊本県の {{ruby|江田船山|えだふなやま}}古墳 にも、一部が読めなくなっていましたが、「ワ□□□ル大王(□は読むことができない文字です、文字数は数えることができます)」という、「ワカタケル大王」と考えられる名前が刻まれた鉄刀があり、ワカタケル大王の支配する領域が、関東地方から九州までの広い範囲におよんでいたことがわかります。このことから、大和政権は、5世紀後半から6世紀前半にかけて、日本を統一したのではないかと考えられています。 :<span id="南北"/>5世紀に入ると中国はやや安定し、南北に王朝ができ、より安定した南の王朝に日本が使者を何度も送ったことが記録されており、これを送ったのは大和政権の{{ruby|大王|おおきみ}}(天皇)であろうとされています。 ;「くにづくり」についての日本神話 :<span id="漢字伝来"/>日本に、文字(漢字)が伝えられたのは、4世紀後半から5世紀前半にかけてであろうとされています。伝説では、朝鮮半島から渡ってきた{{ruby|王仁|わに}}が伝えたとされていますが、その前から、ある程度の読み書きはできていたと考えられますし、1人の伝えたもので、文字が伝わるものでもありません。おそらく、朝鮮半島から、漢字を読み書きできる集団が移住してきて大和朝廷につかえたことの、{{ruby|象徴|しょうちょう}}だと考えられます<ref>実際に、王仁の子孫とされる{{ruby|西文|かわちのふみ}}氏は、朝廷に{{ruby|史|ふひと}}という書記の役職で朝廷につかえます。</ref>。 :したがって、文字が伝わるまで日本で何があったのかはよくわかりません。また、文字が伝わった後も、しばらくは書かれたものも少なかったため、記録はほとんど残っておらず、やはり詳しいところはわかっていません。 :この時代のことを知るには、出土品などから考古学の方法によるか、中国などに残る歴史書にたよるしかありません。 :<span id="神話"/>しかし、文字のない時代にあっても、人々は、いろいろなできごとを、物語にして語り伝えてきました。これを、「{{ruby|口伝|くでん}}」といいます。人が記憶によって伝えるのですから、語り伝えている間に、正しく伝わらなかったり、伝える人に都合よくかえられたり、また、よくわからないことについては、神秘的なできごと、つまり、{{ruby|神|かみ}}さまのやったことにしてしまうなど、正確なものとはいえませんが、元々のできごとを想像させたり、それを語りついだ人々の考えを知ったりすることができます。このようにして、語り伝えられた物語を{{ruby|神話|しんわ}}といいます。 :日本においても、神話は語りつがれていました。8世紀になって、日本人が漢字を自由に使いこなし、紙なども大量に入手できるようになると、日本の歴史をまとめることをはじめます<ref>[[小学校社会/6学年/歴史編/天皇中心の国づくり-飛鳥時代から奈良時代#奈良時代|次の章の「奈良時代」]]で詳しく説明します。</ref>。この時に、日本神話を多く書き残しました。[[小学校社会/6学年/歴史編/天皇中心の国づくり-飛鳥時代から奈良時代#記紀|特に、大和朝廷の成立に関係する神話については『{{ruby|古事記|こじき}}』・『{{ruby|日本書紀|にほんしょき}}』という書物にまとめます]]。この二つの書物の名をとって、これらの神話を、{{ruby|記紀|きき}}神話と言います。以下に簡単に紹介します。すでにいくつか知っている話もあるかもしれません。'''[[/「くにづくり」についての日本神話|別のページ]]'''では、もう少し詳しく解説します。 :ただし、神話はあくまでも物語です。これを読む時に歴史的事実とごちゃごちゃにならないよう注意しましょう<ref>たとえば、ここに紹介する神武天皇の話は『古事記』によると、約2700年前の話になるのですが、そのころに、鉄などの高度な文明があったことは、考古学上発見されていません。</ref>。 :;[[/「くにづくり」についての日本神話#1|国産み・神産み神話]] ::男神イザナギと女神イザナミは結婚して、日本の国土の島々を産み、また、さまざまな物事に関するたくさんの神々を産みました。 :;[[/「くにづくり」についての日本神話#2|{{ruby|高天原|たかまがはら}}神話]] ::イザナギの子である太陽の女神アマテラスは、神々の土地である{{ruby|高天原|たかまがはら}}をおさめますが、弟の男神スサノオが暴れるので、{{ruby|天岩戸|あまのいわと}}と言われるほらあなにかくれてしまいます。太陽の神がかくれたので、世の中は真っ暗やみになります。困った神々は策略をめぐらしアマテラスを天岩戸からひっぱりだして、元の平穏な世界にもどります(天岩戸伝説)。スサノオは高天原を追放されます。 :;[[/「くにづくり」についての日本神話#3|{{ruby|出雲|いずも}}神話]] ::高天原を追放されたスサノオは、出雲(現在の島根県)に向かいます。出雲で、人々を困らせる大蛇の化物ヤマタノオロチの話を聞き、これを退治し出雲に住んでここを治めます(ヤマタノオロチ伝説) ::出雲の神さまであるオオクニヌシは、兄弟の神々からいじめられていましたが、海岸でひどい目にあっているシロウサギを助けるなど優しい心の持ち主であったので({{ruby|因幡|いなば}}の白兎伝説)、多くの人々に受け入れられ、やがて、スサノオをついで出雲を治め、日本全国をおさめることになります。オオクニヌシの国は、オオクニヌシを厚くまつることを条件にアマテラスからの使者にアマテラスの子孫にゆずることを約束させられます(国譲り神話、出雲大社由来)。 :;[[/「くにづくり」についての日本神話#4|{{ruby|天孫降臨|てんそんこうりん}}神話・{{ruby|日向|ひゅうが}}神話・{{ruby|神武東遷|じんむとうせん}}神話]] ::アマテラスは孫のニニギに日本を治めさせることとし、ニニギは天上の高天原から日向(現在の宮崎県)の{{ruby|高千穂|たかちほ}}におります({{ruby|天孫降臨|てんそんこうりん}}神話)。 ::ニニギの子のホオリ({{ruby|山幸彦|やまさちひこ}})は、兄のホスセリ({{ruby|海幸彦|うみさちひこ}})と対立しましたが、ホオリがホスセリをしたがえました(海幸山幸伝説)。 ::ホオリの孫であるイワレヒコは、日向から船出し瀬戸内海沿岸の国々をしたがえ、大和を征服し、初代天皇である「神武天皇」となりました({{ruby|神武東遷|じんむとうせん}})。 :;[[/「くにづくり」についての日本神話#5|ヤマトタケル神話]] ::景行天皇の皇子であるヤマトタケルは、西に九州の{{ruby|熊襲|くまそ}}を平定したのち、東国に向かい、各地を平定しました。 == 脚注 == 以下は学習の参考ですので覚える必要はありません。<small> <references/></small> ---- {{前後 |type=章 |[[小学校社会/6学年/歴史編]] |[[小学校社会/6学年/歴史編/歴史の流れをつかもう|日本の歴史の流れ]] |[[小学校社会/6学年/歴史編/歴史の流れをつかもう|歴史の流れをつかもう]] |[[小学校社会/6学年/歴史編/天皇中心の国づくり-飛鳥時代から奈良時代|天皇中心の国づくり-飛鳥時代から奈良時代]] }} [[Category:社会|しようかつこうしやかい6]] [[Category:小学校社会|6ねん]] [[Category:小学校社会 歴史|#03]] gq80k7cgznwnuebno1rqbknrthk59tb Wikibooks:GUS2Wiki 4 35248 301867 301752 2026-07-26T12:59:14Z Alexis Jazz 56315 Updating gadget usage statistics from [[Special:GadgetUsage]] ([[phab:T121049]]) 301867 wikitext text/x-wiki {{#ifexist:Project:GUS2Wiki/top|{{/top}}|This page provides a historical record of [[Special:GadgetUsage]] through its page history. 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===好きな人===あのちゃん、新垣結衣、畑芽育、速水けんたろう、茂森あゆみ===デイサービス===放課後等デイサービス ウィズ西長戸です!ぜひInstagramをフォローしていただけると、嬉しいです! flbm341adbxhwyj1i9ec3jdp0c6g4t7 講談 0 48625 301868 2026-07-26T13:03:06Z Huugo 91857 講談の演じ方、歴史、演目、修業、他の芸能との関係、鑑賞方法を中核とした初版を作成 301868 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|芸術|伝統芸能|frame=1}} '''講談'''(こうだん)は、演者が一人で高座に座り、主として歴史上の人物や事件などを題材とした物語を、独特の調子で読み聞かせる日本の伝統的な話芸です。演者は'''釈台'''(しゃくだい)と呼ばれる机を前に置き、'''張り扇'''(はりおうぎ)で釈台を打ちながら物語を進めることがあります<ref name="JAC-kodan-overview">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/index.html |title=講談:早わかり |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 講談は、戦いや武将を扱う軍記物だけでなく、義士物、侠客物、世話物、政談、怪談、現代の人物や事件を扱う新作など、幅広い物語を取り上げます。歴史を題材とする作品にも、後世の伝承や脚色、講談師や作者による創作が含まれています<ref name="JAC-kodan-history-story">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/tokucyo1.html |title=芸の特徴:歴史物語を読み上げる |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 この教材では、講談の演じ方、歴史、演目、修業、他の芸能との関係、鑑賞方法を順に学びます。 == この教材で学ぶこと == この教材を学ぶことにより、次の事項を説明できるようになることを目指します。 * 講談がどのような話芸であるか * 釈台と張り扇がどのように使われるか * 語り、会話、調子、間が果たす役割 * 講談と落語・浪曲のおおまかな違い * 講談における史実、伝承、脚色、創作の関係 * 講談の成立と発展の概要 * 代表的な演目の種類 * 講談師の修業と芸の継承 * 講談を鑑賞するときの着眼点 == 講談とは == === 「読む」話芸 === 講談では、物語を演じることを「読む」といいます。ただし、ここでいう「読む」は、文章を一定の速さで朗読することだけを意味しません。 演者は、声の強弱、速度、抑揚、調子、間を変化させながら、場面の情景や登場人物の行動を聞き手へ伝えます。語り手による説明を中心として物語を進め、その途中に登場人物の会話を加えることもあります。 一人の演者が、語り手と複数の登場人物を受け持ちます。大がかりな舞台装置や多数の小道具を用いず、主に言葉、声、表情、しぐさによって物語の世界を作ります。 講談は軍記物を中心に発展しましたが、題材は戦いだけに限られません。武将、名人、力士、医師、商人などの人物伝、裁判や政治を扱う政談、侠客や盗賊の物語、怪談なども演じられます。また、近現代の人物や外国の物語を扱う新作講談も作られています<ref name="JAC-kodan-history-story" />。 === 歴史と娯楽 === 講談には、歴史上の人物や出来事を聞いて学ぶ「耳学問」として受け入れられてきた面があります。一方で、聴衆を楽しませる芸能として発展する中で、史実をもとにした物語にも脚色や創作が加えられました<ref name="JAC-kodan-history-story" />。 講談は、歴史学の研究成果や史料をそのまま読み上げるものではありません。歴史上の人物をどのような人物として描き、出来事をどのように物語へ組み立てるかも、講談の重要な要素です。 === 落語との違い === 講談と落語は、どちらも一人の演者が高座で物語を演じる話芸です。 一般に、講談は語り手による説明を中心として物語を進めることが多く、落語は登場人物の会話を中心として物語を進めることが多いとされます<ref name="JAC-rakugo-dialogue">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/tokucyo2.html |title=芸の特徴:会話構成による描写と展開 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 講談では、語り手が場所、人物の来歴、行動などを説明した後で、人物の会話へ移ることがあります。落語では、人物どうしの会話やしぐさによって、場所や人間関係を聞き手に想像させることがあります。 ただし、この違いは絶対的なものではありません。講談にも会話を中心とした場面があり、落語にも語り手による説明があります。「講談は説明、落語は会話」という区別は、それぞれの傾向を理解するための目安です。 == 高座と演じ方 == === 釈台と張り扇 === 講談師は、通常、高座に座って一人で演じます。演者の前には、'''釈台'''(しゃくだい)と呼ばれる小さな机が置かれます。戦物語などを読む際には、釈台の上に本を載せて読むこともあります<ref name="JAC-kodan-overview" />。 講談を特徴づける道具の一つが'''張り扇'''(はりおうぎ)です。張り扇は、扇を割って和紙で包むなどして作られ、釈台を打って音を出すために用いられます<ref name="Kodan-qa">{{Cite web |url=https://kodankyokai.jp/qa/ |title=講談Q&A |work=講談協会公式ホームページ |publisher=一般社団法人講談協会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 演者は張り扇で釈台を打つことにより、読む調子を助け、語りにリズムやメリハリを付けます。特に修羅場読みでは、声と張り扇の音を組み合わせて、戦場の勇壮な雰囲気を作ります<ref name="JAC-kodan-rhythm">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/tokucyo2.html |title=芸の特徴:自ら調子を取る一人芸 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 張り扇は単に大きな音を出すための道具ではありません。どの言葉の後で打つか、どの程度の強さで打つかによって、演者ごとの表現の違いが生まれます。 === 調子と修羅場読み === 戦場の様子、武士の名乗り、軍勢の数や動きなどを、調子を取りながら勢いよく読む方法を'''修羅場読み'''といいます。 修羅場読みでは、言葉を一定のリズムに乗せ、次第に声や調子を高めながら、勇壮な場面を表現します。張り扇の音も、その調子を支えるために使われます<ref name="JAC-kodan-rhythm" />。 修羅場読みは、講談師が声や調子を鍛えるための基礎的な修業にも用いられます。文化デジタルライブラリーでは、軍記物『三方ヶ原軍記』の修羅場を読むことによって、発声やさまざまな調子を学ぶと説明されています<ref name="JAC-kodan-training">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/syugyo.html |title=芸の修業:声の鍛錬 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 初めて修羅場読みを聞く場合、固有名詞や古い言葉をすべて聞き取ろうとする必要はありません。まず、声の高低、言葉の連なり、張り扇の音、速度の変化を聞いてみましょう。 === 語り、会話、引き事 === 講談の本文は、おおむね次の要素を組み合わせて構成されます。 * 語り手による状況や背景の説明 * 登場人物の行動や心理の説明 * 登場人物どうしの会話 * 戦闘や移動などを調子よく読む部分 * 物語に関係する知識や逸話の紹介 物語の途中で、題材に関係する知識、注釈、逸話などを語ることを'''引き事'''(ひきごと)といいます。 例えば、花見の場面で江戸時代の花見の名所を説明したり、その時代の生活習慣を紹介したりすることが引き事に当たります<ref name="JAC-kodan-hikigoto">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/enmoku2.html |title=主な演目と種類:題材に注釈を付け構成 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 引き事は、物語の筋から一時的に離れる説明ですが、単なる余談とは限りません。物語が起きた時代や場所について、聞き手の理解を助ける働きがあります。また、何をどのように説明するかには、演者の知識や個性が表れます。 == 史実と物語 == === 歴史を題材にするということ === 講談には、源平の争乱、南北朝時代、戦国時代、江戸時代の事件など、実際の歴史に関係する物語が数多くあります。しかし、講談で語られる内容のすべてが、歴史資料によって確認できる事実とは限りません。 一つの講談には、次のような性格の異なる要素が含まれることがあります。 # 歴史資料で確認できる人物や出来事 # 後世に成立した伝承や逸話 # 軍記物語や実録、小説など、もとになった作品の内容 # 講談師や作者による脚色・創作 # 演者が加えた解釈、説明、引き事 これらを区別して考えると、講談を物語として楽しみながら、歴史との関係も理解しやすくなります。 === 太平記読みの例 === 講談の成立に関係する語りの一つに、軍記物語『太平記』を読み、解説した'''太平記読み'''があります。 国立公文書館によれば、太平記読みと呼ばれた講釈師たちは、『太平記』に記されていない裏話や人物像を付け加え、その物語世界を広げました。それらの物語は、後に講談や歌舞伎などの題材にもなりました<ref name="NAJ-taiheiki">{{Cite web |url=https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/rekishitomonogatari/contents/category05.html |title=太平記と太平記読 |work=歴史と物語 |publisher=国立公文書館 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 この例からも分かるように、歴史物語は、もとの作品をそのまま保存するだけでなく、語り手が新しい説明や逸話を加えることによって変化してきました。 === 歴史資料として扱う際の注意 === 講談を聞くことで、歴史上の人物や出来事に興味を持つことができます。しかし、講談の内容だけを根拠として、過去に実際に起きたことを判断することはできません。 歴史的な事実関係を調べる場合は、次のような順序で確認するとよいでしょう。 # 講談では、誰がどのように描かれているかを確認する。 # 物語のもとになった軍記物語、実録、小説などを確認する。 # 同じ出来事を扱った歴史事典や研究書を読む。 # 必要に応じて、当時の文書や記録などの史料を確認する。 # 講談と歴史研究との違いを整理する。 史実との違いがあるからといって、その講談に価値がないわけではありません。どのような人物像が作られ、どのような行動が理想的または批判的に描かれたかを調べることで、その物語が演じられた時代の価値観について考えることができます。 == 講談の歴史 == 講談は、ある一人の人物が一度に作り出した芸能ではありません。軍記物語を語る芸、寺社で教えを説く講釈、武家に書物を読み聞かせる活動、都市の人々を相手にした興行など、複数の語りの伝統を受け継ぎながら発達しました。 === 軍記物語と講釈 === 「講談」や「講釈」という言葉は、もともと仏教の教えや書物の内容を解釈し、人に説明することを意味しました。寺院などでは、教えを分かりやすく伝えるために、物語を読み聞かせることも行われました<ref name="JAC-kodan-history1">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/kodan/index1.html |title=講談の歴史:史実の読み聞かせ |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 中世には、『平家物語』などの軍記物語が語られました。琵琶法師は、琵琶を弾きながら『平家物語』を語り、戦いの経過だけでなく、仏教の無常観なども聞き手へ伝えました。 その後、軍記物語や歴史書を専門に読み、内容を解説する人々が現れました。大名のそばで書物の講釈や話し相手を務めた人々は、'''御伽衆'''(おとぎしゅう)と呼ばれました。 === 太平記読み === 『太平記』を読み、解説する人々は、太平記読みと呼ばれました。 太平記読みは、本文をそのまま朗読するだけではなく、人物の経歴、事件の背景、原作にない逸話などを付け加えました。こうして作られた物語は、後に講談や歌舞伎などの題材となりました<ref name="NAJ-taiheiki" />。 太平記読みの代表的な人物として、'''赤松法印'''(あかまつほういん)が挙げられます。赤松法印は徳川家康に『太平記』や『源平盛衰記』を読み聞かせたと伝えられ、講談師の祖ともいわれています<ref name="JAC-kodan-history1" />。 ただし、講談が赤松法印一人によって始められたと断定することはできません。講談は、軍記物語、仏教の講釈、御伽衆、太平記読みなど、複数の語りの系統が関係しながら成立したと考えるのが適切です。 === 町講釈と辻講釈 === 江戸時代になると、軍記物語や歴史書の講釈は、武家の屋敷だけでなく、寺社の境内や都市の盛り場でも行われるようになりました。 屋外や仮設の小屋で軍談などを聞かせ、聴衆から料金を受け取る口演は、'''辻講釈'''(つじこうしゃく)と呼ばれます。町人など一般の人々を聴衆とする講釈は、'''町講釈'''とも呼ばれました<ref name="JAC-kodan-history2">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/kodan/index2.html |title=講談の歴史:小屋掛けの講釈場 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 天和元年(1681年)には、大坂の天満天神の境内で『太平記』が読まれた記録があります。元禄期には江戸でも、よしず張りの小屋や寺社の境内で軍書を読む講釈師が現れました<ref name="JAC-kodan-history2" />。 この変化により、講釈は限られた身分の人に知識を伝える活動から、広い聴衆を相手にする興行へと発展しました。 === 話芸としての発達 === 江戸時代中期には、講釈の内容や演じ方にも変化が生じました。歴史書を厳格に読むだけでなく、世相への批評、滑稽な表現、人物の演じ分けなどを取り入れる講釈師が現れました。 深井志道軒は、浅草寺境内で辻講釈を行い、幅広い知識、世相への風刺、ユーモアなどによって人気を集めたと伝えられています。馬場文耕は事件や政治を題材とし、森川馬谷は読み物の配置や前座を置くことなど、講釈興行の形を整えた人物とされています<ref name="JAC-kodan-history3">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/kodan/index3.html |title=講談の歴史:人気を集めた講釈師 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 講釈を専門に演じる場所は、'''講釈場'''または'''釈場'''(しゃくば)と呼ばれました。講釈師は軍記物だけでなく、御家騒動物、世話物、政談なども読むようになりました。 江戸時代後期には、高座で口演すること、人物ごとに声を変えること、身振りを加えることなどが行われ、講釈は大衆的な話芸として形を整えました<ref name="JAC-kodan-history4">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/kodan/index4.html |title=講談の歴史:話芸としての定着 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 === 幕末・明治期の隆盛 === 幕末から明治時代前期にかけて、講談は大きな人気を集めました。多くの講釈場が設けられ、優れた演者が現れたため、この時期は講談の全盛期の一つとされています<ref name="JAC-kodan-history5">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/kodan/index5.html |title=講談の歴史:名人上手の時代 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 代表的な講談師の一人が、二代目松林伯圓です。伯圓は、古くから伝わる読み物だけでなく、実際の事件や町人社会を題材とした新作・改作を数多く作りました。 桃川如燕は怪談などを得意とし、三代目一龍斎貞山は『赤穂義士伝』などで知られました。こうした講談師は、読み物を受け継ぐだけでなく、新しい演目を作り、弟子を育て、他の芸能にも影響を与えました<ref name="JAC-kodan-history5" />。 明治時代には、政治や社会的事件を題材にした'''政治講談'''も行われました。講談は過去の歴史だけでなく、同時代の社会を語る役割も持つようになりました。 === 速記と講談本 === 明治時代には速記術が発達し、講談師の口演を文字に記録できるようになりました。口演を速記した文章は、新聞や雑誌に掲載され、単行本としても出版されました。このような出版物は、一般に'''講談本'''と呼ばれます<ref name="JAC-kodan-history6">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/kodan/index6.html |title=講談の歴史:講談本の流行と放送 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 講談本が出版されると、講釈場へ行くことのできない人も、講談の物語を読めるようになりました。一方、講談本を読んだ人が、実際の口演を聞くために講釈場へ足を運ぶこともありました<ref name="JAC-kodan-history6" />。 講談本には、実際の口演を速記したものだけでなく、初めから読み物として書かれた'''書き講談'''もあります。講談本を調べるときには、実演を記録した文章なのか、作者が読み物として創作した文章なのかを区別する必要があります。 === 立川文庫と大衆文学 === 明治時代末期から大正時代にかけて、講談調の物語を少年向けに編集した'''立川文庫'''が刊行されました。 立川文庫は大きな人気を集め、猿飛佐助などの英雄的人物を広く知らしめました<ref name="Wahha-kodan-history">{{Cite web |url=https://wahha-kamigata.jp/about/koudan/ |title=講談って? |work=大阪府立上方演芸資料館 ワッハ上方 |publisher=大阪府立上方演芸資料館 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 立川文庫は、講談師の口演をそのまま記録したものではなく、講談の語り口や物語を利用して作られた書き講談です。講談が高座の芸にとどまらず、大衆文学や少年向け読み物へ広がった例といえます。 === 上方講談 === 講談は江戸・東京だけでなく、京都や大坂でも発展しました。 大阪府立上方演芸資料館によれば、上方講談は明治時代中期から後期にかけて最盛期を迎え、大阪市内には30軒から40軒ほどの講釈場があり、京都と大阪を合わせて50人を超える講釈師が活動していたとされています<ref name="Wahha-kodan-history" />。 上方では、太平記読み、神道講釈、軍談などの系統を受けながら、間の取り方、言葉の緩急、声の抑揚などが工夫されました。東京と上方では、演目、言葉、芸の継承方法などに違いがあります。 === 放送と現代 === 大正14年(1925年)に日本でラジオ放送が始まると、講談も放送番組に取り入れられました<ref name="JAC-kodan-history6" />。 ラジオによって、講談師の声は講釈場や寄席から離れた場所にも届けられるようになりました。講談は、講釈場を中心とした芸から、寄席、演芸場、放送、出版など、複数の場や媒体で伝えられる芸へと変化しました。 昭和後期以後には女性の講談師が増え、新しい題材を扱う講談も作られるようになりました。歴史上の女性、近現代の人物、外国の物語、現代社会の出来事など、従来の軍記物に限られない作品も演じられています<ref name="JAC-kodan-overview" />。 現在の講談師は、古くから伝わる演目を学ぶ一方、自ら資料を調べて新しい講談を作ることもあります。 === 時代の流れ === {| class="wikitable" ! 時期 ! 主な動き |- | 中世以前 | 仏教の講釈や軍記物語の語りが行われ、琵琶法師などが『平家物語』を語りました。 |- | 戦国時代 | 御伽衆や太平記読みが、大名などに軍記物語や歴史書を読み聞かせました。 |- | 江戸時代前期 | 寺社の境内や盛り場で町講釈・辻講釈が行われ、一般の人々も講釈を聞くようになりました。 |- | 江戸時代中・後期 | 講釈場が整えられ、軍記物に加えて御家騒動物、世話物、政談などが演じられました。 |- | 幕末・明治前期 | 多くの講談師が現れ、新作や改作が作られ、講談は大きな人気を集めました。 |- | 明治中・後期 | 口演速記が新聞や書籍に掲載され、講談本が広く読まれました。 |- | 明治末期・大正期 | 立川文庫などの書き講談が流行し、ラジオ放送にも講談が取り入れられました。 |- | 昭和以後 | 寄席、演芸場、放送などで継承され、女性講談師や新作講談も増えました。 |} == 演目の種類 == 講談には、歴史上の戦い、武将や侠客の生涯、町人社会の事件、怪異、同時代の社会問題など、さまざまな題材があります。 演目の分類方法は資料や演者によって異なり、一つの作品が複数の性格を持つこともあります。以下の分類は、演目を理解するための目安です。 === 軍記物 === '''軍記物'''は、戦いや武将の活躍を描く演目です。『源平盛衰記』『太平記』『太閤記』など、軍記物語や歴史上の戦乱に関係する物語が題材となります。 軍勢の人数、武者の装束、馬の名、戦場の地形などを調子よく読み上げる修羅場読みは、軍記物を特徴づける表現の一つです。 