Wikisource jawikisource https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8 MediaWiki 1.47.0-wmf.14 first-letter メディア 特別 トーク 利用者 利用者・トーク Wikisource Wikisource・トーク ファイル ファイル・トーク MediaWiki MediaWiki・トーク テンプレート テンプレート・トーク ヘルプ ヘルプ・トーク カテゴリ カテゴリ・トーク 作者 作者・トーク Page Page talk Index Index talk TimedText TimedText talk モジュール モジュール・トーク Event Event talk プログラマが知るべき97のこと/テストのないソフトウェア開発はあり得ない 0 16120 244646 187680 2026-08-05T05:52:10Z ~2026-43229-82 46316 誤字修正:「比輸」「比轍」→「比喩」 244646 wikitext text/x-wiki {{header | title =プログラマが知るべき97のこと | author =ニール・フォード (Neal Ford) | section =テストのないソフトウェア開発はあり得ない | previous =[[プログラマが知るべき97のこと/テストは夜間と週末に|テストは夜間と週末に]] | translator =夏目大 | next =[[プログラマが知るべき97のこと/1人より2人|1人より2人]] | notes =Kevlin Henney(編)、和田卓人(監修)『プログラマが知るべき97のこと』(オライリー・ジャパン、2010年)を出典とする。各エッセイは[http://creativecommons.org/licenses/by/3.0/us/deed.ja CC-by-3.0-US]によってライセンスされている。 [[Category:プログラマが知るべき97のこと|てすとのないそふとうえあかいはつはありえない]] }} プログラマには、たとえば配偶者などの家族や友人など、コンピュータに詳しくない人に自分の仕事の難しさ、大変さを話す時、比喩を使う癖があるようです。特にたとえに使われやすいのが、橋の建設などの建築、土木作業です。ただ、この比喩は突き詰めると簡単に破綻します。ソフトウェア開発の作業には、建築、土木作業とは根本的に違っている点がいくつもあるからです。 ソフトウェア開発の世界では、橋の建設にたとえれば、「橋を作ってから重い物を上にのせてみて、耐えられるかどうかを見る」というようなことをしています。重い物に耐えられれば成功ですが、そうでなければ、製図から見直すのです。しかし、実際の橋の建設は、そういう進め方にはなっていません。過去何千年にもわたり、技術者たちが、建築物、構造物に使える数学や物理学を発達させてきたからです。現在では、それを利用することで、実際に作らなくても、どういうものになるか、かなりの程度までわかるようになっています。しかしソフトウェアの世界には、そういうものはありません。多分、永久にできないでしょう。やはり土木、建築とは根本的に違っているからです。ソフトウェア工学と、その他の工学の違いについて深く考察した例としては、1992年にJack ReevesがC++ Journal誌に寄稿した"What is Software Design? (ソフトウェアデザインとは何か)"という記事がよく知られています。もう20年近くも前に書かれた記事ですが、今でも驚くほど真実を言い当てていると思います。Reevesがこの記事で書いているのは、ソフトウェア開発に携わる者が憂欝になってしまうようなことですが、当時と今とで、は違っていることもあります。それはテストを巡る状況です。 橋のように形のあるものを「テスト」するのは容易なことではありません。テストをするには、まず作る必要があります。しかし作るにはコストがかかり、いったん作ったものを壊したり修正したりするのも難しいので、「取りあえずだ、いたいの見当で、作って、テストしてみる」ことはなかなかできません。一方ソフトウェアの場合、とりあえず作る、ということにかかるコストは橋などに比べると圧倒的に安くなります。また、テストを容易に進めるための手法、ツールもこれまでに数多く産み出されています。ユニットテスト、モックオブジェクト、テストハーネスなどはその例です。他の分野の技術者だと、テストをするとすれば、まず実際の物を作って、現実の環境下でテストということになるわけですが、ソフトウェアの技術者の場合は、作りながらテストする、テストしながら作るということをします。