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刑事交渉法 (大正10年法律第90号)
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|title=刑事交渉法
|year=1907
|notes=
*大正10年法律第90号
*底本:{{NDLJP|2954733}}
*常用漢字表記:'''刑事交渉法'''
{{異体字使用リスト|内}}
*請という字は原本においては、「請」は青部の月を円形とする字形が用いられている
}}
朕帝國議會ノ協賛ヲ經タル刑事交渉法ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
{{御名御璽}}
<div style="margin-left:2em;">大正十年四月二十五日</div>
<div style="text-align:right;">[[:w:内閣總理大臣|内閣總理大臣]] [[:w:公爵|公爵]] [[:w:原敬| 原 敬 ]]</div>
<div style="text-align:right;">[[:w:海軍大臣|海軍 大 臣]] [[:w:男爵|男爵]] [[:w:加藤友三郎|加藤友三郎]]</div>
<div style="text-align:right;">[[:w:陸軍大臣|陸軍 大 臣]] [[:w:男爵|男爵]] [[:w:田中義一|田中 義一]]</div>
<div style="text-align:right;">[[:w:司法大臣|司法 大 臣]] [[:w:伯爵|伯爵]] [[:w:大木遠吉|大木 遠吉]]</div>
法律第九十二號
刑事交渉法
<span id="a1">'''第一條'''</span> 通常裁判所ノ裁判権ニ属スル事件ト軍法會議ノ裁判権ニ属スル事件ト牽連スルトキハ検事及司法警察官ハ軍法會議ノ裁判ニ局スル事件ニ付、陸海軍ノ檢察官、陸軍司法警察官及海軍司法警察官ハ、通常裁判所ノ裁判権ニ局スル事件ニ付捜査ヲ爲スコトヲ得<br>
一 一人微罪犯シタルトキ<br>
二 數ニ人共同一又ハ別個ノ罪犯シタルトキ<br>
三 數人通謀シテ各別ニ罪犯シタルトキ<br>
四 數人同時ニ同一ノ場所ニ於テ各別ニ罪ヲ犯シタルトキ<br>
犯人藏匿ノ罪、證憑湮滅ノ罪、僞證ノ罪、虚僞ノ鑑定通譯ノ罪及贓物ニ關スル罪ト其ノ本犯ノ罪トハ共ニ犯シタルモノト看做ス<br>
<span id="a2">'''第二條''' 陸海軍ノ檢察官、陸軍司法警察官及海軍司法警察官ハ陸軍又ハ海軍ノ部除內ノ犯罪事件ニシテ通常裁判所ノ裁判権ニ局スルモノニ付捜査ヲ爲スコトヲ得<br>
<span id="a3">'''第三條''' 検事及陸海軍ノ檢察官ハ前二條ノ規定ニ依リ捜査ヲスコトヲ得へキ事件ニ付控審ヲ請求スルコトヲ得<br>
前項ノ規定ニ依リ豫審ノ請求ヲ受ケタル豫審判事又ハ豫審官ハ必要ナル處分ヲ爲シタル後豫審判事ハ検事ニ、豫審官ハ陸海軍ノ檢察官ニ事件ヲ交付スへシ此場合ニ於テ豫審判事又ハ豫審官ハ前ニ登シタル勾留状ヲ存シ又ハ新ニ之ヲ發スルコトヲ得<br>
<span id="a4">'''第四條''' 陸軍軍法會議法第一條第一項第一號又ハ海軍軍法會議法第一條第一項第一號二記載シタル者ニ對シ通常裁判所又ハ豫審判事ノ發シタル勾引状又ハ勾留状ヲ執行スへキ場合ニ於テ現行犯ニ關スルモノヲ除クタノ外其ノ所属ノ長又ハ所属ノ長又ハ之ニ代ルヘキ者ノ承諾ヲ求ムヘシ所属ノ長又ハ之ニ代ルヘキ者ハ軍事上已ムコトヲ得サル事出アルニ非サレハ承諾ヲ拒ムコトヲ得ス<br>
陸軍軍法會議法第一第一項第一號又ハ海軍軍法會議法第一條第一項第一號ニ記載シタル者ニ對シ現行犯ニ關シ通常裁判所、豫審判事、檢察又司法警察官ノ發シタル勾引状又ハ勾留状ノ執行アリタルトキハ之ヲ發シタル者速ニ其ノ旨ヲ執行ヲ受ケタル者ノ所属ノ長又ハ之二代ルヘキ者二通知スヘシ<br>
<span id="a5">'''第五條''' 通常裁判所ノ裁判権及軍法會議ノ裁判権ニ属スル同一事件二付雙方ニ公訴提起アリタルトキハ最初ニ公訴提起アリタル官署之ヲ審判ス<br>
前項場合ニ於テ通常裁判所及軍法會議共二便宜ト認ムルトキハ後ニ公訴提起アリタル官署ニ於テ事件ノ審判ヲ爲スへキ旨ノ決定ヲ爲スコトヲ得<br>
<span id="a6">'''第六條''' 通常裁判所、豫審判事又ハ檢事ト軍法會議、豫審官又ハ陸海軍ノ檢察官ト相互ニ牽連事件ニ關スル調書其ノ他ノ書類又ハ證據物ノ送付又ハ閲覧ヲ求ムルコトヲ得<br>
檢事ハ豫審官、陸海軍ノ檢察官、陸軍司法警察官又ハ海軍司法警察官ニ對シ第二條ニ掲クル犯罪事件ノ豫審又ハ捜査ニ關スル書類又ハ證據物ノ送付又ハ閲覧ヲ求ムルコトヲ得<br>
<span id="a7">'''第七條''' 檢事軍法會議ノ裁判権ニ属スル事件ニ付捜査ヲ爲シ又ハ通常裁判所若ハ豫審判事ヨリ事件ノ交付ヲ受ケタルトキハ速ニ之ヲ陸海軍檢察官ニ送致スヘシ<br>
陸海軍ノ檢察官、陸軍司法警察官又ハ海軍司法警察官通常裁判所 ノ裁判権ニ属スル事件ニ付捜査ヲ爲シ又ハ軍法會議若ハ豫審官ヨリ事件ノ交付ヲ受ケタルトキハ速ニ之ヲ檢事ニ送致スヘシ<br>
前二項場合二於テ送致前ニ發シタル勾留状ハ送致後ニ於テモ其ノ效カヲ有ス
