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半七捕物帳 第四巻/熊の死骸
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| title = 『[[半七捕物帳]]』(はんしちとりものちょう)
|section= 第四巻/熊の死骸
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|author=岡本綺堂
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*底本:1999年10月10日春陽堂書店発行『半七捕物帳第四巻』
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[[Category:半七捕物帳|410]]
[[Category:岡本綺堂]]
}}
== 熊の死骸 ==
=== 一 ===
:神信心という話の出たときに、半七老人は云った。
:「むかしの岡っ引などというものは、みんな神まいりや仏まいりをしたものです。上(かみ)の御用とは云いながら、大勢の人間に縄をかけては後生(ごしょう)が思われる。それで少しでも暇(ひま)があれば、神仏へ参詣する。勿論それに相違ないのですが、二つにはそれもやっぱり商売の種で、何かのことを聞き出すために、諸人の寄りあつまる所へ努めて顔出しをしていたのです。わたくしなどもそのお仲間で、年を取った今日(こんにち)よりも却(かえ)って若いときの方が信心参りをしたものです。いや、その信心に関係のあることではないのですが、弘化(こうか)二年正月の二十四日、きょうは亀戸(かめいど)の鷽替(うそかえ)だというので、午(ひる)少し前から神田三河町の家(うち)を出て、亀戸の天神様へおまいりに出かけました。そうすると、昼の八ツ(午後二時)過ぎに、青山(あおやま)の権太原(ごんだわら)――今はいつの間にか権田原という字に変っているようです――の武家屋敷から火事が始まったんです。この日は朝から強い北風で、江戸じゅうの砂や小砂利を一度に吹き飛ばすと云うような物騒な日に、あいにくとまた紅い風が吹き出したのだから堪まりません。忽(たちま)ちそれからそれへと燃えひろがる始末。しかし初めのうちは亀戸の方でもよくは判らず、どこか山の手の方角に火事があるそうだくらいの噂󠄀だったのですが、ともかくもこの大風に燃えだした火はなかなか容易に鎮まる気づかいはないと思ったので、亀戸からすぐに引っ返して来たのは夕七ツ半(午後五時)を過ぎた頃でしたが、もうその頃には青山から麻布(あざぶ)の空が真紅(まっか)になっていました。三田(みた)の魚籃(ぎょらん)の近所に知りびとがあるので、丁度そこに居あわせた松吉(まつきち)という子分をつれて、すぐにまた芝の方面へ急いで行くと、ここに一つの事件が出来(しゅったい)したんです」
:前にも云う通り、この火事は青山の権太原から始まって、その近所一円を焼き払った上に、更に麻布に飛んで一本松(いっぽんまつ)から鳥居坂(とりいざか)、六本木(ろっぽんぎ)、龍土(りゅうど)の辺を焼き尽して、芝の三田から二本榎(にほんえのき)、伊皿子(いさらぎ)、高輪まで燃えぬけて、夜の戌(いぬ)の刻(こく)(午後八時)を過ぎる頃にようよう鎮まった。今日(こんにち)の時間にすれば僅かに六時間くらいのことであったが、何分にも火の足がはやかったので、焼亡の町数は百二十六カ町という大火になってしまって、半七が三田へ駈けつけた頃には、知りびとの家はもう疾(と)うに灰になっていて、その立退(たちの)き先も知れないという始末であるので、江戸の火事に馴れ切っている彼も呆気(あっけ)に取られた。
:「馬鹿に火の手が早く廻ったな。やい、松。これじゃあしようがねえ。今度は高輪へ行け」
:「伊豆屋(いずや)へ見舞に行くんですか」と、松吉は云った。
:「この分じゃあ見舞の挨拶(あいさつ)ぐらいじゃ済むめえ。火の粉をかぶって働かなけりゃあなるめえよ」
:高輪の伊豆屋弥平(やへい)はおなじ仲間であるから、半七はそこへ見舞にゆく積りで、更に高輪の方角へ抜けてゆくと、日はもうすっかり暮れ切って、暗やみの空の下に真っ紅な火の海が一面にごうごうと湧きあがっていた。ふたりは濡れ手拭に顔をつつんで、尻端折(しりばしょ)りの足袋はだしで、ともかくも高輪の大通りまで出て来たが、もうその先はひと足も進むことが出来なくなった。
:なにぶんにも風の勢いが強いので、飛火(とびひ)はそれからそれへと燃えひろがって、うしろが焼けていたかと思ううちに、二、三町先がもういつの間にか燃えているので、前後をつつまれて逃げ場をうしなった類焼者は、風と火に追いやられて海辺の方へよんどころなく逃げあつまると、その頭の上には火の粉が容赦なく振りかかって来るので、ここでも逃げ惑って海のなかへ転げ落ちたものが幾百人と伝えられている。
:こうした怖ろしい阿鼻叫喚(あびきょうかん)のまん中へ飛び込んだふたりは、いくら物馴れていてもさすがに面喰らって、先へも行かれなくなった。うっかりしていれば自分らの眉へも火が付きそうなので、ふたりは火の粉の雨をくぐりながら、互いの名を呼んだ。
:「松。気をつけろよ」
:「親分。とてもいけませんぜ。伊豆屋まで行き着くのは命懸けだ。第一、これから行ったって間に合いませんぜ」
:「そうかも知れねえ」と、半七も云った。「間に合っても合わねえでも、折角来たもんだから、ともかくもそこまで行き着きてえと思っているんだが、どうもむずかしそうだな」
:「怪我でもすると詰まらねえ。もういい加減にしましょうよ。伊豆屋の見舞なら、これから家(うち)へ引っ返して握り飯の支度でもさせた方がようござんす。どうせ消(し)めった後(あと)でなけえりゃあ行かれやしません」
:そう云ううちにも、'''なだれ'''を打って逃げ迷ってくる半狂乱の人びとに押されて揉まれて、二人も幾たびか突き顚(こか)されそうになった。火は大通りまで燃え出して、その熱い息が二人を蒸して来たので、半七ももう諦めるよりほかはなかった。
:「じゃあ、松。もう帰ろうよ」
:「帰りましょう」と、松吉もすぐに同意した。「ぐずぐずしていて烟(けむ)にまかれでもした日にゃあ助からねえ」
:ふたりは方向を換えようとして本芝(ほんしば)の方へ振り向く途端に、わっという叫びがまた俄かに激しくなって、逃げ惑う人なだれが二人を押し倒すように頽(くず)れて来た。
:「親分。あぶのうがすぜ」
:「てめえもしっかりしろ」
:群衆に揉まれて、ふたりは四、五間も押し戻されたかと思うとき、大きい獣(けもの)が自分たちのそばに来ていることを発見した。昼よりも紅い火に照らされて、混雑の中でその正体がすぐに判った。それは大きい熊であった。どこから飛び出して来たのか知らないが、かれもおそらくこの火に追われて、人間と一緒に逃げ場をさがしているのであろう。しかし人間に取っては怖ろしい道連れであるので、猛火に焼かれようとして逃げ惑っている人たちは、更にこの猛獣の出現におびやかされた。むかしの合戦に火牛(かぎゅう)の計略を用いたとか云うことを軍書や軍談で知っているが、いま眼(ま)のあたりに火の粉をあびた荒熊の哮(たけ)り狂っている姿を見せられた時には、どの人も異常の恐怖に襲われて、悲鳴をあげながら逃げ迷った。
:熊もいたずらに人を脅(おびや)かすために出て来たのではない。火を恐るるかれはほとんど死物狂(しにものぐる)いの勢いで、どこからか逃げ出して来たらしく、もちろん人に咬(か)みつく余裕はなかったが、それでも時どきに起(た)ちあがって、自分のゆく先の邪魔になる人びとをその強い手で殴(はた)き倒した。殴かれた者はもう起きることが出来ないで、あとから駈けて来る者にむごたらしく踏みにじられた。火事場の混雑はこの猛獣の出現のために、更に一層の恐怖と混雑とを加えた。
:「危(あぶ)ねえ、あぶねえ」と、半七は誰に注意するともなしに思わず叫んだ。
:「危ねえ、あぶねえ。熊だ、熊だ」と、松吉も一緒にわめいた。
:「熊だ、熊だ」と、大勢も逃げながら叫んだ。
:丁度そのときに十七八の若い娘が下女(げじょ)らしい女に手をひかれながら、混雑のなかをくぐりぬけて来て、どううろたえたか恰(ああたか)もかの熊のゆく先に迷って出たので、怒れる熊は人のように突っ立ちあがって、邪魔になる其の娘を引っ摑(つか)もうとした。その危うい一刹那に、ひとりの若い男が横合いから転(ころ)がるように飛び出して来て、いきなり熊の胴腹へ組み付いた。彼は幾らかの心得があるとみえて、自分の頭を熊の月輪(つきのわ)のあたりにしっかり押付けて、両手で熊の前足を摑んでひまった。しかも熊の強い力で振り飛ばされては堪まらない。彼は大地に手ひどく叩き付けられた。
:それは実に一瞬間の出来事であったが、彼が身を楯にして熊をさえぎっているひまに、娘も下女も危難を逃れた。そればかりでなく、熊は何物にか真向(まっこう)を斬られた。つづいてその急所という月輪を斬られた。それは二人の武士の仕業(しわざ)で、いずれも刀を抜きひらめかしていた。かれらは熊の斃(たお)れたのを見とどけて、そのまま何処へか立退いてしまった。
:「このふたりは西国の或る藩中の父子(おやこ)連れだそうです」と、半七はここで註を入れた。「後(のち)にそのことが聞えたので、殿様からご褒美が出たと云います。なんという人たちだか、その名は伝わっていませんが、永代橋(えいだいばし)の落ちた時に刀を抜いて振りまわしたのと同じようなな手柄ですね」
=== 二 ===
:熊は殺されてしまったが、それを遮(さえぎ)ろうとした彼(か)の若い男はそこに倒れたままで、なかなか起きあがりそうにも見えなかった。打っちゃって置けば、大勢に踏み殺されてしまうかも知れないので、半七はすぐに駈け寄って彼を抱き起すと、松吉も寄って来て、ともかくも彼を混雑のなかから救い出した。
:「親分。どこへ担ぎ込みましょう」
:この騒ぎの中でどうすることも出来ないので、彼を松吉に負わせて、半七はそのゆく先を払いながら、どうにかこうにか混雑の火事場からだんだんに遠ざかって、本芝から金杉(かなすぎ)へ出ると、ここらは風上であるから世間もさのみ騒がしくなかった。ここまで来れば大丈夫だと思ったので、二人はそこの自身番に怪我人をかつぎ込んで、まずほっと息をついた。
:「どなたでございますか。どうも有難うございます」と、松吉の背中からおろされた男は礼を云った。
:挨拶が出来るほどなら大したことはあるまいと安心して、半七は自身番の男どもと一緒に彼を介抱すると、彼は熊に殴(はた)かれたために左の腕を傷(いた)めているらしかったが、そのほかにひどい怪我もなかった。自身番から近所の医者を迎えに行っている間に、彼は自分の身許(みもと)を明かした。彼は加賀(かが)生れの勘蔵(かんぞう)というもので、三年前から田町(たまち)の車湯(くるまゆ)という湯屋の三助(さんすけ)をしていると云った。
:「家は焼けたのかえ」と、半七は訊(き)いた。
:「さあ、確かには判りませんが、なにしろ火の粉が一面にかぶって来たので、あわてて逃げ出してまいりました」
:「熊に出っ喰わした娘は主人の娘かえ」