テストが、品質保証のための第一の手段なのです(もちろん、他にも品質保証の手段はありますが、テストが重要であることは間違いありません)。土木工事などのように数学、物理学は使えませんが、その代わりにテストをすることで、品質を保証するというわけです。そう考えると、「テストなんてしている時間はない」などと言い放つマネージャは非常に困った存在ということになります。橋の建設をする技術者が、上司から「今回は構造解析しなくていいよ何しろ工期が迫っているからね」などと言われることがあり得るでしょうか。テストは、ソフトウェアの品質、再現性を保証するためにどうしても必要なものなのです。それがわかっていれば「テストなんてしていられない」と言うプログラマに対し、「それは無責任だ」と反論することができるでしょう。 橋の構造解析に時間がかかるように、テストにもやはり時間がかかります。しかし、どちらも最終的な成果物の質を一定以上に保つためにすることです。ソフトウェアを開発する者にとって、テストをするということは、作るものに責任を持つということなのです。テストをしさえすればそれで十分ということはないですが、まずテストをしないことには話になりません。テストは、ソフトウェア開発の中でも特に難しく、そして重要な部分と言っていいでしょう。 8jtfbsir48bfwycy3fdv4ywb4eq0k18 ベートーフェン以後の交響楽作者(1) 0 57241 244644 244541 2026-08-04T22:11:47Z Taketani31 46285 Taketani31 がページ「[[ベートーフェン以後の交響楽作者]]」を「[[ベートーフェン以後の交響楽作者(1)]]」に移動しました: ページ名の誤字・脱字 244541 wikitext text/x-wiki <pages index="ベートーフェン以後の交響楽作者(1).djvu" from=1 to=3 /> * '''原本資料(Wikimedia Commons)''': [[:File:ベートーフェン以後の交響楽作者(1).djvu|誌面スキャンデータ(DjVu)]] gtom31vqy6uypoiu02oaxm3amdrsmfs あらたに画する町の区域 (平成8年宮城県告示第1134号) 0 57264 244631 2026-08-04T15:15:00Z 石巻敎祖 39501 追加。石巻市あけぼの新設についての告示。 244631 wikitext text/x-wiki {{header | title = あらたに画する町の区域 | year = 1996 | notes = '''平成8年宮城県告示第1134号'''(へいせい8ねんみやぎけんこくじだい1134ごう) * 告示日 平成8年9月27日 * 「宮城県公報」号外第88号(平成8年9月27日発行)所収 * 関連する告示:[[あらたに画する町の区域_(平成8年宮城県告示第1135号)|あらたに画する町の区域]] * 註:底本にある原文は全て縦書きである。 | category1 = 平成8年の宮城県告示 | category2 = 石巻市の町・字 | defaultsort = あらたにかくするまちのくいき }} <div style="margin-left:1em; text-indent:-1em;>'''○宮城県告示第千百三十四号'''</div> <div id="article"> [[地方自治法]](昭和二十二年法律第六十七号)第二百六十条第一項の規定により、石巻市の区域内の町の区域を次のとおりあらたに画する旨、石巻市長から届出があった。 <div style="text-indent:2em;">平成八年九月二十七日</div> <div style="text-align:right; margin-right:0.5em;">宮城県知事<span style="letter-spacing:1em;">&#x2003;</span>[[w:浅野史郎|<span style="letter-spacing:2em;">浅野史郎</span>]]</div> {| class="wikitable" |+ !あらたに画する町名 !上の区域に包含される区域 |- |rowspan="3"|あけぼの一丁目 |蛇田字柳下の一部 |- |向陽町五丁目の一部 |- |蛇田字新下堀の一部 |- |rowspan="3"|あけぼの二丁目 |蛇田字柳下の一部 |- |蛇田字福村南の一部 |- |蛇田字新下堀の一部 |- |あけぼの三丁目 |蛇田字新下堀の一部 |} <div style="text-align:right;">(土地区画整理法(昭和二十九年法律第百十九号)による土地区画整理事業の施行区域)</div> <div style="text-indent:1em;">なお、地番等は、省略し、関係書類は、宮城県総務部市町村課及び石巻市企画部街づくり推進課備え置く。