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オセロ
0
3074
302103
224516
2026-08-08T14:20:42Z
~2026-43504-80
92227
/* 遊び方・ルール */
302103
wikitext
text/x-wiki
{{Pathnav|ゲーム|frame=1}}
{{wikipedia|オセロ (ボードゲーム)}}
'''オセロ'''とは、縦8列横8行の盤面を使う2人用のボードゲームである。
== 遊び方・ルール ==
[[ファイル:Othello-start-position.jpg|frame|right|初期配置は図示したように右上が黒石になるよう置き、黒の第一打はf5に打つのが通例である。]]
8×8の升目で構成された盤面を用いる。石は両面が白と黒になっており、黒のプレイヤーは黒い面で、白のプレイヤーは白い面で石を'''打つ'''。
まず中央の4升に白と黒の石をそれぞれ2個ずつ互い違いに置き、黒が先手となる。石を打つとき、縦・横・斜め方向に相手色の石を自色で挟み、挟まれた石を自色に'''返す'''。相手の石を返すことができない升に石を打つことはできない。打てる升がない場合は'''パス'''となり、パスの回数に制限はない。打てる升がある場合、パスをすることは認められない。石が盤面の64の升目を全て埋め尽くした時点、あるいは打つ場所が両者ともなくなった時点でゲーム終了となる。
== 戦術 ==
後攻がより有利。
===開始時は===
開始時は、より内側に自分の石を置くべきである。また、欲張って石を多くひっくり返すことは避けるべきである。自分が着手できる場所は原則、他人の石の隣りなので、後々相手の着手できる場所を増やす非常に危険な行為である。
そして'''隅'''(オセロ盤のへり)に打ち込んだ石は相手が挟みにくくになるため、序盤にこの地点に打たれると苦しくなりやすい。その為に初心者は、すぐに隅の隣りに打たない事を心がけると良い。また、オセロは着手できる箇所が制限されやすい為、序盤では、石の数よりもお互いの着手できる場所の数に気を遣うべきである。自分の着手できる場所がなくなってくると隅の隣りなど打ちたくない場所に強制的に打たされる事になり、非常に不利な展開になる。
===角周辺===
'''角'''に自分の石を置くことは非常に有利である。何故なら一旦角に石を置くと二度と相手が自分の石をひっくり返せないためである。また、下手に角の隣に石を置くと相手に角を取られる可能性があるので初心者はなるべく避けるべきである。前述の通り角を取ることはとても重要なため、自分が角を着手できる状況になったら、即着手すべきである(たとえ、角に置くことで石を1個しか取れないとしても)。
==特色==
*試合の終了時まで、勝敗がわからない(最初は優勢でも、最後の最後で負ける場合は十分にある)。
== 関連項目 ==
*[[囲碁]]
*[[将棋]]
*[[w:オセロ (ボードゲーム)]]
[[Category:ボードゲーム|おせろ]]
[[Category:ゲーム|おせろ]]
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刑法第176条
0
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302117
295908
2026-08-09T11:50:52Z
Seihigaisya
92079
処罰範囲について修正 例外的に同意年齢未満でも成立する場合があるので記載を変更 そのた修正
302117
wikitext
text/x-wiki
*[[法学]]>[[刑事法]]>[[刑法]]>[[コンメンタール刑法]]
*[[法学]]>[[コンメンタール]]>[[コンメンタール刑法]]
== 条文 ==
(不同意わいせつ)
; 第176条
#次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、6月以上10年以下の拘禁刑に処する。
##暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
##心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
##アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
##睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
##同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
##予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
##虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
##経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
#行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、わいせつな行為をした者も、前項と同様とする。
#16歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者(当該16歳未満の者が13歳以上である場合については、その者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第1項と同様とする。
===改正経緯===
====2023年改正====
2023年改正により、以下の条項から改正。
;(強制わいせつ)
: 13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
:*改正ポイント
:*#強制わいせつ罪では性犯罪の本質を「暴行・脅迫」、準強制性わいせつ罪では「抗拒不能・心神喪失」とそれぞれ表現していたが、これらを統合し「'''同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態'''」に表現し直された<ref name="moj_seihanzai">[https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00200.html 法務省「性犯罪関係の法改正等 Q&A」]</ref>。
:*#*なお本要件の処罰範囲は拡大しておらず、旧法で処罰できなかったものが新たに新法で処罰できるようになるわけではない<ref name="moj_seihanzai" />。
:*#*誤信類型は旧法抗拒不能に含めていたが、2項で処罰されることになった<ref>安達光治「『ハイブリッド刑法各論〔第3版〕』補遺」5頁、法律文化社。[https://www.hou-bun.com/01main/01_04_hoi_pdf_129.pdf]</ref>。
:*#改正前から、13歳未満の若年者に対するわいせつは、「暴行・脅迫」の要件を要さず強制性交等罪を構成していた。本改正において16歳未満の若年者に対するわいせつは、他の要件を要さずとも本罪を構成することとなった。本改正は、対象年齢を引き上げただけの改正と言える。ただし、相手方が13歳以上16歳未満であって、わいせつをした者が当該相手方より5歳以上年上では'''ない'''場合は、年齢要件のみでは本罪は成立せず、第1項又は第2項の要件を満たした場合のみ本罪が成立することとした。
:*#婚姻関係の存在により本罪が成立しないものではないことを明確にした([[刑法第177条#夫婦間における本罪の成立|次条(不同意性交等罪)解説]]参照)。
====2022年改正====
2022年改正により、以下のとおり改正。施行日については本改正時は未定であったが(後に他の条項に関しては2025年6月1日と決定)、2023年改正施行に合わせ拘禁刑としている。
:(改正前)懲役
:(改正後)拘禁刑
====2017年改正====
2017年改正により以下の通り改正。
改正前
:13歳以上の'''男女'''に対し
改正後
:13歳以上の'''者'''に対し
強制わいせつ罪の特別法の位置づけになる強姦罪等については、犯罪の主体は男性のみであった。一般法である強制わいせつ罪は犯罪の主体は男女を問わなかったため、それを明示する意図も含め「男女」と記したものであるが、改正により、強姦罪等の後継である強制性交等の一連の罪の主体は性別を問うことが無くなったので、「男女」の明記を一般的な表記にしたもの。
== 解説 ==
2023年改正前の強制わいせつ罪の、保護法益は被害者の「性的自由」とされるが、改正前は「暴行又は脅迫」を用いてこの自由を侵害した行為が可罰性あるものとされていた。本罪では準強制わいせつ罪と統合し、「'''同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態'''」に陥っている被害者にわいせつを行った場合に処罰される。また本要件は「同意しない意思」が前提となっているため、そもそも内心などに「同意」が存在する場合は構成要件該当性が否定されるとの見解がある<ref name="hashizume2025">{{Cite book|和書
|title=性犯罪に対する処罰規定の改正等について
|author=橋爪隆
|year=2024
|publisher=立花書房
}}</ref>。
第1項各号には行為・事由が列挙されているが、これらは原因事由であって、行為・事由のみに該当することは犯罪ではない。加えて「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」まで達していることが必須であり、後者の要件で被害者の状態の検討を要する<ref name="hashizume2025" />。
===わいせつな行為===
:「わいせつな行為」とは、わいせつ物頒布等罪([[刑法第175条|第175条]])における判例「徒らに性慾を興奮又は刺戟せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの([[刑法第175条#猥褻|最判昭和26年5月10日]])」に準拠されるものとされ多くの判決などにも引かれるが、立法時と異なり、不同意わいせつ罪(強制わいせつ罪)の保護法益は「性的自由」と考えられるようになったため、176条の「わいせつな行為」の定義自体は、判例等において依然として変更されなかったものの、「客体である個人の性的自由を侵害するか」という見地から解釈すべきとされるようになった。その結果、現在では、刑法176条におけるわいせつ概念は、公然わいせつ罪におけるそれより広い概念だと理解されており、公然わいせつ罪にはあたらないが、強制わいせつ罪にあたりうるわいせつ行為が存在するとされる<ref>{{Cite web |url=https://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/17-56/007kamon.pdf |title= 強制わいせつ罪におけるわいせつ概念について |author=嘉門優 |work=立命館法学 375/376 116-134 |publisher=立命館大学 |date=2018-03 |accessdate=2023-07-15}}</ref>。たとえば、服の上から乳房や陰部などに触れる行為や接吻する行為自体は、公衆の前で行われても、わいせつとされ、公然わいせつ罪が問われる可能性は少ないが、その行為を相手方の同意を得ずに行えば不同意わいせつ罪<ref>2023年改正前は「暴行又は脅迫」によることが要件であったが、同改正により、相手方の同意がないことで足りる。</ref>を問いうる。しかし、現在、さらに進んで、わいせつな行為を単純に「性的性質を有する一定の重大な侵襲」と定義すべきとも主張もなされている<ref>{{Cite journal ja-jp|author = 佐藤陽子|year = 2016|title = 強制わいせつ罪におけるわいせつ概念について |journal = 法律時報|issue = 1104|publisher = 日本評論社|pages = 60-65}}</ref>。しかしながら、この定義では曖昧に過ぎ罪刑法定主義に反するとの批判もある。実際の判定においては、わいせつとされる行為について、(ⅰ)関係する部位,(ⅱ)接触の有無・方法,(ⅲ)継続性,(ⅳ)強度,(ⅴ)性的意図,(ⅵ)その他の状況の全事情を評価するものと分析されている。
==参照条文==
*[[刑法第180条|第180条]](未遂罪)
:未遂は、罰する。
==判例==
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/50960/detail2/index.html 強制わいせつ、強姦致傷](最高裁判決昭和44年7月25日)
#;13才未満の者に対しその反抗を著しく困難にさせる程度の脅迫を用いてわいせつ行為をした場合の擬律
#:13才未満の者に対し、その反抗を著しく困難にさせる程度の脅迫を用いてわいせつの行為をした場合には、刑法176条の前段と後段との区別なく右法条に該当する一罪が成立する。
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/50924/detail2/index.html 強制わいせつ](最高裁判決昭和45年1月29日 刑集24巻1号1頁)
#;専ら報復または侮辱虐待の目的をもつて婦女を脅迫し裸にして撮影する行為と強制わいせつ罪の成否
#:強制わいせつ罪が成立するためには、その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれることを要し、婦女を脅迫し裸にして、その立つているところを撮影する行為であつても、これが専らその婦女に報復し、または、これを侮辱し、虐待する目的に出たときは、強要罪その他の罪を構成するのは格別、強制わいせつの罪は成立しない。
#:*被告人が、専ら報復のために被害者を裸にして写真を撮った事例
#:*:本判例は、以下の判決(最高裁判決平成29年11月29日)により変更されている。
#:*:なお、[[w:リベンジポルノ|リベンジポルノ]]については、「[[私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律]]」が立法され、個別犯罪化されている。
#:*:また、盗撮等不同意の撮影・映像の提供については「[[性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律]]」が立法され犯罪化されている。
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/87256/detail2/index.html 児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反、強制わいせつ、犯罪による収益の移転防止に関する法律違反被告事件](最高裁判決平成29年11月29日 刑集71巻9号467頁)
#;強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否
#:刑法(平成29年法律第72号による改正前のもの)176条にいう「わいせつな行為」に当たるか否かの判断を行うための個別具体的な事情の一つとして、行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合はあり得るが、行為者の性的意図は強制わいせつ罪の成立要件ではない。
===関連判例===
第1項第8号(セクシャルハラスメント)関連
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/88104/detail2/index.html 停職処分取消請求事件](最高裁判決平成30年11月6日)[[地方公務員法第29条|地方公務員法29条]]1項,[[地方公務員法第33条|地方公務員法33条]],加古川市職員の懲戒の手続及び効果に関する条例(昭和28年加古川市条例第7号)4条
#;地方公共団体の男性職員が勤務時間中に訪れた店舗の女性従業員にわいせつな行為等をしたことを理由とする停職6月の懲戒処分に裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法があるとした原審の判断に違法があるとされた事例
#:*行為態様
#:*:被上告人は,勤務時間中,上告人の市章の付いた作業着である制服制服を着用して本件店舗を訪れ,顔見知りであった女性従業員(以下「本件従業員」という。)に飲物を買い与えようとして,自らの左手を本件従業員の右手首に絡めるようにしてショーケースの前まで連れて行き,そこで商品を選ばせた上で,自らの右腕を本件従業員の左腕に絡めて歩き始め,その後間もなく,自らの右手で本件従業員の左手首をつかんで引き寄せ,その指先を制服の上から自らの股間に軽く触れさせた。本件従業員は,被上告人の手を振りほどき,本件店舗の奥に逃げ込んだ。
#:地方公共団体の男性職員が勤務時間中に訪れた店舗においてその女性従業員の手を自らの下半身に接触させようとするなどのわいせつな行為等をしたことを理由とする停職6月の懲戒処分がされた場合において,次の1.~5.など判示の事情の下では,上記処分に裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法があるとした原審の判断には,懲戒権者の裁量権に関する法令の解釈適用を誤った違法がある【したがって、懲戒処分は相当である】。
#:#上記行為は,<u>上記職員と上記従業員が客と店員の関係にあって拒絶が困難であることに乗じて行われた</u>。