:「いいえ。一軒隔(お)いて隣りの備前屋(びぜんや)という生薬屋(きぐすりや)の娘さんでございます」と、勘蔵は答えた。
:「わたくしが人込みのなかを逃げて来る途中、丁度あすこで出会ったもんですから、前後の考えもなしに飛び出して、いやどうもあぶない目に逢いましてございます」
:「だが、いいことをした」と、半七は褒めるように云った。「お前だからまあそのくらいのことで済んだが、あんな孱細(かぼそ)い娘っ子が荒熊に取っ捉まって見ねえ。どんな大怪我をするか判ったもんじゃあねえ。備前屋も定めて有難がることだろうよ。あの娘(こ)はなんという子だえ」
:「お絹(きぬ)さんといって、備前屋のひとり娘でございます」
:「備前屋は古い暖簾(のれん)だ。そこのひとり娘が熊に傷(や)られるところを助けて貰ったんだから、向うじゃあどんなに恩に被(き)てもいいわけだ」
:こんなことを云っているうちに、医者が来た。医者は勘蔵の痛みどころを診察して、左の肩の骨を痛めているらしいから、なかなか手軽には癒(なお)るまいと云った。しかし命に別状のないことは医者も請合(うけあ)ったので、半七はあとの始末を自身番にたのんで帰った。
:あくる朝、半七はふたたび松吉をつれて高輪へ見舞にゆくと、伊豆屋の家は果して焼け落ちていた。その立退き先をたずねて、それから見たの魚籃の知りびとの立退き先をも見舞って、帰り路に半七はゆうべの勘蔵のことを云い出した。あれからどうしたかと噂󠄀をしながら、ふたりは田町へ行ってみると、車湯も備前屋も本芝寄りであったので、どちも幸いに焼け残っていた。半七はまず車湯をたずねて、勘蔵のことを女房にきくと、彼は自身番で医者の手当てをうけて、左の腕をまいて帰って来たが、痛みはなかなか去らないので、ゆうべからそのまま寝ているとのことであった。
:「備前屋から見舞にでも来たかえ」と、半七はかさねて訊いた。
:「いいえ。一度もたずねて来ないんです」と、湯屋の女房は不平らしく訴えた。「ねえ、おまえさん。備前屋もあんまりじゃありませんか。あんな大きな屋台骨(やたいぼね)をしていながら、自分の家(うち)のひとり娘を助けて貰った、云わば命の親の勘蔵のところへ一度も見舞によこさないと云うのは、あんまり義理も人情も知らない仕方じゃありませんか」
:それは勘蔵に対する不義理不人情ばかりでなく、主人の自分に対しても礼儀を知らない仕方ではあるまいかと女房は憤(おこ)った。それも畢竟(ひっきょう)はこっちが女主人であると思って、備前屋ではおそらく馬鹿にしているのであろうと云う。女らしい偏執(ひがみ)まじりの愚痴も出た。その偏執や愚痴は別としても、備前屋が今まで素知らぬ顔をしているのは確かに不義理であると半七も思った。
:「しかし、備前屋じゃあ混雑(どさくさ)まぎれで、まだその事をよく知らねえんじゃねえか」
:「なに、知らないことがあるもんですか」と、女房は鉄漿(おはぐろ)の歯をむき出した。「備前屋の小僧もちゃんとそう云っているんですもの。家(うち)のお絹さんは熊に啖(く)われようとするところを、ここの勘蔵さんに助けられたと……。奉公人もみんな知っているくらいですから、主人が知らない筈はありません。だいいいち女中だって一緒にいたんじゃありませんか」
:「それもそうだな」と、半七は松吉と顔を見あわせた。「なにしろ勘蔵は気の毒だ。おれが行って備前屋に話してやろう。ちょっくら癒(なお)る怪我じゃあねえと云うから、なんとか掛合って治療代ぐらい貰ってやらなけりゃあ、当人も可哀そうだし、ここの家でも困るだろう」
:「何分よろしく願います。ですけれども、あの備前屋は町内でも名代(なだい)の因業屋(いんごうや)なんですから」
:「吝(けち)でも因業でも理窟は理窟だ」と、松吉も口を尖らした。「そんなのを打っちゃって置くと癖になる。ねえ、親分。これから押掛けて行って因縁をつけてやろうじゃありませんか」
:「無理に因縁をつけるにも及ばねえが、ひと通りの筋道を立てて掛合ってみよう」
:その足で備前屋へ行くと、家のなかはまだ一向に片付いていないらしく、ゆうべ持出したままの家財道具が店いっぱいに積み重ねられて、ほこりと薬の匂いが眼鼻にしみた。その混雑の最中にこんな掛合いをするのも拙(まず)いと思ったが、半七はそこらに立働いている店の者をよんで、主人は家にいるかと訊くと、主人夫婦と娘とは橋場(はしば)の親類の方へ立退いているとのことであった。そんなら番頭に逢わせてくれと云うと、四十ばかりの男が片襷(かただすき)の手拭をはずしながら出て来た。
:「てまえが番頭の四郎兵衛(しろべえ)でございます」
:こっちの身分をあかした上で、半七はゆうべの熊の一件を話した。ここの娘のあやういところを車湯の勘蔵が自分のからだを楯にして救ったのは事実で、自分とこの松吉が確かな証人である。命に別状はないが、勘蔵の傷は重い。多寡(たか)が湯屋の三助で、長い療治は随分難儀なことであろうと思いやられるから、主人とも相談してなんとか面倒を見てやるようにしてやってはどうであろう。勿論これは表向きの御用ごとではないが、自分もそれに係り合った関係上、まんざら知らない顔もしていられないから折入って頼みに来たのであると、半七はおとなしく云い出すと、四郎兵衛はすこし考えていた。
:「いえ、勘蔵が怪我をしたと云うことはわたくしも聞いて居ります。見舞にでも行ってやろうと思いながら、なにしろこちらもご覧の通りの始末だもんですから、まだ其の儘になっているようなわけでございます。そのことに就きまして、勘蔵がお前さんに何かお願い申したのでございますか」
:「別に頼まれたわけじゃあねえが、あんまり可哀そうだから何とかしてやって貰いたいと思うんだが、番頭さん、どうですね」
:「判りました」と、四郎兵衛もおとなしく答えた。「いずれ主人とも相談しまして、なんとか致しましょう。そう致しますと、勘蔵から別にお願い申した訳ではございませんのですね」
:いやに念を押すとは思ったが、半七はどこまでも頼まれたものではないと云い切って別れた。
:「変な奴ですね。いやに念を押すじゃありませんか。勘蔵が頼めばどうだと云うんでしょう」と、松吉は表へ出てからささやいた。
:「むむ、どうであんなところの番頭なんて云うものは、判らねえ獣者(けだもの)が多いもんだ」と、半七は笑っていた。「いや、獣者といえば、あの熊はどうなったろう。侍は叩っ切ったままで行ってしまったんだが、その死骸はどうしたろう。犬や猫とは違うんだから、むやみに取捨ててもしまわねえだろうが、誰が持って行ったかしら。品川辺の奴らかな」
:「そうでしょうね」と、松吉もうなずいた。「品川とばかりは限らねえ。世間には慾の深けえ奴が多いから、何かの金にする積りで、'''どさくら'''まぎれに引っ担(かつ)いで行ったかも知れませんよ。いってえあの熊はどこから出て来たのでしょうね」
:「それは判らねえ。江戸のまん中にむやみに熊なんぞが棲(す)んでいる訳のものじゃあねえ。どこかの香具師(やし)の家にでも飼ってある奴が、火におどろいて飛び出したんだろう。伊豆屋でさっき聞いたんじゃあ、あの熊のために二十人からも怪我したそうだ。こんな噂󠄀はとかく大きくなるもんだが、話半分に聞いても十人ぐらいは飛んだ災難にあったらしい。馬鹿なことがあるもんだ」
:その日はそれで帰ったが、熊の噂󠄀はだんだんに高くなった。それは麻布の古川(ふるかわ)の近所に住んでいる熊の膏薬屋(こうやくや)が店の看板代りに飼って置いたものであることが判った。膏薬屋の親父とむすめの二人暮しで、自分の子のように可愛がっていたが、火事の騒ぎで逃したのであった。店は焼かれる。看板の熊には逃げられる。おまけにその熊が大勢の人を傷つけたと云うので、父娘(おやこ)は後難を恐れて、どこへか影をかくしたと伝えられた。しかしその熊の死骸はどうなったか判らなかった。
=== 三 ===
:それから二、三日の後に、備前屋では車湯の勘蔵に十両の見舞金を贈ったと云うことを半七は聞いた。夫婦や娘たちは橋場の親類から戻って来たが、娘のお絹は火事の騒ぎにあまり驚かされたので、それ以来はどうも気分が悪いと云って床(とこ)に就いている。そうして、時どきに熱の加減か囈言(うわごと)のように、「あれ、熊が来た」などと口走るので、家内の者も心配しているとのことであった。
:その時代では大金(たいきん)という十両の見舞金を貰って、療治がよく行き届いたせいか、勘蔵の腕の痛みどころもだんだんに快(よ)くなるという噂󠄀を聞いて、半七も蔭ながら喜んでいた。
:そのうちに今年の春もあわただしく過ぎて、初鰹(はつがつお)を売る四月になった。その月の晴れた日に勘蔵が新しい袷(あわせ)を着て、干菓子の折(おり)を持って、神田三河町の半七の家へ先ごろの礼を云いに来た。
:「どうだね、もうすっかりいいかえ」と、半七は訊いた。
:「ありがとうございます。お庇(かげ)さまでもうすっかりと癒りました。その節はいろいろご心配をかけて恐れ入りました。おかみさんも、くれぐれ宜しく申してくれと云って居りました」
:「なにしろ、早く癒ってよかった」と、半七も嬉しそうに云った。「時に備前屋の娘はどうしたね。その後病み付いているとかいう噂󠄀だが……」
:「そうでございます。一時は何だがぶらぶらしていて、時どきに熊が出るとか云って騒ぐので、親たちも困っていたそうでございます。備前屋は店の大きい割合に奥が狭いので、もう一度、橋場の離れ座敷を借りて、そこでゆっくり養生させようかなどと云っていたそうですが、この頃は大分(だいぶ)いいとか云いますから、どうなりますか」
:「なるほど、そりゃあ困ったね」と、半七は眉をよせた。「折角お前に助けて貰っても、あとがそれじゃあ何にもならねえ。しかしそういう病気じゃあ無闇(むやみ)に薬を飲んでもいけねえ。どこか閑静なところへ行って、ゆっくりと気を落着けていたら、自然に癒るだろうよ」
:「そうかも知れません」
:勘蔵は繰返して礼を云って帰った。最初から深くも気に留めていなっかったので、備前屋の娘の噂󠄀もいつか半七の記憶から消え失せてしまった。その月末に、半七は三田の方角へ行ったついでに高輪の伊豆屋へ久し振りで訪ねると、焼けた家は新しく建て直ったが、主人の弥平は風邪(かぜ)がもとで寝込んでいた。彼は半七の顔を見てよろこんだ。
:「やあ、三河町。いいところへ来てくれた。実は少し御用ごとがあるんだが、なにしろこの始末で動きが取れねえ。といって、若けえ奴らにばかり任せて置くのも不安心だと思っていたところだが、どうだろう。おれの代りに采配(さいはい)を振(ふる)って、若けえ奴らを追いまわしてくれめえか」
:「そこで、その御用というのはどんな筋だね」
:「田町の備前屋という生薬屋の娘が殺されたのだ」
:「備前屋の娘が殺された……」と、半七もすこし驚かされた。「そこで、その相手は誰だか判らねえのか」
:弥平の説明によると、備前屋のお絹の死骸は高輪の海端に横たわっていたのであった。海へ投げ込むつもりで引摺ってゆくと、あたかもそこへ人でも通りあわせたので、あわてて其の儘に捨てて行ったらしい。彼女(かれ)は鋭い刃物で胸を抉(えぐ)られていた。この頃までぶらぶら病いのような有様で、毎日寝たり起きたりしていた彼女が、床を揚げてからまだ幾日にもならないのに、どうして夜なかに家をぬけ出したのか。そうして、何者に殺されたのか。もちろん誰にも想像が付かなかった。