</div> {{PD-JapanGov}} jldzq97gwt10t5mch6tsqdhdz0g7nf0 あらたに画する町の区域 (平成8年宮城県告示第1135号) 0 57265 244632 2026-08-04T15:19:20Z 石巻敎祖 39501 追加。石巻市あけぼの新設についての告示。 244632 wikitext text/x-wiki {{header | title = あらたに画する町の区域 | year = 1996 | notes = '''平成8年宮城県告示第1135号'''(へいせい8ねんみやぎけんこくじだい1135ごう) * 告示日 平成8年9月27日 → [[#article|本文]] * 「宮城県公報」号外第88号(平成8年9月27日発行)所収 * 関連する告示:[[あらたに画する町の区域_(平成8年宮城県告示第1134号)|あらたに画する町の区域]] * 註:底本にある原文は全て縦書きである。 | category1 = 平成8年の宮城県告示 | category2 = 石巻市の町・字 | defaultsort = あらたにかくするまちのくいき }} <div style="margin-left:1em; text-indent:-1em;>'''○宮城県告示第千百三十五号'''</div> <div id="article"> <div style="text-indent:1em;">[[地方自治法]](昭和二十二年法律第六十七号)第二百六十条第一項の規定により、石巻市の区域内の町の区域を次のとおりあらたに画する旨、石巻市長から届出があった。</div> <div style="text-indent:1em;">右の町をあらたに画する件は、平成八年九月二十八日からその効力を生ずるものとする。</div> <div style="text-indent:2em;">平成八年九月二十七日</div> <div style="text-align:right; margin-right:0.5em;">宮城県知事<span style="letter-spacing:1em;">&#x2003;</span>[[w:浅野史郎|<span style="letter-spacing:2em;">浅野史郎</span>]]</div> {| class="wikitable" |+ !あらたに画する町名 !上の区域に包含される区域 |- |あけぼの二丁目 |蛇田字福村南の一部 |} <div style="text-indent:1em;">なお、地番等は、省略し、関係書類は、宮城県総務部市町村課及び石巻市企画部街づくり推進課備え置く。</div> {{PD-JapanGov}} is8dm8xg4oo1oxiteqsrtotg3u9z5ep あらたに画する町の区域 (平成7年宮城県告示第249号) 0 57266 244633 2026-08-04T15:31:52Z 石巻敎祖 39501 追加。塩竈市千賀の台設置の告示。 244633 wikitext text/x-wiki {{header | title = あらたに画する町の区域 | year = 1995 | notes = '''平成7年宮城県告示第249号'''(へいせい7ねんみやぎけんこくじだい249ごう) * 告示日 平成7年3月14日 → [[#article|本文]] * 「宮城県公報」第632号(平成7年3月14日発行)所収 * 註:底本にある原文は全て縦書きである。 {{デフォルトソート:あらたにかくするまちのくいき}} [[Category:平成7年の宮城県告示]] [[カテゴリ:塩竈市の町・字]] }} <div style="margin-left:1em; text-indent:-1em;>'''○宮城県告示第二百四十九号'''</div> <div id="article"> <div style="text-indent:1em;">[[地方自治法]](昭和二十二年法律第六十七号)第二百六十条第一項の規定により、[[w:塩竈市|塩竈市]]の区域内の町の区域を次のとおりあらたに画する旨、塩竈市長から届出があった。</div> <div style="text-indent:1em;">右の町の区域をあらたに画する件は、平成七年三月十四日からその効力を生ずるものとする。