#:#上記行為は,勤務時間中に市の制服を着用してされたものである上,複数の新聞で報道されるなどしており,上記地方公共団体の公務一般に対する住民の信頼を大きく損なうものであった。
#:#上記職員は,以前から上記店舗の従業員らを不快に思わせる不適切な言動をしており,これを理由の一つとして退職した女性従業員もいた。
#:#<u>上記1.の従業員が終始笑顔で行動し,上記職員から手や腕を絡められるという身体的接触に抵抗を示さなかったとしても,それは客との間のトラブルを避けるためのものであったとみる余地がある</u>。
#:#<u>上記従業員及び上記店舗のオーナーが上記職員の処罰を望まないとしても,それは事情聴取の負担や上記店舗の営業への悪影響等を懸念したことによるものとも解される</u>。
==脚注==
<references/>
----
{{前後
|[[コンメンタール刑法|刑法]]
|[[コンメンタール刑法#2|第2編 罪]]<br>
[[コンメンタール刑法#2-22|第22章 わいせつ、不同意性交等及び重婚の罪]]<br>
|[[刑法第175条]]<br>(わいせつ物頒布等)<br>
|[[刑法第177条]]<br>(不同意性交等)<br>
}}
{{stub|law}}
[[Category:刑法|176]]
[[category:刑法 2017年改正|176]]
[[category:刑法 2023年改正|176]]
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刑法第177条
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14022
302114
295909
2026-08-09T09:20:33Z
Seihigaisya
92079
処罰範囲の記載について修正
302114
wikitext
text/x-wiki
*[[法学]]>[[刑事法]]>[[刑法]]>[[コンメンタール刑法]]
*[[法学]]>[[コンメンタール]]>[[コンメンタール刑法]]
== 条文 ==
(不同意性交等)
; 第177条
#[[刑法第176条|前条]]第1項各号に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、性交、肛門性交、口腔性交又は膣若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの(以下この条及び[[刑法第179条|第179条]]第2項において「性交等」という。)をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、5年以上の有期拘禁刑に処する。
#行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、性交等をした者も、前項と同様とする。
#16歳未満の者に対し、性交等をした者(当該16歳未満の者が13歳以上である場合については、その者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第1項と同様とする。
===改正経緯===
====2023年改正====
2023年改正により、以下の条項から改正。
;(強制性交等)
: 13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、{{ruby|肛|こう}}門性交又は口{{ruby|腔|こう}}性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
:*改正ポイント
:*#強制性交等罪では性犯罪の本質を「暴行・脅迫」、準強制性交等罪では「抗拒不能・心神喪失」と表現していたが、これらを一元化し「'''同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態'''」に表現し直された。
:*#*なお本要件の処罰範囲は拡大しておらず、旧法で処罰できなかったものが新たに新法で処罰できるようになるわけではない。
:*#*本改正における要件の拡張により、[[刑法第178条|第178条]]第2項に定める事例は吸収・継承されることとなり、第1項は[[刑法第176条|前条]]に吸収されたため、同条は削除された。
:*#「性交等」の態様に関して、従来の「性交、肛門性交又は口腔性交」に「肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの」が加わった。新たに加わった態様については「わいせつなもの」という[[傾向犯]]の要件を要する。
:*#改正前から、13歳未満の若年者に対する性交等は、「暴行脅迫」の要件を要さず強制性交等罪を構成していたが、本改正において16歳未満の若年者に対する性交等は、相手方の真正の同意を得ていても本罪を構成することとなった。なお、改正前も暴行脅迫の有無はもちろん、相手方の同意等の存在は斟酌されず、性交等のみで強制性交等罪は成立していたため、本改正は、対象年齢を引き上げただけの改正と言える。ただし、相手方が13歳以上16歳未満であって、強制性交等をした者が当該相手方より5歳以上年上では'''ない'''場合は、強制性交等のみでは本罪は成立せず、第1項又は第2項の要件を満たした場合のみ本罪が成立することとした。
:*#婚姻関係の存在により本罪が成立しないものではないことを明確にした([[#夫婦間における本罪の成立|解説]]参照)。
====2022年改正====
2022年改正により、以下のとおり改正。施行日については本改正時は未定であったが(後に他の条項に関しては2025年6月1日と決定)、2023年改正施行に合わせ拘禁刑としている。
:(改正前)懲役
:(改正後)拘禁刑
====2017年改正====
2017年改正により以下の条項から改正。
(改正前)
;見出し
:強姦
;条文
:'''暴行'''又は脅迫を用いて'''十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年'''以上の有期懲役に処する。十三歳未満の'''女子を姦淫した'''者も、同様とする。
(改正のポイント)
#処罰行為の拡張
#:処罰行為が、暴行又は脅迫を用いて(13歳未満については手段を問わない)の姦淫(「性交」)、いわゆる「強姦」に、「肛門性交」又は「口腔性交」を加えた。
#被害客体の拡張
#:処罰行為が拡張されたことに伴い、被害客体が女子のみであったものを、男性も被害客体とした。
#科刑の重罰化
#:科刑下限を3年の有期懲役から、5年の有期懲役へと厳罰化された。
== 解説 ==
:2023年改正前の強制わいせつ罪及び強制性交等罪の、保護法益は被害者の「性的自由」とされるが、改正前は「暴行又は脅迫」を用いてこの自由を侵害した行為のみが可罰性のあるものとされていたが、当該改正により、相手方が同意しない場合や、同意が誤信をさせることなどにより不公正に形成された場合も可罰性があるものとされた。
:前条第1項各号に掲げる行為又は事由は以下のとおり。
:#暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
:#心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
:#アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
:#睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
:#同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
:#予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
:#虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
:#経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
:#:性的関係を求める対価型セクシャルハラスメントも刑法犯となることが定められた<ref>[https://www.moj.go.jp/content/001371810.pdf 法制審議会・刑事法(性犯罪関係)部会第6回会議(令和4年3月26日開催)議事録(法務省)]</ref>。
=== 夫婦間における本罪の成立 ===
:改正前、強姦罪の時代から、婚姻関係が存在する場合、すなわち夫婦間において本罪(夫婦間レイプ)が成立するかについての議論があった。
:学説においては、夫婦間レイプについて本罪が成立する余地はないとする①無条件否定説([[w:団藤重光|団藤]]、[[w:大塚仁|大塚]] 等)、婚姻関係が実質的に破綻していた場合など、一定の場合にのみ本罪の成立を肯定する②限定的肯定説([[w:町野朔|町野]]、[[w:林幹人|林]] 等)、夫婦間レイプについても通常の男女間と同様に本罪が成立するものと解する③無条件肯定説([[w:平川宗信|平川]]、[[w:西田典之|西田]]、[[w:山口厚|山口]]、[[w:大谷實|大谷]] 等)がある。無条件否定説は、かつて、強姦罪の保護法益は女性の貞操と捉えられており、夫婦の関係においてそれを評価する必要がないと考えられたことを背景にしていると考えられるが、保護法益は個人の性的自己決定権であることが共通認識となっている現在においては支持を失う方向にあった。
:裁判例としては、[[#夫婦間レイプ|広島高裁松江支部昭和62年6月18日判決]]および東京高裁平成19年9月26日判決(東高時報58巻1=12号86頁)があり、いずれも、婚姻関係が実質的に破綻している状況において強制的な性行為がなされたものであり強姦罪が成立するとしている。なお、後者判決においては、「婚姻関係の実質的破綻」は必須のものとし無条件肯定説の採用を否定している。
:これら学説の傾向および判例をうけ、2023年改正において本罪に加え不同意わいせつ罪と「婚姻関係の有無にかかわらず」の文言が入り、無条件否定説は否定され、夫婦間レイプも本罪または不同意わいせつ罪が適用されることが明定された。しかし、「婚姻関係の実質的破綻」を要するか否かは明らかではない。
==参照条文==
*[[刑法第180条|第180条]](未遂罪)
*[[刑法第241条|第241条]](強盗・強制性交等及び同致死)
==判例==
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/55338/detail2/index.html 強姦致傷](最高裁判決 昭和24年05月10日)
#;本条の暴行又は脅迫の程度
#:本条にいわゆる暴行又は脅迫は相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度のものであることを以て足りる。
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/56488/detail2/index.html 強姦致死](最高裁判決 昭和24年07月09日)
#;暴行又は脅迫を以つて婦女の心神を喪失させ若しくは抗拒不能に為して姦淫した行為の擬律
#:刑法第177条は暴行又は脅迫を以つて婦女を姦淫した者は、強姦の罪として処罰するを規定し、次に[[刑法第178条|同法第178條]]において、人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又はこれをして心神を喪失せしめ、若しくは抗拒不能ならしめて姦淫したる者についても、前条の例による旨を規定している。かかる法条の排列から見れば、苟しくも暴行又は脅迫を以つて婦女を姦淫した者は、前条に該当するのであつて従ってその暴行又は脅迫によつて、婦女をして心神を喪失せしめ、若しくは抗拒不能ならしめて姦淫した者も、また当然これに包含せられるものと解すべきである。
#:*暴行脅迫により心神喪失となった被害者に対する姦淫行為(→強制性交行為)は次条【削除】準強姦(→準強制性交)ではなく、直接強姦(→強制性交)となる。
#:*:→2023年改正により、刑法第178条は削除され、本条に統合された。
#;強姦の点が未遂に終つた強姦致死罪の擬律
#:強姦致死罪は単一な[[刑法第181条]]の犯罪を構成するものであつて、強姦の点が未遂であるかどうか及びその未遂が中止未遂であるか障礙未遂であるかということは、単に情状の問題にすぎないのであつて、処断刑に変更を来たすべき性質のものではないから、本罪に対しては刑法第181条を適用すれば足り、未遂軽減に関する[[刑法第43条|同法第43条]]本文又は但書を適用すべきものではない。
#;驚愕によつて犯行を中止した場合と中止未遂
#:犯罪の実行に着手した後、驚愕によつて犯行を中止した場合においても、その驚愕の原因となつた諸般の状況が、被告人の犯意の遂行を思い止まらしめる障碍の事情として客観性のあるものと認められるときは、障碍未遂であつて中止未遂ではない。
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/58672/detail2/index.html 窃盗、強姦致傷 ](最高裁判決 昭和33年06月06日 高刑集11巻10号701頁)
#;本条の暴行又は脅迫の程度
#:本条にいわゆる暴行脅迫は、<u>単にそれのみを取り上げて観察すれば「相手方の抗拒を著しく困難ならしめる」程度には達しないと認められるようなものであつても、</u>その相手方の年令、性別、素行、経歴等やそれがなされた時間、場所の四囲の環境その他具体的事情の如何と相伴つて、相手方の抗拒を不能にし又はこれを著しく困難ならしめるものであれば足りると解すべきである。
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/23390/detail2/index.html 住居侵入強姦致傷等被告事件](広島高裁判決 昭和33年12月24日)
#;錯誤を利用した姦淫と抗拒不能
#:犯人に当初よリ強姦の意思があり、被害者が睡気その他の事情により犯人を自己の夫と誤認しているのに乗じて姦淫する以上、性交の当時またはその直前に被害者が完全に覚せいしても右誤認の継続するかぎり刑法第178条にいわゆる抗拒不能に乗じて婦女を姦淫した場合にあたる。
#:*2023年改正前において「抗拒不能」を拡張した事例
#:*:半睡半覚状態の被害者が夫と誤認して行為者と性交した(松原89事例10:)→法益関係的錯誤説(西田=橋爪104;山口112;浅田127)
#:*2023年改正後は「睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること」により、争いなく不合意性交等罪が成立する。
#<span id="夫婦間レイプ"/>[https://www.courts.go.jp/hanrei/24717/detail2/index.html 強姦、傷害被告事件](広島高裁松江支部判決 昭和62年6月18日)
#;夫婦間でも強姦罪が成立するとされた事例
#:法律上は夫婦であつても、婚姻が破綻して名ばかりの夫婦にすぎない場合に、夫が暴行又は脅迫をもつて妻を姦淫したときは強姦罪が成立する。
==脚注==
<references/>
----
{{前後
|[[コンメンタール刑法|刑法]]
|[[コンメンタール刑法#2|第2編 罪]]<br>
[[コンメンタール刑法#2-22|第22章 わいせつ、不同意性交等及び重婚の罪]]<br>
|[[刑法第176条]]<br>(不同意わいせつ)
|[[刑法第178条]]<br>'''削除'''<br>[[刑法第179条]]<br>(監護者わいせつ及び監護者性交等)
}}
{{stub|law}}
[[Category:刑法|177]]
[[category:刑法 2017年改正|177]]
[[category:刑法 2023年改正|177]]
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2026-08-09T11:32:55Z
Seihigaisya
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同意があれば例外的に同意年齢未満でも犯罪にならない場合があるので記載を削除 その他処罰範囲等について加筆&修正
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wikitext
text/x-wiki
*[[法学]]>[[刑事法]]>[[刑法]]>[[コンメンタール刑法]]
*[[法学]]>[[コンメンタール]]>[[コンメンタール刑法]]
== 条文 ==
(不同意性交等)
; 第177条
#[[刑法第176条|前条]]第1項各号に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、性交、肛門性交、口腔性交又は膣若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの(以下この条及び[[刑法第179条|第179条]]第2項において「性交等」という。)をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、5年以上の有期拘禁刑に処する。
#行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、性交等をした者も、前項と同様とする。
#16歳未満の者に対し、性交等をした者(当該16歳未満の者が13歳以上である場合については、その者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第1項と同様とする。
===改正経緯===
====2023年改正====