前項ノ勾留状ハ送致ヲ受ケタル官署五日內ニ豫審ヲ請求シ又ハ公訴ヲ提起セサルトキハ其ノ效力ヲ失フ<br>
<span id="a8">'''第八條''' 豫審判事ノ爲シタル免訴ノ決定確定シタルトキハ陸海軍ノ檢察官ハ新ナル事實又ハ證憑ヲ發見シタルトキニ非サレハ同一事件ニ付豫審ヲ請求シ又ハ公訴ヲ提起スルコトヲ得ス<br>
陸海軍ノ檢察官豫審ノ取調終了後不起訴處分ヲ爲シ又ハ豫審ノ請求ヲ取消シタルトキハ檢事ハ新ナル事實又ハ證憑ヲ發見シタルトキニ非サレハ同一事件ニ付公訴ヲ提起スルコトヲ得ス<br>
軍法會議公訴ノ取浩ニ因リ公訴棄却ノ決定ヲ爲シタルトキハ檢事ハ同一事件ニ付公訴ヲ提起スルコトヲ得ス<br>
<span id="a9">'''第九條''' 前條ノ規定違反シテ豫審ヲ請求シ又ハ公訴ヲ提起シタルトキハ豫審官又ハ軍法會議ハ豫審ノ請求ヲ却下シ又ハ判決ヲ以テ公訴棄却ノ言渡爲スヘシ<br>
<span id="a10">'''第十條''' 刑事訴訟法ニ依ル時效ノ中断ハ軍法會議ノ裁判権ニ属スル事件ニ付、陸軍軍法會議法又ハ海軍軍法會議法ニ依ル時效ノ中断ハ通常裁判所ノ裁判権ニ属スル事件ニ付其ノ效力ヲ有ス<br>
<span id="a11">'''第十一條''' 本法ハ陸海軍官憲ト朝鮮、臺灣、關東州ノ司法官憲其他ノ特別司法官憲問ニ於ケル刑事交渉事項及陸軍司法官憲ト海軍司法官憲トノ間ニ於ケル刑事交渉事項ニ付之ヲ準用ス<br>
<span id="a12">'''附則'''<br>
本法施行ノ期日ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム<br>
明治十八年第十二號布告ハ之ヲ廃止ス<br>
(参照) <br>
明治十八年五年二十九月交付第十二號布告ハ普通治罪法陸軍治罪法海軍治罪法交渉ノ件處分法ナリ
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<noinclude><pagequality level="1" user="Taketani31" /></noinclude>月刊楽譜 第15巻1号 1926
ベートーフエン以後の交響樂作家(五)
正司憲太郎
之は『月刊樂譜』の八月號から續いてゐるのでありまして、近代の作曲家であり指揮者であるヴアインガルトナーの名著『ベートーフエン以後の交響樂』を和譯したものであります。原著が有名な文獻であることは申すまでもありませんが、多くの國語に譯されてゐ乍ら、未だ和譯が行はれてゐませんでした。ここに篤學なる研究者である正司氏が特に『月刊樂譜』の爲めに之を飜譯下されたことは、日本の音樂界の爲めに喜ばしいことであります。交響樂又は類似の樂曲が盛に演奏される今日、私共は何かの『案内』を必要としてゐました。無責任極まる名曲解説の類がある外に、眞に哲學的とも云ふべき深刻な案内書は全くありませんでした。演奏者も、多くの場合には夢中でゐました。然し今や、私共の望んでゐた『案内』が日本文で書かれました。本文は飜譯でありますから、名指揮者たる著者の意見がそのまゝ私共に傳へられます。之は音樂の演奏者にも、鑑賞者にもその他實際家に必要であるばかりでなく、音樂史研究者にも、その他の理論家に缺くべからざる文獻でありますから、どうか御精讀の上で充分に御硏究下さいませ。以上記者申す。
主観的ロマン派の中、最初のもので、又最も古典的な特長を持つてゐるのはロパート・シユーマンであります。ーー客觀的な音樂的な音楽家で、そしてロマン的古典派のヴエーバーを除くとすれば、シューマンの個性は、實にメンデルスソーンと全く正反對のものでありました。一方では總てのものは外的にあるのですが、他方のものは總て霊から出て來るのです、又一方では若い時から自然に具わつてゐる熟練かありますが、他方では新しいもの、完全なものに向ふ絶間ない努力であつて、遂には憂鬱な運命が其聰明な智力をも捕へるに至つた程であります。シユーマンを初期に於ては、單にピアノ曲の作曲家として見ましう。彼は其作曲を美しい詩的た繪畵によつて築き上げたのであります、或時には、彼の若い時代に愛した人の名をテマとして、其にヴアリエーシヨンを作つた事もあります、あの色彩の豊なカーニヴアルの光景こそは、實に現代の最も優れたビアノ曲を生んだと云ふ事が出來るでしよう。ホフマンの幻想的な物語は「クライスレリアーナ」や嬰へ短調のソナタを作らせたのでした。「被の内なる二つの霊」の爲めには、フロレスタンとユーセビユースの二つの人格を代用して其れや是れの作品を一々に當てはめたのであります。其から、批評家や普集家の聯合開體に烈しく攻撃せられたので、彼は敷人の親しい友人とダヴイデイツ協會と云ふのを興しました、そして俗衆の蔭で盛に活躍したのです。さて、ピアノ曲<noinclude></noinclude>
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ベートーフエン以後の交響樂作家(五)
正司憲太郎