</div> <div style="text-indent:2em;">平成七年三月十四日</div> <div style="text-align:right; margin-right:0.5em;">宮城県知事<span style="letter-spacing:1em;">&#x2003;</span>[[w:浅野史郎|<span style="letter-spacing:2em;">浅野史郎</span>]]</div> {| class="wikitable" |+ !あらたに画する町名 !上の区域に包含される区域 |- |千賀の台一丁目 |字伊保石の一部 |- |千賀の台二丁目 |字伊保石の一部 |- |千賀の台三丁目 |字伊保石の一部 |} <div align="right">(住居表示に関する法律(昭和三十七年法律第百九十号)による住居表示の実施区域)</div> <div style="text-indent:1em;">なお、地番等は、省略し、関係書類は、宮城県総務部市町村課及び塩竈市建設部施設課に備え置く。</div> {{PD-JapanGov}} 0v6n4g9fjhgff8ycqjvd4vi1o8x88u6 カテゴリ:平成7年の宮城県告示 14 57267 244634 2026-08-04T15:33:09Z 石巻敎祖 39501 作成。 244634 wikitext text/x-wiki [[カテゴリ:平成7年の告示|みやきけん]] [[カテゴリ:平成の宮城県告示|07]] 786raavk7o22lza0ews7glxn2s8p9lq カテゴリ:塩竈市の町・字 14 57268 244635 2026-08-04T15:34:25Z 石巻敎祖 39501 作成。 244635 wikitext text/x-wiki {{Plain sister|wikipedia=カテゴリ:塩竈市の町・字}} 現在の宮城県塩竈市域にあたる区域の町若しくは字に関する法令等に関するカテゴリ。 {{-}} {{カテゴリ検索}} [[カテゴリ:宮城県の町・字|しおかまし]] 0m27aq1kk0enawochm6sjwktuk7gyy0 ベートーフェン以後の交響楽作者(3) 0 57269 244636 2026-08-04T21:21:14Z Taketani31 46285 ページの作成:「* '''原本資料(Wikimedia Commons)''': [[:File:ベートーフェン以後の交響楽作者(3).djvu|誌面スキャンデータ(DjVu)]]」 244636 wikitext text/x-wiki * '''原本資料(Wikimedia Commons)''': [[:File:ベートーフェン以後の交響楽作者(3).djvu|誌面スキャンデータ(DjVu)]] 1yyjo8qp9t9m5cwr8y6dvg169pdb4l7 244637 244636 2026-08-04T21:22:32Z Taketani31 46285 244637 wikitext text/x-wiki * 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之は『月刊樂譜』の八月號から續いてゐるのでありまして、近代の作曲家であり指揮者であるヴアインガルトナーの名著『ベートーフエン以後の交響樂』を和譯したものであります。原著が有名な文獻であることは申すまでもありませんが、多くの國語に譯されてゐ乍ら、未だ和譯が行はれてゐませんでした。ここに篤學なる研究者である正司氏が特に『月刊樂譜』の爲めに之を飜譯下されたことは、日本の音樂界の爲めに喜ばしいことであります。交響樂又は類似の樂曲が盛に演奏される今日、私共は何かの『案内』を必要としてゐました。無責任極まる名曲解説の類がある外に、眞に哲學的とも云ふべき深刻な案内書は全くありませんでした。演奏者も、多くの場合には夢中でゐました。然し今や、私共の望んでゐた『案内』が日本文で書かれました。本文は飜譯でありますから、名指揮者たる著者の意見がそのまゝ私共に傳へられます。之は音樂の演奏者にも、鑑賞者にもその他實際家に必要であるばかりでなく、音樂史研究者にも、その他の理論家に缺くべからざる文獻でありますから、どうか御精讀の上で充分に御硏究下さいませ。以上記者申す。 </div>  さて、此偉大な山から私達の目を轉ずると、其周圍には色彩の豐な小山や、岩の多い空想的な所が澤山あります。そして其等は盡きぬ興味と面白さに滿ちてゐます。一般のシンフオニーの歴史も、丁度こう云ふ風であります。其等の中には大變美しいものや比類のない價値あるものがあります。是からベートーフエン以後のシンフオニーを明瞭に觀察する爲に、丁度雪の頂から目を轉じた樣に、ベートーフエンのシンフオニーから目を離す事にしましよう。  