Wikisource jawikisource https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8 MediaWiki 1.47.0-wmf.5 first-letter メディア 特別 トーク 利用者 利用者・トーク Wikisource Wikisource・トーク ファイル ファイル・トーク MediaWiki MediaWiki・トーク テンプレート テンプレート・トーク ヘルプ ヘルプ・トーク カテゴリ カテゴリ・トーク 作者 作者・トーク Page Page talk Index Index talk TimedText TimedText talk モジュール モジュール・トーク Event Event talk 利用者:村田ラジオ 2 28294 243068 243050 2026-06-08T10:10:44Z 村田ラジオ 14210 校正 243068 wikitext text/x-wiki {{resize|120%|この利用者が投稿したもの}}(入力中を含む) ===1. 聖イサク=== [[Wikisource:宗教]]< * [[シリヤの聖イサアク全書]] * [[ニネベのイサアク神秘論文集]](A. J. ヴェンシンク) {| |valign=top| :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第1論文|第1論文]] 物事への気遣いが存在する限り、魂の中に安住することはできないこと :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第2論文|第2論文]] あなたの内にある宝物庫に入ることに熱心でありなさい :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第3論文|第3論文]] 魂は本来、情念に左右されない :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第4論文|第4論文]] 神を愛する魂は神の中にのみ安らぎを見出す :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第5論文|第5論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第6論文|第6論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第7論文|第7論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第8論文|第8論文]] 人が心から神に近づくのに役立つものは何であるか :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第9論文|第9論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第10論文|第10論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第11論文|第11論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第12論文|第12論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第13論文|第13論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第14論文|第14論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第15論文|第15論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第16論文|第16論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第17論文|第17論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第19論文|第19論文]] 幻視の中で聖人たちに起こる力の啓示について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第20論文|第20論文]] 啓示と霊的ビジョンに関連した、精神の様々な知覚可能な力について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第21論文|第21論文]] 独居修行の中で祈りの間に起こることについて :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第22論文|第22論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第23論文|第23論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第24論文|第24論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第25論文|第25論文]] 深い観想を求める魂がその観想に没頭し、想起された事柄から生じる身体的な観想から離れることの契機 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第26論文|第26論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第27論文|第27論文]] 人間性はどのように多様な方法で非物質的存在を知覚するのか :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第30論文|第30論文]] 罪の力と邪悪な働き :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第31論文|第31論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第32論文|第32論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第33論文|第33論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第34論文|第34論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第35論文|第35論文]] 絶え間ない行動とあらゆる種類の道徳を考慮した問答形式の論文 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第36論文a|第36論文a]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第37論文|第37論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第38論文|第38論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第39論文|第39論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第40論文|第40論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第43論文|第43論文]] 霊的な知恵に満ちた有益な言葉 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第44論文|第44論文]] 知識の程度と信仰の程度について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第45論文|第45論文]] 有益な助言 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第46論文|第46論文]] その他の考慮事項 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第47論文|第47論文]] 霊的な事柄における魂の教育という神の摂理に :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第48論文|第48論文]] 魂が常にさらされる光と闇の様々な状態 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第50論文|第50論文]] 様々な考察をまとめた短い教訓集 |valign=top| :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第51論文|第51論文]] 知識の3つの段階とその奉仕と衝動との区別、魂の信仰とその中に隠された神秘の宝について ::(a) 知識の第一段階 ::(b) 知識の第二段階 ::(c) 知識の第三段階。つまり完全な段階 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第53論文|第53論文]] 祈りと、絶えず思い出すことが必然的に求められ、人が区別して唱え、保持することが非常に有益であるその他の事柄について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第54論文|第54論文]] マゲナヌータに関するその他の説明 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第55論文|第55論文]] 魂の中に隠された警戒心を :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第56論文|第56論文]] 人の生命に関する美しい考察 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第57論文|第57論文]] 神の愛のための忍耐がどのようにして神の助けを得るのか :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第58論文|第58論文]] 神の近くに住み、認識の生活の中で日々を過ごす人々について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第59論文|第59論文]] 有益な談話 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第60論文|第60論文]] 必然性がなければ、何らかのしるしを望んだり求めたりしてはならないこと :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第61論文|第61論文]] 神は何のために神を愛する人たちへの誘惑を許すのか :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第62論文|第62論文]] 人の中に湧き起こる思考によって、自分がどの段階に属し、どのような思考が続くかを知ることができるということ :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第63論文|第63論文]] 認識の心理状態にある人々は、なぜ肉体の粗雑さに応じて霊的なことを考えるのか :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第64論文|第64論文]] 心中に起こる、祈りによって浄化されるさまざまな状態について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第65論文|第65論文]] 心の警戒に関する指示 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第66論文|第66論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第67論文|第67論文]] 理解可能なものの区別に関して例をあげ、それぞれの使い方を示しての説明 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第68論文|第68論文]] 短いセクション :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第69論文|第69論文]] 思慮ある者はどのように黙想を務めるべきか :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第70論文|第70論文]] 初期知識の微妙な順序 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第71論文|第71論文]] 恩寵から生じる影響について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第72論文|第72論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第73論文|第73論文]] これまでに述べられた内容の説明 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第74論文|第74論文]] 聖人の中に神に似たものを創造している霊的目的について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第75論文|第75論文]] 隠された状態と、そこに存在する力と影響力 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第76論文|第76論文]] 短い言葉 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第77論文|第77論文]] この章は生命力に満ちている :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第78論文|第78論文]] 世俗からの逃避によって得られる… :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第79論文|第79論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第80論文|第80論文]] 徹夜祷とその間の様々な種類の労働について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第81論文|第81論文]] なぜ独居修行者たちはそれ以上に孤独を重んじるのか :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第82論文|第82論文]] 謙虚さはどれほどの名誉を持ち、その地位は |} ===2. マカリオス=== * [[エジプトのマカリオス50の霊的説教]] (擬マカリオス)(完) :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教1|説教1]] 預言者エゼキエルに記された幻の寓話的解釈。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教2|説教2]] 暗黒の王国、すなわち罪の王国について、そして神だけが私たちから罪を取り除き、邪悪な君主の束縛から私たちを救い出すことができるということについて。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教3|説教3]] 兄弟たちは互いに誠実、単純、愛、平和のうちに生きるべきであり、心の中では競争と戦いを続けるべきである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教4|説教4]] キリスト教徒は、神と天使たちから天の賞賛を得るために、この世での競争を注意深く慎重に成し遂げるべきである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教5|説教5]] キリスト教徒とこの世の人々の間には大きな違いがある。この世の精神を持つ人々は心と精神において地上の束縛に縛られているが、他の人々は天の父の愛を切望し、ただ目の前に父を待ち望んでいる。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教6|説教6]] 神を喜ばせたいと願う者は、平穏と静寂、優しさと知恵をもって祈りを捧げるべきであり、大声で叫んで他人に迷惑をかけるべきではない。説教には、王座と冠が実際に創造されたものであるかどうか、そしてイスラエルの12の王座についてという2つの質問も含まれている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教7|説教7]] キリストの人間に対する慈愛について。説教にはいくつかの質問と答えも含まれている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教8|説教8]] 祈りの中でキリスト教徒に起こること、そして完全さの尺度について、キリスト教徒が完全な尺度に達することは可能かどうか。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教9|説教9]] 神の約束と預言は、さまざまな試練と誘惑を通して成就し、神のみに従う者は悪魔の誘惑から救われる。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教10|説教10]] 謙虚な心と真摯さによって神の恵みの賜物は保存されるが、傲慢さと怠惰によってそれらは破壊される。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教11|説教11]] 聖霊の力は人の心の中で火のようであること、心に湧き上がる考えを見分けるために何が必要か、そしてモーセが柱のてっぺんに立てた死んだ蛇がキリストの象徴であることなど。説教には二つの対話があり、一つはキリストと悪魔、サタンとの対話、もう一つは罪人と同じ罪人との対話である。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教12|説教12]] アダムが神の戒めを破る前、そして自分の姿と天の姿の両方を失った後のアダムの状態について。説教には、非常に有益な質問がいくつか含まれている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教13|説教13]] 神がキリスト信徒に期待する成果。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教14|説教14]] 神に思いと心を捧げる人々は、心の目が開かれ、神が彼らに最も神聖で純粋な神秘を与え、神が恵みを授けてくれることを望みながらそうするのである。天国の善いものを手に入れたいと願う私たちがすべきこと。そして使徒と預言者は窓から差し込む太陽の光にたとえられる。説教ではまた、サタンの「地」と天使の「地」とは何か、そしてどちらも無形で目に見えないものであることを教えている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教15|説教15]] この説教は、世界の救い主であるキリスト・イエスの配偶者に対して、魂がいかに聖潔と貞潔と純潔をもってふるまうべきかを広く教えている。また、復活のときにすべての部分がよみがえるかどうか、悪、恩寵、自由意志、人間の尊厳など、多くの重要な教えに満ちた議論も含まれている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教16|説教16]] 霊的な人は最初の罪から生じる誘惑や逆境にさらされる。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教17|説教17]] キリスト教徒の霊的塗油とその栄光について、そしてキリストなしには救われることも永遠の命にあずかることも不可能であることについて。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教18|説教18]] キリスト教徒の宝であるキリストと聖霊について、キリストと聖霊はそれを様々な方法で実践して完成に至る。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教19|説教19]] 進歩し成長したいと願うキリスト教徒は、内在する罪から解放され、聖霊に満たされるために、あらゆる善いことに自らを駆り立てるべきである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教20|説教20]] 内なる人の真の医者であるキリストだけが、魂を癒し、恵みの衣でそれを飾ることができるのである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教21|説教21]] キリスト教徒には、内なる戦いと外なる戦いという二つの戦いが待ち受けている。後者は、地上の煩いから身を引くためのものであり、前者は、心の中で、邪悪な霊の誘惑に対抗するためのものである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教22|説教22]] この世を去る人々の二通りの状態について。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教23|説教23]] 王家の血統から生まれた者だけが高価な王家の真珠を身につけることができるように、神の子だけが天国の真珠を身につけることが許されている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教24|説教24]] キリスト教徒の状態は、商品やパン種のようなものである。商人が地上の利益を蓄えるように、キリスト教徒は世界中に散らばった思いを集める。パン種が塊全体をパン種に変えるように、罪のパン種はアダムの種族全体に浸透する。しかしキリストは、忠実な魂には天の善のパン種を入れる。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教25|説教25]] この説教は、キリストによって強められなければ、誰も悪魔の妨害を克服することはできないこと、そして神の栄光を望む者がしなければならないことを教えている。また、アダムの不従順によって私たちは肉欲の束縛に陥ったが、十字架の神秘によってそこから解放されたことも教えている。さらに、涙と神の火の力は偉大であることを教えてくれる。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教26|説教26]] 不滅の魂の価値と大切さ、力と効力、そしてそれがいかにしてサタンに誘惑され、誘惑から解放されるかについて。また、非常に素晴らしい教えに満ちたいくつかの質問も含まれている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教27|説教27]] この説教は、前述の説教と同様に、キリスト教徒の尊厳と地位について長々と説明している。そして、神の知恵に満ちたいくつかの質問を織り交ぜながら、自由意志に関する多くの有益なことを教えている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教28|説教28]] この説教は、罪のせいで主が魂の中に住まわれないという魂の災難を描写し嘆き、また、洗礼者ヨハネに関して、女から生まれた者の中で彼より偉大な者はいないと述べている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教29|説教29]] 神は人類に恵みの分配を二通りの方法で行い、公正な裁きによってその成果を要求することを意図している。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教30|説教30]] 人の魂が神の王国に入るには聖霊によって生まれなければならない。そして、それがどのように実現されるかについて。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教31|説教31]] 信者は心を変え、すべての思いを神に集めるべきである。なぜなら、神への奉仕はすべてこれにかかっているからである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教32|説教32]] キリスト教徒の栄光は今も彼らの魂の中に留まり、復活の時に現れ、彼らの敬虔さに応じて彼らの体を栄光に輝かせるであろう。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教33|説教33]] 私たちは神に絶えず注意深く祈るべきである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教34|説教34]] キリスト教徒の栄光については、復活の時に彼らの体に与えられ、彼らは魂と共に啓蒙されるであろう。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教35|説教35]] 古い安息日と新しい安息日について。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教36|説教36]] 魂と肉体の二重の復活と復活した者の様々な栄光について。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教37|説教37]] 楽園と霊的法則について。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教38|説教38]] 真のキリスト教徒を見分けるには、またそれが誰であるかを見分けるには、非常に正確な判断力と知性が求められる。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教39|説教39]] 聖書が神から私たちに与えられた理由。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教40|説教40]] すべての美徳とすべての悪徳は互いに結びついており、鎖のように互いにつながっている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教41|説教41]] 魂の秘密の部屋は非常に深く、それは恩恵や邪悪さの成長に比例して成長する。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教42|説教42]] 外的なものではなく、内的なものが人間を前進させたり傷つけたりする。つまり、恵みの霊か邪悪の霊かである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教43|説教43]] キリスト教徒の進歩については、その力の全てが心次第であり、ここでは様々な方法で説明されている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教44|説教44]] 魂の苦しみと病を{{r|癒|いや}}したキリストによって、キリスト教徒の内にどのような変化と再生がもたらされるであろうか。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教45|説教45]] この世のいかなる芸術も富でもなく、ただキリストの出現だけが人間を癒すことができる。この説教は人間と神との偉大な親族関係を説いている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教46|説教46]] 神の言葉とこの世の言葉、そして神の子らとこの世の子らの違いについて。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教47|説教47]] 律法のもとで行われた事柄の寓話的解釈。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教48|説教48]] 神への完全な信仰について。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教49|説教49]] この世の快楽を捨て去ったとしても、あの世の祝福を得なければ十分ではない。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教50|説教50]] 神は聖徒たちを通して奇跡を起こす。 ===3. クリソストモス=== [[Wikisource:宗教]]< * [[マタイ福音書に関する説教]] 目録(クリソストムス)(未完) {| |valign=top| :* [[マタイ福音書に関する説教/説教13|説教13]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教14|説教14]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教15|説教15]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教15-2|説教15-2]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教16|説教16]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教16-2|説教16-2]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教17|説教17]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教17-2|説教17-2]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教18|説教18]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教18-2|説教18-2]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教19|説教19]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教19-2|説教19-2]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教20|説教20]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教21|説教21]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教22|説教22]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教22-2|説教22-2]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教23|説教23]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教23-2|説教23-2]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教24|説教24]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教25|説教25]] |valign=top| :* [[マタイ福音書に関する説教/説教33|説教33]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教34|説教34]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教35|説教35]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教36|説教36]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教37|説教37]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教38|説教38]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教39|説教39]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教40|説教40]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教41|説教41]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教42|説教42]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教65|説教65]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教66|説教66]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教67|説教67]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教68|説教68]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教69|説教69]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教70|説教70]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教71|説教71]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教72|説教72]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教73|説教73]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教74|説教74]] |} *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第14巻/ヨハネ福音書注解|ヨハネ福音書注解]](クリソストモス) (未完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第11巻/使徒行伝の注解|使徒行伝の注解]] (クリソストモス) (未完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第11巻/ローマ人への手紙注解|ローマ人への手紙注解]](完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第12巻/コリント人への手紙第一の注解|コリント人への手紙第一の注解]](未完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ガラテヤとエペソについて/ガラテヤ人への手紙注解|ガラテヤ人への手紙注解]] (完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ガラテヤとエペソについて/エペソ人への手紙注解|エペソ人への手紙注解]] (完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ピリピ、コロサイ、テサロニケについて/ピリピ人への手紙注解|ピリピ人への手紙注解]](未完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ピリピ、コロサイ、テサロニケについて/コロサイ人への手紙注解|コロサイ人への手紙注解]](完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ピリピ、コロサイ、テサロニケについて/テサロニケ人への第一の手紙注解|テサロニケ人への第一の手紙注解]](完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第9巻/マタイ26章39節についての説教|マタイ26章39節についての説教]](完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第9巻/屋根を突き破って降ろされた中風の患者についての説教|屋根を突き破って降ろされた中風の患者についての説教]](完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第9巻/オリンピアスへの手紙|オリンピアスへの手紙]] *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第9巻/アンティオキアの人々への彫像に関する説教|アンティオキアの人々への彫像に関する説教]](未完) ===4. オリゲネス=== * [[諸原理について]](オリゲネス) :* [[諸原理について/序説]] :* [[諸原理について/第1巻|第1巻]] {| |valign=top| :* [[諸原理について/第1巻/第1章|第1巻/第1章]] :* [[諸原理について/第1巻/第2章|第1巻/第2章]] :* [[諸原理について/第1巻/第3章|第1巻/第3章]] :* [[諸原理について/第1巻/第4章|第1巻/第4章]] :* [[諸原理について/第1巻/第5章|第1巻/第5章]] |valign=top| :* [[諸原理について/第1巻/第6章|第1巻/第6章]] :* [[諸原理について/第1巻/第7章|第1巻/第7章]] :* [[諸原理について/第1巻/第8章|第1巻/第8章]] :* [[諸原理について/第1巻/第9章|第1巻/第9章]] :* [[諸原理について/第1巻/第10章|第1巻/第10章]] |} :* [[諸原理について/第2巻|第2巻]] {| |valign=top| :* [[諸原理について/第2巻/第1章|第2巻/第1章]] :* [[諸原理について/第2巻/第2章|第2巻/第2章]] :* [[諸原理について/第2巻/第3章|第2巻/第3章]] :* [[諸原理について/第2巻/第4章|第2巻/第4章]] :* [[諸原理について/第2巻/第5章|第2巻/第5章]] :* [[諸原理について/第2巻/第6章|第2巻/第6章]] |valign=top| :* [[諸原理について/第2巻/第7章|第2巻/第7章]] :* [[諸原理について/第2巻/第8章|第2巻/第8章]] :* [[諸原理について/第2巻/第9章|第2巻/第9章]] :* [[諸原理について/第2巻/第10章|第2巻/第10章]] :* [[諸原理について/第2巻/第11章|第2巻/第11章]] |} :* [[諸原理について/第3巻|第3巻]] {| |valign=top| :* [[諸原理について/第3巻/第1章|第3巻/第1章]] :* [[諸原理について/第3巻/第2章|第3巻/第2章]] :* [[諸原理について/第3巻/第3章|第3巻/第3章]] :* [[諸原理について/第3巻/第4章|第3巻/第4章]] |valign=top| :* [[諸原理について/第3巻/第5章|第3巻/第5章]] :* [[諸原理について/第3巻/第6章|第3巻/第6章]] :* [[諸原理について/第3巻/第7章|第3巻/第7章]] :* [[諸原理について/第3巻/第8章|第3巻/第8章]] |} :* [[諸原理について/第4巻|第4巻]] :* [[諸原理について/第4巻/第1章|第4巻/第1章]] :* [[諸原理について/第4巻/第2章|第4巻/第2章]] :* [[諸原理について/解説|解説]] *[[言葉の受肉について]] [[s:la:De incarnatione Verbi|De incarnatione Verbi]](完) *[[エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳]] [[s:la:Translatio Homiliarum in Ieremiam et Ezechielem|Translatio Homiliarum in Ieremiam et Ezechielem]](未完) *[[イザヤの幻視に関する説教の翻訳]] [[s:la:Translatio homiliarum in visiones Isaiae|Translatio homiliarum in visiones Isaiae]](完) *[[39の説教の翻訳]] [[s:la:Translatio XXXIX Homiliarum|Translatio XXXIX Homiliarum]] ===5. ニカイア教父シリーズ=== *[[ニカイア以前の教父たち]] *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I]] *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II]] **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻|第1巻]] – エウセビオス: 紀元1年から324年までの教会史、コンスタンティヌス大帝の生涯、コンスタンティヌスを讃える演説 ***[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第1巻|エウセビオスの教会史/第1巻]] **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第2巻|第2巻]] – ソクラテス: 西暦305年から438年までの教会史、ソゾメノス ([[w:en:Sozomen|en]]): 西暦323年から425年までの教会史 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻|第3巻]] – テオドレトス、ヒエロニムスとゲンナディウス、ルフィヌス ([[w:en:Tyrannius Rufinus|en]])とヒエロニムス **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第4巻|第4巻]] – アタナシオス: 選集と手紙 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第5巻|第5巻]] – ニュッサのグレゴリオス: 教義論文、選集および書簡 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第6巻|第6巻]] – ヒエロニムス: 手紙と選集 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第7巻|第7巻]] – エルサレムのキュリロス、ナジアンゾスのグレゴリオス **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第8巻|第8巻]] – バシレイオス: 手紙と選集 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻|第9巻]] – ポワティエのヒラリウス、ダマスコのヨアンネス **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第10巻|第10巻]] – アンブロシウス: 選集と手紙 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第11巻|第11巻]] – スルピティウス・セウェルス、レランスのウィンケンティウス、ヨハネス・カッシアヌス **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第12巻|第12巻]] – レオ1世、グレゴリウス1世 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第13巻|第13巻]] – グレゴリウス1世 (パート2)、シリアのエフレム、アフラハト **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第14巻|第14巻]] – 七つの全地公会議 *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻|第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻]] {| |valign=top| :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第1章|第1巻/第1章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第2章|第1巻/第2章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第3章|第1巻/第3章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第4章|第1巻/第4章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第5章|第1巻/第5章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第6章|第1巻/第6章]] |valign=top| :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第7章|第1巻/第7章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第8章|第1巻/第8章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第9章|第1巻/第9章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第10章|第1巻/第10章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第11章|第1巻/第11章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第12章|第1巻/第12章]] |} *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について|第3巻/高名な人々について]](著名人列伝) **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス|ヒエロニムス]](135人) **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ゲンナディウス|ゲンナディウス]](99人) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/ルフィヌス/使徒信条の解説|第3巻/ルフィヌス/使徒信条の解説]](ルフィヌス)(未完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第7巻/ナジアンゾスのグレゴリオス演説|第7巻/ナジアンゾスのグレゴリオス演説]] (未完) *[[原ニカイア信条]](325年) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第14巻/第二回公会議/聖なる信条|第14巻/第二回公会議/聖なる信条]](374 - 381年) *[[ニカイア以前の教父たち/第2巻/ヘルマスの牧者]] (完) ===6. ユスティノス=== *[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/殉教者ユスティノス/トリュフォンとの対話|トリュフォンとの対話]](完) ===7. エイレナイオス 他=== *[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第1巻|異端反駁:第1巻]](エイレナイオス)(完) *[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第2巻|異端反駁:第2巻]](エイレナイオス)(完) *[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第3巻|異端反駁:第3巻]](エイレナイオス)(完) *[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第4巻|異端反駁:第4巻]](エイレナイオス)(完) *[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第5巻|異端反駁:第5巻]](エイレナイオス)(完) *[[ニカイア以前の教父たち/第3巻/護教的論文/偶像崇拝について|偶像崇拝について]](テルトゥリアヌス)(完) *[[ニカイア以前の教父たち/第5巻/キプリアヌス/キプリアヌスの論文/主の祈りについて|主の祈りについて]] (キプリアヌス) (完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第7巻/エルサレムのキュリロス/教理講義|教理講義]] (キュリロス) (完) **[[教理講義4]] 《教義の10の要点について》 *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第7巻/エルサレムのキュリロス/序説|エルサレムのキュリロス/序説]] *[[神の言葉の誕生について]](ガイウス・マリウス・ウィクトリヌス) (完) :::[[利用者:村田ラジオ#1. 聖イサク|トップに戻る]] ===8. ヒラリウス=== *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ポワティエのヒラリウス/三位一体論|三位一体論]] (ヒラリウス) (未完) * [[詩篇の論考]](未完) ** [[詩篇の論考/序文|序文]] ** [[詩篇の論考/詩篇第1篇|詩篇第1篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇2篇|詩篇2篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇9篇|詩篇9篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇13篇|詩篇13篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇14篇|詩篇14篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇51篇|詩篇51篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇61篇|詩篇61篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇62篇|詩篇62篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇67篇|詩篇67篇]] ===9. アンブロシウス=== *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第10巻/著作/キリスト教信仰の解説|ニカイア後教父: シリーズ II/信仰について]](アンブロシウス)入力中 * [[信仰について (アンブロシウス)]](完) * [[ルカ福音書の解説 (アンブロシウス)]](完) * [[ヘクサエメロン (アンブロシウス)]](第5巻のみが未完) * [[楽園について (アンブロシウス)]](完) * [[カインとアベルについて (アンブロシウス)]](完) * [[ノアと箱舟について (アンブロシウス)]](完) * [[アブラハムについて (アンブロシウス)]](完) * [[イサクと魂について]](完) * [[死の善について]](完) * [[世界からの逃避について]](完) * [[ヤコブと祝福された人生について]](未完) * [[族長ヨセフについて]](未完) * [[ダビデの詩篇十二篇の解説]](完) * [[ダビデの詩篇118篇の解説]](未完) ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/プロローグ|プロローグ]] ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/1番目の言葉|1番目の言葉]] アレフ ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/2番目の言葉|2番目の言葉]] ベト ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/3番目の言葉|3番目の言葉]] ギメル ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/4番目の言葉|4番目の言葉]] ダレト ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/5番目の言葉|5番目の言葉]] ヘー ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/6番目の言葉|6番目の言葉]] ワウ ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/7番目の言葉|7番目の言葉]] ザイン ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/8番目の言葉|8番目の言葉]] ヘト ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/9番目の言葉|9番目の言葉]] テト ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/10番目の言葉|10番目の言葉]] ヨド ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/11番目の言葉|11番目の言葉]] カフ ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/12番目の言葉|12番目の言葉]] ラメド ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/13番目の言葉|13番目の言葉]] メム ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/14番目の言葉|14番目の言葉]] ヌン ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/15番目の言葉|15番目の言葉]] サメク ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/16番目の言葉|16番目の言葉]] アイン * [[ローマ人への手紙注解 (アンブロシアステル)]](完) * [[コリント人への第一の手紙注解 (アンブロシアステル)]](完) * [[コリント人への第二の手紙注解 (アンブロシアステル)]](完) ===10. アウグスティヌス=== * [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第7巻/ヨハネ福音書論考|ヨハネ福音書論考]] 入力中 * [[三位一体論 (アウグスティヌス)]] 入力中 ===11. レオ1世=== *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第12巻/レオ1世/説教|第12巻/レオ1世/説教]](レオ1世)入力中 ===12. ダマスコのヨハネ=== *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻|正教信仰の正確な解説/第1巻]](ヨハネ・ダマスキン)入力中 {| |valign=top| :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第1章|第1章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第2章|第2章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第3章|第3章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第4章|第4章]] |valign=top| :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第5章|第5章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第6章|第6章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第7章|第7章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第8章|第8章]] |} *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻|正教信仰の正確な解説/第2巻]] {| |valign=top| :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第1章|第1章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第2章|第2章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第3章|第3章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第4章|第4章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第5章|第5章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第6章|第6章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第7章|第7章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第8章|第8章]] |valign=top| :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第22章|第22章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第23章|第23章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第24章|第24章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第26章|第26章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ 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**[[ドブロトリュビエ/第1巻/アバ・イザヤの言葉|アバ・イザヤの言葉]](アバ・イザヤ) **[[ドブロトリュビエ/第1巻/心を守ることについて27章|心を守ることについて27章]](アバ・イザヤ) **[[ドブロトリュビエ/第1巻/修道士ニコラスへのメッセージ|修道士ニコラスへのメッセージ]](修行者マルコ) **[[ドブロトリュビエ/第1巻/修行者マルコの著作に対するニコラス修道士の反応|修行者マルコの著作に対するニコラス修道士の反応]] **[[ドブロトリュビエ/第1巻/霊的法則に関する200章|霊的法則に関する200章]](修行者マルコ) **[[ドブロトリュビエ/第1巻/行いによって義とされると考える人々について|行いによって義とされると考える人々について]](修行者マルコ) *[[ドブロトリュビエ/第2巻|第2巻]] **[[ドブロトリュビエ/第2巻/霊的生活の完成度について|霊的生活の完成度について]](ヨハネス・カッシアヌス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/悔い改めの働きの終了について|悔い改めの働きの終了について]](ヨハネス・カッシアヌス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/テオドロスへ 覚醒と祈りについて|テオドロスへ 覚醒と祈りについて]](ヘシュキオス長老) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/祈りに関する153章|祈りに関する153章]](シナイのニール) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/悪の八魂について|悪の八魂について]](シナイのニール) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/悔い改めについて|悔い改めについて]](ヨハネ・クリマクス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/美徳と情熱について–また情熱との戦いについて|美徳と情熱について–また情熱との戦いについて]](ヨハネ・クリマクス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/8つの主要な情熱との戦いについて|8つの主要な情熱との戦いについて]](ヨハネ・クリマクス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/平静さについて|平静さについて]](ヨハネ・クリマクス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/バルサヌフィオスの禁欲的教え|バルサヌフィオスの禁欲的教え]](大バルサヌフィオス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/アバ・ドロテオスの禁欲的教え|アバ・ドロテオスの禁欲的教え]](アバ・ドロテオス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/シリアの聖イサクの禁欲的教え|シリアの聖イサクの禁欲的教え]](シリアのイサク) *[[ドブロトリュビエ/第3巻|第3巻]] **[[ドブロトリュビエ/第3巻/霊的知識と識別についての100章|霊的知識と識別についての100章]](フォティケのディアドコス) **[[ドブロトリュビエ/第3巻/愛についての400章|愛についての400章]](告白者マクシモス) **[[ドブロトリュビエ/第3巻/愛・禁欲・霊的生活について400章|愛・禁欲・霊的生活について400章]](アバ・タラシオス) **[[ドブロトリュビエ/第3巻/最も魂をたすける100の章|最も魂をたすける100の章]](エデッサのテオドロス) **[[ドブロトリュビエ/第3巻/覚醒についての40章|覚醒についての40章]](シナイのフィロテオス) *[[ドブロトリュビエ/第4巻|第4巻]] **[[ドブロトリュビエ/第4巻/修道士への禁欲的な指導|修道士への禁欲的な指導]](ストゥディオスのテオドロス) *[[ドブロトリュビエ/第5巻|第5巻]] :::新神学者シメオン :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/新神学者シメオンの略歴|新神学者シメオンの略歴]] :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/実践的および神学的な章|実践的および神学的な章]](新神学者シメオン) :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/敬虔なる長老シメオンの禁欲的な説教|敬虔なる長老シメオンの禁欲的な説教]](彼の師、敬虔者シメオン) :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/信仰について、そしてこの世に生きる人間が完璧を達成するのは不可能だと言う人々へ|信仰について、そしてこの世に生きる人間が完璧を達成するのは不可能だと言う人々へ]] :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/三つの注意と祈りについて|三つの注意と祈りについて]] :::ニケタス・ステタトス :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/ニケタス・ステタトスの略歴|ニケタス・ステタトスの略歴]] :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/最初の100の実践的な章|最初の100の実践的な章]] :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/次の100の自然心理学的章 – 精神の浄化について|次の100の自然心理学的章 – 精神の浄化について]] :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/最後の100の思索的な章 – 愛と人生の完成について|最後の100の思索的な章 – 愛と人生の完成について ]] :::シナイのグレゴリオス :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/戒めと教義・警告と約束についての137章|戒めと教義・警告と約束についての137章]](シナイのグレゴリオス) :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/沈黙行者たちへの指示|沈黙行者たちへの指示]](シナイのグレゴリオス) :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/静寂と祈りについての15章|静寂と祈りについての15章]](シナイのグレゴリオス) :::修道士ニケフォロス :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/覚醒と心を守ることについて|覚醒と心を守ることについて]](修道士ニケフォロス) :::グレゴリオス・パラマス :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/名誉ある修道女クセニアに|名誉ある修道女クセニアに]](グレゴリオス・パラマス) :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/キリスト教法に基づく十戒|キリスト教法に基づく十戒]](グレゴリオス・パラマス) :::ダマスコのペトロ :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/ダマスコのペトロ序文|ダマスコのペトロ序文]] :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/ダマスコのペトロの第1巻|ダマスコのペトロの第1巻]] :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/ダマスコのペトロの第2巻|ダマスコのペトロの第2巻]] &#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212; ===14. 