:「ところが、お前に見せるものがある」と、弥平は蒲団(ふとん)の下から紙につつんだものを出した。「これをまう鑑定してもれえてえ」
:「獣物(けだもの)らしいな」と、半七はその紙包みをあけて見て云った。「犬や猫じゃ無さそうだ。なんの毛だろう」
:このあいだの熊が半七の胸にふと泛(う)かんだ。その獣の毛が五、六本、死んだ娘の右の手につまかれていたと云うのを聞いて、彼はしばらく考えていた。
:「それは子分の彦(ひこ)の野郎が、何かの手がかりになるだろうと云うので、検視の来る前に死骸の手からそっと取って来たんだ。あいつはなかなか敏捷(すばし)っこい奴よ。どうだい、三河町。なにかのお役に立ちそうなもんじゃあねえか」
:「むむ、こりゃあ大手柄だ。これを手がかりに何とか工夫してみよう」
:彦八(ひこはち)という若い手先は親分の枕もとへ呼び付けられて、半七の前で、備前屋の娘の死状(しにざま)をもう一度くわしく話せと云われた。弥平の云う通り、彼はなかなか敏捷(はし)っこそうな男で、その報告はすこぶる要領を得ていたが、なにぶんにも自分が現場を見届けていないので、半七にはなんだか擽(くすぐ)ったく感じられた。しかし備前屋の娘の手に残っていた獣の毛が確かに熊の毛であるらしいことが少なからぬ興味をひいた。彼はここで午飯(ひるめし)の馳走になって、彦八をつれて居ず屋を出た。
:「親分、なにぶんお指図を願います」と、彦八は如才(じょさい)なく云った。
:「いや、ここらはおまえたちの縄張り内で、おれは一向(いっこう)の盆暗(ぼんくら)だ。まあ、よろしく頼むぜ」
:差当りどこへ行こうかと思ったが、半七はまず備前屋をたずねて、なにかの手がかりを探り出そうと、田町の方角へ急いでゆくと、途中で二十五六の男にすれ違った。男は彦八に挨拶して通りすぎた。
:「あの野郎はどこの奴だえ」と、半七は彦八に小声で訊いた。
:「六三郎といって、小博奕を打っている'''やくざ'''野郎ですよ」
:「六三郎……粋(いき)な名前だな。その六三郎にお園(その)が用があると云って牽引(しょび)いて来てくれ。いや、冗談じゃあねえ。御用だ」
:御用と聞いて、彦八はすぐに駈け戻って、六三郎を引っ張って来た。四月の末になってもまだ満足に移(うつ)り替(かえ)が出来ないらしく、彼は汚(よご)れた女物の袷(あわせ)を着ていた。
:けちな野郎だと多寡(たか)をくくって、半七はいきなり嚇(おど)し付けた。
:「やい、六。てめえ、ふてえことをしやがったな。まっ直ぐに白状しろ」
:「へえ、なんでございます」
:「ええ、白(しら)ばっくれるな、てめえの襟っ首にぶらさがっているのはなんだ。千手観音の上這(うわば)いじゃあるめえ。よく見ろ」
:六三郎の襟には何かの黒い毛が二本ほど引っかかっていた。彦八も初めて気がついてよく見ると、それは備前屋の娘の手に残っていたのと同じ物であった。それを発見すると、彦八は俄かに眼をひからせて彼の腕を引っ摑んだ。
:「なるほど、親分の眼は捷(はえ)え。さあ、野郎、神妙に申立てろ」
:「まあ、待て」と、半七は制した。「なんぼこんな野郎でも、往来で詮議もなるめえ。やっぱり自身番へ連れて行け」
:ふたりに引っ立てられて、六三郎は近所の自身番へゆくと、年の若い彦八はすぐに呶鳴った。
:「この親分は三河町の半七さんだ。うちの親分が寝ているんで、きょうは名代(みょうだい)に出て来てくんなすったんだが、うちの親分より些(ち)っと手荒いからそう思え。てめえの襟っ首にぶら下がっているものに、親分の不審がかかっているんだ。さあ、何もかも正直に云ってしまえ。辻番の老爺(おやじ)だって、もう'''むく'''犬を抱いて寝る時候じゃあねえのに、なんだって手前(てめえ)のからだに獣物(けもの)の毛がくっ着いているのか、わけを云え」
:「てめえの襟についているのは熊の毛に違げえねえ」と、半七も云った。「もう面倒だから長い台詞(せりふ)は云わねえ。てめえは備前屋のお絹という娘を殺したろう。物取りか、遺恨か、拐引(かどわかし)か、それを云え」
:調べる者と調べられる者と、はじめから役者の格が違うので、六三郎は意気地もなく恐れ入ってしまった。
:「こうなれば何もかもありていに申上げますが、備前屋の娘はわたくしが殺したんじゃございませんから、どうぞお慈悲を願います。いえ、嘘をつくと思召(おぼしめ)すかも知れませんが、まったく不思議な話なんです」
:ことしの正月、彼は博奕(ばくち)にすっかり負けてしまって、表へも出られないような始末になって、狭い裏店(うらだな)に猫火鉢をかかえてくすぶっていると、かの大火事が起った。着のみ着のままの彼はそれを待っていたように表へ飛び出して、混雑(どさくさ)まぎれの火事場泥棒を思い立ったが、あまりに風と火とが烈しいので、彼も思うような仕事が出来なかった。いたずらに火の粉に追われながら混雑のなかをうろ付いていると、どこからか荒熊が暴れ出して来たので、彼はいよいよ面喰らった。しかもその熊がふたりの侍に退治されたのを見届けてまず安心したところへ、かねて顔を識っている車力(しゃりき)の百助(ひゃくすけ)というのが来合せたので、二人はすぐに相談して、その熊の死骸を引っかついで逃げた。熊の胆(い)と熊の皮とは高い値であると云うことを、かれらはふだんから聞いていたからであった。
:ふたりはともかくも其の熊を六三郎の家(うち)へかつぎ込んだが、素人(しろうと)のかれらはそれをどう処分していいかを知らなかった。二日(ふつか)ばかりは縁の下に隠し置いて、百助はそれを自分の知っている皮屋に売込もうとしたが、相手は足もとを見て無法に廉(やす)く値切り倒したので、ふたりは怒って破談にしてしまった。さりとて生物(なまもの)をいつまでも打っちゃって置くわけにも行かないので、今度は品川から伝吉(でんきち)という男を呼んで来て、儲けは三人が三つ割にする約束で、夜ふけに熊の死骸を高輪の裏山へ運び出した。生皮をあつかうのはむずかしい仕事であるが、伝吉は少しくその心得があるので、焚火の前でどうにかこうにかその腹を割(さ)いてその皮を剝(は)いだ。しかし肝腎(かんじん)の熊の胆(い)がどれであるか判らないので、三人は当惑した。腹を截(た)ち割ったら知れるだろうぐらいに多寡をくくっていたかれらは、今更のように途方にくれた。
:そこで三人は相談を仕直して、更にもう一人の味方をこしらえることにした。それは彼(か)の備前屋の番頭の四郎兵衛で、彼は大きい薬種屋の番頭であるから熊の胆の鑑別か付くに相違ない。彼をこっちの味方に誘い込んで、彼の口からうまく売込んで貰おうと云うことになって、三人は穴を掘ってひとまず熊の死骸を埋めた。剝いだ生皮は自分の方で鞣(なめ)してやると云って、伝吉が持って帰った。二度目の相談はそれと決まったものの、馴染(なじみ)のうすい四郎兵衛を呼び出して、だしぬけにこんな相談を持ちかける訳にも行かないので、六三郎は車湯の勘蔵にその橋渡しを頼もうと思いついた。
:勘蔵は四郎兵衛と同国者で、彼は四郎兵衛を頼って江戸へ出て来て、その世話で近所の車湯へ住み込んだのである。その関係から彼は今でも、何かにつけて四郎兵衛の世話になっているらしい。殊(こと)に彼は備前屋の娘を救うために大怪我までしているのだから、熊の一件とは逃(のが)れられない因縁もある。かたがた彼から話し込んで貰うのが便利であると考えて、六三郎はあくる日すぐに勘蔵をたずねてゆくと、彼は痛む腕をかかえて寝ていた。備前屋へ熊の胆を売込む相談について、彼は一旦躊躇したが、結局その仲間入りをすることになって、いずれ自分が起きられるようになったならば番頭へ話してみようと請合(うけあ)った。しかし、こっちはなま物をかかえているのであるから、なるたけ早く相談を持込んでくれと掛合っているところへ、あたかもかの番頭の四郎兵衛が主人の使で勘蔵を見舞に来たので、その枕辺(まくらもと)ですぐにその相談をはじめると、相当の値段ならば引取ってもいいと四郎兵衛は云った。
:その晩、六三郎は四郎兵衛を高輪の裏山へ案内して、熊を埋めたところへ忍んでゆくと、ゆうべ新しく掘った土は何者にか掘り返されたらしい跡がみえるので、彼は一種の不安に襲われた。あわてて其の土を掘ってみると、生々(なまなま)しい熊の死骸は元のまま埋められていたが、その腹のなかに肝腎の胆が無いと云うことを四郎兵衛から云い聞かされて、六三郎も驚いた。何者かが彼等より先に死骸を掘出して、熊の胆を盗み去ったのであろうという説明を聞かされて、彼はいよいよ驚いて'''がっかり'''した。四郎兵衛も失望したような顔をして帰った。六三郎もその盗人(ぬすっと)の疑いを品川の伝吉と車力の百助とにかけて、すぐに二人を詮議したが、かれらはなんにも知らないと云った。いくら、真紅(まっか)になって云い合っても、所詮は水掛け論で果てしが付かなかった。かれら三人の所得は伝吉の手に渡された熊の皮一枚にすぎないことになってしまった。
:六三郎が伝吉と百助を疑うと同時に、ふたりの方でもまた六三郎を疑っているので、かれらのあいだには自然に仲間割れが出来た。伝吉はかの生皮を鞣(なめ)してしまったが、なんとか理窟をつけていて、素直にそれをこっちへ渡そうとしないので、六三郎は腹を立てた。熊の皮一枚が一体いくらの価をもっているのものか、六三郎もよく知らなかったが、ともかくも折角の獲物(えもの)をかれらふたりに着服(ちゃくふく)されるのは、あまりにも忌々(いまいま)しいと思ったので、彼は車力の百助のところへたびたび催促に行って、しまいには腹立ちまぎれに喧嘩をして帰った。すると、ゆうべになって彼(か)の百助は熊の皮を持って六三郎の家(うち)へたずねて来た。
:皮はこの通りに鞣したが、こっちには何分にも売り口がないから、この皮をそちで引取って、自分たち二人には骨折り賃として三両n金をくれと百助は云った。そんな金を持っている筈も無し、またそんな金を払う理窟もないと六三郎は剣も'''ほろろ'''に跳(は)ねつけた。結局ここで二度の喧嘩になると、百助も腹立ちまぎれに、そんならこの皮を証拠にして貴様の罪を訴えてやると毛皮を引っかかえて飛び出した。訴えれば彼も同罪である。よもやそんな無鉄砲な真似はしまいと思いながら、根がそれほど大胆者でない六三郎はなんとなく不安心にもなって、彼のあとからつづいて飛び出した。高輪の海辺で追いついて、彼は百助を引戻そうとすると、百助はおそらく嚇し半分であろう、無理に振切って行こうとするので、ふたりは夜の海辺で摑みあいを始めた。なにしろ証拠物の毛皮を取戻してしまおうとあせって、六三郎は彼の手から一旦それを奪い取ると、百助がまた取返した。取ったり取られたりして争っているうちに、二人は毛皮をそこへほうり出して死に身のむしり合いになった。
:こうして、ふたりが夢中でむしり合っている最中に、うしろの方で突然に女の悲鳴がつづけて聞えたので、かれらもびっくりして見返ると、ひとりの女がそこに倒れていた。喧嘩もしばらく中止になって、ふたりはともかくもその女を引起そうとすると、彼女(かれ)はあたかも彼(か)の毛皮の上に倒れていて、おそらく苦痛のためであろう。片手は熊の毛を強くつかんでいた。更によく見ると、その女の胸のあたりには温かい生血(なまち)が流れ出しているらしいので、二人はまた驚かされた。百助は御難を恐れてまず逃げ出した。六三郎も一緒に逃げかけたが、なにかの証拠になるのを恐れて又あわただしく引返してきて、女の手からその毛皮をもぎ取って逃げた。