ベートーフエンに最も近くて、そして其後繼者と云ふよりは寧ろ同時代者と云ふべき音樂界の光明が現はれたのであります——卽ちフランツ・シューバートです。彼程豐かな音樂的創造力と驚くべき旋律的幻想を持つてゐた人は他にありません。  ベートーフエンの創作の方法を見ると、彼は彼の感じを、適當な音楽の言葉で表現するが爲には、同時に非常に激しい努力をしてゐるのがわかります。之に反してシューバートの樂想は恰も無盡藏な泉から流れ出るかの樣です。彼は其等を何等の區別をする事もなく、あるがままに集めて忠實に書いたのです。彼は其の短い生涯に、あれだけ多くの作品を書いたと云ふ事は實に驚くべき事です。彼は僅31年の短い生涯でしたが、他の大家よりは遙に多くの作品を出したのでした。彼の全存在は總て旋律で滿されてゐました。だから彼は心に浮ぶがまゝ何等の制限もせず書き下して次から次へと創作してゐたのです。彼は幸福な可愛い性質でした。そして彼の情緒は全くウインナ風で、生活の困難なぞは苦もなく打<noinclude></noinclude> rzwc0hjrf10z1y7ssnmxcddsibp423y Page:ベートーフェン以後の交響楽作者(3).djvu/2 250 57272 244641 2026-08-04T21:51:00Z Taketani31 46285 /* 未校正 */ ページの作成:「勝つて行く樣なものでした。彼が生涯を通じて悩まされた貧困さへも、彼の内なる神の聲を默せしむる事が出來なかつたのです。 此處で私は、ミューニッヒ宮廷に於ける前音楽指揮者であって、青年時代にはシューバートと仲の好い友達であつたフランツ・ラツハナーから1886年に聞いた一つの挿話を思出しました。或お天氣の好い朝の事でした。…」 244641 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="Taketani31" /></noinclude>勝つて行く樣なものでした。彼が生涯を通じて悩まされた貧困さへも、彼の内なる神の聲を默せしむる事が出來なかつたのです。 此處で私は、ミューニッヒ宮廷に於ける前音楽指揮者であって、青年時代にはシューバートと仲の好い友達であつたフランツ・ラツハナーから1886年に聞いた一つの挿話を思出しました。或お天氣の好い朝の事でした。ラツハナーはシューバートに友達が田舍へ旅行するのに加はらないかと誘つたのです。シューバートは大變行きたかつたのでしたけれども、自分は金がなかつたので、斷る外ありませんでした。ラツハナーとても餘分の金を持つてゐなかつたので、大変困ったのです。其處でシューバートは原稿の入つた紙挾を出して、自分では餘り度々出版屋へ行つて、もう行けないからラツハナーに賣つて來て貰ふ樣に賴んだのでした。處が其出版屋——其はデイアベリと云ふ本屋だと云つてゐました——は大變怒つて、『またシューバートのものか』と怒なり散らしました。そしてシューバートの歌なんぞ誰も買ひやしないとひどい事を云つたのです。しかしとうとう終に、彼も折れて、原稿全部を五フロリンで買つて呉れました。其處で二人の友達は愉快に旅に出かけたのです。そして彼等の泊つた或宿屋で、スピネツト(十六世紀から十八世紀頃用ひられたピアノに似た有鍵樂器)があつたので、シューバートは旅の途中に得た印象について幾つかの歌を卽興に作つたのです。殘念にもラツハナーは其等の歌が何と云ふのであつたか憶へてゐないそうでしたが、其の中の一つは確に今日のシューバートの最も美しい歌と考へられてゐるものなのだと語つてゐました。  さて、實を云へば、シューバートの殆ど信じられない程早い創作の速力は、多くの後世に殘す價値のない、餘計なものをも、作らせたと云ふ不利も伴つてゐます。そして彼の作曲の半は之等の價値のないものゝ中に入るべきものですけれども、尚其等から拔き出て優れた多くの作品によつて、彼は最大の巨匠の列に入るのです。私は或近代作曲家に關する新しい論文中で、シューバートは音樂に新しい形式を與へて之を豐富にしたと云ふのでもないから、云はゞ天才ではない、と斷定してゐるのを見た事があります。  その論に從へば、シューバートは自身に非常に少しか持つてゐなかつたのです。彼が私達に何の新しい形式をも與へなかつたのは確ですしかし古い形式の中にも彼の豐な個性が表現されてゐるのであつて、天才こそはこうした個性の中にあるのです。シューバートは遍く秀れた抒情詩人でありました。彼の最も樂しい作品に於ても、又最も悲劇的なものに於ても、同様に優しさと美しい旋律の流があります。其等を通じて、私等の恰も淚のヴエールを通じて見る樣に、常に彼の内なる姿を眺める事が出來るのです。そして、彼の音樂からは眞に心を輕くする樣な渦きが得られるのであります。  貴君達はあの偉大なハ長調シンフオニーを覺へてゐますか。