之は『月刊樂譜』の八月號から續いてゐるのでありまして、近代の作曲家であり指揮者であるヴアインガルトナーの名著『ベートーフエン以後の交響樂』を和譯したものであります。原著が有名な文獻であることは申すまでもありませんが、多くの國語に譯されてゐ乍ら、未だ和譯が行はれてゐませんでした。ここに篤學なる研究者である正司氏が特に『月刊樂譜』の爲めに之を飜譯下されたことは、日本の音樂界の爲めに喜ばしいことであります。交響樂又は類似の樂曲が盛に演奏される今日、私共は何かの『案内』を必要としてゐました。無責任極まる名曲解説の類がある外に、眞に哲學的とも云ふべき深刻な案内書は全くありませんでした。演奏者も、多くの場合には夢中でゐました。然し今や、私共の望んでゐた『案内』が日本文で書かれました。本文は飜譯でありますから、名指揮者たる著者の意見がそのまゝ私共に傳へられます。之は音樂の演奏者にも、鑑賞者にもその他實際家に必要であるばかりでなく、音樂史研究者にも、その他の理論家に缺くべからざる文獻でありますから、どうか御精讀の上で充分に御硏究下さいませ。以上記者申す。
主観的ロマン派の中、最初のもので、又最も古典的な特長を持つてゐるのはロパート・シユーマンであります。ーー客觀的な音樂的な音楽家で、そしてロマン的古典派のヴエーバーを除くとすれば、シューマンの個性は、實にメンデルスソーンと全く正反對のものでありました。一方では總てのものは外的にあるのですが、他方のものは總て霊から出て來るのです、又一方では若い時から自然に具わつてゐる熟練かありますが、他方では新しいもの、完全なものに向ふ絶間ない努力であつて、遂には憂鬱な運命が其聰明な智力をも捕へるに至つた程であります。シユーマンを初期に於ては、單にピアノ曲の作曲家として見ましう。彼は其作曲を美しい詩的た繪畵によつて築き上げたのであります、或時には、彼の若い時代に愛した人の名をテマとして、其にヴアリエーシヨンを作つた事もあります、あの色彩の豊なカーニヴアルの光景こそは、實に現代の最も優れたビアノ曲を生んだと云ふ事が出來るでしよう。ホフマンの幻想的な物語は「クライスレリアーナ」や嬰へ短調のソナタを作らせたのでした。「被の内なる二つの霊」の爲めには、フロレスタンとユーセビユースの二つの人格を代用して其れや是れの作品を一々に當てはめたのであります。其から、批評家や普集家の聯合開體に烈しく攻撃せられたので、彼は敷人の親しい友人とダヴイデイツ協會と云ふのを興しました、そして俗衆の蔭で盛に活躍したのです。さて、ピアノ曲<noinclude></noinclude>
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<noinclude><pagequality level="3" user="Taketani31" /></noinclude>月刊楽譜 第15巻1号 1926
ベートーフエン以後の交響樂作家(五)
正司憲太郎
<div style="border: 1px solid #aaa; padding: 10px; margin: 1em 0; background-color: #f9f9f9;"> 之は『月刊樂譜』の八月號から續いてゐるのでありまして、近代の作曲家であり指揮者であるヴアインガルトナーの名著『ベートーフエン以後の交響樂』を和譯したものであります。原著が有名な文獻であることは申すまでもありませんが、多くの國語に譯されてゐ乍ら、未だ和譯が行はれてゐませんでした。ここに篤學なる研究者である正司氏が特に『月刊樂譜』の爲めに之を飜譯下されたことは、日本の音樂界の爲めに喜ばしいことであります。交響樂又は類似の樂曲が盛に演奏される今日、私共は何かの『案内』を必要としてゐました。無責任極まる名曲解説の類がある外に、眞に哲學的とも云ふべき深刻な案内書は全くありませんでした。演奏者も、多くの場合には夢中でゐました。然し今や、私共の望んでゐた『案内』が日本文で書かれました。本文は飜譯でありますから、名指揮者たる著者の意見がそのまゝ私共に傳へられます。之は音樂の演奏者にも、鑑賞者にもその他實際家に必要であるばかりでなく、音樂史研究者にも、その他の理論家に缺くべからざる文獻でありますから、どうか御精讀の上で充分に御硏究下さいませ。以上記者申す。</div>
主観的ロマン派の中、最初のもので、又最も古典的な特長を持つてゐるのはロパート・シユーマンであります。ーー客觀的な音樂的な音楽家で、そしてロマン的古典派のヴエーバーを除くとすれば、シューマンの個性は、實にメンデルスソーンと全く正反對のものでありました。一方では總てのものは外的にあるのですが、他方のものは總て霊から出て來るのです、又一方では若い時から自然に具わつてゐる熟練かありますが、他方では新しいもの、完全なものに向ふ絶間ない努力であつて、遂には憂鬱な運命が其聰明な智力をも捕へるに至つた程であります。シユーマンを初期に於ては、單にピアノ曲の作曲家として見ましう。彼は其作曲を美しい詩的た繪畵によつて築き上げたのであります、或時には、彼の若い時代に愛した人の名をテマとして、其にヴアリエーシヨンを作つた事もあります、あの色彩の豊なカーニヴアルの光景こそは、實に現代の最も優れたビアノ曲を生んだと云ふ事が出來るでしよう。ホフマンの幻想的な物語は「クライスレリアーナ」や嬰へ短調のソナタを作らせたのでした。「被の内なる二つの霊」の爲めには、フロレスタンとユーセビユースの二つの人格を代用して其れや是れの作品を一々に當てはめたのであります。其から、批評家や普集家の聯合開體に烈しく攻撃せられたので、彼は敷人の親しい友人とダヴイデイツ協會と云ふのを興しました、そして俗衆の蔭で盛に活躍したのです。さて、ピアノ曲<noinclude></noinclude>