:お絹と六三郎と熊の毛との関係はこれで判ったが、お絹を殺した下手人(げしゅにん)は判らなかった。六三郎はまったく知らないと云い切った。その申立てに詐(いつわ)りがありそうにも見えないので、六三郎は単に火事場かせぎとして大番屋(おおばんや)へ送られた。血に染(し)みた毛皮は六三郎の家の縁の下から発見された。
:「さて、どいつがお絹を殺したか」と、半七もかんがえた。
:ともかくも備前屋へ行って声をかけると、番頭の四郎兵衛は蒼(あお)ざめた顔をして出て来た。半七はまず娘の悔みを云ってから、彼女の家出や下手人に就いて何か心当りはないかと訊くと、四郎兵衛は一向に心あたりがないと答えた。しかし彼の何だかおどおどしているような、落ちつかない眼の色が半七の注意をひいた。
:「ここの店には内風呂(うちぶろ)があるんですか」と、半七はまた訊いた。
:「ございます。店の者は車湯へまいりますが、奥では内風呂にはいります」
:「この頃に風呂の傷(いた)んだことはありませんかえ」
:「よくご存じで……」と、四郎兵衛は相手の顔をみた。「風呂が古いもんですから、時どきに損じまして困ります。昨年の暮にも一度損じまして、それから四、五日前にもまた損じましたが、出入りの大工がまだ来てくれないので困って居ります」
:「風呂が傷んでいる間は、奥の人たちも車湯に行くんでしょうね」
:「はい。よんどころなく町内の銭湯(せんとう)へまいります」
:「これだけのことを確かめて、半七は更に車湯へ行った。釜前に働いている勘蔵をよび出して、彼は小声で云った。
:「おい、この間はありがとう。ときに少し用があるからそこまで一緒に来てくれ」
:「へえ。どちらへ……」
:「どこでもいい。当分は帰られねえかも知れねえから、おかみさんに暇乞(いとまご)いでもして行け」
:勘蔵の顔色はたちまち灰のようになった。半七に引っ立てられて自身番へゆく途中も、彼の足はほとんど地に付かなかった。彼は時どきに眼をあげて青空をじっと眺めていた。
:「このあいだお前に貰った干菓子も綺麗だったが、備前屋の娘も綺麗だったな」と、半七は歩きながら云った。
:勘蔵は黙っていた。
:「あの娘(こ)には情夫(いろ)でもあるかえ」
:「存じません」
:「知らねえことがあるもんか」と、半七はあざ笑った。「橋場の親類の家(うち)にいるじゃあねえか。熊が出るなんて詰まらねえ囈言(うわごと)を云って、娘はもう一度橋場へやってもらおうという算段だろ。火事が取持つ縁とは、とんだ八百屋(やおや)お七(しち)だ。自分の家へ火をつけねえのが見付物(めっけもの)よ。また、その味方になる振りをして誘い出す奴も誘い出す奴だ」
:勘蔵はやはり黙ってうつむいていた。
:「去年の暮に、備前屋の内風呂が傷んだので、娘はおまえの湯へ来たそうだな」と、半七はまた笑った。「そのときにお前が背中を流してやったか。容貌(きりょう)はよし、年ごろの箱入り娘の肌ざわりはまた格別だからな。とんでもねえ粂(くめ)の仙人(せんにん)が出来上がったものだ。なるほど命賭けで荒熊にむしり付くのも無理はねえ。折角助けた娘は橋場へ行っているあいだに、向うで男が出来てしまった。家へ帰ってもやっぱり橋場が恋しいので、仮病(けびょう)をつかって熊が出るなんて騒いでいる。しかし、その計略がうまく運ばないので、娘もひとりで焦(じ)れ込んでいるうちに、内風呂がまた傷んだ。ねえ、そうだろう。そこでまた、お前の湯へやってくると、粂の仙人が背中をこすりながら旨(うま)い相談を持ちかけた。わたくしが橋場へご案内しましょうかと何とか親切振って云ったもんだから、若けえ娘はあと先みずに騙(だま)されて、ゆうべそっと家をぬけ出すと、外に待っていた奴があって……。それから先はおれも知らねえ。おい、勘蔵。おればかりしゃべらせて、なぜ黙っているんだ。前座(ぜんざ)はこのくらいで引きさがるから、あとは真打(しんうち)に頼もうじゃあねえか」
:背中をぽんと叩かれて、勘蔵はあぶなく倒れかかった。
:「ここまで漕(こ)ぎ付ければ、この話も大抵おしまいです」と、半七老人はひと息ついた。「勘蔵の白状によると、前の年の暮に備前屋の娘の綺麗な肌をみたときには、まだどうしようと云うほどの煩悩(ぼんのう)も起らなかったのですが、火事の後片付けの済むまで娘は橋場の親類へ立退いているうちに、そこの店の若い者と出来合ってしまった。なんにも知らない親たちは娘の仮病を心配して、もう一度橋場へやろうかと云っていたが、やっぱり其の儘になっていると、店の者のうちに何処からどうして聞き出したのか橋場の一件を知っている者があって、それが男湯へ来た時に勘蔵にうっかりしゃべったので、勘蔵は急に気を悪くした。そこへちょうど風呂がまた毀(こわ)れたので、娘が車湯へはいりに来たので、勘蔵はもうたまらなくなって、その背中を流しながらうまく誘い出したんです」
:「娘はひとりで女湯へ来たんですか」と、わたしは訊いた。
:「いいえ、一人じゃありません。女中が一緒に付いて来たんですが、こいつが柘榴口(ざくろぐち)の中で町内の人と何かおしゃべりをしている間に、勘蔵がこっそりと娘の耳へ吹き込んでしまったんです。娘ももうちっと仮病をつかっていれば、なんにも間違いはなかったのかも知れませんが、陽気もだんだんに暑くなって来るので、もう我慢が出来なくなって、うっかり車湯へ出て行ったのが運の尽きです。
:橋場へ案内してやると噓をついて、夜ふけに娘を誘い出して、勘蔵は品川にいる自分の友達の家へ連れ込もうとしたんですが、橋場と品川ではまるで方角が違うので、なんぼ世間知らずの娘でも少し変に思ったらしく、途中でぐずぐず云い出したので、勘蔵もだんだん焦(じ)れ込んで、無理無体に娘を引摺って行こうとすると、娘はいよいよ怖くなって、声をあげて逃げ出すという始末。いや、こうなるとおそろしいもので、勘蔵はもう逆上(のぼ)せてしまったんです。もし云うことを聞かないときに嚇かして手籠(てごめ)にする積りで、隠して持っていた小刀をいきなり抜いて、いっそひと思いにと娘の胸をえぐってしまった。勿論、自分の一緒に死ぬ気であったが、そこへ六三郎と百助が駈けて来たので、急に怖くなって逃げ出したと云うわけです」
:「そこで、その熊の胆を盗み出したのは誰だか判らないのですか」と、わたしはまた訊いた。
:「この方のお話をすると長くなりますから、手っ取り早く申上げると、熊の死骸を堀出して熊の胆を盗んだ奴は、備前屋の番頭の四郎兵衛でした。昼間のうちに六三郎から死骸を埋めた場所を聞いて置いたので、日の暮れるのを待って忍んで行って、ひと足さきにその熊の胆を占(せし)めてしまったのです。いや、どうも悪い奴で……。それが露顕して、四郎兵衛もとうとう召捕られましたが、品川の伝吉という奴だけはどこへか姿をかくしてしまいました。吟味の上で、勘蔵は無論に獄門、六三郎と百助と四郎兵衛は三人同罪と云うことになりました。今と違って、火事場どろぼうは重い処刑になるんですが、盗んだ品が箪笥長持や夜具蒲団のたぐいでなく、なにしろ熊の死骸というのですから、罪も大変に軽くなって、たしか追放ぐらいで落着したように聞いています」
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皇室親族令
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HOPE SINCE 1957
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産殿→産所、喪儀→親族、他
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|year=1910
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'''皇室親族令'''('''こうしつしんぞくれい''')
*明治43年皇室令第3号
*施行:1910年3月23日 → 公式令
*廃止:1947年5月2日
*廃止法令:皇室令及附屬法令廃止ノ件
*底本:{{NDLJP|2951356/19}}
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{{デフォルトソート:こうしつしんそくれい}}
[[Category:明治43年の皇室令]]
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朕樞密顧問ノ諮論ヲ經テ皇室親族令ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
{{御名御璽}}
<div style="margin-left:4em;">明治四十三年三月三日</div>
<div style="text-align:right;">
宮內大臣 公爵岩倉具定
內閣總理大臣 侯爵桂 太郎
司法大臣 子爵岡部長織
</div>
皇室令第三號
皇室親族令
{{編章節款目|第一章 總則|id=s1|text-indent=3}}
<b id="a1">第一條</b>
<div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 本令其ノ他ノ皇室令ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外左ニ掲ケタル者ヲ以テ親族トス</div>
一 血族<br/>
二 配偶者<br/>
三 三親等內ノ姻族
<b id="a2">第二條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 天皇又ハ皇族ト臣籍ニ在ル者トノ間ニ於テハ血族ハ六親等內ニ限リ之ヲ親族トス</div>
<b id="a3">第三條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 庶子ハ母方ニ付イテハ親子間ニ限リ之ヲ親族トス</div>
<b id="a4">第四條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親等ハ親族間ノ世數ヲ算シテ定ム<br/>
傍系親ノ親等ヲ定ムルニハ其ノ一人又ハ其ノ配偶者ヨリ同始祖ニ遡リ其ノ始祖ヨリ他ノ一人ニ下ルマテノ世數ニ依ル</div>
<b id="a5">第五條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 姻族關係ハ離婚ニ因リテ止ム寡妃再婚ヲ爲シ又ハ臣籍ニ入リタルトキ亦同シ</div>
{{編章節款目|第二章 婚嫁|id=s2|text-indent=3}}
{{編章節款目|第一節 大婚|id=s2-1|text-indent=4}}
<b id="a6">第六條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮ハ天皇滿十七年ニ達シタル後之ヲ行フ</div>