『源平盛衰記』の「宇治川の先陣争い」では、梶原景季と佐々木高綱が馬に乗って激流を渡り、先陣を争う場面が語られます<ref name="JAC-kodan-genpei">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/enmoku/s1.html |title=軍記物『源平盛衰記―宇治川の先陣争い―』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 === 義士物 === '''義士物'''は、主君や恩人に対する忠義を尽くした人物を描く演目です。代表的なものに、元禄赤穂事件を題材とした『赤穂義士伝』があります。 『赤穂義士伝』は、一つの演目の題名ではなく、赤穂浪士に関係する多数の物語の総称です。事件全体の流れを扱う「本伝」、浪士一人ひとりの逸話を扱う「銘々伝」、浪士の家族や周辺人物などを扱う「外伝」に分けられます<ref name="JAC-kodan-gishi">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/enmoku/s2.html |title=義士物『赤垣源蔵・徳利の別れ』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 === 侠客物 === '''侠客物'''(きょうかくもの)は、侠客、町奴、博徒などの活躍や争いを描く演目です。幡随院長兵衛、国定忠治、清水次郎長などを主人公とする物語が知られています。 侠客物の聞きどころの一つは、争いの場で相手を言葉で圧倒する'''啖呵'''(たんか)です。「芝居の喧嘩」は、幡随院長兵衛の一門と旗本奴との対立を扱う演目です<ref name="JAC-kodan-kyokaku">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/enmoku/s3.html |title=侠客物『芝居の喧嘩』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 講談では侠客が弱い者を助ける人物として描かれることがありますが、実在の人物と物語上の人物像は区別する必要があります。 === 怪談物 === '''怪談物'''は、幽霊、生霊、妖怪、呪いなどを扱う演目です。怪異だけでなく、恨み、裏切り、欲望、罪悪感など、人間の感情が怪異を生み出す過程を描く作品もあります。 代表的な題材には、『四谷怪談』『怪談牡丹灯籠』『真景累ヶ淵』『江島屋怪談』などがあります。 『怪談牡丹灯籠』や『真景累ヶ淵』のように、落語家の三遊亭圓朝が創作した長編噺が講談にも取り入れられた例があります。演目は一つの芸能だけに属するとは限りません<ref name="JAC-kodan-kaidan">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/enmoku/s4.html |title=怪談物『鏡ヶ池操松影―江島屋怪談道具入り』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 === 世話物 === '''世話物'''は、武将の戦いではなく、町人社会の事件、商売、男女関係、家族関係など、人々の暮らしに近い題材を扱う演目です。 例えば、白子屋で起きた事件に関係する物語は、『白子屋政談』として語られ、さらに『梅雨小袖昔八丈』、通称「髪結新三」として歌舞伎でも演じられました<ref name="JAC-kodan-sewa">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/enmoku/s5.html |title=世話物『梅雨小袖昔八丈―髪結新三―』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 === 政談・時事講談 === 裁判、政治、社会的事件などを扱う講談は、'''政談'''と呼ばれることがあります。大岡越前守を名奉行として描く『大岡政談』などが知られています。 明治時代には、新聞の記事や社会的事件、政界の出来事を題材にした政治講談も演じられました。昭和時代以後にも、社会的な出来事を扱う講談が作られています<ref name="JAC-kodan-current-affairs">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/enmoku1.html |title=主な演目と種類:社会事象も題材に |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 時事講談も、出来事の記録そのものではありません。講談師が資料を選び、物語として構成した作品であることに注意する必要があります。 === 古典講談と新作講談 === 古くから講談師の間で読み継がれてきた演目は、一般に'''古典講談'''と呼ばれます。一方、講談師などが新しく作った演目は'''新作講談'''と呼ばれます<ref name="Kodan-qa" />。 古典と新作の違いは、作品の価値の上下を表すものではありません。古典講談も、演者による変更や工夫を受けてきました。新作講談も、繰り返し演じられ、他の講談師へ受け継がれる可能性があります。 === 連続物と一席物 === 講談には、一人の人物の生涯や大きな事件を、多数の話に分けて語る長編があります。このような作品は'''連続物'''と呼ばれます。 一方、寄席などでは、一席で内容がまとまる演目や、長編のうち単独でも理解できる一話が演じられることも多くあります。 左甚五郎の物語では、その生涯に関係するさまざまな逸話が作られ、講談だけでなく落語や浪曲にも取り入れられました<ref name="JAC-kodan-column">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/column.html |title=コラム:同じ演目が落語、浪曲に |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 == 代表的な演目 == 講談には非常に多くの演目があります。ここでは、講談の表現や分類の違いを学ぶための例を取り上げます。 {| class="wikitable" ! 演目・演目群 ! 主な分類 ! 学習上の着眼点 |- | 『源平盛衰記』「宇治川の先陣争い」 | 軍記物 | 修羅場読み、武者や馬の描写、戦場の情景 |- | 『赤穂義士伝』 | 義士物 | 本伝・銘々伝・外伝、史実と後世の逸話 |- | 「赤垣源蔵・徳利の別れ」 | 義士物・銘々伝 | 討ち入り前の別れ、家族感情 |- | 「芝居の喧嘩」 | 侠客物 | 啖呵、人物の登場と演じ分け |- | 『江島屋怪談』 | 怪談物 | 恨みと怪異、恐怖を生む語り |- | 『白子屋政談』・「髪結新三」 | 政談・世話物 | 実際の事件から物語への変化、歌舞伎との交流 |- | 左甚五郎物 | 人物伝・連続物 | 多数の逸話、落語・浪曲への移入 |- | 近現代の人物や事件を扱う作品 | 時事講談・新作講談 | 資料調査と現代の題材の物語化 |} === 「宇治川の先陣争い」 === 『源平盛衰記』の「宇治川の先陣争い」では、梶原景季と佐々木高綱が、それぞれ名馬に乗って宇治川を渡り、敵陣への一番乗りを争います。 夜明けの川、雪解けによる激流、馬の動き、水中に張られた綱などが、言葉によって描写されます。筋だけでなく、情景を作り出す言葉と修羅場読みの調子が重要です<ref name="JAC-kodan-genpei" />。 === 「赤垣源蔵・徳利の別れ」 === 「赤垣源蔵・徳利の別れ」は、討ち入りを前にした赤垣源蔵が、兄に別れを告げるために訪ねる物語です。 兄が留守であったため、源蔵は兄の羽織を相手に酒を飲み、徳利を残して立ち去ります。人物どうしが直接対面しないことによって、別れの情感が強められています<ref name="JAC-kodan-gishi" />。 === 「芝居の喧嘩」 === 「芝居の喧嘩」は、幡随院長兵衛の一門と旗本奴との対立を扱う侠客物です。 人物の威勢のよい啖呵、誰がどちらの側に加わったのかを分からせる構成、複数の人物を声で区別する技術などに注目できます<ref name="JAC-kodan-kyokaku" />。 === 『江島屋怪談』 === 『江島屋怪談』は、粗悪な花嫁衣装を売った呉服屋に対する恨みが、呪いと怪異を引き起こす物語です。 幽霊や呪いだけでなく、不正な商売、恥辱、親子の悲しみ、復讐といった人間の行動が怪異の原因として描かれます<ref name="JAC-kodan-kaidan" />。 === 『白子屋政談』と「髪結新三」 === 白子屋に関係する実際の事件は、実録や話芸の題材となり、『白子屋政談』として語られました。その物語は講談だけでなく、落語や歌舞伎にも取り入れられました。 同じ題材でも、講談では事件や背景の説明、落語では人物の会話、歌舞伎では舞台上の行動や場面構成が前面に出ます<ref name="JAC-kodan-sewa" />。 === 演目名と内容の違い === 講談では、同じ人物や事件を扱う物語でも、演者や伝承系統によって、題名、登場人物、場面の順序、結末などが異なる場合があります。 また、一つの長編の中の一話が、独立した演目として題名を与えられることもあります。 演目を調べる際には、次の点を確認しましょう。 * 誰が演じたものか * いつ、どこで演じられたものか * 長編の一部か、独立した一席か * どのような人物や事件を扱うか * 他の演者によるものと内容が異なるか * 講談本や録音が、実演の記録か、改作されたものか == 講談師の修業と継承 == === 弟子入り === 職業として講談師を目指す場合、一般には講談師へ弟子入りし、師匠の指導を受けます。 講談協会では、講談師に弟子入りした後、協会へ入会して前座修業を始めると案内しています<ref name="Kodan-qa" />。 ただし、講談界には複数の団体があり、東京と上方でも継承の形が異なります。以下の前座・二ツ目・真打という説明は、主として東京の講談団体に見られる制度の例です。 === 声と調子の修業 === 講談師の基礎修業として重視されるのが、修羅場読みです。日本芸術文化振興会の教材では、最初に学ぶものとして、軍記物『三方ヶ原軍記』の修羅場が挙げられています<ref name="JAC-kodan-training" />。 修羅場を読む稽古では、次のような技能を身につけます。 * 腹から声を出すこと * 聞き手へ届く声量で発声すること * 言葉を明瞭に発音すること * 一定の調子を保つこと * 語る、話す、読む、謡うといった声を使い分けること * 張り扇の音と声を合わせること * 長い文章を息切れせずに読むこと 修羅場読みで身につけた発声、呼吸、調子は、世話物、怪談、新作などを演じる際にも役立ちます。 === 演目を受け継ぐ === 講談師は、師匠などから演目の文章、読み方、調子、人物の演じ分け、引き事などを学びます。 ただし、師匠の高座をそのまま複製することだけが目的ではありません。同じ演目でも、演者によって次のような違いが生まれます。 * 使用する言葉 * 説明の長さ * 会話と地の語りの割合 * 引き事の内容 * 張り扇を打つ場所 * 登場人物の性格づけ * 詳しく読む場面 * 現代の聞き手に向けた説明 伝統芸能における継承とは、文章を一字一句変えずに保存することだけではありません。物語の骨格や芸の技法を受け継ぎながら、演者が時代や聞き手に応じた工夫を加えることでもあります。 === 前座・二ツ目・真打 === 講談協会では、所属する講談師に'''前座'''、'''二ツ目'''、'''真打'''という三つの階級を設けています。講談師を志す人は、講談師へ弟子入りした後、同協会へ入会して前座修業を始めると案内されています<ref name="Kodan-qa" />。 これらは、講談師の修業や芸歴の段階を表す呼称です。ただし、講談界には複数の団体があり、昇進の条件、修業期間、階級の運用方法がすべて共通しているとは限りません。また、東京で用いられる制度を、そのまま上方講談へ当てはめることもできません。 講談師の経歴を調べる場合には、前座・二ツ目・真打という呼称だけで判断せず、所属団体、活動地域、師匠、昇進時期などを個別に確認する必要があります。 === 新作を作る === 講談師は、古典を受け継ぐだけでなく、新作を作ることもあります。 新作講談を作る際には、題材に関係する資料を調べ、聞き手が理解できる物語に構成する必要があります。 # 題材となる人物や事件を決める。 # 信頼できる資料を集める。 # 史実として確認できることと、推測・創作を区別する。 # どの人物の視点から物語を描くかを決める。 # 一席の時間に収まるように場面を選ぶ。 # 地の語り、会話、引き事、修羅場などを組み合わせる。 # 実際に読み、聞き取りにくい箇所や長すぎる説明を直す。 史実を題材とする新作でも、資料に書かれていない会話や心理を補う場合があります。その際には、作品上の創作と歴史的事実を混同しない姿勢が必要です。 === 名跡と芸名 === 講談師は、入門に際して師匠の一門に関係する芸名を名乗ります。その後、昇進や芸歴の節目に改名し、過去の講談師が名乗った名を継ぐこともあります。 代々受け継がれる芸名は'''名跡'''(みょうせき)と呼ばれます。 名跡の継承には、その名に関係する芸、演目、一門の歴史を受け継ぐことを示す意味があります。ただし、同じ名跡を継いでも、先代と同じ芸風をそのまま再現するとは限りません。 同じ名前を複数の人物が名乗っている場合があるため、講談師を調べる際には、何代目であるか、活動年代はいつかを確認する必要があります。 === 東京と上方 === 講談は東京だけでなく、京都・大阪を中心とする上方でも受け継がれてきました。 東京と上方では、使用する言葉、演目、調子、芸名の系統、団体の仕組みなどに違いがあります。 講談師の経歴や修業制度を調べるときには、所属団体、活動地域、師匠との関係を個別に確認しましょう。 == 講談と他の芸能・文学 == 講談は、落語や浪曲などとともに、寄席や演芸場で演じられてきました。また、講談で人気を得た人物や物語が、歌舞伎、小説、映画、テレビなどに取り入れられることもありました。 反対に、他の芸能や文学で作られた物語が、講談の演目として読まれる場合もあります。 === 寄席で演じられる話芸 === 同じ寄席芸でも、それぞれの芸能には異なる表現方法があります。 {| class="wikitable" ! 芸能 ! 主な表現 ! 一般的な特徴 |- | 講談 | 語り、説明、会話、調子 | 歴史的な人物・事件や物語を、釈台と張り扇などを用いて読むことが多い |- | 落語 | 登場人物の会話、しぐさ、間 | 一人で複数の人物を演じ分け、会話を中心に物語を進めることが多い |- | 浪曲 | 節と啖呵、三味線 | 浪曲師の声と曲師の三味線によって物語を語る |} この表は、それぞれの違いを理解するための大まかな目安です。実際の演目には、説明、会話、調子などが組み合わされています。 === 講談と落語 === 講談と落語は、どちらも一人の演者が座って物語を演じます。 同じ題材が両方の芸能で演じられることもあります。左甚五郎をめぐる物語などは、講談だけでなく落語にも取り入れられてきました<ref name="JAC-kodan-column" />。 同じ題材を講談と落語で聞き比べると、次のような違いを観察できます。 * 物語の背景を誰が説明するか * 登場人物の会話が占める割合 * 人物のしぐさをどのように表現するか * 調子やリズムをどのように使うか * 物語のどの場面を詳しく演じるか * 笑い、緊張、悲しみのどれを強調するか === 講談と浪曲 === '''浪曲'''は、浪曲師が物語を語り、曲師が三味線で伴奏する芸能です。浪曲では、旋律をつけて語る「節」と、会話や説明を語る「啖呵」を組み合わせます。 講談と浪曲には、歴史上の人物、侠客、仇討ち、義士、名人などを題材とする作品が多く、同じ物語が両方で演じられることがあります。 講談は、演者自身が張り扇などを用いて調子を作ります。浪曲では、浪曲師の声と曲師の三味線が呼応して、物語の感情や場面の変化を表します。 === 講談と歌舞伎 === 講談と歌舞伎の間でも、多くの物語が行き来してきました。 講談で人気を得た事件や人物が歌舞伎の題材となる場合もあれば、歌舞伎で知られた物語が講談として語られる場合もあります。 例えば、白子屋事件をもとにした物語は、講談では『白子屋政談』などとして語られ、歌舞伎では河竹黙阿弥作『梅雨小袖昔八丈』の題材となりました<ref name="JAC-kodan-sewa" />。 {| class="wikitable" ! 講談 ! 歌舞伎 |- | 一人の演者が語りと会話を受け持つ | 複数の俳優がそれぞれの人物を演じる |- | 言葉によって場所や情景を想像させる | 舞台装置、衣裳、化粧、照明などを用いる |- | 物語の背景を語り手が説明できる | 俳優の行動、台詞、舞台上の演出で表現する |} === 出版文化と大衆文学 === 講談は、もともと聞く芸でしたが、速記術の発達によって文章としても広まりました。 口演が文章になることで、次のような変化が生じました。 * 講釈場から離れた地域でも物語を読めるようになった * 同じ講談を繰り返し読めるようになった * 講談師の語り口が文章表現に取り入れられた * 小説、少年向け読み物、映画などへ題材が広がった 一方、実演では声の調子、間、張り扇の音、観客の反応などが重要です。文字だけでは、それらのすべてを記録することはできません。 === 映画・ラジオ・テレビ === 講談で語られてきた武将、侠客、名奉行、剣豪などの物語は、映画、ラジオ、テレビなどでも取り上げられました。 講談協会は、水戸黄門、大岡越前、国定忠治、清水次郎長など、後世の映画やテレビで広く知られる人物像の形成に講談が関係したと説明しています<ref name="Kodan-about">{{Cite web |url=https://kodankyokai.jp/3point/ |title=講談とは? |work=講談協会公式ホームページ |publisher=一般社団法人講談協会 |accessdate=2026-07-26 }}</ref>。 ただし、講談だけがこれらの人物像を作ったわけではありません。実録、歌舞伎、小説、浪曲、映画など、複数の芸能や媒体が互いに影響しました。 == 講談を鑑賞する == 講談を鑑賞するために、歴史や古典について詳しい知識をあらかじめ身につけておく必要はありません。 最初は物語のすべてを理解しようとせず、声の調子、張り扇の音、人物の演じ分けなど、分かりやすい部分から聞いてみましょう。 === 演目と題材を確認する === 鑑賞前に演目名が分かる場合は、次の事項を簡単に確認しておくと、物語へ入りやすくなります。 * 主人公は誰か * どの時代の物語か * どのような種類の演目か * 長い連続物の一部であるか * 実在の人物・事件を題材としているか ただし、あらすじをすべて読んでおかなければ楽しめないわけではありません。演者の説明を聞きながら、物語を初めて知る楽しみ方もあります。 === 声と調子を聞く === 次の変化に注目してみましょう。 * 声の大きさ * 話す速度 * 言葉の区切り * 音の高低 * 間の長さ * 張り扇を打つ位置 * 静かな場面と勇壮な場面との違い 修羅場読みでは、人物名、地名、武具、軍勢などが連続して読まれることがあります。初めからすべての言葉を聞き取ろうとせず、リズムと勢いを感じることから始めてもよいでしょう。 === 語り手と登場人物を聞き分ける === 講談師は、一人で語り手、主人公、敵役、家族、家臣、役人、町人などを演じ分けます。 語り手の説明から人物の会話へ移るとき、声の高さ、速さ、顔の向き、姿勢などが変化することがあります。 人物関係が分からなくなった場合は、誰が何を望み、誰と対立しているかという大きな関係を追うと、物語を理解しやすくなります。 === 引き事を味わう === 引き事には、次のような働きがあります。 * 古い言葉や習慣を説明する * 人物の来歴を紹介する * 物語の背景を理解しやすくする * 関連する逸話を加える * 緊張した場面の前後に変化をつける * 演者の知識や考え方を示す 引き事を単なる脱線と考えず、なぜその説明が加えられたのかを考えてみましょう。 === 古い言葉や制度を調べる === 古典講談には、現代では使われない言葉、身分、役職、貨幣、法律、生活習慣などが登場します。 分からない言葉があっても、一語ごとに鑑賞を中断する必要はありません。まず物語全体を聞いた後で、重要だと思った言葉を調べる方法があります。 * 国語辞典・古語辞典 * 日本史辞典 * 人名辞典・地名辞典 * 博物館・公文書館の解説 * 研究書 などを利用できます。 === 史実と物語を区別する === 講談で歴史上の人物や事件を知った場合、その内容をただちに史実と考えないようにします。 講談の主人公が、実際には行っていない旅をしたり、面識のなかった人物と会ったりすることがあります。物語を分かりやすくするため、複数の事件が一つにまとめられることもあります。 鑑賞後に歴史との関係を調べる場合は、 # 講談のあらすじを整理する。 # 登場する人物・事件を確認する。 # 歴史事典や研究書で事実関係を調べる。 # 史料で確認できる部分と、後世の逸話を分ける。 # なぜそのような脚色が加えられたのかを考える。 という順序が役立ちます。 === 実演と録音・映像・講談本 === {| class="wikitable" ! 方法 ! 特徴 |- | 実演 | 演者と観客が同じ場所におり、声や張り扇の音、会場の反応を直接感じられる |- | 音声録音 | 声、間、調子に集中でき、聞き直すことができる |- | 映像 | 表情、姿勢、顔の向き、張り扇の動きを確認できる |- | 講談本 | 文章を自分の速度で読み、言葉や内容を詳しく調べられる |} 録音や映像は繰り返し確認できる利点があります。一方、実演では、演者がその日の観客の反応に応じて、間、説明、引き事などを変えることがあります。 === 同じ演目を聞き比べる === 同じ演目を複数の演者で聞き比べると、次のような違いを学べます。 * 全体の長さ * 読む速度 * 張り扇の使い方 * 主人公や敵役の描き方 * 引き事 * 詳しく読む場面 * 笑い、緊張、悲しみの強調点 違いがあるからといって、どちらか一方が誤っているとは限りません。講談では、物語を受け継ぎながら、演者が構成や表現を工夫することがあります。 == まとめ == 講談は、演者が一人で高座に座り、歴史上の人物や事件などを題材とする物語を、独特の調子で読む話芸です。 釈台、張り扇、声、間、語り、会話、引き事などを組み合わせ、聞き手の想像の中に人物や情景を作り出します。 講談は、軍記物語の語り、寺社における講釈、御伽衆、太平記読み、町講釈など、複数の語りの伝統と関係しながら発達しました。江戸時代には一般の聴衆を相手とする話芸として形を整え、幕末・明治期には講釈場で大きな人気を集めました。 明治時代には、口演速記や講談本によって、高座の物語が文字として広まりました。その後、講談はラジオ、映画、テレビなどとも関係しながら継承されてきました。 講談の演目には、軍記物、義士物、侠客物、怪談物、世話物、政談、新作講談などがあります。ただし、分類方法は一つではなく、一つの演目が複数の性格を持つ場合もあります。 講談は歴史を題材としますが、史実をそのまま記録するものではありません。史実、伝承、実録、軍記物語、講談師や作者による創作などが組み合わされています。 講談を鑑賞するときには、あらすじだけでなく、声の調子、張り扇の音、間、人物の演じ分け、引き事、史実との関係などにも注目しましょう。 == 重要語句 == {| class="wikitable" ! 語句 ! 意味 |- | 講談・講釈 | 歴史上の人物や事件などの物語を、説明と調子を交えて読む話芸 |- | 講談師・講釈師 | 講談を演じる人 |- | 釈台 | 講談師の前に置かれる小さな机 |- | 張り扇 | 釈台を打ち、調子や緊張感を作る道具 |- | 修羅場読み | 戦いや軍勢などの場面を調子よく読む方法 |- | 引き事 | 物語の途中に加えられる背景説明、知識、逸話など |- | 太平記読み | 『太平記』などを読み、解説や逸話を加えた語り |- | 町講釈・辻講釈 | 都市の一般の聴衆を相手として行われた講釈 |- | 講釈場・釈場 | 講釈を専門に演じた場所 |- | 講談本 | 講談の口演速記や講談調の物語を掲載した出版物 |- | 書き講談 | 実際の口演速記ではなく、初めから読み物として書かれた講談 |- | 連続物 | 一つの長い物語を複数の席に分けて読むもの |- | 古典講談 | 古くから講談師の間で読み継がれてきた演目 |- | 新作講談 | 講談師などが新しく作った演目 |- | 名跡 | 複数の講談師によって代々受け継がれる芸名 |} == 確認問題 == # 講談が通常の朗読と異なる点を、声、調子、説明の三点から説明してください。 # 釈台と張り扇は、講談の表現にどのような役割を果たしますか。 # 講談と落語の物語の進め方には、どのような傾向の違いがありますか。 # 修羅場読みの稽古によって、講談師はどのような技能を身につけますか。 # 引き事には、どのような働きがありますか。 # 講談の成立を、赤松法印一人から始まったものと断定できないのはなぜですか。 # 町講釈の成立によって、講釈の聞き手はどのように変化しましたか。 # 明治時代の速記と出版は、講談の広がりにどのような影響を与えましたか。 # 口演速記と書き講談の違いを説明してください。 # 講談の演目分類を一つに固定することが難しいのはなぜですか。 # 古典講談と新作講談の関係を説明してください。 # 講談の内容を、そのまま歴史上の事実として扱えない理由を説明してください。 # 同じ題材が講談、落語、浪曲、歌舞伎で演じられるとき、どのような違いが生まれますか。 # 同じ演目を複数の講談師で聞き比べることには、どのような学習上の効果がありますか。 # 講談が現代まで受け継がれてきた理由を、演者、聞き手、媒体の三つの面から考えてください。 == 総合学習課題 == === 演目を分析する === 講談の演目を一つ選び、次の項目を調べてください。 {| class="wikitable" ! 項目 ! 調査結果 |- | 演目名 | |- | 演者 | |- | 主な登場人物 | |- | 時代・場所 | |- | 演目の分類 | |- | 長編の一部か、一席で完結するか | |- | 史実として確認できる内容 | |- | 伝承・脚色と考えられる内容 | |- | 張り扇が効果的に使われた場面 | |- | 引き事 | |- | 最も印象に残った表現 | |} 最後に、その演目が聞き手へどのような人物像や価値観を伝えているかをまとめてください。 === 同じ物語を比較する === 同じ人物や事件を扱った講談と、次のいずれかを比較してください。 * 落語 * 浪曲 * 歌舞伎 * 人形浄瑠璃 * 小説 * 映画 * テレビドラマ * 歴史事典・研究書 比較する題材の例: * 赤穂事件 * 左甚五郎 * 白子屋事件 * 国定忠治 * 清水次郎長 * 大岡越前守 * 水戸黄門 * 牡丹灯籠 * 宇治川の先陣争い 次の事項を整理してください。 # 主人公と対立者 # 詳しく描かれる場面 # 省略された場面 # 人物の性格 # 史実と創作 # 表現方法 # 結末 # 聞き手・観客・読者に伝えようとする価値観 === 新作講談を構想する === 歴史上または現代の人物・事件を一つ選び、新作講談の構想を作ってください。 実在の人物を扱う場合には、資料で確認できる事実と創作した部分を区別してください。 # 題材を決める。 # 信頼できる資料を3点以上集める。 # 主人公と中心となる出来事を決める。 # 導入、展開、山場、結末に分ける。 # 語り手による説明と登場人物の会話を考える。 # 引き事として加える知識や逸話を選ぶ。 # 調子よく読む場面を一つ作る。 # 創作した会話や心理描写を明示する。 === 講談の継承を考える === 講談を将来へ伝えるために、次のうち一つを選び、提案を作成してください。 * 初めて講談を聞く人向けの鑑賞案内 * 学校で行う講談の授業 * 地域の歴史を題材とする新作講談 * 古い講談本の保存と公開 * 講談の録音・映像記録 * 若い聞き手を増やす方法 * 講談と他の伝統芸能を比較する公演 提案には、対象者、目的、実施方法、使用する資料、著作権・肖像権への配慮、期待される効果、想定される問題点を含めてください。 == 発展学習 == より詳しく学ぶ場合は、次のテーマを調べてみましょう。 * 太平記読みと講談の関係 * 江戸の講釈場と寄席 * 二代目松林伯圓と近代講談 * 政治講談と自由民権運動 * 講談速記と明治期の出版文化 * 立川文庫と大衆文学 * 東京講談と上方講談 * 女性講談師の歴史 * 名跡と一門 * 講談における史実と創作 * 講談・落語・浪曲の演目交流 * 地域の人物を題材とした新作講談 == 学習参考文献 == 以下は、講談の歴史、演目、講談師、講談本などについて、さらに詳しく調べるための文献です。本文中の個々の記述の出典については、各節の脚注を参照してください。 * 『定本講談名作全集』全7巻・別巻、講談社、1971年。 ** 代表的な講談を分野別に収録しています。別巻には、講談の概説、講談史、講談師の略歴・系譜、演目解説などが収録されています。 * 吉沢英明編『大衆芸能資料集成 第5巻 寄席芸2 講談』三一書房、1981年。 ** 講談の台本・速記、講談師の略歴、興行に関する資料などを収録した資料集です。 * 菊池真一編『講談資料集成』全3巻、和泉書院、2001年–2004年。 ** 新聞、雑誌、単行本などに掲載された講談師の回想、逸話、講談関係の記事を集成しています。 * 吉沢英明編著『講談作品事典』上・中・下、「講談作品事典」刊行会、2008年。 ** 明治時代から昭和時代を中心とする多数の演目について、題名、あらすじ、演者名、異称などを調べることができます。続編として『続・講談作品事典』が刊行されています。 * 中込重明「講談本の研究について―付 講談登場人物索引、講談小題・異名索引」『参考書誌研究』第53号、国立国会図書館、2000年10月、58–96頁。 ** 講談本を調査する際の基礎文献です。登場人物、演目の小題、異名を調べるための索引も収録されています。 * 目時美穂『たたかう講談師―二代目松林伯円の幕末・明治』文学通信、2021年。 ** 幕末・明治期の講談と、二代目松林伯円の新作講談、社会的活動、大衆文化との関係を扱った研究書です。 == 外部リンク == * [https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/index.html 講談:早わかり] - 文化デジタルライブラリー ** 講談の特徴、道具、演目、修業、歴史などを、画像や実演資料とともに学ぶことができます。 * [https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/index.html 大衆演芸編・寄席] - 文化デジタルライブラリー ** 講談だけでなく、落語、浪曲、寄席、色物など、講談と関係する大衆芸能について調べることができます。 * [https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/humanities/engei 大衆演芸について調べる] - 国立国会図書館リサーチ・ナビ ** 講談、落語、浪曲などについて、演目、人物、歴史、興行、速記本を調べるための事典・資料集・データベースを案内しています。 * [https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/rekishitomonogatari/contents/category05.html 太平記と太平記読] - 国立公文書館 ** 『太平記』、太平記読み、講談や歌舞伎へ広がった物語について学ぶことができます。 * [https://wahha-kamigata.jp/about/koudan/ 講談って?] - 大阪府立上方演芸資料館 ** 上方講談の歴史、講釈場、立川文庫、上方で活動した講談師などを紹介しています。 * [https://kodankyokai.jp/ 一般社団法人講談協会] ** 講談の基礎知識、所属講談師、講談会、公演予定などを確認できます。 * [https://www.n-kodan.com/ 日本講談協会] ** 所属講談師、定席、公演予定などを確認できます。 == 関連項目 == {{Wikipedia|講談}} * [[伝統芸能]] * [[落語]] * [[w:浪曲|浪曲]] * [[w:寄席|寄席]] == 脚注 == {{Reflist}} [[Category:芸術]] dakrz3x79h9ndqf0tjlrgq1b1y1mel3 落語 0 48626 301872 2026-07-27T02:03:34Z Huugo 91857 落語の演じ方、噺の構成、歴史、江戸・東京落語と上方落語、演目、修業、寄席、他の芸能との関係、鑑賞方法を中核とした初版を作成 301872 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|芸術|伝統芸能|frame=1}} '''落語'''(らくご)は、演者が一人で高座に座り、主として登場人物の会話を通して物語を進める日本の伝統的な話芸です。演者は通常、扇子と手拭いなどの限られた道具を用い、声、顔の向き、視線、表情、身振り、間によって、複数の人物や情景を表現します<ref name="JAC-rakugo-overview">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/index.html |title=落語:早わかり |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 落語には、笑いを中心とする滑稽噺だけでなく、人間の情愛を描く人情噺、恐怖や因縁を扱う怪談噺、歌舞伎のような演出を取り入れた芝居噺などがあります。物語の最後には、洒落や機転の利いた言葉による'''落ち'''または'''サゲ'''が置かれることが多くありますが、明確な落ちを持たない作品もあります<ref name="JAC-rakugo-types">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku2.html |title=主な演目と種類:個性あふれる数百もの演目 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この教材では、落語の演じ方、噺の構成、歴史、江戸・東京落語と上方落語、演目、修業、寄席、他の芸能との関係、鑑賞方法を順に学びます。 == この教材で学ぶこと == この教材を学ぶことにより、次の事項を説明できるようになることを目指します。 * 落語がどのような話芸であるか * 一人の演者が複数の人物を演じ分ける方法 * 扇子と手拭いによる見立て * 顔の向き、視線、声、間が果たす役割 * マクラ、本題、サゲの関係 * 落ちのある噺と、明確な落ちを持たない噺 * 落語の成立と発展の概要 * 江戸・東京落語と上方落語の違い * 古典落語と新作落語の関係 * 落語家の修業と寄席の仕組み * 落語を鑑賞するときの着眼点 == 落語とは == === 一人で演じる話芸 === 落語では、原則として一人の演者が高座に座り、語り手と複数の登場人物を演じます。大がかりな舞台装置、衣裳の早替わり、扮装などを用いず、主に言葉と身体の動きによって物語の世界を作ります。 演者は、人物ごとに声の高さ、話す速度、言葉遣い、表情、姿勢、顔の向きなどを変えます。聞き手は、演者の示すわずかな違いを手掛かりとして、誰が話しているのか、人物どうしがどのような位置関係にあるのかを想像します。 落語では、登場人物の会話によって物語を進めることが多くあります。語り手が背景や人物の行動を説明することもありますが、会話と身振りによって、場所、出来事、人物関係を聞き手に想像させる点が大きな特徴です<ref name="JAC-rakugo-dialogue">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/tokucyo2.html |title=芸の特徴:会話構成による描写と展開 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 ただし、すべての落語が会話だけで進むわけではありません。説明を中心として物語を進める'''地噺'''(じばなし)もあります。また、会話を中心とする演目でも、場面や人物の事情を説明する語りが用いられます<ref name="JAC-rakugo-dialogue" />。 === 滑稽噺だけではない落語 === 「落語」という言葉から、笑いを生む短い物語だけを想像することがあります。しかし、落語で扱われる感情や題材は多様です。 落語には、次のような作品があります。 * 登場人物の失敗や勘違いによって笑いを生む噺 * 親子、夫婦、主人と奉公人などの人間関係を描く噺 * 幽霊、因縁、恨みなどを扱う怪談 * 商家、長屋、旅、遊廓などを舞台とする噺 * 武士、町人、職人、商人、僧侶などが登場する噺 * 現代の生活や社会を題材とする新作落語 落語の魅力は笑いだけではありません。人物の弱さ、欲、見栄、思いやり、悲しみなどを描き、聞き手に人物への共感や余韻を残す作品もあります。 === 「落語」と「落とし噺」 === 話の最後を、洒落、語呂合わせ、機転の利いた言葉などで締めくくる部分を、'''落ち'''または'''サゲ'''といいます。 「落語」という名称は、最後に落ちを持つ「落とし噺」に由来すると説明されています<ref name="JAC-rakugo-overview" />。 ただし、現在、落語と呼ばれる作品のすべてに明確な落ちがあるわけではありません。最後に落ちを持つ滑稽噺のほか、落ちのない人情噺もあります<ref name="JAC-rakugo-types" />。 したがって、落語を「最後に必ず落ちがある話」とだけ定義することは適切ではありません。落ちは落語の重要な特徴の一つですが、落語の範囲はそれだけでは説明できません。 === 講談との違い === 落語と[[講談]]は、どちらも一人の演者が高座で物語を演じる話芸です。 一般に、落語では人物の会話としぐさを中心として物語を進めることが多く、講談では語り手による説明と独特の調子を中心として物語を進めることが多いとされます<ref name="JAC-rakugo-dialogue" />。講談では、歴史にちなむ物語を、釈台と張り扇などを用いて読むことがあります<ref name="JAC-kodan-overview">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/index.html |title=講談:早わかり |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 {| class="wikitable" ! 落語 ! 講談 |- | 登場人物の会話を中心に進めることが多い | 語り手による説明を中心に進めることが多い |- | 扇子と手拭いなどを用いる | 釈台と張り扇などを用いることが多い |- | 顔の向きやしぐさによる人物の演じ分けを重視する | 声の調子や張り扇による物語の高揚を重視する |- | 庶民生活、滑稽、人情などを扱う作品が多い | 歴史上の人物や事件を扱う作品が多い |} この表は、両者の傾向を理解するための目安です。落語にも説明を中心とする地噺があり、講談にも人物の会話が多い演目があります。同じ題材が、落語と講談の双方で演じられることもあります。 == 高座と演じ方 == === 高座と座布団 === 落語家は、通常、着物を着て、高座に置かれた座布団の上に座って演じます。 座って演じることにより、観客の視線は演者の顔、上半身、手の動きへ集中します。足の動きはほとんど見えませんが、演者は腰を浮かせたり、上半身を動かしたりすることで、歩く、走る、立ち上がるといった動作を表すことがあります<ref name="JAC-rakugo-imagination">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/tokucyo5.html |title=芸の特徴:想像力を引き出す演出法 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 演者は一つの着物のまま、男性、女性、武士、町人、商人など、さまざまな人物を演じます。観客は、声、姿勢、しぐさなどの違いを手掛かりに、それぞれの人物を想像します。 === 扇子と手拭い === 落語で一般的に用いられる小道具は、扇子と手拭いです。 演者は、実際の箸、煙管、刀、財布、本などを高座へ持ち込む代わりに、扇子と手拭いを別の物に見立てます。 例えば、扇子は次のような物に見立てられます。 * 箸 * 煙管 * 釣り竿 * 包丁 * 刀 * 舟の竿や艪 手拭いは、次のような物に見立てられます。 * 本 * 手紙 * 財布 * 焼き芋 * 巾着 このように、限られた小道具を別の物として表現することを'''見立て'''といいます<ref name="JAC-rakugo-gesture">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/tokucyo4.html |title=芸の特徴:しぐさと小道具 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref><ref name="JAC-rakugo-imagination" />。 見立てでは、道具の形だけでなく、演者の手の位置、視線、重さの表現、使用する動作が重要です。 扇子を箸として使う場合には、料理をつまみ、口へ運ぶ動作をします。刀として使う場合には、柄を握り、刀身の長さを視線によって示します。同じ扇子であっても、演者の扱い方によって、観客には異なる物として見えるのです。 === しぐさと「仕方」 === 落語家は、人物の動作や心理を、身体の動きによって表します。 人物の行動や心理を示す身体表現を'''仕方'''と呼びます<ref name="JAC-rakugo-gesture" />。 落語で用いられる代表的なしぐさには、次のようなものがあります。 * 酒を飲む * 食べ物を食べる * 煙草を吸う * 本や手紙を読む * 文字を書く * 戸を開ける * 舟をこぐ * 釣りをする * 泣く * 酔う * 坂を上る * 遠くの人物へ呼びかける これらの動作は、現実の動きを完全に再現するものではありません。観客が何をしているか理解できるよう、必要な特徴を取り出して表現します。 例えば、食べ物を口へ運ぶ動作では、箸に見立てた扇子を使うだけでなく、料理の熱さ、硬さ、大きさ、味などを、表情や呼吸によって示すことがあります。 === 上手と下手 === 観客から見て舞台の右側を'''上手'''(かみて)、左側を'''下手'''(しもて)といいます。 落語では、演者が顔や視線の向きを変えることで、二人以上の人物を演じ分けます。 例えば、大家と八五郎が話す場面では、大家が上手側に、八五郎が下手側にいるという位置関係を設定できます。この場合、演者は大家を演じるときには下手側を見て、八五郎を演じるときには上手側を見て話します<ref name="JAC-rakugo-kamishimo">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/tokucyo3.html |title=芸の特徴:上手と下手を描き分ける |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 家の中を表現するときには、上手を座敷の奥や上座、下手を玄関側や下座として設定するのが一般的です。この約束を使うことで、大家と八五郎のような二人の位置関係を、顔の向きだけで観客へ示すことができます<ref name="JAC-rakugo-kamishimo" />。 重要なのは、演者が設定した人物の位置関係を一貫して保ち、観客が会話の相手を見失わないようにすることです。 === 声、表情、視線 === 人物の演じ分けには、顔の向きだけでなく、次のような要素も用いられます。 * 声の高さ * 声の大きさ * 話す速度 * 言葉遣い * 姿勢 * 表情 * 視線 * 呼吸 * 間 子ども、老人、武士、町人、商人、酔った人物などは、それぞれ異なる声や姿勢で表現されます。 遠くにいる人物へ呼びかける場面では、声を大きくし、視線を遠くへ向けます。近くにいる人物へ話す場面では、声量を抑え、視線の角度も変えます。 坂道を上る場面では少し上を見ながら歩くしぐさをするなど、視線は、見えない場所や物の位置を示す働きも持ちます<ref name="JAC-rakugo-imagination" />。 === 間 === 落語における'''間'''(ま)は、単に言葉が途切れている時間ではありません。 間には、次のような働きがあります。 * 人物が考えていることを示す * 驚きや戸惑いを表す * 次の言葉への期待を高める * 観客が情景を想像する時間を作る * 笑いが収まるのを待つ * 緊張を高める * 人物どうしの距離や関係を示す 同じ台詞でも、どこで言葉を止めるか、どの程度待つかによって、意味や印象が変わります。 観客の笑いや反応も、高座の間に影響します。録音された落語と実演とでは、同じ演者・同じ演目であっても、間の取り方が異なることがあります。 === 観客の想像力 === 落語では、舞台上に家、長屋、店、舟、山、海などの装置は置かれません。人物の衣裳や小道具も、現実の場面どおりには用意されません。 そのため、落語の情景は、演者と観客が共同で作ります。 演者が戸を開けるしぐさをすれば、観客はそこに見えない戸を想像します。扇子で刀を表現すれば、観客は扇子そのものではなく、刀の長さや重さを想像します。 落語では、舞台装置がないからこそ、一つのしぐさが多くの場所や物を表すことができます。舞台装置や扮装を用いない落語では、観客の想像力が重要です<ref name="JAC-rakugo-imagination" />。 == 噺の構成 == 落語は、一般に'''マクラ'''、'''本題'''、'''サゲ'''という流れで説明されます。 ただし、すべての高座が厳密に三つへ分かれているわけではありません。作品や演者によって、マクラの長さ、導入方法、結末の付け方は異なります。 === マクラ === 落語家は、通常、いきなり本題を始めるのではなく、世間話、小咄、本題に関係する説明などから話し始めます。この本題前の部分を'''マクラ'''といいます<ref name="JAC-rakugo-structure">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/tokucyo1.html |title=芸の特徴:マクラ+本題+サゲで構成 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 マクラには、次のような働きがあります。 * 観客の緊張を解く * 会場の雰囲気をつかむ * 観客の年齢や反応を確かめる * 本題の時代や場所を説明する * 古い言葉や制度を説明する * 演目の主題に関係する小咄を話す * 本題の登場人物や状況を理解しやすくする * その日に演じる演目を選ぶ手掛かりにする 寄席では、演目が事前に発表されないことがあります。落語家は、前の演者が何を演じたか、観客がどのような反応を示したかなどを考えながら、その日に演じる噺を選ぶことがあります<ref name="JAC-rakugo-structure" />。 また、現代では意味の分かりにくい言葉や制度を、マクラの中で自然に説明することもあります。 マクラの内容は、本題と直接関係するとは限りません。時事的な話題、演者自身の経験、会場や季節に関係する話などから、本題へ移ることもあります。 === 小咄 === '''小咄'''(こばなし)は、短い笑い話です。 マクラの中で観客を笑わせるために使われる場合もあれば、それ自体が短い落とし噺として演じられる場合もあります。 小咄では、少ない登場人物と簡潔な状況説明によって、短時間で落ちへ進みます。落語の基本である会話、人物の演じ分け、間、落ちの仕組みを学ぶ教材としても適しています。 歴史的には、笑話集や小咄の伝承が、落語の成立と発展に関係しました。 === 本題 === マクラから続く中心的な物語を'''本題'''といいます。 本題では、登場人物の会話、行動、語り手による説明などを組み合わせ、事件や人間関係を展開します。 演者は、もとの噺を一字一句そのまま暗唱するとは限りません。同じ演目であっても、次のような違いが生まれます。 * 台詞の言葉遣い * マクラから本題へ入る方法 * 登場人物の性格 * 詳しく演じる場面 * 省略する場面 * 古い制度や言葉の説明 * 笑いを加える場所 * 結末の表現 * 全体の長さ 寄席では持ち時間に応じて場面を短くすることがあり、独演会などでは長い形で演じることもあります。 同じ演目を複数の落語家で聞き比べると、物語の骨格を共有しながら、演者ごとに異なる構成や人物像が作られていることが分かります。 === サゲ・落ち === 本題の最後を、洒落、語呂合わせ、誤解、意外な言葉、機転などによって締めくくる部分を、'''サゲ'''または'''落ち'''といいます<ref name="JAC-rakugo-structure" />。 サゲには、物語を終わらせるだけでなく、次のような働きがあります。 * それまでの出来事を別の意味に見せる * 登場人物の勘違いを明らかにする * 言葉の二つの意味を結びつける * 緊張した場面を笑いへ変える * 物語の主題を短い言葉でまとめる * 観客へ余韻を残す サゲを理解するためには、古い言葉、商売、時刻、貨幣、生活習慣などの知識が必要となることがあります。マクラでそうした知識を説明するのは、サゲを理解しやすくするためでもあります。 === 落ちのない噺 === 落語には、明確な落ちを持たない作品もあります。 特に人情噺では、親子や夫婦などの情愛、人物の改心、別れ、再会などが物語の中心となり、感動や余韻を残して終わることがあります<ref name="JAC-rakugo-types" />。 また、長編作品の一部分だけを一席として演じる場合には、物語全体の結末まで進まず、その日の区切りとなる場面で終えることもあります。 したがって、落語を鑑賞するときには、最後の一言に明確な洒落があるかどうかだけで、作品を評価する必要はありません。 === 落ちの分類 === 落ちには、言葉遊び、人物の考え違い、物の見立て、しぐさなどを利用したさまざまな型があります。 しかし、落ちの分類名や分類数は、辞典、研究書、演者によって異なります。一つの落ちに複数の性質がある場合もあります。 この教材では、落ちに複数の型があることを理解するにとどめ、細かな分類は発展学習で扱います。 落ちを分析するときには、名称を当てはめることだけでなく、次の点を考えます。 * どの言葉や出来事が伏線になっていたか * 聞き手がどのような結末を予想していたか * 最後の言葉によって意味がどう変わったか * 登場人物の誰が状況を理解していないか * 落ちを別の言葉に変えても作品が成立するか === 言い立てとオウム返し === 落語には、長い言葉や名前などを、調子よく一息に述べる'''言い立て'''が用いられることがあります。 『寿限無』の長い名前や、『金明竹』に登場する聞き慣れない言葉の連続などは、言い立てを生かした例として知られています。 また、ある人物が聞いた言葉を、意味を十分に理解しないまま別の人物へ伝え、内容が変化したり混乱したりする構成を、オウム返しと呼ぶことがあります。 言い立てやオウム返しでは、次のような技能が求められます。 * 明瞭な発音 * 呼吸 * 一定の調子 * 言葉の速度 * 人物ごとの理解の違い * 同じ言葉を繰り返すことによる笑い これらは、前座が発声や人物の演じ分けを学ぶための噺にも多く見られます。 == 落語の歴史 == 落語は、ある一人の人物によって一度に作られた芸能ではありません。古くから伝えられた滑稽な説話、僧侶の説教、御伽衆による語り、小咄、都市の大道や座敷で行われた噺、寄席興行など、複数の語りの文化が関係しながら発達しました。 === 説話・説教と笑い話 === 平安時代や鎌倉時代に成立した『今昔物語集』『宇治拾遺物語』などの説話集には、失敗、勘違い、欲、機知などを扱った滑稽な話が収められています。こうした話の中には、僧侶が仏教の教えを分かりやすく説くために、説教の題材として用いたものもあったと考えられています<ref name="JAC-rakugo-history1">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index1.html |title=落語の歴史:笑い話を楽しむ |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 説教に笑い話を取り入れることには、聞き手の注意を引き、難しい内容を理解しやすくする働きがありました。笑いは単なる娯楽としてではなく、教訓や因果応報を伝えるためにも用いられました。 この段階の説話や説教を、そのまま現在の落語と同じ芸能と考えることはできません。しかし、短い物語を語り、最後に意外な結末を置き、聞き手を笑わせる方法は、後の小咄や落とし噺へつながる要素となりました。 === 御伽衆と安楽庵策伝 === 戦国時代から近世初期にかけて、大名のそばで書物を講釈し、話し相手を務める'''御伽衆'''(おとぎしゅう)が活動しました。 浄土宗の僧であった'''安楽庵策伝'''(あんらくあんさくでん、1554年–1642年)は、笑話集『醒睡笑』(せいすいしょう)を著しました。同書には、策伝が聞き集めたとされる多数の笑い話が収録され、その多くは結末に落ちを備えています<ref name="JAC-rakugo-history1" />。 『醒睡笑』には、現在の小咄や落語と共通する型を持つ話も含まれるため、策伝は「落語の祖」と呼ばれることがあります。 ただし、策伝が現在の落語家のように、寄席で不特定多数の観客から料金を取って落語を演じていたわけではありません。策伝は、笑話を収集・記録し、説教や話術に用いた人物として、落語の前史に位置づけるのが適切です。 === 落語家の祖とされる人々 === 元禄期頃には、京都、大坂、江戸で、聴衆を相手に滑稽な噺を演じる人々が現れました。 代表的な人物として、次の三人が挙げられます。 * 京都の'''露の五郎兵衛''' * 大坂の'''米沢彦八''' * 江戸の'''鹿野武左衛門''' 露の五郎兵衛は、京都の四条河原や北野などの大道で噺を演じました。米沢彦八は、大坂の生玉神社境内などで、小屋掛けによる辻噺を行って人気を集めました。鹿野武左衛門は、江戸で武家や町人の屋敷へ招かれ、酒席などで噺をする'''座敷噺'''で評判を得ました<ref name="JAC-rakugo-history2">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index2.html |title=落語の歴史:落語家のはじまり |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この三人は、不特定多数の聴衆を相手にしたり、料金を受け取って噺を演じたりしたことから、落語家の祖と呼ばれています。 ただし、三人の活動方法は同じではありません。京都・大坂では大道や寺社境内での辻噺、江戸では屋敷などでの座敷噺が中心でした。落語家の始まりを、一人の人物や一つの地域に限定することはできません。 === 辻噺と上方落語の道具 === 京都・大坂の辻噺では、大道を通る人の足を止め、噺を聞かせる必要がありました。 上方落語で用いられることのある'''見台'''(けんだい)と'''小拍子'''(こびょうし)は、こうした大道芸の名残と説明されています。演者は小拍子で見台を打ち、音を出して人を集めたり、噺に調子を付けたりしました<ref name="JAC-rakugo-history2" />。 ただし、現在のすべての上方落語で、見台や小拍子が必ず使われるわけではありません。使用するかどうかは、演目や演者によって異なります。 === 江戸落語の再興 === 18世紀後半の天明・寛政期には、江戸で落とし噺が再び盛んになりました。 大工を本業とし、狂歌師・戯作者としても活動した'''初代烏亭焉馬'''は、天明6年(1786年)に新作落とし噺の会を開きました。その後も会が継続して開かれたため、焉馬は「江戸落語中興の祖」と呼ばれています<ref name="JAC-rakugo-history3">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index3.html |title=落語の歴史:興行としての成立 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 焉馬の会は、落とし噺を作り、発表し、批評し合う文化を育てました。この時期には、職業落語家だけでなく、狂歌師、戯作者、商人、職人なども落とし噺の制作や発表に参加しました。 === 寄席興行の成立 === 寛政期になると、江戸では浄瑠璃、小唄、軍書読み、説教、落とし噺など、さまざまな芸を演じて聴衆から席料を取る場が生まれました。このような場所は、'''寄せ場'''または'''寄せ'''と呼ばれ、後の寄席へつながりました<ref name="JAC-rakugo-history3" />。 寛政3年(1791年)には、大坂の岡本万作が江戸へ下り、落語の寄席興行を行いました。寛政10年(1798年)には、櫛職人であった'''初代三笑亭可楽'''も寄席興行を始めました。 可楽は、聴衆から三つの言葉を出してもらい、それらを用いて即興で一席を作る'''三題噺'''や、即席噺によって人気を集めました。また、多くの弟子を育てたことから、江戸における職業落語家の元祖と位置づけられています<ref name="JAC-rakugo-history3" />。 寄席の成立によって、落語は一人の演者が座敷や大道で行う芸から、複数の演者が順番に出演し、継続的に興行する芸能へ変化しました。 === 上方の寄席と一門 === 上方落語協会は、寛政期に初代桂文治が寄席を開き、落語を演じたと説明しています。その後、桂、笑福亭、林家、月亭など、後世へ続く亭号を名乗る落語家が現れました<ref name="Kamigata-history">{{Cite web |url=https://kamigatarakugo.jp/history/ |title=上方落語協会の歴史 |work=公益社団法人上方落語協会 |publisher=公益社団法人上方落語協会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 江戸・東京と上方では、それぞれの都市文化に応じた噺や演出が発達しました。一方で、演目や演者は両地域を移動し、互いに影響を与えました。 === 文化・文政期の隆盛 === 文化・文政期には江戸の落語が大きく発展し、多数の寄席が営業しました。この時期には、現在の落語から想像される素噺だけでなく、音楽、道具、人形、仕掛け、芝居的なしぐさなどを用いる多様な芸が演じられました<ref name="JAC-rakugo-history4">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index4.html |title=落語の歴史:江戸落語のにぎわい |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 初代三遊亭圓生は、役者の身振りを取り入れ、三味線や太鼓などの鳴り物を加えた芝居噺を発達させました。 初代船遊亭扇橋は、浄瑠璃などの節調を生かした音曲噺で知られました。 初代林屋正蔵は、人形や仕掛けを用いた怪談噺で人気を集めました。 この時期の寄席は、落語だけを静かに聞く場所ではなく、音曲、物真似、仕掛け、視覚的な芸などを組み合わせた総合的な演芸の場でした。 === 天保の改革と寄席 === 天保12年から14年(1841年–1843年)に行われた天保の改革では、倹約と風俗取り締まりが進められました。 江戸市中に多数あった寄席は大幅に制限されましたが、改革を主導した水野忠邦が失脚すると規制は緩み、寄席は再び増加しました<ref name="JAC-rakugo-history4" />。 この出来事から、落語や寄席が政治・社会の状況から独立した存在ではなく、統制や経済状況の影響を受けながら運営されてきたことが分かります。 === 三遊亭圓朝 === 幕末から明治時代にかけて活動した'''三遊亭圓朝'''は、近代落語の歴史で重要な人物です。 圓朝は、若い頃には歌舞伎の書割、三味線、太鼓などを用いた芝居仕立ての鳴り物入り道具噺で人気を得ました。 その後、自ら噺を創作するようになり、 * 『真景累ヶ淵』 * 『怪談牡丹灯籠』 * 『塩原多助』 などの長編作品を生み出しました。これらの作品は、落語だけでなく、講談、浪曲、演劇などにも取り入れられました<ref name="JAC-rakugo-history5">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index5.html |title=落語の歴史:明治の新しい笑い |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 圓朝の作品には、怪異だけでなく、金銭、身分、家族、裏切り、因果などを複雑に組み合わせたものがあります。一席で完結する短い滑稽噺とは異なり、複数回に分けて演じる長編の人情噺・怪談噺として発達しました。 === 道具噺から素噺へ === 明治政府が寄席における演劇に似た演出を制限すると、圓朝は道具や鳴り物を用いる噺を弟子に譲り、扇子と手拭い以外の道具をほとんど用いない'''素噺'''(すばなし)へ移りました<ref name="JAC-rakugo-history5" />。 素噺では、声、言葉、表情、しぐさ、間によって、人物と情景を表さなければなりません。圓朝は長編の複雑な物語を素噺として演じ、後進の落語家にも大きな影響を与えました。 ただし、圓朝が一人で現在の落語の形式を完成させたと考えるのは適切ではありません。素噺は多くの演者によって発展し、同時に音曲噺、芝居噺、怪談噺なども伝えられました。 === 明治の滑稽噺と新作 === 明治維新後の東京には各地から多くの人々が移り住み、分かりやすく笑いの多い滑稽噺も好まれるようになりました<ref name="JAC-rakugo-history5" />。 初代三遊亭圓遊は、「ステテコ踊り」などの滑稽な演技で人気を集め、時事的な話題を取り入れた改作・新作落語も演じました。 古典落語と新作落語は、完全に分離して発展したものではありません。演者は古くからの噺を改作し、時事的な言葉や新しい生活を取り入れながら演じました。 === 速記と出版 === 明治時代には速記術が発達し、落語家の口演を文章として記録できるようになりました。 三遊亭圓朝などの口演速記は、新聞や書籍に掲載されました。これにより、寄席へ行けない人も落語の物語を読むことができ、長編作品を保存・再読することも可能になりました<ref name="JAC-media">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/geino/index6.html |title=芸能全体:新メディアの出現 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 圓朝の口演速記は、話し言葉に近い文章を作ろうとした明治期の言文一致運動とも関係したとされています<ref name="JAC-media" />。 