2023年改正により、以下の条項から改正。
;(強制性交等)
: 13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、{{ruby|肛|こう}}門性交又は口{{ruby|腔|こう}}性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
:*改正ポイント
:*#強制性交等罪では性犯罪の本質を「暴行・脅迫」、準強制性交等罪では「抗拒不能・心神喪失」とそれぞれ表現していたが、これらを統合し「'''同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態'''」に表現し直された<ref name="moj_seihanzai">[https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00200.html 法務省「性犯罪関係の法改正等 Q&A」]</ref>。
:*#*なお本要件の処罰範囲は拡大しておらず、旧法で処罰できなかったものが新たに新法で処罰できるようになるわけではない<ref name="moj_seihanzai" />。
:*#*誤信類型は旧法抗拒不能に含めていたが、2項で処罰されることになった<ref>安達光治「『ハイブリッド刑法各論〔第3版〕』補遺」5頁、法律文化社。[https://www.hou-bun.com/01main/01_04_hoi_pdf_129.pdf]</ref>。
:*#*本改正における要件の一元化により、[[刑法第178条|第178条]]第2項に定める事例は吸収・継承されることとなり、第1項は[[刑法第176条|前条]]に吸収されたため、同条は削除された。
:*#「性交等」の態様に関して、従来の「性交、肛門性交又は口腔性交」に「肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの」が加わった。新たに加わった態様については「わいせつなもの」という[[傾向犯]]の要件を要する。
:*#改正前から、13歳未満の若年者に対する性交等は、「暴行・脅迫」の要件を要さず強制性交等罪を構成していた。本改正において16歳未満の若年者に対する性交等は、他の要件を要さずとも本罪を構成することとなった。本改正は、対象年齢を引き上げただけの改正と言える。ただし、相手方が13歳以上16歳未満であって、性的行為をした者が当該相手方より5歳以上年上では'''ない'''場合は、年齢要件のみでは本罪は成立せず、第1項又は第2項の要件を満たした場合のみ本罪が成立することとした。
:*#婚姻関係の存在により本罪が成立しないものではないことを明確にした([[#夫婦間における本罪の成立|解説]]参照)。
====2022年改正====
2022年改正により、以下のとおり改正。施行日については本改正時は未定であったが(後に他の条項に関しては2025年6月1日と決定)、2023年改正施行に合わせ拘禁刑としている。
:(改正前)懲役
:(改正後)拘禁刑
====2017年改正====
2017年改正により以下の条項から改正。
(改正前)
;見出し
:強姦
;条文
:'''暴行'''又は脅迫を用いて'''十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年'''以上の有期懲役に処する。十三歳未満の'''女子を姦淫した'''者も、同様とする。
(改正のポイント)
#処罰行為の拡張
#:処罰行為が、暴行又は脅迫を用いて(13歳未満については手段を問わない)の姦淫(「性交」)、いわゆる「強姦」に、「肛門性交」又は「口腔性交」を加えた。
#被害客体の拡張
#:処罰行為が拡張されたことに伴い、被害客体が女子のみであったものを、男性も被害客体とした。
#科刑の重罰化
#:科刑下限を3年の有期懲役から、5年の有期懲役へと厳罰化された。
== 解説 ==
2023年改正前の強制性交等罪の、保護法益は被害者の「性的自由」とされるが、改正前は「暴行又は脅迫」を用いてこの自由を侵害した行為が可罰性あるものとされていた。本罪では準強制性交等罪と統合し、「'''同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態'''」に陥っている被害者と性的行為を行った場合に処罰される。また本要件は「同意しない意思」が前提となっているため、そもそも内心などに「同意」が存在する場合は構成要件該当性が否定されるとの見解がある<ref name="hashizume2025">{{Cite book|和書
|title=性犯罪に対する処罰規定の改正等について
|author=橋爪隆
|year=2024
|publisher=立花書房
}}</ref>。
前条第1項各号には行為・事由が列挙されているが、これらは原因事由であって、行為・事由のみに該当することは犯罪ではない。加えて「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」まで達していることが必須であり、後者の要件で被害者の状態の検討を要する<ref name="hashizume2025" />。
:#暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
:#心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
:#アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
:#睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
:#同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
:#予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
:#虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
:#経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
=== 夫婦間における本罪の成立 ===
:改正前、強姦罪の時代から、婚姻関係が存在する場合、すなわち夫婦間において本罪(夫婦間レイプ)が成立するかについての議論があった。
:学説においては、夫婦間レイプについて本罪が成立する余地はないとする①無条件否定説([[w:団藤重光|団藤]]、[[w:大塚仁|大塚]] 等)、婚姻関係が実質的に破綻していた場合など、一定の場合にのみ本罪の成立を肯定する②限定的肯定説([[w:町野朔|町野]]、[[w:林幹人|林]] 等)、夫婦間レイプについても通常の男女間と同様に本罪が成立するものと解する③無条件肯定説([[w:平川宗信|平川]]、[[w:西田典之|西田]]、[[w:山口厚|山口]]、[[w:大谷實|大谷]] 等)がある。無条件否定説は、かつて、強姦罪の保護法益は女性の貞操と捉えられており、夫婦の関係においてそれを評価する必要がないと考えられたことを背景にしていると考えられるが、保護法益は個人の性的自己決定権であることが共通認識となっている現在においては支持を失う方向にあった。
:裁判例としては、[[#夫婦間レイプ|広島高裁松江支部昭和62年6月18日判決]]および東京高裁平成19年9月26日判決(東高時報58巻1=12号86頁)があり、いずれも、婚姻関係が実質的に破綻している状況において強制的な性行為がなされたものであり強姦罪が成立するとしている。なお、後者判決においては、「婚姻関係の実質的破綻」は必須のものとし無条件肯定説の採用を否定している。
:これら学説の傾向および判例をうけ、2023年改正において本罪に加え不同意わいせつ罪と「婚姻関係の有無にかかわらず」の文言が入り、無条件否定説は否定され、夫婦間レイプも本罪または不同意わいせつ罪が適用されることが明定された。しかし、「婚姻関係の実質的破綻」を要するか否かは明らかではない。
==参照条文==
*[[刑法第180条|第180条]](未遂罪)
*[[刑法第241条|第241条]](強盗・強制性交等及び同致死)
==判例==
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/55338/detail2/index.html 強姦致傷](最高裁判決 昭和24年05月10日)
#;本条の暴行又は脅迫の程度
#:本条にいわゆる暴行又は脅迫は相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度のものであることを以て足りる。
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/56488/detail2/index.html 強姦致死](最高裁判決 昭和24年07月09日)
#;暴行又は脅迫を以つて婦女の心神を喪失させ若しくは抗拒不能に為して姦淫した行為の擬律
#:刑法第177条は暴行又は脅迫を以つて婦女を姦淫した者は、強姦の罪として処罰するを規定し、次に[[刑法第178条|同法第178條]]において、人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又はこれをして心神を喪失せしめ、若しくは抗拒不能ならしめて姦淫したる者についても、前条の例による旨を規定している。かかる法条の排列から見れば、苟しくも暴行又は脅迫を以つて婦女を姦淫した者は、前条に該当するのであつて従ってその暴行又は脅迫によつて、婦女をして心神を喪失せしめ、若しくは抗拒不能ならしめて姦淫した者も、また当然これに包含せられるものと解すべきである。
#:*暴行脅迫により心神喪失となった被害者に対する姦淫行為(→強制性交行為)は次条【削除】準強姦(→準強制性交)ではなく、直接強姦(→強制性交)となる。
#:*:→2023年改正により、刑法第178条は削除され、本条に統合された。
#;強姦の点が未遂に終つた強姦致死罪の擬律
#:強姦致死罪は単一な[[刑法第181条]]の犯罪を構成するものであつて、強姦の点が未遂であるかどうか及びその未遂が中止未遂であるか障礙未遂であるかということは、単に情状の問題にすぎないのであつて、処断刑に変更を来たすべき性質のものではないから、本罪に対しては刑法第181条を適用すれば足り、未遂軽減に関する[[刑法第43条|同法第43条]]本文又は但書を適用すべきものではない。
#;驚愕によつて犯行を中止した場合と中止未遂
#:犯罪の実行に着手した後、驚愕によつて犯行を中止した場合においても、その驚愕の原因となつた諸般の状況が、被告人の犯意の遂行を思い止まらしめる障碍の事情として客観性のあるものと認められるときは、障碍未遂であつて中止未遂ではない。
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/58672/detail2/index.html 窃盗、強姦致傷 ](最高裁判決 昭和33年06月06日 高刑集11巻10号701頁)
#;本条の暴行又は脅迫の程度
#:本条にいわゆる暴行脅迫は、<u>単にそれのみを取り上げて観察すれば「相手方の抗拒を著しく困難ならしめる」程度には達しないと認められるようなものであつても、</u>その相手方の年令、性別、素行、経歴等やそれがなされた時間、場所の四囲の環境その他具体的事情の如何と相伴つて、相手方の抗拒を不能にし又はこれを著しく困難ならしめるものであれば足りると解すべきである。
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/23390/detail2/index.html 住居侵入強姦致傷等被告事件](広島高裁判決 昭和33年12月24日)
#;錯誤を利用した姦淫と抗拒不能
#:犯人に当初よリ強姦の意思があり、被害者が睡気その他の事情により犯人を自己の夫と誤認しているのに乗じて姦淫する以上、性交の当時またはその直前に被害者が完全に覚せいしても右誤認の継続するかぎり刑法第178条にいわゆる抗拒不能に乗じて婦女を姦淫した場合にあたる。
#:*2023年改正前において「抗拒不能」を拡張した事例
#:*:半睡半覚状態の被害者が夫と誤認して行為者と性交した(松原89事例10:)→法益関係的錯誤説(西田=橋爪104;山口112;浅田127)
#:*2023年改正後は「睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること」により、争いなく不合意性交等罪が成立する。
#<span id="夫婦間レイプ"/>[https://www.courts.go.jp/hanrei/24717/detail2/index.html 強姦、傷害被告事件](広島高裁松江支部判決 昭和62年6月18日)
#;夫婦間でも強姦罪が成立するとされた事例
#:法律上は夫婦であつても、婚姻が破綻して名ばかりの夫婦にすぎない場合に、夫が暴行又は脅迫をもつて妻を姦淫したときは強姦罪が成立する。
==脚注==
<references/>
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{{前後
|[[コンメンタール刑法|刑法]]
|[[コンメンタール刑法#2|第2編 罪]]<br>
[[コンメンタール刑法#2-22|第22章 わいせつ、不同意性交等及び重婚の罪]]<br>
|[[刑法第176条]]<br>(不同意わいせつ)
|[[刑法第178条]]<br>'''削除'''<br>[[刑法第179条]]<br>(監護者わいせつ及び監護者性交等)
}}
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[[Category:刑法|177]]
[[category:刑法 2017年改正|177]]
[[category:刑法 2023年改正|177]]
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*[[法学]]>[[刑事法]]>[[刑法]]>[[コンメンタール刑法]]
*[[法学]]>[[コンメンタール]]>[[コンメンタール刑法]]
== 条文 ==
(不同意性交等)
; 第177条
#[[刑法第176条|前条]]第1項各号に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、性交、肛門性交、口腔性交又は膣若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの(以下この条及び[[刑法第179条|第179条]]第2項において「性交等」という。)をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、5年以上の有期拘禁刑に処する。
#行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、性交等をした者も、前項と同様とする。
#16歳未満の者に対し、性交等をした者(当該16歳未満の者が13歳以上である場合については、その者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第1項と同様とする。
===改正経緯===
====2023年改正====
2023年改正により、以下の条項から改正。
;(強制性交等)
: 13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、{{ruby|肛|こう}}門性交又は口{{ruby|腔|こう}}性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
:*改正ポイント
:*#強制性交等罪では性犯罪の本質を「暴行・脅迫」、準強制性交等罪では「抗拒不能・心神喪失」とそれぞれ表現していたが、これらを統合し「'''同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態'''」に表現し直された<ref name="moj_seihanzai">[https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00200.html 法務省「性犯罪関係の法改正等 Q&A」]</ref>。
:*#*なお本要件の処罰範囲は拡大しておらず、旧法で処罰できなかったものが新たに新法で処罰できるようになるわけではない<ref name="moj_seihanzai" />。
:*#*誤信類型は旧法抗拒不能に含めていたが、2項で処罰されることになった<ref>安達光治「『ハイブリッド刑法各論〔第3版〕』補遺」5頁、法律文化社。[https://www.hou-bun.com/01main/01_04_hoi_pdf_129.pdf]</ref>。
:*#*本改正における要件の一元化により、[[刑法第178条|第178条]]第2項に定める事例は吸収・継承されることとなり、第1項は[[刑法第176条|前条]]に吸収されたため、同条は削除された。
:*#「性交等」の態様に関して、従来の「性交、肛門性交又は口腔性交」に「肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの」が加わった。新たに加わった態様については「わいせつなもの」という[[傾向犯]]の要件を要する。
:*#改正前から、13歳未満の若年者に対する性交等は、「暴行・脅迫」の要件を要さず強制性交等罪を構成していた。本改正において16歳未満の若年者に対する性交等は、他の要件を要さずとも本罪を構成することとなった。本改正は、対象年齢を引き上げただけの改正と言える。ただし、相手方が13歳以上16歳未満であって、性交等をした者が当該相手方より5歳以上年上では'''ない'''場合は、年齢要件のみでは本罪は成立せず、第1項又は第2項の要件を満たした場合のみ本罪が成立することとした。