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|巻号=第15巻1号
|著者=フェリックス・ワインガルトナー
|訳者=正司憲太郎
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/* 未校正 */ ページの作成:「の作曲家としての彼はピアノの詩人と云つても好いでしよう、そして彼は名人としてふさわしい眞純さを持つてゐました、卽彼は彼自身である事に滿足して、生れつき持つてゐるものより以上のものに成らうとする過分な欲望を持つてゐなかつたのです。そして之等のピアノ曲は新しい大膽な感じや樂想を表現してゐます、今日でも彼の豊な幻想を…」
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<noinclude><pagequality level="1" user="Taketani31" /></noinclude>の作曲家としての彼はピアノの詩人と云つても好いでしよう、そして彼は名人としてふさわしい眞純さを持つてゐました、卽彼は彼自身である事に滿足して、生れつき持つてゐるものより以上のものに成らうとする過分な欲望を持つてゐなかつたのです。そして之等のピアノ曲は新しい大膽な感じや樂想を表現してゐます、今日でも彼の豊な幻想を非常に愉快に受け入れる事が出來るのであります。彼のピアノの扱ひ方は又全く獨特のものであります、そして普通のものとは異つたものであつて、其樂器の精神や樂想とよく一致してゐます。
シユーマンがシンフオニーの樣な大きな形式に向ひ出したのは三十一才の時からでした。總ての創作はまるで遊び事の樣に思われる程、音楽のあらゆる部門に亙って才能に惠まれたメンデルスゾーンの華な姿は、若いシーマンの目には早くから理想として寫つてゐたのです、そして此若い作曲家の生活と境遇に少からぬ影響を與へたのでしたが、其影響は不幸にして彼にとつてよいものではなかつたのであります。彼はメンデルスゾーンの様な完成の域に達しよらとして其後を追ふ様劣力したのでありますがーー卽古典的にならうとする事だとも云へるでしよう。ーー其が爲めに彼の本來の性質が或程度まで損われて、其上到底手本に及ばなかつたのであります。そして云はゞ木に竹を繼いだ樣に、全く彼の性質に縁のない異種の成分が彼に加わつて來たのですーー卽彼が無駄な努力しながら到達しようと試みたメンデルスゾール式の完成ですーーそして、其後、此異種の成分は、以前には彼の中にあつて、私達を魅し去つた自然な性質や生々した性質を彼の作品から奪ひ去つたのであります。
之等の自然に與へられた天分は、少さな形式では非常に立派な効果を生んだのでありますが、大きな形式のものては全く破壞されて居ります。そして樂想は少しも豊富ではなく、反對に非常に貧弱な陳腐なものになつて居ります、其上彼は彼自身の持つてゐるものより以上のものを作らうと欲する様になつたのであります。其にも拘らず、彼の境涯の第二期に於ては彼の創作は驚くばかり多く且つ多種のものに互つて居ります。そして、彼が手を付けなかつた形式は殆どないと云つてよい位であります。
彼は思想的に非常に自由な傾向を持つてゐましたから聖書によつてオラトリオを作曲すると云ふ考を大變嫌つてゐました、それで題材としてはゲーテの「フウウスト」の様な非宗教的な詩を選びました、そして其作品はオペラとオラトリオの中間的のものでありました。彼は又多くのリードを作りました、其等の多くは最も秀れたものゝ中に數へられてゐます、其外にコンチエルトや各種の室内樂其から樂劇とオペラを作つてゐます、そして其に付け加へる必要もありますまいが数曲のシンフォニーもあります。
さて、私はシユーマンのシンフオニーを彼らの作品の重要なもるゝ中に數へて居ないと云ふ事を自白するのでありますが、異端者と思うわれる事は覺悟してゐます。
彼のピアノ曲に於ける特長は、少さくても、非常に表情に富んだテーマを作る事であります。然るに彼のシンフオニーでは、多く温い。美しい情緒から湧出るにも拘らず、此小さなテーマに及ばないのです。
若し貴君達が彼の管絃樂曲を細部に互つて研究せられたならば、彼は彼の音樂の言葉の筋を運ぶが爲めに、別々な小節を反復してゐて、そして之はテーマが餘りに小さ過ざる爲めであると云ふ事を氣付かれるでしよう。尚極端なものになると、テマは此様な反復ばか<noinclude></noinclude>
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<noinclude><pagequality level="3" user="Taketani31" /></noinclude>の作曲家としての彼はピアノの詩人と云つても好いでしよう、そして彼は名人としてふさわしい眞純さを持つてゐました、卽彼は彼自身である事に滿足して、生れつき持つてゐるものより以上のものに成らうとする過分な欲望を持つてゐなかつたのです。そして之等のピアノ曲は新しい大膽な感じや樂想を表現してゐます、今日でも彼の豊な幻想を非常に愉快に受け入れる事が出來るのであります。彼のピアノの扱ひ方は又全く獨特のものであります、そして普通のものとは異つたものであつて、其樂器の精神や樂想とよく一致してゐます。