神学的著作=== *[[主の祈り、洗礼、聖体に関する注釈]](モプスエスティアのテオドロス) (完) * [[口語訳旧約聖書 目次]]{{ext scan link|1=http://jco.ibibles.net/index.htm#%C2%A0%3E%C2%A0}} * [[口語訳新約聖書 目次]]{{ext scan link|1=http://jco.ibibles.net/index.htm#%C2%A0%3E%C2%A0}} * [[KJV 旧約聖書続編 目録]] (King James Bible, 1769) * [[フィラレートのカテキズム]](モスクワの聖フィラレート、1913)(完) ** [[フィラレートのカテキズム 2]] * [[英国国教会の39箇条についての教理問答]](ジェームズ・ビーヴン、1853)(未完) * [[短い信条]](ガザーリー、1903英訳ダンカン・B・マクドナルド)(完) * [[アル・ガザーリーの宗教的・道徳的教え]](ガザーリー、1921英訳サイード・ナワーブ・アリ)(導入のみ) * [[鳩の書]](''Book of the Dove'' [[w:ja:バル・ヘブラエウス|バル・ヘブラエウス]]、1919英訳 A.J. ヴェンシンク)(入力中) * [[蜂の書]](''The Book of the Bee'' アフラトのソロモン、英訳 [[w:ja:ウォーリス・バッジ|ウォーリス・バッジ]])(入力中) * [[ディオニュシオス・アレオパギテスの著作]](ジョン・パーカー、1897)(目録) ** [[ディオニュシオス・アレオパギテスの著作/神名論|神名論]](完) ** [[ディオニュシオス・アレオパギテスの著作/神秘神学|神秘神学]](完) * [[修道院の制度について]] "De coenobiorum institutis"(ヨハネス・カッシアヌス) * [[コラティオネス]](ヨハネス・カッシアヌス)(未完) * [[信仰について (アンブロシウス)]](完) * [[マルコ福音書注解 (アンセルムス・ラウドゥン)]](グロッサ・オルディナリア)(未完) * [[聖バルラームと聖ヨサファトの生涯]](ダマスコのヨハネ)(未完) * [[神の言葉の誕生について]](ガイウス・マリウス・ウィクトリヌス)(完) * [[ホモウシオスの受容について]](ガイウス・マリウス・ウィクトリヌス)(完) * [[砂漠を讃えて]](リヨンのエウケリウス)(完) * [[聖書霊的解釈の定式]](リヨンのエウケリウス)(未完) * [[神の統治について]](マルセイユのサルヴィアヌス)(完) * [[論考 (ヴェローナのゼノ)]](完) * [[言葉の受肉について]] [[s:la:De incarnatione Verbi|De incarnatione Verbi]](オリゲネス)(完) * [[観想生活について]] [[s:la:De vita contemplativa|De vita contemplativa]](ユリアヌス・ポメリウス) * [[歴史 (オロシウス)]] [[s:la:Historiae (Orosius)|Historiae (Orosius)]](オロシウス) * [[詩篇の解説 (カッシオドルス)]] [[s:la:Expositio in Psalterium (Cassiodorus)|Expositio in Psalterium (Cassiodorus)]](カッシオドルス) * [[説教 (アマセアのアステリウス)]] **[[説教 (アマセアのアステリウス)/説教1|説教1]] 金持ちとラザロ **[[説教 (アマセアのアステリウス)/説教2|説教2]] 不正な管理人 **[[説教 (アマセアのアステリウス)/説教3|説教3]] 貪欲に対する戒め **[[説教 (アマセアのアステリウス)/説教4|説教4]] カレンダ祭について **[[説教 (アマセアのアステリウス)/説教5|説教5]] 離婚について *[[実証2 (アフラハト)]] デモンストレーション/愛について(完) *[[実証7 (アフラハト)]] デモンストレーション/悔悛について *[[はしご (ヨハネ・クリマコス)]] (楽園への梯子)(未完) :::[[利用者:村田ラジオ#1. 聖イサク|トップに戻る]] &#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212; * [[イェルサリム大主教聖キリール教訓]](エルサレムのキュリロス) * [[聖金口イオアン教訓下]](ヨハネ・クリュソストモス) * [[シリヤの聖エフレム教訓]] * [[正教要理問答]] * [[通俗正教教話]](府主教フィラレート) * [[聖詠講話上編]](ヨハネ・クリュソストモス) * [[聖詠講話中編]] * [[新約聖書譬喩略解]] * [[祈祷惺々集]] {{註|祈りと清醒の教訓集。隠修者フェオファン編集。}} *#[[祈祷惺々集/我等が聖神父階梯著者イオアンの教訓(1)]] *#[[祈祷惺々集/イェルサリムの司祭イシヒイ フェオドルに與ふる書(1)]] *#[[祈祷惺々集/克肖なる我等が神父シリヤのフィロフェイの説教(1)]] *#[[祈祷惺々集/シリヤの聖イサアクの教訓(1)]] *#[[祈祷惺々集/聖なる大老ワルソノフィイ及びイオアンの教訓(1)]] :(ヨハネ・クリマクス、シナイのヘシュキオス、シナイのフィロテオス、シリアのイサアク、ガザのバルサヌフィオス) * [[埃及マカリイ全書]](著者は擬マカリオス) * [[ニケア信経]](ニケア・コンスタンチノープル信経) * [[使徒信経(天主公教会1911年)]] * [[使徒信経(日本聖公会1941年)]] * [[アタナシオ信経]] * [[信経問答]] * [[十誡問答]] * [[吉利支丹文学抄/吉利支丹文学概説及び原本の解題]] * [[さんぺいとろの御作業 (新漢字)]] * [[さんふらんしすこの御作業 (新漢字)]] * [[さんゑうすたきよの御作業]] * [[こんてむつすむんぢ抄 (新漢字)]](『キリストに倣いて』) * [[でうすの御性体と御善徳の事 (新漢字)]](『ぎや・ど・ぺかどる』) * [[御扶けの御恩の事 (新漢字)]]( 同 ){{註|ぎやどぺかどるは興味深い。}} * [[善人達のよきこんしゑんしやの悦びの事 (新漢字)]]( 同 ) * [[世界と悪の執着に引るゝ人の迷ひを導く事 (新漢字)]]( 同 ) * [[瞋恚に対する了簡の事 (新漢字)]]( 同 ) * [[ほるたれざといふ強き心の事 (新漢字)]]( 同 ) * [[けれいど並びにひいですのあるちごの事 (新漢字)]](『どちりな・きりしたん』) * [[でうすの御掟十のまだめんとすの事 (新漢字)]]( 同 ) * [[詩四篇・三十一篇・九十一篇(日本聖公会訳)]](+詩百三十四) * [[詩九十二篇・九十五篇・九十八篇・百篇(日本聖公会訳)]] * [[詩七十一篇・百十六篇(日本聖公会訳)]](+詩百二十七、詩百三十) * [[詩二十三篇・三十九篇・九十篇(日本聖公会訳)]] * [[詩五十一篇]](詩篇第五十一、第五十聖詠) * [[人類の忘恩に対する償の祈祷]] :::[[利用者:村田ラジオ#1. 聖イサク|トップに戻る]] ===15. 典礼・奉神礼=== * [[ミサ通常文・キリエ・グロリア]](カトリック) ::(+クレド・サンクトゥス・ベネディクトゥス・アニュスデイ) * [[神聖なる聖体礼儀の歌章の次第]](正教会) * [[大齋の晩課及び先備聖体礼儀の「主よ爾に籲ぶ」]](正教会) * [[八調の品第詞(ステペンナ)]](正教会){{註|聖詠119~133を題材にした祈祷文}} * [[大斎第一週間奉事式略]](おおものいみだいいっしゅうかんほうじしき) **[[大斎第一週間奉事式略 2]](火曜日) **[[大斎第一週間奉事式略 3]](水曜日) **[[大斎第一週間奉事式略 4]](木曜日)(未完) * [[聖パスハの奉事]](未完) * [[信経]](正教会) * [[聖詠経]] ([[w:日本ハリストス正教会|日本正教会]]翻訳) * [[マトフェイ伝06]] * [[マトフェイ伝07]] &#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212; ===16. 仏教=== * [[正信念仏偈 (意訳聖典)]] * [[歎異抄 (意訳聖典)]] ** [[歎異抄 (意訳聖典 新漢字)]] * [[蓮如上人御文章 (意訳聖典)]] * [[七箇條の起請文 (浄土宗全書)]](別名:念仏行者訓條) * [[横川法語]]{{註|恵心僧都、源信}} * [[十二問答]] * [[十二箇條問答]]{{註|法然上人の人柄が優しい。}} * [[黒田の聖人へつかはす御文]](別名:一紙小消息) * [[或女房に示されける法語]] * [[常に仰られける御詞 (法然上人全集)]] * [[平重衡に示す御詞 (法然上人全集)]] * [[甘糟太郎忠綱に示す御詞 (法然上人全集)]] * [[元强盜の張本なりし教阿に示す御詞 (法然上人全集)]] * [[御臨終の時門弟等に示されける御詞 (法然上人全集)]] * [[消息法語 (一遍上人語録)]] * [[門人伝説 (一遍上人語録)]]{{註|興味深い。}} * [[仏説阿弥陀経 (昭和新纂経典部)]] ===17. イスラム教=== * [[短い信条]](ガザーリー、1903英訳ダンカン・B・マクドナルド)(完) * [[アル・ガザーリーの宗教と道徳の教え]](ガザーリー、1921英訳サイード・ナワーブ・アリ)(未完) **[[アル・ガザーリーの宗教と道徳の教え/第1章|1. 人間の本質]] **[[アル・ガザーリーの宗教と道徳の教え/第2章|2. 人間の自由と責任]] **[[アル・ガザーリーの宗教と道徳の教え/第3章|3. プライドと虚栄心]] **[[アル・ガザーリーの宗教と道徳の教え/第4章|4. 友情と誠実さ]] **[[アル・ガザーリーの宗教と道徳の教え/第5章|5. 愛の本質と人間の最高の幸福]] **[[アル・ガザーリーの宗教と道徳の教え/第6章|6. 神の唯一性]] **[[アル・ガザーリーの宗教と道徳の教え/第7章|7. 神の愛とそのしるし]] **[[アル・ガザーリーの宗教と道徳の教え/第8章|8. リザ、すなわち神の意志への喜びに満ちた服従]] ===18. ユダヤ教=== * [[ユダヤ古代誌]] [[s:en:The Antiquities of the Jews|The Antiquities of the Jews]](フラウィウス・ヨセフ)(未完) ===19. ギリシャ・ローマ哲学=== * [[トゥスクルム荘対談集]](キケロ)(完) * [[新プラトン主義哲学者断片集/サッカス (ブイエ訳)]](アンモニオス・サッカス) ==加筆項目== {{resize|120%|この利用者が加筆したもの}} * [[聖詠経]](ふりがなを付加) ** [[第一「カフィズマ」]] ** [[第二「カフィズマ」]] ** [[第三「カフィズマ」]] ** [[第四「カフィズマ」]] ** [[第五「カフィズマ」]] ** [[第六「カフィズマ」]] ** [[第十七「カフィズマ」]] ** [[第十八「カフィズマ」]] ** [[第十九「カフィズマ」]] ** [[第二十「カフィズマ」他]] * [[コンチリサンの略]]{{註|Contrição/Contrition:悔い改め、懺悔という意味}} * [[白骨の御文]] * [[主の祈り]] ==リダイレクト== * [[ディダケー (Riddle translation)]] → [[ニカイア以前の教父たち/第7巻/十二使徒の教訓/十二使徒の教訓]] {{resize|120%|サブページ}} * [[利用者:村田ラジオ/sandbox]] ウェブスター改訂聖書 * [[利用者:村田ラジオ/sandbox2]] マカリオス 大書簡 * [[利用者:村田ラジオ/sandbox3]] ばるらあんと聖じょさはつの御作業 <strike>信仰について 第5巻、ルカ福音書の解説 第8巻</strike> * [[利用者:村田ラジオ/sandbox4]] 第6論文 <strike>第5論文</strike> <strike>第4論文</strike> <strike>第3論文</strike> <strike>トゥスクルム荘対談集</strike> <strike>聖バルラームと聖ヨサファトの生涯</strike> * [[利用者:村田ラジオ/common.js]] :::[[利用者:村田ラジオ#1. 聖イサク|トップに戻る]] ----- ===19. 忘備録=== {| |valign=top| * [[ヘルプ:編集の仕方]] * [[ヘルプ:資料を追加する]] * [[ヘルプ:パブリックドメイン]] * [[ヘルプ:著作権タグ]] * [[ヘルプ:信頼性の基本ガイド]] * [[ヘルプ:註釈の追加]] * [[ヘルプ:詩を編集する]] * [[Wikisource:削除依頼]] * [[Wikisource:削除の方針]] * [[Wikisource:ツール・スクリプト]] * [[Wikisource:記事名の付け方]] * [[Wikisource:ウィキリンク]] * [[Wikisource:翻訳の仕方]] * [[Wikisource:スタイルガイド]] * [[Wikisource:全てのルールは無視せよ]] * カテゴリ:段組みテンプレート * カテゴリ:ウィキソース * カテゴリ:ヘルプ * カテゴリ:ウィキソースによる翻訳物 * カテゴリ:スタブ <nowiki>{{スタブ}}</nowiki> |valign=top| * [[テンプレート:変体仮名]] * [[テンプレート:異体字]] * [[テンプレート:難読部]] * [[テンプレート:縦中横]] * [[テンプレート:傍点]] * [[テンプレート:二重線]] * [[テンプレート:註]] * [[テンプレート:Resize]] * [[テンプレート:〱]] * 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南洋系<ref>ハワイ原住民系を含む。</ref>: 0人(0.0%) * その他の人種: 830人(3.0%) * 混血: 1,693人(6.1%) * ヒスパニック・ラテン系: 213人(0.8%) == 註 == <references /> == 出典 == * [https://data.census.gov/ Census Data]. U.S. Census Bureau. 2026年. [[Category:ミシガン州の都市の人口統計データ|はむとらみつく]] t3cmr6w8gea09qontugfjqts0fb3o6i ニネベのイサアク神秘論文集 0 48333 243057 242991 2026-06-07T18:15:12Z 村田ラジオ 14210 校正:第27 243057 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|hide=1}} {{header | title = ニネベのイサアク神秘論文集 | section = | next=[[ニネベのイサアク神秘論文集/第1論文|第1論文]] | year = 1923 | 年 = | override_author = [[作者:シリアのイサアク|ニネベのイサアク]] (7世紀) | override_translator = [[作者:アレント・ヤン・ヴェンシンク|A. J. ヴェンシンク]] | noauthor = | notes = *底本: [[w:ru:Arent Jan Wensinck|A. J. Wensinck]], "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". Amsterdam: De Akademie, 1923(ENGLISH FROM SYRIAC) *ウィキソースによる日本語訳 }} ==序文== *[[/序文|序文]]. . . . . .  p.05 *コンテンツ. . . . . .  p.07 ==導入== *[[/導入|導入]]. . . . . .  p.12 **[[/導入/本文とギリシャ語訳|本文とギリシャ語訳]]. . . . . .  p.12 **[[/導入/イサアクの年齢と人物|イサアクの年齢と人物]]. . . . . .  p.17 **[[/導入/イサアクの神秘的な思想のスケッチ|イサアクの神秘的な思想のスケッチ]]. . . . . .  p.23 **[[/導入/オリエント思想におけるイサアクの位置|オリエント思想におけるイサアクの位置]]. . . . . .  p.45 == 目録 == === ニネベのイサアク神秘論文集 === 論文1-6: 6つの論文、{{r|優|すぐ}}れた行いについて。 *[[ニネベのイサアク神秘論文集/第1論文|第1論文]](シリア語 - [[:en:Paul Bedjan|ベジャン]]). . . . . .  p.001 *[[ニネベのイサアク神秘論文集/第2論文|第2論文]]. . . . . .  p.007 *[[ニネベのイサアク神秘論文集/第3論文|第3論文]]. . . . . .  p.014 :*魂にとって自然な状態はどのようであるか。自然に反する状態はどのようであるか。その自然を超えた状態とは何か。 :*2番目の質問 :*3番目の質問 :*心の純粋さとは何か。 :*知性の純粋さと心の純粋さの違いは何か。 :*私たちが陥らないように祈らなければならない誘惑とは何か。 :*この件に関して、人間の弱さに応じて御言葉を計られる主の憐れみに感謝する。 *[[ニネベのイサアク神秘論文集/第4論文|第4論文]]. . . . . .  p.028 *[[ニネベのイサアク神秘論文集/第5論文|第5論文]]. . . . . .  p.042 *[[ニネベのイサアク神秘論文集/第6論文|第6論文]]. . . . . .  p.055 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第7論文|第7論文]]: 他の主題については章ごとに短い段落で。神への信頼の性質と、どのような人に神への信頼が生まれるかについて。さらに人は神を信頼するとき、自分の心の状態に応じて力を持つようになること。そして愚かにも識別力もなく信じる者について。. . . . . .  p.067 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第8論文|第8論文]]: 人が心から神に近づくのに役立つものは何であるか。助けが{{r|密|ひそ}}かに近づくのはなぜであるか。人が謙虚さに近づくのは、どのような原因によって起こるか。. . . . . .  p.070 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第9論文|第9論文]]: 意図的かつ悪意を持って[犯された]罪と、偶然に[犯された]罪について。. . . . . .  p.074 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第10論文|第10論文]]: 人が生ける神を完全に放棄してしまわないように、病気の患者に対するように聖書の言葉がいわば節度をもって語られることについて。 しかし私たちが罪を犯すことにおいて、それが原因となってより自由になってはならないこと。. . . . . .  p.078 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第11論文|第11論文]]: 修道士の生活の美しさがどのように保たれるのか。そしてそれがどのように神に栄誉を帰する原因となり得るのか。. . . . . .  p.080 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第12論文|第12論文]]: この世を放棄し真理を探し求めに出た神の僕が、真理が見つからないのではないかという恐れから、あるいは欲望から生まれる熱のために真理を求めることをやめることは美しいことではないということ。神聖なものについて、あるいは神秘的に説明されるその奥義を探求することによって、心は邪悪な惑いや情念の想起から遠ざかることができること。. . . . . .  p.082 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第13論文|第13論文]]: この[霊的]方法に関して神が正当に命じられたように、黙想生活に生きる人々に訪れるさまざまな状態について。悲しみと精神的な息苦しさ、そして突然現れる喜びと楽しみ、熱意と並外れた強さについて。私たちの道を命じた神に讃美を、アミン。. . . . . .  p.084 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第14論文|第14論文]]: 孤独の中で修行する人たちが、黙想の生活という計り知れない海の中で自分たちがどのように奉仕して進歩してきたかを、わずかながらでも理解し始めるのはいつなのかということについて。そうすることで、彼らは自分たちの努力が実を結び始めることにある程度の自信を持つことができるということ。. . . . . .  p.085 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第15論文|第15論文]]: 黙想生活における進歩の過程について、簡潔かつわかりやすく。そしてその美徳がどのようにしていつ生まれるのかという問題について。. . . . . .  p.087 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第16論文|第16論文]]: 孤独の中で仕事から解放されることが魂にとってどれほど有益であるか、最近自分自身について洞察力を持ち始めたばかりの初心者の精神に他の人々との面会・交流がどれほど害を及ぼすか。そして肉体的な仕事が必然的に黙想者に神の業において欠乏をもたらすことがどのように明らかであるか。. . . . . .  p.089 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第17論文|第17論文]]: 徹夜の甘美な行いを通して啓示される神への短い祈りについて、そして徹夜の行いに身を捧げる者は生涯を通じて蜜によって支えられるということについて。. . . . . .  p.091 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第18論文a|第18論文(a)]]: 私が老人たちから聞いたこと。聖なる人々の話、彼らの敬虔な言葉と素晴らしい行動について。彼らの祈りによって神が私たちを守ってくだるように、アミン。. . . . . .  p.095 :[[ニネベのイサアク神秘論文集/第18論文b|第18論文(b)]]: もう一人の隠修者について。 :[[ニネベのイサアク神秘論文集/第18論文c|第18論文(c)]]: 他のもう一人の隠修者について。 :[[ニネベのイサアク神秘論文集/第18論文d|第18論文(d)]]: 正しい独居修行に関するある師父の忠告。 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第19論文|第19論文]]: 幻視の中で聖人たちに起こる力の啓示について。. . . . . .  p.105 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第20論文|第20論文]]: 啓示や霊的ビジョンの作用に関連した、さまざまな理解可能な心の力について。. . . . . .  p.109 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第21論文|第21論文]]: 独居修行の中で[生きる人々に]祈りの間に起こることについて。. . . . . .  p.110 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第22論文|第22論文]]: 祈りの中でのさまざまな[経験]と精神の力の限界について。そして、祈りのさまざまな習慣によって、その恣意的な衝動をどこまで動かす力があるのか。そして、祈りの際に自然に規定された限界、つまり祈りが超えることが許されない限界とは何であるか。そして、それが過ぎてさらに進んだとき、起こっていることが祈りという名で呼ばれているとしても、それはもはや祈りではないということ。. . . . . .  p.111 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第23論文|第23論文]]: 真の知識についての談話。. . . . . .  p.118 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第24論文|第24論文]]: 兄弟が彼の居室で与えられるものについて。. . . . . .  p.120 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第25論文|第25論文]] (a): 深い観想を求める魂がその観想に没頭し、想起された事柄から生じる身体的な観想から離れることの契機。. . . . . .  p.124 ::(b): 最高位の名称に関する別のより明確な[説明]。. . . . . .  p.127 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第26論文|第26論文]]: 「もし神が善であるのなら、なぜ神はこれらのことを起こすのですか」と言う人たちに対して。. . . . . .  p.128 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第27論文|第27論文]]: 人間性はどのように多様な方法で非物質的存在を知覚するのか。. . . . . .  p.132 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第28論文|第28論文]]: スボタ{{註|聖土曜日}}と日曜日の理論に関する象徴的な実証。. . . . . .  p.136 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第29論文|第29論文]]: 弟子を教育する際の賢明な摂理の様々な優れた方法について。. . . . . .  p.138 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第30論文|第30論文]]: 罪の力と邪悪な働きについて。そして罪が維持されている人々と罪が消滅させられている人々について。. . . . . .  p.141 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第31論文|第31論文]]: 賢明な働きが抱える苦難や堕落の危険について。. . . . . .  p.145 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第32論文|第32論文]]: 心を守る目的と、心中の棲家への精緻な観察について。. . . . . .  p.146 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第33論文|第33論文]]: 神の愛の働きについて。. . . . . .  p.148 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第34論文|第34論文]]: 徳の種類などについて。. . . . . .  p.149 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第35論文|第35論文]]: 絶え間ない行動とあらゆる種類の道徳を考慮した問答形式の論文。これらは、世間を脱ぎ捨てて荒野に住む人々、隠遁生活を送っている人々、そして常に自発的に屈辱を感じて義の栄冠を目指している人々にとって非常に有益である。. . . . . .  p.152 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第36論文a|第36論文(a)]]: 世上の狭き道を歩む者たちに対して悪魔が戦いを仕掛ける様々な方法について。. . . . . .  p.180 :[[ニネベのイサアク神秘論文集/第36論文b|第36論文(b)]]: 防御の装備を固めた者たちに対して悪魔が戦いを仕掛けるもう一つの方法。. . . . . .  p.184 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第37論文|第37論文]]: 私が識別の知識によって学んだ、その正確な使用法について。. . . . . .  p.188 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第38論文|第38論文]]: 心の衝動の区別に関する短い文章。. . . . . .  