ただし、速記された文章が、高座で実際に話された言葉を完全にそのまま保存しているとは限りません。速記者による記録、新聞・出版社による編集、読み物としての整理などが加えられる場合があります。 === 落語研究会と芸の保存 === 明治後期には、笑いの多い滑稽噺が寄席で人気を集める一方、三遊亭圓朝以来の人情噺や本格的な話芸を保存しようとする動きも生まれました。 その一つが落語研究会です。落語研究会では、演目や演じ方を研究し、寄席とは異なる環境で一席を聞かせる試みが行われました<ref name="JAC-rakugo-history6">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index6.html |title=落語の歴史:時代の急変と落語 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 寄席では、多数の演者が限られた持ち時間で出演します。落語研究会や後のホール落語では、一つの演目を比較的長く演じることが可能となり、人情噺や長い古典演目を保存する場ともなりました。 === 東西交流と演目の移入 === 大正時代には、東京と上方の落語家の交流が盛んになりました。上方で演じられていた落語が東京へ移され、東京の言葉、地名、生活習慣に合わせて改作されることもありました<ref name="JAC-rakugo-history6" />。 同じ物語であっても、 * 大坂のうどん屋が江戸のそば屋に変わる * 上方の地名が東京の地名に置き換えられる * 方言や人物の言葉遣いが変わる * 見台や鳴り物を用いる演出が素噺へ変わる * 結末や一部の場面が変更される といった違いが生まれます。 演目の移入は、元の噺を単に複製することではありません。それぞれの土地の観客に伝わるように、噺を作り替える活動でもあります。 === レコードとラジオ === 大正時代から昭和初期にかけて、蓄音器とSPレコードが普及し、落語家の口演が音声として記録・販売されました。 レコードには収録時間の制限があるため、長い演目を短くしたり、一部分だけを録音したりする必要がありました。その一方で、演者の声、調子、間を後世に残すことが可能になりました<ref name="JAC-rakugo-history6" /><ref name="JAC-media" />。 大正14年(1925年)にラジオ放送が始まると、落語も放送されました。当初、寄席の興行関係者には、家庭で落語を聞けるようになると寄席の観客が減るのではないかという懸念がありました。 しかし、放送を通じて落語家への関心が高まり、寄席へ足を運ぶ人が増える効果もあったとされています<ref name="JAC-rakugo-history6" />。 === 災害・不況・戦争 === 大正12年(1923年)の関東大震災、昭和初期の不況、太平洋戦争は、寄席や落語家の活動に大きな影響を与えました<ref name="JAC-rakugo-history6" />。 戦時色が強まると、遊廓を舞台とする廓噺など、時局にふさわしくないと落語家側が判断した53席の演目が、'''禁演落語'''として口演を自粛されました。 東京の本法寺には、禁演となった落語の台本を納め、演目と先人を弔うために建立された「はなし塚」があります<ref name="JAC-rakugo-history6" />。 禁演落語は、作品の内容が芸術的に劣るため禁止されたものではありません。戦争下の社会的圧力と自主規制によって、特定の生活、職業、欲望、遊興を描く作品が演じにくくなった例です。 落語の歴史を考えるときには、何が演じられたかだけでなく、何が演じられなくなったかにも注目する必要があります。 === 戦後のラジオとホール落語 === 戦後、民間ラジオ局が開局すると、落語は放送番組の重要な演目となりました。八代目桂文楽、五代目古今亭志ん生、三代目三遊亭金馬などが、放送を通して広く知られるようになりました<ref name="JAC-rakugo-history7">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index7.html |title=落語の歴史:広がる口演の場 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 寄席以外の劇場や会館で行う'''ホール落語'''も増えました。ホール落語では、演者や演目をあらかじめ決め、独演会、二人会、特定の主題による公演など、寄席とは異なる番組を組むことができます。 寄席、放送、ホールは、互いに排他的な場ではありません。放送で落語家を知った人が寄席へ行くことや、寄席で芸を磨いた落語家がホールや放送へ出演することもあります。 === テレビと口演場所の広がり === テレビ放送が普及すると、落語家は落語の口演だけでなく、司会、演芸番組、バラエティー番組などにも出演するようになりました。 一方、テレビで知られる落語家の人物像と、高座で落語を演じる際の芸は同じではありません。落語家を調べるときには、テレビ出演だけでなく、どのような演目を受け継ぎ、どのような高座を行ったかも確認する必要があります。 現在、落語は寄席だけでなく、大小のホール、飲食店、寺院など、さまざまな場所で演じられています。録音、映像、放送などによって、高座を直接見ることのできない人も落語を聞けるようになりました<ref name="JAC-rakugo-history7" />。 落語は、古い噺を固定した形で保存するだけの芸能ではありません。伝承された噺を基礎に、演者が新しい言葉、生活、観客、媒体に応じて演じ直すことによって継承されています。 === 時代の流れ === {| class="wikitable" ! 時期 ! 主な動き |- | 古代・中世 | 説話集に滑稽な話が収められ、僧侶の説教などにも笑話が用いられました。 |- | 戦国時代から近世初期 | 御伽衆が大名へ書物や物語を語り、安楽庵策伝が笑話集『醒睡笑』をまとめました。 |- | 元禄期 | 京都の露の五郎兵衛、大坂の米沢彦八、江戸の鹿野武左衛門が、辻噺・座敷噺で評判を得ました。 |- | 天明・寛政期 | 烏亭焉馬が落とし噺の会を開き、岡本万作や初代三笑亭可楽らによって寄席興行が発達しました。 |- | 文化・文政期 | 寄席が増え、芝居噺、音曲噺、怪談噺など、多様な演目と演出が発達しました。 |- | 天保期 | 天保の改革によって寄席が大幅に制限されましたが、その後再び増加しました。 |- | 幕末・明治期 | 三遊亭圓朝が長編人情噺・怪談噺を創作し、道具噺から素噺へ展開しました。速記本も普及しました。 |- | 明治後期・大正期 | 落語研究会、東西の演目交流、レコードなどによって、芸の保存と普及が進みました。 |- | 昭和戦前期 | ラジオ放送が始まる一方、震災、不況、戦争の影響を受け、禁演落語の自粛も行われました。 |- | 戦後 | 民間ラジオ、ホール落語、テレビなどへ活動の場が広がりました。 |- | 現代 | 寄席、ホール、飲食店、寺院、録音・映像など、さまざまな場と媒体で落語が演じられています。 |} == 江戸・東京落語と上方落語 == 落語は、江戸・東京と、京都・大阪を中心とする上方の双方で発達しました。 江戸時代の江戸で発達した落語を'''江戸落語'''、明治時代以後を含めて東京で受け継がれてきた落語を'''東京落語'''と呼びます。京都・大阪を中心として発達した落語は、'''上方落語'''と呼ばれます。 両者には、言葉、演目、道具、音楽、演出などに違いがあります。一方、多くの演目が東西の間を移動し、それぞれの土地に合わせて改作されてきました。 したがって、両者を完全に別々の芸能として考えるのではなく、独自の特徴を持ちながら交流を続けてきた二つの大きな伝承として理解する必要があります<ref name="JAC-rakugo-eastwest">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/rakugo.html |title=江戸落語と上方落語:上方落語の魅力とは |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 === 言葉と舞台 === 江戸・東京落語では、江戸・東京の言葉、地名、商売、生活習慣などが使われます。上方落語では、大阪や京都などの言葉と土地が物語の背景になります。 同じ基本的な物語が東西で演じられる場合でも、次のような違いが生まれることがあります。 * 登場人物の言葉遣い * 人物や商売の呼び名 * 地名や旅の経路 * 食べ物 * 店や長屋の様子 * 季節の行事 * サゲ * 物語の一部の場面 * 演じる時間 * 音楽や道具の使い方 上方から江戸・東京へ演目が移された場合、上方の地名や言葉をそのまま残すのではなく、東京の観客が理解しやすいように、舞台、食べ物、言葉などが置き換えられることがあります。 反対に、東京で演じられた噺が上方へ移され、上方の言葉や文化に合わせて改作されることもあります。 演目の題名が異なっていても、基本となる筋が共通している場合があります。題名が同じでも、東西で登場人物や細部が異なることもあります。 === 見台、膝隠し、小拍子 === 上方落語では、演目によって、演者の前に'''見台'''と呼ばれる小さな机を置くことがあります。 見台の手前には、演者の膝や足元を隠す'''膝隠し'''が置かれます。見台の上には、手の中に収まる小さな拍子木である'''小拍子'''が置かれ、演者がこれを打って音を出します<ref name="JAC-rakugo-eastwest" />。 小拍子には、次のような働きがあります。 * 語りに調子を付ける * 場面の変化を示す * 時間の経過を表す * 人物の行動を強調する * 観客の注意を引く * 噺をにぎやかにする 見台と小拍子は、上方で行われた辻噺の名残といわれています<ref name="JAC-rakugo-history2" />。 ただし、すべての上方落語家が、すべての演目で見台・膝隠し・小拍子を用いるわけではありません。道具を使わず、座布団、扇子、手拭いを中心として演じる場合もあります。 === ハメモノ === 上方落語には、噺の途中に三味線、太鼓、笛などの音を加える演目があります。このように、場面に合わせて入れられる音楽や効果音は、'''ハメモノ'''と呼ばれます。 例えば、旅の場面では、登場人物が陽気に歩いている様子を音楽で表すことがあります。座敷、祭り、遊興などの場面でも、三味線や太鼓によって、その場所の雰囲気が作られます<ref name="JAC-rakugo-eastwest" />。 ハメモノには、次のような働きがあります。 * 場面の雰囲気を作る * 登場人物の移動を表す * 旅の楽しさを表す * 座敷や祭りのにぎわいを表す * 芝居のような場面を作る * 噺の速度や調子を変える ハメモノは、演者一人だけで成立するものではありません。三味線、太鼓、笛などを担当する演奏者との呼吸が必要です。 ただし、ハメモノも、すべての上方落語で使用されるわけではありません。 === 東京落語の演出 === 江戸・東京落語では、一般に、座布団、扇子、手拭いを中心とする簡潔な形で演じられることが多くあります。 ただし、江戸・東京落語が、歴史を通じて常に道具や音楽を用いなかったわけではありません。江戸時代後期には、道具、書割、人形、鳴り物などを使う芝居噺や怪談噺も盛んに演じられました。 現在でも、芝居噺や特別な演出を伴う公演では、道具や鳴り物が使用されることがあります。 したがって、「東京落語は道具や音楽を一切使わず、上方落語は必ず使う」という区別は適切ではありません。現在の高座で見られる代表的な傾向として理解しましょう。 === 地域差の比較表 === {| class="wikitable" ! 項目 ! 江戸・東京落語 ! 上方落語 |- | 主な発展地域 | 江戸・東京 | 京都・大阪を中心とする上方 |- | 言葉 | 江戸・東京の言葉 | 大阪・京都などの言葉 |- | 主な道具 | 扇子、手拭い | 扇子、手拭いに加え、見台、膝隠し、小拍子を使うことがある |- | 音楽 | 素噺では噺の途中に音楽を入れないことが多い | ハメモノを入れる演目がある |- | 歴史的な演技場所 | 座敷噺、寄席など | 辻噺、寄席など |- | 演目 | 上方から移された演目を含む | 東京へ移された演目を含む |- | 修業制度 | 前座・二ツ目・真打の階級がある | 文化デジタルライブラリーでは、東京のような階級制度はないと説明されている |} この表は代表的な違いを示すもので、すべての演目・演者へ例外なく当てはまる規則ではありません。 == 演目の種類 == 落語には数多くの演目があり、その分類方法も一つではありません。 演目は、 * いつ、どのように作られたか * 笑いと人情のどちらを中心とするか * どのような演出を用いるか * どのような人物が登場するか * どのような場所を舞台とするか * 一席で終わるか、長編であるか など、複数の観点から分類できます<ref name="JAC-rakugo-types" />。 一つの演目が、「古典落語」「滑稽噺」「長屋噺」「季節の噺」のすべてに当てはまることもあります。以下の分類は、演目を理解するための目安です。 === 古典落語 === 長い年月にわたって、多くの落語家によって受け継がれてきた演目を、一般に'''古典落語'''と呼びます。 古典落語は、古い文章を一字一句変えずに保存したものではありません。演者は、その時代の観客に伝わるように、言葉、説明、登場人物の描き方、演じる時間などへ工夫を加えてきました<ref name="JAC-rakugo-classic-new">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku1.html |title=主な演目と種類:古典と新作 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 古典落語には、江戸時代に成立した噺だけでなく、明治時代以後に作られ、長く演じ継がれて古典として扱われるようになった作品もあります。 そのため、江戸時代に作られたものだけが古典落語であると、年代だけで区切ることはできません。 === 新作落語・創作落語 === 落語家や作家が新しく作った落語は、'''新作落語'''または'''創作落語'''と呼ばれます<ref name="JAC-rakugo-classic-new" />。 新作落語では、現代の家庭、学校、会社、交通、通信、科学技術など、古典落語には登場しない題材を扱うことができます。 新作落語には、 * 現代の日常生活を扱う作品 * 社会問題を扱う作品 * 歴史上の人物を新しい視点で描く作品 * 空想・未来などを扱う作品 * 古典落語を現代的に改作した作品 * 作者や演者自身の経験をもとにした作品 などがあります。 新作落語は、古典落語より新しいというだけで、価値が低いわけではありません。繰り返し演じられ、別の落語家へ受け継がれることで、将来は古典として扱われる可能性もあります。 === 滑稽噺 === 登場人物の失敗、勘違い、欲、見栄、無知、そそっかしさなどから笑いを生む噺を、'''滑稽噺'''(こっけいばなし)と呼びます。 滑稽噺には、最後に明確な落ちが置かれるものが多くあります。 ただし、笑いだけを目的とするとは限りません。登場人物の失敗を通して、人間の弱さや社会の仕組みを描く作品もあります。 === 人情噺 === 親子、夫婦、兄弟、主人と奉公人などの人間関係や、人物の喜怒哀楽を中心として描く噺を、'''人情噺'''(にんじょうばなし)と呼びます。 人情噺には明確な落ちを持たず、感動や余韻を残して終わる作品があります。一方、笑いより人間の感情を中心とする作品であれば、落ちがあっても人情噺と呼ばれることがあります<ref name="JAC-rakugo-types" />。 滑稽噺と人情噺の境界は、必ずしも明確ではありません。一つの演目に笑いと人情の両方が含まれる場合もあります。 === 怪談噺 === 幽霊、祟り、因縁、恨み、怪異などを扱う落語を、'''怪談噺'''と呼びます。 怪談噺では、恐ろしい出来事だけでなく、欲、裏切り、嫉妬、復讐など、人間の行動が怪異を生む過程を描くことがあります。 三遊亭圓朝の『真景累ヶ淵』『怪談牡丹灯籠』などには、多数の人物と事件が登場し、複数回に分けて演じられる長編作品があります。 怪談噺には、声と間だけで恐怖を表現するもののほか、道具、照明、人形、鳴り物などを用いた演出もありました。 === 芝居噺 === 歌舞伎の台詞、身振り、音楽、立ち回りなどを落語へ取り入れたものを、'''芝居噺'''と呼びます。 芝居噺には、歌舞伎の場面を滑稽にまねるものや、長編人情噺の終盤を、鳴り物と七五調の台詞によって歌舞伎のように演じる正本芝居噺があります<ref name="JAC-rakugo-types" />。 芝居噺では、落語家一人の話術だけでなく、鳴り物、道具、後見など、他の演者との協力が必要となることがあります。 === 音曲噺 === 歌、浄瑠璃、三味線などの音曲を取り入れた落語を、'''音曲噺'''と呼びます。 音曲噺では、登場人物が歌や浄瑠璃を披露したり、演者が音楽を用いて人物や場面を描いたりします。 すべての落語家が同じ音曲を演じるわけではなく、演者の得意分野や一門の芸によって内容が異なります。 === 地噺 === 人物の会話よりも、語り手による説明を中心に進める落語を、'''地噺'''と呼びます。 地噺では、演者が物語を説明しながら、必要に応じて会話、しぐさ、時事的な話題などを加えます。 落語は会話を中心とすることが多い芸能ですが、すべての作品が同じ構成ではないことを示す形式です。 === 舞台・題材による分類 === 落語は、物語の舞台や登場人物によっても分類されます。 {| class="wikitable" ! 分類 ! 主な舞台・題材 |- | 長屋噺 | 長屋の住人、大家、職人など |- | お店噺 | 大きな商家、主人、番頭、手代、丁稚など |- | お寺噺 | 寺、僧侶、和尚、修行僧など |- | 大名噺 | 大名、武士、町人と武家の交流など |- | 旅噺 | 街道、宿場、旅籠、参詣など |- | 廓噺 | 遊廓、遊女、客、若い衆など |- | お裁き噺 | 奉行所、裁判、訴えなど |- | 季節の噺 | 正月、節分、花見、夏、祭り、年末など |} この分類も互いに排他的ではありません。 例えば、商家で働く人物が旅へ出る噺は、お店噺であると同時に旅噺とも考えられます。長屋を舞台とし、花見を扱う作品は、長屋噺であると同時に季節の噺でもあります。 === 一席物と長編 === 一回の高座で物語がまとまる作品を、ここでは'''一席物'''と呼びます。 一方、人情噺や怪談噺には、長い物語を複数の部分に分けて演じる作品があります。これらは長編落語、連続物などと呼ばれます。 長編の一部分が、独立した一席として演じられることもあります。その場合、物語全体の結末まで進まず、その部分だけで区切られます。 演目を調べる際には、同じ題名であっても、 * 長編全体の題名か * 長編中の一部分の題名か * 独立した一席か * 演者によって題名が違うか を確認する必要があります。 == 代表的な演目 == 落語には非常に多くの演目があります。 ここで取り上げる演目は、人気や芸術的価値の順位を示すものではありません。落語の演じ方、登場人物、舞台、分類の違いを学ぶための例です。 {| class="wikitable" ! 演目 ! 主な分類 ! 学習上の着眼点 |- | 『寿限無』 | お寺噺・滑稽噺 | 言い立て、繰り返し、長い名前 |- | 『こんにゃく問答』 | お寺噺・滑稽噺 | しぐさ、見立て、勘違い |- | 『小言幸兵衛』 | 長屋噺・滑稽噺 | 大家と借家人、人物の妄想 |- | 『百年目』 | お店噺・人情を含む噺 | 番頭と奉公人、花見、上下関係 |- | 『千両みかん』 | お店噺・滑稽噺 | 季節、商品の価値、人物の思い込み |- | 『妾馬』 | 大名噺・人情を含む噺 | 身分差、言葉遣い、見えない人物 |- | 『大山詣り』 | 旅噺・滑稽噺 | 参詣、旅、髪形、集団の演じ分け |- | 『宿屋の仇討』 | 旅噺・滑稽噺 | 宿屋、人物の対照、話の逆転 |} === 『寿限無』 === 『寿限無』は、子どもの長寿と幸福を願った父親が、寺の和尚へ名前を相談する噺です。 和尚は縁起のよい言葉をいくつも挙げます。父親は一つに決められず、すべてをつなげた非常に長い名前を子どもに付けてしまいます<ref name="JAC-rakugo-jugemu">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s1.html |title=お寺噺『寿限無』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 『寿限無』では、長い名前を明瞭に、一定の調子で読む言い立てが重要です。 演者によって、長い名前の一部の言葉、発音、区切り方などが異なることがあります。名前の全文を暗記するだけでなく、 * どこで息を継ぐか * 同じ名前を人物ごとにどう言い分けるか * 繰り返すたびに速度や感情がどう変わるか * 名前を言っている間に物語がどう進むか に注目しましょう。 === 『こんにゃく問答』 === 『こんにゃく問答』は、寺の和尚となったものの経文も問答も知らない男の代わりに、こんにゃく屋の六兵衛が修行僧と問答をする噺です。 六兵衛と修行僧は、声を出さず、手のしぐさだけで問答を行います。修行僧は六兵衛のしぐさを仏教上の深い意味として解釈しますが、六兵衛はこんにゃくの形や値段について話しているつもりでした<ref name="JAC-rakugo-konnyaku">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s2.html |title=お寺噺『こんにゃく問答』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この噺では、同じしぐさが二人の人物によって別の意味に解釈されることから笑いが生まれます。 声を使わず人物をどう演じ分けるか、修行僧と六兵衛の表情がどう違うか、観客がそれぞれの解釈をいつ理解するかに注目しましょう。 === 『小言幸兵衛』 === 『小言幸兵衛』は、長屋の家主である幸兵衛が、家を借りに来た人物へ必要以上の質問と小言を重ねる噺です。 幸兵衛は相手の家族や商売を聞くうちに、まだ起きてもいない将来の問題を想像し、話を大きく広げてしまいます<ref name="JAC-rakugo-kogoto">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s3.html |title=長屋噺『小言幸兵衛』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 幸兵衛の小言は、単に意地悪だから行われるわけではありません。家主には、長屋の住人や商売の組み合わせを考え、住人どうしの問題を防ぐ役割もありました。 しかし、幸兵衛の心配は次第に現実から離れ、妄想へ変わります。 現実の質問から妄想へ移る過程や、一人の人物が長く話し続ける面白さに注目しましょう。 === 『百年目』 === 『百年目』は、大きな商店の番頭と大旦那、店で働く奉公人たちを描くお店噺です。 番頭の治兵衛は、店では厳しく、奉公人に小言ばかり言っています。しかし、店の外では人目を避けて花見を楽しんでいます。その姿を大旦那に見つけられ、処罰されるのではないかと恐れます。 翌朝、大旦那は治兵衛の日頃の働きを認めながら、上に立つ者は下の者をいたわらなければならないと諭します<ref name="JAC-rakugo-hyakunenme">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s4.html |title=お店噺『百年目』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この噺には、花見の陽気な場面と、大旦那が番頭を諭す静かな場面があります。店内と花見の場面で番頭の態度がどう変わるか、厳しさといたわりがどのように描かれるかに注目しましょう。 === 『千両みかん』 === 『千両みかん』は、真夏にみかんを食べたいと言い出した若旦那のため、番頭が江戸中を探し回るお店噺です。 現代と異なり、みかんが季節外れには手に入りにくかった時代が物語の前提となっています。みかん問屋は、多数のみかんを保存して探し出した一個へ、非常に高い値を付けます<ref name="JAC-rakugo-senryomikan">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s5.html |title=お店噺『千両みかん』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この噺では、同じみかんについて、 * 若旦那は、食べたい物と考える * 大旦那は、息子の命を救う物と考える * みかん問屋は、商人の信用と努力を示す商品と考える * 番頭は、大金に換えられる物と考える という違いがあります。 物の価値が、季節、必要性、人物の立場によってどのように変わるかを考えてみましょう。 === 『妾馬』 === 『妾馬』は、長屋に住む八五郎が、妹を側室とした大名の屋敷へ招かれる噺です。 八五郎は武家の礼儀や言葉遣いに慣れていないため、殿様ととんちんかんな会話をします。しかし、酒を飲んで緊張が解けると、妹と母親を思いやる気持ちを率直に語ります<ref name="JAC-rakugo-mekama">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s6.html |title=大名噺『妾馬』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この噺では、町人と武家の身分・言葉・礼儀の違いが笑いを生みます。一方で、八五郎の家族への思いやりが人情として描かれます。 八五郎が妹へ語りかける場面では、妹を演じる台詞がなくても、八五郎の視線と話し方によって、そこに妹がいるように感じられます。 === 『大山詣り』 === 『大山詣り』は、町内の男たちが相模国の大山へ参詣する旅噺です。 一行は、酒に酔って暴れた者を坊主頭にするという約束をします。熊五郎が酒を飲んで暴れたため、仲間は眠っている熊五郎の髪をそってしまいます。怒った熊五郎は先回りして町へ戻り、仲間が死んだという作り話で、仲間の妻たちも坊主頭にしてしまいます<ref name="JAC-rakugo-oyamairi">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s7.html |title=旅噺『大山詣り』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この噺からは、江戸時代の参詣と旅、旅仲間の規則、髪形が持っていた意味、多数の人物を演じ分ける方法を学べます。 落語は当時の生活をそのまま記録したものではありませんが、噺に登場する参詣、宿、髪形などを歴史資料と比較する学習にも利用できます。 === 『宿屋の仇討』 === 『宿屋の仇討』は、旅先の宿屋で、静かに眠りたい侍と、隣室で騒ぐ江戸っ子三人組を描く旅噺です。 三人組の一人が、過去に人を殺したという作り話を自慢げに語ります。隣室の侍は、その話に登場する被害者が自分であると名乗り、翌朝、三人を討つと宣言します。 三人は恐怖で一晩中眠れません。しかし、侍の話も、静かに眠るための作り話でした<ref name="JAC-rakugo-yadoya">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s8.html |title=旅噺『宿屋の仇討』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この噺では、騒がしい三人と静かな侍の対照、隣室という見えない空間、作り話が本当の事件のように受け取られる逆転が重要です。 落語家は座ったまま、複数の部屋、廊下、人物の移動を表現します。顔の向き、視線、声量によって、人物がどの部屋にいるかを聞き分けてみましょう。 === 演目名と内容の違い === 同じ演目であっても、演者によって次のような違いがあります。 * 題名 * 登場人物の名前 * 地名 * 台詞 * 人物の性格 * マクラ * 省略される場面 * 詳しく演じられる場面 * サゲ * 上演時間 演目を調べる際には、 # 誰が演じたものか。 # いつ、どこで演じられたか。 # 東京落語か上方落語か。 # 一席全体か、長編の一部か。 # 速記・録音・映像のどれを利用したか。 # 別の演者とどのような違いがあるか。 を確認しましょう。 == 落語家の修業と寄席 == === 弟子入りと見習い === 職業として落語家を目指す人は、一般に、落語家へ入門を願い出て、師匠の許しを受けます。 東京では、入門しても直ちに寄席の前座となるわけではありません。まず見習いとして、師匠の身の回りの世話、掃除、洗濯などを行い、礼儀や一門の習慣を学びます。師匠から寄席の楽屋へ入ることを認められると、前座として修業を始めます<ref name="JAC-rakugo-training1">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/syugyo1.html |title=芸の修業:前座・二ツ目・真打 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 師匠と弟子の関係は、演目や技術を教えることだけに限られません。高座での礼儀、他の芸人との関係、観客への接し方なども、日々の行動を通して学びます。 === 前座 === '''前座'''(ぜんざ)は、東京の落語家における最初の階級です。寄席の番組で早い時間に高座へ上がることから、この名が付いたと説明されています<ref name="JAC-rakugo-training1" />。 前座は落語の稽古をしながら、寄席の楽屋と高座の進行に必要な仕事を担当します。 主な仕事には、次のようなものがあります。 * 楽屋の準備 * 出演者へお茶を出す * 出演者名を記したメクリを用意する * 師匠や先輩の着付けを手伝う * 高座の座布団を返す * メクリをめくる * 寄席太鼓を打つ * その日に演じられた演目を記録する * 演目の重複を避けるため、楽屋へ知らせる * 高座で短い落語を演じる こうした仕事を通して、前座は寄席全体の流れ、出演者への気配り、礼儀、機転を学びます<ref name="JAC-rakugo-training2">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/syugyo2.html |title=芸の修業:前座の仕事 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 前座の仕事は単なる雑用ではありません。寄席が多数の出演者と裏方によって運営されることを学び、自分が高座へ上がるために他の人が行っている仕事を理解する修業でもあります。 === 前座噺 === 前座が高座で演じることの多い、比較的短く、基本技術を学びやすい演目は、'''前座噺'''と呼ばれます。 代表例として、次のような演目が挙げられます。 * 『寿限無』 * 『子ほめ』 * 『道灌』 * 『たらちね』 * 『つる』 * 『平林』 * 『金明竹』 前座噺では、明瞭な発音、声量、上手と下手、人物の演じ分け、言い立て、オウム返し、扇子と手拭いなどを学ぶことができます。 