<b id="a7">第七條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 天皇皇后ヲ立ツルハ皇族又ハ特ニ定ムル華族ノ女子滿十五年以上ニシテ直系親族又ハ三親等內ノ傍系血族ニ非サル者ニ限ル姻族關係ノ止ミタル後亦之ニ準ス</div>
<b id="a8">第八條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ約ヲ成ス當日之ヲ賢所皇靈殿神殿ニ奉告シ勅使ヲシテ神宮神武天皇山陵竝先帝先后ノ山陵ニ奉幣セシム</div>
<b id="a9">第九條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ約成リタルトキハ宮內大臣之ヲ公告ス</div>
<b id="a10">第十條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮ヲ行フ期日ハ宮內大臣之ヲ公告ス</div>
<b id="a11">第十一條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮ヲ行フ當日之ヲ賢所皇靈殿神殿ニ奉告ス</div>
<b id="a12">第十二條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮ハ附式ノ定ムル所ニ依リ賢所大前ニ於テ之ヲ行フ</div>
<b id="a13">第十三條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 立后ノ詔書ハ大婚ノ禮ヲ行フ當日之ヲ公布ス</div>
<b id="a14">第十四條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮訖リタルトキハ天皇皇后ト共ニ皇靈殿神殿ニ謁ス</div>
<b id="a15">第十五條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮訖リタルトキハ天皇皇后ト共ニ太皇太后皇太后ニ謁ス</div>
<b id="a16">第十六條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮訖リタルトキハ天皇皇后ト共ニ正殿ニ御シ朝賀ヲ受ク</div>
<b id="a17">第十七條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮訖リタルトキハ天皇皇后ト共ニ宮中ニ於テ饗宴ヲ賜フ</div>
<b id="a18">第十八條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮訖リタルトキハ天皇皇后ト共ニ神宮神武天皇山陵竝先帝先后ノ山陵ニ謁ス</div>
<b id="a19">第十九條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 諒闇中ハ大婚ノ禮ヲ行ハス</div>
{{編章節款目|第二節 婚族婚嫁|id=s2-2|text-indent=4}}
<b id="a20">第二十條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ婚嫁ハ男子滿十七年女子滿十五年ニ達スルニ非サレハ之ヲ成スコトヲ得ス</div>
<b id="a21">第二十一條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ婚嫁ハ直系親族又ハ三親等內ノ傍系血族ノ間ニ於テハ之ヲ成スコトヲ得ス姻族關係ノ止ミタル後モ亦同シ</div>
<b id="a22">第二十二條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族婚嫁ノ勅許ハ其ノ約ヲ成ス前之ヲ奏請スヘシ</div>
<b id="a23">第二十三條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇太子皇太孫親王王結婚ノ禮ハ附式ノ定ムル所ニ依リ賢所大前ニ於テ之ヲ行フ</div>
<b id="a24">第二十四條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇太子皇太孫親王王結婚ノ禮訖リタルトキハ妃ト共ニ天皇皇后太皇太后皇太后ニ朝見ス</div>
<b id="a25">第二十五條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 第八條乃至第十一條第十四條第十七條及第十八條ノ規定ハ皇太子皇太孫ノ結婚ニ之ヲ準用ス</div>
<b id="a26">第二十六條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 第十條及第十四條ノ規定ハ親王ノ結婚ニ第十四條ノ規定ハ王ノ結婚ニ之ヲ準用ス</div>
<b id="a27">第二十七條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 內親王女王臣籍ニ嫁スルトキハ結婚ノ禮ヲ行フ前賢所皇靈殿神殿ニ謁シ且天皇皇后太皇太后皇太后ニ朝見ス</div>
<b id="a28">第二十八條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ婚嫁ハ結婚ノ禮ヲ行フ當日宮內大臣之ヲ公告ス</div>
<b id="a29">第二十九條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ婚嫁ハ大喪中及直系尊屬ノ喪中之ヲ成スコトヲ得ス</div>
<b id="a30">第三十條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ハ止ムコトヲ得サル事故アル場合ニ限リ夫婦ノ協議ニ由リ勅許ヲ經テ離婚ヲ爲スコトヲ得協議調ハサルトキハ勅裁ヲ受クヘシ</div>
<b id="a31">第三十一條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ離婚ハ其ノ當日宮內大臣之ヲ公告ス</div>
<b id="a32">第三十二條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族男子ニ嫁シタル皇族女子離婚ノ場合ニ於テ直系尊屬ノ臣籍ニ入リ創立シタル家アルトキハ其ノ家ニ入ル</div>
<b id="a33">第三十三條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 臣籍ヨリ入リタル妃離婚ノ場合ニ於テハ實家ニ復籍シ其ノ實家ナキトキハ一家ヲ創立ス但シ實家ヲ再興スルコトヲ妨ケス</div>
<b id="a34">第三十四條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ婚嫁及離婚ハ勅許ナキトキハ之ヲ無效トス</div>
{{編章節款目|第三章 親子|id=s3|text-indent=3}}
{{編章節款目|第一節 皇子|id=s3-1|text-indent=4}}
<b id="a35">第三十五條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇子ノ誕生ニハ宮內大臣又ハ內大臣ヲシテ產殿ニ候セシム</div>
<b id="a36">第三十六條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇子ノ誕生ハ其ノ當日宮內大臣之ヲ公告ス</div>
<b id="a37">第三十七條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇子誕生シタルトキハ天皇之ニ名ヲ命ス</div>
<b id="a38">第三十八條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇子ノ命名ハ其ノ當日ニ宮內大臣之ヲ公告ス</div>
<b id="a39">第三十九條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇子ノ誕生命名ハ之ヲ賢所皇靈殿神殿ニ奉告ス</div>
<b id="a40">第四十條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇子誕生シテ五十日ニ至ルトキハ賢所皇靈殿神殿ニ謁ス但シ事故アルトキハ其ノ期日ヲ延フルコトアルヘシ</div>
<b id="a41">第四十一條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇子ニシテ嫡出ニ非サル者ハ之ヲ皇庶子トス</div>
{{編章節款目|第二節 皇族ノ子|id=s3-2|text-indent=4}}
<b id="a42">第四十二條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇太子皇太孫親王王ノ子ノ誕生ニハ宮內高等官ヲシテ產所ニ候セシム但シ場合ニ依リ他ノ高等官ヲ以テ之ニ代フルコトヲ得</div>
<b id="a43">第四十三條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇太子皇太孫ノ子誕生シタルトキハ天皇之ニ命スヘキ名ヲ賜フ</div>
<b id="a44">第四十四條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親王王ノ子誕生シタルトキハ直系尊屬之ニ名ヲ命ス</div>
<b id="a45">第四十五條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 第三十六條及第三十八條乃至第四十條ノ規定ハ皇太子皇太孫ノ子ニ第三十六條第三十八條及第四十條ノ規定ハ親王王ノ子ニ之ヲ準用ス</div>
<b id="a46">第四十六條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇太子皇太孫親王王ノ子ニシテ嫡出ニ非サル者ハ之ヲ庶子トス</div>
<b id="a47">第四十七條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ嫡出子又ハ庶子タル身分ニ對シテハ皇族又ハ宮內大臣ハ反對ノ事實ヲ主張スルコトヲ得</div>
{{編章節款目|第四章 親權|id=s4|text-indent=3}}
<b id="a48">第四十八條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ子未成年ノ間ハ父ノ親權ニ服ス但シ婚嫁ノ後ハ此ノ限ニ在ラス</div>
<b id="a49">第四十九條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親權ヲ行フ父ハ子ノ保育ヲ爲ス責務ヲ有ス</div>