シユーマンがシンフオニーの樣な大きな形式に向ひ出したのは三十一才の時からでした。總ての創作はまるで遊び事の樣に思われる程、音楽のあらゆる部門に亙って才能に惠まれたメンデルスゾーンの華な姿は、若いシーマンの目には早くから理想として寫つてゐたのです、そして此若い作曲家の生活と境遇に少からぬ影響を與へたのでしたが、其影響は不幸にして彼にとつてよいものではなかつたのであります。彼はメンデルスゾーンの様な完成の域に達しよらとして其後を追ふ様劣力したのでありますがーー卽古典的にならうとする事だとも云へるでしよう。ーー其が爲めに彼の本來の性質が或程度まで損われて、其上到底手本に及ばなかつたのであります。そして云はゞ木に竹を繼いだ樣に、全く彼の性質に縁のない異種の成分が彼に加わつて來たのですーー卽彼が無駄な努力しながら到達しようと試みたメンデルスゾール式の完成ですーーそして、其後、此異種の成分は、以前には彼の中にあつて、私達を魅し去つた自然な性質や生々した性質を彼の作品から奪ひ去つたのであります。
之等の自然に與へられた天分は、少さな形式では非常に立派な効果を生んだのでありますが、大きな形式のものては全く破壞されて居ります。そして樂想は少しも豊富ではなく、反對に非常に貧弱な陳腐なものになつて居ります、其上彼は彼自身の持つてゐるものより以上のものを作らうと欲する様になつたのであります。其にも拘らず、彼の境涯の第二期に於ては彼の創作は驚くばかり多く且つ多種のものに互つて居ります。そして、彼が手を付けなかつた形式は殆どないと云つてよい位であります。
彼は思想的に非常に自由な傾向を持つてゐましたから聖書によつてオラトリオを作曲すると云ふ考を大變嫌つてゐました、それで題材としてはゲーテの「フウウスト」の様な非宗教的な詩を選びました、そして其作品はオペラとオラトリオの中間的のものでありました。彼は又多くのリードを作りました、其等の多くは最も秀れたものゝ中に數へられてゐます、其外にコンチエルトや各種の室内樂其から樂劇とオペラを作つてゐます、そして其に付け加へる必要もありますまいが数曲のシンフォニーもあります。
さて、私はシユーマンのシンフオニーを彼らの作品の重要なもるゝ中に數へて居ないと云ふ事を自白するのでありますが、異端者と思うわれる事は覺悟してゐます。
彼のピアノ曲に於ける特長は、少さくても、非常に表情に富んだテーマを作る事であります。然るに彼のシンフオニーでは、多く温い。美しい情緒から湧出るにも拘らず、此小さなテーマに及ばないのです。
若し貴君達が彼の管絃樂曲を細部に互つて研究せられたならば、彼は彼の音樂の言葉の筋を運ぶが爲めに、別々な小節を反復してゐて、そして之はテーマが餘りに小さ過ざる爲めであると云ふ事を氣付かれるでしよう。尚極端なものになると、テマは此様な反復ばか<noinclude></noinclude>
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/* 未校正 */ ページの作成:「りで組立てられてゐる事すら屢々あります。こう云ふ調音的反復は自然に節奏的でありますが、之等の爲に、彼の大きな管絃樂曲は直に單調になつて居ます。 尚貴君達はベートーフエンの第五シンフオーニーのテーマはシユーマンのに比して遙に小さいではないかと答へられるでしよう、併し此二つの間には次の樣な根本的の相違があります、卽…」
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<noinclude><pagequality level="1" user="Taketani31" /></noinclude>りで組立てられてゐる事すら屢々あります。こう云ふ調音的反復は自然に節奏的でありますが、之等の爲に、彼の大きな管絃樂曲は直に單調になつて居ます。
尚貴君達はベートーフエンの第五シンフオーニーのテーマはシユーマンのに比して遙に小さいではないかと答へられるでしよう、併し此二つの間には次の樣な根本的の相違があります、卽ちベートーフエンは四ケの音符の主題を二回現はした後は、オーガンポイントの上に、第一ヴアイオリンであのスツキリしたメロデイを奏せしめて、副主題の初め(變口調のホルンが入る處までテーマを變イーーへと反復せしめる様に取扱つてゐます、そしてテーマは單にメロデイによつて節奏的な鎖の環として用ひられてゐるばかりであります、だから、云はゞ其を延長する必要がないわけです。然るにシユーマンに於ては其構造が、テーマの反復と有機的な全體から見て何の存在の理由もない章句を用ひる事によつて、外觀上安程に支持されてゐるのです。