:*#婚姻関係の存在により本罪が成立しないものではないことを明確にした([[#夫婦間における本罪の成立|解説]]参照)。
====2022年改正====
2022年改正により、以下のとおり改正。施行日については本改正時は未定であったが(後に他の条項に関しては2025年6月1日と決定)、2023年改正施行に合わせ拘禁刑としている。
:(改正前)懲役
:(改正後)拘禁刑
====2017年改正====
2017年改正により以下の条項から改正。
(改正前)
;見出し
:強姦
;条文
:'''暴行'''又は脅迫を用いて'''十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年'''以上の有期懲役に処する。十三歳未満の'''女子を姦淫した'''者も、同様とする。
(改正のポイント)
#処罰行為の拡張
#:処罰行為が、暴行又は脅迫を用いて(13歳未満については手段を問わない)の姦淫(「性交」)、いわゆる「強姦」に、「肛門性交」又は「口腔性交」を加えた。
#被害客体の拡張
#:処罰行為が拡張されたことに伴い、被害客体が女子のみであったものを、男性も被害客体とした。
#科刑の重罰化
#:科刑下限を3年の有期懲役から、5年の有期懲役へと厳罰化された。
== 解説 ==
2023年改正前の強制性交等罪の、保護法益は被害者の「性的自由」とされるが、改正前は「暴行又は脅迫」を用いてこの自由を侵害した行為が可罰性あるものとされていた。本罪では準強制性交等罪と統合し、「'''同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態'''」に陥っている被害者と性交等を行った場合に処罰される。また本要件は「同意しない意思」が前提となっているため、そもそも内心などに「同意」が存在する場合は構成要件該当性が否定されるとの見解がある<ref name="hashizume2025">{{Cite book|和書
|title=性犯罪に対する処罰規定の改正等について
|author=橋爪隆
|year=2024
|publisher=立花書房
}}</ref>。
前条第1項各号には行為・事由が列挙されているが、これらは原因事由であって、行為・事由のみに該当することは犯罪ではない。加えて「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」まで達していることが必須であり、後者の要件で被害者の状態の検討を要する<ref name="hashizume2025" />。
:#暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
:#心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
:#アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
:#睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
:#同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
:#予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
:#虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
:#経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
=== 夫婦間における本罪の成立 ===
:改正前、強姦罪の時代から、婚姻関係が存在する場合、すなわち夫婦間において本罪(夫婦間レイプ)が成立するかについての議論があった。
:学説においては、夫婦間レイプについて本罪が成立する余地はないとする①無条件否定説([[w:団藤重光|団藤]]、[[w:大塚仁|大塚]] 等)、婚姻関係が実質的に破綻していた場合など、一定の場合にのみ本罪の成立を肯定する②限定的肯定説([[w:町野朔|町野]]、[[w:林幹人|林]] 等)、夫婦間レイプについても通常の男女間と同様に本罪が成立するものと解する③無条件肯定説([[w:平川宗信|平川]]、[[w:西田典之|西田]]、[[w:山口厚|山口]]、[[w:大谷實|大谷]] 等)がある。無条件否定説は、かつて、強姦罪の保護法益は女性の貞操と捉えられており、夫婦の関係においてそれを評価する必要がないと考えられたことを背景にしていると考えられるが、保護法益は個人の性的自己決定権であることが共通認識となっている現在においては支持を失う方向にあった。
:裁判例としては、[[#夫婦間レイプ|広島高裁松江支部昭和62年6月18日判決]]および東京高裁平成19年9月26日判決(東高時報58巻1=12号86頁)があり、いずれも、婚姻関係が実質的に破綻している状況において強制的な性行為がなされたものであり強姦罪が成立するとしている。なお、後者判決においては、「婚姻関係の実質的破綻」は必須のものとし無条件肯定説の採用を否定している。
:これら学説の傾向および判例をうけ、2023年改正において本罪に加え不同意わいせつ罪と「婚姻関係の有無にかかわらず」の文言が入り、無条件否定説は否定され、夫婦間レイプも本罪または不同意わいせつ罪が適用されることが明定された。しかし、「婚姻関係の実質的破綻」を要するか否かは明らかではない。
==参照条文==
*[[刑法第180条|第180条]](未遂罪)
*[[刑法第241条|第241条]](強盗・強制性交等及び同致死)
==判例==
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/55338/detail2/index.html 強姦致傷](最高裁判決 昭和24年05月10日)
#;本条の暴行又は脅迫の程度
#:本条にいわゆる暴行又は脅迫は相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度のものであることを以て足りる。
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/56488/detail2/index.html 強姦致死](最高裁判決 昭和24年07月09日)
#;暴行又は脅迫を以つて婦女の心神を喪失させ若しくは抗拒不能に為して姦淫した行為の擬律
#:刑法第177条は暴行又は脅迫を以つて婦女を姦淫した者は、強姦の罪として処罰するを規定し、次に[[刑法第178条|同法第178條]]において、人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又はこれをして心神を喪失せしめ、若しくは抗拒不能ならしめて姦淫したる者についても、前条の例による旨を規定している。かかる法条の排列から見れば、苟しくも暴行又は脅迫を以つて婦女を姦淫した者は、前条に該当するのであつて従ってその暴行又は脅迫によつて、婦女をして心神を喪失せしめ、若しくは抗拒不能ならしめて姦淫した者も、また当然これに包含せられるものと解すべきである。
#:*暴行脅迫により心神喪失となった被害者に対する姦淫行為(→強制性交行為)は次条【削除】準強姦(→準強制性交)ではなく、直接強姦(→強制性交)となる。
#:*:→2023年改正により、刑法第178条は削除され、本条に統合された。
#;強姦の点が未遂に終つた強姦致死罪の擬律
#:強姦致死罪は単一な[[刑法第181条]]の犯罪を構成するものであつて、強姦の点が未遂であるかどうか及びその未遂が中止未遂であるか障礙未遂であるかということは、単に情状の問題にすぎないのであつて、処断刑に変更を来たすべき性質のものではないから、本罪に対しては刑法第181条を適用すれば足り、未遂軽減に関する[[刑法第43条|同法第43条]]本文又は但書を適用すべきものではない。
#;驚愕によつて犯行を中止した場合と中止未遂
#:犯罪の実行に着手した後、驚愕によつて犯行を中止した場合においても、その驚愕の原因となつた諸般の状況が、被告人の犯意の遂行を思い止まらしめる障碍の事情として客観性のあるものと認められるときは、障碍未遂であつて中止未遂ではない。
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/58672/detail2/index.html 窃盗、強姦致傷 ](最高裁判決 昭和33年06月06日 高刑集11巻10号701頁)
#;本条の暴行又は脅迫の程度
#:本条にいわゆる暴行脅迫は、<u>単にそれのみを取り上げて観察すれば「相手方の抗拒を著しく困難ならしめる」程度には達しないと認められるようなものであつても、</u>その相手方の年令、性別、素行、経歴等やそれがなされた時間、場所の四囲の環境その他具体的事情の如何と相伴つて、相手方の抗拒を不能にし又はこれを著しく困難ならしめるものであれば足りると解すべきである。
#[https://www.courts.go.jp/hanrei/23390/detail2/index.html 住居侵入強姦致傷等被告事件](広島高裁判決 昭和33年12月24日)
#;錯誤を利用した姦淫と抗拒不能
#:犯人に当初よリ強姦の意思があり、被害者が睡気その他の事情により犯人を自己の夫と誤認しているのに乗じて姦淫する以上、性交の当時またはその直前に被害者が完全に覚せいしても右誤認の継続するかぎり刑法第178条にいわゆる抗拒不能に乗じて婦女を姦淫した場合にあたる。
#:*2023年改正前において「抗拒不能」を拡張した事例
#:*:半睡半覚状態の被害者が夫と誤認して行為者と性交した(松原89事例10:)→法益関係的錯誤説(西田=橋爪104;山口112;浅田127)
#:*2023年改正後は「睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること」により、争いなく不合意性交等罪が成立する。
#<span id="夫婦間レイプ"/>[https://www.courts.go.jp/hanrei/24717/detail2/index.html 強姦、傷害被告事件](広島高裁松江支部判決 昭和62年6月18日)
#;夫婦間でも強姦罪が成立するとされた事例
#:法律上は夫婦であつても、婚姻が破綻して名ばかりの夫婦にすぎない場合に、夫が暴行又は脅迫をもつて妻を姦淫したときは強姦罪が成立する。
==脚注==
<references/>
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{{前後
|[[コンメンタール刑法|刑法]]
|[[コンメンタール刑法#2|第2編 罪]]<br>
[[コンメンタール刑法#2-22|第22章 わいせつ、不同意性交等及び重婚の罪]]<br>
|[[刑法第176条]]<br>(不同意わいせつ)
|[[刑法第178条]]<br>'''削除'''<br>[[刑法第179条]]<br>(監護者わいせつ及び監護者性交等)
}}
{{stub|law}}
[[Category:刑法|177]]
[[category:刑法 2017年改正|177]]
[[category:刑法 2023年改正|177]]
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刑法第178条
0
14023
302116
296873
2026-08-09T11:38:34Z
Seihigaisya
92079
同意がない性交を処罰するわけではないので修正
302116
wikitext
text/x-wiki
*[[法学]]>[[刑事法]]>[[刑法]]>[[コンメンタール刑法]]
*[[法学]]>[[コンメンタール]]>[[コンメンタール刑法]]
== 条文 ==
; 第178条
<big>'''削除'''</big>
===改正経緯===
====2023年改正====
改正前は以下の条項が規定されていたが、2023年改正により、第1項は[[刑法第176条|第176条]]に、第2項は[[刑法第177条|第177条]]に各々趣旨が吸収され、削除となった。
(準強制わいせつ及び準強制性交等)
# 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、[[刑法第176条|第176条]]の例による。
# 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、[[刑法第177条|前条]]の例による。
====2017年改正====
2017年改正により、以下のとおり改正。処罰対象の行為及び被害対象が改正されたことに伴う([[刑法第177条#改正経緯]]参照)。
#見出し
#:(改正前)準強制わいせつ及び準強姦
#:(改正後)準強制わいせつ及び準強制性交等
#第2項 行為の客体
#:(改正前)女子の心神喪失
#:(改正後)人の心神喪失
#第2項 行為の主体
#:(改正前)姦淫した者は
#:(改正後)性交等をした者
== 解説 ==
:強制わいせつ罪及び強制性交等罪においては、「暴行又は脅迫」により、相手が抵抗できないことに乗じてわいせつ行為・性交等を行うことであるが、これらによらず、相手が昏倒・泥酔・薬物摂取等により意識がないことに乗じてわいせつ行為・性交等を行う場合も、その意識障害が加害者の行為によるか否かに関わらず、強制わいせつ罪及び強制性交等罪同様に取り扱う旨の規定であった。2023年改正では処罰範囲を拡大させずにそれらを統合し「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」に陥っている被害者と行為をした場合に、各々不同意わいせつ罪・不同意性交等罪が成立することとなったため、本条の趣旨は各々の条項に吸収され削除となった。
==参照条文==
==判例==
#名古屋地判昭55年7月28日判時1007号140頁
#:産婦人科医を自称する者が女性に対して性病の治療のために必要であると偽って性交に応じさせた(被害者を不安のあまり冷静な判断力を欠いた極めて不安定な心理状態に陥れた)(松原89事例11)
#東京高判昭56年1月27日刑月13巻1=2号50頁
#:プロダクションの実質的経営者がモデルとして売り出すために必要だと言って、モデル志望の女性にわいせつな行為を受忍させた(松原89事例12)
#東京地判昭58年3月1日判時1096号145頁
#:霊感による治療と騙して女性に性交を受忍させた(松原89事例13)
#名古屋地岡崎支判平成31.3.26(評釈:佐藤陽子・刑事法ジャーナル 62号(2019年)144-152頁;安田拓人・法学教室 469号(2019年)138頁;前田雅英・WLJ判例コラム臨時号[[https://www.westlawjapan.com/column-law/2019/190509/|166号57頁]]
#:被告人が、かねてより被告人による暴力や性的虐待等により被告人に抵抗できない精神状態で生活していた同居の実子A(当時19歳)に対し、その抗拒不能に乗じて性交したとして2件の準強制性交等罪に問われた事案において、Aが本件各性交当時に抗拒不能の状態にあったと認定することはできないとして、無罪が言い渡された事例
#名古屋高判令2・3・12判時 2467号137頁(評釈:前田雅英・捜研69巻5号30頁;谷田川知恵・法民547号46頁;仲道祐樹・法時92巻5号4頁;嘉門優・刑事法ジャーナル 66号115頁;斉藤豊治「実父による継続的な性的虐待と抗拒不能の判断(名古屋高裁判決)」新・判例解説 Watch・刑法 [https://lex.lawlibrary.jp/commentary/pdf/z18817009-00-071682047_tkc.pdf |No.168 (2021)]]
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{{前後
|[[コンメンタール刑法|刑法]]
|[[コンメンタール刑法#2|第2編 罪]]<br>
[[コンメンタール刑法#2-22|第22章 わいせつ、強制性交等及び重婚の罪]]<br>
|[[刑法第177条]]<br>(強制性交等)<br>
|[[刑法第178条の2]] 削除<br>[[刑法第179条]]<br>(監護者わいせつ及び監護者性交等)<br>
}}
[[Category:刑法|178]]
[[category:刑法 2017年改正|178]]
[[category:刑法 2023年改正|178]]
[[category:削除又は廃止された条文|刑178]]
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高等学校国語総合/漢文/管鮑之交
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text/x-wiki
管鮑(かんぽう)の交わり(まじわり)
== 原文 ==
仲字夷吾。嘗与鮑叔賈。分利多自与。鮑叔不以為貪。知仲貪也。嘗謀事窮困。鮑叔不以為愚。知時有利不利也。嘗三戦三走。鮑叔不以為怯。知仲有老母也。
仲日「生我者父母、知我者鮑子也」。
桓公九合諸侯、一匡天下、皆仲之謀。一則仲父、二則仲父。
出典は『十八史略』。
== 書き下し文 ==
管仲(かんちゅう)字(あざな)は夷吾(いご)。 嘗て(かつて)鮑叔(ほうしゅく)と賈す(こす)。利(り)を分かつ(わかつ)に多く(おほく)自らに(みづからに)与ふ(あたふ)。鮑叔(ほうしゅく)以つて(もつて)貪(たん)と為さず。 仲(ちゆう)の貧しき(ひんしき)を知れば(しれば)なり。 嘗て(かつて)事(こと)を謀りて(はかりて)窮困(きゅうこん)す。鮑叔(ほうしゅく)以つて(もつて)愚(ぐ)と為さず(なさず)。時に(ときに)利(り)と不利(ふり)と有る(ある)を知ればなり。嘗て(かつて)三たび(みたび)戦ひて(たたかひて)三たび(みたび)走る(はしる)。鮑叔(ほうしゅく)以つて(もつて)怯(けふ)と為さず(なさず)。仲(ちゅう)に老母有るを知ればなり。仲(ちゅう)曰はく(いはく)、「我(われ)を生む(うむ)者(もの)は父母(ふぼ)、我を知る(しる)者(もの)は鮑子(ほうし)なり。」と。