ただし、すべての落語家が同じ演目を同じ順番で習うわけではありません。どの噺から学ぶかは、師匠、一門、本人の技量などによって異なります。 === 演目を教わる === 落語の演目は、書籍や録音を利用して学ぶだけではなく、師匠や先輩から直接教わります。 演目を教わる際には、台詞やあらすじだけでなく、次のような事項も学びます。 * 人物の位置関係 * 声や言葉遣い * 扇子・手拭いの使い方 * しぐさ * 間 * マクラから本題への入り方 * 省略してよい場面 * サゲ * 演目に登場する古い制度や生活 教わった噺を一字一句そのまま再現することだけが、修業の目的ではありません。まず師匠から受け継いだ形を学び、その上で経験を重ねながら、自分の人物像や間を作っていきます。 ただし、演目の骨格や演出の意味を十分に理解せず、自由に変更してよいという意味ではありません。受け継いだ芸を理解した上で、観客と時代に合う表現を考える必要があります。 === 二ツ目と真打 === 東京では、前座修業を終えると'''二ツ目'''へ昇進し、さらに芸歴を重ねて'''真打'''へ昇進します。 昇進の時期や条件は、所属団体などの判断によって異なります。すべての落語家が同じ年数、同じ条件で昇進するわけではありません<ref name="JAC-rakugo-training1" />。 二ツ目になると、前座として行っていた師匠の身の回りの世話や寄席の楽屋仕事から離れ、紋付きの着物や羽織を着用し、自分の出囃子を持つことができます<ref name="JAC-rakugo-training1" />。 真打は、東京の落語家における最上位の階級です。本来、寄席興行の最後を務める力量を持つ落語家という意味がありました。 ただし、真打昇進は、芸の修業が終わったことを意味しません。昇進後も演目を増やし、芸を磨き続けます。 === 東京と上方の制度差 === 東京には複数の落語家団体があり、いずれもまったく同じ昇進方法を採用しているわけではありません。 上方落語にも、師匠へ入門し、演目や礼儀を学ぶ師弟制度があります。文化デジタルライブラリーでは、上方には東京のような前座・二ツ目・真打の階級制度はないと説明されています<ref name="JAC-rakugo-training1" />。 したがって、東京の真打に相当する人物を、上方の落語家へ機械的に当てはめることはできません。 落語家の経歴を調べる場合には、 * 所属団体 * 活動地域 * 師匠 * 入門時期 * 昇進・改名・襲名 * 公演歴 などを個別に確認しましょう。 === 寄席とは === '''寄席'''(よせ)は、落語、講談、漫才、奇術、曲芸、紙切り、音曲など、さまざまな大衆芸能を演じる興行・演芸場です。 落語を中心とする寄席であっても、落語だけが続けて演じられるとは限りません。話芸の間に、目で見る芸、音楽を用いる芸、短い芸などを組み合わせ、番組全体に変化を付けます<ref name="JAC-iromono">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/aramashi/index4.html |title=大衆芸能のあらまし:寄席における色物とは |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 寄席は、特定の一人だけを見る独演会とは異なり、複数の演者や芸種を一度に鑑賞できる場所です。 === 番組の構成 === 東京の落語定席では、一般に、前座の高座から番組が始まり、その後に二ツ目、真打や他の芸人が出演します。 番組の途中に置かれる休憩を'''仲入り'''といいます。 仲入りの直後の出番は'''くいつき'''と呼ばれます。休憩によって散った観客の注意を、再び高座へ引き付ける役割があります。 番組の最後を務める演者は、'''主任'''または'''トリ'''と呼ばれます。寄席の番組を代表する重要な出番です。 主任の直前には、'''膝代わり'''と呼ばれる出番が置かれます。紙切り、音曲、奇術、太神楽など、主任が高座へ上がりやすい雰囲気を作る芸が演じられます<ref name="JAC-yose-program">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/syoutai/hairu/index3.html |title=寄席へ入る:番組の構成と進行 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 {| class="wikitable" ! 順序・名称 ! 主な役割 |- | 前座 | 番組の早い時間に出演し、観客を高座へ引き付ける |- | 二ツ目・真打・各種演芸 | 落語と他の芸を組み合わせ、番組を進める |- | 仲入り | 番組途中の休憩 |- | くいつき | 休憩後の観客を再び高座へ集中させる |- | 膝代わり | 主任が演じやすい雰囲気を作る |- | 主任・トリ | 番組の最後を務める |} 実際の番組構成は、寄席、地域、公演、出演者によって異なります。この表をすべての落語会へ当てはめることはできません。 === 色物 === 落語を中心とする寄席で、漫才、奇術、曲芸、紙切り、音曲など、落語以外の芸は一般に'''色物'''と呼ばれます<ref name="JAC-iromono" />。 色物は、落語より重要性が低い芸という意味ではありません。話芸が続く番組の中に、視覚的な芸や音楽を用いる芸を入れることで、観客の気分を変え、番組全体にリズムを作ります。 === 出囃子と寄席囃子 === 落語家が高座へ上がるときに演奏される三味線音楽を、'''出囃子'''といいます。 東京では、落語家は二ツ目になると自分の出囃子を持つことができます。曲を聞くことで、姿が見える前に誰が登場するのか分かる場合があります<ref name="JAC-yose-music">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/syoutai/hairu/index5.html |title=寄席へ入る:寄席囃子 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 寄席囃子は、出囃子だけではありません。落語の中で幽霊が現れる場面の音楽、曲芸・奇術・紙切りの伴奏なども担当します。演目や演者の動きに合わせる必要があるため、演奏者には、さまざまな曲を演奏する技術と即応力が求められます<ref name="JAC-yose-music" />。 寄席では、開場、開演、終演などを太鼓で知らせます。太鼓を打つことも前座の仕事です。 === 寄席は共同で作る公演 === 観客から見ると、一人の落語家だけが高座にいるように見えます。しかし、寄席の公演は、多くの人によって作られています。 * 出演する落語家・講談師・色物の芸人 * お囃子 * 前座 * 寄席の経営・進行を担う人 * 舞台・受付などの係 * 観客 前座が座布団を返し、メクリをめくり、お囃子が出囃子を演奏し、前の演者が次の演者のために場を整えることで、番組は進行します。 落語を一人芸として理解するだけでなく、寄席全体を共同的な公演として観察することも重要です。 == 落語と他の芸能・文学 == 落語は、他の芸能や文学から切り離されて発達したものではありません。 講談、浪曲、歌舞伎、音曲などと同じ題材を扱い、演目を相互に移し替えながら発展しました。また、速記、出版、レコード、ラジオ、テレビなどの媒体によって、寄席の外へ広がりました。 === 話芸の比較 === 落語、講談、浪曲は、いずれも物語を口頭で表現する話芸ですが、一般的な表現方法には違いがあります。 {| class="wikitable" ! 芸能 ! 表現の中心 ! 主な特徴 |- | 落語 | 話す | 会話、人物の演じ分け、身振り、見立てによって物語を進める |- | 講談 | 読む | 語り手による説明と独特の調子によって物語を進める |- | 浪曲 | 語る | 節を付けた語りと啖呵を、曲師の三味線と組み合わせる |} この区別は、それぞれの傾向を理解するための目安です。落語にも説明を中心とする地噺があり、講談にも会話があり、浪曲にも説明的な啖呵があります<ref name="JAC-performing-arts">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/aramashi/index1.html |title=大衆芸能のあらまし:話す・読む・語る芸 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 === 講談・浪曲との関係 === 落語、講談、浪曲には、同じ題材を扱う演目があります。 『芝居の喧嘩』や左甚五郎物など、講談から落語へ移された作品があります<ref name="JAC-cross-repertoire">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/column.html |title=コラム:同じ演目が落語、浪曲に |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。一方、三遊亭圓朝が作った『怪談牡丹灯籠』『塩原多助』などは、落語から講談や浪曲、芝居へ移されました<ref name="JAC-rakugo-history5" />。 同じ題材であっても、落語では人物の会話や滑稽な場面が前面に出ることがあり、講談では人物の来歴や事件の経過が詳しく説明されることがあります。 浪曲では、浪曲師の節と啖呵、曲師の三味線によって、人物の感情や場面が表現されます。 同じ物語を聞き比べると、説明と会話の割合、音楽の役割、笑いと人情の割合などの違いを学べます。 === 歌舞伎との関係 === 落語は歌舞伎などの芝居とも関係してきました。 江戸時代後期には、歌舞伎の台詞、身振り、鳴り物、道具などを取り入れた芝居噺が発達しました。 落語で人気を得た物語が芝居の題材となることもあり、歌舞伎の人物や場面を落語へ取り入れることもありました。 三遊亭圓朝の長編作品は、落語だけでなく、講談、浪曲、芝居などでも演じられるようになりました<ref name="JAC-rakugo-history5" />。 {| class="wikitable" ! 落語 ! 歌舞伎 |- | 一人の演者が複数の人物を演じる | 複数の俳優がそれぞれの人物を演じる |- | 言葉、視線、しぐさで場所や人物を想像させる | 舞台装置、衣裳、化粧などで情景を見せる |- | 扇子と手拭いなどを見立てる | 実際の小道具や大道具を用いる |- | 演者の語りによって場面を素早く転換できる | 舞台転換や演出によって場面を変える |} 芝居噺では、落語でありながら、歌舞伎的な台詞や鳴り物を用いるため、両者の境界にある表現を観察できます。 === 速記・録音・放送 === 落語は、もともと聞く芸です。しかし、明治時代に速記術が発達すると、落語家の口演が新聞や書籍へ掲載されるようになりました<ref name="JAC-media" />。 速記には、次のような働きがありました。 * 寄席へ行けない人も落語を読める * 長編作品を保存できる * 過去の演者の台詞や構成を調べられる * 落語の話し言葉が文章表現へ影響する * 他の芸能が落語作品を取り入れる手掛かりとなる 一方、文章だけでは、声、間、表情、視線、観客の笑いなどを完全に記録できません。 レコードや音声録音は、落語家の声、発音、調子、間を記録します。ラジオは、落語を寄席から離れた地域へ広めました。テレビや映像記録は、声だけでなく、表情、視線、扇子・手拭いの扱いなども保存できます。 ただし、媒体によって演じ方は変わります。 * レコードでは収録時間に合わせて短くする * ラジオでは視覚的なしぐさが伝わりにくい * テレビでは表情や動きを詳しく見せられる * 実演では観客の反応に応じて間やマクラを変えられる 同じ演者・演目でも、寄席、ホール、ラジオ、テレビでは異なる高座になることがあります。 == 落語を鑑賞する == 落語を鑑賞するために、江戸時代の生活や古典芸能について詳しく知っておく必要はありません。 まず、誰が話しているか、どのような出来事が起きているかを追いながら、演者の声、顔の向き、しぐさを楽しみましょう。 分からない言葉や制度は、鑑賞後に調べることもできます。 === マクラを聞く === マクラには、観客を本題へ導く働きがあります。 演者が季節、会場、時事的な話題から、どのように本題へ移るかに注目しましょう。 マクラの中で、 * 本題の時代 * 古い商売 * 貨幣や時刻 * 登場人物の種類 * サゲに必要な言葉 が説明されることもあります。 同じ演目でも、マクラは公演ごとに異なる場合があります。演者がその日の観客へどのように話しかけているかを観察しましょう。 === 誰が話しているかを聞き分ける === 落語家は、一人で複数の人物を演じます。 人物を聞き分ける手掛かりには、次のようなものがあります。 * 顔の向き * 視線 * 声の高さ * 話す速度 * 言葉遣い * 姿勢 * 表情 * 間 初めから登場人物の名前をすべて覚える必要はありません。 「年長者と若者」「主人と奉公人」「大家と住人」のように、大きな人物関係から追うと理解しやすくなります。 === 見えない空間を想像する === 落語では、舞台装置を使わずに、家、長屋、店、宿屋、舟、山、海などを表現します。 演者の視線がどこへ向いているか、手をどの高さへ伸ばしているかに注目しましょう。 例えば、 * 視線を上へ向ける――高い場所、坂の上、背の高い人物 * 遠くを見る――離れた人物や景色 * 手前へ視線を落とす――座っている人物、物、食べ物 * 顔を左右へ変える――二人の会話 * 身体を前後へ動かす――移動、舟、乗り物 などが考えられます。 落語は、演者の表現と観客の想像力によって情景を作る芸能です<ref name="JAC-rakugo-imagination" />。 === 扇子と手拭いを見る === 扇子や手拭いが何を表しているかを考えてみましょう。 同じ扇子でも、持ち方、視線、動作によって、箸、煙管、刀、釣り竿などに変わります。 何に見えるかだけでなく、 * 物の大きさ * 重さ * 硬さ * 熱さ * 距離 * 使い慣れているか まで表現されているかを観察します。 例えば、同じ「食べる」しぐさでも、そば、焼き芋、硬い物、熱い物では、口や手の動きが異なります<ref name="JAC-rakugo-gesture" />。 === 間を味わう === 落語家が言葉を発していない時間にも、人物は考え、驚き、相手の言葉を理解しています。 間には、次のような種類があります。 * 人物が考える間 * 相手の返事を待つ間 * 驚きを表す間 * 観客が状況を理解する間 * 笑いが収まるのを待つ間 * サゲの前に期待を高める間 録音や文章では分かりにくい間も、実演や映像では観察できます。 同じ台詞でも、間の長さが変わると、人物の性格や場面の緊張感が変化します。 === 登場人物を観察する === 落語には、大家、長屋の住人、商家の主人、番頭、奉公人、武士、僧侶など、類型的な人物が登場します。 しかし、同じ「与太郎」「熊五郎」「大家」であっても、演者によって人物像は異なります。 * 愚かだが善良な人物 * 乱暴だが情に厚い人物 * 厳しいが住人を思いやる大家 * 立派に見えて欠点のある主人 など、単純な役割だけでは説明できない人物として描かれることがあります。 その人物が何を望み、何を誤解し、どのように変化したかを考えましょう。 === 古い言葉や生活を調べる === 古典落語には、現代では使われない言葉、貨幣、時刻、商売、身分、住居などが登場します。 分からない言葉があっても、一語ごとに鑑賞を止める必要はありません。筋を追った後で、物語の理解に重要な言葉を調べます。 利用できる資料には、次のようなものがあります。 * 国語辞典 * 古語辞典 * 日本史辞典 * 人名・地名辞典 * 博物館や公文書館の解説 * 落語事典 * 演目解説 * 江戸時代の生活に関する研究書 落語は、江戸時代の生活をそのまま記録した史料ではありません。類型化、誇張、時代の異なる要素、後世の改作などが含まれます。 落語に描かれた生活と、歴史資料から分かる生活を比較する姿勢が必要です。 === 同じ演目を聞き比べる === 同じ演目であっても、落語家によって人物、台詞、場面、サゲなどが異なります。 演者は、伝えられた噺をただ再現するのではなく、観客、時代、自分の考えに合わせて演出します<ref name="JAC-performance-variation">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/aramashi/index3.html |title=大衆芸能のあらまし:演者による芸の演出 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 聞き比べる際には、次の点を記録しましょう。 * マクラ * 演目全体の長さ * 主人公の性格 * 脇役の描き方 * 台詞 * 間 * 扇子・手拭い * 詳しく演じる場面 * 省略する場面 * サゲ どちらが正しいかだけを決めるのではなく、それぞれの演出によって物語の意味がどう変わったかを考えます。 === 東京版と上方版を比べる === 東京と上方の双方で演じられる噺では、言葉、地名、食べ物、道具、音楽、サゲなどを比較できます。 上方版で見台・小拍子・ハメモノが用いられる場合は、それらが場面や笑いへどのような効果を与えているかを観察します。 違いを単なる方言の違いとして捉えるのではなく、それぞれの土地の観客へ物語を伝えるための改作として考えましょう。 === 実演・音声・映像・速記を比べる === {| class="wikitable" ! 鑑賞方法 ! 主な特徴 |- | 実演 | 観客の反応と演者の間が影響し合い、その日にしかない高座となる |- | 音声 | 声、発音、調子、間へ集中でき、繰り返し聞ける |- | 映像 | 表情、視線、しぐさ、扇子・手拭いの扱いを確認できる |- | 速記・台本 | 自分の速度で読み、言葉や構成を詳しく調べられる |} どの方法が最も優れているかではなく、何を学ぶために、どの資料が適しているかを考えます。 === 寄席全体を鑑賞する === 寄席では、落語一席だけでなく、番組全体にも注目しましょう。 * 前座がどのように観客を高座へ引き付けるか * 落語と色物がどのように配置されているか * 出囃子が演者の登場をどう演出するか * 仲入り後の雰囲気がどう変わるか * 膝代わりが主任へどうつなぐか * 主任が番組全体をどう締めくくるか * 前の演者と後の演者で、演目や雰囲気がどう調整されているか 寄席は、個々の芸を見る場所であると同時に、異なる芸を組み合わせた番組を楽しむ場所です。 == まとめ == 落語は、一人の演者が高座に座り、主として登場人物の会話を通して物語を進める話芸です。 演者は、扇子、手拭い、声、顔の向き、視線、しぐさ、間などによって、複数の人物、道具、場所を表現します。大がかりな舞台装置を用いないため、観客の想像力が重要な役割を果たします。 落語は、説話、説教、御伽衆、小咄、辻噺、座敷噺など、複数の語りの文化と関係しながら発達しました。江戸時代には寄席興行が成立し、滑稽噺だけでなく、芝居噺、音曲噺、怪談噺などの多様な形式が発達しました。 幕末・明治期には、三遊亭圓朝が長編人情噺・怪談噺を創作し、速記によって口演が文章としても広まりました。その後、レコード、ラジオ、テレビ、ホールなどへ活動の場が拡大しました。 落語には、古典落語と新作落語があり、内容・演出・舞台などによって、滑稽噺、人情噺、怪談噺、芝居噺、長屋噺、お店噺、旅噺などに分類できます。ただし、一つの演目が複数の分類に含まれることがあります。 江戸・東京落語と上方落語には、言葉、道具、音楽、演出などの違いがありますが、演目や演者の交流も続いてきました。地域差を固定的な規則と考えず、それぞれの演目と演者を比較することが重要です。 東京では、見習い、前座、二ツ目、真打という段階を経て落語家が修業しますが、昇進条件は団体によって異なります。文化デジタルライブラリーでは、上方には東京のような階級制度はないと説明されています。 落語を鑑賞するときには、あらすじやサゲだけでなく、人物の演じ分け、見立て、視線、間、マクラ、演者による違い、寄席全体の構成にも注目しましょう。 == 重要語句 == {| class="wikitable" ! 語句 ! 意味 |- | 高座 | 落語家などが芸を演じる場所 |- | 見立て | 扇子や手拭いなどを別の物として表現すること |- | 仕方 | 人物の動作や心理を示す身体表現 |- | 上手・下手 | 観客から見た舞台の右側・左側 |- | 間 | 人物の心理、緊張、笑いなどを表現する言葉のない時間 |- | マクラ | 本題に入る前に話される世間話、小咄、説明など |- | 本題 | 落語の中心となる物語 |- | サゲ・落ち | 噺の最後を締めくくる言葉や結末 |- | 言い立て | 長い言葉や名前などを、調子よく続けて述べること |- | 古典落語 | 長い年月にわたり、落語家によって受け継がれてきた演目 |- | 新作落語 | 落語家や作家が新しく作った演目 |- | 素噺 | 大がかりな道具や鳴り物をほとんど用いずに演じる落語 |- | 見台 | 上方落語で用いられることのある小さな机 |- | 小拍子 | 見台を打って音を出す小さな拍子木 |- | ハメモノ | 上方落語などで、場面に合わせて加えられる音楽や効果音 |- | 前座 | 東京の落語家における最初の階級 |- | 二ツ目 | 前座修業を終えた後の階級 |- | 真打 | 東京の落語家における最上位の階級 |- | 寄席 | 落語やさまざまな大衆芸能を演じる興行・演芸場 |- | 色物 | 落語を中心とする寄席で、番組に変化を付ける落語以外の芸 |- | 出囃子 | 演者が高座へ上がる際に演奏される音楽 |- | 主任・トリ | 寄席の番組の最後を務める演者 |} == 確認問題 == # 落語では、一人の演者がどのような方法で複数の人物を演じ分けますか。 # 落語が会話を中心に進むことが多いとは、どのような意味ですか。 # 落語を「最後に必ず落ちがある話」と定義できないのはなぜですか。 # 扇子と手拭いの見立てには、演者のどのような技術が必要ですか。 # 上手と下手を使うことで、観客にどのような情報を伝えられますか。 # 落語における間には、どのような働きがありますか。 # マクラには、どのような役割がありますか。 # 同じ演目でも、本題の構成が演者や公演によって異なるのはなぜですか。 # サゲは、物語にどのような効果を与えますか。 # 安楽庵策伝、露の五郎兵衛、米沢彦八、鹿野武左衛門が、それぞれ異なる意味で「祖」とされる理由を説明してください。 # 寄席興行の成立によって、落語はどのように変化しましたか。 # 江戸後期の寄席では、現在一般に想像される素噺以外に、どのような芸が演じられていましたか。 # 三遊亭圓朝の功績を、作品、演じ方、速記の三点から説明してください。 # 速記、レコード、ラジオは、落語の保存と普及をどのように変えましたか。 # 禁演落語の事例から、芸能と戦争・社会統制の関係について何が分かりますか。 # 江戸・東京落語と上方落語を、完全に別々の芸能として扱えないのはなぜですか。 # 見台、小拍子、ハメモノは、上方落語の表現にどのような効果を与えますか。 # 古典落語を、江戸時代に作られた作品だけに限定できないのはなぜですか。 # 一つの演目が複数の分類に含まれる例を挙げてください。 # 前座の仕事には、落語の修業としてどのような意味がありますか。 # 東京の修業制度を上方落語へそのまま当てはめられない理由を説明してください。 # 寄席が落語家一人だけで作られる公演ではないことを説明してください。 # 同じ題材が落語、講談、浪曲、歌舞伎で演じられると、どのような違いが生まれますか。 # 同じ演目を複数の落語家で聞き比べることには、どのような学習上の効果がありますか。 # 実演、音声、映像、速記には、それぞれどのような特徴がありますか。 == 総合学習課題 == === 一席を分析する === 落語を一席選び、次の項目を記録してください。 {| class="wikitable" ! 項目 ! 調査・観察結果 |- | 演目名 | |- | 演者 | |- | 公演・収録の時期 | |- | 古典・新作 | |- | 主な分類 | |- | 主な登場人物 | |- | マクラ | |- | 人物の演じ分け | |- | 扇子・手拭い | |- | 印象的な間 | |- | 古い言葉・制度 | |- | サゲ | |- | 最も印象に残った場面 | |} 最後に、この演者が、どの人物や感情を中心にして噺を構成していたかをまとめてください。 === 同じ演目を聞き比べる === 同じ演目を、異なる二人以上の落語家で聞き比べてください。 比較する項目: {| class="wikitable" ! 項目 ! 演者A ! 演者B |- | マクラ | | |- | 演目全体の長さ | | |- | 主人公の性格 | | |- | 脇役の描き方 | | |- | 声・言葉遣い | | |- | 顔の向き・視線 | | |- | 扇子・手拭い | | |- | 詳しく演じる場面 | | |- | 省略する場面 | | |- | サゲ | | |} 比較後、どちらが正しいかを決めるのではなく、それぞれの演出によって物語の意味や人物像がどのように変わったかを説明してください。 === 東京版と上方版を比較する === 東京と上方の双方で演じられている噺を一つ選び、二つの高座を比較してください。 比較する項目: {| class="wikitable" ! 項目 ! 東京版 ! 上方版 |- | 演目名 | | |- | 言葉 | | |- | 舞台・地名 | | |- | 食べ物・商売 | | |- | 登場人物 | | |- | 道具 | | |- | ハメモノ | | |- | 詳しく演じる場面 | | |- | サゲ | | |} 地域に合わせた変更によって、物語が理解しやすくなった点、印象が変わった点をまとめてください。 === 寄席の番組を分析する === 寄席または複数の芸が出演する演芸公演を鑑賞し、番組を記録してください。 {| class="wikitable" ! 出演順 ! 演者 ! 芸種 ! 演目・内容 ! 番組上の役割 |- |1 | | | | |- |2 | | | | |- |3 | | | | |} 落語と色物の配置、仲入り前後の変化、膝代わりと主任の関係、出囃子や太鼓の効果を考察してください。 === 同じ題材を異なる芸能で比較する === 落語と、講談・浪曲・歌舞伎などから、同じ題材を扱う作品を選んで比較してください。 候補: * 左甚五郎物 * 『紺屋高尾』 * 『怪談牡丹灯籠』 * 『塩原多助』 * 大岡政談 * 相撲物 比較する項目: * 語り手の役割 * 会話の割合 * 音楽 * 道具・舞台装置 * 人物の感情 * 詳しく描かれる場面 * 笑いと緊張 * 結末 === 新作落語を構想する === 現代の生活から題材を一つ選び、新作落語の構想を作ってください。 # 主人公と相手役を決める。 # 二人の性格と言葉遣いを決める。 # 勘違いまたは対立の原因を決める。 # マクラで説明する内容を考える。 # 扇子・手拭いで表現する物を決める。 # 三つ以上の場面に分ける。 # 最後のサゲ、または余韻の残る終わり方を考える。 # 実際に声に出し、分かりにくい部分を修正する。 他人の実体験、病気、災害、犯罪などを題材とする場合は、当事者の尊厳やプライバシーへ配慮してください。 == 発展学習 == より詳しく学ぶ場合は、次のテーマを調べてみましょう。 * 説話・説教と落とし噺 * 『醒睡笑』と落語 * 露の五郎兵衛、米沢彦八、鹿野武左衛門 * 寄席興行と初代三笑亭可楽 * 江戸後期の芝居噺・音曲噺・怪談噺 * 三遊亭圓朝の作品と口演速記 * 落語研究会と芸の保存 * 禁演落語と戦争 * 江戸・東京落語と上方落語の演目交流 * 師弟制度と一門 * 東京の落語家団体と昇進制度 * 上方落語の修業と披露公演 * 前座噺と落語の基本技術 * 寄席太鼓と出囃子 * 寄席における色物 * 女性落語家の歴史 * 落語家の名跡と襲名 * 落語・講談・浪曲の演目交流 * 芝居噺と歌舞伎 * 落語のSPレコード * ラジオ・テレビと落語 * 古典落語に描かれた生活と歴史資料との比較 == 学習参考文献 == 以下は、落語の歴史、演目、用語、寄席、上方落語などについて、さらに詳しく調べるための文献です。本文中の個々の記述の出典については、各節の脚注を参照してください。 * 山本進編『落語ハンドブック 第3版』三省堂、2007年。 ** 落語の歴史、演目、落語家、寄席、用語などを幅広く解説した入門書です。落語の全体像を調べる際に利用できます。 * 山本進『図説落語の歴史』河出書房新社、2006年。 ** 落語の成立から近現代までの変遷を、図版や年表とともに解説しています。落語史を時代順に学ぶための資料です。 * 『大衆芸能資料集成 第4巻 寄席芸1 落語』三一書房、1981年。 ** 落語の台本や関係資料を収録した資料集です。演目の本文、底本、作品解説などを調べることができます。 * 稲田和浩編『落語演目・用語事典』日外アソシエーツ、2021年。 ** 多数の演目について、あらすじ、主な登場人物、別題などを掲載しています。落語・寄席の用語や、登場人物・描写から演目を調べるための索引も収録しています。 * 瀧口雅仁『古典・新作落語事典』丸善出版、2016年。 ** 古典落語と新作落語の演目について、あらすじ、解説、別題、季節や内容による分類を調べることができます。 * 延広真治編、二村文人・中込重明著『落語の鑑賞201』新書館、2002年。 ** 現代の寄席で演じられる落語、人情噺、怪談噺について、あらすじと解説を収録しています。演目を鑑賞・比較する際に利用できます。 * 相羽秋夫『現代上方落語便利事典』少年社、1987年。 ** 上方落語の演目について、あらすじ、登場人物、舞台、季節、ハメモノ、掲載資料などを調べることができます。 * 岡田則夫編『落語研究資料解題―明治~平成』日外アソシエーツ、2016年。 ** 明治時代から平成期までの落語関係図書、速記雑誌、SPレコードなどを収録した資料解題です。落語の出版・録音資料を詳しく調べる際に利用できます。 == 外部リンク == * [https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/index.html 落語:早わかり] - 文化デジタルライブラリー ** 落語の特徴、演目、道具、修業、歴史、江戸・東京落語と上方落語などを、画像や実演資料とともに学ぶことができます。 * [https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/humanities/engei 大衆演芸について調べる] - 国立国会図書館リサーチ・ナビ ** 落語、講談、浪曲について、歴史、演目、人物、寄席、速記、録音資料などを調べるための事典・資料集を案内しています。 * [https://www.ntj.jac.go.jp/engei/ 国立演芸場] - 独立行政法人日本芸術文化振興会 ** 国立演芸場主催の落語、講談、浪曲、漫才、曲芸などの公演情報を確認できます。初代国立演芸場の閉場中は、他劇場で主催公演が行われています。 * [https://www.rakugo-kyokai.jp/ 一般社団法人落語協会] ** 所属芸人、東京の定席番組、落語会、公演情報、寄席の鑑賞案内などを確認できます。 * [https://www.geikyo.com/ 公益社団法人落語芸術協会] ** 所属芸人、東京の寄席興行、公演日程、演目・用語の解説などを確認できます。 * [https://kamigatarakugo.jp/ 公益社団法人上方落語協会] ** 上方落語家、上方落語の歴史、天満天神繁昌亭などの公演情報を確認できます。 == 関連項目 == * [[伝統芸能]] * [[講談]] * [[w:浪曲|浪曲]] * [[w:寄席|寄席]] * [[w:歌舞伎|歌舞伎]] == 脚注 == {{Reflist}} [[Category:芸術]] 5n85kyo3tejykrl780zetuhz1jl7kfk 301874 301872 2026-07-27T06:36:16Z Huugo 91857 /* 関連項目 */ + {{Wikipedia}} 301874 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|芸術|伝統芸能|frame=1}} '''落語'''(らくご)は、演者が一人で高座に座り、主として登場人物の会話を通して物語を進める日本の伝統的な話芸です。演者は通常、扇子と手拭いなどの限られた道具を用い、声、顔の向き、視線、表情、身振り、間によって、複数の人物や情景を表現します<ref name="JAC-rakugo-overview">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/index.html |title=落語:早わかり |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 落語には、笑いを中心とする滑稽噺だけでなく、人間の情愛を描く人情噺、恐怖や因縁を扱う怪談噺、歌舞伎のような演出を取り入れた芝居噺などがあります。物語の最後には、洒落や機転の利いた言葉による'''落ち'''または'''サゲ'''が置かれることが多くありますが、明確な落ちを持たない作品もあります<ref name="JAC-rakugo-types">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku2.html |title=主な演目と種類:個性あふれる数百もの演目 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この教材では、落語の演じ方、噺の構成、歴史、江戸・東京落語と上方落語、演目、修業、寄席、他の芸能との関係、鑑賞方法を順に学びます。 == この教材で学ぶこと == この教材を学ぶことにより、次の事項を説明できるようになることを目指します。 * 落語がどのような話芸であるか * 一人の演者が複数の人物を演じ分ける方法 * 扇子と手拭いによる見立て * 顔の向き、視線、声、間が果たす役割 * マクラ、本題、サゲの関係 * 落ちのある噺と、明確な落ちを持たない噺 * 落語の成立と発展の概要 * 江戸・東京落語と上方落語の違い * 古典落語と新作落語の関係 * 落語家の修業と寄席の仕組み * 落語を鑑賞するときの着眼点 == 落語とは == === 一人で演じる話芸 === 落語では、原則として一人の演者が高座に座り、語り手と複数の登場人物を演じます。大がかりな舞台装置、衣裳の早替わり、扮装などを用いず、主に言葉と身体の動きによって物語の世界を作ります。 演者は、人物ごとに声の高さ、話す速度、言葉遣い、表情、姿勢、顔の向きなどを変えます。聞き手は、演者の示すわずかな違いを手掛かりとして、誰が話しているのか、人物どうしがどのような位置関係にあるのかを想像します。 落語では、登場人物の会話によって物語を進めることが多くあります。語り手が背景や人物の行動を説明することもありますが、会話と身振りによって、場所、出来事、人物関係を聞き手に想像させる点が大きな特徴です<ref name="JAC-rakugo-dialogue">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/tokucyo2.html |title=芸の特徴:会話構成による描写と展開 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 ただし、すべての落語が会話だけで進むわけではありません。説明を中心として物語を進める'''地噺'''(じばなし)もあります。また、会話を中心とする演目でも、場面や人物の事情を説明する語りが用いられます<ref name="JAC-rakugo-dialogue" />。 === 滑稽噺だけではない落語 === 「落語」という言葉から、笑いを生む短い物語だけを想像することがあります。しかし、落語で扱われる感情や題材は多様です。 落語には、次のような作品があります。 * 登場人物の失敗や勘違いによって笑いを生む噺 * 親子、夫婦、主人と奉公人などの人間関係を描く噺 * 幽霊、因縁、恨みなどを扱う怪談 * 商家、長屋、旅、遊廓などを舞台とする噺 * 武士、町人、職人、商人、僧侶などが登場する噺 * 現代の生活や社会を題材とする新作落語 落語の魅力は笑いだけではありません。人物の弱さ、欲、見栄、思いやり、悲しみなどを描き、聞き手に人物への共感や余韻を残す作品もあります。 === 「落語」と「落とし噺」 === 話の最後を、洒落、語呂合わせ、機転の利いた言葉などで締めくくる部分を、'''落ち'''または'''サゲ'''といいます。 「落語」という名称は、最後に落ちを持つ「落とし噺」に由来すると説明されています<ref name="JAC-rakugo-overview" />。 ただし、現在、落語と呼ばれる作品のすべてに明確な落ちがあるわけではありません。最後に落ちを持つ滑稽噺のほか、落ちのない人情噺もあります<ref name="JAC-rakugo-types" />。 したがって、落語を「最後に必ず落ちがある話」とだけ定義することは適切ではありません。落ちは落語の重要な特徴の一つですが、落語の範囲はそれだけでは説明できません。 === 講談との違い === 落語と[[講談]]は、どちらも一人の演者が高座で物語を演じる話芸です。 一般に、落語では人物の会話としぐさを中心として物語を進めることが多く、講談では語り手による説明と独特の調子を中心として物語を進めることが多いとされます<ref name="JAC-rakugo-dialogue" />。講談では、歴史にちなむ物語を、釈台と張り扇などを用いて読むことがあります<ref name="JAC-kodan-overview">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/index.html |title=講談:早わかり |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 {| class="wikitable" ! 落語 ! 講談 |- | 登場人物の会話を中心に進めることが多い | 語り手による説明を中心に進めることが多い |- | 扇子と手拭いなどを用いる | 釈台と張り扇などを用いることが多い |- | 顔の向きやしぐさによる人物の演じ分けを重視する | 声の調子や張り扇による物語の高揚を重視する |- | 庶民生活、滑稽、人情などを扱う作品が多い | 歴史上の人物や事件を扱う作品が多い |} この表は、両者の傾向を理解するための目安です。落語にも説明を中心とする地噺があり、講談にも人物の会話が多い演目があります。同じ題材が、落語と講談の双方で演じられることもあります。 == 高座と演じ方 == === 高座と座布団 === 落語家は、通常、着物を着て、高座に置かれた座布団の上に座って演じます。 座って演じることにより、観客の視線は演者の顔、上半身、手の動きへ集中します。足の動きはほとんど見えませんが、演者は腰を浮かせたり、上半身を動かしたりすることで、歩く、走る、立ち上がるといった動作を表すことがあります<ref name="JAC-rakugo-imagination">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/tokucyo5.html |title=芸の特徴:想像力を引き出す演出法 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 演者は一つの着物のまま、男性、女性、武士、町人、商人など、さまざまな人物を演じます。観客は、声、姿勢、しぐさなどの違いを手掛かりに、それぞれの人物を想像します。 === 扇子と手拭い === 落語で一般的に用いられる小道具は、扇子と手拭いです。 演者は、実際の箸、煙管、刀、財布、本などを高座へ持ち込む代わりに、扇子と手拭いを別の物に見立てます。 例えば、扇子は次のような物に見立てられます。 * 箸 * 煙管 * 釣り竿 * 包丁 * 刀 * 舟の竿や艪 手拭いは、次のような物に見立てられます。 * 本 * 手紙 * 財布 * 焼き芋 * 巾着 このように、限られた小道具を別の物として表現することを'''見立て'''といいます<ref name="JAC-rakugo-gesture">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/tokucyo4.html |title=芸の特徴:しぐさと小道具 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref><ref name="JAC-rakugo-imagination" />。 見立てでは、道具の形だけでなく、演者の手の位置、視線、重さの表現、使用する動作が重要です。 扇子を箸として使う場合には、料理をつまみ、口へ運ぶ動作をします。刀として使う場合には、柄を握り、刀身の長さを視線によって示します。同じ扇子であっても、演者の扱い方によって、観客には異なる物として見えるのです。 === しぐさと「仕方」 === 落語家は、人物の動作や心理を、身体の動きによって表します。 人物の行動や心理を示す身体表現を'''仕方'''と呼びます<ref name="JAC-rakugo-gesture" />。 落語で用いられる代表的なしぐさには、次のようなものがあります。 * 酒を飲む * 食べ物を食べる * 煙草を吸う * 本や手紙を読む * 文字を書く * 戸を開ける * 舟をこぐ * 釣りをする * 泣く * 酔う * 坂を上る * 遠くの人物へ呼びかける これらの動作は、現実の動きを完全に再現するものではありません。観客が何をしているか理解できるよう、必要な特徴を取り出して表現します。 例えば、食べ物を口へ運ぶ動作では、箸に見立てた扇子を使うだけでなく、料理の熱さ、硬さ、大きさ、味などを、表情や呼吸によって示すことがあります。 === 上手と下手 === 観客から見て舞台の右側を'''上手'''(かみて)、左側を'''下手'''(しもて)といいます。 落語では、演者が顔や視線の向きを変えることで、二人以上の人物を演じ分けます。 例えば、大家と八五郎が話す場面では、大家が上手側に、八五郎が下手側にいるという位置関係を設定できます。この場合、演者は大家を演じるときには下手側を見て、八五郎を演じるときには上手側を見て話します<ref name="JAC-rakugo-kamishimo">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/tokucyo3.html |title=芸の特徴:上手と下手を描き分ける |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 家の中を表現するときには、上手を座敷の奥や上座、下手を玄関側や下座として設定するのが一般的です。この約束を使うことで、大家と八五郎のような二人の位置関係を、顔の向きだけで観客へ示すことができます<ref name="JAC-rakugo-kamishimo" />。 重要なのは、演者が設定した人物の位置関係を一貫して保ち、観客が会話の相手を見失わないようにすることです。 === 声、表情、視線 === 人物の演じ分けには、顔の向きだけでなく、次のような要素も用いられます。 * 声の高さ * 声の大きさ * 話す速度 * 言葉遣い * 姿勢 * 表情 * 視線 * 呼吸 * 間 子ども、老人、武士、町人、商人、酔った人物などは、それぞれ異なる声や姿勢で表現されます。 遠くにいる人物へ呼びかける場面では、声を大きくし、視線を遠くへ向けます。近くにいる人物へ話す場面では、声量を抑え、視線の角度も変えます。 坂道を上る場面では少し上を見ながら歩くしぐさをするなど、視線は、見えない場所や物の位置を示す働きも持ちます<ref name="JAC-rakugo-imagination" />。 === 間 === 落語における'''間'''(ま)は、単に言葉が途切れている時間ではありません。 間には、次のような働きがあります。 * 人物が考えていることを示す * 驚きや戸惑いを表す * 次の言葉への期待を高める * 観客が情景を想像する時間を作る * 笑いが収まるのを待つ * 緊張を高める * 人物どうしの距離や関係を示す 同じ台詞でも、どこで言葉を止めるか、どの程度待つかによって、意味や印象が変わります。 観客の笑いや反応も、高座の間に影響します。録音された落語と実演とでは、同じ演者・同じ演目であっても、間の取り方が異なることがあります。 === 観客の想像力 === 落語では、舞台上に家、長屋、店、舟、山、海などの装置は置かれません。人物の衣裳や小道具も、現実の場面どおりには用意されません。 そのため、落語の情景は、演者と観客が共同で作ります。 演者が戸を開けるしぐさをすれば、観客はそこに見えない戸を想像します。扇子で刀を表現すれば、観客は扇子そのものではなく、刀の長さや重さを想像します。 落語では、舞台装置がないからこそ、一つのしぐさが多くの場所や物を表すことができます。舞台装置や扮装を用いない落語では、観客の想像力が重要です<ref name="JAC-rakugo-imagination" />。 == 噺の構成 == 落語は、一般に'''マクラ'''、'''本題'''、'''サゲ'''という流れで説明されます。 ただし、すべての高座が厳密に三つへ分かれているわけではありません。作品や演者によって、マクラの長さ、導入方法、結末の付け方は異なります。 === マクラ === 落語家は、通常、いきなり本題を始めるのではなく、世間話、小咄、本題に関係する説明などから話し始めます。この本題前の部分を'''マクラ'''といいます<ref name="JAC-rakugo-structure">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/tokucyo1.html |title=芸の特徴:マクラ+本題+サゲで構成 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 マクラには、次のような働きがあります。 * 観客の緊張を解く * 会場の雰囲気をつかむ * 観客の年齢や反応を確かめる * 本題の時代や場所を説明する * 古い言葉や制度を説明する * 演目の主題に関係する小咄を話す * 本題の登場人物や状況を理解しやすくする * その日に演じる演目を選ぶ手掛かりにする 寄席では、演目が事前に発表されないことがあります。落語家は、前の演者が何を演じたか、観客がどのような反応を示したかなどを考えながら、その日に演じる噺を選ぶことがあります<ref name="JAC-rakugo-structure" />。 また、現代では意味の分かりにくい言葉や制度を、マクラの中で自然に説明することもあります。 マクラの内容は、本題と直接関係するとは限りません。時事的な話題、演者自身の経験、会場や季節に関係する話などから、本題へ移ることもあります。 === 小咄 === '''小咄'''(こばなし)は、短い笑い話です。 マクラの中で観客を笑わせるために使われる場合もあれば、それ自体が短い落とし噺として演じられる場合もあります。 小咄では、少ない登場人物と簡潔な状況説明によって、短時間で落ちへ進みます。落語の基本である会話、人物の演じ分け、間、落ちの仕組みを学ぶ教材としても適しています。 歴史的には、笑話集や小咄の伝承が、落語の成立と発展に関係しました。 === 本題 === マクラから続く中心的な物語を'''本題'''といいます。 本題では、登場人物の会話、行動、語り手による説明などを組み合わせ、事件や人間関係を展開します。 演者は、もとの噺を一字一句そのまま暗唱するとは限りません。同じ演目であっても、次のような違いが生まれます。 * 台詞の言葉遣い * マクラから本題へ入る方法 * 登場人物の性格 * 詳しく演じる場面 * 省略する場面 * 古い制度や言葉の説明 * 笑いを加える場所 * 結末の表現 * 全体の長さ 寄席では持ち時間に応じて場面を短くすることがあり、独演会などでは長い形で演じることもあります。 同じ演目を複数の落語家で聞き比べると、物語の骨格を共有しながら、演者ごとに異なる構成や人物像が作られていることが分かります。 === サゲ・落ち === 本題の最後を、洒落、語呂合わせ、誤解、意外な言葉、機転などによって締めくくる部分を、'''サゲ'''または'''落ち'''といいます<ref name="JAC-rakugo-structure" />。 サゲには、物語を終わらせるだけでなく、次のような働きがあります。 * それまでの出来事を別の意味に見せる * 登場人物の勘違いを明らかにする * 言葉の二つの意味を結びつける * 緊張した場面を笑いへ変える * 物語の主題を短い言葉でまとめる * 観客へ余韻を残す サゲを理解するためには、古い言葉、商売、時刻、貨幣、生活習慣などの知識が必要となることがあります。マクラでそうした知識を説明するのは、サゲを理解しやすくするためでもあります。 === 落ちのない噺 === 落語には、明確な落ちを持たない作品もあります。 特に人情噺では、親子や夫婦などの情愛、人物の改心、別れ、再会などが物語の中心となり、感動や余韻を残して終わることがあります<ref name="JAC-rakugo-types" />。 また、長編作品の一部分だけを一席として演じる場合には、物語全体の結末まで進まず、その日の区切りとなる場面で終えることもあります。 したがって、落語を鑑賞するときには、最後の一言に明確な洒落があるかどうかだけで、作品を評価する必要はありません。 === 落ちの分類 === 落ちには、言葉遊び、人物の考え違い、物の見立て、しぐさなどを利用したさまざまな型があります。 しかし、落ちの分類名や分類数は、辞典、研究書、演者によって異なります。一つの落ちに複数の性質がある場合もあります。 この教材では、落ちに複数の型があることを理解するにとどめ、細かな分類は発展学習で扱います。 落ちを分析するときには、名称を当てはめることだけでなく、次の点を考えます。 * どの言葉や出来事が伏線になっていたか * 聞き手がどのような結末を予想していたか * 最後の言葉によって意味がどう変わったか * 登場人物の誰が状況を理解していないか * 落ちを別の言葉に変えても作品が成立するか === 言い立てとオウム返し === 落語には、長い言葉や名前などを、調子よく一息に述べる'''言い立て'''が用いられることがあります。 『寿限無』の長い名前や、『金明竹』に登場する聞き慣れない言葉の連続などは、言い立てを生かした例として知られています。 また、ある人物が聞いた言葉を、意味を十分に理解しないまま別の人物へ伝え、内容が変化したり混乱したりする構成を、オウム返しと呼ぶことがあります。 言い立てやオウム返しでは、次のような技能が求められます。 * 明瞭な発音 * 呼吸 * 一定の調子 * 言葉の速度 * 人物ごとの理解の違い * 同じ言葉を繰り返すことによる笑い これらは、前座が発声や人物の演じ分けを学ぶための噺にも多く見られます。 == 落語の歴史 == 落語は、ある一人の人物によって一度に作られた芸能ではありません。古くから伝えられた滑稽な説話、僧侶の説教、御伽衆による語り、小咄、都市の大道や座敷で行われた噺、寄席興行など、複数の語りの文化が関係しながら発達しました。 === 説話・説教と笑い話 === 平安時代や鎌倉時代に成立した『今昔物語集』『宇治拾遺物語』などの説話集には、失敗、勘違い、欲、機知などを扱った滑稽な話が収められています。こうした話の中には、僧侶が仏教の教えを分かりやすく説くために、説教の題材として用いたものもあったと考えられています<ref name="JAC-rakugo-history1">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index1.html |title=落語の歴史:笑い話を楽しむ |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 説教に笑い話を取り入れることには、聞き手の注意を引き、難しい内容を理解しやすくする働きがありました。笑いは単なる娯楽としてではなく、教訓や因果応報を伝えるためにも用いられました。 この段階の説話や説教を、そのまま現在の落語と同じ芸能と考えることはできません。しかし、短い物語を語り、最後に意外な結末を置き、聞き手を笑わせる方法は、後の小咄や落とし噺へつながる要素となりました。 === 御伽衆と安楽庵策伝 === 戦国時代から近世初期にかけて、大名のそばで書物を講釈し、話し相手を務める'''御伽衆'''(おとぎしゅう)が活動しました。 浄土宗の僧であった'''安楽庵策伝'''(あんらくあんさくでん、1554年–1642年)は、笑話集『醒睡笑』(せいすいしょう)を著しました。同書には、策伝が聞き集めたとされる多数の笑い話が収録され、その多くは結末に落ちを備えています<ref name="JAC-rakugo-history1" />。 『醒睡笑』には、現在の小咄や落語と共通する型を持つ話も含まれるため、策伝は「落語の祖」と呼ばれることがあります。 ただし、策伝が現在の落語家のように、寄席で不特定多数の観客から料金を取って落語を演じていたわけではありません。策伝は、笑話を収集・記録し、説教や話術に用いた人物として、落語の前史に位置づけるのが適切です。 === 落語家の祖とされる人々 === 元禄期頃には、京都、大坂、江戸で、聴衆を相手に滑稽な噺を演じる人々が現れました。 代表的な人物として、次の三人が挙げられます。 * 京都の'''露の五郎兵衛''' * 大坂の'''米沢彦八''' * 江戸の'''鹿野武左衛門''' 露の五郎兵衛は、京都の四条河原や北野などの大道で噺を演じました。米沢彦八は、大坂の生玉神社境内などで、小屋掛けによる辻噺を行って人気を集めました。鹿野武左衛門は、江戸で武家や町人の屋敷へ招かれ、酒席などで噺をする'''座敷噺'''で評判を得ました<ref name="JAC-rakugo-history2">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index2.html |title=落語の歴史:落語家のはじまり |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この三人は、不特定多数の聴衆を相手にしたり、料金を受け取って噺を演じたりしたことから、落語家の祖と呼ばれています。 ただし、三人の活動方法は同じではありません。京都・大坂では大道や寺社境内での辻噺、江戸では屋敷などでの座敷噺が中心でした。落語家の始まりを、一人の人物や一つの地域に限定することはできません。 === 辻噺と上方落語の道具 === 京都・大坂の辻噺では、大道を通る人の足を止め、噺を聞かせる必要がありました。 上方落語で用いられることのある'''見台'''(けんだい)と'''小拍子'''(こびょうし)は、こうした大道芸の名残と説明されています。演者は小拍子で見台を打ち、音を出して人を集めたり、噺に調子を付けたりしました<ref name="JAC-rakugo-history2" />。 ただし、現在のすべての上方落語で、見台や小拍子が必ず使われるわけではありません。使用するかどうかは、演目や演者によって異なります。 === 江戸落語の再興 === 18世紀後半の天明・寛政期には、江戸で落とし噺が再び盛んになりました。 大工を本業とし、狂歌師・戯作者としても活動した'''初代烏亭焉馬'''は、天明6年(1786年)に新作落とし噺の会を開きました。その後も会が継続して開かれたため、焉馬は「江戸落語中興の祖」と呼ばれています<ref name="JAC-rakugo-history3">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index3.html |title=落語の歴史:興行としての成立 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 焉馬の会は、落とし噺を作り、発表し、批評し合う文化を育てました。この時期には、職業落語家だけでなく、狂歌師、戯作者、商人、職人なども落とし噺の制作や発表に参加しました。 === 寄席興行の成立 === 寛政期になると、江戸では浄瑠璃、小唄、軍書読み、説教、落とし噺など、さまざまな芸を演じて聴衆から席料を取る場が生まれました。このような場所は、'''寄せ場'''または'''寄せ'''と呼ばれ、後の寄席へつながりました<ref name="JAC-rakugo-history3" />。 寛政3年(1791年)には、大坂の岡本万作が江戸へ下り、落語の寄席興行を行いました。寛政10年(1798年)には、櫛職人であった'''初代三笑亭可楽'''も寄席興行を始めました。 可楽は、聴衆から三つの言葉を出してもらい、それらを用いて即興で一席を作る'''三題噺'''や、即席噺によって人気を集めました。また、多くの弟子を育てたことから、江戸における職業落語家の元祖と位置づけられています<ref name="JAC-rakugo-history3" />。 寄席の成立によって、落語は一人の演者が座敷や大道で行う芸から、複数の演者が順番に出演し、継続的に興行する芸能へ変化しました。 === 上方の寄席と一門 === 上方落語協会は、寛政期に初代桂文治が寄席を開き、落語を演じたと説明しています。その後、桂、笑福亭、林家、月亭など、後世へ続く亭号を名乗る落語家が現れました<ref name="Kamigata-history">{{Cite web |url=https://kamigatarakugo.jp/history/ |title=上方落語協会の歴史 |work=公益社団法人上方落語協会 |publisher=公益社団法人上方落語協会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 江戸・東京と上方では、それぞれの都市文化に応じた噺や演出が発達しました。一方で、演目や演者は両地域を移動し、互いに影響を与えました。 === 文化・文政期の隆盛 === 文化・文政期には江戸の落語が大きく発展し、多数の寄席が営業しました。この時期には、現在の落語から想像される素噺だけでなく、音楽、道具、人形、仕掛け、芝居的なしぐさなどを用いる多様な芸が演じられました<ref name="JAC-rakugo-history4">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index4.html |title=落語の歴史:江戸落語のにぎわい |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 初代三遊亭圓生は、役者の身振りを取り入れ、三味線や太鼓などの鳴り物を加えた芝居噺を発達させました。 初代船遊亭扇橋は、浄瑠璃などの節調を生かした音曲噺で知られました。 初代林屋正蔵は、人形や仕掛けを用いた怪談噺で人気を集めました。 この時期の寄席は、落語だけを静かに聞く場所ではなく、音曲、物真似、仕掛け、視覚的な芸などを組み合わせた総合的な演芸の場でした。 === 天保の改革と寄席 === 天保12年から14年(1841年–1843年)に行われた天保の改革では、倹約と風俗取り締まりが進められました。 江戸市中に多数あった寄席は大幅に制限されましたが、改革を主導した水野忠邦が失脚すると規制は緩み、寄席は再び増加しました<ref name="JAC-rakugo-history4" />。 この出来事から、落語や寄席が政治・社会の状況から独立した存在ではなく、統制や経済状況の影響を受けながら運営されてきたことが分かります。 === 三遊亭圓朝 === 幕末から明治時代にかけて活動した'''三遊亭圓朝'''は、近代落語の歴史で重要な人物です。 圓朝は、若い頃には歌舞伎の書割、三味線、太鼓などを用いた芝居仕立ての鳴り物入り道具噺で人気を得ました。 その後、自ら噺を創作するようになり、 * 『真景累ヶ淵』 * 『怪談牡丹灯籠』 * 『塩原多助』 などの長編作品を生み出しました。これらの作品は、落語だけでなく、講談、浪曲、演劇などにも取り入れられました<ref name="JAC-rakugo-history5">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index5.html |title=落語の歴史:明治の新しい笑い |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 圓朝の作品には、怪異だけでなく、金銭、身分、家族、裏切り、因果などを複雑に組み合わせたものがあります。一席で完結する短い滑稽噺とは異なり、複数回に分けて演じる長編の人情噺・怪談噺として発達しました。 === 道具噺から素噺へ === 明治政府が寄席における演劇に似た演出を制限すると、圓朝は道具や鳴り物を用いる噺を弟子に譲り、扇子と手拭い以外の道具をほとんど用いない'''素噺'''(すばなし)へ移りました<ref name="JAC-rakugo-history5" />。 素噺では、声、言葉、表情、しぐさ、間によって、人物と情景を表さなければなりません。圓朝は長編の複雑な物語を素噺として演じ、後進の落語家にも大きな影響を与えました。 ただし、圓朝が一人で現在の落語の形式を完成させたと考えるのは適切ではありません。素噺は多くの演者によって発展し、同時に音曲噺、芝居噺、怪談噺なども伝えられました。 === 明治の滑稽噺と新作 === 明治維新後の東京には各地から多くの人々が移り住み、分かりやすく笑いの多い滑稽噺も好まれるようになりました<ref name="JAC-rakugo-history5" />。 初代三遊亭圓遊は、「ステテコ踊り」などの滑稽な演技で人気を集め、時事的な話題を取り入れた改作・新作落語も演じました。 古典落語と新作落語は、完全に分離して発展したものではありません。演者は古くからの噺を改作し、時事的な言葉や新しい生活を取り入れながら演じました。 === 速記と出版 === 明治時代には速記術が発達し、落語家の口演を文章として記録できるようになりました。 三遊亭圓朝などの口演速記は、新聞や書籍に掲載されました。これにより、寄席へ行けない人も落語の物語を読むことができ、長編作品を保存・再読することも可能になりました<ref name="JAC-media">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/geino/index6.html |title=芸能全体:新メディアの出現 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 圓朝の口演速記は、話し言葉に近い文章を作ろうとした明治期の言文一致運動とも関係したとされています<ref name="JAC-media" />。 ただし、速記された文章が、高座で実際に話された言葉を完全にそのまま保存しているとは限りません。速記者による記録、新聞・出版社による編集、読み物としての整理などが加えられる場合があります。 === 落語研究会と芸の保存 === 明治後期には、笑いの多い滑稽噺が寄席で人気を集める一方、三遊亭圓朝以来の人情噺や本格的な話芸を保存しようとする動きも生まれました。 