シューバート自身では恐らく其演奏を聞いた事はなかつたのでしよう。そして若しもシユーマンが彼の死んだ後にウイエンナで其を見附けなかつたならば、長へに知られずに終つた事だらうと考へて見ると實に恐ろしい事です。此曲は四つの偉大な樂章から成つてゐます。そして實に何と云ふ立派なものでしよう。第一樂章は生々とし、溢れを力に滿ちてゐます。第二は不思議なそして神祕的なホーンのパートがあつて、ジプシーの樣議ロマンチツクのものです。(シューマンは之を天國の主と美しく呼んでゐます)。次<noinclude></noinclude> 5y0sn3gqdpzkg8nr6etfm5f06rw7010 Page:ベートーフェン以後の交響楽作者(3).djvu/3 250 57273 244642 2026-08-04T21:51:35Z Taketani31 46285 /* 校正済 */ 244642 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="3" user="Taketani31" /></noinclude>は美しい魅力に富んだスケルツォです。そして壯大な幻想の終曲です。『誘ふ樣な』和音的効果も多音的な組合せも何等私達の興味を呼び越すのではなく、そして此作品は大變に長いのですけれども(休みなしに一時間かゝる位)、尙且私達を恍惚たらしめ賞讃させて止まないのです。然るに此シンフオニーは餘り長過ぎるから切つてしまおうと考へる樣な氣まぐれな人があるのはどうした事でしようか、私には理解出來ません。私自身はそんな連中ではありません。そして此作品が上手に演奏せられるのを聞く時或は私自身が演奏する時にはほんとに深い幸福な感じを經驗します。此音樂は眞に文字通り我を忘れさせてしまうのです。光に滿ち充ちた大氣の中を自由に飛び廻れば恐らく之と同樣な感じが起るでしよう。  次にロ短調シンフオニー(未完成)の殘つてゐる二つの樂章についてはどう云つたら好いのでしようか。一般的に云へば、作者が其作品を完成しなかつたと云ふ事は確かに遺憾なことです。然し此シンフオニーの場合には、私は之が未完成のまゝで殘されたのが却つて幸ひであつたと云ひ度い位です。此第一樂章は悲劇的な美しさに滿ちてゐます。そしてベトーフェンを除いては、何のシンフォニー作家も達する事が出來なかった境地であります。又シューバート自身でも、二三の歌を除いては其程向上した事はありません。私はあのセロで奏される副主題を、會て音樂家が表現するやうに與へられた靈感の内の最も立派なものだと考へます。第一樂章に於ては靈の爭鬪の生々しい印象を與へますが、第二樂章は心の靜けさを感じさせます。恰も彼は永久の憇ひに向ふ旅の用意をしてゐるかの樣です。私自身としては、此第二樂章の終りは十分満足の感じを與へますから、別に其續きを聞き度いと感じたことはありません。シューバートは丁度ベートーフエンがピアノソナタ(作品109 111)に用ひた樣な緩やかな樂章で終るものであつたとも考へられるでしようが、其調性が第一樂章の調から非常に掛け離れてゐますから、彼は第二樂章で終るのではなく、其をまだ續ける積りであつた事は明らかであります。事實、其ロ短調シンフオニーに續くスケルツオの下書や其始めの部分に編成されたものが發見されてゐるのですが、之等の残された断片から判斷すると、スケルツオはとても第一第二樂章に及ばないものだらうと思はれます。シューバートは彼の作品の中で光の様に現はれる優しい抒情的方面と、其に伴ふ力强いゆつたりした情緒を持つてゐますか、云つて見れば彼はベートーフエンを貴族化し、女性化したものゝ樣であります。彼の豐かな個性が明に現はれてゐる此二つのシンフォニーのみは、あらゆるシンフオニーの内で、ベートーフエンの作品に近づく事が出來るでしよう。クオーテツトに於てもニ短調、ト長調なぞについては同様な事が云へるでしよう。  ベートーフエンの第二の偉大な同時代者で『フライシユーッ』の作者であるヴエーバーはピアノソナタでは立派なものを殘してゐますが、シンフオニーの世界に於ては何も出してゐません。 (1925-8-29)<noinclude></noinclude> 85w3tbidv1nxfd9j79mhxlet8a1efp0 ベートーフェン以後の交響楽作者 0 57274 244645 2026-08-04T22:11:47Z Taketani31 46285 Taketani31 がページ「[[ベートーフェン以後の交響楽作者]]」を「[[ベートーフェン以後の交響楽作者(1)]]」に移動しました: ページ名の誤字・脱字 244645 wikitext text/x-wiki #転送 [[ベートーフェン以後の交響楽作者(1)]] 4uy0kexlw946y8f2ydsw9v11dpa6zg1