シユーマンの此弱點は、彼のシンフオニーの喧騒なばかりで、平凡な、第一樂章と終曲に於て殊に明に認められます、只變口長調のものは大して重要なものではないが、其主な主題が大變優美であつて、此例外であります。それから、私達はシユーマンのシンフオニーの終りは何時も不幸な感じを起させるのは何故だらうかと、自然に、考へるのです。然るにベートーフエンのシンフオニーでは決して此樣な事はありません。此理由は、私はベートーフエンの音樂では幸福な感じが心理的必然性から起るので、第五や第九ジンフオニーに於ける樣に悲みが既に征服せられたが爲め、或は其他第七シンフオニーに於ける樣に、其作品の中に含まれてゐる爲めだと考へられます。
シユーマンの作品では、ベートーフエンの樣な壯麗な偉大なアダジヨはなくて、優美なインタメツオがありますが、之はオーケストラよりも遙にピアノルにふさわしいものです。
槪して云へば、シユーマンのシンフオニーは上手に演奏せられたならば、コンサートの舞臺よりもビアノ二部の方が一層効果があります。此理由は、シユーマンの最も熱狂的な讃美者でも認めざるを得ない、彼のオーケストラの取扱法に関する無知にするのであります。彼は殆ど何時も、全部隊を使つてゐて、各樂器の個性である音色によつて、樂器の色々な群を組合せると云ふ事を殆しないのでした。其から、彼は又馬鹿々しい程技術が拙くて、種々な樂器のパートを重復せしめる事になつて音の力を出し充實させる事が出來る樣に考へてゐたのです。之が爲に、彼の書いた通りに演奏すると、其管絃樂法はどうも重厚な感じがして、くすんだものになります。其れで、オーケストラは何も纒つた感じを表現する事が出來ないのです、そして表情あるピアニツシーモや眞に力强いフオルテを演出する事が不可能であります。
私は指揮者としての立場から見ると、シユーマンのシンフオニーを演奏しようとする場合は其研宛が困難で、其上度々の練習を要する等非常に苦心の大きな割合に比して其結果が其程ではなく、其で私は何時も、私が愛を求めなから遂に得られなかつた人に對すると同じ様な感に打たれるでのあります。此惰氣に滿ちた樂器の一團からは、何の美も何の光も現われて来ないのです、然るにメンデルスゾーンの一寸した曲でも演奏すれば忽ち美しく變わつてしまうではありませんか。
シユーマンのシンフオニーはピアノの爲に作られたかの様であります、そしてーーマア何と云ふ下手なーーオーケストラに編曲した<noinclude></noinclude>
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Taketani31
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<noinclude><pagequality level="3" user="Taketani31" /></noinclude>りで組立てられてゐる事すら屢々あります。こう云ふ調音的反復は自然に節奏的でありますが、之等の爲に、彼の大きな管絃樂曲は直に單調になつて居ます。
尚貴君達はベートーフエンの第五シンフオーニーのテーマはシユーマンのに比して遙に小さいではないかと答へられるでしよう、併し此二つの間には次の樣な根本的の相違があります、卽ちベートーフエンは四ケの音符の主題を二回現はした後は、オーガンポイントの上に、第一ヴアイオリンであのスツキリしたメロデイを奏せしめて、副主題の初め(變口調のホルンが入る處までテーマを變イーーへと反復せしめる様に取扱つてゐます、そしてテーマは單にメロデイによつて節奏的な鎖の環として用ひられてゐるばかりであります、だから、云はゞ其を延長する必要がないわけです。然るにシユーマンに於ては其構造が、テーマの反復と有機的な全體から見て何の存在の理由もない章句を用ひる事によつて、外觀上安程に支持されてゐるのです。
シユーマンの此弱點は、彼のシンフオニーの喧騒なばかりで、平凡な、第一樂章と終曲に於て殊に明に認められます、只變口長調のものは大して重要なものではないが、其主な主題が大變優美であつて、此例外であります。それから、私達はシユーマンのシンフオニーの終りは何時も不幸な感じを起させるのは何故だらうかと、自然に、考へるのです。然るにベートーフエンのシンフオニーでは決して此樣な事はありません。此理由は、私はベートーフエンの音樂では幸福な感じが心理的必然性から起るので、第五や第九ジンフオニーに於ける樣に悲みが既に征服せられたが爲め、或は其他第七シンフオニーに於ける樣に、其作品の中に含まれてゐる爲めだと考へられます。
シユーマンの作品では、ベートーフエンの樣な壯麗な偉大なアダジヨはなくて、優美なインタメツオがありますが、之はオーケストラよりも遙にピアノルにふさわしいものです。
槪して云へば、シユーマンのシンフオニーは上手に演奏せられたならば、コンサートの舞臺よりもビアノ二部の方が一層効果があります。此理由は、シユーマンの最も熱狂的な讃美者でも認めざるを得ない、彼のオーケストラの取扱法に関する無知にするのであります。彼は殆ど何時も、全部隊を使つてゐて、各樂器の個性である音色によつて、樂器の色々な群を組合せると云ふ事を殆しないのでした。其から、彼は又馬鹿々しい程技術が拙くて、種々な樂器のパートを重復せしめる事になつて音の力を出し充實させる事が出來る樣に考へてゐたのです。之が爲に、彼の書いた通りに演奏すると、其管絃樂法はどうも重厚な感じがして、くすんだものになります。其れで、オーケストラは何も纒つた感じを表現する事が出來ないのです、そして表情あるピアニツシーモや眞に力强いフオルテを演出する事が不可能であります。