その一つが落語研究会です。落語研究会では、演目や演じ方を研究し、寄席とは異なる環境で一席を聞かせる試みが行われました<ref name="JAC-rakugo-history6">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index6.html |title=落語の歴史:時代の急変と落語 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 寄席では、多数の演者が限られた持ち時間で出演します。落語研究会や後のホール落語では、一つの演目を比較的長く演じることが可能となり、人情噺や長い古典演目を保存する場ともなりました。 === 東西交流と演目の移入 === 大正時代には、東京と上方の落語家の交流が盛んになりました。上方で演じられていた落語が東京へ移され、東京の言葉、地名、生活習慣に合わせて改作されることもありました<ref name="JAC-rakugo-history6" />。 同じ物語であっても、 * 大坂のうどん屋が江戸のそば屋に変わる * 上方の地名が東京の地名に置き換えられる * 方言や人物の言葉遣いが変わる * 見台や鳴り物を用いる演出が素噺へ変わる * 結末や一部の場面が変更される といった違いが生まれます。 演目の移入は、元の噺を単に複製することではありません。それぞれの土地の観客に伝わるように、噺を作り替える活動でもあります。 === レコードとラジオ === 大正時代から昭和初期にかけて、蓄音器とSPレコードが普及し、落語家の口演が音声として記録・販売されました。 レコードには収録時間の制限があるため、長い演目を短くしたり、一部分だけを録音したりする必要がありました。その一方で、演者の声、調子、間を後世に残すことが可能になりました<ref name="JAC-rakugo-history6" /><ref name="JAC-media" />。 大正14年(1925年)にラジオ放送が始まると、落語も放送されました。当初、寄席の興行関係者には、家庭で落語を聞けるようになると寄席の観客が減るのではないかという懸念がありました。 しかし、放送を通じて落語家への関心が高まり、寄席へ足を運ぶ人が増える効果もあったとされています<ref name="JAC-rakugo-history6" />。 === 災害・不況・戦争 === 大正12年(1923年)の関東大震災、昭和初期の不況、太平洋戦争は、寄席や落語家の活動に大きな影響を与えました<ref name="JAC-rakugo-history6" />。 戦時色が強まると、遊廓を舞台とする廓噺など、時局にふさわしくないと落語家側が判断した53席の演目が、'''禁演落語'''として口演を自粛されました。 東京の本法寺には、禁演となった落語の台本を納め、演目と先人を弔うために建立された「はなし塚」があります<ref name="JAC-rakugo-history6" />。 禁演落語は、作品の内容が芸術的に劣るため禁止されたものではありません。戦争下の社会的圧力と自主規制によって、特定の生活、職業、欲望、遊興を描く作品が演じにくくなった例です。 落語の歴史を考えるときには、何が演じられたかだけでなく、何が演じられなくなったかにも注目する必要があります。 === 戦後のラジオとホール落語 === 戦後、民間ラジオ局が開局すると、落語は放送番組の重要な演目となりました。八代目桂文楽、五代目古今亭志ん生、三代目三遊亭金馬などが、放送を通して広く知られるようになりました<ref name="JAC-rakugo-history7">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index7.html |title=落語の歴史:広がる口演の場 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 寄席以外の劇場や会館で行う'''ホール落語'''も増えました。ホール落語では、演者や演目をあらかじめ決め、独演会、二人会、特定の主題による公演など、寄席とは異なる番組を組むことができます。 寄席、放送、ホールは、互いに排他的な場ではありません。放送で落語家を知った人が寄席へ行くことや、寄席で芸を磨いた落語家がホールや放送へ出演することもあります。 === テレビと口演場所の広がり === テレビ放送が普及すると、落語家は落語の口演だけでなく、司会、演芸番組、バラエティー番組などにも出演するようになりました。 一方、テレビで知られる落語家の人物像と、高座で落語を演じる際の芸は同じではありません。落語家を調べるときには、テレビ出演だけでなく、どのような演目を受け継ぎ、どのような高座を行ったかも確認する必要があります。 現在、落語は寄席だけでなく、大小のホール、飲食店、寺院など、さまざまな場所で演じられています。録音、映像、放送などによって、高座を直接見ることのできない人も落語を聞けるようになりました<ref name="JAC-rakugo-history7" />。 落語は、古い噺を固定した形で保存するだけの芸能ではありません。伝承された噺を基礎に、演者が新しい言葉、生活、観客、媒体に応じて演じ直すことによって継承されています。 === 時代の流れ === {| class="wikitable" ! 時期 ! 主な動き |- | 古代・中世 | 説話集に滑稽な話が収められ、僧侶の説教などにも笑話が用いられました。 |- | 戦国時代から近世初期 | 御伽衆が大名へ書物や物語を語り、安楽庵策伝が笑話集『醒睡笑』をまとめました。 |- | 元禄期 | 京都の露の五郎兵衛、大坂の米沢彦八、江戸の鹿野武左衛門が、辻噺・座敷噺で評判を得ました。 |- | 天明・寛政期 | 烏亭焉馬が落とし噺の会を開き、岡本万作や初代三笑亭可楽らによって寄席興行が発達しました。 |- | 文化・文政期 | 寄席が増え、芝居噺、音曲噺、怪談噺など、多様な演目と演出が発達しました。 |- | 天保期 | 天保の改革によって寄席が大幅に制限されましたが、その後再び増加しました。 |- | 幕末・明治期 | 三遊亭圓朝が長編人情噺・怪談噺を創作し、道具噺から素噺へ展開しました。速記本も普及しました。 |- | 明治後期・大正期 | 落語研究会、東西の演目交流、レコードなどによって、芸の保存と普及が進みました。 |- | 昭和戦前期 | ラジオ放送が始まる一方、震災、不況、戦争の影響を受け、禁演落語の自粛も行われました。 |- | 戦後 | 民間ラジオ、ホール落語、テレビなどへ活動の場が広がりました。 |- | 現代 | 寄席、ホール、飲食店、寺院、録音・映像など、さまざまな場と媒体で落語が演じられています。 |} == 江戸・東京落語と上方落語 == 落語は、江戸・東京と、京都・大阪を中心とする上方の双方で発達しました。 江戸時代の江戸で発達した落語を'''江戸落語'''、明治時代以後を含めて東京で受け継がれてきた落語を'''東京落語'''と呼びます。京都・大阪を中心として発達した落語は、'''上方落語'''と呼ばれます。 両者には、言葉、演目、道具、音楽、演出などに違いがあります。一方、多くの演目が東西の間を移動し、それぞれの土地に合わせて改作されてきました。 したがって、両者を完全に別々の芸能として考えるのではなく、独自の特徴を持ちながら交流を続けてきた二つの大きな伝承として理解する必要があります<ref name="JAC-rakugo-eastwest">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/rakugo.html |title=江戸落語と上方落語:上方落語の魅力とは |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 === 言葉と舞台 === 江戸・東京落語では、江戸・東京の言葉、地名、商売、生活習慣などが使われます。上方落語では、大阪や京都などの言葉と土地が物語の背景になります。 同じ基本的な物語が東西で演じられる場合でも、次のような違いが生まれることがあります。 * 登場人物の言葉遣い * 人物や商売の呼び名 * 地名や旅の経路 * 食べ物 * 店や長屋の様子 * 季節の行事 * サゲ * 物語の一部の場面 * 演じる時間 * 音楽や道具の使い方 上方から江戸・東京へ演目が移された場合、上方の地名や言葉をそのまま残すのではなく、東京の観客が理解しやすいように、舞台、食べ物、言葉などが置き換えられることがあります。 反対に、東京で演じられた噺が上方へ移され、上方の言葉や文化に合わせて改作されることもあります。 演目の題名が異なっていても、基本となる筋が共通している場合があります。題名が同じでも、東西で登場人物や細部が異なることもあります。 === 見台、膝隠し、小拍子 === 上方落語では、演目によって、演者の前に'''見台'''と呼ばれる小さな机を置くことがあります。 見台の手前には、演者の膝や足元を隠す'''膝隠し'''が置かれます。見台の上には、手の中に収まる小さな拍子木である'''小拍子'''が置かれ、演者がこれを打って音を出します<ref name="JAC-rakugo-eastwest" />。 小拍子には、次のような働きがあります。 * 語りに調子を付ける * 場面の変化を示す * 時間の経過を表す * 人物の行動を強調する * 観客の注意を引く * 噺をにぎやかにする 見台と小拍子は、上方で行われた辻噺の名残といわれています<ref name="JAC-rakugo-history2" />。 ただし、すべての上方落語家が、すべての演目で見台・膝隠し・小拍子を用いるわけではありません。道具を使わず、座布団、扇子、手拭いを中心として演じる場合もあります。 === ハメモノ === 上方落語には、噺の途中に三味線、太鼓、笛などの音を加える演目があります。このように、場面に合わせて入れられる音楽や効果音は、'''ハメモノ'''と呼ばれます。 例えば、旅の場面では、登場人物が陽気に歩いている様子を音楽で表すことがあります。座敷、祭り、遊興などの場面でも、三味線や太鼓によって、その場所の雰囲気が作られます<ref name="JAC-rakugo-eastwest" />。 ハメモノには、次のような働きがあります。 * 場面の雰囲気を作る * 登場人物の移動を表す * 旅の楽しさを表す * 座敷や祭りのにぎわいを表す * 芝居のような場面を作る * 噺の速度や調子を変える ハメモノは、演者一人だけで成立するものではありません。三味線、太鼓、笛などを担当する演奏者との呼吸が必要です。 ただし、ハメモノも、すべての上方落語で使用されるわけではありません。 === 東京落語の演出 === 江戸・東京落語では、一般に、座布団、扇子、手拭いを中心とする簡潔な形で演じられることが多くあります。 ただし、江戸・東京落語が、歴史を通じて常に道具や音楽を用いなかったわけではありません。江戸時代後期には、道具、書割、人形、鳴り物などを使う芝居噺や怪談噺も盛んに演じられました。 現在でも、芝居噺や特別な演出を伴う公演では、道具や鳴り物が使用されることがあります。 したがって、「東京落語は道具や音楽を一切使わず、上方落語は必ず使う」という区別は適切ではありません。現在の高座で見られる代表的な傾向として理解しましょう。 === 地域差の比較表 === {| class="wikitable" ! 項目 ! 江戸・東京落語 ! 上方落語 |- | 主な発展地域 | 江戸・東京 | 京都・大阪を中心とする上方 |- | 言葉 | 江戸・東京の言葉 | 大阪・京都などの言葉 |- | 主な道具 | 扇子、手拭い | 扇子、手拭いに加え、見台、膝隠し、小拍子を使うことがある |- | 音楽 | 素噺では噺の途中に音楽を入れないことが多い | ハメモノを入れる演目がある |- | 歴史的な演技場所 | 座敷噺、寄席など | 辻噺、寄席など |- | 演目 | 上方から移された演目を含む | 東京へ移された演目を含む |- | 修業制度 | 前座・二ツ目・真打の階級がある | 文化デジタルライブラリーでは、東京のような階級制度はないと説明されている |} この表は代表的な違いを示すもので、すべての演目・演者へ例外なく当てはまる規則ではありません。 == 演目の種類 == 落語には数多くの演目があり、その分類方法も一つではありません。 演目は、 * いつ、どのように作られたか * 笑いと人情のどちらを中心とするか * どのような演出を用いるか * どのような人物が登場するか * どのような場所を舞台とするか * 一席で終わるか、長編であるか など、複数の観点から分類できます<ref name="JAC-rakugo-types" />。 一つの演目が、「古典落語」「滑稽噺」「長屋噺」「季節の噺」のすべてに当てはまることもあります。以下の分類は、演目を理解するための目安です。 === 古典落語 === 長い年月にわたって、多くの落語家によって受け継がれてきた演目を、一般に'''古典落語'''と呼びます。 古典落語は、古い文章を一字一句変えずに保存したものではありません。演者は、その時代の観客に伝わるように、言葉、説明、登場人物の描き方、演じる時間などへ工夫を加えてきました<ref name="JAC-rakugo-classic-new">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku1.html |title=主な演目と種類:古典と新作 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 古典落語には、江戸時代に成立した噺だけでなく、明治時代以後に作られ、長く演じ継がれて古典として扱われるようになった作品もあります。 そのため、江戸時代に作られたものだけが古典落語であると、年代だけで区切ることはできません。 === 新作落語・創作落語 === 落語家や作家が新しく作った落語は、'''新作落語'''または'''創作落語'''と呼ばれます<ref name="JAC-rakugo-classic-new" />。 新作落語では、現代の家庭、学校、会社、交通、通信、科学技術など、古典落語には登場しない題材を扱うことができます。 新作落語には、 * 現代の日常生活を扱う作品 * 社会問題を扱う作品 * 歴史上の人物を新しい視点で描く作品 * 空想・未来などを扱う作品 * 古典落語を現代的に改作した作品 * 作者や演者自身の経験をもとにした作品 などがあります。 新作落語は、古典落語より新しいというだけで、価値が低いわけではありません。繰り返し演じられ、別の落語家へ受け継がれることで、将来は古典として扱われる可能性もあります。 === 滑稽噺 === 登場人物の失敗、勘違い、欲、見栄、無知、そそっかしさなどから笑いを生む噺を、'''滑稽噺'''(こっけいばなし)と呼びます。 滑稽噺には、最後に明確な落ちが置かれるものが多くあります。 ただし、笑いだけを目的とするとは限りません。登場人物の失敗を通して、人間の弱さや社会の仕組みを描く作品もあります。 === 人情噺 === 親子、夫婦、兄弟、主人と奉公人などの人間関係や、人物の喜怒哀楽を中心として描く噺を、'''人情噺'''(にんじょうばなし)と呼びます。 人情噺には明確な落ちを持たず、感動や余韻を残して終わる作品があります。一方、笑いより人間の感情を中心とする作品であれば、落ちがあっても人情噺と呼ばれることがあります<ref name="JAC-rakugo-types" />。 滑稽噺と人情噺の境界は、必ずしも明確ではありません。一つの演目に笑いと人情の両方が含まれる場合もあります。 === 怪談噺 === 幽霊、祟り、因縁、恨み、怪異などを扱う落語を、'''怪談噺'''と呼びます。 怪談噺では、恐ろしい出来事だけでなく、欲、裏切り、嫉妬、復讐など、人間の行動が怪異を生む過程を描くことがあります。 三遊亭圓朝の『真景累ヶ淵』『怪談牡丹灯籠』などには、多数の人物と事件が登場し、複数回に分けて演じられる長編作品があります。 怪談噺には、声と間だけで恐怖を表現するもののほか、道具、照明、人形、鳴り物などを用いた演出もありました。 === 芝居噺 === 歌舞伎の台詞、身振り、音楽、立ち回りなどを落語へ取り入れたものを、'''芝居噺'''と呼びます。 芝居噺には、歌舞伎の場面を滑稽にまねるものや、長編人情噺の終盤を、鳴り物と七五調の台詞によって歌舞伎のように演じる正本芝居噺があります<ref name="JAC-rakugo-types" />。 芝居噺では、落語家一人の話術だけでなく、鳴り物、道具、後見など、他の演者との協力が必要となることがあります。 === 音曲噺 === 歌、浄瑠璃、三味線などの音曲を取り入れた落語を、'''音曲噺'''と呼びます。 音曲噺では、登場人物が歌や浄瑠璃を披露したり、演者が音楽を用いて人物や場面を描いたりします。 すべての落語家が同じ音曲を演じるわけではなく、演者の得意分野や一門の芸によって内容が異なります。 === 地噺 === 人物の会話よりも、語り手による説明を中心に進める落語を、'''地噺'''と呼びます。 地噺では、演者が物語を説明しながら、必要に応じて会話、しぐさ、時事的な話題などを加えます。 落語は会話を中心とすることが多い芸能ですが、すべての作品が同じ構成ではないことを示す形式です。 === 舞台・題材による分類 === 落語は、物語の舞台や登場人物によっても分類されます。 {| class="wikitable" ! 分類 ! 主な舞台・題材 |- | 長屋噺 | 長屋の住人、大家、職人など |- | お店噺 | 大きな商家、主人、番頭、手代、丁稚など |- | お寺噺 | 寺、僧侶、和尚、修行僧など |- | 大名噺 | 大名、武士、町人と武家の交流など |- | 旅噺 | 街道、宿場、旅籠、参詣など |- | 廓噺 | 遊廓、遊女、客、若い衆など |- | お裁き噺 | 奉行所、裁判、訴えなど |- | 季節の噺 | 正月、節分、花見、夏、祭り、年末など |} この分類も互いに排他的ではありません。 例えば、商家で働く人物が旅へ出る噺は、お店噺であると同時に旅噺とも考えられます。長屋を舞台とし、花見を扱う作品は、長屋噺であると同時に季節の噺でもあります。 === 一席物と長編 === 一回の高座で物語がまとまる作品を、ここでは'''一席物'''と呼びます。 一方、人情噺や怪談噺には、長い物語を複数の部分に分けて演じる作品があります。これらは長編落語、連続物などと呼ばれます。 長編の一部分が、独立した一席として演じられることもあります。その場合、物語全体の結末まで進まず、その部分だけで区切られます。 演目を調べる際には、同じ題名であっても、 * 長編全体の題名か * 長編中の一部分の題名か * 独立した一席か * 演者によって題名が違うか を確認する必要があります。 == 代表的な演目 == 落語には非常に多くの演目があります。 ここで取り上げる演目は、人気や芸術的価値の順位を示すものではありません。落語の演じ方、登場人物、舞台、分類の違いを学ぶための例です。 {| class="wikitable" ! 演目 ! 主な分類 ! 学習上の着眼点 |- | 『寿限無』 | お寺噺・滑稽噺 | 言い立て、繰り返し、長い名前 |- | 『こんにゃく問答』 | お寺噺・滑稽噺 | しぐさ、見立て、勘違い |- | 『小言幸兵衛』 | 長屋噺・滑稽噺 | 大家と借家人、人物の妄想 |- | 『百年目』 | お店噺・人情を含む噺 | 番頭と奉公人、花見、上下関係 |- | 『千両みかん』 | お店噺・滑稽噺 | 季節、商品の価値、人物の思い込み |- | 『妾馬』 | 大名噺・人情を含む噺 | 身分差、言葉遣い、見えない人物 |- | 『大山詣り』 | 旅噺・滑稽噺 | 参詣、旅、髪形、集団の演じ分け |- | 『宿屋の仇討』 | 旅噺・滑稽噺 | 宿屋、人物の対照、話の逆転 |} === 『寿限無』 === 『寿限無』は、子どもの長寿と幸福を願った父親が、寺の和尚へ名前を相談する噺です。 和尚は縁起のよい言葉をいくつも挙げます。父親は一つに決められず、すべてをつなげた非常に長い名前を子どもに付けてしまいます<ref name="JAC-rakugo-jugemu">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s1.html |title=お寺噺『寿限無』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 『寿限無』では、長い名前を明瞭に、一定の調子で読む言い立てが重要です。 演者によって、長い名前の一部の言葉、発音、区切り方などが異なることがあります。名前の全文を暗記するだけでなく、 * どこで息を継ぐか * 同じ名前を人物ごとにどう言い分けるか * 繰り返すたびに速度や感情がどう変わるか * 名前を言っている間に物語がどう進むか に注目しましょう。 === 『こんにゃく問答』 === 『こんにゃく問答』は、寺の和尚となったものの経文も問答も知らない男の代わりに、こんにゃく屋の六兵衛が修行僧と問答をする噺です。 六兵衛と修行僧は、声を出さず、手のしぐさだけで問答を行います。修行僧は六兵衛のしぐさを仏教上の深い意味として解釈しますが、六兵衛はこんにゃくの形や値段について話しているつもりでした<ref name="JAC-rakugo-konnyaku">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s2.html |title=お寺噺『こんにゃく問答』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この噺では、同じしぐさが二人の人物によって別の意味に解釈されることから笑いが生まれます。 声を使わず人物をどう演じ分けるか、修行僧と六兵衛の表情がどう違うか、観客がそれぞれの解釈をいつ理解するかに注目しましょう。 === 『小言幸兵衛』 === 『小言幸兵衛』は、長屋の家主である幸兵衛が、家を借りに来た人物へ必要以上の質問と小言を重ねる噺です。 幸兵衛は相手の家族や商売を聞くうちに、まだ起きてもいない将来の問題を想像し、話を大きく広げてしまいます<ref name="JAC-rakugo-kogoto">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s3.html |title=長屋噺『小言幸兵衛』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 幸兵衛の小言は、単に意地悪だから行われるわけではありません。家主には、長屋の住人や商売の組み合わせを考え、住人どうしの問題を防ぐ役割もありました。 しかし、幸兵衛の心配は次第に現実から離れ、妄想へ変わります。 現実の質問から妄想へ移る過程や、一人の人物が長く話し続ける面白さに注目しましょう。 === 『百年目』 === 『百年目』は、大きな商店の番頭と大旦那、店で働く奉公人たちを描くお店噺です。 番頭の治兵衛は、店では厳しく、奉公人に小言ばかり言っています。しかし、店の外では人目を避けて花見を楽しんでいます。その姿を大旦那に見つけられ、処罰されるのではないかと恐れます。 翌朝、大旦那は治兵衛の日頃の働きを認めながら、上に立つ者は下の者をいたわらなければならないと諭します<ref name="JAC-rakugo-hyakunenme">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s4.html |title=お店噺『百年目』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この噺には、花見の陽気な場面と、大旦那が番頭を諭す静かな場面があります。店内と花見の場面で番頭の態度がどう変わるか、厳しさといたわりがどのように描かれるかに注目しましょう。 === 『千両みかん』 === 『千両みかん』は、真夏にみかんを食べたいと言い出した若旦那のため、番頭が江戸中を探し回るお店噺です。 現代と異なり、みかんが季節外れには手に入りにくかった時代が物語の前提となっています。みかん問屋は、多数のみかんを保存して探し出した一個へ、非常に高い値を付けます<ref name="JAC-rakugo-senryomikan">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s5.html |title=お店噺『千両みかん』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この噺では、同じみかんについて、 * 若旦那は、食べたい物と考える * 大旦那は、息子の命を救う物と考える * みかん問屋は、商人の信用と努力を示す商品と考える * 番頭は、大金に換えられる物と考える という違いがあります。 物の価値が、季節、必要性、人物の立場によってどのように変わるかを考えてみましょう。 === 『妾馬』 === 『妾馬』は、長屋に住む八五郎が、妹を側室とした大名の屋敷へ招かれる噺です。 八五郎は武家の礼儀や言葉遣いに慣れていないため、殿様ととんちんかんな会話をします。しかし、酒を飲んで緊張が解けると、妹と母親を思いやる気持ちを率直に語ります<ref name="JAC-rakugo-mekama">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s6.html |title=大名噺『妾馬』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この噺では、町人と武家の身分・言葉・礼儀の違いが笑いを生みます。一方で、八五郎の家族への思いやりが人情として描かれます。 八五郎が妹へ語りかける場面では、妹を演じる台詞がなくても、八五郎の視線と話し方によって、そこに妹がいるように感じられます。 === 『大山詣り』 === 『大山詣り』は、町内の男たちが相模国の大山へ参詣する旅噺です。 一行は、酒に酔って暴れた者を坊主頭にするという約束をします。熊五郎が酒を飲んで暴れたため、仲間は眠っている熊五郎の髪をそってしまいます。怒った熊五郎は先回りして町へ戻り、仲間が死んだという作り話で、仲間の妻たちも坊主頭にしてしまいます<ref name="JAC-rakugo-oyamairi">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s7.html |title=旅噺『大山詣り』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この噺からは、江戸時代の参詣と旅、旅仲間の規則、髪形が持っていた意味、多数の人物を演じ分ける方法を学べます。 落語は当時の生活をそのまま記録したものではありませんが、噺に登場する参詣、宿、髪形などを歴史資料と比較する学習にも利用できます。 === 『宿屋の仇討』 === 『宿屋の仇討』は、旅先の宿屋で、静かに眠りたい侍と、隣室で騒ぐ江戸っ子三人組を描く旅噺です。 三人組の一人が、過去に人を殺したという作り話を自慢げに語ります。隣室の侍は、その話に登場する被害者が自分であると名乗り、翌朝、三人を討つと宣言します。 三人は恐怖で一晩中眠れません。しかし、侍の話も、静かに眠るための作り話でした<ref name="JAC-rakugo-yadoya">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s8.html |title=旅噺『宿屋の仇討』 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 この噺では、騒がしい三人と静かな侍の対照、隣室という見えない空間、作り話が本当の事件のように受け取られる逆転が重要です。 落語家は座ったまま、複数の部屋、廊下、人物の移動を表現します。顔の向き、視線、声量によって、人物がどの部屋にいるかを聞き分けてみましょう。 === 演目名と内容の違い === 同じ演目であっても、演者によって次のような違いがあります。 * 題名 * 登場人物の名前 * 地名 * 台詞 * 人物の性格 * マクラ * 省略される場面 * 詳しく演じられる場面 * サゲ * 上演時間 演目を調べる際には、 # 誰が演じたものか。 # いつ、どこで演じられたか。 # 東京落語か上方落語か。 # 一席全体か、長編の一部か。 # 速記・録音・映像のどれを利用したか。 # 別の演者とどのような違いがあるか。 を確認しましょう。 == 落語家の修業と寄席 == === 弟子入りと見習い === 職業として落語家を目指す人は、一般に、落語家へ入門を願い出て、師匠の許しを受けます。 東京では、入門しても直ちに寄席の前座となるわけではありません。まず見習いとして、師匠の身の回りの世話、掃除、洗濯などを行い、礼儀や一門の習慣を学びます。師匠から寄席の楽屋へ入ることを認められると、前座として修業を始めます<ref name="JAC-rakugo-training1">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/syugyo1.html |title=芸の修業:前座・二ツ目・真打 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 師匠と弟子の関係は、演目や技術を教えることだけに限られません。高座での礼儀、他の芸人との関係、観客への接し方なども、日々の行動を通して学びます。 === 前座 === '''前座'''(ぜんざ)は、東京の落語家における最初の階級です。寄席の番組で早い時間に高座へ上がることから、この名が付いたと説明されています<ref name="JAC-rakugo-training1" />。 前座は落語の稽古をしながら、寄席の楽屋と高座の進行に必要な仕事を担当します。 主な仕事には、次のようなものがあります。 * 楽屋の準備 * 出演者へお茶を出す * 出演者名を記したメクリを用意する * 師匠や先輩の着付けを手伝う * 高座の座布団を返す * メクリをめくる * 寄席太鼓を打つ * その日に演じられた演目を記録する * 演目の重複を避けるため、楽屋へ知らせる * 高座で短い落語を演じる こうした仕事を通して、前座は寄席全体の流れ、出演者への気配り、礼儀、機転を学びます<ref name="JAC-rakugo-training2">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/syugyo2.html |title=芸の修業:前座の仕事 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 前座の仕事は単なる雑用ではありません。寄席が多数の出演者と裏方によって運営されることを学び、自分が高座へ上がるために他の人が行っている仕事を理解する修業でもあります。 === 前座噺 === 前座が高座で演じることの多い、比較的短く、基本技術を学びやすい演目は、'''前座噺'''と呼ばれます。 代表例として、次のような演目が挙げられます。 * 『寿限無』 * 『子ほめ』 * 『道灌』 * 『たらちね』 * 『つる』 * 『平林』 * 『金明竹』 前座噺では、明瞭な発音、声量、上手と下手、人物の演じ分け、言い立て、オウム返し、扇子と手拭いなどを学ぶことができます。 ただし、すべての落語家が同じ演目を同じ順番で習うわけではありません。どの噺から学ぶかは、師匠、一門、本人の技量などによって異なります。 === 演目を教わる === 落語の演目は、書籍や録音を利用して学ぶだけではなく、師匠や先輩から直接教わります。 演目を教わる際には、台詞やあらすじだけでなく、次のような事項も学びます。 * 人物の位置関係 * 声や言葉遣い * 扇子・手拭いの使い方 * しぐさ * 間 * マクラから本題への入り方 * 省略してよい場面 * サゲ * 演目に登場する古い制度や生活 教わった噺を一字一句そのまま再現することだけが、修業の目的ではありません。