p.194 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第39論文|第39論文]]: 愛に基づいた有益な助言。. . . . . .  p.197 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第40論文|第40論文]]: 道の段階、すなわちそれぞれの務めの権限に関する解説。. . . . . .  p.202 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第41論文|第41論文]]: 彼が孤独を愛する兄弟の一人に宛てて書いた手紙には、親類や名誉ある人々への愛を口実として、悪魔がどのようにして熱心な人たちを絶え間ない孤独からそらそうと画策しているかについて書かれていた。そして、私たちの祖先の例に見られるように、孤独の中で見出される神の知識と比較して、[孤独な人々の]目にはすべてが軽んじて見られるべきであると考えられている。. . . . . .  p.205 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第42論文|第42論文]]: 彼は諭すために同胞である霊的な兄弟に手紙で回答を送った。彼はイサアクに会いたがったので彼の住む世界に行くべきだと説得しようとしたものであった。. . . . . .  p.209 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第43論文|第43論文]]: 霊的な知恵に満ちた有益な言葉。. . . . . .  p.210 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第44論文|第44論文]]: 知識の程度と信仰の程度について。. . . . . .  p.212 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第45論文|第45論文]]: 有益な助言。. . . . . .  p.215 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第46論文|第46論文]]: その他の考慮事項。. . . . . .  p.221 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第47論文|第47論文]](a): 霊的な事柄における魂の教育のために神の摂理によって私たちの中に湧き上がる天使のような感情について。. . . . . .  p.225 ::(b): 人間への第二の働きについて。. . . . . .  p.226 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第48論文|第48論文]]: 魂が常にさらされる光と闇の様々な状態と、右手と左手の事柄において魂が獲得する訓練について。. . . . . .  p.227 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第49論文|第49論文]]: 知識の修練を歩む者に孤独の間に降りかかる暗い闇について。. . . . . .  p.228 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第50論文|第50論文]]: 神への畏れを口実にした愚かな熱意によって引き起こされる損害と、静寂から生じる利益を示す。様々な考察を含む短い教訓集。 他の主題を含む。. . . . . .  p.230 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第51論文|第51論文]]: 知識の3つの段階とその奉仕と衝動との区別、魂の信仰とその中に隠された神秘の宝について。そしてその手段における世俗の知識が信仰の単純さと比較して、どの程度反しているかについて。. . . . . .  p.242 :第51論文(a): 知識の第一段階。 :第51論文(b): 知識の第二段階。 :第51論文(c): 知識の第三段階。つまり完全な段階。 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第52論文|第52論文]]: 知識の衝動の区別に関する別の主題に関する短いセクション。. . . . . .  p.253 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第53論文|第53論文]]: 祈りと、絶えず思い出すことが必然的に求められ、人が区別して唱え、保持することが非常に有益であるその他の事柄について。. . . . . .  p.254 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第54論文|第54論文]]: マゲナヌータ{{註|maggenanutha:助けと後見}}に関するその他の説明。. . . . . .  p.261 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第55論文|第55論文]]: 魂の中に隠された警戒心をどのように保てばよいのか。 眠気と冷たさがどのようにして心に侵入し、魂から聖なる熱意を追い出し、霊的で天的に望ましいものに向かう神聖な願望を減殺してしまうか。. . . . . .  p.263 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第56論文|第56論文]]: 人の生命に関する美しい考察。. . . . . .  p.265 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第57論文|第57論文]]: 神の愛のための忍耐がどのようにして神の助けを得るのか。. . . . . .  p.268 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第58論文|第58論文]]: 神の近くに住み、認識の生活の中で日々を過ごす人々について。. . . . . .  p.273 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第59論文|第59論文]]: 有益な談話。. . . . . .  p.278 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第60論文|第60論文]]: 必然性がなければ、何らかのしるしが私たちを通して、あるいは私たちに明らかに起こることを望んだり求めたりしてはならないこと。. . . . . .  p.281 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第61論文|第61論文]]: 神は何のために神を愛する人たちへの誘惑を許すのか。. . . . . .  p.286 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第62論文|第62論文]]: 人の中に湧き起こる思考によって、自分がどの段階に属し、どのような思考が続くかを知ることができるということ。. . . . . .  p.288 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第63論文|第63論文]]: 認識の心理状態にある人々は、なぜ肉体の粗雑さに応じて霊的なことを考えるのか。また精神がそれを超えて高揚する可能性はどのようにあるのか。また私たちがそこから解放されない原因は何であるか。祈りのときに心はいつどのようにしてイメージなしでいることができるのか。. . . . . .  p.293 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第64論文|第64論文]]: 心中に起こる、祈りによって浄化されるさまざまな状態について。. . . . . .  p.296 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第65論文|第65論文]]: 心の警戒に関する指示、および人が高位の状態を獲得するための修行の方法に関する指示を与える良い助言。. . . . . .  p.297 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第66論文|第66論文]]: 彼が友人に送った手紙での独居修行の神秘について。また多くの人がこの素晴らしい奉仕を知らないために、この奉仕を無視して彼らの主要な部分は居室に座ることに拘っているのはなぜか。これが現在の修道士の伝統である。独居修行を実践する人に役立つ短い名言集とともに。. . . . . .  p.312 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第67論文|第67論文]]: 理解可能なものの識別に関して例をあげ、それぞれの使い方を示しての説明。. . . . . .  p.316 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第68論文|第68論文]]: 短いセクション。. . . . . .  p.318 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第69論文|第69論文]]: 思慮ある者はどのように黙想を務めるべきか。. . . . . .  p.321 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第70論文|第70論文]]: 私たちは、自分の努力のさまざまな識別によって子供じみた判断をすることなく、精神のさまざまな状態によって自分の行動の程度を理解できるということ。ただ日々その中で密かに感じられる喜びによって自分の魂の程度を賢者として認識すべきであるということ。初期知識の微妙な順序。. . . . . .  p.324 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第71論文|第71論文]]: 恩寵から生じる影響について。. . . . . .  p.328 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第72論文|第72論文]]: 真の知識と誘惑について。弱くて取るに足らない、教育を受けていない人々だけでなく、一時的に無欲に値するとみなされ心の完成に達し、ここまで部分的純粋に近づいている人々においても死すべき運命と共存しており、情愛を超えた高揚感を獲得していること。この世界において感情的な肉体での生活と組み合わせることが神によって許されている限りにおいては、肉体のために苦しみ、情愛によって傷つけられなければならないのは、彼らにとっても同様である。ある程度の傲慢さの危険性と、何度も罪を犯し、再び受け入れてくれる悔い改めの恵みによって自分自身を癒すため、慈悲の中で[誘惑]を継続的に受けることが必要とされていること。. . . . . .  p.332 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第73論文|第73論文]]: [前述の] セクションの簡潔な意味と、これまでに述べられた内容の説明。. . . . . .  p.337 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第74論文|第74論文]]: 徳の識別、全過程の範囲、人類への愛の偉大さ、そして人類に注がれる豊かな愛によって聖人の中に神に似たものを創造している霊的目的について。. . . . . .  p.341 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第75論文|第75論文]]: 隠された状態と、そこに存在する力と影響力について。. . . . . .  p.348 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第76論文|第76論文]]: 短い言葉。. . . . . .  p.350 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第77論文|第77論文]]: この章は生命力に満ちている。. . . . . .  p.352 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第78論文|第78論文]]: 世俗からの逃避によって得られる利益について。その方法は師父たちが慎重な検討を通じて考え出したものである。. . . . . .  p.360 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第79論文|第79論文]]: 隠れた衝動が外面的な行動の変化に応じてどのように変化するか。. . . . . .  p.361 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第80論文|第80論文]]: 徹夜祷とその間の様々な種類の労働について。そして私たちの労働の目的は、量を達成することではなく、父とともに働く神の子として自由に識別をもって愛の警戒心に働くことになりつつあるということ。徹夜の労働が他のすべての義務よりもどれほど貴重であるかということ。そしてこの労働がそれを選択する人々に課すもの、その中でどのように歩まなければならないかということ。神によって価値があるとみなされる賜物について。この世界の主要な部分との戦いについて。. . . . . .  p.366 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第81論文|第81論文]]: 私たちの主が慈悲を天の御父の偉大さに似たものと定義されたのに、なぜ独居修行者たちはそれ以上に孤独を重んじるのかと尋ねた兄弟への回答。そしてこの点と、苦しんでいる人や病人が近くにいるときに無視することはできないということの弁明。. . . . . .  p.379 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第82論文|第82論文]]: 謙虚さはどれほどの名誉を持ち、その地位はどれほど高尚であるかということ。. . . . . .  p.384 目録/終わり == 出典 == *底本: A. J. Wensinck, "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". Amsterdam: De Akademie, 1923(ENGLISH FROM SYRIAC) *https://syri.ac/brock/isaac *https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/82/Isaac_of_Nineveh_-_Mystic_Treatises.pdf == 参考文献 == *[[シリヤの聖イサアク全書]] *[[w:ja:シリア人イサクの禁欲的説教]] *[[w:en:The Ascetical Homilies of Isaac the Syrian]](英語版ウィキペディア) {{DEFAULTSORT:にねへのいさあくしんひろんふんしゆう}} [[Category:7世紀]] [[Category:1923年]] [[Category:キリスト教]] [[Category:キリスト教神学]] [[Category:ニネベのイサアク神秘論文集|*]] {{translation license | original = {{PD-old-auto-1996}} | translation = {{新訳}} }} ow7856qrswz5ash993vjg7fdjhu886p 243067 243057 2026-06-08T10:08:22Z 村田ラジオ 14210 校正:第25 243067 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|hide=1}} {{header | title = ニネベのイサアク神秘論文集 | section = | next=[[ニネベのイサアク神秘論文集/第1論文|第1論文]] | year = 1923 | 年 = | override_author = [[作者:シリアのイサアク|ニネベのイサアク]] (7世紀) | override_translator = [[作者:アレント・ヤン・ヴェンシンク|A. J. ヴェンシンク]] | noauthor = | notes = *底本: [[w:ru:Arent Jan Wensinck|A. J. Wensinck]], "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". Amsterdam: De Akademie, 1923(ENGLISH FROM SYRIAC) *ウィキソースによる日本語訳 }} ==序文== *[[/序文|序文]]. . . . . .  p.05 *コンテンツ. . . . . .  p.07 ==導入== *[[/導入|導入]]. . . . . .  p.12 **[[/導入/本文とギリシャ語訳|本文とギリシャ語訳]]. . . . . .  p.12 **[[/導入/イサアクの年齢と人物|イサアクの年齢と人物]]. . . . . .  p.17 **[[/導入/イサアクの神秘的な思想のスケッチ|イサアクの神秘的な思想のスケッチ]]. . . . . .  p.23 **[[/導入/オリエント思想におけるイサアクの位置|オリエント思想におけるイサアクの位置]]. . . . . .  p.45 == 目録 == === ニネベのイサアク神秘論文集 === 論文1-6: 6つの論文、{{r|優|すぐ}}れた行いについて。 *[[ニネベのイサアク神秘論文集/第1論文|第1論文]](シリア語 - [[:en:Paul Bedjan|ベジャン]]). . . . . .  p.001 *[[ニネベのイサアク神秘論文集/第2論文|第2論文]]. . . . . .  p.007 *[[ニネベのイサアク神秘論文集/第3論文|第3論文]]. . . . . .  p.014 :*魂にとって自然な状態はどのようであるか。自然に反する状態はどのようであるか。その自然を超えた状態とは何か。 :*2番目の質問 :*3番目の質問 :*心の純粋さとは何か。 :*知性の純粋さと心の純粋さの違いは何か。 :*私たちが陥らないように祈らなければならない誘惑とは何か。 :*この件に関して、人間の弱さに応じて御言葉を計られる主の憐れみに感謝する。 *[[ニネベのイサアク神秘論文集/第4論文|第4論文]]. . . . . .  p.028 *[[ニネベのイサアク神秘論文集/第5論文|第5論文]]. . . . . .  p.042 *[[ニネベのイサアク神秘論文集/第6論文|第6論文]]. . . . . .  p.055 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第7論文|第7論文]]: 他の主題については章ごとに短い段落で。神への信頼の性質と、どのような人に神への信頼が生まれるかについて。さらに人は神を信頼するとき、自分の心の状態に応じて力を持つようになること。そして愚かにも識別力もなく信じる者について。. . . . . .  p.067 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第8論文|第8論文]]: 人が心から神に近づくのに役立つものは何であるか。助けが{{r|密|ひそ}}かに近づくのはなぜであるか。人が謙虚さに近づくのは、どのような原因によって起こるか。. . . . . .  p.070 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第9論文|第9論文]]: 意図的かつ悪意を持って[犯された]罪と、偶然に[犯された]罪について。. . . . . .  p.074 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第10論文|第10論文]]: 人が生ける神を完全に放棄してしまわないように、病気の患者に対するように聖書の言葉がいわば節度をもって語られることについて。 しかし私たちが罪を犯すことにおいて、それが原因となってより自由になってはならないこと。. . . . . .  p.078 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第11論文|第11論文]]: 修道士の生活の美しさがどのように保たれるのか。そしてそれがどのように神に栄誉を帰する原因となり得るのか。. . . . . .  p.080 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第12論文|第12論文]]: この世を放棄し真理を探し求めに出た神の僕が、真理が見つからないのではないかという恐れから、あるいは欲望から生まれる熱のために真理を求めることをやめることは美しいことではないということ。神聖なものについて、あるいは神秘的に説明されるその奥義を探求することによって、心は邪悪な惑いや情念の想起から遠ざかることができること。. . . . . .  p.082 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第13論文|第13論文]]: この[霊的]方法に関して神が正当に命じられたように、黙想生活に生きる人々に訪れるさまざまな状態について。悲しみと精神的な息苦しさ、そして突然現れる喜びと楽しみ、熱意と並外れた強さについて。私たちの道を命じた神に讃美を、アミン。. . . . . .  p.084 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第14論文|第14論文]]: 孤独の中で修行する人たちが、黙想の生活という計り知れない海の中で自分たちがどのように奉仕して進歩してきたかを、わずかながらでも理解し始めるのはいつなのかということについて。そうすることで、彼らは自分たちの努力が実を結び始めることにある程度の自信を持つことができるということ。. . . . . .  p.085 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第15論文|第15論文]]: 黙想生活における進歩の過程について、簡潔かつわかりやすく。そしてその美徳がどのようにしていつ生まれるのかという問題について。. . . . . .  p.087 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第16論文|第16論文]]: 孤独の中で仕事から解放されることが魂にとってどれほど有益であるか、最近自分自身について洞察力を持ち始めたばかりの初心者の精神に他の人々との面会・交流がどれほど害を及ぼすか。そして肉体的な仕事が必然的に黙想者に神の業において欠乏をもたらすことがどのように明らかであるか。. . . . . .  p.089 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第17論文|第17論文]]: 徹夜の甘美な行いを通して啓示される神への短い祈りについて、そして徹夜の行いに身を捧げる者は生涯を通じて蜜によって支えられるということについて。. . . . . .  p.091 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第18論文a|第18論文(a)]]: 私が老人たちから聞いたこと。聖なる人々の話、彼らの敬虔な言葉と素晴らしい行動について。彼らの祈りによって神が私たちを守ってくだるように、アミン。. . . . . .  p.095 :[[ニネベのイサアク神秘論文集/第18論文b|第18論文(b)]]: もう一人の隠修者について。 :[[ニネベのイサアク神秘論文集/第18論文c|第18論文(c)]]: 他のもう一人の隠修者について。 :[[ニネベのイサアク神秘論文集/第18論文d|第18論文(d)]]: 正しい独居修行に関するある師父の忠告。 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第19論文|第19論文]]: 幻視の中で聖人たちに起こる力の啓示について。. . . . . .  p.105 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第20論文|第20論文]]: 啓示や霊的ビジョンの作用に関連した、さまざまな理解可能な心の力について。. . . . . .  p.109 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第21論文|第21論文]]: 独居修行の中で[生きる人々に]祈りの間に起こることについて。. . . . . .  p.110 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第22論文|第22論文]]: 祈りの中でのさまざまな[経験]と精神の力の限界について。そして、祈りのさまざまな習慣によって、その恣意的な衝動をどこまで動かす力があるのか。そして、祈りの際に自然に規定された限界、つまり祈りが超えることが許されない限界とは何であるか。そして、それが過ぎてさらに進んだとき、起こっていることが祈りという名で呼ばれているとしても、それはもはや祈りではないということ。. . . . . .  p.111 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第23論文|第23論文]]: 真の知識についての談話。. . . . . .  p.118 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第24論文|第24論文]]: 兄弟が彼の居室で与えられるものについて。. . . . . .  p.120 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第25論文|第25論文]] (a): 深い瞑想を求める魂が、それに没入し、想起された事物から生じる肉体的な思索から離れる契機。. . . . . .  p.124 ::(b): 最高位の名称に関する別のより明確な[説明]。. . . . . .  p.127 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第26論文|第26論文]]: 「もし神が善であるのなら、なぜ神はこれらのことを起こすのですか」と言う人たちに対して。. . . . . .  p.128 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第27論文|第27論文]]: 人間性はどのように多様な方法で非物質的存在を知覚するのか。. . . . . .  p.132 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第28論文|第28論文]]: スボタ{{註|聖土曜日}}と日曜日の理論に関する象徴的な実証。. . . . . .  p.136 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第29論文|第29論文]]: 弟子を教育する際の賢明な摂理の様々な優れた方法について。. . . . . .  p.138 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第30論文|第30論文]]: 罪の力と邪悪な働きについて。そして罪が維持されている人々と罪が消滅させられている人々について。. . . . . .  p.141 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第31論文|第31論文]]: 賢明な働きが抱える苦難や堕落の危険について。. . . . . .  p.145 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第32論文|第32論文]]: 心を守る目的と、心中の棲家への精緻な観察について。. . . . . .  p.146 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第33論文|第33論文]]: 神の愛の働きについて。. . . . . .  p.148 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第34論文|第34論文]]: 徳の種類などについて。. . . . . .  p.149 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第35論文|第35論文]]: 絶え間ない行動とあらゆる種類の道徳を考慮した問答形式の論文。これらは、世間を脱ぎ捨てて荒野に住む人々、隠遁生活を送っている人々、そして常に自発的に屈辱を感じて義の栄冠を目指している人々にとって非常に有益である。. . . . . .  p.152 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第36論文a|第36論文(a)]]: 世上の狭き道を歩む者たちに対して悪魔が戦いを仕掛ける様々な方法について。. . . . . .  p.180 :[[ニネベのイサアク神秘論文集/第36論文b|第36論文(b)]]: 防御の装備を固めた者たちに対して悪魔が戦いを仕掛けるもう一つの方法。. . . . . .  p.184 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第37論文|第37論文]]: 私が識別の知識によって学んだ、その正確な使用法について。. . . . . .  p.188 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第38論文|第38論文]]: 心の衝動の区別に関する短い文章。. . . . . .  p.194 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第39論文|第39論文]]: 愛に基づいた有益な助言。. . . . . .  p.197 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第40論文|第40論文]]: 道の段階、すなわちそれぞれの務めの権限に関する解説。. . . . . .  p.202 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第41論文|第41論文]]: 彼が孤独を愛する兄弟の一人に宛てて書いた手紙には、親類や名誉ある人々への愛を口実として、悪魔がどのようにして熱心な人たちを絶え間ない孤独からそらそうと画策しているかについて書かれていた。そして、私たちの祖先の例に見られるように、孤独の中で見出される神の知識と比較して、[孤独な人々の]目にはすべてが軽んじて見られるべきであると考えられている。. . . . . .  p.205 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第42論文|第42論文]]: 彼は諭すために同胞である霊的な兄弟に手紙で回答を送った。彼はイサアクに会いたがったので彼の住む世界に行くべきだと説得しようとしたものであった。. . . . . .  p.209 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第43論文|第43論文]]: 霊的な知恵に満ちた有益な言葉。. . . . . .  p.210 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第44論文|第44論文]]: 知識の程度と信仰の程度について。. . . . . .  p.212 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第45論文|第45論文]]: 有益な助言。. . . . . .  