私は指揮者としての立場から見ると、シユーマンのシンフオニーを演奏しようとする場合は其研宛が困難で、其上度々の練習を要する等非常に苦心の大きな割合に比して其結果が其程ではなく、其で私は何時も、私が愛を求めなから遂に得られなかつた人に對すると同じ様な感に打たれるでのあります。此惰氣に滿ちた樂器の一團からは、何の美も何の光も現われて来ないのです、然るにメンデルスゾーンの一寸した曲でも演奏すれば忽ち美しく變わつてしまうではありませんか。
シユーマンのシンフオニーはピアノの爲に作られたかの様であります、そしてーーマア何と云ふ下手なーーオーケストラに編曲した<noinclude></noinclude>
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Taketani31
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<noinclude><pagequality level="3" user="Taketani31" /></noinclude>ものゝ様です。勿論其等のシンフオニーには彼の若い時代を思わせる様な天才の閃きや美しくそして霊を衡く(霊が働いてんるから)樣な所もあります、例へば變ロ長調シンフオニーの序の様に立派な効果あるものです。其に次く第一樂章は例の劃一的な節奏と退加な反復に陥つてゐます。中央の樂章は、全々無意味でそしてシユーマンのシンフオニー作曲の弱點を遺憾なく曝露してゐるあのスケルツオのトリオを除けば、第一樂章よりは、價値があります。シユーマンのシンフオニーの中で最も善い樂器は、私の考では、ハ長調シフオニーのアダジヨ・エスプレツシーヴオです、共處のヴアイオリンは恰も天國へ昇るかの様です、尤も間もなく再び地上に歸つていますが。
さて、シユーマンはバイロンの詩による。「マンフレツド」の音樂に於ける樣に、彼の天才の趣くまゝに其詩的衝動に從つて行くときは全く別人の観を呈します。此曲では、古曲的にならうと云ふ望が現われずに、彼は全く彼自身、即神秘や超自然的のものに霊感を得るロマンチツクで、空想的な人であつたのであります。実際に於て、彼の性質と題材の共鳴は、彼をして古典的と稱せらるゝ価値のある作品を作らしめたのです。此比類ない、華やかな、そして管絃樂法の優れた「マンフレシド」の大序曲は、彼の管絃樂曲内で、ピアノ曲と同様の高さに置かれるべき價値を持つた唯一のものであります。「マンフレツド」の音樂の他の部分は、メロドラマの様に藝術的な價値のものも大天才が作曲を企てたならば、場合によつては、表現的効果があると云ふ事を示してゐます。私は殊に「アスタートの念呪」を指し示し度いと思ひます。
此場面は俳優とオーケストラがよく出來たならば、其表現に於ては是れ以上望む處がない位です、又「フイデイオ」や「フライシユーツ」に於て音楽に対話が付加されねばならぬ様に思ふと同様又其以上、人々は此場合マンフレツドが歌を唱わないのでよいと思つてゐるのです。
私は此處て、此頃再び甦つて、ヴアグナー派によつて用ひられシ支持されてゐるメロドラマを擁護しようと思ふわけではありませんが、しかし、此「アスタートの念呪」をメロドラマであるが爲め無價値だとするのは笑ふべき事だと思ひます。
批評家と云ふものが、前よりも一層藝術の作品を虐待して、そして所謂藝術の原則ーー獨逸では偏見と云はれてゐるがーー多くはヴアグナーの文章の誤解と早合點から起つてゐるのであるが、一般に藝術家の頭を支配して、彼等の自由な創造力を阻んでゐる現代に於て、私は彼等藝術家に、彼等
(次頁に続く)<noinclude></noinclude>
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ベートーフェン以後の交響楽作者(5)
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2026-08-06T22:14:18Z
Taketani31
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ページの作成:「<pages index="ベートーフェン以後の交響楽作者(5).djvu" from=1 to=4 /> * '''原本資料(Wikimedia Commons)''':[[File:ベートーフェン以後の交響楽作者(5).djvu]]|thumb|月刊楽譜 15(1) 1926年ベートーフェン以後の交響楽作者(5)正司憲太郎]]」
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* '''原本資料(Wikimedia Commons)''':[[File:ベートーフェン以後の交響楽作者(5).djvu]]|thumb|月刊楽譜 15(1) 1926年ベートーフェン以後の交響楽作者(5)正司憲太郎]]
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思想犯保護観察法 (昭和11年法律第29号)