まず師匠から受け継いだ形を学び、その上で経験を重ねながら、自分の人物像や間を作っていきます。 ただし、演目の骨格や演出の意味を十分に理解せず、自由に変更してよいという意味ではありません。受け継いだ芸を理解した上で、観客と時代に合う表現を考える必要があります。 === 二ツ目と真打 === 東京では、前座修業を終えると'''二ツ目'''へ昇進し、さらに芸歴を重ねて'''真打'''へ昇進します。 昇進の時期や条件は、所属団体などの判断によって異なります。すべての落語家が同じ年数、同じ条件で昇進するわけではありません<ref name="JAC-rakugo-training1" />。 二ツ目になると、前座として行っていた師匠の身の回りの世話や寄席の楽屋仕事から離れ、紋付きの着物や羽織を着用し、自分の出囃子を持つことができます<ref name="JAC-rakugo-training1" />。 真打は、東京の落語家における最上位の階級です。本来、寄席興行の最後を務める力量を持つ落語家という意味がありました。 ただし、真打昇進は、芸の修業が終わったことを意味しません。昇進後も演目を増やし、芸を磨き続けます。 === 東京と上方の制度差 === 東京には複数の落語家団体があり、いずれもまったく同じ昇進方法を採用しているわけではありません。 上方落語にも、師匠へ入門し、演目や礼儀を学ぶ師弟制度があります。文化デジタルライブラリーでは、上方には東京のような前座・二ツ目・真打の階級制度はないと説明されています<ref name="JAC-rakugo-training1" />。 したがって、東京の真打に相当する人物を、上方の落語家へ機械的に当てはめることはできません。 落語家の経歴を調べる場合には、 * 所属団体 * 活動地域 * 師匠 * 入門時期 * 昇進・改名・襲名 * 公演歴 などを個別に確認しましょう。 === 寄席とは === '''寄席'''(よせ)は、落語、講談、漫才、奇術、曲芸、紙切り、音曲など、さまざまな大衆芸能を演じる興行・演芸場です。 落語を中心とする寄席であっても、落語だけが続けて演じられるとは限りません。話芸の間に、目で見る芸、音楽を用いる芸、短い芸などを組み合わせ、番組全体に変化を付けます<ref name="JAC-iromono">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/aramashi/index4.html |title=大衆芸能のあらまし:寄席における色物とは |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 寄席は、特定の一人だけを見る独演会とは異なり、複数の演者や芸種を一度に鑑賞できる場所です。 === 番組の構成 === 東京の落語定席では、一般に、前座の高座から番組が始まり、その後に二ツ目、真打や他の芸人が出演します。 番組の途中に置かれる休憩を'''仲入り'''といいます。 仲入りの直後の出番は'''くいつき'''と呼ばれます。休憩によって散った観客の注意を、再び高座へ引き付ける役割があります。 番組の最後を務める演者は、'''主任'''または'''トリ'''と呼ばれます。寄席の番組を代表する重要な出番です。 主任の直前には、'''膝代わり'''と呼ばれる出番が置かれます。紙切り、音曲、奇術、太神楽など、主任が高座へ上がりやすい雰囲気を作る芸が演じられます<ref name="JAC-yose-program">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/syoutai/hairu/index3.html |title=寄席へ入る:番組の構成と進行 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 {| class="wikitable" ! 順序・名称 ! 主な役割 |- | 前座 | 番組の早い時間に出演し、観客を高座へ引き付ける |- | 二ツ目・真打・各種演芸 | 落語と他の芸を組み合わせ、番組を進める |- | 仲入り | 番組途中の休憩 |- | くいつき | 休憩後の観客を再び高座へ集中させる |- | 膝代わり | 主任が演じやすい雰囲気を作る |- | 主任・トリ | 番組の最後を務める |} 実際の番組構成は、寄席、地域、公演、出演者によって異なります。この表をすべての落語会へ当てはめることはできません。 === 色物 === 落語を中心とする寄席で、漫才、奇術、曲芸、紙切り、音曲など、落語以外の芸は一般に'''色物'''と呼ばれます<ref name="JAC-iromono" />。 色物は、落語より重要性が低い芸という意味ではありません。話芸が続く番組の中に、視覚的な芸や音楽を用いる芸を入れることで、観客の気分を変え、番組全体にリズムを作ります。 === 出囃子と寄席囃子 === 落語家が高座へ上がるときに演奏される三味線音楽を、'''出囃子'''といいます。 東京では、落語家は二ツ目になると自分の出囃子を持つことができます。曲を聞くことで、姿が見える前に誰が登場するのか分かる場合があります<ref name="JAC-yose-music">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/syoutai/hairu/index5.html |title=寄席へ入る:寄席囃子 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 寄席囃子は、出囃子だけではありません。落語の中で幽霊が現れる場面の音楽、曲芸・奇術・紙切りの伴奏なども担当します。演目や演者の動きに合わせる必要があるため、演奏者には、さまざまな曲を演奏する技術と即応力が求められます<ref name="JAC-yose-music" />。 寄席では、開場、開演、終演などを太鼓で知らせます。太鼓を打つことも前座の仕事です。 === 寄席は共同で作る公演 === 観客から見ると、一人の落語家だけが高座にいるように見えます。しかし、寄席の公演は、多くの人によって作られています。 * 出演する落語家・講談師・色物の芸人 * お囃子 * 前座 * 寄席の経営・進行を担う人 * 舞台・受付などの係 * 観客 前座が座布団を返し、メクリをめくり、お囃子が出囃子を演奏し、前の演者が次の演者のために場を整えることで、番組は進行します。 落語を一人芸として理解するだけでなく、寄席全体を共同的な公演として観察することも重要です。 == 落語と他の芸能・文学 == 落語は、他の芸能や文学から切り離されて発達したものではありません。 講談、浪曲、歌舞伎、音曲などと同じ題材を扱い、演目を相互に移し替えながら発展しました。また、速記、出版、レコード、ラジオ、テレビなどの媒体によって、寄席の外へ広がりました。 === 話芸の比較 === 落語、講談、浪曲は、いずれも物語を口頭で表現する話芸ですが、一般的な表現方法には違いがあります。 {| class="wikitable" ! 芸能 ! 表現の中心 ! 主な特徴 |- | 落語 | 話す | 会話、人物の演じ分け、身振り、見立てによって物語を進める |- | 講談 | 読む | 語り手による説明と独特の調子によって物語を進める |- | 浪曲 | 語る | 節を付けた語りと啖呵を、曲師の三味線と組み合わせる |} この区別は、それぞれの傾向を理解するための目安です。落語にも説明を中心とする地噺があり、講談にも会話があり、浪曲にも説明的な啖呵があります<ref name="JAC-performing-arts">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/aramashi/index1.html |title=大衆芸能のあらまし:話す・読む・語る芸 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 === 講談・浪曲との関係 === 落語、講談、浪曲には、同じ題材を扱う演目があります。 『芝居の喧嘩』や左甚五郎物など、講談から落語へ移された作品があります<ref name="JAC-cross-repertoire">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/kodan/column.html |title=コラム:同じ演目が落語、浪曲に |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。一方、三遊亭圓朝が作った『怪談牡丹灯籠』『塩原多助』などは、落語から講談や浪曲、芝居へ移されました<ref name="JAC-rakugo-history5" />。 同じ題材であっても、落語では人物の会話や滑稽な場面が前面に出ることがあり、講談では人物の来歴や事件の経過が詳しく説明されることがあります。 浪曲では、浪曲師の節と啖呵、曲師の三味線によって、人物の感情や場面が表現されます。 同じ物語を聞き比べると、説明と会話の割合、音楽の役割、笑いと人情の割合などの違いを学べます。 === 歌舞伎との関係 === 落語は歌舞伎などの芝居とも関係してきました。 江戸時代後期には、歌舞伎の台詞、身振り、鳴り物、道具などを取り入れた芝居噺が発達しました。 落語で人気を得た物語が芝居の題材となることもあり、歌舞伎の人物や場面を落語へ取り入れることもありました。 三遊亭圓朝の長編作品は、落語だけでなく、講談、浪曲、芝居などでも演じられるようになりました<ref name="JAC-rakugo-history5" />。 {| class="wikitable" ! 落語 ! 歌舞伎 |- | 一人の演者が複数の人物を演じる | 複数の俳優がそれぞれの人物を演じる |- | 言葉、視線、しぐさで場所や人物を想像させる | 舞台装置、衣裳、化粧などで情景を見せる |- | 扇子と手拭いなどを見立てる | 実際の小道具や大道具を用いる |- | 演者の語りによって場面を素早く転換できる | 舞台転換や演出によって場面を変える |} 芝居噺では、落語でありながら、歌舞伎的な台詞や鳴り物を用いるため、両者の境界にある表現を観察できます。 === 速記・録音・放送 === 落語は、もともと聞く芸です。しかし、明治時代に速記術が発達すると、落語家の口演が新聞や書籍へ掲載されるようになりました<ref name="JAC-media" />。 速記には、次のような働きがありました。 * 寄席へ行けない人も落語を読める * 長編作品を保存できる * 過去の演者の台詞や構成を調べられる * 落語の話し言葉が文章表現へ影響する * 他の芸能が落語作品を取り入れる手掛かりとなる 一方、文章だけでは、声、間、表情、視線、観客の笑いなどを完全に記録できません。 レコードや音声録音は、落語家の声、発音、調子、間を記録します。ラジオは、落語を寄席から離れた地域へ広めました。テレビや映像記録は、声だけでなく、表情、視線、扇子・手拭いの扱いなども保存できます。 ただし、媒体によって演じ方は変わります。 * レコードでは収録時間に合わせて短くする * ラジオでは視覚的なしぐさが伝わりにくい * テレビでは表情や動きを詳しく見せられる * 実演では観客の反応に応じて間やマクラを変えられる 同じ演者・演目でも、寄席、ホール、ラジオ、テレビでは異なる高座になることがあります。 == 落語を鑑賞する == 落語を鑑賞するために、江戸時代の生活や古典芸能について詳しく知っておく必要はありません。 まず、誰が話しているか、どのような出来事が起きているかを追いながら、演者の声、顔の向き、しぐさを楽しみましょう。 分からない言葉や制度は、鑑賞後に調べることもできます。 === マクラを聞く === マクラには、観客を本題へ導く働きがあります。 演者が季節、会場、時事的な話題から、どのように本題へ移るかに注目しましょう。 マクラの中で、 * 本題の時代 * 古い商売 * 貨幣や時刻 * 登場人物の種類 * サゲに必要な言葉 が説明されることもあります。 同じ演目でも、マクラは公演ごとに異なる場合があります。演者がその日の観客へどのように話しかけているかを観察しましょう。 === 誰が話しているかを聞き分ける === 落語家は、一人で複数の人物を演じます。 人物を聞き分ける手掛かりには、次のようなものがあります。 * 顔の向き * 視線 * 声の高さ * 話す速度 * 言葉遣い * 姿勢 * 表情 * 間 初めから登場人物の名前をすべて覚える必要はありません。 「年長者と若者」「主人と奉公人」「大家と住人」のように、大きな人物関係から追うと理解しやすくなります。 === 見えない空間を想像する === 落語では、舞台装置を使わずに、家、長屋、店、宿屋、舟、山、海などを表現します。 演者の視線がどこへ向いているか、手をどの高さへ伸ばしているかに注目しましょう。 例えば、 * 視線を上へ向ける――高い場所、坂の上、背の高い人物 * 遠くを見る――離れた人物や景色 * 手前へ視線を落とす――座っている人物、物、食べ物 * 顔を左右へ変える――二人の会話 * 身体を前後へ動かす――移動、舟、乗り物 などが考えられます。 落語は、演者の表現と観客の想像力によって情景を作る芸能です<ref name="JAC-rakugo-imagination" />。 === 扇子と手拭いを見る === 扇子や手拭いが何を表しているかを考えてみましょう。 同じ扇子でも、持ち方、視線、動作によって、箸、煙管、刀、釣り竿などに変わります。 何に見えるかだけでなく、 * 物の大きさ * 重さ * 硬さ * 熱さ * 距離 * 使い慣れているか まで表現されているかを観察します。 例えば、同じ「食べる」しぐさでも、そば、焼き芋、硬い物、熱い物では、口や手の動きが異なります<ref name="JAC-rakugo-gesture" />。 === 間を味わう === 落語家が言葉を発していない時間にも、人物は考え、驚き、相手の言葉を理解しています。 間には、次のような種類があります。 * 人物が考える間 * 相手の返事を待つ間 * 驚きを表す間 * 観客が状況を理解する間 * 笑いが収まるのを待つ間 * サゲの前に期待を高める間 録音や文章では分かりにくい間も、実演や映像では観察できます。 同じ台詞でも、間の長さが変わると、人物の性格や場面の緊張感が変化します。 === 登場人物を観察する === 落語には、大家、長屋の住人、商家の主人、番頭、奉公人、武士、僧侶など、類型的な人物が登場します。 しかし、同じ「与太郎」「熊五郎」「大家」であっても、演者によって人物像は異なります。 * 愚かだが善良な人物 * 乱暴だが情に厚い人物 * 厳しいが住人を思いやる大家 * 立派に見えて欠点のある主人 など、単純な役割だけでは説明できない人物として描かれることがあります。 その人物が何を望み、何を誤解し、どのように変化したかを考えましょう。 === 古い言葉や生活を調べる === 古典落語には、現代では使われない言葉、貨幣、時刻、商売、身分、住居などが登場します。 分からない言葉があっても、一語ごとに鑑賞を止める必要はありません。筋を追った後で、物語の理解に重要な言葉を調べます。 利用できる資料には、次のようなものがあります。 * 国語辞典 * 古語辞典 * 日本史辞典 * 人名・地名辞典 * 博物館や公文書館の解説 * 落語事典 * 演目解説 * 江戸時代の生活に関する研究書 落語は、江戸時代の生活をそのまま記録した史料ではありません。類型化、誇張、時代の異なる要素、後世の改作などが含まれます。 落語に描かれた生活と、歴史資料から分かる生活を比較する姿勢が必要です。 === 同じ演目を聞き比べる === 同じ演目であっても、落語家によって人物、台詞、場面、サゲなどが異なります。 演者は、伝えられた噺をただ再現するのではなく、観客、時代、自分の考えに合わせて演出します<ref name="JAC-performance-variation">{{Cite web |url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/aramashi/index3.html |title=大衆芸能のあらまし:演者による芸の演出 |work=文化デジタルライブラリー |publisher=独立行政法人日本芸術文化振興会 |accessdate=2026-07-27 }}</ref>。 聞き比べる際には、次の点を記録しましょう。 * マクラ * 演目全体の長さ * 主人公の性格 * 脇役の描き方 * 台詞 * 間 * 扇子・手拭い * 詳しく演じる場面 * 省略する場面 * サゲ どちらが正しいかだけを決めるのではなく、それぞれの演出によって物語の意味がどう変わったかを考えます。 === 東京版と上方版を比べる === 東京と上方の双方で演じられる噺では、言葉、地名、食べ物、道具、音楽、サゲなどを比較できます。 上方版で見台・小拍子・ハメモノが用いられる場合は、それらが場面や笑いへどのような効果を与えているかを観察します。 違いを単なる方言の違いとして捉えるのではなく、それぞれの土地の観客へ物語を伝えるための改作として考えましょう。 === 実演・音声・映像・速記を比べる === {| class="wikitable" ! 鑑賞方法 ! 主な特徴 |- | 実演 | 観客の反応と演者の間が影響し合い、その日にしかない高座となる |- | 音声 | 声、発音、調子、間へ集中でき、繰り返し聞ける |- | 映像 | 表情、視線、しぐさ、扇子・手拭いの扱いを確認できる |- | 速記・台本 | 自分の速度で読み、言葉や構成を詳しく調べられる |} どの方法が最も優れているかではなく、何を学ぶために、どの資料が適しているかを考えます。 === 寄席全体を鑑賞する === 寄席では、落語一席だけでなく、番組全体にも注目しましょう。 * 前座がどのように観客を高座へ引き付けるか * 落語と色物がどのように配置されているか * 出囃子が演者の登場をどう演出するか * 仲入り後の雰囲気がどう変わるか * 膝代わりが主任へどうつなぐか * 主任が番組全体をどう締めくくるか * 前の演者と後の演者で、演目や雰囲気がどう調整されているか 寄席は、個々の芸を見る場所であると同時に、異なる芸を組み合わせた番組を楽しむ場所です。 == まとめ == 落語は、一人の演者が高座に座り、主として登場人物の会話を通して物語を進める話芸です。 演者は、扇子、手拭い、声、顔の向き、視線、しぐさ、間などによって、複数の人物、道具、場所を表現します。大がかりな舞台装置を用いないため、観客の想像力が重要な役割を果たします。 落語は、説話、説教、御伽衆、小咄、辻噺、座敷噺など、複数の語りの文化と関係しながら発達しました。江戸時代には寄席興行が成立し、滑稽噺だけでなく、芝居噺、音曲噺、怪談噺などの多様な形式が発達しました。 幕末・明治期には、三遊亭圓朝が長編人情噺・怪談噺を創作し、速記によって口演が文章としても広まりました。その後、レコード、ラジオ、テレビ、ホールなどへ活動の場が拡大しました。 落語には、古典落語と新作落語があり、内容・演出・舞台などによって、滑稽噺、人情噺、怪談噺、芝居噺、長屋噺、お店噺、旅噺などに分類できます。ただし、一つの演目が複数の分類に含まれることがあります。 江戸・東京落語と上方落語には、言葉、道具、音楽、演出などの違いがありますが、演目や演者の交流も続いてきました。地域差を固定的な規則と考えず、それぞれの演目と演者を比較することが重要です。 東京では、見習い、前座、二ツ目、真打という段階を経て落語家が修業しますが、昇進条件は団体によって異なります。文化デジタルライブラリーでは、上方には東京のような階級制度はないと説明されています。 落語を鑑賞するときには、あらすじやサゲだけでなく、人物の演じ分け、見立て、視線、間、マクラ、演者による違い、寄席全体の構成にも注目しましょう。 == 重要語句 == {| class="wikitable" ! 語句 ! 意味 |- | 高座 | 落語家などが芸を演じる場所 |- | 見立て | 扇子や手拭いなどを別の物として表現すること |- | 仕方 | 人物の動作や心理を示す身体表現 |- | 上手・下手 | 観客から見た舞台の右側・左側 |- | 間 | 人物の心理、緊張、笑いなどを表現する言葉のない時間 |- | マクラ | 本題に入る前に話される世間話、小咄、説明など |- | 本題 | 落語の中心となる物語 |- | サゲ・落ち | 噺の最後を締めくくる言葉や結末 |- | 言い立て | 長い言葉や名前などを、調子よく続けて述べること |- | 古典落語 | 長い年月にわたり、落語家によって受け継がれてきた演目 |- | 新作落語 | 落語家や作家が新しく作った演目 |- | 素噺 | 大がかりな道具や鳴り物をほとんど用いずに演じる落語 |- | 見台 | 上方落語で用いられることのある小さな机 |- | 小拍子 | 見台を打って音を出す小さな拍子木 |- | ハメモノ | 上方落語などで、場面に合わせて加えられる音楽や効果音 |- | 前座 | 東京の落語家における最初の階級 |- | 二ツ目 | 前座修業を終えた後の階級 |- | 真打 | 東京の落語家における最上位の階級 |- | 寄席 | 落語やさまざまな大衆芸能を演じる興行・演芸場 |- | 色物 | 落語を中心とする寄席で、番組に変化を付ける落語以外の芸 |- | 出囃子 | 演者が高座へ上がる際に演奏される音楽 |- | 主任・トリ | 寄席の番組の最後を務める演者 |} == 確認問題 == # 落語では、一人の演者がどのような方法で複数の人物を演じ分けますか。 # 落語が会話を中心に進むことが多いとは、どのような意味ですか。 # 落語を「最後に必ず落ちがある話」と定義できないのはなぜですか。 # 扇子と手拭いの見立てには、演者のどのような技術が必要ですか。 # 上手と下手を使うことで、観客にどのような情報を伝えられますか。 # 落語における間には、どのような働きがありますか。 # マクラには、どのような役割がありますか。 # 同じ演目でも、本題の構成が演者や公演によって異なるのはなぜですか。 # サゲは、物語にどのような効果を与えますか。 # 安楽庵策伝、露の五郎兵衛、米沢彦八、鹿野武左衛門が、それぞれ異なる意味で「祖」とされる理由を説明してください。 # 寄席興行の成立によって、落語はどのように変化しましたか。 # 江戸後期の寄席では、現在一般に想像される素噺以外に、どのような芸が演じられていましたか。 # 三遊亭圓朝の功績を、作品、演じ方、速記の三点から説明してください。 # 速記、レコード、ラジオは、落語の保存と普及をどのように変えましたか。 # 禁演落語の事例から、芸能と戦争・社会統制の関係について何が分かりますか。 # 江戸・東京落語と上方落語を、完全に別々の芸能として扱えないのはなぜですか。 # 見台、小拍子、ハメモノは、上方落語の表現にどのような効果を与えますか。 # 古典落語を、江戸時代に作られた作品だけに限定できないのはなぜですか。 # 一つの演目が複数の分類に含まれる例を挙げてください。 # 前座の仕事には、落語の修業としてどのような意味がありますか。 # 東京の修業制度を上方落語へそのまま当てはめられない理由を説明してください。 # 寄席が落語家一人だけで作られる公演ではないことを説明してください。 # 同じ題材が落語、講談、浪曲、歌舞伎で演じられると、どのような違いが生まれますか。 # 同じ演目を複数の落語家で聞き比べることには、どのような学習上の効果がありますか。 # 実演、音声、映像、速記には、それぞれどのような特徴がありますか。 == 総合学習課題 == === 一席を分析する === 落語を一席選び、次の項目を記録してください。 {| class="wikitable" ! 項目 ! 調査・観察結果 |- | 演目名 | |- | 演者 | |- | 公演・収録の時期 | |- | 古典・新作 | |- | 主な分類 | |- | 主な登場人物 | |- | マクラ | |- | 人物の演じ分け | |- | 扇子・手拭い | |- | 印象的な間 | |- | 古い言葉・制度 | |- | サゲ | |- | 最も印象に残った場面 | |} 最後に、この演者が、どの人物や感情を中心にして噺を構成していたかをまとめてください。 === 同じ演目を聞き比べる === 同じ演目を、異なる二人以上の落語家で聞き比べてください。 比較する項目: {| class="wikitable" ! 項目 ! 演者A ! 演者B |- | マクラ | | |- | 演目全体の長さ | | |- | 主人公の性格 | | |- | 脇役の描き方 | | |- | 声・言葉遣い | | |- | 顔の向き・視線 | | |- | 扇子・手拭い | | |- | 詳しく演じる場面 | | |- | 省略する場面 | | |- | サゲ | | |} 比較後、どちらが正しいかを決めるのではなく、それぞれの演出によって物語の意味や人物像がどのように変わったかを説明してください。 === 東京版と上方版を比較する === 東京と上方の双方で演じられている噺を一つ選び、二つの高座を比較してください。 比較する項目: {| class="wikitable" ! 項目 ! 東京版 ! 上方版 |- | 演目名 | | |- | 言葉 | | |- | 舞台・地名 | | |- | 食べ物・商売 | | |- | 登場人物 | | |- | 道具 | | |- | ハメモノ | | |- | 詳しく演じる場面 | | |- | サゲ | | |} 地域に合わせた変更によって、物語が理解しやすくなった点、印象が変わった点をまとめてください。 === 寄席の番組を分析する === 寄席または複数の芸が出演する演芸公演を鑑賞し、番組を記録してください。 {| class="wikitable" ! 出演順 ! 演者 ! 芸種 ! 演目・内容 ! 番組上の役割 |- |1 | | | | |- |2 | | | | |- |3 | | | | |} 落語と色物の配置、仲入り前後の変化、膝代わりと主任の関係、出囃子や太鼓の効果を考察してください。 === 同じ題材を異なる芸能で比較する === 落語と、講談・浪曲・歌舞伎などから、同じ題材を扱う作品を選んで比較してください。 候補: * 左甚五郎物 * 『紺屋高尾』 * 『怪談牡丹灯籠』 * 『塩原多助』 * 大岡政談 * 相撲物 比較する項目: * 語り手の役割 * 会話の割合 * 音楽 * 道具・舞台装置 * 人物の感情 * 詳しく描かれる場面 * 笑いと緊張 * 結末 === 新作落語を構想する === 現代の生活から題材を一つ選び、新作落語の構想を作ってください。 # 主人公と相手役を決める。 # 二人の性格と言葉遣いを決める。 # 勘違いまたは対立の原因を決める。 # マクラで説明する内容を考える。 # 扇子・手拭いで表現する物を決める。 # 三つ以上の場面に分ける。 # 最後のサゲ、または余韻の残る終わり方を考える。 # 実際に声に出し、分かりにくい部分を修正する。 他人の実体験、病気、災害、犯罪などを題材とする場合は、当事者の尊厳やプライバシーへ配慮してください。 == 発展学習 == より詳しく学ぶ場合は、次のテーマを調べてみましょう。 * 説話・説教と落とし噺 * 『醒睡笑』と落語 * 露の五郎兵衛、米沢彦八、鹿野武左衛門 * 寄席興行と初代三笑亭可楽 * 江戸後期の芝居噺・音曲噺・怪談噺 * 三遊亭圓朝の作品と口演速記 * 落語研究会と芸の保存 * 禁演落語と戦争 * 江戸・東京落語と上方落語の演目交流 * 師弟制度と一門 * 東京の落語家団体と昇進制度 * 上方落語の修業と披露公演 * 前座噺と落語の基本技術 * 寄席太鼓と出囃子 * 寄席における色物 * 女性落語家の歴史 * 落語家の名跡と襲名 * 落語・講談・浪曲の演目交流 * 芝居噺と歌舞伎 * 落語のSPレコード * ラジオ・テレビと落語 * 古典落語に描かれた生活と歴史資料との比較 == 学習参考文献 == 以下は、落語の歴史、演目、用語、寄席、上方落語などについて、さらに詳しく調べるための文献です。本文中の個々の記述の出典については、各節の脚注を参照してください。 * 山本進編『落語ハンドブック 第3版』三省堂、2007年。 ** 落語の歴史、演目、落語家、寄席、用語などを幅広く解説した入門書です。落語の全体像を調べる際に利用できます。 * 山本進『図説落語の歴史』河出書房新社、2006年。 ** 落語の成立から近現代までの変遷を、図版や年表とともに解説しています。落語史を時代順に学ぶための資料です。 * 『大衆芸能資料集成 第4巻 寄席芸1 落語』三一書房、1981年。 ** 落語の台本や関係資料を収録した資料集です。演目の本文、底本、作品解説などを調べることができます。 * 稲田和浩編『落語演目・用語事典』日外アソシエーツ、2021年。 ** 多数の演目について、あらすじ、主な登場人物、別題などを掲載しています。落語・寄席の用語や、登場人物・描写から演目を調べるための索引も収録しています。 * 瀧口雅仁『古典・新作落語事典』丸善出版、2016年。 ** 古典落語と新作落語の演目について、あらすじ、解説、別題、季節や内容による分類を調べることができます。 * 延広真治編、二村文人・中込重明著『落語の鑑賞201』新書館、2002年。 ** 現代の寄席で演じられる落語、人情噺、怪談噺について、あらすじと解説を収録しています。演目を鑑賞・比較する際に利用できます。 * 相羽秋夫『現代上方落語便利事典』少年社、1987年。 ** 上方落語の演目について、あらすじ、登場人物、舞台、季節、ハメモノ、掲載資料などを調べることができます。 * 岡田則夫編『落語研究資料解題―明治~平成』日外アソシエーツ、2016年。 ** 明治時代から平成期までの落語関係図書、速記雑誌、SPレコードなどを収録した資料解題です。落語の出版・録音資料を詳しく調べる際に利用できます。 == 外部リンク == * [https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/index.html 落語:早わかり] - 文化デジタルライブラリー ** 落語の特徴、演目、道具、修業、歴史、江戸・東京落語と上方落語などを、画像や実演資料とともに学ぶことができます。 * [https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/humanities/engei 大衆演芸について調べる] - 国立国会図書館リサーチ・ナビ ** 落語、講談、浪曲について、歴史、演目、人物、寄席、速記、録音資料などを調べるための事典・資料集を案内しています。 * [https://www.ntj.jac.go.jp/engei/ 国立演芸場] - 独立行政法人日本芸術文化振興会 ** 国立演芸場主催の落語、講談、浪曲、漫才、曲芸などの公演情報を確認できます。初代国立演芸場の閉場中は、他劇場で主催公演が行われています。 * [https://www.rakugo-kyokai.jp/ 一般社団法人落語協会] ** 所属芸人、東京の定席番組、落語会、公演情報、寄席の鑑賞案内などを確認できます。 * [https://www.geikyo.com/ 公益社団法人落語芸術協会] ** 所属芸人、東京の寄席興行、公演日程、演目・用語の解説などを確認できます。 * [https://kamigatarakugo.jp/ 公益社団法人上方落語協会] ** 上方落語家、上方落語の歴史、天満天神繁昌亭などの公演情報を確認できます。 == 関連項目 == {{Wikipedia|落語}} * [[伝統芸能]] * [[講談]] * [[w:浪曲|浪曲]] * [[w:寄席|寄席]] * [[w:歌舞伎|歌舞伎]] == 脚注 == {{Reflist}} [[Category:芸術]] 132zaixhtqe0m736vuyb4ypv29h9l3r