p.215 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第46論文|第46論文]]: その他の考慮事項。. . . . . .  p.221 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第47論文|第47論文]](a): 霊的な事柄における魂の教育のために神の摂理によって私たちの中に湧き上がる天使のような感情について。. . . . . .  p.225 ::(b): 人間への第二の働きについて。. . . . . .  p.226 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第48論文|第48論文]]: 魂が常にさらされる光と闇の様々な状態と、右手と左手の事柄において魂が獲得する訓練について。. . . . . .  p.227 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第49論文|第49論文]]: 知識の修練を歩む者に孤独の間に降りかかる暗い闇について。. . . . . .  p.228 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第50論文|第50論文]]: 神への畏れを口実にした愚かな熱意によって引き起こされる損害と、静寂から生じる利益を示す。様々な考察を含む短い教訓集。 他の主題を含む。. . . . . .  p.230 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第51論文|第51論文]]: 知識の3つの段階とその奉仕と衝動との区別、魂の信仰とその中に隠された神秘の宝について。そしてその手段における世俗の知識が信仰の単純さと比較して、どの程度反しているかについて。. . . . . .  p.242 :第51論文(a): 知識の第一段階。 :第51論文(b): 知識の第二段階。 :第51論文(c): 知識の第三段階。つまり完全な段階。 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第52論文|第52論文]]: 知識の衝動の区別に関する別の主題に関する短いセクション。. . . . . .  p.253 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第53論文|第53論文]]: 祈りと、絶えず思い出すことが必然的に求められ、人が区別して唱え、保持することが非常に有益であるその他の事柄について。. . . . . .  p.254 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第54論文|第54論文]]: マゲナヌータ{{註|maggenanutha:助けと後見}}に関するその他の説明。. . . . . .  p.261 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第55論文|第55論文]]: 魂の中に隠された警戒心をどのように保てばよいのか。 眠気と冷たさがどのようにして心に侵入し、魂から聖なる熱意を追い出し、霊的で天的に望ましいものに向かう神聖な願望を減殺してしまうか。. . . . . .  p.263 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第56論文|第56論文]]: 人の生命に関する美しい考察。. . . . . .  p.265 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第57論文|第57論文]]: 神の愛のための忍耐がどのようにして神の助けを得るのか。. . . . . .  p.268 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第58論文|第58論文]]: 神の近くに住み、認識の生活の中で日々を過ごす人々について。. . . . . .  p.273 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第59論文|第59論文]]: 有益な談話。. . . . . .  p.278 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第60論文|第60論文]]: 必然性がなければ、何らかのしるしが私たちを通して、あるいは私たちに明らかに起こることを望んだり求めたりしてはならないこと。. . . . . .  p.281 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第61論文|第61論文]]: 神は何のために神を愛する人たちへの誘惑を許すのか。. . . . . .  p.286 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第62論文|第62論文]]: 人の中に湧き起こる思考によって、自分がどの段階に属し、どのような思考が続くかを知ることができるということ。. . . . . .  p.288 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第63論文|第63論文]]: 認識の心理状態にある人々は、なぜ肉体の粗雑さに応じて霊的なことを考えるのか。また精神がそれを超えて高揚する可能性はどのようにあるのか。また私たちがそこから解放されない原因は何であるか。祈りのときに心はいつどのようにしてイメージなしでいることができるのか。. . . . . .  p.293 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第64論文|第64論文]]: 心中に起こる、祈りによって浄化されるさまざまな状態について。. . . . . .  p.296 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第65論文|第65論文]]: 心の警戒に関する指示、および人が高位の状態を獲得するための修行の方法に関する指示を与える良い助言。. . . . . .  p.297 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第66論文|第66論文]]: 彼が友人に送った手紙での独居修行の神秘について。また多くの人がこの素晴らしい奉仕を知らないために、この奉仕を無視して彼らの主要な部分は居室に座ることに拘っているのはなぜか。これが現在の修道士の伝統である。独居修行を実践する人に役立つ短い名言集とともに。. . . . . .  p.312 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第67論文|第67論文]]: 理解可能なものの識別に関して例をあげ、それぞれの使い方を示しての説明。. . . . . .  p.316 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第68論文|第68論文]]: 短いセクション。. . . . . .  p.318 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第69論文|第69論文]]: 思慮ある者はどのように黙想を務めるべきか。. . . . . .  p.321 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第70論文|第70論文]]: 私たちは、自分の努力のさまざまな識別によって子供じみた判断をすることなく、精神のさまざまな状態によって自分の行動の程度を理解できるということ。ただ日々その中で密かに感じられる喜びによって自分の魂の程度を賢者として認識すべきであるということ。初期知識の微妙な順序。. . . . . .  p.324 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第71論文|第71論文]]: 恩寵から生じる影響について。. . . . . .  p.328 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第72論文|第72論文]]: 真の知識と誘惑について。弱くて取るに足らない、教育を受けていない人々だけでなく、一時的に無欲に値するとみなされ心の完成に達し、ここまで部分的純粋に近づいている人々においても死すべき運命と共存しており、情愛を超えた高揚感を獲得していること。この世界において感情的な肉体での生活と組み合わせることが神によって許されている限りにおいては、肉体のために苦しみ、情愛によって傷つけられなければならないのは、彼らにとっても同様である。ある程度の傲慢さの危険性と、何度も罪を犯し、再び受け入れてくれる悔い改めの恵みによって自分自身を癒すため、慈悲の中で[誘惑]を継続的に受けることが必要とされていること。. . . . . .  p.332 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第73論文|第73論文]]: [前述の] セクションの簡潔な意味と、これまでに述べられた内容の説明。. . . . . .  p.337 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第74論文|第74論文]]: 徳の識別、全過程の範囲、人類への愛の偉大さ、そして人類に注がれる豊かな愛によって聖人の中に神に似たものを創造している霊的目的について。. . . . . .  p.341 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第75論文|第75論文]]: 隠された状態と、そこに存在する力と影響力について。. . . . . .  p.348 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第76論文|第76論文]]: 短い言葉。. . . . . .  p.350 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第77論文|第77論文]]: この章は生命力に満ちている。. . . . . .  p.352 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第78論文|第78論文]]: 世俗からの逃避によって得られる利益について。その方法は師父たちが慎重な検討を通じて考え出したものである。. . . . . .  p.360 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第79論文|第79論文]]: 隠れた衝動が外面的な行動の変化に応じてどのように変化するか。. . . . . .  p.361 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第80論文|第80論文]]: 徹夜祷とその間の様々な種類の労働について。そして私たちの労働の目的は、量を達成することではなく、父とともに働く神の子として自由に識別をもって愛の警戒心に働くことになりつつあるということ。徹夜の労働が他のすべての義務よりもどれほど貴重であるかということ。そしてこの労働がそれを選択する人々に課すもの、その中でどのように歩まなければならないかということ。神によって価値があるとみなされる賜物について。この世界の主要な部分との戦いについて。. . . . . .  p.366 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第81論文|第81論文]]: 私たちの主が慈悲を天の御父の偉大さに似たものと定義されたのに、なぜ独居修行者たちはそれ以上に孤独を重んじるのかと尋ねた兄弟への回答。そしてこの点と、苦しんでいる人や病人が近くにいるときに無視することはできないということの弁明。. . . . . .  p.379 [[ニネベのイサアク神秘論文集/第82論文|第82論文]]: 謙虚さはどれほどの名誉を持ち、その地位はどれほど高尚であるかということ。. . . . . .  p.384 目録/終わり == 出典 == *底本: A. J. Wensinck, "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". Amsterdam: De Akademie, 1923(ENGLISH FROM SYRIAC) *https://syri.ac/brock/isaac *https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/82/Isaac_of_Nineveh_-_Mystic_Treatises.pdf == 参考文献 == *[[シリヤの聖イサアク全書]] *[[w:ja:シリア人イサクの禁欲的説教]] *[[w:en:The Ascetical Homilies of Isaac the Syrian]](英語版ウィキペディア) {{DEFAULTSORT:にねへのいさあくしんひろんふんしゆう}} [[Category:7世紀]] [[Category:1923年]] [[Category:キリスト教]] [[Category:キリスト教神学]] [[Category:ニネベのイサアク神秘論文集|*]] {{translation license | original = {{PD-old-auto-1996}} | translation = {{新訳}} }} q5xn9a6ci8x38iulf35mh280izfzxhm Page:NDL2959403 官報 1936年09月25日.pdf/5 250 50425 243069 227416 2026-06-08T11:31:05Z 特急いよのたみ 34488 /* 校正済 */ 243069 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="3" user="特急いよのたみ" /></noinclude><section begin="naimu-516"/>:經過&#xE0101;地 :國道󠄁󠄁五號線(東置賜郡赤湯町ニ於テ分&#xE0101;岐)、高畠町、二井宿村宮城縣界 十六號 最上郡新庄町ヨリ宮城縣志田郡古川町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :國道󠄁󠄁五號線(最上郡舟形村ニ於テ分&#xE0101;岐)、東小國村宮城縣界 十七號 山形市ヨリ西置賜郡長井町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :南村山郡柏倉門傳村、西置賜郡荒砥町、十號線 {{left|&#xFA1B;島縣|3em}} 一號 郡山市ヨリ若松&#xE0101;市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :安積郡喜久田村、耶麻&#xE0101;郡千里村 二號 岩瀬郡須賀川町ヨリ水戶市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :石川郡泉村、石川町、淺川町、東白川郡棚倉町、常豐村、豐里村宮城縣界 三號 &#xFA1B;島市ヨリ相馬郡中村町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :信夫郡岡山村、伊達&#xE0101;郡保原町、掛田町、石戶村、相馬郡玉野村 四號 雙葉郡浪江町ヨリ&#xFA1B;島市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :雙葉郡津島村、伊達&#xE0101;郡川俣町 五號 雙葉郡新山町ヨリ郡山市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :雙葉郡大野村、岡村郡都路村、常葉町、三春町 六號 郡山市ヨリ石城郡平&#xE0101;町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :國道󠄁󠄁四號線(安積郡永盛村ニ於テ分&#xE0101;岐)、田村郡守山町、二瀬村、小野新町、石城郡川前村、上小川村 七號 西白河郡白河町ヨリ石城郡湯本町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :西白河郡五箇村、二號線、石川郡石川町、石城郡石住村 八號 &#xFA1B;島市ヨリ若松&#xE0101;市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :信夫郡土湯村、耶麻&#xE0101;郡吾妻村、猪苗代町、千里村、一號線 九號 若松&#xE0101;市ヨリ米澤市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :耶麻&#xE0101;郡鹽川町、喜多方町、岩月村山形縣界 十號 若松&#xE0101;市ヨリ栃木縣上都賀郡今市町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :北會津郡大戶村、南會津郡田島町、荒&#xFA45;村栃木縣界 十一號 若松&#xE0101;市ヨリ新潟市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :河沼郡坂下町、野澤町、賓坂村新潟縣界 十二號 相馬郡中村町ヨリ松&#xE0101;川浦港&#xE0101;ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 十三號 石城郡湯本町ヨリ小名濱港&#xE0101;ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 {{left|茨城縣|3em}} 一號 水戶市ヨリ&#xFA1B;島縣岩瀬郡須賀川町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :那珂郡菅谷村、久慈郡太田町、中里村、小里村、&#xFA1B;島縣界 二號 水戶市ヨリ宇都宮市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :東茨城郡中妻村、西茨城郡笠間町、北山內村栃木縣界 三號 西茨城郡笠間町ヨリ結城郡緒城町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :西茨城郡西山內村、岩瀬町、眞壁郡下館町、結城郡結城町栃木縣界 四號 水戶市ヨリ那珂郡湊町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :東茨城郡磯濱町 五號 水戶市ヨリ銚子市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :四號線(東茨城郡磯濱町二於テ分&#xE0101;岐)、大貫町、鹿畠郡諏訪村、鉾田町、鹿島町、若松&#xE0101;村、波崎町千葉縣界 六號 水戶市ヨリ栃木縣那須郡大田原町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :一號線(那珂郡菅谷村二於テ分&#xE0101;岐)、瓜連町、大宮町、山方村、久慈郡大子町、依上村栃木縣界 七號 水戶市ヨリ栃木縣芳賀郡茂木町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :東茨城郡飯富村、石塚町、那珂郡野口村、長倉村栃木縣界 八號 眞壁郡下館町ヨリ新治郡土浦町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :眞壁郡大村、筑波郡北條町、新治郡眞鍋町、國道󠄁󠄁六號線 九號 北相馬郡取手町ヨリ結城郡結城町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :北相馬郡守谷町、結城郡水&#xFA45;道󠄁󠄁町、石下町、眞壁郡下妻町 十號 眞壁郡下館町ヨリ銚子市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :八號線(眞壁郡養蠶窟村二於テ分&#xE0101;岐)、眞壁町、新治郡柿岡町、石岡町、東茨城郡小川町、行方郡玉造町、麻&#xE0101;生町、香澄材、潮來町、延方村、鹿島郡豐津村、鹿島町、五號線 十一號 新治郡土浦町ヨリ猿島郡古河町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路(甲) :經過&#xE0101;地 :八號線(筑波郡北條町二於テ分&#xE0101;岐)、眞壁郡下妻町、緒城郡名崎村、猿島郡幸島村 十二號  新治郡土浦町ヨリ猿島郡古河町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路(乙) :經過&#xE0101;地 :國道󠄁󠄁六號線(新治郡東村ニ於テ分&#xE0101;岐)、筑波郡谷田部町、結城郡水&#xFA45;道󠄁󠄁町、猿島郡岩井町、境町 十三號 新治郡土浦町ヨリ千葉縣香取郡佐原町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :稻敷郡木原村、阿波村、大須賀村、本新島村千葉縣界 十四號 眞壁郡下館町ヨリ栃木縣那須郡大田原町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :眞壁郡中村栃木縣累 十五號 猿島郡古河町ヨリ栃木縣安蘇郡佐野町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :猿島郡古河町埼玉縣界 十六號 那珂郡野口村ヨリ久慈郡太田町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :那珂郡大宮町、久慈郡久米村 十七號 久慈郡太田町ヨリ久慈港&#xE0101;ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 十八號 西茨城郡笠間町ヨリ新治郡石岡町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :西茨城郡宍戶町、岩間町 十九號 北相馬郡川原代村ヨリ千葉縣香坂郡佐原町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :稻敷郡龍ヶ崎町、太田村、大須賀村、十三號線 二十號 新治郡石岡町ヨリ千葉縣香取郡佐原町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :十號線(行方郡香澄村ニ於テ分&#xE0101;岐)、稻敷郡本新島村、十三號線 二十一號 結城郡結城町ヨリ栃木縣下都賀郡小山町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :結城郡結城町栃木縣界 {{left|栃木縣|3em}} 一號 宇都宮市ヨリ前橋市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :下都賀郡南犬飼村、壬生町、栃木町、靜和村、安蘇郡佐野町、足利市、足利郡小俣町群馬縣界 二號 宇都宮市ヨリ水戶市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :芳賀郡淸原村、七井村、逆川村茨城縣界 三號 宇都宮市ヨリ上都賀郡日光町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :河內郡富屋村、上都賀郡今市町 四號 上都賀郡日光町ヨリ桐生市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :上都賀郡足尾町群馬縣界 五號 宇都宮市ヨリ上都賀郡鹿沼町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :上都賀郡菊澤村 六號 宇都宮市ヨリ宇都宮停車場ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 七號 上都賀郡今市町ヨリ下都賀郡小山町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :上都賀郡鹿沼町、西方村、下都賀郡栃木町、豐田村 八號 足利市ヨリ足利停車場ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 九號 安蘇郡佐野町ヨリ佐野停車場ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 十號 下都賀郡栃木町ヨリ栃木停車場ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 十一號 下都賀郡小山町ヨリ小山停車場ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 十二號 上都賀郡足尾町ヨリ足尾停車場ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 十三號 上都賀郡日光町ヨリ日光停車場ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 十四號 鹽谷郡矢板町ヨリ上都賀郡今市町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :鹽谷郡船生村 十五號 安蘇郡佐野町ヨリ下都賀郡小山町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :一號線(下都賀郡淸和村ニ於テ分&#xE0101;岐)、中村 十六號 那須郡大田原町ヨリ茨城縣眞壁郡下館町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :那須郡黒羽町、那珂村、烏山町、芳賀郡茂木町、七井村、益子町、眞岡町、久下田町茨城縣界 十七號 上都賀郡今市町ヨリ若松&#xE0101;市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :鹽谷郡藤原町、三依村&#xFA1B;島縣界 十八號 下都賀郡小山町ヨリ茨城縣結城郡結城町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :下都賀郡大谷村茨城縣界 十九號 那須郡大田原町ヨリ水戶市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :十六號線(那須郡那珂村二於テ分&#xE0101;岐)、馬頭町大內村茨城縣界 二十號 足利市ヨリ群馬縣新田郡太田町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :足利郡山邊村群馬縣界 二十一號 那郡黑磯町ヨリ同郡那須村ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :國道󠄁󠄁四號線(那須郡那須村ニ於テ分&#xE0101;岐) 二十二號 那須郡大田原町ヨリ上都賀郡今市町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :那須郡西那須野町、鹽谷郡鹽原町、藤原町、十七號線 二十三號 上都賀郡日光町ヨリ群馬縣群馬郡澁川町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :四號線(上都賀郡日光町二於テ分&#xE0101;岐)群馬縣界 二十四號 下都賀郡栃木町ヨリ芳賀郡眞岡町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :一號線(下都賀郡壬生町ニ於テ分&#xE0101;岐)、石橋町河內郡上三川町 二十五號 芳賀郡茂木町ヨリ水戶市ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :芳賀郡中川村茨城縣界 二十六號 安蘇郡佐野町ヨリ茨城縣猿島郡古河町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :下都賀郡藤岡町、野木村埼玉縣界 二十七號 安蘇郡佐野町ヨリ群馬縣邑樂郡林町ニ達&#xE0101;スル道&#xE0101;路 :經過&#xE0101;地 :安蘇郡植野村群馬縣界 {{right|(未完)|1em}} <section end="naimu-516"/> ---- <section begin="naimu-ookura-4"/>'''◉{{分註2|內務省|大藏省|type=other}}吿示第四號''' [[市制及町村制|市制町村制施行令第五十九條ノ二第二項第四號]]、北&#xFA45;道󠄁一級町村制第一條及北&#xFA45;道󠄁二級町村制第百四十八條ノ二第二項第四號ノ規定ニ依リ市町村債ヲ指定スルコト左ノ如シ {{left|昭和十一年九月二十五日|1em}} {{right|內務大臣 [[w:潮恵之輔|潮 惠之輔]]|1em}} {{right|大藏大臣 [[w:馬場鍈一|馬場 鍈一]]|1em}} 一、災害&#xE0101;ニ伴&#xE0101;フ歳入缺陷補塡ノ爲大藏省預金部昭和十年度災害󠄂關係資&#xE0101;金昭和十一年度分&#xE0101;中公&#xE0101;共團體歳入缺陷補塡資󠄁金ノ融通󠄁ヲ受ケ同部ヨリ借入ルル市町村債 <section end="naimu-ookura-4"/> ---- <section begin="shihou-55"/>'''◉司法省吿示第五十五號''' 辯護士法附則第七項ニ依リ左記辯護士會ノ設立ヲ認可セリ 一、辯護士會ノ名稱 靜岡辯護士會 二、事務所󠄁ノ所󠄁在地 靜岡市追手町六拾貳番地靜岡地方裁判所󠄁內 三、設立ノ年月日  昭和十一年九月十二日 {{left|昭和十一年九月二十五日|1em}} {{right|司法大臣 [[w:林頼三郎|林 賴三郞]]|1em}} <section end="shihou-55"/> <section begin="shihou-56"/>'''◉司法省告示第五十六號''' 辯護士法附則第七項ニ依リ左記辯護士會ノ設立ヲ認可セリ 一、辯護士會ノ名稱 大津辯護士會 二、事務所󠄁ノ所󠄁在地 大津地方裁判所󠄁講內 三、設立ノ年月日  昭和十一年九月十二日 {{left|昭和十一年九月二十五日|1em}} {{right|司法大臣 [[w:林頼三郎|林 賴三郞]]|1em}} <section end="shihou-56"/> <section begin="shihou-57"/>'''◉司法省告示第五十七號''' 辯護士法附則第七項ニ依リ左記辯護士會ノ設立ヲ認可セリ 一、辯護士會ノ名稱 宮崎辯護士會 二、事務所󠄁ノ所󠄁在地 宮崎市宮田町一丁目百番地 三、設立ノ年月日  昭和十一年九月十二日 {{left|昭和十一年九月二十五日|1em}} {{right|司法大臣 [[w:林頼三郎|林 賴三郞]]|1em}} <section end="shihou-57"/> ---- <section begin="monbu-329"/>'''◉文部省吿示第三百二十九號''' 東京府東京市淀橋區西大久保ニ設置セル善隣協會專門學校ノ名稱ヲ昭和十一年十月一日ヨリ善隣高等商業學校ニ變更ノ件昭和十一年九月二十二日認可セリ {{left|昭和十一年九月二十五日|1em}} {{right|文部大臣 [[w:平生釟三郎|平&#xE0101;生釟三郞]]|1em}} <section end="monbu-329"/> <section begin="monbu-330"/>'''◉文部省吿示第三百三十號''' 専門學校令ニ依リ設置セル九州齒科醫學專門學校ノ位置ヲ昭和十一年十月一日小倉市ニ變更ノ件昭和十一年九月二十二日認可セリ {{left|昭和十一年九月二十五日|1em}} {{right|文部大臣 [[w:平生釟三郎|平&#xE0101;生釟三郞]]|1em}} <section end="monbu-330"/> ---- <section begin="nourin-326"/>'''◉農林省吿示第三二六號''' 岡山縣和氣郡三國村獵區ハ昭和十一年十月十五日限之ヲ廢止スル旨同獵區設定者&#xE0101;ヨリ届出アリタリ {{left|昭和十一年九月二十五日|1em}} {{right|農林大臣 [[w:島田俊雄|島田 俊雄]]|1em}} <section end="nourin-326"/> ---- <section begin="teishin-2416"/>'''◉遞信省吿示第二千四百十六號''' 陸軍特別大演習&#xE0101;記念ノ爲左ノ通&#xE0101;特殊通&#xE0101;信日附印ヲ使用ス {{left|昭和十一年九月二十五日|1em}} {{right|遞信大臣 [[w:頼母木桂吉|賴母木桂吉]]|1em}} ;一、使用局 :陸軍特別大演習&#xE0101;大本營內、札幌、室蘭、岩見澤、苫小牧、石狩國琴似、同野幌、同岩見澤幌向、同江別、同幌向、同厚別、同簾舞、同月寒&#xE0101;、同定山溪、同三川、同由仁、同長沼、同繼立、同栗山、同淸眞布、同廣島、膽振國輪西、同幌別、同白老、同沼ノ端、同早來、同追&#xE0101;分&#xE0101;、同島松&#xE0101;、同惠庭及同千歳ノ各郵便局 ;一、使用期間 :昭和十一年十月一日ヨリ同月六日迄<section end="teishin-2416"/><noinclude></noinclude> idoo46xxxuo3bkdv2mhr5fvlg4ad90e 利用者:石巻敎祖 2 54807 243064 242632 2026-06-08T06:33:08Z 石巻敎祖 39501 追加 243064 wikitext text/x-wiki 石巻敎祖です。