<b id="a50">第五十條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親權ヲ行フ父ハ必要ナル範圍內ニ於テ子ヲ懲戒スルコトヲ得</div>
<b id="a51">第五十一條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親權ヲ行フ父ハ子ノ財產ヲ管理シ又其ノ財產ニ關スル行爲ニ付キ子ヲ代表ス<br/>
前項ノ規定ハ皇太子皇太孫親權ヲ行フ場合ニ之ヲ適用セス</div>
<b id="a52">第五十二條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親權ヲ行フ父ハ子ニ代リテ其ノ子ノ庶子ニ對シ親權ヲ行フ</div>
<b id="a53">第五十三條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 禁治產者準禁治產者及停權又ハ剝權ノ懲戒ヲ受ケ其ノ解除ヲ得サル者ハ親權ヲ行フコトヲ得ス</div>
<b id="a54">第五十四條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 父親權ヲ行フニ適セサルトキハ勅旨ヲ以テ其ノ親權ノ全部又ハ一部ノ喪失ヲ命スヘシ<br/>
親權喪失ノ原因止ミタルトキハ勅旨ヲ以テ復權ヲ命スヘシ</div>
<b id="a55">第五十五條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 前條ノ場合ニ於テハ皇族會議ニ諮詢シタル後之ヲ勅裁ス</div>
{{編章節款目|第五章 親族會|id=s5|text-indent=3}}
<b id="a56">第五十六條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親族會ハ未成年者及禁治產者ノ爲ニ之ヲ設ク<br/>
親族會ハ本人ノ親族ヲ以テ之ヲ組織ス</div>
<b id="a57">第五十七條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;">
親族會員ハ三人又ハ五人トス</div>
<b id="a58">第五十八條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親族會員ハ勅選ニ由ル</div>
<b id="a59">第五十九條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 後見人未成年者及女子ハ親族會員タルコトヲ得ス</div>
<b id="a60">第六十條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親族會員ハ正當ノ事由アルトキハ勅許ヲ經テ辭任ヲ爲スコトヲ得</div>
<b id="a61">第六十一條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親族會員ノ解任ハ勅旨ニ由ル</div>
<b id="a62">第六十二條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親族會ハ本人後見人又ハ會員之ヲ招集ス但シ書面ヲ以テ決議ヲ求ムルコトヲ得</div>
<b id="a63">第六十三條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親族會ノ決議ハ會員ノ過半數ニ依ル</div>
<b id="a64">第六十四條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親族會員ハ自己ノ利害ニ關スル事件ニツキ表決ノ數ニ加ハルコトヲ得ス</div>
<b id="a65">第六十五條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 本人父母配偶者及後見人ハ親族會ニ於テ意見ヲ逑フルコトヲ得<br/>
親族會ノ招集ハ前項ニ掲ケタル者ニ之ヲ通知スヘシ</div>
<b id="a66">第六十六條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 書面ヲ以テ親族會ノ決議ヲ求ムルトキハ前條第一項ニ掲ケタル者ノ意見モ亦書面ヲ以テ之ヲ徵スヘシ</div>
<b id="a67">第六十七條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親族會ノ決議ニ對シテ異議アルトキ又ハ親族會決議ヲ爲スコト能ハサルトキハ本人後見人又ハ會員ニ於テ勅裁ヲ受クヘシ</div>
<b id="a68">第六十八條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親族會ノ決議ハ記錄ニ存スヘシ</div>
附式
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{{編章節款目|第一編 婚嫁ノ式|id=fs1|text-indent=2}}
{{編章節款目|第一 大婚式|id=fs1-1|text-indent=3}}
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校正
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|year=1910
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'''皇室親族令'''('''こうしつしんぞくれい''')
*明治43年皇室令第3号
*施行:1910年3月23日 → 公式令
*廃止:1947年5月2日
*廃止法令:皇室令及附屬法令廃止ノ件
*底本:{{NDLJP|2951356/19}}
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[[Category:明治43年の皇室令]]
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朕皇族會議及樞密顧問ノ諮詢ヲ經テ皇室親族令ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
{{御名御璽}}
<div style="margin-left:4em;">明治四十三年三月三日</div>
<div style="text-align:right;">
宮內大臣 公爵岩倉具定
內閣總理大臣 侯爵桂 太郎
司法大臣 子爵岡部長職
</div>
皇室令第三號
皇室親族令
{{編章節款目|第一章 總則|id=s1|text-indent=3}}
<b id="a1">第一條</b>
<div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 本令其ノ他ノ皇室令ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外左ニ掲ケタル者ヲ以テ親族トス</div>
一 血族<br/>
二 配偶者<br/>
三 三親等內ノ姻族
<b id="a2">第二條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 天皇又ハ皇族ト臣籍ニ在ル者トノ間ニ於テハ血族ハ六親等內ニ限リ之ヲ親族トス</div>
<b id="a3">第三條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 庶子ハ母方ニ付イテハ親子間ニ限リ之ヲ親族トス</div>
<b id="a4">第四條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親等ハ親族間ノ世數ヲ算シテ之ヲ定ム<br/>
傍系親ノ親等ヲ定ムルニハ其ノ一人又ハ其ノ配偶者ヨリ同始祖ニ遡リ其ノ始祖ヨリ他ノ一人ニ下ルマテノ世數ニ依ル</div>
<b id="a5">第五條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 姻族關係ハ離婚ニ因リテ止ム寡妃再婚ヲ爲シ又ハ臣籍ニ入リタルトキ亦同シ</div>
{{編章節款目|第二章 婚嫁|id=s2|text-indent=3}}
{{編章節款目|第一節 大婚|id=s2-1|text-indent=4}}
<b id="a6">第六條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮ハ天皇滿十七年ニ達シタル後之ヲ行フ</div>
<b id="a7">第七條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 天皇皇后ヲ立ツルハ皇族又ハ特ニ定ムル華族ノ女子滿十五年以上ニシテ直系親族又ハ三親等內ノ傍系血族ニ非サル者ニ限ル姻族關係ノ止ミタル後亦之ニ準ス</div>
<b id="a8">第八條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ約ヲ成ス當日之ヲ賢所皇靈殿神殿ニ奉告シ勅使ヲシテ神宮神武天皇山陵竝先帝先后ノ山陵ニ奉幣セシム</div>
<b id="a9">第九條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ約成リタルトキハ宮內大臣之ヲ公告ス</div>
<b id="a10">第十條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮ヲ行フ期日ハ宮內大臣之ヲ公告ス</div>
<b id="a11">第十一條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮ヲ行フ當日之ヲ賢所皇靈殿神殿ニ奉告ス</div>
<b id="a12">第十二條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮ハ附式ノ定ムル所ニ依リ賢所大前ニ於テ之ヲ行フ</div>
<b id="a13">第十三條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 立后ノ詔書ハ大婚ノ禮ヲ行フ當日之ヲ公布ス</div>
<b id="a14">第十四條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮訖リタルトキハ天皇皇后ト共ニ皇靈殿神殿ニ謁ス</div>
<b id="a15">第十五條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮訖リタルトキハ天皇皇后ト共ニ太皇太后皇太后ニ謁ス</div>