桓公(かんこう)諸侯(しょこう)を九-合(きゅうごう)し、天下を一-匡(いっきょう)せしは、皆(みな)仲(ちゅう)の謀なり(はかごとなり)。一にも則ち(すなわち)仲父(ちゅうほ)、二にも則ち(すなわち)仲父といへり。
== 現代語訳 ==
管仲(かんちゅう)という人物がいた、字(あざな)は夷吾(いご)という。
以前、鮑叔(ほうしゅく)と一緒に商売をしていたことがある。
管仲(かんちゅう)は分け前を、自分に多く、取っていた。
(しかし、)鮑叔(ほうしゅく)は、このことで管仲(かんちゅう)を欲張りとは思わなかった。
なぜなら、管仲(かんちゅう)が、貧乏なことを知っていたからである。
以前に(管仲は)、何度か(商売の)事業を立ち上げて、(その事業はすべて失敗して)かえって貧乏になってしまった。
鮑叔(ほうしゅく)は、(管仲を)愚かだとは思わなかった。
時勢(じせい)によって、ものごとが上手く行く時もあるし、上手く行かないときもあることを知っていたからである。
以前に(管仲は)、何度か戦いにでて、その度ごとに逃げた。
鮑叔(ほうしゅく)は、(管仲を)臆病だとは思わなかった。
管仲には、(彼が面倒を見なければならない)老いた母がいたことを知っていたからである。
(そんな鮑叔のことについて、)管仲は言った、「私を生んだのは父母であるが、私を理解してくれるのは鮑君である。」
桓公が天下の諸侯を何度も集合し、天下の乱れを正して統一させたのはすべて管仲の計略によったものである。(だから、)桓公は1にも2にも(管仲のことを)仲父と呼んだ。
== 語釈 ==
* 管仲(かんちゅう) - のちに斉の宰相になる。
* 鮑叔(ほうしゅく) - のちに斉の重臣になる。
* 賈 - 商売する。店を構えて商売する。いっぽう、これに対して、「商」は「行商」の意味。
* 貪(たん) - 欲張り。貪欲。「たん」と読む。
* 走 - 逃げる。
* 怯(きょう) - 卑怯(ひきょう)。臆病(おくびょう)。
* 三 - 回数が多いことを表す場合に、漢文でよく用いられる比喩的な表現。実際の回数とは、限らない。
* 知 - 理解する。分かる。
* 字(あざな) - 古代・中世の中国で、男子の成人のさい、本名の他に付ける別名。
* 鮑子(ほうし) - 鮑叔(ほうしゅく)のこと。「子」は敬称。
* 九合 ー 一つに集めまとめる。「九」は「糾」に通じる。
* 一匡 ー 乱を治めて、天下を統一する。「匡」は、正す。
* 仲父 - 読みは「ちゅうほ」。管仲を父と同様に尊敬した呼び方。
== 表現 ==
* 嘗て(かつて) - 以前に。過去のことについて説明するときの表現。
* 与(と) - 「与」は原文中にある語句。「与 A 」で「Aと一緒に」の意味。書き下し文では「と」と訓読する。
* 不'''以為'''貪 - 「A以B為C」で「AがBをCだと思う」の意味。「A以為C」はBを省略した形である。「鮑叔不以為貪」は「鮑叔不以'''管仲'''為貪」の省略形。貪欲かどうかが、この文の話題になってる相手は管仲であり、鮑叔ではない。「不」があるので否定形であり、最終的に「鮑叔不以為貪」は「鮑叔が管仲を貪欲だとは評価しない。」の意味。
== 似た熟語 ==
「刎頸の交わり」(ふんけい の まじわり)が、よく例として挙げられる。
この他にも、「知音」、「水魚の交わり」(三国志)、「竹馬の友」(晋書)など、似た意味の語は多い。
[[カテゴリ:高等学校教育 国語 漢文]]
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管鮑(かんぽう)の交わり(まじわり)
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出典は『十八史略』。
== 書き下し文 ==
管仲(かんちゅう)字(あざな)は夷吾(いご)。 嘗て(かつて)鮑叔(ほうしゅく)と賈す(こす)。利(り)を分かつ(わかつ)に多く(おほく)自らに(みづからに)与ふ(あたふ)。鮑叔(ほうしゅく)以つて(もつて)貪(たん)と為さず。 仲(ちゆう)の貧しき(ひんしき)を知れば(しれば)なり。 嘗て(かつて)事(こと)を謀りて(はかりて)窮困(きゅうこん)す。鮑叔(ほうしゅく)以つて(もつて)愚(ぐ)と為さず(なさず)。時に(ときに)利(り)と不利(ふり)と有る(ある)を知ればなり。嘗て(かつて)三たび(みたび)戦ひて(たたかひて)三たび(みたび)走る(はしる)。鮑叔(ほうしゅく)以つて(もつて)怯(けふ)と為さず(なさず)。仲(ちゅう)に老母有るを知ればなり。仲(ちゅう)曰はく(いはく)、「我(われ)を生む(うむ)者(もの)は父母(ふぼ)、我を知る(しる)者(もの)は鮑子(ほうし)なり。」と。
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== 現代語訳 ==
管仲(かんちゅう)という人物がいた、字(あざな)は夷吾(いご)という。
以前、鮑叔(ほうしゅく)と一緒に商売をしていたことがある。
管仲(かんちゅう)は分け前を、自分に多く、取っていた。
(しかし、)鮑叔(ほうしゅく)は、このことで管仲(かんちゅう)を欲張りとは思わなかった。
なぜなら、管仲(かんちゅう)が、貧乏なことを知っていたからである。
以前に(管仲は)、何度か(商売の)事業を立ち上げて、(その事業はすべて失敗して)かえって貧乏になってしまった。
鮑叔(ほうしゅく)は、(管仲を)愚かだとは思わなかった。
時勢(じせい)によって、ものごとが上手く行く時もあるし、上手く行かないときもあることを知っていたからである。
以前に(管仲は)、何度か戦いにでて、その度ごとに逃げた。
鮑叔(ほうしゅく)は、(管仲を)臆病だとは思わなかった。
管仲には、(彼が面倒を見なければならない)老いた母がいたことを知っていたからである。
(そんな鮑叔のことについて、)管仲は言った、「私を生んだのは父母であるが、私を理解してくれるのは鮑君である。」
桓公が天下の諸侯を何度も集合し、天下の乱れを正して統一させたのはすべて管仲の計略によったものである。(だから、)桓公は1にも2にも(管仲のことを)仲父と呼んだ。
== 語釈 ==
* 管仲(かんちゅう) - のちに斉の宰相になる。
* 鮑叔(ほうしゅく) - のちに斉の重臣になる。
* 賈 - 商売する。店を構えて商売する。いっぽう、これに対して、「商」は「行商」の意味。
* 貪(たん) - 欲張り。貪欲。「たん」と読む。
* 走 - 逃げる。
* 怯(きょう) - 卑怯(ひきょう)。臆病(おくびょう)。
* 三 - 回数が多いことを表す場合に、漢文でよく用いられる比喩的な表現。実際の回数とは、限らない。
* 知 - 理解する。分かる。
* 字(あざな) - 古代・中世の中国で、男子の成人のさい、本名の他に付ける別名。
* 鮑子(ほうし) - 鮑叔(ほうしゅく)のこと。「子」は敬称。
* 九合 ー 一つに集めまとめる。「九」は「糾」に通じる。
* 一匡 ー 乱を治めて、天下を統一する。「匡」は、正す。
* 仲父 - 読みは「ちゅうほ」。管仲を父と同様に尊敬した呼び方。
== 表現 ==
* 嘗て(かつて) - 以前に。過去のことについて説明するときの表現。
* 与(と) - 「与」は原文中にある語句。「与 A 」で「Aと一緒に」の意味。書き下し文では「と」と訓読する。
* 不'''以為'''貪 - 「A以B為C」で「AがBをCだと思う」の意味。「A以為C」はBを省略した形である。「鮑叔不以為貪」は「鮑叔不以'''管仲'''為貪」の省略形。貪欲かどうかが、この文の話題になってる相手は管仲であり、鮑叔ではない。「不」があるので否定形であり、最終的に「鮑叔不以為貪」は「鮑叔が管仲を貪欲だとは評価しない。」の意味。
== 似た熟語 ==
「刎頸の交わり」(ふんけい の まじわり)が、よく例として挙げられる。
この他にも、「知音」、「水魚の交わり」(三国志)、「竹馬の友」(晋書)など、似た意味の語は多い。
[[カテゴリ:高等学校教育 国語 漢文]]
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管鮑(かんぽう)の交わり(まじわり)
== 原文 ==
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O管仲字夷吾。嘗与[二]鮑叔[一]賈、分[レ]利多自与。鮑叔不[二]以為[一レ]貪。知[二]仲貪[一]也。嘗謀[レ]事窮困。鮑叔不[二]以為[一レ]愚。知[三]時有[二]利不利[一]也。嘗三戦三走。鮑叔不[二]以為[一レ]怯。知[三]仲有[二]老母[一]也。
仲日「生[レ]我者父母、知[レ]我者鮑子也」。
\\\O桓公九[二]合諸侯[一]、一匡天下、皆[二]仲之謀[一]。一則仲父、二則仲父。}}
出典は『十八史略』。
== 書き下し文 ==
管仲(かんちゅう)字(あざな)は夷吾(いご)。 嘗て(かつて)鮑叔(ほうしゅく)と賈す(こす)。利(り)を分かつ(わかつ)に多く(おほく)自らに(みづからに)与ふ(あたふ)。鮑叔(ほうしゅく)以つて(もつて)貪(たん)と為さず。 仲(ちゆう)の貧しき(ひんしき)を知れば(しれば)なり。 嘗て(かつて)事(こと)を謀りて(はかりて)窮困(きゅうこん)す。鮑叔(ほうしゅく)以つて(もつて)愚(ぐ)と為さず(なさず)。時に(ときに)利(り)と不利(ふり)と有る(ある)を知ればなり。嘗て(かつて)三たび(みたび)戦ひて(たたかひて)三たび(みたび)走る(はしる)。鮑叔(ほうしゅく)以つて(もつて)怯(けふ)と為さず(なさず)。仲(ちゅう)に老母有るを知ればなり。仲(ちゅう)曰はく(いはく)、「我(われ)を生む(うむ)者(もの)は父母(ふぼ)、我を知る(しる)者(もの)は鮑子(ほうし)なり。」と。
桓公(かんこう)諸侯(しょこう)を九-合(きゅうごう)し、天下を一-匡(いっきょう)せしは、皆(みな)仲(ちゅう)の謀なり(はかごとなり)。一にも則ち(すなわち)仲父(ちゅうほ)、二にも則ち(すなわち)仲父といへり。
== 現代語訳 ==
管仲(かんちゅう)という人物がいた、字(あざな)は夷吾(いご)という。
以前、鮑叔(ほうしゅく)と一緒に商売をしていたことがある。
管仲(かんちゅう)は分け前を、自分に多く、取っていた。
(しかし、)鮑叔(ほうしゅく)は、このことで管仲(かんちゅう)を欲張りとは思わなかった。
なぜなら、管仲(かんちゅう)が、貧乏なことを知っていたからである。
以前に(管仲は)、何度か(商売の)事業を立ち上げて、(その事業はすべて失敗して)かえって貧乏になってしまった。
鮑叔(ほうしゅく)は、(管仲を)愚かだとは思わなかった。
時勢(じせい)によって、ものごとが上手く行く時もあるし、上手く行かないときもあることを知っていたからである。
以前に(管仲は)、何度か戦いにでて、その度ごとに逃げた。
鮑叔(ほうしゅく)は、(管仲を)臆病だとは思わなかった。
管仲には、(彼が面倒を見なければならない)老いた母がいたことを知っていたからである。
(そんな鮑叔のことについて、)管仲は言った、「私を生んだのは父母であるが、私を理解してくれるのは鮑君である。」
桓公が天下の諸侯を何度も集合し、天下の乱れを正して統一させたのはすべて管仲の計略によったものである。(だから、)桓公は1にも2にも(管仲のことを)仲父と呼んだ。
== 語釈 ==
* 管仲(かんちゅう) - のちに斉の宰相になる。
* 鮑叔(ほうしゅく) - のちに斉の重臣になる。
* 賈 - 商売する。店を構えて商売する。いっぽう、これに対して、「商」は「行商」の意味。
* 貪(たん) - 欲張り。貪欲。「たん」と読む。
* 走 - 逃げる。
* 怯(きょう) - 卑怯(ひきょう)。臆病(おくびょう)。
* 三 - 回数が多いことを表す場合に、漢文でよく用いられる比喩的な表現。実際の回数とは、限らない。
* 知 - 理解する。分かる。
* 字(あざな) - 古代・中世の中国で、男子の成人のさい、本名の他に付ける別名。
* 鮑子(ほうし) - 鮑叔(ほうしゅく)のこと。「子」は敬称。
* 九合 ー 一つに集めまとめる。「九」は「糾」に通じる。
* 一匡 ー 乱を治めて、天下を統一する。「匡」は、正す。
* 仲父 - 読みは「ちゅうほ」。管仲を父と同様に尊敬した呼び方。
== 表現 ==
* 嘗て(かつて) - 以前に。過去のことについて説明するときの表現。
* 与(と) - 「与」は原文中にある語句。「与 A 」で「Aと一緒に」の意味。書き下し文では「と」と訓読する。
* 不'''以為'''貪 - 「A以B為C」で「AがBをCだと思う」の意味。「A以為C」はBを省略した形である。「鮑叔不以為貪」は「鮑叔不以'''管仲'''為貪」の省略形。貪欲かどうかが、この文の話題になってる相手は管仲であり、鮑叔ではない。「不」があるので否定形であり、最終的に「鮑叔不以為貪」は「鮑叔が管仲を貪欲だとは評価しない。」の意味。
== 似た熟語 ==
「刎頸の交わり」(ふんけい の まじわり)が、よく例として挙げられる。
この他にも、「知音」、「水魚の交わり」(三国志)、「竹馬の友」(晋書)など、似た意味の語は多い。
[[カテゴリ:高等学校教育 国語 漢文]]
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高等学校古文/散文・説話/枕中記
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椎楽
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全面書き換え(そもそも挙げられていたのは「枕中記」ではなかったし)
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text/x-wiki
'''枕中記(刪修)'''
== 原文(白文) ==
開元七年、道士有呂翁者、得神仙術。行邯鄲道中、息邸舍、摂帽弛帯隠囊而坐。俄見旅中少年。乃盧生也。衣短褐、乗青駒、将適於田、亦止於邸中。与翁共席而坐、言笑殊暢。
久之、盧生顧其衣裝敝褻、乃長歎息曰「大丈夫生世不諧、困如是也」。翁曰「観子形体、無苦無恙、談諧方適、而歎其困者、何也」。生曰「吾此苟生耳、何適之謂」。翁曰「此不謂適、而何謂適」。答曰「士之生世、当建功樹名、出将入相、列鼎而食、選声而聴、使族益昌而家益肥、然後可以言適乎。吾嘗志於学,富於遊芸,自惟当年青紫可拾。今已適壮,猶勤畎畝,非困而何」。言訖、而目昏思寐。時主人方蒸黍。翁乃探囊中枕以授之、曰「子枕吾枕。当令子榮適如志」。
其枕青磁、而竅其両端。生俯首就之、見其竅漸大、明朗。乃挙身而入、遂至其家。数月、娶清河崔氏女、女容甚麗、生資愈厚。生大悦。由是衣装服馭、日益鮮盛。明年挙進士登第、釈褐秘校。三載、出遷陝牧。生性好土功、自陝西鑿河八十里、以済不通。邦人利之、刻石紀徳。徴為京兆尹。是歳、吐蕃攻陥瓜・沙、河湟震動。帝思将帥之才、遂除生御史中丞・河西節度使。大破戎虜、斬首七千級、開地九百里、築三大城以遮要害。辺人立石於居延山以頌之。帰朝冊勲、恩礼極盛。転吏部侍郎、遷戸部尚書兼御史大夫、時望清重、群情習熟。大為時宰所忌、以飛語中之、貶為端州刺史。
三年、征為常侍。未幾、同中書門下平章事、執大政十余年、号為賢相。同列害之、復誣与辺将交結、所図不軌。制下獄。府吏引従至其門而急収之。生惶駭不測、謂妻子曰「吾家山東、有良田五頃、足以御寒餒、何苦求禄。而今及此、思短褐、乗青駒、行邯鄲道中、不可得也」。引刃自刎。其妻救之、獲免。其罹者皆死、独生為中官保之、減罪死、投歓州。数年、帝知冤、復追為中書令、封燕国公、恩旨殊異。生五子。皆有才器。其姻媾皆天下望族。有孫十余人。性頗奢蕩、甚好佚楽。前後賜良田・甲第・佳人・名馬、不可勝数。
後年漸衰邁、屢乞骸骨、不許。病、中人候問、相踵於道、名医・上薬、無不至焉。将歿、上疏謝天恩。帝下詔、今令驃騎大将軍高力士就第候省。是夕薨。
盧生欠伸而悟、見其身方偃於邸舎、呂翁坐其傍、主人蒸黍未熟、触類如故。生蹶然而興、曰「豈其夢寐也」。翁謂生曰「人生之適、亦如是矣」。生憮然良久。謝曰「夫寵辱之道・窮達之運・得喪之理・死生之情・尽知之矣。此先生所以窒吾欲也。敢不受教」。稽首再拝而去。
※『要説 十八史略・史記』(日栄社, 1970年)を参考に原文を刪修している。
== 書き下し文 ==
開元七年、道士に呂翁なる者有り、神仙の術を得たり。邯鄲の道中に行き、邸舎に{{ruby|息|いこ}}い、帽を{{ruby|摂|おさ}}め帯を{{ruby|弛|ゆる}}め{{ruby|囊|のう}}に{{ruby|隠|よ}}りて坐す。{{ruby|俄|にわか}}に旅中の少年を見る。乃ち{{ruby|盧生|ろせい}}なり。短褐を{{ruby|衣|き}}、青駒に乗り、将に田に{{ruby|適|ゆ}}かんとし、亦た邸中に止まる。翁と共に席を同じくして坐し、言笑殊に{{ruby|暢|のび}}やかなり。
之を久しうして、盧生其の衣装の{{ruby|敝褻|へいせつ}}なるを顧み、乃ち長歎息して曰く、「大丈夫の世に生れて{{ruby|諧|かな}}はず、困せられること是の如きか」と。翁曰く、「子の形体を観るに、苦無く恙(つつが)無く、談諧(だんかい)方(まさ)に適(たの)しむに、其の困(くる)しみを歎く者は、何ぞや」と。生曰く、「吾れ此れ苟(かろ)んじて生くるのみ、何の適(たのし)きか之れ言わん」と。翁曰く、「此れを適と謂わずして、何をか適と謂わん」と。答えて曰く、「士の世に生るるや、当(まさ)に功を建て名を樹(た)て、出でては将となり入っては相となり、鼎(かなえ)を列ねて食し、声を選びて聴き、族をして益々昌(さか)んに家をして益々肥えしめ、然る後に以て適と言のうべし。吾嘗て学に志し、遊芸に富み、自ら自今青紫拾うべしと惟(おも)えり。今既に壮に適(いた)るも、猶お畎畝(けんぽ)に勤む、困にあらずして何ぞや」と。言言い訖(おわ)りて、目昏(くら)み寐(いね)むと意(おも)う。時に主人方に黍(しょ)を蒸す。翁乃ち囊中より枕を調べ以て之に授けて曰く、「子吾の枕を枕とせよ。当に子をして栄適志の如くならしむべし」と。