宮城県内の市町村や町字関連の告示を収集します。 * [[/宮城県告示]] == 宮城県公報確認状況 == {| class="wikitable" !年度 !確認状況 !備考 |- |T11 |style="background-color:#ff0;"|全市町村一部確認済 |本紙41-52号のみ確認。 |- |T12 |style="background-color:#ff0;"|全市町村一部確認済 |本紙85-86号,145号のみ確認。 |- |S21 |style="background-color:#9cf;"|全市町村収録済 | |- |S22 |style="background-color:#0f0;"|全市町村確認済 |本紙3032号記載の昭和22年告示364号(船岡町大字船岡における字の新設)以外収録済。 |- |S28 |style="background-color:#0f0;"|全市町村確認済 |タイトルは完全に把握。 |- |S29 |style="background-color:#0f0;"|全市町村確認済 |タイトルは完全に把握。 |- |S30 |style="background-color:#0f0;"|全市町村確認済 |タイトルは完全に把握。 |- |S31 |未確認 | |- |S32 |style="background-color:#ff0;"|石巻のみ確認 | |- |S33 |style="background-color:#ff0;"|石巻のみ確認 | |- |S34 |style="background-color:#0f0;"|全市町村確認済 | |- |S35 |style="background-color:#0f0;"|全市町村確認済 | |- |S36 |style="background-color:#0f0;"|全市町村確認済 | |- |S37 |未確認 | |- |S38 |style="background-color:#ff0;"|石巻のみ確認 | |- |S57 |style="background-color:#ff0;"|全市町村一部確認済 |ただし本紙6983号から本紙6994号まで未確認。 |- |H2 |style="background-color:#ff0;"|全市町村一部確認済 |ただし本紙153から204までのみ確認。上半期は未確認。 |- |H7 |style="background-color:#0f0;"|全市町村確認済 |タイトルは完全に把握。 |- |H8 |style="background-color:#ff0;"|全市町村一部確認済 |本紙736号まで確認。 |- |H9 |style="background-color:#0f0;"|全市町村確認済 |タイトルは完全に把握。 |- |H10 |style="background-color:#ff0;"|全市町村一部確認済 |本紙933号まで確認。 |- |H15 |style="background-color:#9cf;"|収録済。 |町・字に係る告示なし。 |- |H16 |style="background-color:#9cf;"|収録済。 |町・字に係る告示なし。 |- |H17 |style="background-color:#9cf;"|収録済。 |町・字に係る告示なし。 |} == 宮城県告示未収録 == ; 32年 * 第4357号 ** 昭和32年宮城県告示第46号 - 石巻市内旧蛇田村域に係る変更 * 第4433号 ** 昭和32年宮城県告示第311号 - 河南町北村に係る変更 ; 33年 * 第4512号 ** [[字の区域並びにその名称変更 (昭和33年宮城県告示第138号)|字の区域並びにその名称変更]] - 迫町北方における字変更 * 第4516号 ** [[字の名称変更 (昭和33年宮城県告示第181号)|字の名称変更]] - 築館町の大字(築館・玉沢玉荻・玉沢太沢・宮野富野)廃止 * 第4548号 ** [[字の区域及び名称変更 (昭和33年宮城県告示第384号)|字の区域及び名称変更]] - 米山町における字変更 * 第4553号 ** [[渡波町の区域変更 (昭和33年宮城県告示第412号)|渡波町の区域変更]] ** [[気仙沼市の区域変更 (昭和33年宮城県告示第413号)|気仙沼市の区域変更]] ** [[石巻市の区域変更 (昭和33年宮城県告示第414号)|石巻市の区域変更]] * 第4570号 ** [[所属未定地の編入 (昭和33年宮城県告示第517号)|所属未定地の編入]] - 女川町 ** [[所属未定地の編入 (昭和33年宮城県告示第518号)|所属未定地の編入]] - 気仙沼市 * 第4572号 ** [[字の名称変更 (昭和33年宮城県告示第533号)|字の名称変更]] - 角田市「大字」の字句除去。 ; 35年 * 4699号 ** 字の区域 19号 * 4700号 ** 字の名称の変更 26号 - 石巻市渡波町、石巻市の町字に記載済 ** 字の区域並びに名称の変更 27号 - 瀬峰町 * 4702号 ** 字の区域並びに名称の変更 41号 - 若柳町下畑岡 * 4706号 ** 字の区域並びにその名称変更 65号 - 古川市江合・福浦 * 4711号 ** 町の境界変更 93号 - 川崎町・村田町 * 4716号 ** 字の区域並びにその名称変更 139号 - 女川町清水町 ** 字の区域並びにその名称変更 140号 - 矢本町矢本 ** 字の区域並びにその名称変更 141号 - 本吉町 ** 字の区域並びにその名称変更 142号 - 村田町 ** 字の区域並びにその名称変更 144号 - 気仙沼市 * 4717号 ** 所属未定地の編入 145号 - 石巻市 ** 所属未定地の編入 146号 - 七ヶ浜町 ** 所属未定地の編入 147号 - 気仙沼市 ** 所属未定地の編入 148号 - 唐桑町 *4733号 ** 字の区域並びに名称変更 267号 - 築館町築館 ** 字の区域並びに名称変更 268号 - 栗駒町姫松 ** 字の区域並びに名称変更 269号 - 一迫町王沢 * 4739号 ** 字の区域並びに名称の変更 322号 - 仙台市四郎丸 * 4745号 **字の区域並びに名称変更 373号 - 若柳町川南 **字の区域並びに名称変更 374号 - 若柳町上畑岡 * 4748号 ** 所属未定地の編入 398号 - 七ヶ浜町 ** 字の区域並びに名称の変更 400号 - 蔵王町 ** 字の区域並びに名称の変更 401号 - 高清水町 * 4758号 ** 字の区域並びに名称変更 454号 - 中新田町四日市場 ** 字の区域並びに名称変更 455号 - 涌谷町 ** 字の区域並びに名称変更 456号 - 七ヶ浜町 ** 字の区域並びに名称変更 457号 - 七ヶ浜町 * 4777号 ** 所属未定地の編入 573号 - 七ヶ浜町 ** 所属未定地の編入 574号 - 塩釜市 ** 所属未定地の編入 575号 - 気仙沼市 ** 町の境界変更 576号 登米町 * 4778号 ** 字の区域変更 587号 気仙沼市 ** 字の区域変更 589号 小野田町西小野田 * 4781号 ** 字の区域並びに名称変更 599号 仙台市中野 ** 字の区域並びに名称変更 600号 仙台市岩切 ** 字の区域並びに名称変更 601号 三本木町桑折・上伊場野 * 4791号 ** 字の区域変更 675号 七ヶ浜町 ; 36年 * 4797号 **町の境界変更 5号 - 鶯沢町・栗駒町 ** 町の境界変更 6号 - 色麻村・小野田町 ** 所属未定地の編入 7号 - 松島町手樽 ** 所属未定地の編入 8号 - 亘理町荒浜 ** 所属未定地の編入 9号 - 女川町宮ケ崎 ** 所属未定地の編入 10号 - 塩釜市 ** 所属未定地の編入 11号 - 唐桑町 ** 字の区域変更 12号 - 塩釜市 ** 字の区域変更 13号 - 塩釜市 * 4811号 ** 塩釜市の町の区域 94号 - 塩釜市 ** 金成町の字の区域及び変更 96 号 ** 涌谷町の字の区域及び変更 97号 ** 米山町の字の区域及び変更 98号 気仙沼市の字の区域及び変更 99号 * 4822号 ** 所属未定地の編入 178号 - 女川 ** 所属未定地の編入 179号 気仙沼市 所属未定地の編入 180号 塩釜市 * 4823号 ** 字の区域及び変更 188 河南町 ** 字の区域及び変更 189 中田町 ** 字の区域及び変更 190 栗駒町 ** 字の区域及び変更 191 中新田町 ** 字の区域及び変更 192 角田市 ** 字の区域の変更 193 松島町 ** 字の区域の変更 194 塩釜市 ** 字の区域の変更 195 塩釜市 ** 字の区域の変更 196 石巻市 ** 字の区域の変更 197 女川町 ** 字の区域及び名称の変更 198 矢本町 * 4854号 ** 字の区域及び変更 387 大和町 **字の区域変更 388 塩釜市 ** 字の区域変更 389 女川町 * 4859号 ** 所属未定地の編入 415 七カ浜 ** 所属未定地の編入 416 気仙沼市 ** 字の区域及び変更 417 宮崎町 ** 字の区域及び変更 418 若柳町川北 ** 字の区域変更 419 塩釜市新浜町 * 4860号 ** 字の区域変更 428 登米町 ** 字の区域変更 429 気仙沼市 * 4862号 ** 字の区域変更 438 七ヶ浜町東宮浜 * 4870号 ** 字の区域及び変更 479 志和姫村白幡 * 4876号 ** 字の区域の変更 524 気仙沼市 * 4877号 ** 角田市の字の区域画定 533 角田市 == ほしい告示 == 見つけたら作成していただけるとうれしいです。 # 牡鹿町字鮎川浜丁・鮎川大町新設の告示 # 豊里町大字赤生津および大字鴇波廃止の告示 # 志津川町志津川・清水浜・荒戸浜設置の告示 # 仙台市青葉区川内設置の告示 # 階上村・新月村など本吉郡町村における大字廃止の告示 # 米谷町における米谷・楼台設置の告示 # 大字不耒内の改称の告示 931z4u1xt0ucitsrftkmpaelt0dvkxr 利用者:石巻敎祖/宮城県告示 2 55832 243063 242633 2026-06-08T06:31:23Z 石巻敎祖 39501 更新 243063 wikitext text/x-wiki 宮城県告示(町字や市町村合併関連)の目録。 == 昭和28年 == * 状態:すべて記入済。 * メモ:177号に「大字波路上」の字句を発見。 {| class="wikitable mw-collapsible mw-collapsed" |+昭和29年 !公報 !告示 !タイトル !内容 !状態 |- |3796 |118 |鮎川町の字の「区」域「変」更 |字清崎の埋め立て地編入。 |未収録 |- |rowspan="2"|3803 |174 |登米郡米谷町の字の名稱變更 |大字楼台における字名変更 |収録済 |- |175 |加美郡小野田町の字の名稱變更 |西小野田における字名変更 |未収録 |- |3823 |420 |「気」仙沼町市制施行 | |未収録 |- |rowspan="2"|3852 |608 |名取郡岩沼町の「区」域「内」の字の名稱變更 | |未収録 |- |609 |名取郡岩沼町の「区」域「内」の字の「区」域變更 | |未収録 |- |3863 |612 |小牛田町及び北浦村の字の「区」域變更 |南小牛田・牛飼・北浦。 |未収録 |- |3898 |790 |桃生郡北村及び遠田郡南郷村の字の「区」域變更 | |未収録 |- |3906 |827 |「稲」井村の字の「区」域「画」定 |区画整理事業に伴う字域の整理。 |未収録 |- |3932 |936 |仙台市の区域「内」の字の区域変更 |銀杏町・鹿島町・館西町・志波町・旭町・大和町の新設。なんと町名理由も附されている |収録済 |} == 昭和29年 == * 状態:すべて記入済?(ちょっと怪しい) {| class="wikitable mw-collapsible mw-collapsed" |+昭和29年 !公報 !告示 !タイトル !内容 !状態 |- |3964 |149 |町村を「廃」し新たに町を設置 |小牛田町・岩出山町・鳴子町の設置。 |未収録 |- |3967 |167 |白石市制施行 | |未収録 |- |rowspan="3"|号外14号 |253 |町村の「廃」置分合 |田尻町の設置。 |未収録 |- |254 |町村の境界変更 |黒川郡大谷村と鹿島台町 |未収録 |- |255 |町村の境界変更 |大貫村、瀬峰町、新田村 |未収録 |- |3997 |372 |白石市の字の名称変更 |合併に伴う字名変更。大字白石の廃止。 |未収録 |- |rowspan="4"|4005 |409 |町村の廃置分合 |宮崎町の設置。 |未収録 |- |410 |村の廃置分合 |大郷村の設置。 |未収録 |- |411 |南郷町制施行 | |未収録 |- |412 |西根村の字の区域変更 |高倉における字名変更。 |未収録 |- |rowspan="4"|4010 |444 |町村の境界変更 |村田町・沼部村 |未収録 |- |445 |所属未定地編入 |塩竈市 |未収録 |- |446 |所属未定地編入 |女川町 |未収録 |- |447 |槻木町の字の区域変更 | |収録済み |- |rowspan="2"|4014 |481 |町村の廃置分合 |中新田町の設置。 |未収録 |- |482 |村の廃置分合 |敷玉村の分割合併。 |未収録 |- |4019 |510 |町村の廃置分合 |築館町の設置。 |未収録 |- |4026 |543 |鹿島台町の大字の区域変更 |境界変更に伴う変更 |未収録 |- |4029 |559 |鳴子町の大字の区域決定 |鬼首の新設。 |未収録 |- |4036 |613 |塩釜市の区域「内」の字の区域画定 |新浜町の新設。 |未収録 |- |4039 |632 |大郷村の区域「内」の大字の区域画した旨の届出 |大郷村旧大松沢村域を大松沢として新設。 |収録済 |- |rowspan="2"|4045 |662 |村を廃しその区域を市に編入 |高倉村・清滝村の古川市への編入。 |未収録 |- |663 |町村の廃置 |角田町ほか6村を廃して角田町を設置する件。 |未収録 |- |rowspan="4"|4053 |709 |町村の廃置分合 |柳津町・横山村を廃して津山町を設置する件。 |収録済 |- |710 |町村の境界変更 |築館町冨と尾松村栗原曲田の境界変更 |収録済 |- |711 |所属未定地編入 |塩釜市笠神。 |収録済 |- |712 |所属未定地編入 |気仙沼市内の脇 |収録済 |- |4055 |721 |町村の廃置分合 |丸森町ほか7町村を廃して丸森町を設置する件。 |未収録 |- |4056 |748 |町村を廃し新たに町を置くことについて |若柳町ほか3村を廃して若柳町を設置する件。 |未収録 |- |4069 |848 |字の区域変更 |女川町石浜および宮ケ崎。埋立関連。 |未収録 |- |rowspan="2"|4081 |898 |町村の廃置分合 |沢辺村ほか3村を廃して金成町を設置する件。 |収録済 |- |899 |市町村の廃置分合 |蛇田村を廃して石巻市に編入。 |} == 昭和30年 == * 状態:すべて記入済。 「」で囲まれた領域は旧字。県情報センターに4223号なし。 {| class="wikitable mw-collapsible mw-collapsed" |+昭和30年 !公報 !告示 !タイトル !内容 !状態 |- |4088 |20 |村の廃置 |宮城村の設置。 |未収録 |- |rowspan="2"|4093 |47 |町村の廃置分合 |山元町の設置。 |未収録 |- |48 |町村の廃置分合 |亘理町の設置。 |未収録 |- |4097 |64 |村を町とすることについて |唐桑町の設置。 |未収録 |- |4098 |71 |津山町の字の名「称」変更 | |収録済み |- |rowspan="5"|号外7 |147 |町村の廃置<!-- 分合はなし --> | |収録済み |- |148 |町村の廃置 | |収録済み |- |149 |村の廃置 | |収録済み |- |150 |町村の廃置 | |収録済み |- |151 |北上村の属すべき郡の区域 | |収録済み |- |4108 |166 |下伊場野村の大字の区域画定 | |収録済み |- |4110 |173 |築館町の大字区域画定 |築館町築館・玉沢玉荻・玉沢太沢・宮野・富野の設置 |未収録 |- |4112 |191 |築館町の字の区域画定 |旧築館町黒瀬に係る告示。 |未収録 |- |rowspan="5"|号外10 |197 |町村の廃置分合 | |収録済み |- |198 |町村の廃置分合 | |収録済み |- |199 |町村の廃置分合 | |収録済み |- |200 |町村の廃置分合 | |収録済み |- |201 |町村の廃置分合 | |収録済み |- |4113 |208 |石巻市の大字の区域画定 | |収録済み |- |rowspan="2"|4115 |231 |秋保村の字の区域画定 | |未収録 |- |232 |秋保村と宮城村との境界変更計画 | |未収録 |- |rowspan="3"|4116 |242 |町村の廃置分合 |迫町設置。 |未収録 |- |250 |町村の廃置分合 |岩沼町設置。 |未収録 |- |251 |町村の廃置分合 |名取町設置。 |未収録 |- |rowspan="5"|4117 |264 |町村の廃置分合 |栗駒町設置。 |未収録 |- |265 |町村の廃置分合 |一迫町設置。 |未収録 |- |266 |町村の廃置分合 |蔵王町設置 |未収録 |- |267 |秋保村と宮城村の境界 | |未収録 |- |268 |市村の廃置分合 |気仙沼市設置。 |未収録 |- |rowspan="5"|4122 |304 |市村の廃置分合 |石巻市の合併。 |未収録 |- |305 |古川市と岩出山町の境界変更 | |未収録 |- |306 |村の廃置分合 |泉村設置。 |未収録 |- |307 |町村の廃置分合 |川崎町設置。 |未収録 |- |308 |町村の廃置分合 |村田町設置 |未収録 |- |rowspan="2"|4124 |334 |古川市と高「清」水町の境界変更 | |未収録 |- |335 |町村の廃置分合 |大和町設置。 |未収録 |- |4127 |349 |迫町の大字の区域画定及び変更 | |収録済み |- |rowspan="2"|4129 |370 |町村の廃置分合 |矢本町設置。 |未収録 |- |371 |町村の廃置分合 |鳴瀬町設置。 |未収録 |- |4132 |395 |桃生町の大字の区域画定 | |収録済み |- |4134 |417 |本吉郡志津川町の大字の名「称」画定並びに変更 | |収録済み |- |4135 |434 |本吉町の区域「内」の大字を廃止し、字の名「称」変更 | |収録済み |- |4137 |456 |北上村の大字の区域画定 | |収録済み |- |rowspan="2"|4155 |556 |矢本町の大字の区域画定 | |収録済み |- |557 |鳴瀬町の大字の区域画定 | |収録済み | |- |rowspan="3"|4159 |589 |「蔵」王町の大字の区域画定 |蔵王町宮・遠刈田温泉の設置 |未収録 |- |598 |町村の廃置分合 |涌谷町の設置。 |未収録 |- |599 |古川市と三本木町の境界変更 | |未収録 |- |4161 |606 |河南町の大字の区域画定 | |収録済み |- |4165 |645 |遠田郡南郷町及び志田郡鹿島台町の境界変更 | |収録済み |- |4172 |694 |迫町の字の名「称」変更 |迫町北方における字名変更 |未収録 |- |rowspan="2"|4198 |863 |志田郡三本木町と松山町の境界変更 | |未収録 |- |864 |塩釜市の区域「内」の字の区域変更 |字大日向に係る告示。 |未収録 |- |4204 |902 |栗原郡若柳町及び志波姫村の境界変更 | |未収録 |- |rowspan="4"|4223 |1051 |田尻町の字名および字の区域変更 | |未収録 |- |1052 |気仙沼市の字の名「称」変更 | |未収録 |- |1053 |栗駒町の大字の区域画定 | |未収録 |- |1054 |牡鹿町の字の名「称」変更 | |未収録 |- |4230 |1110 |古川市及び遠田郡小牛田町の境界変更 | |未収録 |- |rowspan="4"|4233 |1131 |所属未定地の編入 |唐桑町 |未収録 |- |1132 |所属未定地の編入 |亘理町 |未収録 |- |1133 |所属未定地の編入 |名取町 |未収録 |- |1134 |字の区域変更 |鹿島台町 |未収録 |- |4234 |1138 |大字の区域変更 |松山町 |未収録 |} == 昭和34年 == * 状態:すべて記入済 {| class="wikitable mw-collapsible mw-collapsed" |+昭和34年 !公報 !告示 !タイトル !内容 !状態 |- |rowspan="6"|第4598号 |40 |[[字の区域変更 (昭和34年宮城県告示第40号)|字の区域変更]] |気仙沼市 |未収録 |- |41 |[[字の区域変更 (昭和34年宮城県告示第41号)|字の区域変更]] |女川町 |未収録 |- |42 |[[字の区域並びに名称変更 (昭和34年宮城県告示第42号)|字の区域並びに名称変更]] |稲井村。石巻市の町・字に記載済。 |未収録 |- |43 |[[字の区域並びに名称変更 (昭和34年宮城県告示第43号)|字の区域並びに名称変更]] |本吉町 |未収録 |- |44 |[[字の区域並びに名称変更 (昭和34年宮城県告示第44号)|字の区域並びに名称変更]] |古川市 |未収録 |- |45 |[[字の区域並びに名称変更 (昭和34年宮城県告示第45号)|字の区域並びに名称変更]] |栗駒町 |未収録 |- |第4606号 |87 |[[字の区域並びに名称変更 (昭和34年宮城県告示第87号)|字の区域並びに名称変更]] |高清水町 |未収録 |- |第4612号 |123 |[[字の区域変更 (昭和34年宮城県告示第123号)|字の区域変更]] |気仙沼市 |未収録 |- |rowspan="2"|第4614号 |143 |[[所属未定地の編入 (昭和34年宮城県告示第143号)|所属未定地の編入]] |名取市 |未収録 |- |144 |[[所属未定地の編入 (昭和34年宮城県告示第144号)|所属未定地の編入]] |松島町 |未収録 |- |第4616号 |160 |[[所属未定地の編入 (昭和34年宮城県告示第160号)|所属未定地の編入]] |稲井町 |未収録 |- |号外28号 |250 |渡波町及び稲井町の境界変更 | |未収録 |- |rowspan="2"|第4630号 |264 |[[字の区域並びにその名称変更󠄁 (昭和34年宮城県告示第264号)|字の区域並びにその名称変更]] |仙台市中野・岩切・八幡・高橋 |収録済み |- |265 |[[字の区域並びにその名称変更 (昭和34年宮城県告示第265号)|字の区域並びにその名称変更]] |多賀城町八幡・留ケ谷・東田中・高崎・浮島・市川・南宮・山王・新田 |未収録 |- |rowspan="2"|第4636号 |309 |[[名取市の字の区域変更 (昭和34年宮城県告示第309号)|名取市の字の区域変更]] |名取市閖上 |未収録 |- |310 |[[石巻市の字の名称変更 (昭和34年宮城県告示第310号)|石巻市の字の名称変更]] |石巻市渡波 |未収録 |- |rowspan="2"|第4647号 |389 |[[所属未定地の編入 (昭和34年宮城県告示第389号)|所属未定地の編入]] |七ヶ浜町 |未収録 |- |390 |[[所属未定地の編入 (昭和34年宮城県告示第390号)|所属未定地の編入]] |気仙沼市 |未収録 |- |第4668号 |522 |[[町の境界変更 (昭和34年宮城県告示第522号)|町の境界変更]] |大河原町・柴田町 |未収録 |- |第4673号 |550 |[[町の境界変更 (昭和34年宮城県告示第550号)|町の境界変更]] |一迫町・栗駒町 |未収録 |- |rowspan="5"|第4691号 |659 |[[所属未定地の編入 (昭和34年宮城県告示第659号)|所属未定地の編入]] |鳴瀬町 |未収録 |- |660 |[[所属未定地の編入 (昭和34年宮城県告示第660号)|所属未定地の編入]] |七ヶ浜町 |未収録 |- |661 |[[所属未定地の編入 (昭和34年宮城県告示第661号)|所属未定地の編入]] |塩釜市 |未収録 |- |662 |[[所属未定地の編入 (昭和34年宮城県告示第662号)|所属未定地の編入]] |唐桑町 |未収録 |- |663 |[[字の区域並びに名称の変更 (昭和34年宮城県告示第663号)|字の区域並びに名称の変更]] |大河原町金ケ瀬・小山田・大河原・福田 |未収録 |} == 平成2年 == * 状態:153から204まで。上半期は未確認。 {| class="wikitable mw-collapsible mw-collapsed" |+平成2年 !公報 !告示 !タイトル !内容 !状態 |- |153 |851 |字の区域の変更 |築館町字黒瀬向山 |未収録 |- |rowspan="4"|? |862 |あらたに画する字の区域 |利府町青葉台1-3 |未収録 |- |863 |あらたに画する字の区域 |利府町青山3-4 |未収録 |- |864 |字の区域の変更 |利府町青山2 |未収録 |- |865 |字の区域の変更 |大和町松坂平 |未収録 |- |156 |903 |あらたに画する字の区域 |丸森町木沼字堀内 |未収録 |- |159 |938 |あらたに画する字の区域 |白石市福岡八宮 |未収録 |- |rowspan="8"|160 |950 |あらたに生じた土地の確認 |鳴瀬町 |未収録 |- |951 |あらたに生じた土地の確認 |志津川町 |未収録 |- |952 |あらたに生じた土地の確認 |志津川町 |未収録 |- |953 |あらたに画する町の区域 |仙台市館4-7 |未収録 |- |954 |町の区域の変更 |仙台市舘3 |未収録 |- |955 |字の区域の変更 |鳴瀬町宮戸 |未収録 |- |956 |字の区域の変更 |志津川町北の又 |未収録 |- |957 |字の区域の変更 |志津川町戸倉字合羽沢 |未収録 |- |164 |1010 |あらたに画する字の区域 |一迫町字嶋「身本」金生 |未収録 |- |168 |1068 |あらたに画する字の区域 |七ケ浜町境山1-2、遠山1-5 |未収録 |- |172 |1100 |あらたに画する字の区域 |田町1-3 |未収録 |- |185 |1257 |あらたに画する字の区域 |色麻町四竈・王城寺・一の関 |未収録 |- |192 |1309 |あらたに画する字の区域 |大河原町字大芝 |未収録 |- |rowspan="2"|195 |1348 |あらたに画する字の区域 |中田町宝江黒沼 |未収録 |- |1349 |あらたに画する字の区域 |中田町宝江黒沼 |未収録 |- |196 |1366 |字の区域の変更 |桃生町寺崎・中津山・新田 |未収録 |} == 平成7年 == * 状態:すべて確認済み {| class="wikitable mw-collapsible mw-collapsed" |+平成7年 !公報 !告示 !タイトル !内容 !状態 |- |rowspan="4"|615 |15 |あらたに生じた土地の確認 |歌津町 |未収録 |- |16 |あらたに生じた土地の確認 |歌津町 |未収録 |- |17 |字の区域の変更 |歌津町 |未収録 |- |18 |字の区域の変更 |歌津町 |未収録 |- |622 |109 |字の区域の変更 |大和町松坂平 |未収録 |- |rowspan="6"|626 |152 |あらたに生じた土地の確認 |牡鹿町 |未収録 |- |153 |字の区域の変更 |牡鹿町給分浜字カント |未収録 |- |154 |あらたに画する字の区域 |中田町宝江新井田 |未収録 |- |155 |あらたに画する字の区域 |迫町森 |未収録 |- |156 |あらたに画する字の区域 |中田町宝江新井田 |未収録 |- |157 |あらたに画する字の区域 |米山町字水門前 |未収録 |- |631 |234 |字の区域の変更 |本吉町長根 |未収録 |- |632 |249 |あらたに画する町の区域 |塩竃市千賀の台1-3 |収録済 |- |号外17 |279 |字の区域の変更 |栗駒町猿飛来 |未収録 |- |rowspan="4"|635 |280 |あらたに画する字の区域 |亘理町逢隈字郡 |未収録 |- |281 |字の区域の変更 |古川市清水沢(境界変更に係る) |未収録 |- |282 |字の区域の変更 |高清水町清水沢の消滅 |未収録 |- |283 |字の区域の変更 |鳴瀬町小野字中央 |未収録 |- |rowspan="5"|636 |318 |あらたに画する字の区域 |松島町幡谷字新岩下 |収録済 |- |319 |あらたに画する字の区域 |大郷町 |収録済 |- |320 |字の区域の変更 |仙台市大倉 |収録済 |- |321 |字の区域の変更 |仙台市大倉 |収録済 |- |322 |字の区域の変更 |栗駒町沼倉 |収録済 |- |639 |383 |字の区域の変更 |大和町鶴巣太田・幕柳 |未収録 |- |rowspan="2"|640 |393 |あらたに生じた土地の確認 |石巻市 |未収録 |- |394 |字の区域の変更 |石巻市桃浦字上ノ山 |未収録 |- |rowspan="4"|642 |444 |あらたに画する字の区域 |古川市馬寄・深沼・石森・下中目・桑針 |未収録 |- |445 |字の区域の変更 |古川市石森・下中目・馬寄・桑針 |未収録 |- |446 |字の区域の変更 |鳴瀬町宮戸 |未収録 |- |447 |字の区域の変更 |鳴瀬町宮戸字山田 |未収録 |- |rowspan="4"|号外58 |503 |あらたに画する字の区域 |大和町吉岡南1-3の新設 |未収録 |- |504 |あらたに画する字の区域 |大和町吉岡南2-3の新設 |未収録 |- |505 |字の区域の変更 |大和町吉岡字天皇寺 |未収録 |- |506 |字の区域の変更 |大和町吉岡字天皇寺 |未収録 |- |646 |507 |町の区域の変更 |仙台市住吉台西 |未収録 |- |650 |540 |あらたに画する町の区域 |仙台市宮城野区新田1-5 |収録済 |- |rowspan="2"|653 |583 |あらたに生じた土地の確認 |河北町 |未収録 |- |584 |字の区域の変更 |河北町長面字平六 |未収録 |- |661 |694 |字の区域の変更 |仙台市上谷刈 |未収録 |- |rowspan="2"|666 |753 |あらたに画する字の区域 |涌谷町下郡・涌谷・上郡 |未収録 |- |754 |あらたに画する字の区域 |涌谷町下郡・涌谷・上郡 |未収録 |- |rowspan="2"|669 |784 |あらたに画する町の区域 |名取市みどり台 |未収録 |- |785 |字の区域の変更 |桃生町太田・新田 |未収録 |- |675 |840 |町の名称の変更 |岩沼市字桑原を同桑原四丁目とする処分 |未収録 |- |rowspan="2"|681 |932 |あらたに画する町の区域 |仙台市明石南1-2の新設 |未収録 |- |933 |あらたに画する町の区域 |仙台市明石南1-2の新設 |未収録 |- |rowspan="5"|688 |1011 |あらたに画する町の区域 |古川市福沼1-3の新設 |未収録 |- |1012 |あらたに画する字の区域 |瀬峰町大里字前沢・下前沢 |未収録 |- |1013 |あらたに画する字の区域 |瀬峰町大里字前沢 |未収録 |- |1014 |字の区域の変更 |瀬峰町大里字中二又 |未収録 |- |1015 |字の区域の変更 |瀬峰町大里字中横名堤下 |未収録 |- |rowspan="3"|693 |1079 |あらたに画する町の区域 |富谷町明石台1-6の新設 |未収録 |- |1080 |あらたに画する町の区域 |富谷町明石台3-5の新設 |未収録 |- |1081 |字の区域の変更 |名取市植松・飯野坂・上松? |未収録 |- |rowspan="9"|698 |1140 |あらたに生じた土地の確認 |石巻市 |未収録 |- |1141 |あらたに生じた土地の確認 |気仙沼市 |未収録 |- |1142 |あらたに生じた土地の確認 |気仙沼市 |未収録 |- |1143 |あらたに生じた土地の確認 |志津川町 |未収録 |- |1144 |あらたに画する町の区域 |岩沼市空港南1-5の新設 |未収録 |- |1145 |字の区域の変更 |石巻市大字田代字内山 |未収録 |- |1146 |字の区域の変更 |気仙沼市字大浦 |未収録 |- |1147 |字の区域の変更 |気仙沼市字大浦 |未収録 |- |1148 |字の区域の変更 |志津川町汐見町 |未収録 |- |rowspan="2"|701 |1185 |あらたに画する町の区域 |仙台市紫山1-5の新設 |未収録 |- |1186 |あらたに画する字の区域 |白石市松ケ丘1-2の新設 |未収録 |- |706 |1229 |あらたに画する字の区域 |角田市岡字駅北・駅南の新設 |未収録 |- |711 |1294 |字の区域の変更 |津山町柳津字幣崎 |未収録 |- |rowspan="4"|712 |1311 |あらたに画する字の区域 |仙台市秋保町馬場・長袋 |未収録 |- |1312 |あらたに画する字の区域 |仙台市秋保町馬場・長袋 |未収録 |- |1313 |字の区域の変更 |仙台市秋保町馬場・長袋 |未収録 |- |1314 |字の区域の変更 |仙台市秋保町馬場・長袋 |未収録 |} == 平成8年 == * 状態:736号まで記入済み。 {| class="wikitable mw-collapsible mw-collapsed" |+平成8年 !公報 !告示 !タイトル !内容 !状態 |- |719 |58 |字の区域の変更 |文字中山における字の変更。 |未収録 |- |721 |84 |あらたに画する字の区域 |二郷字佐野南の新設。 |未収録 |- |rowspan="3"|723 |113 |町の区域の変更 |塩竈市後楽町 |未収録 |- |114 |字の区域の変更 |白石市斎川字伊具田 |未収録 |- |115 |字の区域の変更 |利府町加瀬字野中沢 |未収録 |- |rowspan="2"|729 |166 |字の区域の変更 |仙台市中田町字切替 |未収録 |- |167 |あらたに画する字の区域 |松山町千石字新宝田 |未収録 |- |rowspan="5"|735 |284 |あらたに画する町の区域 |石巻市新栄 |未収録 |- |285 |あらたに画する町の区域 |石巻市新栄 |未収録 |- |286 |字の区域の変更 |登米町登米 |未収録 |- |287 |字の区域の変更 |登米町登米 |未収録 |- |288 |字の区域の変更 |中田町浅水 |未収録 |- |rowspan="2"|736 |312 |あらたに画する字の区域 |白石市白鳥1-3 |未収録 |- |313 |町の区域の変更 |岩沼市空港南 |未収録 |} == 平成9年 == * 状態:すべて記入済み {| class="wikitable mw-collapsible mw-collapsed" |+平成9年 !公報 !告示 !タイトル !内容 !状態 |- |rowspan="2"|817 |6 |あらたに画する字の区域 |大河原町 |未収録 |- |7 |あらたに画する字の区域 |大河原町 |未収録 |- |rowspan="4"|819 |27 |あらたに生じた土地の確認 |塩竃市 |未収録 |- |28 |あらたに生じた土地の確認 |塩竈市 |未収録 |- |29 |町の区域の変更 |塩竈市新浜町 |未収録 |- |30 |字の区域の変更 |塩竈市浦戸野々島 |未収録 |- |号外1 |50 |字の区域の変更 |古川市清水沢 |未収録 |- |rowspan="2"|824 |118 |あらたに画する字の区域 |大河原町字小島 |未収録 |- |119 |あらたに画する字の区域 |村田町沼部字新小谷地の新設。 |未収録 |- |rowspan="4"|827 |151 |あらたに画する字の区域 |古川市雨生沢・宮沢 |未収録 |- |152 |あらたに画する字の区域 |大衡村 |未収録 |- |153 |字の区域の変更 |丸森町 |未収録 |- |154 |字の区域の変更 |松島町 |未収録 |- |rowspan="3"|829 |198 |あらたに画する字の区域 |蔵王町平沢 |未収録 |- |199 |字の区域の変更 |蔵王町平沢 |未収録 |- |200 |字の区域の変更 |三本木町音無 |未収録 |- |rowspan="3"|830 |211 |あらたに画する字の区域 |蔵王町平沢 |未収録 |- |212 |あらたに画する字の区域 |小野田町字新中原浦 |未収録 |- |213 |あらたに画する字の区域 |高清水町字新西神原 |未収録 |- |rowspan="2"|831 |226 |あらたに画する町の区域 |岩沼市里の杜 |未収録 |- |227 |あらたに画する字の区域 |一迫町字猿田原の新設 |未収録 |- |rowspan="4"|834 |292 |あらたに生じた土地の確認 |気仙沼市 |未収録 |- |293 |あらたに生じた土地の確認 |気仙沼市 |未収録 |- |294 |字の区域の変更 |気仙沼市 |未収録 |- |295 |字の区域の変更 |気仙沼市 |未収録 |- |835 |309 |あらたに画する字の区域 |大和町学苑 |未収録 |- |836 |330 |字の区域の変更 |七ケ宿町字内川 |未収録 |- |rowspan="4"|837 |342 |あらたに画する字の区域 |亘理町荒浜字本郷の新設 |未収録 |- |343 |あらたに画する字の区域 |亘理町荒浜字本郷 |未収録 |- |344 |字の区域変更 |蔵王町円田 |未収録 |- |345 |字の区域変更 |瀬峰町藤沢 |未収録 |- |rowspan="6"|838 |371 |あらたに画する町の区域 |名取市愛島台1-8丁目 |未収録 |- |372 |字の区域変更 |名取市堀内 |未収録 |- |373 |字の区域変更 |鳴子町鬼首 |未収録 |- |374 |字の区域変更 |南郷町練牛 |未収録 |- |375 |字の区域変更 |石越町東郷 |未収録 |- |376 |字の区域変更 |石越町東郷 |未収録 |- |rowspan="19"|839 |407 |あらたに生じた土地の確認 |石巻市大字月浦 |収録済み |- |408 |あらたに生じた土地の確認 |気仙沼市 |未収録 |- |409 |あらたに生じた土地の確認 |気仙沼市 |未収録 |- |410 |あらたに生じた土地の確認 |気仙沼市 |未収録 |- |411 |あらたに生じた土地の確認 |歌津町 |未収録 |- |412 |あらたに生じた土地の確認 |歌津町 |未収録 |- |413 |あらたに生じた土地の確認 |歌津町 |未収録 |- |414 |字の区域変更 |仙台市七北田 |未収録 |- |415 |字の区域変更 |石巻市大字月浦 |収録済み |- |416 |字の区域変更 |気仙沼市 |未収録 |- |417 |字の区域変更 |気仙沼市 |未収録 |- |418 |字の区域変更 |気仙沼市 |未収録 |- |419 |字の区域変更 |気仙沼市 |未収録 |- |420 |字の区域変更 |松山町金谷 |未収録 |- |421 |字の区域変更 |松山町金谷 |未収録 |- |422 |字の区域変更 |三本木町伊場野 |未収録 |- |423 |字の区域変更 |歌津町 |未収録 |- |424 |字の区域変更 |歌津町 |未収録 |- |425 |字の区域変更 |歌津町 |未収録 |- |856 |711 |字の区域の変更 |蔵王町宮 |未収録 |- |rowspan="4"|859 |731 |あらたに画する町の区域 |仙台市青葉区吉成台1-2丁目 |未収録 |- |732 |あらたに画する町の区域 |仙台市宮城野区田子1-3丁目 |未収録 |- |733 |町の区域の変更 |仙台市青葉区吉成1 |未収録 |- |734 |町の区域の変更 |仙台市青葉区国見ケ丘5 |未収録 |- |860 |751 |字の区域の変更 |古川市鶴ケ埣 |未収録 |- |rowspan="2"|868 |843 |あらたに生じた土地の確認 |石巻市魚町 |収録済み |- |844 |町の区域の変更 |石巻市魚町 |収録済み |- |rowspan="2"|873 |920 |あらたに画する字の区域 |柴田町剣崎1-2 |未収録 |- |921 |あらたに画する字の区域 |柴田町剣崎1 |未収録 |- |879 |987 |あらたに画する町の区域 |利府町皆の丘 |未収録 |- |rowspan="2"|880 |996 |あらたに画する町の区域 |石巻市開北・水押 |収録済み |- |997 |あらたに画する字の区域 |柴田町槻木東1-2,槻木下町1 |未収録 |- |rowspan="2"|882 |1023 |あらたに生じた土地の確認 |仙台市宮城野区 |未収録 |- |1024 |字の区域の変更 |仙台市宮城野区蒲町字町 |未収録 |- |890 |1118 |あらたに画する字の区域 |河南町須江字しらさぎ台 |収録済み |- |893 |1153 |あらたに画する町の区域 |仙台市青葉区高野原1-4 |未収録 |- |号外100 |1167 |あらたに画する町の区域 |仙台市青葉区高野原4 |未収録 |- |rowspan="8"|900 |1247 |あらたに生じた土地の確認 |女川町 |未収録 |- |1248 |あらたに生じた土地の確認 |本吉町 |未収録 |- |1249 |あらたに生じた土地の確認 |本吉町 |未収録 |- |1250 |あらたに画する字の区域 |石巻市大橋 |収録済み |- |1251 |あらたに画する字の区域 |石巻市大橋 |収録済み |- |1252 |字の区域の変更 |女川町 |未収録 |- |1253 |字の区域の変更 |本吉町 |未収録 |- |1254 |字の区域の変更 |本吉町 |未収録 |- |rowspan="2"|904 |1290 |字の区域の変更 |仙台市青葉区・泉区の境界変更 |未収録 |- |1291 |字の区域の変更 |仙台市青葉区・泉区の境界変更 |未収録 |- |rowspan="2"|909 |1335 |あらたに画する字の区域 |桃生町寺崎他 |収録済み |- |1336 |あらたに画する字の区域 |桃生町寺崎他 |収録済み |- |rowspan="3"|号外133 |1344 |字の区域の変更 |名取市本郷 |未収録 |- |1345 |字の区域の変更 |名取市本郷 |未収録 |- |1346 |字の区域の変更 |名取市下野郷 |未収録 |- |rowspan="3"|911 |1370 |字の区域の変更 |栗駒町 |未収録 |- |1371 |字の区域の変更 |栗駒町 |未収録 |- |1372 |字の区域の変更 |栗駒町 |未収録 |- |rowspan="2"|914 |1415 |字の区域の変更 |仙台市宮城野区岩切 |未収録 |- |1416 |あらたに画する字の区域 |柴田町槻木駅西3 |未収録 |- |915 |1442 |あらたに画する字の区域 |角田市 |未収録 |- |rowspan="3"|916 |1450 |字の区域の変更 |名取市愛島笠島 |未収録 |- |1451 |字の区域の変更 |名取市愛島笠島 |未収録 |- |1452 |字の区域の変更 |名取市高舘熊野堂 |未収録 |} gep35aqpgigv6cahf6wor3v7a3nyklp ふたつの悲しみ 0 56478 243056 242320 2026-06-07T18:12:32Z KarlLouise 42965 DEFAULTSORT、カテゴリを追記。 243056 wikitext text/x-wiki {{header |title=ふたつの悲しみ |year=1967 |author=杉山龍丸 |notes= 底本:「声なき声のたより」43号(1967年11月20日発行) {{デフォルトソート:ふたつのかなしみ}} }} : 私たちは、第二次世界大戦から二十年たった今、直接被害のないベトナムの戦いを見て、私たちが失ったもの、その悲しみを新たに考えることが、必要だと思います。 : これは、私が経験したことです。 : 第二次世界大戦が終わり、多くの日本の兵士が帰国してくる復員の事務についていた、ある暑い夏の日の出来事でした。 : 私たちは、毎日毎日訪ねてくる留守家族の人々に、貴方の息子さんは、御主人は亡くなった、死んだ、死んだ、死んだと伝える苦しい仕事をしていた。 : 留守家族の人々の多くは、ほとんどやせおとろえ、ボロに等しい服装が多かった。 : そこへ、ずんぐり肥った、立派な服装をした紳士が隣の友人のところへ来た。 : 隣は、ニューギニア派遣の係りであった。 : その人は、 :「ニューギニアに行った、私の息子は?」と、名前を言って、たずねた。 : 友人は、帳簿をめくって、 :「貴方の息子さんは、ニューギニアのホーランジャヤで戦死されておられます」 :と答えた。 : その人は、その瞬間、眼をカッと開き口をピクッとふるわして、黙って立っていたが、くるっと向きをかえて帰って行かれた。 : 人が死んだということは、いくら経験しても、又いくらくりかえしても、慣れるということはない。 : いうこともまた、そばで聞くことも自分自身の内部に恐怖が走るのものである。 : それは意識外の生理現象を起こす。 : 友人はいった後、しばらくして、バタンと帳簿を閉じ、頭を抱えた。 : 私は黙って、便所に立った。 : そして階段のところに来た時、さっきの人が、階段の曲がり角の広場の隅のくらがりに、白いパナマ帽を顔に当てて壁板に持たれるように、たっていた。 : 瞬間、私は気分が悪いのかと思い、声をかけようとして、足を一段階段に降ろしたとき、その人の肩は、ブル、ブル、ふるえ、足もとに、したたり落ちた水滴のたまりがあるのに気づいた。 : その水滴は、パナマ帽からあふれ、したたり落ちていた。 : 肩のふるえは、声をあげたいのを必死にこらえているものであった。 : どれだけたったかわからないが、私はそっと、自分の部屋に引き返した。 : 次の日、久しぶりにほとんど留守家族が来ないので、やれやれとしているとき、ふと気がつくと、私の机から頭だけ見えるくらいの少女が、チョコンと立って、私の顔をマジ、マジと見つめていた。私が姿勢を正して、なにかを問いかけようとすると、 : 「あたち、小学二年生なの。おとうちゃんは、フィリッピンに行ったの。おとうちゃんの名は、○○○○なの。いえには、おじいちゃんと、おばあちゃんがいるけど、たべものがわるいので、びょうきして、ねているの。 : それで、それで、わたしに、この手紙をもって、おとうちゃんのことをきいておいでというので、あたし、きたの」 : 顔中に汗をしたたらせて、一いきにこれだけいうと、大きく肩で息をした。 : 私はだまって机の上に差し出した小さい手から葉書を見ると、復員局からの通知書があった。 : 住所は、東京都の中野であった。 : 私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島のルソンのバギオで、戦死になっていた。 :「あなたのお父さんは――」 :と言いかけて、私は少女の顔を見た。 : やせた、真黒な顔、伸びたオカッパの下に切れ長の長い眼を、一杯に開いて、私のくちびるをみつめていた。 : 私は少女に答えねばならぬ、答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな声で答えたかわからない。 :「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです。」 :といって、声がつづかなくなった。 : 瞬間少女は、精一杯に開いた眼をさらにパッと開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。 : 涙が、眼一杯にあふれそうになっているのを必死にこらえていた。 : それを見ている内に、私の眼に、涙があふれて、ほほをつたわりはじめた。 : 私の方が声をあげて泣きたくなった。しかし、少女は、 :「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。おとうちゃまが、戦死していたら、係のおじちゃまに、おとうちゃまの戦死したところと、戦死した、じょうきょう、じょうきょうですね、それを、かいて、もらっておいで、といわれたの」 : 私はだまって、うなずいて、紙を出して、書こうとして、うつむいた瞬間、紙の上にポタ、ポタ、涙が落ちて、書けなくなった。 : 少女は、不思議そうに、私の顔を見つめていたのに困った。 : やっと、書き終って、封筒に入れ、少女に渡すと、小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。 : 涙一滴、落とさず、一声も声をあげなかった。 : 肩に手をやって、なにかいおうと思い、顔をのぞき込むと、下唇を血が出るようにかみしめて、カッと眼を開いて肩で息をしていた。 : 私は、声を呑んで、しばらくして、 :「おひとりで、帰れるの。」 :と聞いた。 : 少女は、私の顔をみつめて、 :「あたし、おじいちゃまにいわれたの、泣いては、いけないって。 : おじいちゃまから、おばあちゃまから電車賃をもらって、電車を教えてもらったの。だから、ゆけるね、となんども、なんども、いわれたの」 : と、あらためて、じぶんにいいきかせるように、こっくりと、私にうなずいてみせた。 : 私は、体中が熱くなってしまった。 : 帰る途中で、私に話した。 :「あたし、いもうとが二人いるのよ。おかあさんも、しんだの。だから、あたしが、しっかりしなくては、ならないんだって。あたしは、泣いてはいけないんだって」 :と、小さい手をひく私の手に、何度も、何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる廻っていた。 : どうなるのであろうか、私は一体なんなのか、何が出来るのか? : 戦争は、大きな、大きな、なにかを奪った。 : 悲しみ以上のなにか、かけがえのないものを奪った。 : 私たちは、このふたつのことから、この悲しみから、なにを考えるべきであろうか。 : 私たちは何をすべきであろうか。 : 声なき声は、そこにあると思う。 === 脚注 === *『声なき声のたより』に発表された著作は、自由に転載が許されている(鶴見俊輔『夢野久作 迷宮の住人』リブロポート〈シリーズ民間日本学者 20〉、1989年、p.265。)「あとがき」で「ふたつの悲しみ」全文を引用して紹介している。 *{{Citation |和書 |last= |first= |editor=山田太一|title=生きる悲しみ |series=ちくま文庫|publisher=筑摩書房|date=1995}} 「ふたつの悲しみ」が収録されている。その底本は『戦後日本思想体系14日常の思想』筑摩書房、1970年。 {{DEFAULTSORT:ふたつのかなしみ}} [[カテゴリ:戦争]] 0bo18trzd3krmn56u8x4x7mosgua5xe 243058 243056 2026-06-07T18:16:11Z KarlLouise 42965 カテゴリを追加。 243058 wikitext text/x-wiki {{header |title=ふたつの悲しみ |year=1967 |author=杉山龍丸 |notes= 底本:「声なき声のたより」43号(1967年11月20日発行) {{デフォルトソート:ふたつのかなしみ}} }} : 私たちは、第二次世界大戦から二十年たった今、直接被害のないベトナムの戦いを見て、私たちが失ったもの、その悲しみを新たに考えることが、必要だと思います。 : これは、私が経験したことです。 : 第二次世界大戦が終わり、多くの日本の兵士が帰国してくる復員の事務についていた、ある暑い夏の日の出来事でした。 : 私たちは、毎日毎日訪ねてくる留守家族の人々に、貴方の息子さんは、御主人は亡くなった、死んだ、死んだ、死んだと伝える苦しい仕事をしていた。 : 留守家族の人々の多くは、ほとんどやせおとろえ、ボロに等しい服装が多かった。 : そこへ、ずんぐり肥った、立派な服装をした紳士が隣の友人のところへ来た。 : 隣は、ニューギニア派遣の係りであった。 : その人は、 :「ニューギニアに行った、私の息子は?」と、名前を言って、たずねた。 : 友人は、帳簿をめくって、 :「貴方の息子さんは、ニューギニアのホーランジャヤで戦死されておられます」 :と答えた。 : その人は、その瞬間、眼をカッと開き口をピクッとふるわして、黙って立っていたが、くるっと向きをかえて帰って行かれた。 : 人が死んだということは、いくら経験しても、又いくらくりかえしても、慣れるということはない。 : いうこともまた、そばで聞くことも自分自身の内部に恐怖が走るのものである。 : それは意識外の生理現象を起こす。 : 友人はいった後、しばらくして、バタンと帳簿を閉じ、頭を抱えた。 : 私は黙って、便所に立った。 : そして階段のところに来た時、さっきの人が、階段の曲がり角の広場の隅のくらがりに、白いパナマ帽を顔に当てて壁板に持たれるように、たっていた。 : 瞬間、私は気分が悪いのかと思い、声をかけようとして、足を一段階段に降ろしたとき、その人の肩は、ブル、ブル、ふるえ、足もとに、したたり落ちた水滴のたまりがあるのに気づいた。 : その水滴は、パナマ帽からあふれ、したたり落ちていた。 : 肩のふるえは、声をあげたいのを必死にこらえているものであった。 : どれだけたったかわからないが、私はそっと、自分の部屋に引き返した。 : 次の日、久しぶりにほとんど留守家族が来ないので、やれやれとしているとき、ふと気がつくと、私の机から頭だけ見えるくらいの少女が、チョコンと立って、私の顔をマジ、マジと見つめていた。私が姿勢を正して、なにかを問いかけようとすると、 : 「あたち、小学二年生なの。おとうちゃんは、フィリッピンに行ったの。おとうちゃんの名は、○○○○なの。いえには、おじいちゃんと、おばあちゃんがいるけど、たべものがわるいので、びょうきして、ねているの。 : それで、それで、わたしに、この手紙をもって、おとうちゃんのことをきいておいでというので、あたし、きたの」 : 顔中に汗をしたたらせて、一いきにこれだけいうと、大きく肩で息をした。 : 私はだまって机の上に差し出した小さい手から葉書を見ると、復員局からの通知書があった。 : 住所は、東京都の中野であった。 : 私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島のルソンのバギオで、戦死になっていた。 :「あなたのお父さんは――」 :と言いかけて、私は少女の顔を見た。 : やせた、真黒な顔、伸びたオカッパの下に切れ長の長い眼を、一杯に開いて、私のくちびるをみつめていた。 : 私は少女に答えねばならぬ、答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな声で答えたかわからない。 :「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです。」 :といって、声がつづかなくなった。 : 瞬間少女は、精一杯に開いた眼をさらにパッと開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。 : 涙が、眼一杯にあふれそうになっているのを必死にこらえていた。 : それを見ている内に、私の眼に、涙があふれて、ほほをつたわりはじめた。 : 私の方が声をあげて泣きたくなった。しかし、少女は、 :「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。おとうちゃまが、戦死していたら、係のおじちゃまに、おとうちゃまの戦死したところと、戦死した、じょうきょう、じょうきょうですね、それを、かいて、もらっておいで、といわれたの」 : 私はだまって、うなずいて、紙を出して、書こうとして、うつむいた瞬間、紙の上にポタ、ポタ、涙が落ちて、書けなくなった。 : 少女は、不思議そうに、私の顔を見つめていたのに困った。 : やっと、書き終って、封筒に入れ、少女に渡すと、小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。 : 涙一滴、落とさず、一声も声をあげなかった。 : 肩に手をやって、なにかいおうと思い、顔をのぞき込むと、下唇を血が出るようにかみしめて、カッと眼を開いて肩で息をしていた。 : 私は、声を呑んで、しばらくして、 :「おひとりで、帰れるの。」 :と聞いた。 : 少女は、私の顔をみつめて、 :「あたし、おじいちゃまにいわれたの、泣いては、いけないって。 : おじいちゃまから、おばあちゃまから電車賃をもらって、電車を教えてもらったの。だから、ゆけるね、となんども、なんども、いわれたの」 : と、あらためて、じぶんにいいきかせるように、こっくりと、私にうなずいてみせた。 : 私は、体中が熱くなってしまった。 : 帰る途中で、私に話した。 :「あたし、いもうとが二人いるのよ。おかあさんも、しんだの。だから、あたしが、しっかりしなくては、ならないんだって。あたしは、泣いてはいけないんだって」 :と、小さい手をひく私の手に、何度も、何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる廻っていた。 : どうなるのであろうか、私は一体なんなのか、何が出来るのか? : 戦争は、大きな、大きな、なにかを奪った。 : 悲しみ以上のなにか、かけがえのないものを奪った。 : 私たちは、このふたつのことから、この悲しみから、なにを考えるべきであろうか。 : 私たちは何をすべきであろうか。 : 声なき声は、そこにあると思う。 === 脚注 === *『声なき声のたより』に発表された著作は、自由に転載が許されている(鶴見俊輔『夢野久作 迷宮の住人』リブロポート〈シリーズ民間日本学者 20〉、1989年、p.265。)「あとがき」で「ふたつの悲しみ」全文を引用して紹介している。 *{{Citation |和書 |last= |first= |editor=山田太一|title=生きる悲しみ |series=ちくま文庫|publisher=筑摩書房|date=1995}} 「ふたつの悲しみ」が収録されている。その底本は『戦後日本思想体系14日常の思想』筑摩書房、1970年。 {{DEFAULTSORT:ふたつのかなしみ}} [[カテゴリ:戦争]] [[カテゴリ:随筆]] 3sowa2aswg76k06t86f7s34rww51kw0 Page:NDL1085179 尋常小學珠算書 - 國定凖據 第4學年兒童用.pdf/4 250 56666 243059 243046 2026-06-08T01:02:12Z ~2026-31538-15 45849 243059 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="~2026-31726-57" /></noinclude>{{c|目錄のつづき}} 五珠の分解を要する加減 復習其 或桁の和と10なる加法及び其逆の減法 加法呼聲表 誠法呼聲表 或桁の和11以上となる加法及び其逆の減法其 一 政桁の和11以上となる加法及び其逆の減法其 二 或桁の和11以上となる加法及び其逆の減法其 三 加減の特別なる場合 復習其二 小数の置き方 小数の加減 復習其三 V.總復習 VI.附錄 加減速算 {{c|I<br> そろばん(算盤)<br> (そろばんの面)}} [[w:en:Module:Soroban]] {{missing image}} 静とはそろばんのぐるりの木をいふのである。 乗とは上に珠一つ下に珠五つにへだててゐる横木のようなものを、 いふのである ヒとは珠なり梁をとほしてみる竹ぐしのようなものをいふのて<noinclude></noinclude> l7hqwdu8m6az90gsm1y5cz86qb0biul 243061 243059 2026-06-08T01:24:39Z ~2026-31538-15 45849 243061 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="~2026-31726-57" 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J. Wensinck, "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". の第25論文を翻訳。 243055 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|wikisource:宗教|ニネベのイサアク神秘論文集|hide=1}} {{header |title=ニネベのイサアク神秘論文集 |section=第25論文 |previous=[[../第24論文|第24論文]] |next =[[../第26論文|第26論文]] |year=1923 |override_translator = [[作者:アレント・ヤン・ヴェンシンク|A. J. ヴェンシンク]] |author= |notes= *底本: [[w:ru:Arent Jan Wensinck|A. J. Wensinck]], "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". Amsterdam: De Akademie, 1923(ENGLISH FROM SYRIAC) *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にねへのいさあくしんひろんふんしゆう25}} [[Category:1923年]] [[Category:キリスト教]] [[Category:ニネベのイサアク神秘論文集|25]] }} ::'''ニネベのイサアク神秘論文集''' == 第25論文 == << 深い瞑想を求める魂が、それに没入し、想起された事物から生じる肉体的な思索から離れる契機。 >> あらゆる<ref>この章の考え方と照らし合わせて、フロティンガム(Frothingham)、スティーブン・バル・スダイリ(Stephen Bar Sudaili)、92ページを参照されたい。「あらゆる知性は、それより上位にある本質によって決定され、認識され、理解される。そして、それより下位にある本質を決定し、認識し、理解する。しかし、上位と下位の両方のヴィジョンは、純粋な精神にのみ属する」。これは、ヒエロトコス書の冒頭の一文であるように思われる。</ref>上位の事物は、下位の事物から隠されている。これは、他の物体に覆われているからではない。なぜなら、上位の事物は、望む時にいつでもその秘密を明らかにする能力を自然に備えているからである。したがって、本質的に理解可能な事物には、外的な階級の区別はない。これらの区別は、その感情に限られる。これは明らかに、上位の事物は、物質的にも局所的にもではなく、精神の清らかさや節度の高さ、すなわち、上位からの啓示を受け取る能力に関して、下位の<ref>文字通り: later</ref>事物よりも、いかなる仲介者も介さずに、原初の光を受け入れるのに適していることを意味する。 本質的に理解可能なものはすべて、その下にあるものから隠されている。それは自然な相違によるのではなく、衝動の卓越性によるのである。私はこれを、聖なる力の階級、魂の階級、悪魔の階級という、異なる階級に属する者たちに関して述べている。前者は中間の地位にあり、後者は自然的、局所的な観点からも、また感情の面からも最も低い地位にある。 各階級は、知覚できるか否かにかかわらず、その知覚可能な性質において互いに隠されている。下位の階級からは、その性質自体によって隠されている。 