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2026-08-07T11:51:19Z
Yoguruto0689
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ページの作成:「{{Header |title=思想犯保護観察法 |year=1936 |notes= *昭和11年法律第29号 *底本:{{NDLJP|1459894}} *常用漢字表記:'''思想犯保護観察法''' }} 朕帝國議會ノ協賛ヲ經タル刑事交渉法ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム {{御名御璽}} <div style="margin-left:2em;">昭和十一年五月二十八日</div> <div style="text-align:right;">[[:w:内閣總理大臣|内閣總理大臣]] [[:w: 廣田弘毅|廣田 弘毅]]</div>…」
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<div style="text-align:right;">[[:w:内閣總理大臣|内閣總理大臣]] [[:w: 廣田弘毅|廣田 弘毅]]</div>
<div style="text-align:right;">[[:w:司法大臣|司法大臣]] [[:w:林頼三郎|林頼 三郎]]</div>
法律第二十九號
思想犯保護観察法
<span id="a1">'''第一條'''</span> 治安維持法ノ罪ヲ犯シタル者ニ對シ刑ノ執行猶豫ノ言渡アリタル場合又ハ訴追ヲ必要トセザル爲公訴提起セザル場合ニ於テハ保護觀察審査會ノ決議ニ依リ本人ヲ保護觀察ニ付スルコトヲ得本人刑ノ執行ヲ終リ又ハ假出獄ラ許サレタル 場合亦同ジ<br>
<span id="a2">'''第二條'''</span> 保護觀察於テハ本人ヲ保護シテ更ニ罪犯スノ危檢ヲ防止スル爲其ノ思想及行動ヲ観察スルモノトス<br>
<span id="a3">'''第三條'''</span> 保護觀察ハ本人ヲ保護觀察所ノ保謙司觀察ニ付シ又ハ保護者に引渡シ若ハ保護團體、寺院、教會、病院其ノ他適當ナル者ニ委託シテ之ヲ爲ス<br>
<span id="a4">'''第四條'''</span> 保護觀察ニ付セラレタル者ニ對シテハ居住、交友又ハ通信ノ制限其ノ他適當ナル條件ノ遵守ヲ命ズルコトヲ得<br>
<span id="a5">'''第五條'''</span> 保護觀察ノ期間ハ二年トス特ニ繼續必要アル場合ニ於テ保護觀察審査會ノ決議ニ依リ之ヲ更新スルコトヲ得<br>
<span id="a6">'''第六條'''</span> 第一條ニ定ムル事由ノ生ジタル場合ニ於テ必要アルトキハ本人ニ對シ保護觀察審査會ノ決議前假ニ第三條ノ處分ヲ爲スコトヲ得<br>
<span id="a7">'''第七條'''</span> 第三條又ハ第四條ノ處分ハ其ノ執行中何時ニテモ之ヲ取消シ又ハ變更スルコトヲ得前條ノ處分ニ付亦同ジ<br>
<span id="a8">'''第八條'''</span> 保護觀察所ハ必要アルトキハ保護司ヲシテ本人ヲ同行セシムルコトヲ得<br>
<span id="a9">'''第九條'''</span> 保護觀察所及保護司ハ其ノ職務ヲ行フニ付公務所又ハ公務員ニ對シ囑託ヲ爲シ其ノ他必要ナル補助ヲ求ムルコトヲ得<br>
<span id="a10">'''第十條'''</span> 本人ヲ保護團體、寺院、敎會、病院又ハ適當ナル者ニ委託シタルトキハ委託ヲ受ケタル者ニ對シ之ニ因リテ生ジタル費用ノ全部又ハ一部ヲ給付スルコトヲ得<br>
<span id="a11">'''第十一條'''</span> 前條ノ費用ハ保護觀察所ノ命令ニ依リ本人又ハ本人ヲ扶養スル義務アル者ヨリ其ノ全部又ハ一部ヲ徵收スルコトヲ得此ノ命令ニ付テハ非訟事件手續法第二百八條ノ規定ヲ準用ス<br>
前項ノ命令ニ不服アル者ハ命令ノ告知ヲ受ケタル日ヨリ一月內ニ通常裁判所ニ出訴スルコトヲ得此ノ出訴ハ執行停止ノ效力ヲ有セズ<br>
<span id="a12">'''第十二條'''</span> 少年ニシテ治安維持法ノ罪ヲ犯シタル者ニハ少年法ノ保護處分ニ關スル規定ヲ適用セズ<br>
<span id="a13">'''第十三條'''</span> 本法ハ陸軍刑法第八條、第九條及海軍刑法第八條、第九條ニ揭グル者ニハ之ヲ適用セズ<br>
<span id="a14">'''第十四條'''</span> 保護觀察所及保護觀察審査會ノ組織及權限竝ニ保護觀察ノ實行ニ關シ必要ナル事項ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム<br>
<span id="a10">'''附則'''<br>
本法施行ノ期日ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム<br>
本法ハ本法施行前ニ第一條ニ定ムル事由ノ生ジタル場合ニモ亦之ヲ適用ス
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