其の枕は青磁にして、其の二端を竅(あ)けたり。生首を俯(うつむ)けて之に就けば、其の竅の漸く大きく、明朗なるを見る。乃ち身を挙げて入り、遂に其の家に至る。数月、清河の崔氏の女(むすめ)を娶(めと)る、女の容甚だ麗しく、生の資愈々厚し。生大いに悦ぶ。由是(これより)衣装服馭、日に益々鮮盛なり。明年進士に挙げられて登第し、褐を釈(と)きて秘校となる。三載、出でて陝牧に遷る。生性土功を好む、陝西より河を鑿(うが)つこと八十里、以て不通を済(すく)う。邦人これを利とし、石に刻みて徳を紀(しる)す。徴されて京兆尹と為る。是の歳、吐蕃攻めにて瓜・沙を陥れ、河湟震動す。帝将帥の才を思い、遂に生を御史中丞・河西節度使に除す。戎虜を大破し、斬首七千級、地を開くこと九百里、三つの大城を築きて以て要害を遮る。辺人石を居延山に立てて以てこれを頌す。帰朝して勲を冊せられ、恩礼極めて盛なり。吏部侍郎に転じ、戸部尚書兼御史大夫に遷る、時望清重にして、群情習熟す。大いに時宰の忌む所と為り、飛語を以てこれを中(あた)り、貶されて端州刺史と為る。
三年、征されて常侍と為る。未幾(いくばくもな)くして、同中書門下平章事となり、大政を執ること十余年、賢相と号せらる。同列これを害し、復た辺将と交結し、図る所不軌なりと誣(し)いられる。下獄の制あり。府吏従者を引いて其の門に至り急にこれを収む。生惶駭(こうがい)して測られず、妻子に謂いて曰く、「吾が家山東にあり、良田五頃あり、以て寒餒(かんだい)を御するに足る、何ぞ苦んで禄を求めんや。而るに今ここに及び、短褐を思い、青駒に乗り、邯鄲の道中を行かんとするも、得るべからざるなり」と。刃を引きて自刎す。其の妻これを救い、免れることを獲(え)たり。其の罹(かか)る者は皆死し、独り生のみ中官の保つ所と為りて、死罪を減ぜられ、歓州に投ぜられる。数年、帝冤罪を知り、復た追いて中書令と為し、燕国公に封ず、恩旨殊異なり。生五子を生む。皆才器あり。其の姻媾は皆天下の望族なり。孫十余人あり。性頗る奢蕩にして、甚だ佚楽を好む。前後して賜わる良田・甲第・佳人・名馬、勝(あが)げて数うべからず。
後年漸く衰邁(すいまい)し、数々(しばしば)骸骨を乞うも、許されず。病み、中人候問し、道に相踵(つ)ぎ、名医・上薬、至らざるは無し。将に歿せんとして、上疏して天恩を謝す。帝詔を下し、今驃騎大将軍高力士をして第に就きて候省せしむ。是の夕薨ず。
盧生欠伸(あくび)して悟り、其の身の方に邸舎に偃(ふ)せるを見る、呂翁其の傍に坐し、主人蒸す所の黍未だ熟せざるも、触類故の如し。生蹶然(けつぜん)として興(お)き、曰く、「豈に其れ夢寐(むび)なるか」と。翁生に謂いて曰く、「人生の適、亦た是の如し」と。生憮然(ぶぜん)とすること良(やや)久し。謝して曰く、「夫れ寵辱の道・窮達の運・得喪の理・死生的情、尽くこれを知れり。此れ先生の吾が欲を窒(ふさ)ぐ所以(ゆえん)なり。敢えて教えを受けざるらんや」と。稽首再拝して去る。
== 句法 ==
== 読解 ==
[[カテゴリ:高等学校教育 国語 漢文]]
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302102
2026-08-09T01:10:04Z
椎楽
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/* 原文(白文) */ 白文の訓読文化(返り点のみ)
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wikitext
text/x-wiki
'''枕中記(刪修)'''
== 訓読文 ==
=== 第一段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O開元七年、道士有[二]呂翁者[一]、得[二]神仙術[一]。行[二]邯鄲道中[一]、息[二]邸舍[一]、摂[レ]帽弛[レ]帯隠[レ]囊而坐。俄見[二]旅中少年[一]。乃盧生也。衣[二]短褐[一]、乗[二]青駒[一]、将[レ]適[二]于田[一]、亦止[二]於邸中[一]。与[レ]翁共[レ]席而坐、言笑殊暢。}}
=== 第二段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O久[レ]之、盧生顧[二]其衣装敝褻[一]、乃長歎息曰「大丈夫生[レ]世不[レ]諧、困如[レ]此也」。翁曰「観[二]子形体[一]、無[レ]苦無[レ]恙、談諧方適。而歎[二]其困[一]者、何也」。生曰「吾此苟生耳、何適之謂」。翁曰「此不[レ]謂[レ]適、而何謂[レ]適」。答曰「士之生[レ]世、当[三]建[レ]功樹[レ]名、出将入相、列[レ]鼎而食、選[レ]声而聴、使[二]族益昌而家益肥[一]、然後可[二]以言[一][レ]適乎。吾嘗志[二]於学[一]、富[二]於遊芸[一]、自惟当年青紫可[レ]拾。今已適[レ]壮、猶勤[二]畎畝[一]、非[レ]困而何」。言訖而目昏思[レ]寐。時主人方蒸[レ]黍。翁乃探[二]囊中枕[一]以授[レ]之、曰「子枕[二]吾枕[一]。当[レ]令[二]子栄適如[一][レ]志」。}}
=== 第三段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O其枕青磁、而竅[二]其両端[一]。生俯[レ]首就[レ]之、見[二]其竅漸大、明朗[一]。乃挙[レ]身而入、遂至[二]其家[一]。数月、娶[二]清河崔氏女[一]、女容甚麗、生資愈厚。生大悦。由[レ]之衣装服馭、日益鮮盛。明年挙[二]進士[一]登第、釈[二]褐秘校[一]。三載、出遷[二]陝牧[一]。生性好[二]土功[一]、自[二]陝西[一]鑿[レ]河八十里、以済[二]不通[一]。邦人利[レ]之、刻[レ]石紀[レ]徳。徴為[二]京兆尹[一]。是歳、吐蕃攻陥[_][二]瓜・沙[一]、河湟震動。帝思[二]将帥之才[一]、遂除[二]生御史中丞・河西節度使[一]。大破[二]戎虜[一]、斬[レ]首七千級、開[レ]地九百里、築[二]三大城[一]、以遮[二]要害[一]。辺人立[二]石於居延山[一]、以頌[レ]之。帰[レ]朝冊[レ]勲、恩礼極盛。転[二]吏部侍郎[一]、遷[二]戸部尚書兼御史大夫[一]、時望清重、群情習熟。大為[二]時宰所[一][レ]忌、以[二]飛語[一]中[レ]之、貶為[二]端州刺史[一]。}}
=== 第四段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O三年、征為[二]常侍[一]。未[レ]幾、同中書門下平章事、執[二]大政[一]十余年、号為[二]賢相[一]。同列害[レ]之、復誣[下]与[二]辺将[一]交結、所[レ]図不軌[上]。制[二]下獄[一]。府吏引[レ]従至[二]其門[一]、而急収[レ]之。生惶駭不[レ]測、謂[二]妻子[一]曰「吾家[二]山東[一]、有[二]良田五頃[一]、足[三]以御[二]寒餒[一]、何苦求[レ]禄。而今及[レ]此、思[下]衣[二]短褐[一]、乗[二]青駒[一]、行[中]邯鄲道中[上]、不[レ]可[レ]得也」。引[レ]刃自刎。其妻救[レ]之、獲[レ]免。其罹者皆死、独生為[二]中官[一][レ]保之、減[二]罪死[一]、投[二]歓州[一]。数年、帝知[レ]冤、復追為[二]中書令[一]、封[二]燕国公[一]、恩旨殊異。生[二]五子[一]。皆有[二]才器[一]。其姻媾皆天下望族。有[二]孫十余人[一]。性頗奢蕩、甚好[二]佚楽[一]。前後賜[二]良田・甲第・佳人・名馬[一]、不[レ]可[二]勝数[一]。}}
=== 第五段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O後年漸衰邁、屢乞[二]骸骨[一]、不[レ]許。病、中人候問、相[_][二]踵於道[一]、名医・上薬、無[レ]不[レ]至焉。将[レ]歿、上疏謝[二]天恩[一]。帝下[レ]詔、今令[二]驃騎大将軍高力士就[レ]第候省[一]。是夕薨。}}
=== 第六段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O盧生欠伸而悟、見[下]其身方偃[二]於邸舎[一]、呂翁坐[二]其傍[一]、主人蒸[レ]黍未[レ]熟、触類如[上][レ]故。生蹶然而興、曰「豈其夢寐也」。翁謂[レ]生曰「人生之適、亦如[レ]是矣」。生憮然良久。謝曰「夫寵辱之道・窮達之運・得喪之理・死生之情、尽知[レ]之矣。此先生所[_][三]以窒[二]吾欲[一]也。敢不[レ]受[レ]教」。稽首再拝而去。}}
※『要説 十八史略・史記』(日栄社, 1970年)を参考に原文を刪修している。また、同書を参考に段落分けを行った。
== 書き下し文 ==
開元七年、道士に呂翁なる者有り、神仙の術を得たり。邯鄲の道中に行き、邸舎に{{ruby|息|いこ}}い、帽を{{ruby|摂|おさ}}め帯を{{ruby|弛|ゆる}}め{{ruby|囊|のう}}に{{ruby|隠|よ}}りて坐す。{{ruby|俄|にわか}}に旅中の少年を見る。乃ち{{ruby|盧生|ろせい}}なり。短褐を{{ruby|衣|き}}、青駒に乗り、将に田に{{ruby|適|ゆ}}かんとし、亦た邸中に止まる。翁と共に席を同じくして坐し、言笑殊に{{ruby|暢|のび}}やかなり。
之を久しうして、盧生其の衣装の{{ruby|敝褻|へいせつ}}なるを顧み、乃ち長歎息して曰く、「大丈夫の世に生れて{{ruby|諧|かな}}はず、困せられること是の如きか」と。翁曰く、「子の形体を観るに、苦無く恙(つつが)無く、談諧(だんかい)方(まさ)に適(たの)しむに、其の困(くる)しみを歎く者は、何ぞや」と。生曰く、「吾れ此れ苟(かろ)んじて生くるのみ、何の適(たのし)きか之れ言わん」と。翁曰く、「此れを適と謂わずして、何をか適と謂わん」と。答えて曰く、「士の世に生るるや、当(まさ)に功を建て名を樹(た)て、出でては将となり入っては相となり、鼎(かなえ)を列ねて食し、声を選びて聴き、族をして益々昌(さか)んに家をして益々肥えしめ、然る後に以て適と言のうべし。吾嘗て学に志し、遊芸に富み、自ら自今青紫拾うべしと惟(おも)えり。今既に壮に適(いた)るも、猶お畎畝(けんぽ)に勤む、困にあらずして何ぞや」と。言言い訖(おわ)りて、目昏(くら)み寐(いね)むと意(おも)う。時に主人方に黍(しょ)を蒸す。翁乃ち囊中より枕を調べ以て之に授けて曰く、「子吾の枕を枕とせよ。当に子をして栄適志の如くならしむべし」と。
其の枕は青磁にして、其の二端を竅(あ)けたり。生首を俯(うつむ)けて之に就けば、其の竅の漸く大きく、明朗なるを見る。乃ち身を挙げて入り、遂に其の家に至る。数月、清河の崔氏の女(むすめ)を娶(めと)る、女の容甚だ麗しく、生の資愈々厚し。生大いに悦ぶ。由是(これより)衣装服馭、日に益々鮮盛なり。明年進士に挙げられて登第し、褐を釈(と)きて秘校となる。三載、出でて陝牧に遷る。生性土功を好む、陝西より河を鑿(うが)つこと八十里、以て不通を済(すく)う。邦人これを利とし、石に刻みて徳を紀(しる)す。徴されて京兆尹と為る。是の歳、吐蕃攻めにて瓜・沙を陥れ、河湟震動す。帝将帥の才を思い、遂に生を御史中丞・河西節度使に除す。戎虜を大破し、斬首七千級、地を開くこと九百里、三つの大城を築きて以て要害を遮る。辺人石を居延山に立てて以てこれを頌す。帰朝して勲を冊せられ、恩礼極めて盛なり。吏部侍郎に転じ、戸部尚書兼御史大夫に遷る、時望清重にして、群情習熟す。大いに時宰の忌む所と為り、飛語を以てこれを中(あた)り、貶されて端州刺史と為る。
三年、征されて常侍と為る。未幾(いくばくもな)くして、同中書門下平章事となり、大政を執ること十余年、賢相と号せらる。同列これを害し、復た辺将と交結し、図る所不軌なりと誣(し)いられる。下獄の制あり。府吏従者を引いて其の門に至り急にこれを収む。生惶駭(こうがい)して測られず、妻子に謂いて曰く、「吾が家山東にあり、良田五頃あり、以て寒餒(かんだい)を御するに足る、何ぞ苦んで禄を求めんや。而るに今ここに及び、短褐を思い、青駒に乗り、邯鄲の道中を行かんとするも、得るべからざるなり」と。刃を引きて自刎す。其の妻これを救い、免れることを獲(え)たり。其の罹(かか)る者は皆死し、独り生のみ中官の保つ所と為りて、死罪を減ぜられ、歓州に投ぜられる。数年、帝冤罪を知り、復た追いて中書令と為し、燕国公に封ず、恩旨殊異なり。生五子を生む。皆才器あり。其の姻媾は皆天下の望族なり。孫十余人あり。性頗る奢蕩にして、甚だ佚楽を好む。前後して賜わる良田・甲第・佳人・名馬、勝(あが)げて数うべからず。
後年漸く衰邁(すいまい)し、数々(しばしば)骸骨を乞うも、許されず。病み、中人候問し、道に相踵(つ)ぎ、名医・上薬、至らざるは無し。将に歿せんとして、上疏して天恩を謝す。帝詔を下し、今驃騎大将軍高力士をして第に就きて候省せしむ。是の夕薨ず。
盧生欠伸(あくび)して悟り、其の身の方に邸舎に偃(ふ)せるを見る、呂翁其の傍に坐し、主人蒸す所の黍未だ熟せざるも、触類故の如し。生蹶然(けつぜん)として興(お)き、曰く、「豈に其れ夢寐(むび)なるか」と。翁生に謂いて曰く、「人生の適、亦た是の如し」と。生憮然(ぶぜん)とすること良(やや)久し。謝して曰く、「夫れ寵辱の道・窮達の運・得喪の理・死生的情、尽くこれを知れり。此れ先生の吾が欲を窒(ふさ)ぐ所以(ゆえん)なり。敢えて教えを受けざるらんや」と。稽首再拝して去る。
== 句法 ==
== 読解 ==
[[カテゴリ:高等学校教育 国語 漢文]]
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椎楽
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'''枕中記(刪修)'''
== 原文(白文) ==
開元七年、道士有呂翁者、得神仙術。行邯鄲道中、息邸舍、摂帽弛帯隠囊而坐。俄見旅中少年。乃盧生也。衣短褐、乗青駒、将適於田、亦止於邸中。与翁共席而坐、言笑殊暢。
久之、盧生顧其衣裝敝褻、乃長歎息曰「大丈夫生世不諧、困如是也」。翁曰「観子形体、無苦無恙、談諧方適、而歎其困者、何也」。生曰「吾此苟生耳、何適之謂」。翁曰「此不謂適、而何謂適」。答曰「士之生世、当建功樹名、出将入相、列鼎而食、選声而聴、使族益昌而家益肥、然後可以言適乎。吾嘗志於学,富於遊芸,自惟当年青紫可拾。今已適壮,猶勤畎畝,非困而何」。言訖、而目昏思寐。時主人方蒸黍。翁乃探囊中枕以授之、曰「子枕吾枕。当令子榮適如志」。
其枕青磁、而竅其両端。生俯首就之、見其竅漸大、明朗。乃挙身而入、遂至其家。数月、娶清河崔氏女、女容甚麗、生資愈厚。生大悦。由是衣装服馭、日益鮮盛。明年挙進士登第、釈褐秘校。三載、出遷陝牧。生性好土功、自陝西鑿河八十里、以済不通。邦人利之、刻石紀徳。徴為京兆尹。是歳、吐蕃攻陥瓜・沙、河湟震動。帝思将帥之才、遂除生御史中丞・河西節度使。大破戎虜、斬首七千級、開地九百里、築三大城以遮要害。辺人立石於居延山以頌之。帰朝冊勲、恩礼極盛。転吏部侍郎、遷戸部尚書兼御史大夫、時望清重、群情習熟。大為時宰所忌、以飛語中之、貶為端州刺史。
三年、征為常侍。未幾、同中書門下平章事、執大政十余年、号為賢相。同列害之、復誣与辺将交結、所図不軌。制下獄。府吏引従至其門而急収之。生惶駭不測、謂妻子曰「吾家山東、有良田五頃、足以御寒餒、何苦求禄。而今及此、思短褐、乗青駒、行邯鄲道中、不可得也」。引刃自刎。其妻救之、獲免。其罹者皆死、独生為中官保之、減罪死、投歓州。数年、帝知冤、復追為中書令、封燕国公、恩旨殊異。生五子。皆有才器。其姻媾皆天下望族。有孫十余人。性頗奢蕩、甚好佚楽。前後賜良田・甲第・佳人・名馬、不可勝数。
後年漸衰邁、屢乞骸骨、不許。病、中人候問、相踵於道、名医・上薬、無不至焉。将歿、上疏謝天恩。帝下詔、今令驃騎大将軍高力士就第候省。是夕薨。
盧生欠伸而悟、見其身方偃於邸舎、呂翁坐其傍、主人蒸黍未熟、触類如故。生蹶然而興、曰「豈其夢寐也」。翁謂生曰「人生之適、亦如是矣」。生憮然良久。謝曰「夫寵辱之道・窮達之運・得喪之理・死生之情・尽知之矣。此先生所以窒吾欲也。敢不受教」。稽首再拝而去。
※『要説 十八史略・史記』(日栄社, 1970年)を参考に原文を刪修している。
== 書き下し文 ==
開元七年、道士に呂翁なる者有り、神仙の術を得たり。邯鄲の道中に行き、邸舎に{{ruby|息|いこ}}い、帽を{{ruby|摂|おさ}}め帯を{{ruby|弛|ゆる}}め{{ruby|囊|のう}}に{{ruby|隠|よ}}りて坐す。{{ruby|俄|にわか}}に旅中の少年を見る。乃ち{{ruby|盧生|ろせい}}なり。短褐を{{ruby|衣|き}}、青駒に乗り、将に田に{{ruby|適|ゆ}}かんとし、亦た邸中に止まる。翁と共に席を同じくして坐し、言笑殊に{{ruby|暢|のび}}やかなり。
之を久しうして、盧生其の衣装の{{ruby|敝褻|へいせつ}}なるを顧み、乃ち長歎息して曰く、「大丈夫の世に生れて{{ruby|諧|かな}}はず、困せられること是の如きか」と。翁曰く、「子の形体を観るに、苦無く恙(つつが)無く、談諧(だんかい)方(まさ)に適(たの)しむに、其の困(くる)しみを歎く者は、何ぞや」と。生曰く、「吾れ此れ苟(かろ)んじて生くるのみ、何の適(たのし)きか之れ言わん」と。翁曰く、「此れを適と謂わずして、何をか適と謂わん」と。答えて曰く、「士の世に生るるや、当(まさ)に功を建て名を樹(た)て、出でては将となり入っては相となり、鼎(かなえ)を列ねて食し、声を選びて聴き、族をして益々昌(さか)んに家をして益々肥えしめ、然る後に以て適と言のうべし。吾嘗て学に志し、遊芸に富み、自ら自今青紫拾うべしと惟(おも)えり。今既に壮に適(いた)るも、猶お畎畝(けんぽ)に勤む、困にあらずして何ぞや」と。言言い訖(おわ)りて、目昏(くら)み寐(いね)むと意(おも)う。時に主人方に黍(しょ)を蒸す。翁乃ち囊中より枕を調べ以て之に授けて曰く、「子吾の枕を枕とせよ。当に子をして栄適志の如くならしむべし」と。