<b id="a16">第十六條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮訖リタルトキハ天皇皇后ト共ニ正殿ニ御シ朝賀ヲ受ク</div>
<b id="a17">第十七條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮訖リタルトキハ天皇皇后ト共ニ宮中ニ於テ饗宴ヲ賜フ</div>
<b id="a18">第十八條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 大婚ノ禮訖リタルトキハ天皇皇后ト共ニ神宮神武天皇山陵竝先帝先后ノ山陵ニ謁ス</div>
<b id="a19">第十九條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 諒闇中ハ大婚ノ禮ヲ行ハス</div>
{{編章節款目|第二節 婚族婚嫁|id=s2-2|text-indent=4}}
<b id="a20">第二十條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ婚嫁ハ男子滿十七年女子滿十五年ニ達スルニ非サレハ之ヲ成スコトヲ得ス</div>
<b id="a21">第二十一條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ婚嫁ハ直系親族又ハ三親等內ノ傍系血族ノ間ニ於テハ之ヲ成スコトヲ得ス姻族關係ノ止ミタル後モ亦同シ</div>
<b id="a22">第二十二條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族婚嫁ノ勅許ハ其ノ約ヲ成ス前之ヲ奏請スヘシ</div>
<b id="a23">第二十三條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇太子皇太孫親王王結婚ノ禮ハ附式ノ定ムル所ニ依リ賢所大前ニ於テ之ヲ行フ</div>
<b id="a24">第二十四條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇太子皇太孫親王王結婚ノ禮訖リタルトキハ妃ト共ニ天皇皇后太皇太后皇太后ニ朝見ス</div>
<b id="a25">第二十五條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 第八條乃至第十一條第十四條第十七條及第十八條ノ規定ハ皇太子皇太孫ノ結婚ニ之ヲ準用ス</div>
<b id="a26">第二十六條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 第十條及第十四條ノ規定ハ親王ノ結婚ニ第十四條ノ規定ハ王ノ結婚ニ之ヲ準用ス</div>
<b id="a27">第二十七條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 內親王女王臣籍ニ嫁スルトキハ結婚ノ禮ヲ行フ前賢所皇靈殿神殿ニ謁シ且天皇皇后太皇太后皇太后ニ朝見ス</div>
<b id="a28">第二十八條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ婚嫁ハ結婚ノ禮ヲ行フ當日宮內大臣之ヲ公告ス</div>
<b id="a29">第二十九條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ婚嫁ハ大喪中及直系尊屬ノ喪中之ヲ成スコトヲ得ス</div>
<b id="a30">第三十條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ハ止ムコトヲ得サル事故アル場合ニ限リ夫婦ノ協議ニ由リ勅許ヲ經テ離婚ヲ爲スコトヲ得協議調ハサルトキハ勅裁ヲ受クヘシ</div>
<b id="a31">第三十一條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ離婚ハ其ノ當日宮內大臣之ヲ公告ス</div>
<b id="a32">第三十二條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族男子ニ嫁シタル皇族女子離婚ノ場合ニ於テ直系尊屬ノ臣籍ニ入リ創立シタル家アルトキハ其ノ家ニ入ル</div>
<b id="a33">第三十三條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 臣籍ヨリ入リタル妃離婚ノ場合ニ於テハ實家ニ復籍シ其ノ實家ナキトキハ一家ヲ創立ス但シ實家ヲ再興スルコトヲ妨ケス</div>
<b id="a34">第三十四條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ婚嫁及離婚ハ勅許ナキトキハ之ヲ無效トス</div>
{{編章節款目|第三章 親子|id=s3|text-indent=3}}
{{編章節款目|第一節 皇子|id=s3-1|text-indent=4}}
<b id="a35">第三十五條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇子ノ誕生ニハ宮內大臣又ハ內大臣ヲシテ產殿ニ候セシム</div>
<b id="a36">第三十六條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇子ノ誕生ハ其ノ當日宮內大臣之ヲ公告ス</div>
<b id="a37">第三十七條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇子誕生シタルトキハ天皇之ニ名ヲ命ス</div>
<b id="a38">第三十八條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇子ノ命名ハ其ノ當日ニ宮內大臣之ヲ公告ス</div>
<b id="a39">第三十九條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇子ノ誕生命名ハ之ヲ賢所皇靈殿神殿ニ奉告ス</div>
<b id="a40">第四十條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇子誕生シテ五十日ニ至ルトキハ賢所皇靈殿神殿ニ謁ス但シ事故アルトキハ其ノ期日ヲ延フルコトアルヘシ</div>
<b id="a41">第四十一條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇子ニシテ嫡出ニ非サル者ハ之ヲ皇庶子トス</div>
{{編章節款目|第二節 皇族ノ子|id=s3-2|text-indent=4}}
<b id="a42">第四十二條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇太子皇太孫親王王ノ子ノ誕生ニハ宮內高等官ヲシテ產所ニ候セシム但シ場合ニ依リ他ノ高等官ヲ以テ之ニ代フルコトヲ得</div>
<b id="a43">第四十三條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇太子皇太孫ノ子誕生シタルトキハ天皇之ニ命スヘキ名ヲ賜フ</div>
<b id="a44">第四十四條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親王王ノ子誕生シタルトキハ直系尊屬之ニ名ヲ命ス</div>
<b id="a45">第四十五條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 第三十六條及第三十八條乃至第四十條ノ規定ハ皇太子皇太孫ノ子ニ第三十六條第三十八條及第四十條ノ規定ハ親王王ノ子ニ之ヲ準用ス</div>
<b id="a46">第四十六條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇太子皇太孫親王王ノ子ニシテ嫡出ニ非サル者ハ之ヲ庶子トス</div>
<b id="a47">第四十七條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ嫡出子又ハ庶子タル身分ニ對シテハ皇族又ハ宮內大臣ハ反對ノ事實ヲ主張スルコトヲ得</div>
{{編章節款目|第四章 親權|id=s4|text-indent=3}}
<b id="a48">第四十八條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 皇族ノ子未成年ノ間ハ父ノ親權ニ服ス但シ婚嫁ノ後ハ此ノ限ニ在ラス</div>
<b id="a49">第四十九條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親權ヲ行フ父ハ子ノ保育ヲ爲ス責務ヲ有ス</div>
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前項ノ規定ハ皇太子皇太孫親權ヲ行フ場合ニ之ヲ適用セス</div>
<b id="a52">第五十二條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 親權ヲ行フ父ハ子ニ代リテ其ノ子ノ庶子ニ對シ親權ヲ行フ</div>
<b id="a53">第五十三條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 禁治產者準禁治產者及停權又ハ剝權ノ懲戒ヲ受ケ其ノ解除ヲ得サル者ハ親權ヲ行フコトヲ得ス</div>
<b id="a54">第五十四條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 父親權ヲ行フニ適セサルトキハ勅旨ヲ以テ其ノ親權ノ全部又ハ一部ノ喪失ヲ命スヘシ<br/>
親權喪失ノ原因止ミタルトキハ勅旨ヲ以テ復權ヲ命スヘシ</div>
<b id="a55">第五十五條</b><div style="text-indent:-1em;margin-left:1em;"> 前條ノ場合ニ於テハ皇族會議ニ諮詢シタル後之ヲ勅裁ス</div>
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親族會ハ本人ノ親族ヲ以テ之ヲ組織ス</div>
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*王公族
**[[王公族ノ權義ニ關スル法律]](大正15年11月30日)
**[[王公家軌範/公布時]](大正15年12月1日)
**[[王公族譜規程]](昭和2年6月16日)
**[[王公家軌範中改正ノ件 (昭和16年7月11日皇室令第12号)]]
**[[王公家軌範中改正ノ件 (昭和22年2月21日皇室令第3号)]]
*立太子/立皇嗣