さて、非物質的な存在は、物質的な存在と同じようには他の存在から知覚されないが、互いを認識する力は、彼らの感情、すなわち感情の卓越性と節制に依存すると言われている。したがって、彼らがこの点で同等であれば、たとえ遠く離れていても、幻影としてではなく、真の視覚と真の本質をもって互いを認識することができる。 ただ、万物の根源は、これらの区別を超越して崇められるべき唯一のお方である。 悪魔たちは、極めて不浄ではあるものの、同類の者たちを見ることはできます。しかし、彼らは自分たちより上位の二つの階級を見ることができません。なぜなら、霊的な視覚とは感情の静穏さであり、それが彼らの鏡であり目だからです。感情が暗くなると、彼らは自分たちより上位の階級を見ることができなくなります。彼らは互いしか見ることができません。なぜなら、霊的なものの秩序と比べて、霊的なものの秩序は物質的なものに過ぎないからです。これが悪魔たちの状態です。 魂は、不浄で曖昧な存在であるため、同類の者たちさえ見ることができません。互いを見ることができないため、自分自身を見ることもできません。しかし、魂が浄化され、創造された本来の状態に戻ると、三つの階級、すなわち、自分たちより下位の者、自分たちより上位の者、そして互いをはっきりと見ることができるようになります。これは、彼らがこれらの階級を、天使、悪魔、あるいは対応する魂といった物質的な類似物へと変容した時だけ見るという意味ではない。彼らは、天使、悪魔、魂といった存在を、その本質、つまり霊的な状態において見るのである。 しかし、もしあなたが、悪魔や天使が霊的な状態のまま変容せずに見られることは不可能だと言うならば、見ているのは魂ではなく肉体だということになります。そうでなければ、なぜ浄化が必要なのでしょうか?確かに、清められていない者も悪魔や天使を見ることがあります。しかし、彼らは肉体の目でそれらを見ているのであり、浄化は必要ありません。しかし、浄化された魂はそうは見ません。魂は霊的な状態のまま、すなわち知性という自然な目でそれらを見るのです。 魂が肉体の中にいても互いを見ることは、驚くべきことではありません。この事実には、あなたが認めざるを得ない明白な証拠があります。なぜなら、その証言は信頼できるからです。聖アタナシオス、告解者でありカトリコスは、マル・アントニオスの行いに関する著書の中で、このことを証言しています。ある時、マル・アントニオスが祈っていたとき、彼はある男の魂が大きな栄誉をもって昇天するのを見ました。彼は、このすべての恩寵に値するとみなされた彼に祝福を授けた。これが祝福された隠者アンモンであった。そして、祝福されたアントニオスが住んでいた山は、ニトリアから13日の距離にあった。―ここに、我々が主張してきた三つのことの証明がある。すなわち、霊的存在は、空間や物体の存在に妨げられることなく、遠く離れていても互いを見ることができる。魂は浄化されたときに互いを見ることができる。彼らが見るとき、肉体的な方法ではなく霊的な能力によって見る。なぜなら、肉体的な視覚は目の前のものを見ることができるのは明らかだが、遠くを見るには別の視覚が必要であるからである。 これらの最高位の階級は、無限の数に及ぶ。そして、彼らの間には区別と階級が存在する。彼らの中には、君主や長官、権力者や領主と呼ばれる者もいる。おそらく、官職や権威を委ねられた者の数は、彼らの命令に従うことを強いられた者の数よりも少ないだろう、と教師の師である修辞学者ディオドロス<ref>序論を参照のこと。また、以下の天界の存在の分類の由来についても参照のこと。</ref>は述べている。なぜなら、彼らはそれぞれの階級の高位に応じて、力と、たとえ部分的ではあっても深い洞察力を持ち、段階的に昇り詰め、最終的には、他の誰よりも古く、力強く、栄光に満ちた、すべての被造物の頭であり基盤である存在に到達するからである。ここで言う「頭」とは、神の原初の驚くべき創造物の創造主のことではない。 天使や大天使は、彼らと私たちの創造主である神の知恵に到達するには程遠い。彼らは、下位の階級の者たちが神の知恵から遠ざかっているのと同じくらい遠いが、それ以上遠いわけでもない。彼らの相互関係における優劣は、空間的な意味ではなく、力と洞察力の点で異なると私は言います。つまり、彼らは自然な力と洞察力において優劣があると言うのです。なぜなら、彼らが到達したレベルに応じて、より大きな知識、あるいはより小さな知識が彼らに内在するからです。 すべての天上の存在は、神の教えによって9つの名称で呼ばれています。この教えは、これら三つの階級をそれぞれ三つの下位区分に分けます。第一の階級は、高位で聖なる王座、多くの目を持つケルビム、そして多くの翼を持つセラフィムからなります。第二の階級は、主権、力天使、そして長官(能天使)からなります。第三の階級は、権天使、大天使、そして天使からなります。 ヘブライ語の原文の意味によれば、これらの用語は次のように解釈されるべきである。セラフィムとは、熱と火を引き起こす者を意味する。ケルビムとは、知識の広大さと知恵の溢れ出る量を意味する。座とは、神の受容と神の喜びを意味する。 この第一の階級は「秘儀参入者」と呼ばれる。それは、彼らが様々な知覚可能な象徴を介して霊的に物事を見るからでも、霊的な書物から本質についての理解を得たからでもない。そうではなく、彼らはあらゆる非物質的知識の崇高な光に満たされ、あらゆる美を創造する三位一体の美の本質的な観想に、許された限りにおいて深く浸されているからである。そして、彼らはイエスとの交わりにふさわしいと認められた。それは、神の似姿をある程度正確に描写する聖なる像によってではなく、真にイエスに近く、イエスによって、神の啓示の知識を最初に受け入れたという印を刻まれているからである。神性によって、彼らは天使たちと同様に本質的な知識と、神性への根本的な洞察に満たされている。 {{center|最高位の階級の名称に関する、より明確な別の説明。}} 玉座は尊い存在である。主とは王国を治める者たちである。君主とは空中の支配者である。長官とは民衆と人間を治める者たちである。力とは恐ろしい姿を持つ者たち、すなわち力を持つ者たちである。セラフィムとは聖別する者たちである。ケルビムとは運ぶ者たちである。守護者<ref>シリア語で天使を表す一般的な用語。</ref>とは見張る者たちである。天使とは使者である。 第一の日に八種類が創造された。七種類は沈黙のうちに、一種類は声によって、すなわち光によって。第二の日に大空が創造された。第三の日に水と芽吹く植物が創造された。第四の日に様々な光が創造された。第五の日に鳥、爬虫類、魚が創造された。第六の日に獣と人間が創造された。 全世界の形は長さと幅である。頭は東、端は西、右は北、左は南である。地は寝床のようであり、最も高い天は丸天井のようである。第二の天は、より高次の天に合うように車輪のように配置されている。そして天と地の境界は互いに結びついている。大海が帯のようにそれらを取り囲んでいる。その向こうには、空に向かってそびえ立つ高い山々がある。太陽は夜の間ずっとこれらの山々の向こうに沈んでいく。その向こうには大海が広がっている。そしてこれは陸地の四倍の面積を包含し、そのうちの四分の一が陸地である。 ==脚注== {{Reflist}} == 出典 == *底本: A. J. Wensinck, "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". Amsterdam: De Akademie, 1923(ENGLISH FROM SYRIAC) *https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/82/Isaac_of_Nineveh_-_Mystic_Treatises.pdf {{translation license | original = {{PD-old-auto-1996}} | translation = {{新訳}} }} <!-- A. J. Wensinck, "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". の第25論文を翻訳。 --> s8bgi6v6ifvcxc9gyw8fpubsrud5beg 243065 243055 2026-06-08T08:02:34Z 村田ラジオ 14210 校正 243065 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|wikisource:宗教|ニネベのイサアク神秘論文集|hide=1}} {{header |title=ニネベのイサアク神秘論文集 |section=第25論文 |previous=[[../第24論文|第24論文]] |next =[[../第26論文|第26論文]] |year=1923 |override_translator = [[作者:アレント・ヤン・ヴェンシンク|A. J. ヴェンシンク]] |author= |notes= *底本: [[w:ru:Arent Jan Wensinck|A. J. Wensinck]], "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". Amsterdam: De Akademie, 1923(ENGLISH FROM SYRIAC) *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にねへのいさあくしんひろんふんしゆう25}} [[Category:1923年]] [[Category:キリスト教]] [[Category:ニネベのイサアク神秘論文集|25]] }} ::'''ニネベのイサアク神秘論文集''' == 第25論文 == << 深い瞑想を求める魂が、それに没入し、想起された事物から生じる肉体的な思索から離れる契機。 >> あらゆる<ref>この章の考え方と照らし合わせて、フロティンガム(Frothingham)、スティーブン・バル・スダイリ(Stephen Bar Sudaili)、92ページを参照されたい。「あらゆる知性は、それより上位にある本質によって決定され、認識され、理解される。そして、それより下位にある本質を決定し、認識し、理解する。しかし、上位と下位の両方のヴィジョンは、純粋な精神にのみ属する」。これは、ヒエロトコス書の冒頭の一文であるように思われる。</ref>上位の事物は、下位の事物から隠されている。これは、他の物体に覆われているからではない。なぜなら、上位の事物は、望む時にいつでもその秘密を明らかにする能力を自然に備えているからである。したがって、本質的に理解可能な事物には、外的な階級の区別はない。これらの区別は、その感情に限られる。これは明らかに、上位の事物は、物質的にも局所的にもではなく、精神の清らかさや節度の高さ、すなわち、上位からの啓示を受け取る能力に関して、下位の<ref>文字通り: later</ref>事物よりも、いかなる仲介者も介さずに、原初の光を受け入れるのに適していることを意味する。 本質的に理解可能なものはすべて、その下にあるものから隠されている。それは自然な相違によるのではなく、衝動の卓越性によるのである。私はこれを、聖なる力の階級、魂の階級、悪魔の階級という、異なる階級に属する者たちに関して述べている。前者は中間の地位にあり、後者は自然的、局所的な観点からも、また感情の面からも最も低い地位にある。 各階級は、知覚できるか否かにかかわらず、その知覚可能な性質において互いに隠されている。下位の階級からは、その性質自体によって隠されている。 さて、非物質的な存在は、物質的な存在と同じようには他の存在から知覚されないが、互いを認識する力は、彼らの感情、すなわち感情の卓越性と節制に依存すると言われている。したがって、彼らがこの点で同等であれば、たとえ遠く離れていても、幻影としてではなく、真の視覚と真の本質をもって互いを認識することができる。 ただ、万物の根源は、これらの区別を超越して崇められるべき唯一のお方である。 悪魔たちは、極めて不浄ではあるものの、同類の者たちを見ることはできます。しかし、彼らは自分たちより上位の二つの階級を見ることができません。なぜなら、霊的な視覚とは感情の静穏さであり、それが彼らの鏡であり目だからです。感情が暗くなると、彼らは自分たちより上位の階級を見ることができなくなります。彼らは互いしか見ることができません。なぜなら、霊的なものの秩序と比べて、霊的なものの秩序は物質的なものに過ぎないからです。これが悪魔たちの状態です。 魂は、不浄で曖昧な存在であるため、同類の者たちさえ見ることができません。互いを見ることができないため、自分自身を見ることもできません。しかし、魂が浄化され、創造された本来の状態に戻ると、三つの階級、すなわち、自分たちより下位の者、自分たちより上位の者、そして互いをはっきりと見ることができるようになります。これは、彼らがこれらの階級を、天使、悪魔、あるいは対応する魂といった物質的な類似物へと変容した時だけ見るという意味ではない。彼らは、天使、悪魔、魂といった存在を、その本質、つまり霊的な状態において見るのである。 しかし、もしあなたが、悪魔や天使が霊的な状態のまま変容せずに見られることは不可能だと言うならば、見ているのは魂ではなく肉体だということになります。そうでなければ、なぜ浄化が必要なのでしょうか?確かに、清められていない者も悪魔や天使を見ることがあります。しかし、彼らは肉体の目でそれらを見ているのであり、浄化は必要ありません。しかし、浄化された魂はそうは見ません。魂は霊的な状態のまま、すなわち知性という自然な目でそれらを見るのです。 魂が肉体の中にいても互いを見ることは、驚くべきことではありません。この事実には、あなたが認めざるを得ない明白な証拠があります。なぜなら、その証言は信頼できるからです。聖アタナシオス、告解師でありカトリコス(総主教)である彼は、マル・アントニオスの行いに関する著書の中で、このことを証言しています。ある時、マル・アントニオスが祈っていたとき、彼はある男の魂が大きな栄誉をもって昇天するのを見ました。彼は、このすべての恩寵に値するとみなされた彼に祝福を授けた。これが祝福された隠者アンモンであった。そして、祝福されたアントニオスが住んでいた山は、ニトリアから13日の距離にあった。―ここに、我々が主張してきた三つのことの証明がある。すなわち、霊的存在は、空間や物体の存在に妨げられることなく、遠く離れていても互いを見ることができる。魂は浄化されたときに互いを見ることができる。彼らが見るとき、肉体的な方法ではなく霊的な能力によって見る。なぜなら、肉体的な視覚は目の前のものを見ることができるのは明らかだが、遠くを見るには別の視覚が必要であるからである。 これらの最高位の階級は、無限の数に及ぶ。そして、彼らの間には区別と階級が存在する。彼らの中には、君主や長官、権力者や領主と呼ばれる者もいる。おそらく、官職や権威を委ねられた者の数は、彼らの命令に従うことを強いられた者の数よりも少ないだろう、と教師の師である修辞学者ディオドロス<ref>序論を参照のこと。また、以下の天界の存在の分類の由来についても参照のこと。</ref>は述べている。なぜなら、彼らはそれぞれの階級の高位に応じて、力と、たとえ部分的ではあっても深い洞察力を持ち、段階的に昇り詰め、最終的には、他の誰よりも古く、力強く、栄光に満ちた、すべての被造物の頭であり基盤である存在に到達するからである。ここで言う「頭」とは、神の原初の驚くべき創造物の創造主のことではない。 天使や大天使は、彼らと私たちの創造主である神の知恵に到達するには程遠い。彼らは、下位の階級の者たちが神の知恵から遠ざかっているのと同じくらい遠いが、それ以上遠いわけでもない。彼らの相互関係における優劣は、空間的な意味ではなく、力と洞察力の点で異なると私は言います。つまり、彼らは自然な力と洞察力において優劣があると言うのです。なぜなら、彼らが到達したレベルに応じて、より大きな知識、あるいはより小さな知識が彼らに内在するからです。 すべての天上の存在は、神の教えによって9つの名称で呼ばれています。この教えは、これら三つの階級をそれぞれ三つの下位区分に分けます。第一の階級は、高位で聖なる王座、多くの目を持つケルビム、そして多くの翼を持つセラフィムからなります。第二の階級は、主権、力天使、そして長官(能天使)からなります。第三の階級は、権天使、大天使、そして天使からなります。 ヘブライ語の原文の意味によれば、これらの用語は次のように解釈されるべきである。セラフィムとは、熱と火を引き起こす者を意味する。ケルビムとは、知識の広大さと知恵の溢れ出る量を意味する。座とは、神の受容と神の喜びを意味する。 この第一の階級は「秘儀参入者」と呼ばれる。それは、彼らが様々な知覚可能な象徴を介して霊的に物事を見るからでも、霊的な書物から本質についての理解を得たからでもない。そうではなく、彼らはあらゆる非物質的知識の崇高な光に満たされ、あらゆる美を創造する三位一体の美の本質的な観想に、許された限りにおいて深く浸されているからである。そして、彼らはイエスとの交わりにふさわしいと認められた。それは、神の似姿をある程度正確に描写する聖なる像によってではなく、真にイエスに近く、イエスによって、神の啓示の知識を最初に受け入れたという印を刻まれているからである。神性によって、彼らは天使たちと同様に本質的な知識と、神性への根本的な洞察に満たされている。 {{center|最高位の階級の名称に関する、より明確な別の説明。}} 王座(座天使)は尊い存在である。主権(主天使)とは王国を治める者たちである。権勢(権天使)とは空中の支配者である。長官(能天使)とは民衆と人間を治める者たちである。力(力天使)とは恐ろしい姿を持つ者たち、すなわち力を持つ者たちである。セラフィム(熾天使)とは聖別する者たちである。ケルビム(智天使)とは運ぶ者たちである。守護者<ref>シリア語で天使を表す一般的な用語。</ref>とは見張る者たちである。天使とは使者である。 第一の日に八種類が創造された。七種類は沈黙のうちに、一種類は声によって、すなわち光によって。第二の日に大空が創造された。第三の日に水と芽吹く植物が創造された。第四の日に様々な光が創造された。第五の日に鳥、爬虫類、魚が創造された。第六の日に獣と人間が創造された。 全世界の形は長さと幅である。頭は東、端は西、右は北、左は南である。地は寝床のようであり、最も高い天は丸天井のようである。第二の天は、より高次の天に合うように車輪のように配置されている。そして天と地の境界は互いに結びついている。大海が帯のようにそれらを取り囲んでいる。その向こうには、空に向かってそびえ立つ高い山々がある。太陽は夜の間ずっとこれらの山々の向こうに沈んでいく。その向こうには大海が広がっている。そしてこれは陸地の四倍の面積を包含し、そのうちの四分の一が陸地である。 ==脚注== {{Reflist}} == 出典 == *底本: A. J. Wensinck, "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". Amsterdam: De Akademie, 1923(ENGLISH FROM SYRIAC) *https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/82/Isaac_of_Nineveh_-_Mystic_Treatises.pdf {{translation license | original = {{PD-old-auto-1996}} | translation = {{新訳}} }} <!-- A. J. Wensinck, "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". の第25論文を翻訳。 --> 1xool1ggb141r7oo5de0si1gppa4d70 Page:WUL-ni02 00069 算盤早伝授.pdf/1 250 56798 243062 2026-06-08T04:07:44Z ~2026-31538-15 45849 /* 未校正 */ 空白のページを作成しました 243062 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="~2026-31538-15" /></noinclude><noinclude></noinclude> rvzxb60dwuxzjljgvlzfien03jacy7g ニネベのイサアク神秘論文集/第27論文 0 56799 243066 2026-06-08T09:13:09Z 村田ラジオ 14210 A. J. Wensinck, "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". の第27論文を翻訳。 243066 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|wikisource:宗教|ニネベのイサアク神秘論文集|hide=1}} {{header |title=ニネベのイサアク神秘論文集 |section=第27論文 |previous=[[../第26論文|第26論文]] |next =[[../第28論文|第28論文]] |year=1923 |override_translator = [[作者:アレント・ヤン・ヴェンシンク|A. J. ヴェンシンク]] |author= |notes= *底本: [[w:ru:Arent Jan Wensinck|A. J. Wensinck]], "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". Amsterdam: De Akademie, 1923(ENGLISH FROM SYRIAC) *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にねへのいさあくしんひろんふんしゆう27}} [[Category:1923年]] [[Category:キリスト教]] [[Category:ニネベのイサアク神秘論文集|27]] }} ::'''ニネベのイサアク神秘論文集''' == 第27論文 == << 人間性はいかに多様な方法で非物質的存在を知覚するのか。 >> あらゆる種類の単純な理性的存在と微細な理性的存在は、人間性の知覚によって三つの方法で到達できる。すなわち、人格密度による知覚(これは非本質的な方法である)、人格微細性による知覚(これも非本質的な方法である)、そして真の観想による知覚(これは本質的な視覚である)である。 第一の方法は感覚に支配され、第二の方法は単純な精神的視覚に支配され、第三の方法は精神の自然な力に支配される。さらに、一方は意志と理性に支配され、もう一方は意志と精神的光、そして後者を強化するすべてのものに支配される。 意志は第一の原因であり、これらは自由の産物である。たとえ使用時に自由と意志が沈黙していても、その影響が活動的で強力である限り、自由と意志は自由の産物である。そして、受け手の意志や本質的な知識がなくても、感覚が意志なしにあらゆる偶発的なものを受け取るように、実証する力によって支配されるのはただ一人だけである。 これら三つの道は、私たちの教えと命を見いだすために、私たちと交わる聖なる力によってもたらされます。不浄な者たちは、そのうち二つの道を行う力を持っています。彼らは私たちに近づく際に、利益のためではなく、破滅のためにそれを用いるのです。三つ目の道については、彼らは私たちを支配する力を得て私たちを惑わすために、それを用いる目的で近づくことはありません。 なぜなら、闇の子らが光に近づくことは不可能だからです。悪魔は、心の自然な洞察を活性化させる力を持っていません。しかし、聖なる天使たちは、この活性化と啓示の能力を持っています。一方、闇の子らである悪魔は、偽りの洞察を力と支配の源としています。啓示された者から光を受け、闇から闇を受けます。では、なぜこれが彼らに与えられ、彼らに与えられなかったのでしょうか?これらの教師たちが示し、教える洞察は、まず彼ら自身が自ら見、学び、味わうものなのです。そして、彼らは物事に関する真の知識を持っているため、私たちにその真理を伝えることができる。その知識は、光と清らかな心の素早い獲得力によって最初に発見されたものである。悪魔もまた素早さを持っているが、啓示はない。素早さと啓示は異なる。前者は後者を伴わずに、それを持つ者を破滅と無味乾燥へと導く。後者は真理を教え、前者は偽りの真理を教える。なぜなら、光は物事の真実性を完全に示し、その真実性は行いに応じて増減するからである。 聖なる天使たちは、自らの知識に基づき、物事によって引き起こされる感情を通して、自らが最初に味わい、獲得したものを私たちに注ぎ込みます。そして、これらの二次的な教師たちもまた、自らの知識に応じて、物事によって引き起こされる感情を私たちの中に呼び起こします。彼らが自由を持たない領域においては、これらの事柄について私たちの中に正しい考察を促すことが必要なのです。ですから、私が既に述べたように、たとえ私たちがそれを受け入れることができたとしても、彼らが古くから真の観想を知っていたとしても、私たちに真の観想を教えることはできないでしょう。聖なる天使であろうと、反対のグループであろうと、どちらのグループに属する者も、私たち弟子たちに、自らの振る舞いに従って行動するように教え、促します。 私にとってこれは真実です。すなわち、心は、聖なる天使の仲介がなくても、教えがなくても、それ自体善に向かう傾向があるが、悪魔や感覚の仲介なしには悪事の知識を受け入れることができず、また、自らの意志で悪に向かうこともできないということです。私たちの本性には善が植え付けられており、悪は植え付けられていません。そして、外部から教えられるすべての異質なものは、仲介者を必要とします。しかし、内に植え付けられたものは、たとえぼんやりとであっても、教えがなくても自然に展開します。しかし、私たちの本性は自ら善に向かう傾向があるとしても、聖なる天使の指導なしには、それを増進させ、それによって照らされることはできません。私たちは彼らを教師としており、彼らも互いに教師としています。つまり、下位の者は、自分よりも教えられ、啓蒙された者を教師としています。このように、彼らは互いに教師としており、聖なる三位一体を教師とする者までいます。そして彼自身も、自ら教えを受けるのではなく、仲介者であるイエスを教師として持ち、イエスを通して教えを受け、それを同じレベルやそれ以下のレベルの人々に伝えるのです。 私はまた、こう考えます。私たちは本来、神の観想によって心を動かされる力を全く持ち合わせておらず、この欠如はすべての天上の存在と共通しています。ですから、私たちの努力や計算を経ることなく、ただ恩寵によってのみ、人間や天使の精神には本来異質なものによって心を動かされるのです。神性についての観想は、他の種類の観想とは比較になりません。なぜなら、私たちは、神々の二重性にあずかることによって、神々の本質についての観想を、私たちの中にも神々の中にも存在するものゆえに、持つことができるからです。しかし、私たちは本質の本質にあずかることはなく、神についての観想も持ち合わせていません。この観想によって心を動かされる能力は、第一級および中級の理性的存在のいずれにも本来備わっていないため、すべての天上的および地上的存在の精神において、それは恩寵の賜物でなければなりません。 それは、いかに啓蒙され、浄化されたとしても、自然によって生じる他の能力とは異なります。しかし、私は思う――そしてこれは真実である――私たちの心、すなわち人間の子らの心は、真の啓示と同じ本質的な観想に到達するまで啓示と洞察によってのみ導かれるべきである。しかし、それらの仲介なしには、私たちの心は導かれることができない。そして、私たちの心は、仲介者なしに本質からすべての啓示と観想を受ける高貴で崇高な存在のような力を持っていない。しかし、彼らでさえも、本質そのものからではなく、本質の像を通してこれらの啓示を受けるのである。したがって、私たちの心もまた、他の階級と同様に、仲介者なしには自分自身の啓示と観想を受けることができず、王国の{{r|笏|しゃく}}を振るうイエスからのみ受けることができるのである。他の階級、すなわち、他の主要な階級は、統治に関するあらゆる事柄とその理解(本質に関するものではない)について、第一階級から第二階級へと、そして同様に、すべての階級に奥義が伝わるまで、啓示を互いに伝え合うことによって受けます。 しかし、多くの奥義は、その第一階級にとどまり、他の階級には広まりません。なぜなら、その階級以外では、そのような偉大な奥義を受け入れることができないからです。また、第一階級から発し、第二階級にのみ啓示される奥義もありますが、それらはそこで沈黙のうちに保たれ、他の階級はそれらを知覚しません。さらに、第三階級と第四階級に啓示される奥義もあります。個々の天使の場合にも、啓示の優劣があります。啓示に富み、高位の奥義が啓示され、豊かな光を受ける天使もいれば、啓示に劣り、その衝動が弱すぎてこれらの奥義を理解できない天使もいます。このように、霊的階級の間には、啓示の受容に関して、卓越性と欠乏性、優劣があります。すべての階級の第一階級である上位階級を除いて、残りの階級は例外なく、仲間から神の統治全体に関する瞑想と示唆を受けます。もし彼らでさえそうであるならば、彼らなしに、また仲介者なしに、私たちがそのような奥義を受け取ることは、なおさら不可能でしょう。しかし、聖人たちの心に啓示が訪れるたびに、それがどのような奥義であれ、その啓示はこれらの(天上の存在たち)からもたらされます。神によって許されるとき、啓示は上位の階級から下位の階級、すなわち最も低い階級へと伝えられます。同様に、神性によって許されるとき、奥義はそれにふさわしい者たちから人間へと伝えられるのです。 いずれにせよ、聖者たちは仲介者を通して観想の光を受け、それによって称賛されるべき本質を垣間見る。それは彼らが互いに教え合うことのない神秘である。これらの(高次の存在)は、彼らに特有の真理の洞察を通して生命を受け継ぐ者たちに送られる、導きの霊である。 しかし、来世においては、このような伝達は消滅する。なぜなら、その時、人は魂の喜びのために仲間から神の栄光の啓示を受けるのではなく、各自の卓越性の尺度に従い、宇宙の主によってふさわしいとみなされる限りにおいて、各自に与えられるからである。この世のように仲間を通してその賜物を受け取ることはない。なぜなら、学ぶ者も教える者も、自らが欠いているものを仲間から受け取ろうと望む者もいないからである。なぜなら、唯一の与え主が、仲介者なしに、すべての受け手に自らを現されるからです。そして、あらゆる霊的な喜びを受ける者は、主からそれを受け取ります。ですから、彼らは個々の洞察によってではなく、外的な衝動という仲介者なしに、主ご自身の直接的な啓示によって主を認識するのです。そこでは、学ぶ者と教える者の区別はなくなり、すべての人の愛はただ一人に注がれます。 また、地獄で鞭打たれる者でさえ、愛の鞭打ちによって苦しめられていると私は言います。愛のために、すなわち愛に背いた罪を犯したと自覚する者への鞭打ちは、恐怖による拷問よりも厳しく、苦痛に満ちています。愛に背いた罪によって心に宿る苦しみは、他のいかなる拷問よりも激しいのです。地獄にいる罪人たちが創造主への愛を欠いていると考えるのは、人が悪しきことです。なぜなら、愛は、すべての人に与えられていると公言されている真の知識の産物だからです。愛はその力を二重に及ぼす。罪を犯した者を苦しめる。それは友人同士の間でも起こることだ。そして、その掟を守った者には喜びを与える。地獄においても同様である。私は、この苦しい拷問は愛ゆえの悲しみだと言いたい。しかし、天国の住人たちは、愛の喜びに魂を酔わせるのだ。 ある人が、罪の赦しを受けるに値すると認められたのはいつかと尋ねられた。彼はこう答えた。「心の中で罪を徹底的に憎み、以前とは正反対の生活様式になったと自覚した時です。そのような状態にある人は、使徒の言葉にあるように、魂の良心が証言するゆえに、神によって罪が赦されたと信じるでしょう。人を責めない心は、自分自身について証言する者なのです。」 == 出典 == *底本: A. J. Wensinck, "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". Amsterdam: De Akademie, 1923(ENGLISH FROM SYRIAC) *https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/82/Isaac_of_Nineveh_-_Mystic_Treatises.pdf {{translation license | original = {{PD-old-auto-1996}} | translation = {{新訳}} }} <!-- A. J. Wensinck, "Mystic Treatises by Isaac of Nineveh". の第27論文を翻訳。 --> drluaff32e4essxm6vj5hr7u8e4umbr