其の枕は青磁にして、其の二端を竅(あ)けたり。生首を俯(うつむ)けて之に就けば、其の竅の漸く大きく、明朗なるを見る。乃ち身を挙げて入り、遂に其の家に至る。数月、清河の崔氏の女(むすめ)を娶(めと)る、女の容甚だ麗しく、生の資愈々厚し。生大いに悦ぶ。由是(これより)衣装服馭、日に益々鮮盛なり。明年進士に挙げられて登第し、褐を釈(と)きて秘校となる。三載、出でて陝牧に遷る。生性土功を好む、陝西より河を鑿(うが)つこと八十里、以て不通を済(すく)う。邦人これを利とし、石に刻みて徳を紀(しる)す。徴されて京兆尹と為る。是の歳、吐蕃攻めにて瓜・沙を陥れ、河湟震動す。帝将帥の才を思い、遂に生を御史中丞・河西節度使に除す。戎虜を大破し、斬首七千級、地を開くこと九百里、三つの大城を築きて以て要害を遮る。辺人石を居延山に立てて以てこれを頌す。帰朝して勲を冊せられ、恩礼極めて盛なり。吏部侍郎に転じ、戸部尚書兼御史大夫に遷る、時望清重にして、群情習熟す。大いに時宰の忌む所と為り、飛語を以てこれを中(あた)り、貶されて端州刺史と為る。
三年、征されて常侍と為る。未幾(いくばくもな)くして、同中書門下平章事となり、大政を執ること十余年、賢相と号せらる。同列これを害し、復た辺将と交結し、図る所不軌なりと誣(し)いられる。下獄の制あり。府吏従者を引いて其の門に至り急にこれを収む。生惶駭(こうがい)して測られず、妻子に謂いて曰く、「吾が家山東にあり、良田五頃あり、以て寒餒(かんだい)を御するに足る、何ぞ苦んで禄を求めんや。而るに今ここに及び、短褐を思い、青駒に乗り、邯鄲の道中を行かんとするも、得るべからざるなり」と。刃を引きて自刎す。其の妻これを救い、免れることを獲(え)たり。其の罹(かか)る者は皆死し、独り生のみ中官の保つ所と為りて、死罪を減ぜられ、歓州に投ぜられる。数年、帝冤罪を知り、復た追いて中書令と為し、燕国公に封ず、恩旨殊異なり。生五子を生む。皆才器あり。其の姻媾は皆天下の望族なり。孫十余人あり。性頗る奢蕩にして、甚だ佚楽を好む。前後して賜わる良田・甲第・佳人・名馬、勝(あが)げて数うべからず。
後年漸く衰邁(すいまい)し、数々(しばしば)骸骨を乞うも、許されず。病み、中人候問し、道に相踵(つ)ぎ、名医・上薬、至らざるは無し。将に歿せんとして、上疏して天恩を謝す。帝詔を下し、今驃騎大将軍高力士をして第に就きて候省せしむ。是の夕薨ず。
盧生欠伸(あくび)して悟り、其の身の方に邸舎に偃(ふ)せるを見る、呂翁其の傍に坐し、主人蒸す所の黍未だ熟せざるも、触類故の如し。生蹶然(けつぜん)として興(お)き、曰く、「豈に其れ夢寐(むび)なるか」と。翁生に謂いて曰く、「人生の適、亦た是の如し」と。生憮然(ぶぜん)とすること良(やや)久し。謝して曰く、「夫れ寵辱の道・窮達の運・得喪の理・死生的情、尽くこれを知れり。此れ先生の吾が欲を窒(ふさ)ぐ所以(ゆえん)なり。敢えて教えを受けざるらんや」と。稽首再拝して去る。
== 句法 ==
== 読解 ==
[[カテゴリ:高等学校教育 国語 漢文]]
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302109
302106
2026-08-09T03:05:54Z
椎楽
32225
直ったようなので。
302109
wikitext
text/x-wiki
'''枕中記(刪修)'''
== 訓読文 ==
=== 第一段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O開元七年、道士有[二]呂翁者[一]、得[二]神仙術[一]。行[二]邯鄲道中[一]、息[二]邸舍[一]、摂[レ]帽弛[レ]帯隠[レ]囊而坐。俄見[二]旅中少年[一]。乃盧生也。衣[二]短褐[一]、乗[二]青駒[一]、将[レ]適[二]于田[一]、亦止[二]於邸中[一]。与[レ]翁共[レ]席而坐、言笑殊暢。}}
=== 第二段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O久[レ]之、盧生顧[二]其衣装敝褻[一]、乃長歎息曰「大丈夫生[レ]世不[レ]諧、困如[レ]此也」。翁曰「観[二]子形体[一]、無[レ]苦無[レ]恙、談諧方適。而歎[二]其困[一]者、何也」。生曰「吾此苟生耳、何適之謂」。翁曰「此不[レ]謂[レ]適、而何謂[レ]適」。答曰「士之生[レ]世、当[三]建[レ]功樹[レ]名、出将入相、列[レ]鼎而食、選[レ]声而聴、使[二]族益昌而家益肥[一]、然後可[二]以言[一レ]適乎。吾嘗志[二]於学[一]、富[二]於遊芸[一]、自惟当年青紫可[レ]拾。今已適[レ]壮、猶勤[二]畎畝[一]、非[レ]困而何」。言訖而目昏思[レ]寐。時主人方蒸[レ]黍。翁乃探[二]囊中枕[一]以授[レ]之、曰「子枕[二]吾枕[一]。当[レ]令[二]子栄適如[一レ]志」。}}
=== 第三段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O其枕青磁、而竅[二]其両端[一]。生俯[レ]首就[レ]之、見[二]其竅漸大、明朗[一]。乃挙[レ]身而入、遂至[二]其家[一]。数月、娶[二]清河崔氏女[一]、女容甚麗、生資愈厚。生大悦。由[レ]之衣装服馭、日益鮮盛。明年挙[二]進士[一]登第、釈[二]褐秘校[一]。三載、出遷[二]陝牧[一]。生性好[二]土功[一]、自[二]陝西[一]鑿[レ]河八十里、以済[二]不通[一]。邦人利[レ]之、刻[レ]石紀[レ]徳。徴為[二]京兆尹[一]。是歳、吐蕃攻陥[二]瓜・沙[一]、河湟震動。帝思[二]将帥之才[一]、遂除[二]生御史中丞・河西節度使[一]。大破[二]戎虜[一]、斬[レ]首七千級、開[レ]地九百里、築[二]三大城[一]、以遮[二]要害[一]。辺人立[二]石於居延山[一]、以頌[レ]之。帰[レ]朝冊[レ]勲、恩礼極盛。転[二]吏部侍郎[一]、遷[二]戸部尚書兼御史大夫[一]、時望清重、群情習熟。大為[二]時宰所[一レ]忌、以[二]飛語[一]中[レ]之、貶為[二]端州刺史[一]。}}
=== 第四段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O三年、征為[二]常侍[一]。未[レ]幾、同中書門下平章事、執[二]大政[一]十余年、号為[二]賢相[一]。同列害[レ]之、復誣[下]与[二]辺将[一]交結、所[レ]図不軌[上]。制[二]下獄[一]。府吏引[レ]従至[二]其門[一]、而急収[レ]之。生惶駭不[レ]測、謂[二]妻子[一]曰「吾家[二]山東[一]、有[二]良田五頃[一]、足[三]以御[二]寒餒[一]、何苦求[レ]禄。而今及[レ]此、思[下]衣[二]短褐[一]、乗[二]青駒[一]、行[中]邯鄲道中[上]、不[レ]可[レ]得也」。引[レ]刃自刎。其妻救[レ]之、獲[レ]免。其罹者皆死、独生為[二]中官[一レ]保之、減[二]罪死[一]、投[二]歓州[一]。数年、帝知[レ]冤、復追為[二]中書令[一]、封[二]燕国公[一]、恩旨殊異。生[二]五子[一]。皆有[二]才器[一]。其姻媾皆天下望族。有[二]孫十余人[一]。性頗奢蕩、甚好[二]佚楽[一]。前後賜[二]良田・甲第・佳人・名馬[一]、不[レ]可[二]勝数[一]。}}
=== 第五段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O後年漸衰邁、屢乞[二]骸骨[一]、不[レ]許。病、中人候問、相[二]踵於道[一]、名医・上薬、無[レ]不[レ]至焉。将[レ]歿、上疏謝[二]天恩[一]。帝下[レ]詔、今令[二]驃騎大将軍高力士就[レ]第候省[一]。是夕薨。}}
=== 第六段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O盧生欠伸而悟、見[下]其身方偃[二]於邸舎[一]、呂翁坐[二]其傍[一]、主人蒸[レ]黍未[レ]熟、触類如[上レ]故。生蹶然而興、曰「豈其夢寐也」。翁謂[レ]生曰「人生之適、亦如[レ]是矣」。生憮然良久。謝曰「夫寵辱之道・窮達之運・得喪之理・死生之情、尽知[レ]之矣。此先生所[三]以窒[二]吾欲[一]也。敢不[レ]受[レ]教」。稽首再拝而去。}}
※『要説 十八史略・史記』(日栄社, 1970年)を参考に原文を刪修している。また、同書を参考に段落分けを行った。
== 書き下し文 ==
開元七年、道士に呂翁なる者有り、神仙の術を得たり。邯鄲の道中に行き、邸舎に{{ruby|息|いこ}}い、帽を{{ruby|摂|おさ}}め帯を{{ruby|弛|ゆる}}め{{ruby|囊|のう}}に{{ruby|隠|よ}}りて坐す。{{ruby|俄|にわか}}に旅中の少年を見る。乃ち{{ruby|盧生|ろせい}}なり。短褐を{{ruby|衣|き}}、青駒に乗り、将に田に{{ruby|適|ゆ}}かんとし、亦た邸中に止まる。翁と共に席を同じくして坐し、言笑殊に{{ruby|暢|のび}}やかなり。
之を久しうして、盧生其の衣装の{{ruby|敝褻|へいせつ}}なるを顧み、乃ち長歎息して曰く、「大丈夫の世に生れて{{ruby|諧|かな}}はず、困せられること是の如きか」と。翁曰く、「子の形体を観るに、苦無く恙(つつが)無く、談諧(だんかい)方(まさ)に適(たの)しむに、其の困(くる)しみを歎く者は、何ぞや」と。生曰く、「吾れ此れ苟(かろ)んじて生くるのみ、何の適(たのし)きか之れ言わん」と。翁曰く、「此れを適と謂わずして、何をか適と謂わん」と。答えて曰く、「士の世に生るるや、当(まさ)に功を建て名を樹(た)て、出でては将となり入っては相となり、鼎(かなえ)を列ねて食し、声を選びて聴き、族をして益々昌(さか)んに家をして益々肥えしめ、然る後に以て適と言のうべし。吾嘗て学に志し、遊芸に富み、自ら自今青紫拾うべしと惟(おも)えり。今既に壮に適(いた)るも、猶お畎畝(けんぽ)に勤む、困にあらずして何ぞや」と。言言い訖(おわ)りて、目昏(くら)み寐(いね)むと意(おも)う。時に主人方に黍(しょ)を蒸す。翁乃ち囊中より枕を調べ以て之に授けて曰く、「子吾の枕を枕とせよ。当に子をして栄適志の如くならしむべし」と。
其の枕は青磁にして、其の二端を竅(あ)けたり。生首を俯(うつむ)けて之に就けば、其の竅の漸く大きく、明朗なるを見る。乃ち身を挙げて入り、遂に其の家に至る。数月、清河の崔氏の女(むすめ)を娶(めと)る、女の容甚だ麗しく、生の資愈々厚し。生大いに悦ぶ。由是(これより)衣装服馭、日に益々鮮盛なり。明年進士に挙げられて登第し、褐を釈(と)きて秘校となる。三載、出でて陝牧に遷る。生性土功を好む、陝西より河を鑿(うが)つこと八十里、以て不通を済(すく)う。邦人これを利とし、石に刻みて徳を紀(しる)す。徴されて京兆尹と為る。是の歳、吐蕃攻めにて瓜・沙を陥れ、河湟震動す。帝将帥の才を思い、遂に生を御史中丞・河西節度使に除す。戎虜を大破し、斬首七千級、地を開くこと九百里、三つの大城を築きて以て要害を遮る。辺人石を居延山に立てて以てこれを頌す。帰朝して勲を冊せられ、恩礼極めて盛なり。吏部侍郎に転じ、戸部尚書兼御史大夫に遷る、時望清重にして、群情習熟す。大いに時宰の忌む所と為り、飛語を以てこれを中(あた)り、貶されて端州刺史と為る。
三年、征されて常侍と為る。未幾(いくばくもな)くして、同中書門下平章事となり、大政を執ること十余年、賢相と号せらる。同列これを害し、復た辺将と交結し、図る所不軌なりと誣(し)いられる。下獄の制あり。府吏従者を引いて其の門に至り急にこれを収む。生惶駭(こうがい)して測られず、妻子に謂いて曰く、「吾が家山東にあり、良田五頃あり、以て寒餒(かんだい)を御するに足る、何ぞ苦んで禄を求めんや。而るに今ここに及び、短褐を思い、青駒に乗り、邯鄲の道中を行かんとするも、得るべからざるなり」と。刃を引きて自刎す。其の妻これを救い、免れることを獲(え)たり。其の罹(かか)る者は皆死し、独り生のみ中官の保つ所と為りて、死罪を減ぜられ、歓州に投ぜられる。数年、帝冤罪を知り、復た追いて中書令と為し、燕国公に封ず、恩旨殊異なり。生五子を生む。皆才器あり。其の姻媾は皆天下の望族なり。孫十余人あり。性頗る奢蕩にして、甚だ佚楽を好む。前後して賜わる良田・甲第・佳人・名馬、勝(あが)げて数うべからず。
後年漸く衰邁(すいまい)し、数々(しばしば)骸骨を乞うも、許されず。病み、中人候問し、道に相踵(つ)ぎ、名医・上薬、至らざるは無し。将に歿せんとして、上疏して天恩を謝す。帝詔を下し、今驃騎大将軍高力士をして第に就きて候省せしむ。是の夕薨ず。
盧生欠伸(あくび)して悟り、其の身の方に邸舎に偃(ふ)せるを見る、呂翁其の傍に坐し、主人蒸す所の黍未だ熟せざるも、触類故の如し。生蹶然(けつぜん)として興(お)き、曰く、「豈に其れ夢寐(むび)なるか」と。翁生に謂いて曰く、「人生の適、亦た是の如し」と。生憮然(ぶぜん)とすること良(やや)久し。謝して曰く、「夫れ寵辱の道・窮達の運・得喪の理・死生的情、尽くこれを知れり。此れ先生の吾が欲を窒(ふさ)ぐ所以(ゆえん)なり。敢えて教えを受けざるらんや」と。稽首再拝して去る。
== 句法 ==
== 読解 ==
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椎楽
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text/x-wiki
'''枕中記(刪修)'''
== 訓読文 ==
=== 第一段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O開元七年、道士有[二]呂翁者[一]、得[二]神仙術[一]。行[二]邯鄲道中[一]、息[二]邸舍[一]、摂[レ]帽弛[レ]帯隠[レ]囊而坐。俄見[二]旅中少年[一]。乃盧生也。衣[二]短褐[一]、乗[二]青駒[一]、将[レ]適[二]于田[一]、亦止[二]於邸中[一]。与[レ]翁共[レ]席而坐、言笑殊暢。}}
=== 第二段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O久[レ]之、盧生顧[二]其衣装敝褻[一]、乃長歎息曰「大丈夫生[レ]世不[レ]諧、困如[レ]此也」。翁曰「観[二]子形体[一]、無[レ]苦無[レ]恙、談諧方適。而歎[二]其困[一]者、何也」。生曰「吾此苟生耳、何適之謂」。翁曰「此不[レ]謂[レ]適、而何謂[レ]適」。答曰「士之生[レ]世、当[三]建[レ]功樹[レ]名、出将入相、列[レ]鼎而食、選[レ]声而聴、使[二]族益昌而家益肥[一]、然後可[二]以言[一レ]適乎。吾嘗志[二]於学[一]、富[二]於遊芸[一]、自惟当年青紫可[レ]拾。今已適[レ]壮、猶勤[二]畎畝[一]、非[レ]困而何」。言訖而目昏思[レ]寐。時主人方蒸[レ]黍。翁乃探[二]囊中枕[一]以授[レ]之、曰「子枕[二]吾枕[一]。当[レ]令[二]子栄適如[一レ]志」。}}
=== 第三段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O其枕青磁、而竅[二]其両端[一]。生俯[レ]首就[レ]之、見[二]其竅漸大、明朗[一]。乃挙[レ]身而入、遂至[二]其家[一]。数月、娶[二]清河崔氏女[一]、女容甚麗、生資愈厚。生大悦。由[レ]之衣装服馭、日益鮮盛。明年挙[二]進士[一]登第、釈[二]褐秘校[一]。三載、出遷[二]陝牧[一]。生性好[二]土功[一]、自[二]陝西[一]鑿[レ]河八十里、以済[二]不通[一]。邦人利[レ]之、刻[レ]石紀[レ]徳。徴為[二]京兆尹[一]。是歳、吐蕃攻陥[二]瓜・沙[一]、河湟震動。帝思[二]将帥之才[一]、遂除[二]生御史中丞・河西節度使[一]。大破[二]戎虜[一]、斬[レ]首七千級、開[レ]地九百里、築[二]三大城[一]、以遮[二]要害[一]。辺人立[二]石於居延山[一]、以頌[レ]之。帰[レ]朝冊[レ]勲、恩礼極盛。転[二]吏部侍郎[一]、遷[二]戸部尚書兼御史大夫[一]、時望清重、群情習熟。大為[二]時宰所[一レ]忌、以[二]飛語[一]中[レ]之、貶為[二]端州刺史[一]。}}
=== 第四段落 ===
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=== 第五段落 ===
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=== 第六段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O盧生欠伸而悟、見[下]其身方偃[二]於邸舎[一]、呂翁坐[二]其傍[一]、主人蒸[レ]黍未[レ]熟、触類如[上レ]故。生蹶然而興、曰「豈其夢寐也」。翁謂[レ]生曰「人生之適、亦如[レ]是矣」。生憮然良久。謝曰「夫寵辱之道・窮達之運・得喪之理・死生之情、尽知[レ]之矣。此先生所[三]以窒[二]吾欲[一]也。敢不[レ]受[レ]教」。稽首再拝而去。}}
※『要説 十八史略・史記』(日栄社, 1970年)を参考に原文を刪修している。また、同書を参考に段落分けを行った。
== 書き下し文 ==
開元七年、道士に呂翁なる者有り、神仙の術を得たり。邯鄲の道中に行き、邸舎に{{ruby|息|いこ}}い、帽を{{ruby|摂|おさ}}め帯を{{ruby|弛|ゆる}}め{{ruby|囊|のう}}に{{ruby|隠|よ}}りて坐す。{{ruby|俄|にわか}}に旅中の少年を見る。乃ち{{ruby|盧生|ろせい}}なり。短褐を{{ruby|衣|き}}、青駒に乗り、将に田に{{ruby|適|ゆ}}かんとし、亦た邸中に止まる。翁と共に席を同じくして坐し、言笑殊に{{ruby|暢|のび}}やかなり。