**[[立儲令]](明治42年2月11日)
**[[立太子禮ノ詔書]](大正5年11月3日)
**[[十一月三日立太子禮當日賢所大前ノ儀ニ於ケル勅語]](大正5年11月3日)
**[[立太子の礼を国の儀式として行う件]](平成3年1月11日)
*旧・皇室典範
**[[皇室典範 (明治二十二年二月十一日)]]
**[[皇室典範增補 (明治四十年二月十一日)]]
**[[皇室典範及皇室典範增補廢止ノ件]](昭和22年5月1日)
*新・皇室典範
**[[皇室典範 (昭和二十二年法律第三号)]]
**[[皇室典範 (昭和二十四年法律第百三十四号)]]
**[[皇室典範]]
**[[天皇の退位等に関する皇室典範特例法]](平成29年6月16日)
**[[皇室典範等の一部を改正する法律]](令和8年10月24日)
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*王公族
**[[前韓國皇帝ヲ册シテ王ト爲シ皇太子及將來ノ世嗣、太皇帝及各其儷匹ノ稱呼ヲ定メ竝ニ禮遇ノ件]](明治四十三年八月二十九日)
**[[李堈及李熹及其配匹ノ稱呼竝ニ禮遇ノ件]](明治四十三年八月二十九日)
**[[王公族ノ權義ニ關スル法律]](大正15年11月30日)
**[[王公家軌範/公布時]](大正15年12月1日)
**[[王公族譜規程]](昭和2年6月16日)
**[[王公家軌範中改正ノ件 (昭和16年7月11日皇室令第12号)]]
**[[王公家軌範中改正ノ件 (昭和22年2月21日皇室令第3号)]]
**[[皇室令及附屬法令廢止ノ件]](昭和22年5月1日)
*立太子/立皇嗣
**[[立儲令]](明治42年2月11日)
**[[立太子禮ノ詔書]](大正5年11月3日)
**[[十一月三日立太子禮當日賢所大前ノ儀ニ於ケル勅語]](大正5年11月3日)
**[[立太子の礼を国の儀式として行う件]](平成3年1月11日)
*旧・皇室典範
**[[皇室典範 (明治二十二年二月十一日)]]
**[[皇室典範增補 (明治四十年二月十一日)]]
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*新・皇室典範
**[[皇室典範 (昭和二十二年法律第三号)]]
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**[[天皇の退位等に関する皇室典範特例法]](平成29年6月16日)
**[[皇室典範]]
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*王公族
**[[前韓國皇帝ヲ册シテ王ト爲シ皇太子及將來ノ世嗣、太皇帝及各其儷匹ノ稱呼ヲ定メ竝ニ禮遇ノ件]](明治四十三年八月二十九日)
**[[李堈及李熹及其配匹ノ稱呼竝ニ禮遇ノ件]](明治四十三年八月二十九日)
**[[王公族ノ權義ニ關スル法律]](大正15年11月30日)
**[[王公家軌範/公布時]](大正15年12月1日)
**[[王公族譜規程]](昭和2年6月16日)
**[[王公家軌範中改正ノ件 (昭和16年7月11日皇室令第12号)]]
**[[王公家軌範中改正ノ件 (昭和22年2月21日皇室令第3号)]]
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*立太子/立皇嗣
**[[立儲令]](明治42年2月11日)
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**[[立太子の礼を国の儀式として行う件]](平成3年1月11日)
**[[立皇嗣の礼を国の儀式として行う件]](令和2年3月27日)
**[[立皇嗣の礼における立皇嗣宣明の儀及び朝見の儀について]]令和2年4月17日
**[[立皇嗣の礼における立皇嗣宣明の儀及び朝見の儀の挙行日について]]令和2年10月13日
*旧・皇室典範
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**[[皇室典範增補 (明治四十年二月十一日)]]
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*王公族
**[[前韓國皇帝ヲ册シテ王ト爲シ皇太子及將來ノ世嗣、太皇帝及各其儷匹ノ稱呼ヲ定メ竝ニ禮遇ノ件]](明治四十三年八月二十九日)
**[[李堈及李熹及其配匹ノ稱呼竝ニ禮遇ノ件]](明治四十三年八月二十九日)
**[[王公族ノ權義ニ關スル法律]](大正15年11月30日)
**[[王公家軌範/公布時]](大正15年12月1日)
**[[王公族譜規程]](昭和2年6月16日)
**[[王公家軌範中改正ノ件 (昭和16年7月11日皇室令第12号)]]
**[[王公家軌範中改正ノ件 (昭和22年2月21日皇室令第3号)]]
**[[皇室令及附屬法令廢止ノ件]](昭和22年5月1日)
*立太子/立皇嗣
**[[立皇太子公布ノ詔]](明治22年10月3日詔勅)
**[[明治二十二年十月三日勅語]](明治22年10月3日)
**[[立儲令]](明治42年2月11日)
**[[立太子禮ノ詔書]](大正5年11月3日)
**[[十一月三日立太子禮當日賢所大前ノ儀ニ於ケル勅語]](大正5年11月3日)
**[[立太子の礼及び皇太子成年式挙行の件]](昭和27年)
***https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/gozaii/contents/photo.html?m=33&ps=1&pt=6&pm=1
***https://www.jacar.archives.go.jp/das/meta/A21100316300
**[[明仁親王殿下の立太子の礼及び皇太子成年式を行わせられる件]](1952年(昭和27年)9月30日宮内庁告示第3号)
**[[立太子の礼を国の儀式として行う件]](平成3年1月11日)
**[[立皇嗣の礼を国の儀式として行う件]](令和2年3月27日)
**[[立皇嗣の礼における立皇嗣宣明の儀及び朝見の儀について]]令和2年4月17日
**[[立皇嗣の礼における立皇嗣宣明の儀及び朝見の儀の挙行日について]]令和2年10月13日
*旧・皇室典範
**[[皇室典範 (明治二十二年二月十一日)]]
**[[皇室典範增補 (明治四十年二月十一日)]]
**[[皇室典範及皇室典範增補廢止ノ件]](昭和22年5月1日)
*新・皇室典範
**[[皇室典範 (昭和二十二年法律第三号)]]
**[[皇室典範 (昭和二十四年法律第百三十四号)]]
**[[天皇の退位等に関する皇室典範特例法]](平成29年6月16日)
**[[皇室典範]]
**[[皇室典範等の一部を改正する法律]](令和8年7月24日)
**[[皇室典範 (令和8年7月24日)]]
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珠算に於て並以上迅󠄁速󠄁に運󠄁算を行はうとならば{{ママ|。|、}}機會ある毎󠄀に巧みに手を抜く樣に
するのである{{ママ|、|。|nolink=y}}結局無駄になるべき手數を
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珠算に於て並以上迅󠄁速󠄁に運󠄁算を行はうとならば{{ママ|。|、}}機會ある毎󠄀に巧みに手を拔く樣にするのである{{ママ|、|。|nolink=y}}結局無駄になるべき手數を見越して當初から其れを行はぬのも手拔法である。又、旣に置いてある珠顆をうまく利用して手數を省くのも手拔法である。更に珠顆を入れ拂ひする順序を程よくして餘計な骨折りをせぬのも手拔法である{{ママ|、|。|nolink=y}}本書には其等の事柄を努めて親切に說明してある積りである。
經驗上、演算の際に於ける珠顆の變動は之を文字ばかりで說明したのでは讀者の受取りに甚だまづい所があるので、是非共これは形に現はして見せる必要がある。こゝに於て、出版道󠄁樂を以て聞えたる中島辰文<noinclude></noinclude>
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Page:NDL986130 珠算手抜法.pdf/6
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text/x-wiki
<noinclude><pagequality level="4" user="特急いよのたみ" /></noinclude><section begin="s1"/>館󠄁主と談合し、新に珠桁の活字を起󠄁させ、これに依つて一手一手珠顆の變動する樣を形に現はして示すやうにした。
利息計算の諸表は著者󠄁が數多の補助員を使つて一々採󠄁算して出したものである。蓋し語謬はないことゝ信ずる。而して此表は實用に供し得る範圍で利率󠄁を頗る細く刻󠄂んである{{ママ|、|。|nolink=y}}これは在來の類書に就いて一段群を拔いて居るものなることを廣言し得るのである。
{{left|大正七年十二月|2em}}
{{c|{{resize|1.5em|著者󠄁誌}}}}
追󠄁て、成󠄁功を急いだために杜撰の誹りもあることだらうと豫期して居るが、其れは他日を期して訂正せやうと思ふ{{ママ|、|。|nolink=y}}願くは大方識者の忠言を吝まざらんことを。
<section end="s1"/>
<section begin="s2"/>{{center|{{resize|1.2em|'''目 次󠄁'''}}}}
{{center|[[珠算手抜法/第一篇|'''第一篇''' 一級算法]]}}
'''第一章''' 表數
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<section end="s2"/><noinclude></noinclude>
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明治二十二年十月三日勅語
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嘉仁親王立太子時の勅語
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* 明治22年10月3日
* 大蔵省印刷局 [編]『官報』1889年11月03日,日本マイクロ写真 ,明治22年. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2945154 (参照 2026-09-29)
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[[Category:勅語]]
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壷切ノ劔ハ歴朝皇太子ニ傳ヘ以テ朕カ躬ニ迨ヘリ今之ヲ汝ニ傳フ汝其レ之ヲ體セヨ
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