之を久しうして、盧生其の衣装の{{ruby|敝褻|へいせつ}}なるを顧み、乃ち長歎息して曰く、「大丈夫の世に生れて{{ruby|諧|かな}}はず、困せられること是の如きか」と。翁曰く、「子の形体を観るに、苦無く恙(つつが)無く、談諧(だんかい)方(まさ)に適(たの)しむに、其の困(くる)しみを歎く者は、何ぞや」と。生曰く、「吾れ此れ苟(かろ)んじて生くるのみ、何の適(たのし)きか之れ言わん」と。翁曰く、「此れを適と謂わずして、何をか適と謂わん」と。答えて曰く、「士の世に生るるや、当(まさ)に功を建て名を樹(た)て、出でては将となり入っては相となり、鼎(かなえ)を列ねて食し、声を選びて聴き、族をして益々昌(さか)んに家をして益々肥えしめ、然る後に以て適と言のうべし。吾嘗て学に志し、遊芸に富み、自ら自今青紫拾うべしと惟(おも)えり。今既に壮に適(いた)るも、猶お畎畝(けんぽ)に勤む、困にあらずして何ぞや」と。言言い訖(おわ)りて、目昏(くら)み寐(いね)むと意(おも)う。時に主人方に黍(しょ)を蒸す。翁乃ち囊中より枕を調べ以て之に授けて曰く、「子吾の枕を枕とせよ。当に子をして栄適志の如くならしむべし」と。
其の枕は青磁にして、其の二端を竅(あ)けたり。生首を俯(うつむ)けて之に就けば、其の竅の漸く大きく、明朗なるを見る。乃ち身を挙げて入り、遂に其の家に至る。数月、清河の崔氏の女(むすめ)を娶(めと)る、女の容甚だ麗しく、生の資愈々厚し。生大いに悦ぶ。由是(これより)衣装服馭、日に益々鮮盛なり。明年進士に挙げられて登第し、褐を釈(と)きて秘校となる。三載、出でて陝牧に遷る。生性土功を好む、陝西より河を鑿(うが)つこと八十里、以て不通を済(すく)う。邦人これを利とし、石に刻みて徳を紀(しる)す。徴されて京兆尹と為る。是の歳、吐蕃攻めにて瓜・沙を陥れ、河湟震動す。帝将帥の才を思い、遂に生を御史中丞・河西節度使に除す。戎虜を大破し、斬首七千級、地を開くこと九百里、三つの大城を築きて以て要害を遮る。辺人石を居延山に立てて以てこれを頌す。帰朝して勲を冊せられ、恩礼極めて盛なり。吏部侍郎に転じ、戸部尚書兼御史大夫に遷る、時望清重にして、群情習熟す。大いに時宰の忌む所と為り、飛語を以てこれを中(あた)り、貶されて端州刺史と為る。
三年、征されて常侍と為る。未幾(いくばくもな)くして、同中書門下平章事となり、大政を執ること十余年、賢相と号せらる。同列これを害し、復た辺将と交結し、図る所不軌なりと誣(し)いられる。下獄の制あり。府吏従者を引いて其の門に至り急にこれを収む。生惶駭(こうがい)して測られず、妻子に謂いて曰く、「吾が家山東にあり、良田五頃あり、以て寒餒(かんだい)を御するに足る、何ぞ苦んで禄を求めんや。而るに今ここに及び、短褐を思い、青駒に乗り、邯鄲の道中を行かんとするも、得るべからざるなり」と。刃を引きて自刎す。其の妻これを救い、免れることを獲(え)たり。其の罹(かか)る者は皆死し、独り生のみ中官の保つ所と為りて、死罪を減ぜられ、歓州に投ぜられる。数年、帝冤罪を知り、復た追いて中書令と為し、燕国公に封ず、恩旨殊異なり。生五子を生む。皆才器あり。其の姻媾は皆天下の望族なり。孫十余人あり。性頗る奢蕩にして、甚だ佚楽を好む。前後して賜わる良田・甲第・佳人・名馬、勝(あが)げて数うべからず。
後年漸く衰邁(すいまい)し、数々(しばしば)骸骨を乞うも、許されず。病み、中人候問し、道に相踵(つ)ぎ、名医・上薬、至らざるは無し。将に歿せんとして、上疏して天恩を謝す。帝詔を下し、今驃騎大将軍高力士をして第に就きて候省せしむ。是の夕薨ず。
盧生欠伸(あくび)して悟り、其の身の方に邸舎に偃(ふ)せるを見る、呂翁其の傍に坐し、主人蒸す所の黍未だ熟せざるも、触類故の如し。生蹶然(けつぜん)として興(お)き、曰く、「豈に其れ夢寐(むび)なるか」と。翁生に謂いて曰く、「人生の適、亦た是の如し」と。生憮然(ぶぜん)とすること良(やや)久し。謝して曰く、「夫れ寵辱の道・窮達の運・得喪の理・死生的情、尽くこれを知れり。此れ先生の吾が欲を窒(ふさ)ぐ所以(ゆえん)なり。敢えて教えを受けざるらんや」と。稽首再拝して去る。
== 句法 ==
== 読解 ==
== 影響 ==
夢オチの原形の一つであり、その後の文芸作品などに大きな影響を与えてきた。特に日本では無常観とも相まって、数々の翻案作品がつくられてきた。
これらの作品は夢オチは踏襲しつつも、過程や結末において文化や時代の影響や作者の価値観が反映されている。見比べてみると面白いだろう。
* 明治時代以前
** 能『邯鄲』
** 恋川春町『{{ruby|金々先生栄花夢|きんきんせんせいえいがのゆめ}}』
* 明治以降
** 芥川龍之介『黄粱夢』
** 三島由紀夫『近代能楽集』「邯鄲」
** 中島みゆき『夜会VOL.3 KAN(邯鄲)TAN』
** 藤子不二雄A『笑ゥせぇるすまん』「第122話 邯鄲の夢枕」
[[カテゴリ:高等学校教育 国語 漢文]]
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椎楽
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wikitext
text/x-wiki
'''枕中記(刪修)'''
== 訓読文 ==
=== 第一段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O開元七年、道士有[二]呂翁者[一]、得[二]神仙術[一]。行[二]邯鄲道中[一]、息[二]邸舍[一]、摂[レ]帽弛[レ]帯隠[レ]囊而坐。俄見[二]旅中少年[一]。乃盧生也。衣[二]短褐[一]、乗[二]青駒[一]、将[レ]適[二]于田[一]、亦止[二]於邸中[一]。与[レ]翁共[レ]席而坐、言笑殊暢。}}
=== 第二段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O久[レ]之、盧生顧[二]其衣装敝褻[一]、乃長歎息曰「大丈夫生[レ]世不[レ]諧、困如[レ]此也」。翁曰「観[二]子形体[一]、無[レ]苦無[レ]恙、談諧方適。而歎[二]其困[一]者、何也」。生曰「吾此苟生耳。何適之謂」。翁曰「此不[レ]謂[レ]適、而何謂[レ]適」。答曰「士之生[レ]世、当[三]建[レ]功樹[レ]名、出将入相、列[レ]鼎而食、選[レ]声而聴、使[二]族益昌而家益肥[一]、然後可[二]以言[一レ]適乎。吾嘗志[二]於学[一]、富[二]於遊芸[一]、自惟当年青紫可[レ]拾。今已適[レ]壮、猶勤[二]畎畝[一]、非[レ]困而何」。言訖而目昏思[レ]寐。時主人方蒸[レ]黍。翁乃探[二]囊中枕[一]以授[レ]之、曰「子枕[二]吾枕[一]。当[レ]令[二]子栄適如[一レ]志」。}}
=== 第三段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O其枕青磁、而竅[二]其両端[一]。生俯[レ]首就[レ]之、見[二]其竅漸大、明朗[一]。乃挙[レ]身而入、遂至[二]其家[一]。数月、娶[二]清河崔氏女[一]、女容甚麗、生資愈厚。生大悦。由[レ]之衣装服馭、日益鮮盛。明年挙[二]進士[一]登第、釈[二]褐秘校[一]。三載、出遷[二]陝牧[一]。生性好[二]土功[一]、自[二]陝西[一]鑿[レ]河八十里、以済[二]不通[一]。邦人利[レ]之、刻[レ]石紀[レ]徳。徴為[二]京兆尹[一]。是歳、吐蕃攻陥[二]㆐瓜・沙[一]、河湟震動。帝思[二]将帥之才[一]、遂除[二]生御史中丞・河西節度使[一]。大破[二]戎虜[一]、斬[レ]首七千級、開[レ]地九百里、築[二]三大城[一]、以遮[二]要害[一]。辺人立[二]石於居延山[一]、以頌[レ]之。帰[レ]朝冊[レ]勲、恩礼極盛。転[二]吏部侍郎[一]、遷[二]戸部尚書兼御史大夫[一]、時望清重、群情習熟。大為[二]時宰所[一レ]忌、以[二]飛語[一]中[レ]之、貶為[二]端州刺史[一]。}}
=== 第四段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O三年、征為[二]常侍[一]。未[レ]幾、同中書門下平章事、執[二]大政[一]十余年、号為[二]賢相[一]。同列害[レ]之、復誣[下]与[二]辺将[一]交結、所[レ]図不軌[上]。制[二]下獄[一]。府吏引[レ]従至[二]其門[一]、而急収[レ]之。生惶駭不[レ]測、謂[二]妻子[一]曰「吾家[二]山東[一]、有[二]良田五頃[一]、足[三]以御[二]寒餒[一]、何苦求[レ]禄。而今及[レ]此、思[下]衣[二]短褐[一]、乗[二]青駒[一]、行[中]邯鄲道中[上]、不[レ]可[レ]得也」。引[レ]刃自刎。其妻救[レ]之、獲[レ]免。其罹者皆死、独生為[二]中官[一レ]保之、減[二]罪死[一]、投[二]歓州[一]。数年、帝知[レ]冤、復追為[二]中書令[一]、封[二]燕国公[一]、恩旨殊異。生[二]五子[一]。皆有[二]才器[一]。其姻媾皆天下望族。有[二]孫十余人[一]。性頗奢蕩、甚好[二]佚楽[一]。前後賜[二]良田・甲第・佳人・名馬[一]、不[レ]可[二]勝数[一]。}}
=== 第五段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O後年漸衰邁、屢乞[二]骸骨[一]、不[レ]許。病、中人候問、相[二]踵於道[一]、名医・上薬、無[レ]不[レ]至焉。将[レ]歿、上疏謝[二]天恩[一]。帝下[レ]詔、今令[二]驃騎大将軍高力士就[レ]第候省[一]。是夕薨。}}
=== 第六段落 ===
{{#invoke:Kanbun|kanbun|col=15|\O盧生欠伸而悟、見[下]其身方偃[二]於邸舎[一]、呂翁坐[二]其傍[一]、主人蒸[レ]黍未[レ]熟、触類如[上レ]故。生蹶然而興、曰「豈其夢寐也」。翁謂[レ]生曰「人生之適、亦如[レ]是矣」。生憮然良久。謝曰「夫寵辱之道・窮達之運・得喪之理・死生之情、尽知[レ]之矣。此先生所[三]㆐以窒[二]吾欲[一]也。敢不[レ]受[レ]教」。稽首再拝而去。}}
※『要説 十八史略・史記』(日栄社, 1970年)を参考に原文を刪修している。また、同書を参考に段落分けを行った。
== 書き下し文 ==
開元七年、道士に呂翁なる者有り、神仙の術を得たり。邯鄲の道中に行き、邸舎に{{ruby|息|いこ}}い、帽を{{ruby|摂|おさ}}め帯を{{ruby|弛|ゆる}}め{{ruby|囊|のう}}に{{ruby|隠|よ}}りて坐す。{{ruby|俄|にわか}}に旅中の少年を見る。乃ち{{ruby|盧生|ろせい}}なり。短褐を{{ruby|衣|き}}、青駒に乗り、将に田に{{ruby|適|ゆ}}かんとし、亦た邸中に止まる。翁と共に席を同じくして坐し、言笑殊に{{ruby|暢|のび}}やかなり。
之を久しうして、盧生其の衣装の{{ruby|敝褻|へいせつ}}なるを顧み、乃ち長歎息して曰く、「大丈夫の世に生れて{{ruby|諧|かな}}はず、困せられること是の如きか」と。翁曰く、「子の形体を観るに、苦無く{{ruby|恙|つつが}}無く、{{ruby|談諧|だんかい}}{{ruby|方|まさ}}に{{ruby|適|たの}}しむに、其の困を{{ruby|歎|なげ}}く{{ruby|者|は}}、何ぞや」と。生曰く、「吾れ此れ苟くも生くるのみ。何の適と之れ言はん」と。翁曰く、「此れを適と謂わずして、何をか適と謂わん」と。答えて曰く、「士の世に生るるや、当に功を建て名を{{ruby|樹|た}}て、出でては将となり入っては相となり、{{ruby|鼎|かなえ}}を列ねて食し、声を選んて聴き、族をして益々{{ruby|昌|さか}}え、家をして益々肥えしめ、然る後に以て適と言のうべし。吾嘗て学に志し、遊芸に富み、自ら{{ruby|惟|おも}}へらく、当年青紫拾うべしと。今已に{{ruby|適|まさ}}に壮なるも、猶ほ{{ruby|畎畝|けんぽ}}に勤む、困にあらずして何ぞや」と。言ひ{{ruby|訖|おわ}}りて、{{ruby|目昏|くら}}み{{ruby|寐|い}}ねむと思ふ。時に主人{{ruby|方|まさ}}に{{ruby|黍|きび}}を蒸す。翁乃ち囊中より枕を調べ以て之に授けて曰く、「子吾の枕を枕とせよ。当に子をして栄適志の如くならしむべし」と。
其の枕は青磁にして、其の二端を竅(あ)けたり。生首を俯(うつむ)けて之に就けば、其の竅の漸く大きく、明朗なるを見る。乃ち身を挙げて入り、遂に其の家に至る。数月、清河の崔氏の女(むすめ)を娶(めと)る、女の容甚だ麗しく、生の資愈々厚し。生大いに悦ぶ。由是(これより)衣装服馭、日に益々鮮盛なり。明年進士に挙げられて登第し、褐を釈(と)きて秘校となる。三載、出でて陝牧に遷る。生性土功を好む、陝西より河を鑿(うが)つこと八十里、以て不通を済(すく)う。邦人これを利とし、石に刻みて徳を紀(しる)す。徴されて京兆尹と為る。是の歳、吐蕃攻めにて瓜・沙を陥れ、河湟震動す。帝将帥の才を思い、遂に生を御史中丞・河西節度使に除す。戎虜を大破し、斬首七千級、地を開くこと九百里、三つの大城を築きて以て要害を遮る。辺人石を居延山に立てて以てこれを頌す。帰朝して勲を冊せられ、恩礼極めて盛なり。吏部侍郎に転じ、戸部尚書兼御史大夫に遷る、時望清重にして、群情習熟す。大いに時宰の忌む所と為り、飛語を以てこれを中(あた)り、貶されて端州刺史と為る。
三年、征されて常侍と為る。未幾(いくばくもな)くして、同中書門下平章事となり、大政を執ること十余年、賢相と号せらる。同列これを害し、復た辺将と交結し、図る所不軌なりと誣(し)いられる。下獄の制あり。府吏従者を引いて其の門に至り急にこれを収む。生惶駭(こうがい)して測られず、妻子に謂いて曰く、「吾が家山東にあり、良田五頃あり、以て寒餒(かんだい)を御するに足る、何ぞ苦んで禄を求めんや。而るに今ここに及び、短褐を思い、青駒に乗り、邯鄲の道中を行かんとするも、得るべからざるなり」と。刃を引きて自刎す。其の妻これを救い、免れることを獲(え)たり。其の罹(かか)る者は皆死し、独り生のみ中官の保つ所と為りて、死罪を減ぜられ、歓州に投ぜられる。数年、帝冤罪を知り、復た追いて中書令と為し、燕国公に封ず、恩旨殊異なり。生五子を生む。皆才器あり。其の姻媾は皆天下の望族なり。孫十余人あり。性頗る奢蕩にして、甚だ佚楽を好む。前後して賜わる良田・甲第・佳人・名馬、勝(あが)げて数うべからず。
後年漸く衰邁(すいまい)し、数々(しばしば)骸骨を乞うも、許されず。病み、中人候問し、道に相踵(つ)ぎ、名医・上薬、至らざるは無し。将に歿せんとして、上疏して天恩を謝す。帝詔を下し、今驃騎大将軍高力士をして第に就きて候省せしむ。是の夕薨ず。
盧生欠伸(あくび)して悟り、其の身の方に邸舎に偃(ふ)せるを見る、呂翁其の傍に坐し、主人蒸す所の黍未だ熟せざるも、触類故の如し。生蹶然(けつぜん)として興(お)き、曰く、「豈に其れ夢寐(むび)なるか」と。翁生に謂いて曰く、「人生の適、亦た是の如し」と。生憮然(ぶぜん)とすること良(やや)久し。謝して曰く、「夫れ寵辱の道・窮達の運・得喪の理・死生的情、尽くこれを知れり。此れ先生の吾が欲を窒(ふさ)ぐ所以(ゆえん)なり。敢えて教えを受けざるらんや」と。稽首再拝して去る。
== 句法 ==
== 読解 ==
== 影響 ==
夢オチの原形の一つであり、その後の文芸作品などに大きな影響を与えてきた。特に日本では無常観とも相まって、数々の翻案作品がつくられてきた。
これらの作品は夢オチは踏襲しつつも、過程や結末において文化や時代の影響や作者の価値観が反映されている。見比べてみると面白いだろう。
* 明治時代以前
** 能『邯鄲』
** 恋川春町『{{ruby|金々先生栄花夢|きんきんせんせいえいがのゆめ}}』
* 明治以降
** 芥川龍之介『黄粱夢』
** 三島由紀夫『近代能楽集』「邯鄲」
** 中島みゆき『夜会VOL.3 KAN(邯鄲)TAN』
** 藤子不二雄A『笑ゥせぇるすまん』「第122話 邯鄲の夢枕」
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椎楽
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/* お礼と不躾なお願い */ 新しい節
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text/x-wiki
== お礼と不躾なお願い ==
漢文縦書きモジュールの作成有難うございます。これまで、漢文は横書きで不自然な上、訓読点の記述が面倒でしたので、大変助かります。
その上で、お願いなのですがハイフンを使えるようにしていただけないでしょうか。ハイフンは縦書きなので[|]で良いかなと思います。
自分でできればよいのですが、私はこうした知識が一切ないので編集ができません。
お暇なときでよいのでご検討いただけますと幸いです。--[[利用者:椎楽|椎楽]] ([[利用者・トーク:椎楽|トーク]]) 2026年8月9日 (日) 03:20 (UTC)
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2026-08-09T04:45:25Z
椎楽
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/* お礼と不躾なお願い */ 返信
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text/x-wiki
== お礼と不躾なお願い ==
漢文縦書きモジュールの作成有難うございます。これまで、漢文は横書きで不自然な上、訓読点の記述が面倒でしたので、大変助かります。
その上で、お願いなのですがハイフンを使えるようにしていただけないでしょうか。ハイフンは縦書きなので[|]で良いかなと思います。
自分でできればよいのですが、私はこうした知識が一切ないので編集ができません。
お暇なときでよいのでご検討いただけますと幸いです。--[[利用者:椎楽|椎楽]] ([[利用者・トーク:椎楽|トーク]]) 2026年8月9日 (日) 03:20 (UTC)
:いろいろ見ていたら、ハイフンの使い方が分かりました。
:お騒がせいたしました。--[[利用者:椎楽|椎楽]] ([[利用者・トーク:椎楽|トーク]]) 2026年8月9日 (日) 04:45 (UTC)
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